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設定メモへと堕ちた何か  作者: ヌヌヌ木
第一章 新芽と残火編
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04話 『悪鬼』と聖騎士



 ライン一行にレンが加わり、旅は騒がしくなった。

 レンは異世界にあるものが珍しいのか、ライン達が道を行く度に「すげえ」だの「やっべぇ」などと呟いており、よほどこちらの世界に興味があるようだ。


 そして能力面の話だが、彼のスキル:『模倣(コピー)』は、相手の使用するスキルを見ることでコピー…つまり真似できる強力なスキルらしいのだ。

 試しに、ラインのスキル:治癒者(ヒーラー)、そしてミクスタの障壁貫通を見せてみた。もし【声】の言っていることが正しいのなら、レンも使えるはずである。


 …しかし彼が能力を使用しようとしても、彼の手には淡い光が中途半端に集まっただけだった。

 これはおかしいと思い、彼に【謎の声】に再度質問してもらうと、彼は落ち込みながら教えてくれたが、その内容は、



「…元のスキルを発動するには、技とか能力とかを最低でも5回見ないと元の能力を発揮できないらしい…」



 というものらしい。流石にコピーするスキルなどのような強力な能力が無条件で使える訳がなかったのだ。

 しかしレンは意外にもすぐ割り切り、その反応を見たラインとミクスタは少し安心した。


 ーーそして、レンと出会って最初の夜になった。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



 道端から少し離れた場所にミクスタの鍛冶屋にあったテントを立てて寝床を整える。

 倒木を『能力増強(エンハンスメント)』で肉体を強化し並べて椅子代わりにし、そして腰にある袋から火の魔石を取り出して砕き、擬似的な焚き火を作る。

 全ての用意が終わったラインがミクスタとレンの帰りを待っていると、全く息の荒れていないミクスタと息バテバテのレンが手に色々持って来た。



「すいません少し遅くなりました!」

「ぜー、はー、思ったよりも走った………」


「2人ともお疲れ〜。それは?」


「今日は、川魚と蟹蜘蛛(ガニグモ)が獲れました」



 蟹蜘蛛とは、蜘蛛のような足が生えている蟹である。両生類であり味も美味しく、特に蟹味噌が美味なのである。

 その川魚と蟹蜘蛛を受け取り串に刺し、燃える魔石の傍らに置く。あとは火が通るまで少し待つだけだ。



「今からしばらく暇だろ?んじゃあラインとミク、アンタらのこと色々と教えてくれないか?」


「僕はいいけど、ミクスタは大丈夫か?あんまりいい思い出じゃないだろうし」

「私も大丈夫ですけど…レンさん、今私のことミクって言いませんでした?」


「ああすまん、もしかしてあだ名ダメなタイプだったか?」


「いえ、今までの友達であだ名をつける人はいなかったので、少し新鮮だな〜って思っただけです」


「んじゃあ、ミクって呼んでいいか?」

「もちろん!」



 あだ名に関するレンとミクスタの会話が終わり、それによりラインとミクスタは少しずつ語り出す。


 自身の出生、故郷の話、家族の話。

 …そして、今回の人魔大戦で全てを失ったことを。



*************************


 全部話し終えた後の空気は重苦しく、ラインからするとその圧迫感がどうしても好きになれなかった。

 話を聞く前はウキウキしていたレンでさえも、家族を失ったというラインとミクスタの話を聞いて、その飄々とした態度を一変、静かに聞いていた。



「ーーごめん、軽率に聞いた俺が悪かった」


「いいんだ。もう無くなったものは悔いても戻って来ない。それに、父さんの思いは僕が引き継いでいる」


「私も、憎しみに囚われないことの大切さを、ラインさんから教えてもらいましたから」


「……そうなら、いいんだけどよ」



 一瞬空気が暗くなったが、ラインとミクスタのフォローで空気が和らぐ。

 ……この2人は過去を引き摺らない。レンは羨ましく思った。そのような強い精神が、俺は欲しい。


 そしてレンは、彼自身がずっと思っていた疑問を解決するためにミクスタに質問する。



「一つ聞いていいか?ミク。そのツノは何だ?俺の知るゴブリンは、ツノなんて生えてないんだけど…。こっちのゴブリンは皆生えてんの?」


「いや、私だけです。お父さんには『先祖返り』だと言われていました。子鬼(ゴブリン)は元々、悪鬼(オーガ)と言われる種族だったらしいです」


「え?この世界ってオーガいないの?」


「それは私が説明するよりも、昔話に『わるいおに』っていうものがあるので、そちらを話しましょう」



 そう言いミクスタは、静かに語り出す。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 むかしむかし、魔界には悪鬼(オーガ)と呼ばれる種族がいました。


 彼らはとても凶暴であり、しかも知性を得つつも人間だけでなく同じ魔族でさえも楽しんで殺す、恐ろしい魔族だった。

 それを重く見た当時の魔王は、悪鬼(オーガ)達に二つの選択を迫った。『従属する』か『戦う』かを。

 九割の悪鬼(オーガ)は凶暴性を捨てず、魔王に歯向かいましたが圧倒され、滅ぼされてしまいました。

 魔王は残りの悪鬼(オーガ)から知性ごと凶暴性を奪うことで子鬼(ゴブリン)へと変態させ、魔界には平和が訪れた。

 しかし殺された悪鬼(オーガ)の凶暴性は憎しみを得て増加し、3ヶ月に一度、この世界の月を真っ赤に染めると言われている。

 この月をツノが生えている子鬼(ゴブリン)が見ると、彼らの凶暴性に精神を侵されて凶暴化してしまうことがあるのだそう。

 その為に魔王は、子鬼(ゴブリン)からツノを取り、赤く染まる月ーーー通称赫月(ブラッドムーン)が出る日には必ず曇りの日になるようにしたのだ。

 しかし殺された者たちの怨念は凄まじく、今でもツノが生えることがあるらしい。その為に子鬼(ゴブリン)の家庭では、早く寝ないとわるいオニがくるよ、という言いつけが浸透したのでしたーーおしまい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「ーーこの世界のオーガ、こっわ。ってかそもそも今日曇りじゃん。月の様子が全く分かんねぇけど、もしかしてコレってヤバかったりする?」


「それは大丈夫だと思います。万が一今日がブラッドムーンだとしても分厚いあの雲を全部吹き飛ばさない限り起こりませんし、そもそも私早寝なので!」



 そうミクスタが空を指差しながら年頃らしい胸を張って言うので、ラインは趣旨と回答が何か違う気がして、面白くてつい吹き出してしまう。

 それに釣られてレンが笑い、ミクスタも笑い出す。


 夜の平原には、魔族と人間の笑い声が響いた。




 ……少し離れた木の影に、四人の聖騎士(クルセイダー)と一人の僧侶が殺意のみの目でこちらを見ていることを知らずに。





「穢らわしい血を流す魔族め。神聖なる昼だけでなく、静寂な夜までその汚らしい声で汚すか」


「私達が居ることにすら気づかず駄弁る余裕があるとはな。それか、舐められているのかも知れない」


「フッ。だから僕達が、あの一族を滅ぼすのだよ」


「私たちには【神】が付いています。今まで捧げてきた信仰に応えてくれるでしょう」


「早くやってやろうぜ?魔族は生かしちゃおけねぇ」




「「「ーーー我々『神天聖教会』の名の下に」」」」




                 ▽▲▽▲▽▲▽▲




 ーーライン一行は、充分に火が通った川魚と蟹蜘蛛(ガニグモ)を食べ終え、あとは寝るだけとなった。



「いやー、こっちの飯も美味かったなー。あの蜘蛛みたいな蟹は少し気持ち悪かったけど」


「味は美味しいんですけどね。魔界でも結構好き嫌いが激しい食材でもあります。私は好きですが」



 そんな会話をレンとしているラインだが、なんとなくレンは他人の気がしないのである。少なくとも同じ環境下で過ごしたような、なんとなくの同族意識が芽生えつつあった。


 すると、先程までくすくすと笑っていたミクスタがいきなり黙り、耳を澄まして辺りを観察し始めた。


 何かあったのかと疑問に思っているとーー、



「ーーッは?!危ねえ!!避けろ!!」


「え?」



 レンの焦った声が響き、ラインは後ろを振り向く。

 背筋に走る悪寒と、鳴り響く本能的な危険信号。




 後ろには、大剣を振り翳した騎士が立っていた。



「ーー消え失せろ、悪しき魔族が」



 男は大剣を振り下ろし、ラインの柔らかい脳天を跡形も無くカチ割ろうとしている。がーー、


 ーー銃撃音。


 ミクスタがテント方向から拳銃を発砲し、大剣の軌道を逸らす。大剣はラインの真横の地面に勢いよく突き刺さり、そのおかげでラインもレンも無傷だった。

 しかし衝撃はある程度伝わっている。その衝撃で大地は抉れ、ラインは少し吹っ飛ばされるもののすぐ着地する。



「チッ、悪運の強い奴め」


「…アンタ誰だ?僕たちに何か用ーーおわっ!?」


「ダメだ!逃げるぞ!!」



 ラインが男に問いかけようとするも、レンがラインを抱えてその場から離脱した。レンは全速力でミクスタの方向に向かっている。

 ーー違う、今はそんな場合じゃない。

 こちらは急に殺されかけたのだ。もしかしたら状況説明をすれば和解の余地はあるかもしれないが、今のあの男の目には確かな殺意がひしひしと感じた。



「……人間軍の残党じゃない。魔界に冒険者が来るとも思えないし…。それに彼らはブーモ達が説得して撤退させた筈だ。じゃあ、奴らはーー」



(ブーモ、神天聖教会の人達は説得できそうか?)


(無理だ。はっきりと言おう。絶対に無理だ。)



「ーー!!神天聖教会のヤツらか!!」


「…しんてんせいきょーかい?なんだそりゃ!?」


「後で説明する!とりあえずかっ飛ばして!!」


「分かってらぁ!!短距離走は得意分野じゃあ!!」



 レンに抱えながら逃げて貰っているうちに相手の正体を推察し、レンが反応するも後回しにして貰った。


 ……相手が神天聖教会ならば、納得がいく。

 卓越した技術、優秀級(レア)を超える装備。

 そして、溢れんばかりに感じた魔族に対する殺意。


 これは間違いなく、神天聖教会の人間だろう。



「お前ら、もう出てきていい。コイツらはここで殺すぞ」



 男はそう言い、誰かを呼ぶ。すると、風と共に、四人の人間が姿を現す。


 4人を呼んだ、大柄な男。

 高身長で細身の美形だが、ナルシストそうな男。

 豊満な肉体を鋼鉄の鎧に身を包む女騎士。

 他の4人に比べ小柄だが、鋭い視線を向ける少年。

 そしてその身を正装で包み、祈りを捧げる女僧侶。


 ーー神天聖教会が誇る、聖騎士(クルセイダー)と上位僧侶。ライン達3人の相手にしては明らかに過剰な戦力が、夜の平原に集まっている。

 レンは全速力で走り、ミクスタのところにラインと共に戻る。その腕にはラインを抱えて。



「一つ質問。アイツら、話し合いできそうか?」


「無理だよ。アイツらは僕たち魔族の存在を認めていない組織のヤツらだ。とりあえず今は戦うしかない」


「ーーラインさん、これを」



 そう言い、ミクスタはラインに魔力剣を渡す。

 ラインはミクスタにお礼を言って剣を受け取り、その持ち心地と感覚を再度確認する。自慢じゃないが、ラインはこの短期間で剣の腕はそこそこ上がっている自信があるのだ。



「あの…俺のは?」


「あ、そうですね!レンさんは身軽な方ですか?」


「おう!不登校ではあったが、こう見えてと運動はしていた!だから以外と身軽だと思うぞ」


「じゃあ、コレを」



 そう言いミクスタは、レンに短剣を渡す。

 それはかなり質の良さそうな短剣であり、ミクスタの鍛治職人としての腕の良さが表された素晴らしい代物であった。



「ーーこれは、短剣か?」


「はい。私が作った希少級(ユニーク)の短剣ですよ!名前は『穿突月(ウガツキ)』と名付けました!」


「すっげ滅茶苦茶カッケェ!!」



 そのような気の抜ける会話をしつつ、レンは武器を装備する。初めて持つ割には意外と形になっている。

 はしゃぐレンを尻目に、ラインは聖騎士(クルセイダーズ)達に向き合い、声をかける。最後の話し合いの余地は残されていないのか、それを模索する為に。



「…一応聞くけど、アンタらは話し合いをしに来たわけじゃないんでしょ?そんな物騒な剣構えてるしね」


「ああ、俺たちは【神】への忠誠の下に、お前ら穢らわしい血を流す一族を滅ぼしに来た。お前らは理性の無い怪物と話し合いをするのか?」


「出来れば話し合いはしたいけど…じゃあ仕方ない。君達はブーモと違って、聞き分けがなさそうだからね」


「ーーブーモ?…ああ、あの愚か者か。あのような反逆者と一緒にするな。我々は【神】に命も魂も捧げ、神の寵愛をこの身に受けた者だ」



 リーダー格らしき聖騎士の男は冷え切った目と声のままラインに大剣の刃先を向け、吐き捨てた。

 ーー分からず屋なヤツらとの戦いが、今始まる。



*************************


 その夜の天気は空の全てを覆うほどの曇りであり、星や月は見えない。しかし一瞬だけ、うっすらと見えた空に浮かんだ月の形は完全な満月だ。

 側から見れば、綺麗な見た目だ。


 雲から覗いたその月の色が、鮮血の如く赤黒いことを除けば。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



 魔界内のアスタ村と『濃霧の森』の中間地点。

辺りは暗く、静寂が行き渡るーーはずだった。

 ライン一行が急襲を受け、戦いが勃発する一歩手前の状態。そんな状況へと、空気が変わる。


 先に動き出したのは、大柄な男と女騎士。



「死ね、魔族風情が!!『聖なる一太刀(ホーリースラッシュ)』!!」

「消え失せなさい、世界の敵よ!!『神の怒り(ゴッズアンガー)』!!」



 二人は技を叫びながら、ラインとミクスタの首を刎ねようと迫りくる。いかにもあるあるの技を叫び、斬りかかる姿は、最早どっちが悪者なのかが分からなくなる。

 その二人の攻撃をラインがまとめて引き受け、剣で防ぐ。単純計算で二人分の力。一人では受けきれない。


 だがそんなことで負けるラインではない。習得したばかりであるスキル『能力増強(エンハンスメント)』を使用し、パワーを腕に一点強化する。

 するとラインの体の力が増強され、二人分の力も押し切れる力を得た。そのパワーで2人の剣を押し返す。



「ーーー!?魔族め、何の真似だ!?」


「いくらスキルで強化したところで、私達の信仰には勝てない!!貴様ら野蛮な魔族にはお似合いの、力押しに頼った蛮勇だな!!」



 本当にそう思っているのか、ただの強がりか。

 二人の口はあからさまに悪くなり、続け様に溢れんばかりの暴言でラインを罵倒するその姿は、最早正義の味方ではなく悪役のやる事だった。


(複数人いるが、一人ひとりの力自体はブーモ以下!これならイケる!あと一人加わると少し厳しいが…)


「ーーもう一人で限界、ですね?魔族らしい単純かつ浅ましい考え方です」


(ーー?!考えが読まれた?!)


「焦りが見られます。畳み掛けましょう」

「じゃあ、オレが行くよ!あの穢らわしい血を抜き取ってやらぁ!!」



 今まで祈りを捧げることしかしていなかった僧侶が、ラインの考えを当ててくる。

 少し焦ったラインに対して、他の四人に比べて小さめな少年が飛び出した。その目は鋭く、まるでラインの命を刈り取ることに喜びを見出しているようだった。



「行かせるかよーーおわっ?!」


「おっと、お前の相手は俺だ。楽しませろよ?」



 少年の動きを止めようとしたレンの前に、細身の美形が立ちはだかる。その目は人を斬る狂気に満ちており、レンにとっては全く聖職者には見えなかった。




 そしてその場には、ミクスタと僧侶のみが残った。



「あなたは今すぐ障壁展開を止めなさい。私達は別に争いたいわけじゃないんです。…話し合いましょう」


「何故私が魔族如きの話を聞かないといけないのですか?もっとその小さな頭を働かせて考えてくれません?」



 ミクスタが僧侶に戦いの意思を見せることを止めるよう促すと、毒舌な僧侶の女は鼻で笑い飛ばす。

 ミクスタが望むのは、その僧侶がずっと仲間に張っている障壁(バリア)を解除することと、戦闘を止めること。


 しかし、僧侶は一切耳を貸さず自分語りを始めた。




「ーー貴女達魔族は、昔の罪をお忘れですか?」


「知ってますよ。私は人間との間に生まれた魔族ですから、その歴史は義務教育です。しかし、それはあくまで昔の罪。今を生きる私達には何とも言えないーー」


「ーーはあ。これだから低脳な魔族は。何を言っているか分からないだけで無く、我らが【神】の教えすら理解出来ないとは。本当に九割の魔族は『有知性』になったのですか?」



 その口からは、毒という毒が溢れていた。



「あなた達魔族は存在を許されてはいけないのです。あなた達は火種の元なのです。今回の人魔大戦もそう。…あの魔王も愚かでしたね、人間国家と交渉さえしなければ生きていられたものを。まあ我々にとってはいいカモでしたが」


「…それを絶対、ラインさんに言わないで下さいよ」



 ミクスタは僧侶に発砲するも、その弾は僧侶のスキル『瞬間移動(テレポート)』により避けられ、空を切った。



「そんなに急かさなくても、もうすぐです」


「……?」


「ーーあなたと『彼』が、裁かれる時が来ます」



 そう言い、僧侶はミクスタがいる方向の空を指差す。




 ミクスタがそちらの方向に振り向くと、全身から血飛沫を撒き散らしながら空に打ち上げられる罪深い魔族ーーライン・シクサルの姿が目に入った。



*************************



 〜数分前〜



 ーーやばい。マジでやばい。


 目の前には大柄な男騎士と女騎士、そして少年の騎士がこちらを殺さんと剣を振ってくる。

 3vs1。一見勝ち目がなさそうだが、ラインの考えでは、条件が揃えば勝ち目があると考えている。


 スキルは大柄な男の方は『相手の威圧』、女騎士の方は『相手の一時拘束』だった。

 しかし、少年のスキルは分からないのだ。彼は徹底的に自身の能力を隠しており、まだ発動すらしていないからである。



「フッ!とっとと諦めたらどうだ魔族の小僧!!」


「諦めねえよ…って言うかアンタら、よく僕が魔族って分かったよな。一見人間にしか見えないだろうに」


「私達にはチナちゃんが居るからね!彼女のスキル『真眼(シンノメ)』がある限り、アンタらがいくら表を隠したって私達には通用しないのよ!!」

「喋りすぎじゃない?」

「うっさいわね!!」



 彼らはそのような言い合いをしつつも、相手の連携は崩れない。どうやらかなりの信頼関係を築いているようだ。


(相手は全員でこちらを倒しに来ている。そしてお互いを信頼しているということは、役割が完全に決まっている。つまり、誰かを倒しきれば連携は崩れる!)


 そう考え、ラインは即興のオリジナル技を放つ。

 3日前にブーモと戦った際に無意識ながらも発動し、ブーモの感覚全てを遮断して大ダメージを与えることに貢献した黒霧を剣に纏わせ、体を回転させる。



「『黒霧回転斬り(バニッシュスレイヤー)』!!」



 そう言い放ち、回転斬りを放つ。すると剣に纏わせていた黒霧が一気に拡散し、感覚を奪われる違和感と不快感によって聖騎士3人はラインから離れる。

 しかしラインの剣に纏っていた黒霧は3人の体にまで伝わひ、感覚全てを遮断されたことにより動きが大きく乱れ、個人を攻撃するチャンスが生まれる。


(今しかない!これで決める!!)


 ラインは大柄な男の方に駆け出し、黒モヤに翻弄されている男の懐に潜り、能力増強(エンハンスメント)で強化した脚で思いっきり蹴り上げた。

 踏ん張ろうとする聖騎士の男をフルパワーで蹴り飛ばすと男は空中に吹っ飛び、ラインは剣を後ろに構える。


 ーー人間の友達の技を、我流で真似しようとして。



「ブーモ!技を借りるよ!」


「……?!貴様、あの臆病者とーー」


「彼はれっきとした騎士だ!!今の在り方に疑問を持てるのは強い奴の証だ!!現状に胡座をかいているアンタらと一緒にするな!!ーー『剣形孤斬(ソードソニック)』!!」



 ラインが振り払った剣からは、振りかぶった形と同じ光線が現れ、空中に飛ばした男に襲いかかる。

 男は弾き返そうとするも受けきれず、彼の着ている鎧を突破して彼の腹に一本の筋をつけ、そこから血が出るも、ラインがブーモにやられた時よりも血が少ない。



「「ラチカ!!」」


「大丈夫だ。手加減はした。今すぐここから去るなら治して帰すけど、断られたなら戦うしか無くなる。……降伏をお勧めするよ。というかお願いしたい」



 そう言い、戦いを止めることを条件に男ーーラチカの助命を提案した。こちらとしたら、相手には引いてもらえればそれでいいのだから。

 女騎士と少年はお互い顔を合わせて何らかを少しだけ話した後、こちらに向き直り、言った。



「ーー。分かった。言う通りにしよう」


「助かるよ」



 そう言い、ラインはラチカに近づく。容体を見た感じだと、あまりダメージは無さそうだったがーーー、


 ーーーそこで、唐突にラチカに羽交締めにされた。



「なーー?!」


「やれ!!オルス!!コイツを殺せ!!」



 すると、少年ーーオルスと呼ばれた奴が、こちらに走って来る。どう考えてもまんまと嵌められたのだ。



(やってしまった!!もっと警戒しておくべきだった!!ブーモ達には通じたが、彼らはそもそもこちらの話を聞かない連中だった!!考えが甘かった!!)



 必死にもがくも、ラチカは離してくれない。

 そしてオルスがラインに近づき、ラインの腹に手を当てる。何をーーと思っていると、触れられた腹が光始め、熱を含んで上に打ち上げられる。熱を持つ属性は、火か光のみ。そして相手は神天聖教会の人物。これは、まさか。


 もしそうなら、自分は生きていられるだろうか。



「お前、オレの能力探ってただろ?教えてやるよ。オレのスキルは『吹飛(ブロー)』。相手を吹き飛ばす能力さ。そしてこれは『魔力浄化(ピュアリケーション)』。闇魔力を暴走させ、お前ら魔族を葬る技だ」



 空に打ち上げられたラインの体が、光りはじめる。

 体から放たれる光は淡い色からどんどん輝きを増していき、次の瞬間には光の棘となり、ラインの身体を内側から串刺しにした。



「が…っは……」



 光は分散し散っていく。そしてその光と同じようにラインの意識も遥か彼方に飛んでいきそうになった。




 血飛沫を撒き散らしながら吹き飛ぶ魔族。


 ラインは神天聖教会の3人による不意打ちをまともに受けたことにより、有利だった状況が一変し、圧倒的不利にまで立たされてしまった。


(痛い。痛い痛い痛ーーいや違う、まだ生きてる。問題は真下だ、相手は何をして来る?見極めろ!多分追撃して来る。避けよう!さもなければ…死ぬ!!)


 真下には女騎士とラチカ、オルスがいた。

 すると、オルス以外の2人は去っていき、ミクスタと僧侶の女がいる向こうに向かっている。


(ダメだ!ミクスタ!逃げろ!そのままじゃ絶対に勝てない!レンを連れて逃げてくれ!!)


 叫ぼうとしても、喉に力が入らない。

 空からレンを見やると、細身の美形に襲われており、彼の能力であろう残像を、レンも使用している。しかしこの短時間で元々の使い手を上回れるはずも無く、美形の攻撃を防ぐだけで精一杯らしい。


(まずい、このままじゃ全滅だ!せっかくブーモにエルフと黒百合(クロユリ)の情報を聞けたのに!!)


 そう考えていると、下にいるオルスが何かを懐から取り出した。何か、と思っているとーー。

 それは赤の魔石だった。しかも高純度のもの。


 魔石は純度によって効果が変わり、火属性魔石は純度が低いものは一気に砕いても小さな爆発しか起きない。

 しかし高純度の火の魔石は、一気に砕くと魔力暴走により大爆発を起こす。それこそ今ラインの上に広がる雲を全て吹き飛ばしてもお釣りが来るぐらいには。


 相手ーーオルスはそれを一気に砕き、言い放つ。



「さっき、ラチカを蹴り飛ばした時は、こうやったよ、なァッ!!」



 オルスは、砕いた魔石を真上のライン目掛けて蹴り飛ばした。飛んでくる魔石は赤の光を放っており、心なしか少し膨張しているように感じる。

 一つだけでもラインは死ねるレベルの爆発が発生するが、問題はまた別にある。

 ラインは腰にある小袋を見やった。


 このままだと袋内の魔石まで誘爆し、魔界の3分の1は必ず地図から消える爆発が発生する。もちろん自分の命は惜しい。そう考えているが、今の彼の頭は、仲間のことしか考えていなかった。



(ーーー避けないと!避けないとみんな死ぬ!僕も死ぬのは嫌だ!避けろ!避けろ!!)

「ーー根性おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」



 ラインは思いっきり空中で身体を捻り、飛んで来る魔石を回避する。身体を捻った際に傷口から血が溢れ出す。痛いが、今はそれどころじゃない。

 即席で体に黒モヤを纏わせることで痛みを遮断し、ラインは背中を丸め、数秒後地面に叩きつけられる。


 怪我自体をなんとかするものではないので再度血が溢れ出すが、今はそれどころじゃないのだ。



「伏せてーー!!」



 レンとミクスタに呼びかける。

 次の瞬間、赤の光が空を覆った。


 暗闇を作り出していた暗雲が爆発の衝撃で吹き飛び、地上にいるメンバーもその熱で肌を火傷する。

 そして光が収まった後は、空には綺麗な巨大な満月が浮かんでいた。一ヶ月に一度の、綺麗な満月だ。



 ーー本来黄色なその月面が、真っ赤なこと以外は。

 今日は、3ヶ月に一度の『赫月(ブラッドムーン)』だった。



「ーーあ」



 ミクスタはその紅の目で見てしまった。

 かつて世界を悪意に堕としたとされる悪魔族に匹敵する、魔界を混沌に陥れた種族の悪意の象徴を。


 神天聖教会のメンバーは気づかなかった。

 彼女はゴブリンの中でも、唯一の『先祖返り』による『突然変異個体』であり、特異体質によって悪鬼たるオーガの力を宿す存在だということに。


 ラインとレンは知らなかった。

 これから起こる虐殺を。その悪意の恐ろしさを。


 ミクスタは意識をその『悪意』に呑まれ、膝から崩れ落ちて地面に倒れた。

 その目だけは、赤く染まった月から離さずに。




*************************



(ーー?ここは、どこ?)

(ーーこっちにようこそ、子鬼(ゴブリン)の嬢ちゃん)

(ーーっ?!あなた達は、一体ーー)

(ーー私達は、あなたと同じよーーー)

(私と、同じーーーー?)

(ーーそうだよお姉ちゃん!私達は同じなのよ!ーー同じぐらい、他の種族を憎んでる)

(昔はそうでしたが、今は違います!!私はラインさんに間違いを正して貰ってーー)

(ーーそれは間違いじゃない。本音だ)

(……本、音?違う、私の本音は、『お父さんとお母さんに会いたい』でーー)

(ーーそれも本音だろう。だが、お前の本音はもう一つある。ーー『人間を皆殺しにしたい』だ)

(ーー?!違う!それはーー)

(ーー本音じゃないって?あのラインとかいうボウズには言っていただろ。『殺してやりたい。人間全てを殺してやりたい』って)

(………………)


(ーーーーーーーー殺せ)

(ーーーーーー嫌だ)

(ーーーーーーーー殺しましょう)

(ーーーーーー違う)

(ーーーーーーーー殺そうよ!)

(ーーーーーー無理だよ)


 ーーーーーーーーーー。


殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺ーーー


やめてええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええあ"あああ"ああ,ああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああああああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああああああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああああ"ああああ""ああ"ああ"ああ"ああ"ああああああああ"ああああ"ああ"ああああああああ"ああ"ああ"ああ"ああああ"ああああ"ああ"ああああーー



 ーーーーーーーー。



 殺ス。

 全テ。


 ーーー何モカモ、壊レチャエバイイノニ。



*************************



 倒れたミクスタの周りには、チナとオルスが居た。



「ーーー?何だこいつ、動かなくなったぞ?」

「先程急に倒れたんです。しかしこれは紛うことなきチャンスです。今のうちに殺ってしまいましょう」

「そうだな。ここで一つ悪しき血を絶やせるなら我々にとっては好都合ーーー。」



 その瞬間、オルスの頭部が弾けた。

 否、違う。目の前の半魔の娘に潰されたのだ。



「ーーえ?」



 チナはオルスの体液と血を浴びながらも呆然とし、腑抜けた声を漏らす。そして目の前の半魔の娘を見やる。

 彼女は一切チナのほうを見ない。その紅の目で、赤くなった月を見つめている。



 瞬間、ミクスタの身体は次々と唐突な変化が起きた。


 体つきは年相応な華奢な見た目から、華奢ながらも明らかな筋肉質、身長も3メートルを超える巨体となり、口元に生えていた歯も上の歯2本が急速に伸び、悪魔を思わせる風貌となった。

 その紅の瞳も白目の部分が黒く染まり、さらに赤の瞳すらもルビーのような明るい赤から静脈のような赤黒いものへと変貌し、恐ろしいものと変化していく。


 何より恐ろしいのは、その頭に生えたツノである。

 かつては前頭部に短く生えていただけのツノが肥大化しただけでなく急激に長くなり、そのツノは相手を刺し殺せるレベルにまで長くなった。

 そしてそのツノは赤黒く光り、周りの魔力を属性関係なく全てを、貪欲に吸い上げていく。


 それによりチナが仲間に張っていた障壁(バリア)は維持不可となり粉々に砕け、そして障壁(バリア)を張っていたチナは後ろに倒れて尻もちをついた。


 ーー倒れたチナを、目の前の半魔の娘がその赤黒く変色した目で、興味なさげに見ていた。



「ひ」



 彼女はその黒紅の瞳を向け、睨まれただけでチナは自分の"死"を覚悟する。体から全ての力が抜け、股間辺りが生暖かくなる。

 聖職者、それも女性の僧侶としてあるまじき姿だ。しかしチナには気にする余裕はない。彼女の頭にあるのは『死』の文字一つのみ。そこに感情は無かった。


 死にたくない。彼女達に葬られてきた魔族が皆思ってきた思いを、初めて思う。



「ーーミ、ミクスタ……?」


「おい!ミク!!どうしちまったんだよ?!」



 ラインとレンは呼びかける。しかし彼女には届かない。

 ーー否、届かないのではない。聞いていないのだ。彼女の頭には、一つの『殺意』のみがある。

 ーー彼女は再度月を見やり、今まで無表情だった顔が動き、口角が上がる。



(殺せ)

(殺せ)

(殺せ)



「アは」


「ぐひっ」


「けはァ。ヒはっ」



「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!アハハハハハハハハハハハハハハハァハハハハハハハハハハハハァハハハハハハハハァ!!アッハッハッハッハッハッハッハッハ!!ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」



 ーー彼女は嗤う。目の前で息絶えた弱者の死を。

 ーー彼女は笑う。この世界への再誕を。

 ーーかノジょハわラウ。もう一つの『本音』をようやく果たせることを。



 哄笑は止まぬ、どこまでも永く。

 そしていつまで続くか分からない長きにわたる嘲笑を終えたミクスターー否、『悪鬼』はーー、



「ーーー矮小ナ下等生物ドモガ、死ネ」



 目の前で唖然としている下等生物共に対して、事実上の『処刑宣告』を下し、執行し始める。




 ーーー世界を傲慢に舐め尽くし、破滅と蹂躙を運ぶ不幸の象徴とされる、『悪鬼(オーガ)』が再臨した。





*************************




ライン・シクサル  16歳 男性 魔族

 主能力(メインスキル)…????

 スキル…治癒者(ヒーラー)能力増強(エンハンスメント)

 技…『消失者(バニッシャー)


ミクスタ・ラーザ  14歳 女性 混血魔族

 主能力(メインスキル)鍛治職人(アーツメイカー)

 特異体質…『悪鬼解放(オーガモード)

 スキル…障壁貫通


レン()カワノカミ(川之上)  18歳 男性 異世界人

 主能力(メインスキル)模倣(コピー)

 スキル…能力表示(表示されるもの…種族)

 コピーしたスキル ・治癒者(ヒーラー)

          ・能力増強(エンハンスメント)

          ・障壁貫通




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