03話 新たな仲間と召喚者
足りない部分があったので再編集して再投稿しました。申し訳ありません。
アスタ村での激戦から数時間後。
外では、奇妙な光景が広がっていた。
ラインにミクスタ、ブーモはともかく、コーザとセカマまでが朝焼けが見える所で正座して話している。人間と魔族が正座して話し合うという、訳の分からない光景が広がっているのだが、多分人類と魔族どちらの歴史にもない光景だ。
「えーと、じゃあ話し合いますか」
ラインが切り出す。他の4人は黙って聞いている。
「とりあえず、『人間軍は魔族が先に攻撃をしたから報復として魔界に侵攻した』、『その先導者は勇者と神天聖教会』、『君たち3人の中でブーモが飛び抜けて強く、あのテントの中でも一番』。そしてそのブーモは『神天聖教会の聖騎士の元メンバー』、ってことでいいのかな?」
ブーモ達3人は頷く。
しかしブーモ以外の2人はブーモが神天聖教会の元聖騎士ということは知らなかったらしい。なのでブーモが情報を話したときに2人は驚いていた。
ブーモの口からは「神天聖教会」という組織の名前や聖騎士などのメンバーの名前が挙がったが、ラインからすればそれらの内容は分からなかった。
「ーー神天聖教会…聞いたことないな」
「マジか?俺たち人間の間では騎士の中の騎士だけが行けるところって認識なんだが、魔界ではあまり有名じゃないのか?」
「ああ、聞いたことがない」
3人組のうち、コーザが聞いてくる。
知らないものを知らないと言わなくてどうなるって話なので正直に知らないと答えると、ブーモはそのムキムキの腕を組みながら少し考え、しばらくするとラインに対して話しかけてきた。
「なあライン。人魔大戦のとき、光属性の戦士で固められた軍団がいなかったか?」
「そういえば、確かに光属性の魔法しか撃たなかった軍団がいた気がする。……まさかあれがーー」
「…思い当たる様だな。それが神天聖教会の連中だ」
そう言われ、ラインは納得がいく。
魔族は光魔法に弱い故に聖騎士達の光属性魔法は特効だから、あれほどの惨敗を喫したのかも知れない。
その後もブーモから聖教会の話を聞いたが、とにかく魔族に対して厳しすぎるものばかりだった。
特に僕達魔族にとって最悪なのは『魔族の存在を容認してはいけない』というものである。
聖教会を主導するのは天使族という言葉から嫌な予感がしたが、やはり聖騎士達は魔族を嫌っているらしく、さすが人間より魔族を嫌う天使族のことだ。
「ブーモ、神天聖教会の人達は説得できそうか?」
「無理だ。…はっきりと言おう、絶対無理だ。それこそアイツらが信仰してる【神】本人が現れて説得するぐらいしかない」
淡い希望を抱くが、それは無駄だったらしい。魔族の在り方に悩むラインに、ブーモが口を開く。
「ーーだが、大国が人魔大戦に参加した取引を停止すれば、奴らにも結構影響が出るかも知れん」
「例えば?」
「ルクサス王国だ」
そう言われた。ルクサス王国、猪人達の元に行った時に聞いた国だ。唯一魔族を受け入れている国だと聞いていたが、まさか大国だとは知らなかった。
「ここからどのぐらいかかる?」
「大体歩いて一週間だ。だが道中にはヒュージ砂漠があるから、無闇に向かっても脱水症状で死ぬだけだ」
困った。僕は魔法が使えない。
するとブーモはラインに語りかける。
「…ライン。お前が俺に叩き込んだあの拳だが、その拳に黒いモヤのようなものがあったはずだ。それはお前自身は認知しているのか?それは魔法なのか?」
ーー『黒いモヤ』?なんだそれ?
ふと自分の手を見るも、大した何も無い。
そんなふうに右手の掌を開閉しているとーー突然掌の中心から薄黒の霧のようなものが漏れ出し始め、いきなりのことで驚き声を上げながら手を振り払う。
そして気づく。一瞬だったとはいえ黒霧のあった右手から感覚が消えていたことに。しかしそれはすぐに薄まっていき、しばらくすると感覚も戻った。
……なるほど、こういう能力ね。
感覚が「消える」能力にそれっぽく名前を付けると…。
「……名付けて『消失者』だ」
そんなふうに独り言を言っていると、周りの4人から珍獣を見るかのような目を向けられていたことに恥ずかしさが込み上げ、ラインは着席する。
それを見たブーモは咳払いし、先程話していたヒュージ砂漠の横断の件について再度話し始めた。
そしてブーモはラインが手渡した魔界の地図の中心部ーー『フリーデア大森林』と、拙い絵と共に書かれている場所を指し示し、ラインの目を見て口を開く。
「確かここに精霊人がいると聞いたことがある。何でも凄腕の魔法使いらしいが、どれほどの実力者が金を積んで誘っても断られるらしいな」
「噂では、勇者ですら断られたってよ!」
ブーモの言葉にセカマが同意する。
勇者の誘いを断るとは、どれほどの実力者なのか。
だが、行ってみる価値はありそうだ。
「ありがとう!行ってみるよ」
「ああ、仲間にできたらいいな」
ブーモは返事をしてくれた。先程まで殺し合いをしていたというのに、すっかり打ち解けている。
「じゃあふたつ目だ。アスタ村にいる兵士を全て撤退させろ。そして帰る道中で魔族に一切手を出させず、全員国に帰還させろ」
ふたつ目の要求をする。しかしブーモは悩んだ顔をし、申し訳なさそうに続けた。
「悪いが、俺にも一応上官がいる。魔族の要求、ってだけでは多分帰させてくれないだろう」
と言われる。だが、それは対策済みだ。
「そうだろうね。ーーだからこそブーモ、君にしか頼めないんだ」
「何?俺にか?」
「ブーモ、君は『巨大な魔物に襲われたから、甚大な被害が出る前に撤退するべきだ』と言ってくれない?君ほどの人がボロボロになって帰って来たとなったら、堅物の上官でも信じるんじゃないか?」
そう言い、ラインはブーモの武具を指指す。
剣は中から折れ、着用している鎧にも刺された跡があり、最後のパンチの一撃でベコベコになっている。
だがこれほどの損傷をあった状態で帰れば、ブーモの発言にも説得力が生まれるものであろう。
「ーー。なるほど。分かった、そうしよう」
「助かるよ!ありがとう!」
そう言い、手を出す。
ブーモは一瞬驚いたが、すぐに手を握り返した。
ーーー握手したのだ。
「にしても、こうして見ると魔族ってホントに人間と変わらねーよな」
「ああ、これじゃまるで人間同士にしか見えんぜ」
外野でセカマとコーザが言う。コイツらは何となく馬鹿な感じがするが、逆に単純かつ素直で助かる。
「最後の要求だ。君達だけが悪いとは言わない。だけどこの真実を知るのは今は君達でしょ?…だからあのテントにいる連中の分も含めて、ミクスタに謝罪して」
そう言い、今まで会話に置いて行かれていたミクスタのほうを見る。彼女は急に自分事になったので驚いている。
すると、コーザとセカマが先に出てきて土下座の体制を取り、彼らはその体制で謝罪し始めた。
「嬢ちゃん、いやミクスタさん、本当にすいやせんした!!俺たち、あの村を襲って何人もの人を殺しました!!これは謝り切っても謝りきれないものっす。改めて、本当にすいやせんした!!」
「ミクスタさん、魔族って、人間と何も変わらないよな。それなのに俺らは、『魔物狩り』とか言って楽しんで……本気でクズだったと思ってやす。本当にすいやせんした!!」
お馬鹿2人の謝罪が終わる。
ラインから感じたことは、コイツらは少し抜けててアホだが、絶対悪ではない。ただただ無知だったことにより、命を奪ってしまったある意味被害者なのだ。
そしてブーモも前に出て、同じく土下座の体制になりながら、静かに謝り出す。
「ミクスタさん。まず初めに、本当にすまなかった。俺ーーいいえ、私はかつての聖騎士の立場に胡座をかき、疑いの心を忘れていた。そして、今回のことでその疑念を思い出し、貴女方がその迷いを払ってくれたのだ。…話が長くなった。ミクスタさん、改めて謝罪を申し上げる。本当に申し訳ない」
そう言い謝罪するブーモ。
その敬意の払い方は、流石元聖騎士なだけある。
ミクスタは、黙って聞いていたが、遂に口を開く。
「……分かりました。向こうにいる彼らの分までの謝罪、確かに受け取りました。でも、今すぐは許せません。なので、一つだけお願いをします」
そう言い、地に伏す3人の顔を上げさせる。
一時期はどうなるかと思ったが、これで一件落着、
「あ、ラインさんにもお願いがあるので残って下さい」
ーーなぜ、僕も引き留められたのか。
そんな疑問を抱きながら、ミクスタの話を聞く。
「先ずは、ブーモさん、セカマさん、コーザさん。ーー貴方達は向こうのテントの人達だけでなくお友達にでもいいので、私達魔族は悪い人ばかりじゃないと、そう伝えてもらえると嬉しい」
「ーーなんだ、そんなことかよ」
「当たり前だよなあ、2人とも」
「無論だ。言われるまでもない」
「「「言われなくてもやるつもりだったぞ」」」
「……え?」
「ミクスタさんとラインさん、あんたらがいいヤツってことはよく分かってる。言われなくともアイツらにはいいことしか言わねえさ」
「もしかしたら魔族に洗脳されてる、とか言われるかも知れないが、そんなもんだ。俺たちがミクスタさんにしたことに比べたら軽いもんよ!」
「ミクスタ、貴女への贖罪の気持ちはもちろんある。だが、それだけではアイツらの心までは動かない」
「あー、ブーモ、ちょっと待って」
「何だ?」
「さっき僕が提案した『巨大な魔物に襲われた』って説得方法、『それを魔族である僕達が助けた』って言ってくれたら助かる。あ、でも僕の正体は言わないで」
「ーーーなるほど。分かった、そうしよう」
よし。これで撤退させる理由と魔族の安全性の証明を同時にできる。上手いこと噛み合ってくれた。
あとは、ミクスタの僕へのお願いなのだが……。
「ーーーラインさん」
「うん。何?できる範囲でお願いしたいけど…」
「私を、貴方と一緒に連れて行って下さい」
「ーーーへ?何て?」
「だから、私を貴方の旅に同行させて下さい、って言ってるんです。もしかしてーーーダメでしたか?」
彼女は滅茶苦茶分かりやすい上目遣いをしてくる。
違う、ダメなんかじゃない。
だが……。
「…いいの?僕の旅は命の保証は出来ないよ?」
「今更じゃないですか?既に一回死にかけてますし。死にかけるに一回も二回も違いはないですよ」
「そう、かもしれないね。じゃ、決まりだ」
「はい」
ラインは手を伸ばす。
その傷だらけで鉄と血の匂いがするラインの手はミクスタにまで届き、彼女はラインの手を取った。
「これからよろしく、ミクスタ」
「こちらこそよろしくお願いします、ラインさん」
ーーこうして、ライン・シクサルの旅に、新しい仲間第一号が加わったのだ。
……そんな側、ラインに口笛を吹く音が二つ。
「いやー、いいもん見せてもらったぜ2人とも!」
「末長く仲良くしろよー!」
「ラインよ、あまり女性を困らせるなよ」
「何だアンタら!!冷やかしなら早よ帰れぃ!!」
いきなり3人に冷やかされ、しかも真面目なブーモでさえもふざけたので流石に無視できず、なぜか言葉が少し訛りながら盛大にツッコむ。
ーーその日の朝は、人間と魔族の笑い声が響く朝となった。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「へいへい。んじゃあさよなら、ミクスタさん!ボウズ!」
「気をつけて行けよ!お前らのことは悪く言わないからよ!」
「ああ、よろしく頼む!君らも元気で!!」
コーザとセカマを見送る。彼らは彼らの仲間が眠るテントに向かっている。
あの2人は馬鹿だが、意外と分かりやすく、気持ちの良い奴らだった。魔族と人の違いが無いことも理解してくれただろうし、もう魔族殺しはしないだろう。
「んじゃあ、ブーモ。さっきの約束果たしてくれよ」
「待てライン。一つ言うことがある」
「何?まだ何かあった?」
そう言いブーモに近づくと、ブーモはラインを引き留め、自身が持つ地図を取り出し、とある森を指し示す。
それを見たラインは同じくキーラが描いてくれた拙い地図を取り出して場所を確認するが、そこは先程エルフが居ると言っていた『フリーデア大森林』ではなく、『濃霧の森』という小さな森林地帯だった。
なぜフリーデア大森林に向かう道中であるこんな森を示すのか、とラインが思っていると、ブーモが口を開く。
「ここに、異世界からの『召喚者』がいる噂がある。しかしコイツは人間の勧誘を全て蹴るんだと。魔族のお前なら、もしかすると受け入れられるかもしれん」
「そうか、ありがとう!行ってみるよ!」
「ただしコイツは人間内では最強レベルの実力者だ。そして何より…400年前の勇者パーティの内の1人で、当時の人魔大戦でも活躍し、相手の返り血で染まる身とその剣技の鮮やかさから『黒百合』と呼ばれている。最大限気をつけろ」
「ーーああ、ありがとう。あんたも気をつけて」
「そっちこそな。初めてできた魔族の友を、ここで失いたくないからな」
そう言い、ブーモは去っていく。
ーーー友、かぁ。
嬉しいような恥ずかしいような、複雑な気持ちだ。
「ーーよし!ミクスタ、僕達も準備するか!」
「はい!」
そんな小恥ずかしい気持ちを振り払ったラインはミクスタに声をかけて、ラインとミクスタはミクスタの鍛治屋に赴いて、出発の準備を始める。
次の行き先は、どこになるのだろうか。
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数日後、魔界から殆どの人間軍の残党が撤退した。
その撤退を推奨したのは三人の兵士と騎士であり、そのうちの一人は元聖騎士の一員であった。
また、撤退の理由は『巨大な魔物の大量発生』であり、確かな実力者である彼らでさえ窮地に立たされた相手だったという。
ーーーそして、彼らを助けたのは他でもない魔族であり、「そのおかげで自分達は生き残っている」、「魔族にもいい奴はいた」と伝えられ、一部の界隈では魔族を敵視しない風潮が生まれた。
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ーールクサス王国と魔界の間にある広大だが完全に干上がりオアシスの一つも無い砂漠、ヒュージ砂漠。
その道を行く、5人の人間がいた。
「ーーちょっとぉ!!いくらなんでも暑すぎじゃなあぃ?!」
「黙ってついて来い。これが最短だ。最短を選んだだけ有難いと思え」
「酷くなあぃ?!もうアタシ泣いちゃうわぁ!!」
「泣く声とは思えませんがね。くだらない演技をしている暇があるならとっとと歩いたらどうですか?」
「ひどぃ!!アタシのミカタなんてどうせ誰もいないんでしょお!?」
そんな険悪な状況に、顔に大きな傷を付けた優しげな顔の少年が割り込んできて、争いを仲裁しようとする。
しかし少年以外の3人はキッと少年を睨んだ後にそのうちの青年と少女は怒鳴り、禿頭の筋肉質な男は怒鳴りこそしなかったが冷徹に吐き捨てた。
「あ、あの、皆さんもう少し仲良くしましょうよ!ほら!楽しい話をするなり!王国からのお金をどう使うかだったり!」
「うっさいわねぇ!!お前はお荷物なんだから黙ってなさい!!」
「この女に同調するのは癪ですが、あなた。そもそも役割が勇者と被ってんですよ。あなたなど居なくても同じです。荷物持ちできるだけ有難いと思って下さい」
「ええ…そ、そんな…」
パーティ内の空気は険悪の一言だ。
1人真面目そうな剣士。訳の分からない喋り方をする魔法使い。一見丁寧だがその口からは毒が延々と吐き出される召喚士。一声だけしか喋らない寡黙なスキンヘッドの格闘家。
とても仲の良さそうなパーティには見えず、なぜこのクセの強いメンツで一つのパーティが成り立っているのかが不思議なぐらいだ。
だが、その後ろから綺麗な歩き方で歩いてくる美形が現れると、パーティの荒れ具合は一瞬で収まる。
美形を歪ませる程の感情の無さを顔に表す、最高級の装備を身に付けた『最強』の青年。
《最強の勇者》 ハルト・カツラギだ。
「お前ら、コイツは俺が入れたんだ。一緒にいるのが嫌ならパーティから抜けたらいい」
そう言い、勇者は剣士を庇う。
いつもは何もかもに無頓着で無感情な顔が動いて他メンバーを『対象威圧』するも、誰も倒れない。
それはそうだ。このメンバーは別世界から召喚された、所謂『異世界召喚』された最強メンバーなのだから。
「は、ハルトさん……」
「んもぅ、わかったわよぅ!好きにしてハルト君❤︎」
「わかりましたよ。そのキズモノのガキの何がいいのか知りませんが、アナタが言うなら逆らいませんよ」
「…俺は、貴方についていくだけだ」
「……行くぞ」
そう言い、勇者達は歩みを進める。5人ーーー
「あ!アタシこの位の距離なら瞬間移動できるから先行くねぇ!」
魔法使いは瞬間移動し、その場から消えた。
ーー1人減った4人のパーティは、砂漠を進む。
ーーー勇者一行が、魔界へと向かっていた。
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窓から差し込む朝日により、黒い長髪の人物は目を覚ます。
朝食の準備をして、体を伸ばすために小屋から出る。今日はいつもより森が騒がしい。いつも自分が食べきれない朝食を食べてくれる動物達が怯えている。
ーーこういう日の後は、碌なことが起きない。今までの経験からは、9割で当たる。小屋が吹き飛んだり、倒木に巻き込まれたり。
と言っても、その「経験」とは、無気力に生きて来た400年のことだが。
「ーーまた、何か起きるのかな」
ーーー『黒百合』は、本来左腕が生えているであろう腕の付け根を労るように撫で、空を見やる。
その無気力な黒い瞳に、木々の隙間から差し込まれる朝日を映して。
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魔界の入り口に近い場所。
そこには小さな魔法学校があった。
教え子の大半は皆家や家族をなくした孤児。彼らはこの学校で朝を迎え、学校で授業を受け、学校で夜を過ごす。その子供達に、種族の隔たりは無い。人間、亜人、魔族、その他様々な種族の子供達に、『彼』は授業を開く。
「先生!おはようございます!」
「せんせ!おはよう!」
「おはようございます。よく眠れましたか?」
『彼』は8人の生徒に挨拶し、朝食を食べてくるように伝える。それを聞いた子供達はダイニングに駆けて行く。
魔王であるデリエブ・シクサルが死んだ今、魔族を保護する者がいなくなり、教え子たちの安全を保証する者がいない。
「ーーまた、血が流れるのでしょうか」
『彼』は呟く。そして窓から差し込む朝日を眺めながら窓から外を憂いを帯びた目で見る。
その『彼』の耳は、普通の生物よりも長かった。
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ミクスタの鍛冶屋の前で、ラインは待っていた。
ミクスタの鍛冶屋には彼女の両親の服があったので、彼女に許可を取り、幾つかの服を貰う。
特に彼女の父親の服が丁度いい大きさのものが多く、予期せず男物で揃えることができた。
また、ラインの左腰にはミクスタ特製の魔力剣が提げられており、右腰には魔石を入れた袋を提げ、背中には様々な物を入れたバッグを背負う。
そこに、ミクスタが出て来た。
彼女は女性用の半袖カッターシャツに膝辺りまでのスカートを履き、髪を後ろに纏めていた。
手には人間国家で手に入れられる冒険者用の簡易テントを持ち、さらに様々な武器や鍛治道具を入れた大きめの袋を背負っている。
「それ重くない?少し持とうか?」
「いえ、慣れてるので大丈夫ですよ。こう見えて私、肩の力は結構強いんですよ?」
「ならいいんだけどね。…出発する準備はいい?」
「はい!生きましょう!」
大丈夫らしい、なら出発しよう、と次はブーモが指し示した森へと行くことにする。
〜濃霧の森〜
名前から分かるのは、霧が濃いだろうということのみだが、ここには『黒百合』がいることも分かり、もしかしたらラインの味方になってくれるかもしれないと考える。
「行こう!ミクスタ!」
「はい!」
そう言い、2人で一歩を踏み出す。
次の目的地は『濃霧の森』。
新たな土地に向けて、2人は進む。
その先に、どの様な未来があるかを知らないまま。
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ーーー俺はさっきまで、部屋にいたはずだが。
青年はそう思う。瞬きをした一瞬だ。日光が入っていない部屋で引き篭もって漫画を読んでいただけ…。
男子高校生。日本では15〜18の男子の年代。黒の短髪に黒の瞳、まあまあいい顔立ち、そこそこ高いが高すぎない身長。
そしてその服は別世界のものーージャージだ。
その青年は気づく。自分に起きたことを。
その青年は確信する。自分が来た世界を。
剣と魔法、勇者と魔王などの『あり得ないこと』を全て詰め込んだような彼にとっての夢の世界ーーー。
青年は口を開く。そして何故か指パッチンし、
「ーー所謂、異世界召喚ってヤツだ」
と一人、誰も見ていない魔界の道端で、そんなふざけたことを言ったのだった。
彼の名はレン・カワノカミ。
いわゆる、現実世界から異世界召喚された者だ。
▽▲▽▲▽▲▽▲
ーーアスタ村での戦いから2日。ラインとミクスタは順調に魔界を進んでいた。
夜はそこら辺の野草や動物、魚を獲り、ミクスタが持ってきてくれたテントを建てて寝ることを繰り返して、この二日間で着実に南下している。
あの戦いから人間の残党はごっそり数を減らして、ラインはフード、ミクスタは見た目を誤魔化す魔法を使わなくとも道を歩けるようになった。
しかし人間軍の残党が数を減らしたことで、逆に目立ってきているのはーーー。
「おらおらクソガキ!さっさと金目のものを出したほうが身のためだぜ!?」
「まさか俺たちとやり合うっていうんじゃないだろうなぁ?あんたの格好、この辺じゃ見ないもんだからよお、マニアなら買い取ってくれるだろ!」
所謂盗賊だ。
全く、魔族にも盗賊はいたが、戦後だというのに人間の盗賊がこれ程の人数いるとは思わなかった。
この2日で既に5回絡まれているが、どれも数と威勢だけは一丁前でブーモに比べて圧倒的に弱いので、リーダー角のヤツをぶん殴って気絶させればそそくさと引いて行く、迷惑な奴らだ。
今回は結構珍しい、2人という少人数の盗賊だ。
しかし、今回絡まれているのはライン達ではない。
向こうに見える少年と青年の中間的な人物だ。
「ふふ…俺の強さに気づかないとは、とんだ馬鹿ヤロウ共がいたようだな。チートスキルを神的ポジのキャラから与えられた俺は色々な種族の美少女に好かれまくってハーレムを築くんだ…邪魔はしないでもらうぜ」
「「は?」」
黒髪の人物はそう言いだした。
ちょっと何言ってるかわからないだけでなく、彼は普通の人間よりかは運動神経は良さそうだが明らかに武器を持たぬ人間としては無力にしか見えないが…。
「くらえ!!アルティメットヴォイド!!」
青年が盗賊の顔面をそのまま殴った。
いや何してんの、どう見ても効いていない。
少々鼻血が垂れてきたぐらいでーーーあ、まずい。
「………やってくれたなクソガキ」
「ーーあれ?俺チートじゃないの?」
盗賊の顔に青筋が一気に広がり、その手に持っていた短剣で青年を突き刺そうと振りかざす。
「ミクスタ、助けるよ!」
「はい」
そう言い、ミクスタに盗賊の持つ短剣を弾かさせ、自身は魔力剣で斬り掛かる。
戦闘はすぐに終わり、盗賊達は逃げ帰っていった。
何故か土下座している青年、恋を残して。
*************************
何で目の前の青年は土下座しているのだろう。
そう思うラインだったが、レンが口を開いた。
「えー、今回は命を助けてくださりありがとうございます。俺、違う私は此度のご恩は一生忘れません」
堅苦しいお礼を言われたところで、彼の姿を見やる。黒髪黒眼の170越え程度の身長。そこそこのガタイにそこそこの足の長さ。いい感じの顔。そして、服はジャージだ。
ーー待て、僕は何故ジャージを知っている?
この服は明らかに初見でどんな機能があるかすら分からない代物のはずなのに、名前はすんなりと言えた。
「いやでもまさかチートスキル無しでの異世界召喚とは思わなかったぞ…なんか能力もらうもんじゃないの?」
ラインが思い悩んでいると、青年が独り出に喋り出す。なぜ彼の服がジャージか分かったかは置いといて、彼に幾つか質問する。
「君、名前は?」
「ああ、そう言えば名乗っていなかったわ」
青年声をかけると、レンは訳の分からないフォームを取り、天に指と顔を向けながら自己紹介を始めた。
「ーー初めまして!俺は諸行無常の響きある現代からやってきた表はしがない一般人、しかし裏では最強の能力で無双する、変幻自在の男子高校生ーーー」
【ーー召喚特典として主能力:模倣を獲得しています。】
「うおっ!?誰だこの声!?」
自己紹介の途中で、素っ頓狂な声を上げたレン。一番知りたい名前が知れていないので、再度質問する。
「ーー名前は?」
「あ、『川之上恋』。レンって呼んでください」
「そうか、分かった。僕はライン」
「ミクスタ・ラーザと申します。お見知りおきを」
「うおっ、典型的な美少年と美人なゴブリン娘…俺はそっちの趣味じゃなかったけど、意外と悪くねえな」
そう言い、挨拶が終わる。
最後の発言は要らないだろと思いつつ、見たことない格好をしているので、もう少し質問しようと思ってラインはレンに質問し、それにレンは答える。
「レンは、どこから来たの?」
「ああ、俺は日本って国の都会近くの県に住んでたんですよ」
「ニホン?ケン?」
ミクスタが首を傾げる。ラインも本来なら分からない筈なんだろうがーー何故か分かるのだ。
あー、やっぱりか、と言い、レンが再度語り出す。
「俺、この世界の人間じゃないんだ。所謂『異世界召喚』って奴で来てるんで」
ーー異世界召喚。
言葉の羅列を聞くに、恐らくこの世界とは異なる別の世界から転送された人間、ということだろう。
「じゃあ、レンは行く宛が無い、ってことでいい?」
「ああ、そうなるっすね」
「じゃあ、僕達について来る?」
「……え?いいんすか?」
一応聞いてみたら、何とその気だったらしい。
こちらとしたらありがたいことだが、一応確認する。
「一応言っとくと、命の保証は出来ないし人生で一番苦しい旅になる。……それでもついて来てくれる?」
「…俺、あっちの世界だと引き篭もってたんすよ。だからこっちの世界は後悔しないように生きたい。…やってやろうぜ人生様!地獄も何でもばっちこいだ!」
どうやら同行する気らしい。決意は固まったようだ。
「じゃあ行こうか、レン。これからよろしく」
「よろしくお願いしますね、レンさん」
「うっす!これからよろしくお願いしやす!!」
ーーこうして、割とあっさりと二人目が加わった。
「でもちょっと能力が分かり辛いから、そういうのを理解しやすいスキル欲しいなーー【ーー確認しました。スキル:能力表示を獲得しました】うぉわあ!?またこの声かよ?!」
レンはまたしても素っ頓狂な声を上げる。どうやら能力を獲得した際に聞こえる謎の声に驚いたらしい。
「能力表示ぃ?んじゃあ、試しに使用するぞ」
【ーーはい。スキル:『能力表示』を使用しました】
―
恋の視界には、ゲームでいうステータスのようなものが表示された。
「お、何かステータスが見え始めたぞ。どれどれーーー」
そう言って、レンは黙る。何かに驚いたのか、目を見開き、唇がわなわなと震えている。
そして、ラインに向かい、こう言った。
「ーーあんた人にしか見えなかったけど、魔族なのかよ」
彼は驚いているが、その目はキラキラしている。
それはまるで新しい新天地へと足を踏み出した冒険者のように輝いており、彼の瞳からはなんの迷いや躊躇も抱かれていないことが分かって、ラインは安心半分、心配半分の複雑な気持ちになった。
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ライン・シクサル 16歳 男性 魔族
主能力…????
スキル…治癒者、能力増強
技…『消失者』
ミクスタ・ラーザ 14歳 女性 混血魔族
主能力…鍛治職人
スキル…障壁貫通
レン・カワノカミ 18歳 男性 異世界人
主能力…模倣
スキル…能力表示(表示されるもの…種族)
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「もう!やっと着いたわよぉ!あとは気色悪い魔族をお掃除すればいいんでしょぉ?」
「いやあ、それにしてもいるかなあ?私の実験体❤︎」
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