35話 くだらない見栄の代償
みなさん、こんばんは。ヌヌヌ木です。一週間以上時間を置いてしまって申し訳ありません。
ついに大晦日ですね。今年の4月から始めたこの小説ですが、まだルクサス編が終わっていないことに危機感を感じております。来年も小説は更新していきますので、ぜひご愛読いただくとありがたいです。
では皆さん、よいお年を!
大口を開ける死龍がライン達を捉え、口の中のブレスを解放せんとチャージを終え、『詠唱』する。
「ぁ」
『朽チ果テローー『コンテージョン・ブレス』』
ラインの『獣友の加護』を通して翻訳された死龍の無機質な言葉ーー「朽ち果てろ」という一声と共に、死龍の大口からブレスが解き放たれる。距離にして10メートルあるかどうかの状況、回避する術は無い。
ーー思考を余計なことに割くからだろ、役立たず。
何か助かる方法を模索するラインの脳内に皮肉を込めて語りかけるのは、誰だろうか。サテラやリバイアはこういうことはしない。……リバイアは皮肉屋ではあるが、彼は人の地雷に踏み込む程クズではない。
(自分なんだろうな……役立たず)
完全に詰みの状況でも諦めないスピリッツこそが御伽話の主人公だろうが、ラインはそんなものにはなれない。絶望すれば諦め、投げ出し、逃げる。そんな臆病者が逃げられず死ぬなど、なんて皮肉だろうか。
諦め、目を瞑る。リダが怒声を上げるも、手綱を握り両手が塞がれているラインにできることは何も無い。
全てを投げ出そうとするラインへと、死龍のブレスが降りかかーー、
「ーー『クリエ・リフレクション』!!」
ーーーらなかった。
死龍のブレスは、ラインとリダの乗る馬に到達する直前で金髪の女騎士によって阻まれーーそのまま、いや、更に速度と威力を増して死龍へと直撃する。
己の技を跳ね返された死龍はまともな抵抗すらできずにブレスへと呑まれ、同属性だったのもありダメージこそは無かったが、己の致死の一撃を防がれたという驚愕がその薄い表情からも読み取れた。
その女騎士は、ルクサス副騎士長のジャンヌたった。しかしこの場で死龍の相手に割り込んだのは彼女だけではなく、その後方には無数の兵士達が集合しており、ジャンヌを含めた彼女らは、等しく体に治癒不可レベルの黒い斑点が浮き出ていた。
「ライン殿、リダ様!我々が殿を務めます!!その隙に早くお逃げを!!」
「……え?」
「……待て、ジャンヌ!貴様、死ぬ気か!?」
「ーーええ。口惜しいですが、そうなるでしょう」
唐突に告げられた、殿を務めるという宣言。それを理解し切れないラインを他所に、リダはジャンヌを止めようとどうにか画策するが、彼女の強い意志は揺らぐことなく話が進む。
「駄目だ、戻れ!そのような愚行は我が許可しない!貴様は我がルクサスの副騎士長の立場だということを忘れーー」
「リダ様」
いつもよりも明らかに取り乱した様子で、早口で弁論を捲し立てるリダに対して、ジャンヌの態度・言葉は非常に冷静である。立場を理由に留めようとするリダに対して、ジャンヌは子供に諭すように、それはそれはとても優しい口調で語りかけた。
「貴女様とライン殿はまだ子供です。老骨や若者だけに戦わせて自分達は遠くからただ見るだけなど、誰がそのような恥知らずでいれるでしょうか。私は、できません」
「ーージャンヌ」
「それに、コールピジョンを通じてライン殿が死龍の能力を治療できることも聞きましたが、流石に我々全員の治療は無理に等しい。……心配せずとも、彼らも死ぬ意気込みは既に固めておりますので」
首だけをこちらに向け、微笑みながら残酷なことを語るジャンヌ。彼女の表情は覚悟で満ち、ラインはそれを悟るだけに留まるが、リダは彼女が一度こうなれば何を言っても聞かないのをよく知っている。
ーー「子供だから」。
その理由は非常に非合理的で差別的だ。子供を弱い存在だと決めつけ、何かをしようとするのを拒む、大人の特権を悪用した結果の負の産物であろう考え方。ある意味、子供の可能性を狭め、舐めているとも言える。
しかしこの場合は違う。「子供は戦えない」から戦わせないのではなく、リダやラインがどれだけ強かろうと、「子供だから」戦わせないのだ。正確にはリダの精神年齢は400歳のジジイ(ババア)なのだが、それをジャンヌは知らない。
ある種の意固地でもあるそれは、悪意の無い善意を持てる人でも起きる考え方である。大人の自分だけが戦いを放棄し、子供に血を流させるなどあってはならない。そんな下らない見栄を、ジャンヌは張っている。
ジャンヌは再度迫り来る死龍の破壊のブレスを、スキル『万物反転』で弾き返し、死龍のウイルスに侵された体を酷使しながら、大音声を上げて奮起を呼び起こす。
「怯むなーッ!!リダ様を死守しろ!どんな手だろうと構わん、能力が使えん者は肉盾となれ!!王が亡くなられれば、どのみち我々は終わる!死守しろーッ!!」
ーーーうわァァァァァーーッ!!
続けてたブレスを放たんと息を吸い込む死龍の前へと、咆哮を上げて兵士達が我先にと突っ込んでいく。ブレスのチャージを妨害された死龍が苛立ちながら振るう鉤爪によって、何人もの兵士達が血の華を咲かせた。
肉が千切れ、神経が裂かれ、頭蓋が潰され、四肢がもがれ、命の灯火を強引にかき消される。血と臓物の華が辺り一面へと何度も何度も咲き乱れ、それに伴って死臭と鉄臭い臭い、更に腸が裂かれたのだろうか排泄物の臭いすら立ち込める地獄絵図が展開された。
唯一ジャンヌだけはブレス反射に徹し、何度か小出しで放たれる破壊のブレスを弾き返し、死龍へと直撃させている。
「……ぁ」
「……っは!?今のうちに…リダさん、行くよ!」
「待ってーー」
「待てない!ごめん!!」
目の前に展開される地獄絵図から意識を無理矢理引き戻し、ラインが手綱を再度強く握って馬に鞭打つと、本能的な危機回避を今か今かと待っていた馬は弾かれたように走り出し、死にに行くジャンヌ達を止めようと手を伸ばすリダと共に死龍から距離を離す。
同じくレンも離脱に成功したようで、後ろを振り返ってもレンの姿は無かった。
瘴気によって視界からジャンヌ達が見えなくなるまでの直前、ジャンヌがその凛とした表情を安堵で綻ばせ、その瞬間彼女の胸部が死龍の爪撃を食らい、鎧の破片と共に鮮血を撒き散らす様子を目に入れた。
その様子に吐き気を催すラインだったが、彼女達が稼いだ時間を有効に使うべきである。それをしなければ、ラインはジャンヌ達に顔向けできない。
「……何故だ」
と、先程から黙っていたリダが口を開く。その声は震え、その姿はいつもの《賢王》としての姿ではなく1人の人間ーー「リダ・サーヴァア」及び「ノア=ルクサス」としての反応だった。
彼女は小さな嗚咽を漏らし、その口や鼻から血を垂れ流しながら、ぽつぽつと続ける。
「何故我などの為に命を捨てる……?何故我の為に夢を捨てて肉壁となる……?我は奴等の命を消費物かの如く使い捨て、その上で生き残るなどと恥知らずな行為をしろと、この世の【神】はそう言うのか……?」
その一言を聞き、ラインは昨日の夜のことを思い出す。彼女がラインを信じる為の理由付けとして自分の真実を吐露し、ノアとして愚王と呼ばれ蔑まれた時のトラウマを払拭したがっていた時、ラインはどんな理由だろうとリダを信じると心から決め、約束した。
精霊・悪魔との契約や能力の制限を意味する制約、天使や聖教会などとの決まりである誓約などと比べて、約束というものは軽い。特にラインとリダの間に交わされた口約束など、いつでも破れるような代物だ。
だがだからといって、ラインは自分のトラウマを掘り返してまでラインを信じようとしてくれたリダを見捨てるような恩知らずな真似はできなかった。
どんな理由・如何なる理由があろうと、1人の少女との間に交わされた約束すら守れないで、尊敬する父デリエブのような魔王になどなれるものか。
恥知らずになりたくなければ、守れ、貫き通せ。そう自分に言い聞かせ、ただでさえ脆く既に折れかけている己の弱い心を奮起させる。
ーーと、背後から感じる『死』の気配。
「……っ!!馬くん、お願い!!」
「ーーーー!!」
ラインは手綱を鳴らし、その身を傾けて馬に進行方向を伝える。意識せずとも馬の嘶きはラインの加護により翻訳され、馬はほぼ90°の直角に進行方向を変える。
その瞬間、先程まで走っていたルートを直線になぞるように破壊ブレスが突き抜け、派手に抉られた地面のみが残されるのを後ろ目で確認する。
そしてそれからの数秒間、ライン達の乗る馬は道を駆け、迫り来る破壊のブレスを回避し、瘴気によって遮られる視界の中、何とか逃げ回り続ける。
しかし死龍の接近は目視と臭いで、ブレスの飛来は音と気配で、リダの回復は触れ、そして己の限界は口の中で滲む血の味で判別するという五感どころか第六感すらフル活用する中で、ラインの精神力はみるみる削られていく。
「ーーぅ、んぐ」
と、ふとラインの頭が熱くなり、リダの背中に血が滴る。何事かと思っていると、自身の鼻が何かで詰まっていることに気がつき、鉄臭い匂いから鼻血を出しているということを理解した。
恐らく加護とスキルと五感+第六感を使い過ぎた反動なのだろう、先程までは聞こえていた馬の声は聞こえなくなり、リダへ付与するスキルの精度も大きく減ったことが朧げながら認識できる。
だが止める訳にはいかない。ラインだけならば別に死んでもそんなものだが、大国ルクサスの賢王であるリダの命を預かっている以上、死ぬ訳にもいかない。
「ーー何より…死にたくない…から、ね!!」
手綱を鳴らし、嘶き駆ける馬に揺られるライン。相変わらず不恰好ながらも少しずつ小慣れてきた乗馬テクニックをフルで活用し、後ろから来るプレッシャーと死のブレスを回避し続ける。
それと同時並行で死龍の能力も分析し終わった。自負するのも何だが、ラインは初出しで殺されなければ相手の手の内を分析できる無駄な地頭がある。少年らしい稚拙な内容だろうと、考えれば一つや二つは分かることは出てくる。
・ーーー・ーーー・ーーー・ーーー・
まとめられたことは、
・先ず、死龍のブレスは2種類ある。『デストロ・ブレス』は闇属性魔力による純粋な破壊エネルギーを放つ。『コンテージョン・ブレス』はウイルスを中心に呪い、腐食、回復阻害等のデバフを含めて放つ。
・次に、ブレスは直線にしか放てない。だがコンテージョン・ブレスだけは散布することで実質範囲攻撃が可能。また、直線で回避は無理ゲー。横回避なら可。
・死龍の弱点は予想通り胸部のコア。だが他にも破壊部位があるらしく、推定だが弱点は脳ミソ。
・ーーー・ーーー・ーーー・ーーー・
ーー以上これらのことが分かる。最後こそ推定だが、それにもちゃんとした証拠があるので大丈夫だ。
先ず最初のブレスには2種類あること。これは既に周知の事実であり今更感は強いが、これ以上特別なものを撃ってこない限りは死龍の手札はゼロである。
次にブレスの動き及びライン達の回避方法だが、これもすぐ分かる。死龍が放ったブレスは着弾するまでずっと直線にしか動かない。障害物があれば話は別だが、ライン達肉壁は障害物になり得ないのでどうでもいい。
最後、「弱点は胸部のコアと、恐らく脳みそ」。これだけは完全に予想だが、その証拠はちゃんとある。
先ず1度目に討たれた時、死龍の頭が地面に落ちた際に明らかに骨だけにしては重い音が鳴っていたこと。骨ならば「カラン」重量があったとしても「ズン」ぐらいが妥当なだろうに、実際は「ドガァン」ぐらいの音で地面へと落下していた。
次に、死龍の頭蓋骨がサクラに叩き割られた際、脳髄が漏れ出していたこと。骨だけならばただ砕けて終わるだろうに脳から液体が漏れ出るということは脳みそ、或いはそれに該当するものがあると思う。また、その後にライン達を追っていた死龍がサクラへとタゲチェンしていたのも証拠のうちの一つだ。
だがこれらを踏まえたところでーーー、
「アレを倒せるとは言っていなあぁぁっ!?」
そんな脳内分析をしている中でも、背後からは死を着払いで送ってくれるブレスが余分に放たれる。正直ひとつたりとも要らないのだが、知性が無く容赦も無い死龍にとってそんなことは関係なく、無慈悲にも何度も何度も放たれるブレスを回避し続けさせられる。
だがそんなラインにも、限界はーーー、
「ーーげふぇっ」
・ーーー・ーーー・ーーー・ーーー・
ーーラインはリダ程ではないが、能力を長時間多用している。
彼が直接治した人間の数は1000人を凌駕し、そこに+して抗体が無くなった者に対して何度もスキルを酷使し、挙げ句の果てにはライン自身やリダに付与し続けている分も含めて多大な負荷を脳に続けている。そこに死龍復活のカラクリを模索する為に思考すれば尚更脳へのダメージは多大なるものへとなるのだ。
人間に過労死という死因があるように、人は精神面だけでも脆く弱い生き物である。そこに肉体的な負荷も加われば、それこそ直接的な死因に繋がる危険がある。
トドメにそれを負わされるのが齢16という若僧中の若僧ならば、その負荷に耐えることなど不可能でーー。
・ーーー・ーーー・ーーー・ーーー・
▽▲▽▲▽▲▽▲
頭がチカチカする。
目の前が白と赤のフラッシュを起こす。
耳鳴りがひどい。
味覚がしびれて鉄の味すらしない。
だけどクチからはいっぱい血がでてる。
クチだけじゃない、鼻からも耳からも目からも。
なにもかんがえられない。スキルもつかえない。
てにチカラがはいらない。たづなをにぎれない。
たづなからテがはなれてーーー。
口から堪えきれなかった血の塊を吐き出し、視界がブレてバランスを大きく崩したラインはそのまま馬の背から落ち、顔面から地面へと叩きつけられる。額が大きく裂け、大量の血が額から垂れ落ちた。
だがラインは、痛みに悶えることも、血を流す喪失感により泣き喚くこともしないーー否、できない。
何故なら今のラインは、口から血泡を吹き、白目を剥きながら体全体を大きく痙攣させていたからである。
「……ッ!やはりとは思ったが、ここで限界か……!」
ラインが落馬した瞬間にリダは震える指先を何とか手綱へと絡め、力が篭らないながらも馬に鞭打ち止めようとするが、一度危機回避の指示を出された馬は本能も相まって止まることは無かった。
やむを得ず特権で光鎖を馬の首に巻きつけ、光の楔を地面へ刺して馬を固定したリダは馬の背から飛び降り、すぐさまラインの下へと寄って手元に残っていた最後の保魔珠の一つをラインへと投げる。
スキルの込められた保魔珠が空中で輝き、眩い光の中から魔法陣の帯のようなものがラインの体を包み込み、1分程するとラインは意識を覚醒させた。
「ーーっは!?はぁ…ゲフッ……な、何が……?」
「貴様はスキルの反動で意識を失い、落馬したのだ。……が、その様子ならば特に外傷は無さそうだな。立て、あの邪龍がいつ来るかは分からんぞ」
意識を取り戻したラインが最初に見たのは、死龍の瘴気で陰りが晴れない空の下、頭上から切羽詰まった表情のまま見下ろすプラチナピンク髪の少女だった。その顔を見たラインは、今自分が置かれている状況の記憶を呼び起こし、すぐさま飛び起きる。
焦るラインをリダが制し、彼女はどこからともなく中型の鳩ーー「通伝心鳩」を取り出し、現在の状況を確認する為に「伝心」する。
(ーー皆の者よ。我だ、リダ・サーヴィアだ。貴様達に余裕の無いと知っておきながら伝心するのを許して欲しい。……今、貴様達の中で連絡の取れない隊は何処かを教えてくれ)
射程と音を無視した、確実に伝達が可能な基礎的スキル「伝心」によって、リダと残りの隊のリーダー達の心が繋がり、リダの心の声は生き残っているリーダー達へと伝播する。
いきなりの国王からの連絡にリーダー各々の反応は様々で、信頼する王の無事に安堵する者、安堵するが今の王の状況に不安な声をかける者、それどころではなく下手な敬語で反応する者ーーそして、死にかけで反応が弱々しい者がいた。
(ーーリ、リダ様!?ご無事で何より……!)
(ーーリダ王よ、現在の被害状況は深刻です!近辺に居た筈の23、54、69番隊と連絡がつきません!コールピジョンの死亡によって連絡ができないだけならば良いのですが……恐らく、既にもう……)
(馬鹿者が!リダ様に責任があるような言いがかりをつけるでない無礼者め!!……取り乱して申し訳ありませんリダ様、我が隊36番隊は既に半壊しております。細菌によっての被害状況が深刻で……!)
(今現在我々は死龍と交戦中!リダ様、救援要請の許可をお出し下さい!許可をーーぅ、うわぁぁぁ!!)
リダの合図を待たずに飛び交う心の声は、まさに阿鼻叫喚であった。まだ余裕のある隊はまだしも、他の隊との連絡が途絶えてパニックになる隊、半壊へと追い込まれ継戦不可能になった隊ーーそして、死龍と交戦して無念にも散っていく隊。
様々な声が混ざり合い、リダの脳内は聞くに堪えない不協和音を響かせる。その声に頭痛を悪化させられながらもリダは歯を食いしばり、その声の種類を聞き分けることに全神経を注ぐ。
数えられたのは、69人分。リダの聡明な脳があればこの程度聞き分けられるが、問題はそこではない。
ーー300もの数の隊のうち、69隊しか返事が無い。一度返事があっても、その後衝撃音と共に「伝心」がぶつ切りにされるのも含めれば、その数は更に減る。
つまり半数以上どころか三分の二以上の隊からの反応が途絶えており、その三分の二以上に該当する隊の人間は、とどのつまり……犠牲になっている。
この場で声すら上げることもままならず犠牲となった哀れな戦士達が231隊分ーー数にして2万3千百人もの数が犠牲となっていると考えた方がいい。まばらになって生き残っていると考えても、その数が犠牲者をまともに減らす様な夢物語は、リダは見れない。
ーーと、ここでもう二つ声が聞こえてきた。
(ーーリダ様!今はどちらへ!?ワシとサクラが死龍を捜索しているのですが、どこにも見当たらず……!)
(ーー!この声…リーヴか!貴様等、無事だったか)
(ええ、何とか…しかし、ジャンヌの奴はーー)
(………ご、ぼ……リダ、さま………?)
(ジャンヌ!?貴様、無事なのか!?)
(ジャンヌ、何があった!?お前がそんな様子になるなど初めてーー)
(……我…らが…特攻…隊…は……壊滅…しまし…た。……申し訳、あり…ません、死…龍の……ブレス…に…歯が……立たなく…ーーぅ)
(ーージャンヌ!!)
伝心がリーヴと繋がり互いの安否確認をしていると、死にかけの掠れた声で何とか言葉を絞り出した女騎士ーージャンヌの声がリダの心に繋がった。
彼女はリダ達の馬を逃す為に急遽組まれた特攻隊のリーダーとなり、死龍の凶爪の前に散る瞬間をリダも目撃していた筈だ。彼女は胸部の鎧を大きく砕かれ、鮮血を撒き散らしその命を散らせたはずだった。
だがどんな理由があったのかは分からないが、彼女は何とか命を繋いでいたらしい。しかしその灯火ももはや風前の灯であり、尽きるのは時間の問題のようだ。
リダ自身としては心掛けているのだが、彼女にも大切な人間の優劣はどうしても生まれる。特に信頼しているのは、「ノア」としてはリーヴ、「リダ」としてはジャンヌだった。
リーヴとは長年の付き合いであり、400年という膨大な時を過ごし、ルクサスを太平国家へと成り上がらせたビジネスパートナーでもある。
ジャンヌは、女の身でありながら巨漢すら地に伏せる戦闘能力と、それを成り立たせる騎士道精神を両立させた稀有な人材だ。その生真面目さにリダは心打たれ、現在はルクサス副騎士長として責務を全うしている。
そんな愛する忠臣の、無惨な死。
リダは戦場で命を散らす者達を貶す真似はしないが、定期的に暗殺される自分以外では、基本的に自然死での死に方以外を見たことがない。
そしてそこに、肉体年齢に引っ張られる精神の幼さと脆さを組み込めば、一見は頑強そうだが一度ヒビが入れば立て続けに崩れるその心を保つことも難しくーー、
その判断の遅れが、リダ自身とラインを殺すのだ。
「ーーリダさん、正面危ない!!」
「……っ!?」
『ーーー『コンテージョン・ブレス』』
ダミ声で紡がれた詠唱により、影のみが見える死龍から死のブレスが放たれる。擦りでもすれば即死の範囲即死攻撃などというクソゲー染みた攻撃をリダは横に飛び退き回避し、なんとか事なきを得ーーなかった。
そもそもこのタイミングで死龍が狙ったのは、リダでもラインでもなく、その背後にあったーーー、
そして、空気を裂くような嘶きが響き渡る。
「ーー馬狙いか……っ!!」
死龍はそもそも初撃をリダ達に向けて撃っていない。彼女らが居た位置的に避けられることになったが、そもそも死龍は彼女達にとっての足となる馬を確実に潰すために、ブレスを放ったのだ。
死龍にとっては運が良くリダにとっては最悪なことに、リダは逃げる馬をその場に留めておく為に光鎖で馬をその場で固定していた。だからこそ馬は逃げることすらままならずに、その殺人ウイルスに呑まれた。
「ーーーー!!」
「ーーぅ、わぁぁあぁあぁあぁぁ!!」
惨たらしい断末魔を上げて動かなくなる馬。それとほぼ同じタイミングで、魔族の少年が発狂する。
リダも分析していたが、ラインの『獣友の加護』はかなり無差別に翻訳がされる。今まではただ懐かれやすい程度の効果しか無かった加護も、その使い方を知れば知るほど効果が上がる。ゆえにラインは動物との翻訳が可能になり、中々懐くことが無かったネイチャーコールピジョンハムスターを懐かせていた。
だが、それはある種の諸刃の剣である。
無差別翻訳ということは、それが翻訳できるかできないかは場合によって異なるという訳であり、時によっては聞きたくないものまで翻訳される可能性もあるのだ。
例えば、動物の悲惨な断末魔などーーー。
「あああああぁ、あぁぁぁぁあーーッ!!」
涙の止まらないその瞳を溢れ落ちんばかりに開き、口の端が裂けるのも気に留めず叫ぶライン。膝は震え、とてもじゃないが立ち上がることは困難を極めるだろうその変貌ぶりを目にし、リダはこの戦場で何度も味わった焦燥感の中でも最悪のものを感じる。
ただでさえ顔を合わせた程度の兵士の死にすら吐き気と罪悪感を催す精神の幼さが目立つラインが、ただの馬一頭とはいえ翻訳された絶叫を耐えられるハズが無い。それはリダとしても重々承知だ。ーーー否、承知していた筈だった。
舐めていた。心身ともに追い詰められ、限界を既に通り越していた子供の精神の弱さを。
リダは肉体は子供で、精神もある程度は引っ張られるとはいえ精神年齢は400歳を超える。だからこそ、ラインの精神の幼さを見抜くことができなかったのだ。
それが例え、今にもブレスを放たんとしている死龍を目の前にしても、再起することができない程に。
「……ライン・シクサル!!」
『ーー『コンテージョン・ブレス』』
リダが怒声を上げるも、もう遅い。瘴気を振り払い、晴れた空間の中に現れた死龍の口には、殺人ウイルスのブレスと破壊のブレスが混じりし吐息が込められていた。
そしてそれはノータイムで放出され、今も頭を抱えて蹲るラインの方へと飛んでいく。そこに障害物など無い。そのまま行けば、ラインは呑み込まれて終わりだ。
だが間違っても、リダはラインを庇ったり助けたりなどしてはいけない。
人道がどう、などではない。リダは一国の王として、軽率な行動は決して行ってはならないのだ。かつて感情や人道を優先し、悪しき魔族に旧ルクサス王国を破滅に追いやられた記憶が滲み、リダの足を止める。
【ーーーそうだ、庇うな。王としての責任を果たせ】
足を止めようとするリダの頭に、男の声が響く。
ルクサスの中でも最年長であるリーヴですら知らない声。だがこの声に、リダは聞き覚えがある。
これは、ルクサス王国2代目の王、『シーラ・アルゴア』のものだ。紛れもない、リダーー否、ノア自身のかつての声色が、この場この時に脳内で囁く。
さながら呪詛のように、子守唄のように。リダの脳内は男の声で満たされ、再度歩み始めようとしたその足を止める。
【ーーー所詮は魔族だろう?貴様が手を出さなければ、あの魔族の小僧は事故死する】
【ーーーそう、事故死だ。貴様が殺したわけではない。それに、その事故も人為的なものではなく天災によって、だ。サクラ・オカザキも疑いようがあるまい】
【ーーーこれで手を出せば、貴様はあの魔族の小僧に手出しをしたことになる。それで救えなかったと考えてみろ、我らが「ノア」の魂の高貴さは地に落ちるぞ】
「声」は止める。目の前の魔族の小僧を救うな、と口出ししてくる。刹那の出来事だったが、リダからすれば永劫の時と同じような感覚を覚える。
【ーーーそうだ、足を進めるな。保身に注力しろ。犠牲を振り返らないのならば、目の前の小僧も同じことだ。そこに何の違いがある?奴もまた、犠牲者の1人。それだけのことではないか】
声は続ける。リダが転生してきた14代全ての声色がリダの脳内の刹那を犯し、歩みを止めた足を2度と動かさせないように固定して来る。
散々止められた。犠牲をやむなしと考えるのならば、目の前の小僧も同じことだと語りかけて来る。ノア自身でも気づかなかったが、こうも自身は歪み切っていたのか、とリダは刹那の中、思う。
……そして、行動の為の最後の鍵を、問う。
(ーー貴様等は、魔族の小僧を助けることを、しないか?)
脳内での刹那の沈黙。そしてーーー、
【ーーーああ。当たり前だ】
リダの発言を肯定する。
それとほぼ同時刻に、リダの歩みは解放される。
「……そうか。そうだな」
そして、歩みを止めーーーなかった。
(我が愚かだった。貴様等のような愚物共の戯言に踊らされるなど、真のノアとして情けない)
【ーーー!?な、何故……!?】
普段走り慣れてなどいない短い足を全力で動かし、使い慣れていない肺が破裂しそうな程に息を吸い込み、ブレスが迫る魔族の少年へと全速力で駆け寄る。
格好もクソもあったものではない。いつもならば背丈に似合わぬ玉座に座り、淡々とながらも的確な仏頂面で出すだけだったあの王が、血相を変えて走る。他の大国の王が見れば、一笑に伏せられるだろう無様。
ーーだが、「リダ」は違った。
「……黙れ、貴様等ーー否、我の前世を騙る愚物めが。貴様は何も我のことを分かっておらんかったな。その調査不足が仇となって見抜かれるんだぞ」
【ーーバカな、そんなことが……。我らは…ボクは、お前の言動を確実に真似し、人格すらも模倣した。何故、それを破ることができる?解析不能。理解不能ーー】
混乱で何やら機械的にぶつぶつと呟く【声】に小気味良い感覚に口の端をゆるめながら、リダはラインの細身な体を突き飛ばす。発狂して半狂乱となっていたラインの意識はその衝撃で呼び戻され、何事かとこちらを見ている。
そんなところも気に入ったリダは、スローモーションとなった世界の中で心から溢れる安堵とは別に、先程から解析不能やら理解不能やらと煩い【声】へと、答え合わせの一声を上げた。
形だけの「模倣」では真似できない、負の情の。
「そんなことは簡単だ。ーー我はな、とんでもなく欲張りでくだらない、見栄っ張りな人間だからだ」
そう、皮肉げに【声】を煽り散らす。理想が高すぎるが故にかつてその欲張りーー「強欲さ」で国を破滅に追いやった恥の歴史を、改めて思い出す。思い出したくも無い地獄だった。ーーが、それが今は役に立つ。
そのことが、声を偽物だと断定する鍵となった。
電源が切れるような音と共にリダから声が切り離され、次の瞬間、リダの体を衝撃と熱が襲った。
まるで全身火炙りにされているかのような熱さーー否、痛みと、何もかもがもみくちゃにされるような衝撃。激痛だけでなく天地が裏返るような衝撃に呑まれ、リダはその小さな胃が逆流し、口から吐瀉物を漏れ出させる。
そんな無様な醜態を晒すリダは意識が飛ぶ前でも、こちらを見つめる愛しの少年へと熱い視線を向けていた。だが、そんな彼女でもーーー、
(ーー惚れた男に屍を晒すなど、我は酷い女だな)
男の「ノア」としてではなく、女の「リダ」としての率直な申し訳なさを感じる。
そして足が千切れ飛ぶような感覚と共に、リダの意識は闇へと呑まれていった。
リダ王は立派でした(勝手に殺すな)。
次回!ライン君、死す!デュエルスタンバイ!
そしてここで死龍の設定公開!
○死龍…かつて世界を脅かし、魔族ですら禁忌の存在として忌避していた『三大魔王獣』の一角。「現界(魔界の外。異世界の8割を占める)」では《疫災》という二つ名で呼ばれている。
・『デストロ・ブレス』…魔力を純粋な破壊エネルギーへと変えて放出するブレス。当たれば死ぬ。地面を掠っただけでも深く抉る破壊規模を誇るが、その他能力は無い。
・『コンテージョン・ブレス』…呪いや数多のデバフに加えて、細菌を込めた侵食性の状態異常ブレス…と思わせておいて、細菌の部分は「無限に変異するウイルス」という罠。当たれば死ぬ。↑のデストロブレスとも混ぜれるので混ざったブレスは即死しなければラッキー。死ぬけど。
・体質…「脳みそとコアを1分以内に破壊しないと完全回復する体質」。どちらも機能停止しないと意味がないので、粉々に吹き飛ばしたところで破片があれば再生する。簡単に言えば、魔◯ブウ。
こんな感じです。そこに加えて光属性と火属性以外への魔法レジスト力、状態異常無効化、コアの周りに強固なバリアなど、クソみたいな能力ばっかり付いてます。
クソボス極まってますね。