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設定メモへと堕ちた何か  作者: ヌヌヌ木
第二章 友好の第一歩編
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34話 無限に進化する病と狂気

現在までの流れ

・ドラゴンゾンビを氷漬け+生き埋め+爆発させた

→怒ったドラゴンゾンビをボコボコにして殺した

→何故か息を吹き返した死龍が感染ブレス散布、感染した人達が病の症状と激痛と腐食を及ぼす黒斑点に苦しむ

→ライン君の能力で治せるので治療しに回り、保魔珠と呼ばれる仙豆的アイテムで回復の効率化が可能に

→実は感染ブレスは細菌じゃないよ〜


鬼畜かな?



 ラインが保魔珠にスキルを込め続けて数分が経った頃に、ラインとリダの下に不可解な報告が舞い込んで来た。

 ラインのスキルを込めた保魔珠を運搬し片っ端から感染者に投げつけていた兵士によると、さっき助けたハズの兵士の一部が再度発症していたらしい。幸い軽症だったらしく保魔珠を投げつけてやるとすぐさま治ったらしいのだが、ラインが気になるのはそこではない。


 一度感染して治っているのならば抗体を持っているハズだ。とはいえ抗体があれば普通ならば感染しにくく、感染しても軽症で済むことが殆どである。だからラインはこの報告が()()()()()()気にしない方針だった。



 ーーーそう、一回だけならば。




「報告します!73番隊の兵士の半数が再度発症!全員軽症ですが、放置は危険かと思われます!」


「リダ様、報告を!45番隊は既に全員が発症とのこと!中には先程処置を行った者も居ますが、既に抗体が意味を為していない可能性も!」


「おいあんちゃん、これ大丈夫なのかよ!?アンタのスキルで助かってる俺らが言うのもなんだが、保魔珠のスキルだと効果が薄くなってるみたいだぞ!?」


「この子は悪くないでしょ!それよりも、あの龍の菌はただの菌じゃない、ってことの方が問題だわ。でも私達はまだ大丈夫…そこが1番不思議なのよね……」


「人によって菌の増え具合が異なるのは分かる。だが治る速度や効果に差が出るものなのか……?実際、ボク達は軽症だったとはいえすぐに治ったけど、保魔珠を投げた奴らは治りが遅かったし……どういうことなの?」


「保魔珠はつい最近開発されたものにミクスタ殿が改良を加えたものだ。魔力・スキルの純度は98%……殆どそのままの状態で解放されるハズ……まさか、ギルリヌ様が何か細工を……!?」


「いや、あのデ……ギルリヌはそんなことができる奴じゃない。いっつも口だけのあんな奴が、魔力を抜くという単純作業ならともかく保魔珠自体に細工をすることなど難しいハズだろう。では余計に何か分からん……」



 困惑と焦りを表情に示しながら声を荒げて話し合うのは、先程保魔珠を持って行った兵士達である。ラインの周りで話し合う彼らは言葉こそ冷静にしようとしているが、その声色や顔に本心が表れている。

 実際ラインもそうする余裕が無いだけで、自分のスキルを込めた保魔珠が効かないという言葉を聞いた時は焦りが凄かった。あの馬だけにしか効果がないのかと思ったが、しばらくは「効かない」という報告を聞かなかったのでそれは違うと判断する。


 ただ、何らかの原因でラインのスキルが効かなくなったのは事実。それはつまり、保魔珠に頼り切った回復戦略が困難になったことを指すのだ。



「……リダさん、どうしよう?」


「戯け、何を動じておる。「効きにくくなった」だけで効かなくなった訳ではなかろう。……無理を言うのは承知している。すまないが、続けてくれ」


「う、うん」



 心が弱り、弱気になるラインに対してリダは一喝。彼女は相変わらず死龍を相手取りながらラインに指示を飛ばし、ラインはおずおずとそれに従う。


 死龍の細菌による症状は、治療魔法で遅延させられ、ラインのスキルで抗体を得ることができるということは分かった。恐らく口から入った菌が全身を冒し、程なくして死に至らしめるものだと。

 だが細菌ならば抗体を得れば基本的にそこまで大きな症状は出ない筈だ。本来なら違っても、少なくとも死龍の菌はそうなのだ。死龍の細菌だけはーーー、




 ーーー()()()()()()()()()()()()()どうだろうか?



 ライン達は死龍のブレスを「毒属性と闇属性を混合した破壊ブレス」と「致死性のある細菌をばら撒くブレス」の2種類として考えていた。数に間違いは無いだろうし、効果なども間違っていないと思っていた。

 だが後者の「細菌ブレス」だけは、ライン達が勝手に細菌だと思い込んで決めつけ、空気感染するなら細菌なんだな、と勝手に思い込んでいた。


 だがその「決め付け」がそもそも違ったとすれば、抗体があっても直ぐに感染&発症するという不可解な状況にも説明がつく。死龍のブレスは本来は細菌ではない何かだというのはほぼ確定的である。



「……だけど問題はーー」


(《ーーそもそも、サイキンってのがよく分からないけども、アンタはそれじゃないと思ってるんでしょ?だけどアンタの記憶を覗いた感じ、サイキンってやつ以外で当てはまりそうなものは無いわ》)

(《ーーこればかりはワタシにも分かりませんね。あと破壊ブレスには呪いも込められていますよ。その前に死ぬんでほとんど関係ありませんけど》)


「……ホントに何か分からないぞ……」



 答えを出そうにも、いかんせんヒントが少なすぎる。だからと言って答えが出ないままならば、いずれはラインのスキルによる抗体も効かなくなるかも知れない。そうなれば一貫の終わりである。

 そんな状況に歯噛みしながらもラインは保魔珠にスキルを込め続けるが、ふとここで、心なしか足先の感覚が無くなっていることに気づく。痛い、などでは無いのだが、感覚が既に失われているのだ。


 座り続けて痺れた足を伸ばし、少しだけ靴を脱ぐ。右足の感覚が無いので確認する為に目を通しーーー、



 足先が既に漆黒の斑点だらけになっていた。



「ーーうおわぁぁぁぁ!?いつの間に……!?」



 既にくるぶし辺りの感覚は消失し、血管が脈打つように黒い斑点は脈動する。熟し過ぎたバナナが真っ黒になるような見た目をした己の足に驚嘆の声を漏らし、保魔珠の充填もそっちのけで自分の足にヒールをかける。

 この斑点は発症者に共通する状態であり、斑点のある場所が脈動する度に魂を抉るような激痛が走る。ルクサス城で経験したからこその感想であり、正直2度とかかりたくないと思うほどにトラウマの状態だ。


 ラインが手を翳してヒールをかけていけば、ものの30秒もあれば元通りになっーーー、



「ーー治るまでの時間が、増えてる……!?」



 おかしい。治るまでの時間30秒は今までの10秒よりも遥かに多く、単純計算で3倍の時間がかかったということである。しかもこれは保魔珠の時間ではなく、ラインが付きっ切りでヒールをかけた場合……つまり、保魔珠ではもっと時間がかかるか、最悪効かない可能性まで出てきた。

 細菌はこんな直ぐに進化することはない。少しずつ適応していったりはするものの、急速な進化は細菌はできないということがラインの異世界知識から分かる。


 だがそれだけだ。それ以上は分からない。



「………い……」



 ーーと、死龍の瘴気で視界が遮られる景色の向こうから、誰かがこちらに手を振りながら馬と共に来ているようだった。

 よく見ると、それは黒髪の青年一歩手前の少年であり、普段は飄々としている態度だからこそ分かるが、顔に焦りを全面に出す彼の胸には、緑肌の少女がぐったりと体を預けていた。



「……おーいライン!さっきまで目がガンギマリで兵器の開発してたミクがやべぇんだ!既に症状が回りきっちまってる、助けてやってくれ!」



 そう言って軽やかに馬から降り、地面に優しい手つきでミクスタを寝かすレン。しかし両者の表情は芳しくなく、ミクスタに至っては、既に黒い斑点が腕全体を覆い尽くしていた。


 苦しそうな呼吸を繰り返すミクスタ。しかし意識はあるようで、その赤瞳はレンの方を見つめている。こんな状況でもレンへの恋幕を募らせるその熱量には目を見張るものがあるが、今はそれどころじゃない。

 ひとまずヒールをかけ、暫くするとミクスタの体は何事もなかったかのように元通りとなった。彼女はとても嬉しそうにしており、ラインにお礼を言って3秒後にはレンに抱きついていた。おいそこの兵士ども、リア充に嫉妬するな。



 だが改めて問題を理解する。やはりというべきか、ラインのヒールによる治癒速度が明らかに落ちているのだ。


 最初こそは10秒あれば完治していた症状だが、先程自身にかけた際は30秒、今もそれぐらい……下手をすればそれ以上かかった。さらに保魔珠に込めたラインのスキルでも治る筈が、一部の患者には効果が無くなっていたとのこと。


 まるでライン達の戦略に「適応」するかのような死龍の細菌ブレスに歯痒い思いをしていると、ミクスタに抱きつかれて鼻の下を伸ばしていたレンがふと呟くのを耳にした。



「治してもすぐかかるの、インフル思い出すなぁ……注射の時期だけは親のこと信じられなかったな。……いやいや何考えてんだ俺、もっとしっかりしねぇと」



 レンが呟いたのは何気ない一言だったらしい。その情報の中に特に重要な意味は無さそうだったので、ラインは耳に入れたもののスルーしかけ……気づく。


 ーー「治してもすぐかかる、『インフル』」。ラインの曖昧な異世界知識では思いつかなかった言葉を呟いたのを聞き逃さなかった。そのインフルが何か分かれば、死龍の細菌ブレスの正体に辿り着けると、ラインは考えた。

 そうと分かればすぐさまレンに問いただそうと、ラインはレンに声をかける。



「ーーレン、『インフル』の正式名称とその原理ってなんだっけ?原理は簡単なところまでていいから」


「どうしたライン、そんな切羽詰まった顔して?確かに状況は悪いけども……インフルはインフルエンザの略だけど、それがどうかしたか?」



 いきなりラインに声をかけられたレンは不思議そうな表情のままインフルもといインフルエンザの名前を答え、それがどうしたと疑問に思っているようだった。

 その「インフルエンザ」に納得しながらもラインはすぐさまその正体についても問い詰めようと声を上げる。



「ありがとう!その括りの名称って何だっけ!?」


「インフルエンザのか?えー、いっぱい型があった気がするのよな……上げたらキリないと思うぜ?」


「違う、それらのまとめた名前!細菌みたいな言い方のまとめ方ってあったよね!?」



 こればかりはラインの聞き方が悪かったのかも知れない。レンは小難しいラインの聞き方に思考が取られ、そのまま考え込んでしまったようである。

 下を向きながら考え込むレンを眺めていると、ふとリダの方から咳嗽が聞こえて来るのを耳に挟む。



「……ん、ゲホッ……」


「リダさん、大丈夫?辛そうだからヒールかけーー」


「要らん……保魔珠にスキルを入れておけ……」



 そちらを見やると、手から光鎖を出すリダが小さく咳をしているのを目に入れるのだが、その反面見た目には大した変化が見られなかった。一応声をかけたが小さく大丈夫と言われただけだったので、彼女の言葉を信じて放っておく。



 と、リダから顔を逸らした瞬間ーー、




「ーーが、はッ」



 堪え切れなかった辛苦の呻き声と共に、リダの口と鼻から鮮やかな鮮血が噴き出された。

 そして彼女の手から伸ばされていた光鎖が解けるように光の粒子となって消えていくのを、呆然とした意識のままラインは目にした。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



 何が起きたか分からない。それはラインも、レンも、ミクスタも、ましてや周りの兵士でさえも分からなかった。今何が起きて、彼女がどうなったのか。しかしその理解不能の刹那でさえも、数秒経てば理解するのに時間はかからない。

 指示を飛ばす際も、馬を走らせていた時も、いついかなる時でも能力を行使し続けていたリダ。そんな彼女が大量出血するとなれば原因は一つしかない。


 ーー能力の、発動限界が来たのだ。


 それはつまり、ライン達の上空でリダの権能によって取り押さえられていた死龍の行動制限が解放されたことを意味しておりーーー、


 その時、真上から迫り来る圧力の気配。



「ーーブレスが落ちて来るぞぉぉ!!」



 ラインは力いっぱい叫ぶ。今の一怒声で喉がやられたが、それどころではなかった。

 皆が反射的に馬に乗り、わざわざ手綱を鳴らさなくとも本能で危機を察知し駆け始める馬に身を委ねたのも束の間。上空から破壊の吐息を放った死龍によって、ライン達のいた地面は跡形もなく抉り飛ばされていた。


 その光景を馬の前に乗せるリダと共に振り返るラインは、冷や汗が止まらない。先程の絶叫は完全に無意識かつ条件反射だった。根拠など無い、ただの直感による危機回避による一声。

 それが多数の命を救うことになった現実を目の当たりにするラインの心には誇りに思う気持ちが一瞬生まれるが、それはすぐさま死龍への恐怖で塗り潰される。



(……あんなの、人が食らったら……)


(《断言するわ、確実に即死ね。死体すら残らない》)

(《四肢が残れば御の字、基本全損でしょうね》)



 長き時を経て形成された大地を跡形もなく抉り返すそのブレスの破壊力が人体に直撃すればーーということが頭によぎるが、それはサテラとリバイアによるお墨付きを貰い、確定死の現実を突きつけられる。


 犠牲「者」は居なかったが、大半の保魔珠及び馬の何頭かは跡形もなく消し飛ばされた。この戦場で最も足として尽力したと言える彼らの捻り潰されるような断末魔が耳に残り、ラインは身震いが止まらない。

 その恐怖はラインの『獣友の加護』である程度翻訳されたことによって更に上乗せされ、馬達の最期に捻り出された「助けて」の意味が込められた嘶きが、耳から離れない。それに精神を毒のように蝕まれ、ただでさえ脆いラインの精神は発狂寸前にまで追い詰められる。



「……ぅ、あ"あ"あ"ーー」


「ガホッ……ライン、シクサル……!!言っただろう、死した者達の責任と無念は我だけが請け負うと……!貴様が介入する権利は無いと、そう言った筈だ……それが家畜だろうと同じだ、貴様が介入、するな……!!」



 真っ白になった頭で意味の無い絶叫を口から漏らしかけたラインを牽制したのは、口の端から垂れ落ちる鮮血を拭ってラインを睨むリダであった。彼女は力の込められていないラインの手の中から手綱を奪い取り、馬に鞭打ち加速させる。

 ーーその瞬間、ラインの真後ろに悍ましい巨体を持つ死龍が上空から落下し、伽藍堂の瞳で見つめてからノータイムでライン達の馬を土塊を上げながら追跡し始める。



『ーーーッッッッッッッ!!!!』


「ーーーひ」



 その悍ましい体躯を視線の先に入れたラインの意識は自分の死への恐怖により叩き起こされ、消耗し切った心のままではあるものの、何とか再起することに成功する。そして今一度血反吐を吐いたリダの背中へとヒールをかけ、肩を上下させていた彼女の息切れがほんの少しだけ治ることを確認した。

 馬を走らせるリダ。しかし彼女の巧みな手綱捌きでも、馬の何倍の速度で迫る死龍を振り切ることはできない。その距離はみるみる縮まっていくのを五感全てで感じ、ラインは腰に挿さっているギルティロスを引き抜こうとするも、恐怖によって手に力が入らなかった。


 その距離は既にラインの鼻先まで来ている。射程圏内だと判断した死龍はその大顎を開き、大地ごとラインとリダを噛み砕こうとする。

 だがーーー、



「……余所見厳禁ーーッ!!」



 そう喝采を呼びながら空から隕石の如く死龍の脳天に落ちてきたのは、黒髪の長身女ことサクラであった。彼女は死龍のブレスが立ち込めるこの空間の霧を晴らすほどの速度で落下し、その勢いをつけた拳で死龍の脳天をカチ割ったのだ。

 一際嫌な音が鳴り響き、死龍の頭蓋から脳髄だの何だのが混ざり合って混濁した液となって地にぶち撒けられる。絶叫する死龍は頭に残るサクラを首を振るって吹き飛ばし、しかしサクラは吹き飛ばされた先の地面を蹴り上げ、おまけと言わんばかりに死龍の片翼をその骨体から削ぎ落とす。


 標的をサクラへと変えた死龍は激情に身を任せ、サクラが方向転換をしたタイミングでその大顎を開く。その細身を噛み砕かんと開かれた激憤の大顎にサクラは呑まれーーー、



「こっちは2人なんだ、お前のような蜥蜴屍人の餌になんかなってやらねぇよ!」


「ーー"リーヴ流"『燕落ち』!!」



 中指を立てて死龍を挑発したサクラはそのまま死龍の大顎に突っ込み、口の内側から上顎に向けて絶大な威力を誇ったアッパーカットをぶちかます。そして同じく死龍の上空で戦っていた禿頭の老人リーヴが同じく自由落下しながら勢いを活かして技を放ち、その剣技によって死龍の肉体が中から両断される。

 おまけと言わんばかりに死龍の歯を数十本へし折ったサクラは口から離脱し、武器など使い捨てかのように腰の擬似刀で、ブレスを放たんとこちらを睨みつける死龍の外れた上顎と下顎を強制的に固定する。


 発射を封じられた死龍はいきなりブレスを止めることもままならず、口の中でデストロ・ブレスを自爆させることとなった。



「サクラ!!」

「ぅ、ぶ……リーヴよ、無事か!?」


「ライン君、無事でよかった!でもその様子を見ると余裕は無さそうだね。……ライン君、ほんの少しだけ症状が出てるのはやっぱり何かあったのかい?」

「ワシ達はまだ戦えるが……リダ様、やはり能力を酷使されたのですか!あの能力は対象の力が強大な程反動も強くなるとあれほど言いましたのに……!」



 足を止めた死龍を確認した上でリダは馬の速度を少し落とさせ、ラインとリダは隣を並走するサクラとリーヴに話しかける。彼らは幾度とも激戦を繰り広げていたにも関わらず、相変わらず元気そうではあった。

 しかしよく見ると、2人とも指先が黒い斑点によって変色していた。リーヴは両手を、サクラは隻腕の腕の一つを丸ごと黒く染めながらも、彼らを襲っているであろう激痛を悟らせないように苦心しているようである。



「ーーリーヴ、サクラ、菌で指先が黒く……」


「ーー流石に騙し通せぬか。下が騒がしくなってから何十回かあの邪龍を切り刻んでおったらな、いつの間にか指先が黒くなっておったわい。いやはや、痛いものじゃ」

「私は腕が取れてるからこそ感染が早かったんだろうね。だからこの肉体は毒や菌にも強い筈なのに、私の方がリーヴよりも菌の周りが早かったのか……」



 リーヴは指先を見つめながら何かを思ったかのような表情をし、サクラは己の症状の進行具合への疑問が解けたらしく腑に落ちた顔をする。しかし両者の顔は自分の症状への懸念ではなく、サクラはラインを、リーヴはリダを心配する気持ちを最優先に向けていた。

 年長組(正確にはリダもそちら側)の配慮に感謝しながらもラインは彼らにヒールをかけようとするが、彼らは何故か手を突き出して拒否の意を示す。



「な、なんで?かけないと死んじゃうんだよ……?」


「安心せい、ワシ等もある程度対策はしておるわい。『無我領域(ワレシラズ)』を発動すれば行動は最低限で済ませられるゆえ、自然と呼吸回数も無駄に使わんしな。……サクラ、貴様もできるだろう?やってくれ。ラインよ、リダ様の治癒を頼んだぞ」

「あの回避技は私の戦い方と相性が悪いから使いたくは無いが……この状況では文句も言ってられないか。分かったよリーヴ、だが久しぶり過ぎて使い方に慣れない。手伝ってくれ」



 回復を拒否した2人は勝手に話を進め、リーヴの言っていた『ワレシラズ』が何かは分からないが、彼らはそれを使って戦うらしい。だがいくら呼吸回数を減らしたところで、感染した彼らが長時間戦闘を行うことはかなり難しい。

 何度聞いても回復を断る彼ら。最終的には妥協点として、彼らにラインの手持ちの保魔珠をライン達の保身用2つ以外全て渡すことで手が打たれた。



「……じゃあ保魔珠はできるだけ渡す。全部使ってきて構わないから、絶対に勝ってきてね」


「そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫だよライン君。私は臆病者だからね、キミみたいに自分から立ち向かうことは苦手だから安心してくれ」

「ではラインよ、リダ様を頼んだぞ。ーーリダ様、行って参ります」


「ーーーー」



 2人はそのまま駆け出し、先程死龍を撃墜した場所へと走り去っていく。2人の姿は死龍の瘴気によって薄くなっていき、ついには完全に見えなくなった。



 ・ーーー・ーーー・ーーー・ーーー・



「ーーらしくないじゃないか、サクラよ。ワシの知る限りだとお前さんは己の身を削ってまで人に尽くす人間ではなかったろうに。やれやれ、ジュンが泣くぞ?」


「私を置いて行った奴が言うと説得力は落ちるな」


「だからそれは禁句じゃろうが!」



 互いに皮肉やらを言い合いながら野を駆けるのは、リーヴとサクラである。彼らは自分達の症状を確認しながら、その進行度に対して歯痒い思いをする。

 というのも、リーヴは足まで、サクラは腹部辺りまでに黒い斑点が侵食してきているのだ。激痛自体には慣れが出てくるが、体の動きが鈍るのはこの戦場において致命的なのは400年以上を生きてきた彼らからすれば分かり切ったことである。


 だからこその早期決着を目指す、それが勝利条件だ。



「ーー死龍のヤツはこっちだったよな?」


「ワシの記憶が正しければ、の話じゃがな。……サクラ、死龍の瘴気が濃い。視界がより悪くなっておるからの、ヤツからの奇襲に警戒しておくことじゃな」


「分かってる」



 補足アリとはいえ話の長いリーヴと、最低限の反応しかしないサクラ。対照的な2人の表情はしかしながら同じであり、ただジュンの仇であるあの邪龍を必ず討ち滅ぼさんと、その黒と水色の瞳を殺意で染める。


 そしてついに先程死龍を堕としたと()()()()場所へと到着しーーーしかし死龍の姿は何処にも見当たらなかった。



「ーーいない?場所を間違えた、か……?」


「いや、場所は間違えていないハズだ……まさか」



 死龍の居たであろう場所は地面が陥没しており、その地面の穴には黒い塊と化した馬の屍が見るも無惨な姿になって転がっている。幸い人の死骸は無く、それを大音量で危険を伝えたラインに対する内なる評価がまた一つ上がった。

 しかしここに居ないと言うことは、死龍は今、誰もマークしていないことと同義である。すぐさま頭を切り替えたリーヴとサクラは、尻尾か何かで地面が抉られた跡を追う。



(ーーライン君、無事でいてくれ)


(ーーリダ様……っ、直ぐに其方へ向かいまする!)



 ・ーーー・ーーー・ーーー・ーーー・



 彼らを見送ったラインは馬の手綱を握り、馬を走らせる。先程の全力疾走と比べれば明らかに遅い走りだが、何もしていないよりはマシだろうと思い走らせる。


 しかしこれだとスキルが使えない。ラインの回復させるスキル『治癒者(ヒーラー)』は回復させる相手に触れていない又は翳さないと発動できない。両手で手綱を握るこの状況では、体調が急激に悪化したリダの治癒を両立させることはできなーーー、



「……あれ、確か僕ってリバイアが半受肉した時に歯で噛みついても回復できてたよね?」


(《ーーえ、アンタ何言ってんの?嘘でしょ?》)

(《あー、まぁ、できますよ?……え、おいまさか》)


「ーーごめんリダさん、唐突だけど噛んでいい?」


(《言いやがったわぁーーッ!!》)

(《しかも言い方ヘタクソがクソボケ野郎がッ!!》)


「ゲホッ…我が国の兵士を助けた後に貴様自身の腕を治療していた時のだろう?いいぞ、構わん……だが、ゲホッ…この位置関係ならば首元がいいだろう、な……」


(《ーーいや、いいんかいっ!?》)

(《ていうか首元に噛み跡ってそれキスマーー》)

(《わー!わー!!エッチよ!凄くエッチ!!》)



 脳内の2人が滅茶苦茶うるさいがガン無視する。リダからの確認も取れたので彼女の首元に優しく噛み、少しの痛みにリダが小さな声を漏らすも、それに構わずラインはスキルを発動する。すると彼女の激しかった咳嗽は少しずつ治り、やがて小さな咳程度へと緩和された。

 口を離し、リダに再度謝る。彼女は特段気にする様子を見せず、手綱を握るラインの代わりに周りを見渡す目の役割を請け負ってくれた。


 するとリダが「む」という声を漏らし、彼女の視線の先を同じく見やると、霧の向こうからレンが馬に乗り現れた。ミクスタは既に降りたようで姿は見えない。

 まだ症状は出ていないようで、しかし彼らは切羽詰まった表情で焦りながら走って来る。隣に並走する形となったラインとレンは、互いにノータイムで口を開く。



「ライン、インフルエンザのことだがアレの意味やっと分かった!すまん、簡単なことだったのに理解力が足りなさ過ぎた……」


「それはいいよ、というか僕の言い方が悪過ぎたかもしれないごめん!で、何だったの!?」



「ーー多分だけど、『ウイルス』のことだろうな」



 レンの口から紡がれた、ウイルスという言葉。

 聞き覚えはない。もちろんそれは異世界出身のミクスタやリダも同じで、彼女らも不可解な表情をしていた。


 だがラインは、そのウイルスが死龍のブレスの真の能力だということを確信できた。



「……その「ウイルス」の特徴って何!?」


「……『単体の細胞である細菌と違ってウイルスは複合体』とか『細胞の中に入り込んで増える』とか色々あるけど、この状況で一番合致するのは多分ーー『基本的に無尽蔵に変異していく』、……これだと思う」


「……!?無尽蔵に変異、する……?」


「だがこの速さは異常だ。インフルエンザですら基本的に一年に一度の予防接種が推奨される……死龍のブレスは『無限に進化するウイルス』なんじゃないか?」



 ・ーーー・ーーー・ーーー・ーーー・



 いくら異世界の知識を得たラインとはいえ、現代医療などの専門知識に詳しいわけではない。だからこそラインは、細胞分裂で抗体を作れると思っていたのだ。

 しかし細菌は、細胞分裂で増殖する。もし死龍のブレスが細菌ならば、それを細胞分裂させると寧ろ増殖して早死にさせるだけになってしまうが、死龍のブレスは細胞分裂促進魔法で治癒し切っているのだ。



 では、死龍のブレスは何か。細菌ではない。細菌だった場合は寧ろラインのやり方では犠牲者が増えるだけである。抗体は作れても、その前に息絶えるのがオチだ。


 細菌と同じく、感染していく病原菌。


 ーーー「Virus(ウイルス)」。


 それもただのウイルスでは無い。どれだけ抗体を作ろうが、現実で言うワクチンを開発して打ち込もうが、数分すればその抗体は意味を無くし、であればと炎で焼こうとも、数分すれば炎にすら適応するウイルス。



 死龍のブレスの一つ、『コンテージョン・ブレス』に付与される効果は、『()()()()()()()()()()()』。



 ウイルスと一括りに言っても、抗体が効かなくなるウイルスだってある。つまり、同じ名前・同じ種類でもウイルスは変異すれば全く別物へと変化する。

 つまり、今は効く抗体を持っていようとも、その抗体がずっと効くとは言えない。現代のインフルエンザワクチンなどが良い例であり、アレも一年おきに注射しなければ殆ど効果を発揮しない。


 つまり、最初の方に治癒した人達の抗体は、既に進化を遂げた死龍のウイルスには効果を為さなくーー。



 ・ーーー・ーーー・ーーー・ーーー・



 その事実に気づいた瞬間、ラインは心の底からの恐怖やらで身震いが止まらなくなる。あれだけ奔走した時間が実は無駄で、先程助けてきた大勢の人々は今頃、死龍のウイルスによって蝕まれているのか。


 ラインのやってきたことは、無駄だったのかーー。



「……!?ライン、左だ!!」


「ぇ?」



 唐突のレンの叫び声にラインは間抜けな声を漏らす。そのままぎこちない首の動きで言われた通り左へと目を向けてーーー、





 その醜悪な大口を開け、今にも破壊と腐食のブレスを放たんと待ち構える死龍がいた。その考えなどは定かでは無いが、少なくともその龍の口角が吊り上がり、妖しく嗤ったような様子をラインは目にした。




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