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設定メモへと堕ちた何か  作者: ヌヌヌ木
第二章 友好の第一歩編
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33話 万物を蝕む感染症



 ーー《賢王》リダにより粛正された死龍。彼女の功績に息を呑んでいた者達も何が起きたかを理解し切ったのだろう、大歓声が戦場を包み込んだ。

 首を胴から切り離された死龍の体はぴくりとも動かなくなり、それは確かに死龍の「死」を意味していた。


 しかし、先程確かに息絶えたはずの死龍が復活した件もある。油断は禁物だと思ったのはラインだけでは無かったようで、ジャンヌはその声を荒げて、騒ぎ立てる兵士達の慢心を正していった。

 リダとリーヴは死龍から距離を離し、ライン達のいる小隊の下へと戻ってきた。ここで30秒ほど経過したが、未だ死龍は動く気配を見せない。その死臭も相まって死亡したようにしか見えないが、先程も全く同じ条件で蘇ったのだ。油断はできない。


 40秒ほどは経った。ジャンヌとゲイルの提案により、万が一蘇った時用の包囲網を敷き、物理攻撃を中心とした兵士は半径50m辺りを保ち、遠距離攻撃を専用とする魔法部隊と魔弾砲部隊はチャージ及び装填を行う。


 ーー50秒ほど経過した。未だぴくりとも動かない。


 不自然なほど、動きがないのだ。



「ーー総員!構えろ!!」



 リダの一声に基づき、兵士達は釈然としないながらも武器を構える。目の前の屍が何をして来ようと対処する気でいるが、それにしても動きが無いのだ。



 ーー何をそんなに気を張らなくても。



 名もなき一兵士が、そんな気持ちを抱いた瞬間ーーー、




『ーーーッッッッッッッッ!!!!』



 死龍は蘇った。


 斬られた首が繋がっていくような場面も無く、まるで写真が切り替わるような不自然な治り方によって、死龍は再度この戦場に顕現した。

 接合していったり、魔法のような光が包み込んで治っていたのならば納得がいく。しかし、画像が切り替わるような治り方など見たことがない。今まで何百人もの怪我人の処置をしてきた回復部隊のとある1人は、そんな不自然の極みとも言える姿に身震いが止まらない。


 戦場に広がる恐怖。それは菌のように、空気を伝って人から人へと感染していくものである。この場で恐怖を抱いていなかったのは、リダなどの数人だけ。


 その一コンマの猶予が、死龍の先手を許した。



『ーー『コンテージョン・ブレス』』



 再度紡がれた、死龍の言葉。それとほぼ同時に、死龍は真上へと口を上げ、大きく深呼吸し始める。

 それに気づいたリダは己の『支配者(ルーラー)』で発動した光の鎖で死龍の首を縛るが、咄嗟のことゆえに口をがんじがらめに出来なかったことが、その先手を許す最大の理由となってしまった。


 ーーその刹那、天へと口を向けていた死龍から黒い霧のようなものが辺り一帯に散布され、その範囲は風に乗せられたことでさらに拡大していき、ライン達の居る中衛部隊すら超えて広がっていく。

 空に浮かび上がっていた光球の光が届かないほどに霧が散布され、夜の闇を晴らす為にわざわざ放った擬似太陽の効果が薄くなっていく。



「……っ!!マズい、これは……」


(《そう!これはあのボロ雑巾みたいになってた男が瀕死になって、アンタももう少しで死ぬところだった原因そのものの霧よ!今すぐ仲間の回復に回りなさい!》)


(……!?え、それヤバくない?)



 ーーケホッ。


 ……最初に咳嗽をしたのは、誰だっただろうか。


 しかし誰がしたのかなど、どうでもよくなる。すぐさま咳嗽は蔓延していき、リダやリーヴ、サクラでさえも皆等しく咳をし始めることになった。

 最初こそは小さく感覚も広い咳だったが、次第に酷くなっていき、次第にラインの後ろに居た兵士の1人が地面へと倒れ込む。


 その兵士の肩を揺すりながら声掛けをするラインだったが、次の瞬間、その兵士の口から真っ赤な鮮血が吐き出される。その血は止まらず、何度も何度も咳をすることでどくどくと吐き出されていく。

 更に、手先が壊死するかのように黒ずんでいき、黒い斑点が至る所に浮かび上がる。そして遂には掠れた絶叫と共に手足の先がドス黒い鮮血を撒き散らしながら千切れ落ちていくのだ。

 それはまだ倒れていない者達も同様であり、差異こそあるものの、進行度が最終段階に入っていたであろう兵士を治療したラインからすれば、そのような差異など大した差ではないことがひしひしと分かる。


 ……しかしそんな状況でも、ラインだけは何故か咳が出ていない。サクラですら軽い咳嗽をしているのに、ラインだけがピンポイントで咳が出ていないのだ。



(《……あー、えっとね、ライン。その理由だけど、多分というか絶対リバイアのせいーーじゃなくて、おかげだと思うわ。……これでいいんでしょリバイア》)


(《ーーふふん、しかしライン。アナタは非常〜に運が良いのですよ?アレは菌が含まれてる技なのですが、殺傷能力の高い部分は全て菌です。魔力は菌を混じらせているだけなので、殺傷能力は無い。そしてアナタのスキルは抗体を作ることができる。とどのつまりーー》)


(……!菌は抗体があれば感染しない。そして僕のスキル魔法は、細胞分裂を促進させる魔法……!だから片っ端から治して回れば、みんなも感染しない!!)



 一瞬、脳内に全員が感染死という地獄のような未来を幻視するも、そんなラインの意識を叩き起こしたのはサテラとリバイアだった。

 何故か自慢げなリバイアにその意義を聞くも、彼曰く、どうやら今放った死龍のブレスはルクサス王宮でラインとリバイアが治癒した兵士の症状と同じ状態を引き起こすものだったらしい。

 そしてその死因となるのは菌であること、ラインの魔法はやはり細胞分裂促進魔法だったこと、ラインは既に抗体を持っていることを伝えられる。


 つまりこの場において、死龍の菌ーー「殺人菌」とでも言おうか。に対してはラインが特効薬となるのだ。


 そうと分かれば実行に移す。ラインは目の前で血反吐を吐いた兵士に己の治癒(ヒール)をかけていく。すると彼の繰り返していた血を含んだ咳嗽は治り、手足の壊死や全身の黒斑点も戻っていた。

 すぐさま周りの兵士やサクラ達にも右手で1人、左手で1人の一度で2人ずつ魔法をかけていく。彼らの咳嗽は収まり、1人10秒ほどで耐性を取得させることができるようだった。幸いこの一隊100人の中で犠牲者はゼロで、皆がすぐさま戦線復帰が可能なようだ。



「ーーライン君、これは……?」


「僕の魔法ーーってよりは、スキル!回復だけじゃなくて、菌に対する耐性を付けることができるらしいんだ!だからもう感染する心配は無いハズだよ!!」


「……!!ーー分かった。リーヴ!もう私達は大丈夫らしい、だから死龍に飛び乗ってしまうぞ!」


「うむ、分かった!……リダ様、出撃の許可を」


「ーーもう許可は要らぬ、好きなように暴れて来い」


「御意!!」


「ゲイル殿と魔法部隊は魔法を、それ以外の者は魔弾砲の装填をしろ!全ての兵を動員しても構わん。魔石を惜しむな、全力で討伐しろ!!」


「「「「「御意、リダ様!!」」」」」



 そして抗体を得た者達もすぐさま行動に移り、サクラとリーヴは先程と同様に死龍と直接戦闘を、ジャンヌを始めとした他の兵士達・レン達はその援護、そしてリダはまだ治っていない者達の所へとラインと共に駆け回ることとなった。

 サクラとリーヴは今にも飛び上がりそうな死龍の背中にライドして飛翔を阻止し、ゲイル達魔法部隊はそれの援護射撃を開始する。レンとミクスタは何かすることがあるらしく、ラインに馬を一頭残して相乗りで去っていった。


 そしてラインはすぐさまレンの馬を借り、リダと共に一番至近距離で受けたであろう兵士達の下へと急ぐ。



「ーー無事でいてね……10秒の辛抱だから」


「ラインよ、死龍が蘇ったのは何秒ほどだったか分かるか?貴様、先程から小さくカウントしていたからな」


「……1分。ちょうど1分で、死龍は復活してた。しかも何の前触れもなく、写真ーーというより、肖像画がコロコロ入れ替わるかのように、不自然にね」


「ーーよし、分かった。死人を減らす為にも急ぐぞ!」


「うん!!」



 ーー1分。


 恐らくこの時間が死龍復活のクールタイムであり、何らかの条件を満たさない限りは無限に復活するのではないか、とラインは推察する。その条件とは何か分からないが、少なくとも「胸部のコアの破壊」と「首の断絶」ではないということは分かった。

 しかしあのあからさまに弱点に見えるコアが弱点じゃないとなると、死龍はどこが弱点なのだろうか。他の部位に核があるとか?それだけはやめて欲しい。


 そんな思考をしながら、ラインは慣れない手つきで馬を飛ばす。ついでに馬にも抗体を持たせておき、すると苦しそうにしていた馬は鋭く嘶き、そのスピードを更に上げる。

 やる気の馬に揺られまくる己の体を何とか固定させつつ、ラインとリダは最前線の兵士の下へと向かう。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



 サクラとリーヴの奮戦虚しく死龍は飛び立ち、背に飛び乗り今も尚空中で暴れ回る2人以外の、最前線に取り残された兵士達はなす術なく佇むーー否、その場に倒れ込み、黒くなる身を悶えさせるだけだった。


 身体中から黒い斑点が浮き出、その場所から激痛が絶え間なく兵士達の精神と肉体両方を蝕む。さらにその斑点及び壊死は加速的に進行し、前線へと送られている治療術師の治療魔法ですら追いつかない程に蔓延する。

 彼女らは毒属性や菌への強いレジストがある為まだ問題ないが、その耐性もいつ失われるか分からない緊張感が治療魔法術師達の中に立ち込め、前線はまさに地獄絵図という言葉が相応しい状態へと成り果てていた。



「……大丈夫ですから、ね。もう少しで『保魔珠』が届きます。その回復魔法ならば治りますから……もう少しだけ、耐えてください。……死なないで」



 そう発したのは、まだ新人の治療術師だった。彼女は返り血を浴び、己の手先すらも黒の斑点が起こす激痛に侵されながらも治療魔法をかけ続けており、その額には汗がとめどなく溢れる。

 まだ新人である彼女は、重症患者の治療をしたことが無かった。関わることはあっても、それはあくまで体拭きだったりと軽微なもので、治療自体に関わったことは無かった。


 そんな彼女でも分かるこの異質さ。かつてルクサスで病が流行ったことはあったが、このような致死性のあるものではなく、実際にまだ子供の頃にかかった病はルクサスの治療技術によって治っている。だからこそ彼女は同じように人を助けたいと治療術師を志し、その努力が実り晴れて新人となれたのだ。


 これからは皆を助けていくのだと、そう思っていた。


 ーーいたのに。



(……治ってくれない。私も魔力を振り絞って魔法をかけているのに、ほんの延命にしかなってないの……?もう死者も出てる。これ以上増やしたくない。なのに、私は……私は、目の前の人すら助けられないの……?)



 どれだけ必死に治療魔法をかけても治らない目の前の男兵士に涙しながら、それでも諦め悪く魔法をかけ続ける。しかしどれだけかけても黒の斑点は体を覆い尽くしていき、遂には顔にまで到達していった。

 この魔法をかけるのを止めれば楽になれる。だが、その場合は目の前の男はすぐさま死ぬ。しかしいくら魔法をかけたところで延命処置にしかならず、いつかは必ず死ぬことが約束されている。


 なのに、自分は治療魔法を止めることができない。重篤者を見捨てておいて何が治療術師だと、彼女の誇りと決意が激痛の走る指先に力を込めさせる。

 だが、どれだけ尽力しようが、足りないものは足りない。苦痛に歪む男の頬にまで斑点は侵食し、小さく上げていた呻き声すらも、死にそうなものになっていく。



 ーーヤダ、死なないで。嫌だ。死なせたくない。

 でも足りない。私には救えない。力が足りない。




「……だれか、たすけてよ………」



「ーーうぉぉぉぉどいてぇぇえ!?」

「貴様の馬が暴れているぞライン!落ち着かせろ!」

「そんなこと言ったってどわぁぁ投げ出されるぅ!?」


「ーーえっ?」



 一雫の水滴が彼女の頬を伝った瞬間、あまりにも騒がしすぎる声と共に、投げ飛ばされたように地面を転がり続けていく黒髪の少年の姿があった。

 すぐさまがばっと起き上がった少年の顔は擦り傷だらけであり、しかしそのショタ顔には見覚えがある。この戦いに魔族からの使者として参戦し、しかし仲間達の中でも一際弱そうな雰囲気だった少年。



「ーーごめんどいて!……うん、微かだけどまだ生きてる。削げ落ちた肉もほぼ無いから、戦線復帰は本人の心意気次第で可能だと思うよ!じゃ、治すね」


「……え、ち、ちょっとボク!?ダメでしょ!この人は私が魔法解いちゃったら死んじゃうの!だから今は邪魔しないでーーぅ?」



 いきなり割り込んできた少年に苦言を申していると、その喉がいきなり少しの束縛感で息苦しくなり、しかしすぐさまそれは解除される。たった今自分の首を縛った光の鎖の粒子を目線で辿っていくとーーー、



「その者は其方の兵を治すことができる。ゆえに、其奴に任せておくがいい。……よくやった、トーテモ・バンガル。貴様の尽力は、この者の命とこの大戦の勝利によって報われることとなろう」



 大気の穢れたこの空間でも、その幼女姿に似合わない厳格さを凛と保つ《賢王》ーーリダ・サーヴィアその人が、魔族の少年ラインと共に救済しに来たのだ。

 その幼くも覇気のある声は、この地獄のような空間にとっては福音にも等しかった。その声を聞いただけでも、バンガルは瞳から溢れる水滴を止められなくなる。



「ーーよし、治った!!次はそこのお姉さんね!」


「……え、治った?ちょっと、お世辞はいい加減ーー」



 何を言っている、あの黒斑点はバンガル程度の治療魔法じゃ治らないのだ。それこそ、『保魔珠』に込められた最上級の治療魔法以外ではどんな手を使っても無理なハズーーー、


 ーーと、ガバッと起き上がる男の姿を横目で見る。



「うぉぉおおお!?俺、死にかけてたハズじゃ!?」

「うひゃあああ起きたぁぁぁゾンビぃぃ!?」

「ゾンビじゃねぇわ失礼だぞお前!!……でもお陰で助かったよ。ありがとな、あんちゃんと姐ちゃん」


「ーーよし、終わり!リダさん、次は!?」


「向こうの兵士だ!もう死にかけだ、急いでくれ!!」


「オッケイ!……じゃあお兄さんお姉さん、またね」

「大義であった、バンガル。ガトー・センキよ、この者の警備をしろ。すまぬが、他の者も頼むぞ」



 バンガル達にとって尊敬の対象であるリダと、魔族の少年ラインはとても親しげに会話している。リダが重篤者を探し出し、ラインがそこに向かって治癒しに当たっていく。

 そんな2人の背を見送り、バンガルは軽症者に治療魔法をかけながら、後ろに立つ男兵士ガトーに顔を向ける。



「ーー姐ちゃん、ありがとな。おかげで無事だぜ」


「……いや、私には治せなかった。だから、あなたが助かったのはこの子のおかげであって、私じゃ……」


「いいや。アンタのお陰で俺は助かってるぜ。それにアンタ言ってくれたじゃねぇか、『死なないで』ってな。あの言葉で、諦めかけた俺が再起できたんだ。それだけでも、俺にとっては助かった。ありがとな」


「ーーーーー」



 自分の力では治せなかったのに、自分よりも5歳以上年下であろう少年はあっさり治した。その事実が、少なからず治療術師としてあった彼女の自尊心を大きく傷つける。

 そんな彼女の自虐的な呟きを聞き逃さずフォローを入れるのは、今はバンガルの警備を担当しているガトーであった。彼は嘘偽りない言葉を投げかけ、バンガルの自虐を潰していく。


 そんな献身的なガトーの言葉に顔を伏せるバンガル。彼が自虐的な言葉を吐き続ける自分へとフォローをしてくれていることで、少しずつだが自信を持ち始めていた。

 あの時、つい口から出た本音が彼の命を繋ぎ止める為の言葉へとなれたのなら、バンガルはそれで満足だ。



「……あの。えーっと……」


「ああ、俺の名前はガトーだ。ルクサスの下っ端兵士の一人だ。30になってやっとなれたんぜ?……へっ、姐ちゃんは若いのに治療術師になれたんだろ?俺なんかよりよっぽど凄いじゃねぇか」


「ーーそんなことありません。あんな怪物相手に果敢に立ち向かえる人が凄くないことなんて、絶対に。あなたが私に自分を卑下することを許さないのなら、私もあなたが自分を卑下することは許しません」


「……バンガルちゃん」


「ーー勝ちましょう。可能な限り皆無事で、一緒に」



 新人治療術師バンガルと、下っ端兵士ガトー。

 この戦場においては特段重要人物でも無く、ましてや王が直々に出向き礼を言うような相手では無い。しかし、その名がこの大戦の歴史に刻まれることは無くとも、その奮戦に伴う戦績として遺ることになる。




 ……なお、この2人が後々に結婚し、ルクサスの中でも有数の上級治療術師とルクサス騎士団の分隊長になるのはまた別の話。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



 治療術師のお姉さんと兵士のおじさんに抗体を作り終えたラインは、その後も戦場を縦横無尽に駆け回りその度に80人規模もの大人数を2人ずつ治癒していく。リダは回復魔法などを持ち併せていないので、ラインが主戦力となって回復を回し続けているのだ。



「……さすがに、魔力が足りなくなってきた、ね」


「魔力回復に使える木の実がある。口移ししてやろう」


「ありが…口移し!?やめてよ僕のファーストキーー」


「冗談だ。ほれ、治癒を続けながら食んでいろ」



 一幕の茶番を挟みつつ、リダがラインの口元目掛けて木の実を投げつける。現在絶賛負傷者を治癒中のラインは手が使えないため、そのまま放物線を描いて飛来する木の実を口で受け止め、咀嚼も程々に飲み込んだ。

 ーーすると、体の底から熱が湧き出てくるような感覚に全身が痺れ、手から出し続けているヒールの出力がほんの一瞬落ちる。


 しかし落ちた出力は一瞬のうちに戻る。ーーいや、むしろ今までよりも更に魔力が体の底から溢れ出し、例えるならばMP上限が上がったかのような感覚を得た。

 リダの方を見れば、こちらを見てほくそ笑む。その手からは光の鎖を無数に伸ばし続けており、上空で奮戦するサクラとリーヴに向けられる死のブレスをキャンセルさせる役割を果たしているようだ。



「その実は「パクトの実」。食らえば一時的にその者の魔力の上限を引き上げ、更に魔力を全回復させる効果がある!だが反動で使用から半日経つと重度の倦怠感に襲われ、丸一日は魔法を使えなくなる、常用はせん実だ。あと二つやるが、乱用は避けることだ!」


「わかっ……たよ!よし、ここも終わった!次!!」



 ラインはリダから投げられた2つの木の実を受け取り、尻ポケットに仕舞い込む。干しぶどうサイズだったのが功を奏し、嵩張りすぎない程度に入れられた。その後、ライン達は馬に跨って手綱を握り、また別の隊へと移動していく。

 これで10隊目。ラインが救えた人の数はこれで800人には及ぶだろう。感謝されたいという気持ちこそ無くとも、命が助かって嬉しそうにしている人達の表情は見ていて心が温かくなる。だからこそ()()助けたい。


 だが、残りの約200人は、既にもう……。



「……あの人達も、助けられたらよかったのに」



 そう言ってラインが見やるのは、先程治癒し終わった隊の端に山のように積まれてはその場で焼却されている、幾つかの黒い塊ーー否、塊ではない。肉塊だ。

 ラインが来るまでに間に合わず、死龍の殺人菌が回り切ってしまった人達の成れの果てがあの黒い塊であり、それらが無造作に積み上げられ、今にも泣き出しそうな顔をした魔法術師によって無慈悲にも焼かれているのだ。


 ーーあの激励会で、拳を突き上げていた人達が、だ。


 その事実を理解しただけで、ラインは吐き気が収まらない。あれだけの闘志を漂わせていた兵士達が老若男女関係なく、黒の塊となって死んでいくのだ。皆等しく息絶えていく現実から目を逸らそうにも、至る所に積まれる黒の塊を見る度に脳に直接現実を叩きつけて来る。

 それを見咎めるのは、ラインの隣で同じく馬に揺られるリダである。



「ーー戦場にて潰えた者の夢や意志は、我が心に留めてある。我と奴等の間の記憶、それで構わない。貴様のような部外者が、数多の命を守護し散った者達の屍に吐瀉物をかける無礼など、許されることでは無いぞ」



 馬上で吐き気と戦うラインに対して、並走するリダはその声色をより厳しいものに変え、ラインを諭す。

 言い方はとにかく厳しいものの、その内容は決してライン自体を卑下するものではないことくらい、ラインにも読み取れる。彼らはリダに賭け、託し、散った。それに対して部外者であるラインがその積み上がった屍にゲロをぶち撒けるなど、あってはならない。


 吐き気を治らせたラインは前を向き、次に助けを求めている隊の元へと急ぐ。死龍の近くに居た隊は殆ど処置は完了している。あとは遠距離に居た後方部隊くらいだが、彼らは距離の関係上その被害を受けにくい筈だ。

 ライン達は中衛部隊だったので距離的に罹ったが、他の後方部隊は死龍から距離を離している。しかし被害規模こそ小さいだろうが、放っておくと致命傷になりかねないゆえに急がないといけないのだ。



「……なんか、魔力、込められるアイテムとか、無いの……?僕だけじゃ明らかに助け切れないよ……?」


「ーー『保魔珠(ほまじゅ)』というものがある。スキルや魔力を込め、それを相手に投げつけることで発動させることができるというものだ。普段は透明だが、込められた魔力やスキルに応じて色が変わる。既に回復魔法を込めたものを持って来させた筈だが……」


「じゃあ……それ回したほうがいいんじゃないの?僕のスキルだと完治できるけど……普通の回復魔法でも遅延させられることはさっきのお姉さんが証明してたし」



 ラインがそう提案すると、リダは何かを熟考するように顎に指を当てる。右手には無数の光鎖を繋いで上空の死龍の動きを制限しながらも、何かを考え続けているようだ。

 だがその疑問は、「よし、使おう」というようなシンプルなものではない気がする。彼女はアイテム消費を惜しまない性格なのは既に知っているゆえに、彼女はアイテムを「消費する」ことに躊躇いがあるのではなく、「何故か使われない」ということに疑問を感じているようなーーーそのような疑念があるような顔。



「ーー『保魔珠』の使用許可は既に出してある。それを所持している駆動治療術師の部隊に最終判断の権限を委ねているが、その隊に何かあったのか……?」


「……とりあえず、そこに向かおう。保魔珠があるのなら急いで配って貰わないと皆が危ないし、僕だけだと残りの数千人は助けられない……だろうから」



 それを聞いたリダは何故か不満げな顔で力強く頷き、己の乗る馬を切り返して先行する。それにラインは少しずつ慣れてきたがまだまだ荒削りな乗馬テクでリダの背中を追い、再度並走する。

 上空にいる死龍がブレスを吐きかけるところをリダが光鎖で口元をがんじがらめにすることで防ぎ、その瞬間にサクラとリーヴの両者が死龍の頭蓋骨を集中攻撃し始めているのが見えた。



「ーー己を卑下するな、ラインよ。貴様が治療した者共はかの邪龍に対する特攻を手に入れたのも同義。ゆえに、抗いようが無い状況に貴様は一筋の活路を見出したのだ。……貴様がどれほど自分を卑下しようと構わんが、貴様に助けられた者の命までは蔑ろにするな」


「……う、うん。ごめんね……?」


「ーーよい。あと我を誘惑するな」



 は?ゆうわく……誘惑?え、そんなことしたっけ?もしかして謝る時、角度的に上目遣いになったのが気に障ったとか?不快にさせたのならば謝っておこう。

 リダに再度謝ると、何故かリダは顔を逸らしながら小さく「……よい」と言うだけだった。その表情は読み取れず、分かるのは多少顔が赤いことくらいで、怒っているのでは無いかとラインは読み取る。


 やはり何か気に障ったらしく、少しだけ居心地が悪い状態のままリダとラインは並走を続け、遂に保魔珠を所持している隊の下へと辿り着いた。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



 馬を降り、とりあえず片っ端からヒールをかけていくことで抗体を付けさせていくと、苦しそうな表情を浮かべていた重症者の症状は急速に治っていき、10秒もすればすっかり元通りとなっていた。

 意識を取り戻して上体を起こした兵士達に残りの重症者を連れて来てもらおうとお願いし、ライン自身も向かいながら重症者を治癒していく。最初こそは症状の感染への懸念もあった兵士達もリダの説得ですぐさま動き出し、10人ほどの重症者を連れて来てくれ、ラインは彼らにも片っ端からスキルをかけていく。


 とりあえず重症者の処置は完了し、抗体取得者が半分以上になった。奇跡的にこの隊には犠牲者はゼロで、よく見ると治療術師も他の隊に比べて少なかったのに犠牲者ゼロだったらしい。

 根性で耐え切った猛者達に呆気に取られながら軽症者にヒールをかけていると、リダが桃色の唇を動かす。



「ーー確認する。『保魔珠』は随時使用許可を出したはずだが、何故貴様らはそれを使用しなかった?現に、貴様らもラインと我が来なければ少なからず犠牲者は発生していたハズだ。……何か問題があったのか?」



 そう聞かれた兵士達は何か思い当たることがあるようで、一瞬だけ顔を伏せるが、その後ろめたさを振り払って勇気を出し、口を開く者が1人だけいた。

 彼は申し訳なさそうに、保魔珠の入っているであろう箱を一つだけ駆け足で持って来た。


 そしてその箱を開けると、ラインのいる位置からは角度の関係で見えないが、リダの表情が明らかに曇りのある顔になる。

 最後の軽症者への処置を終えたラインは立ち上がり、その箱の中を覗く。するとその中には、野球ボール程度のサイズの()()()保魔珠が無造作に詰められていた。



 ーーー「透明」?確かリダの説明だと、保魔珠は込められたスキル・魔法の属性によって色が変わる、という性質の筈だった。それなのに、今あるものは透明なのだ。



「……保魔珠の魔力が、何者かに抜かれていたのです。もちろんですが、このようなことを行う程我々も愚かではありません。……一つ、犯人に心当たりがあります」


「……申せ」


「ーーこの保魔珠を含めた道具の最終確認を行ったのは、現在ルクサスで待機中のギルリヌ様に付いた大臣の管轄でした。自らの上司を疑うなどということはしたくもありませんが……ギルリヌ様なら可能かと」



 ーーーギルリヌ、か。まだ推測だが、ほぼ確定だ。

 ラインはその場で深呼吸し、叫んだ。




「……あんのクソデブオヤジがぁぁぁぁーー!!!!」



 他国の大臣のトップに対して、あってはならない筈の暴言。ラインもこのようなことを人に言ったのはハルト以降では初めてである。

 しかしそんな暴言を咎める者は誰もいない。それはこの空間にいる皆が、ギルリヌを「クソ大臣」だと認めているのと同義であった。ただリダの方針が気に食わないからと言って、自国の兵士を全滅させかねないことをしたギルリヌが許されるべきではない。最悪リダの手によって即刻死刑、軽くても無期懲役だろう。


 そんな中、リダだけは冷静であった。彼女はその体に似合わぬ表情で熟考し始め、しかしすぐさま結論に至る。



「ーーライン!貴様のスキルをこの保魔珠に込めることが可能か、試してみろ!奴はーーギルリヌはとんでもない失態を犯したのかも知れんからな……!」


「えっ、それって『魔法だけ』じゃ……?」


「戯け、『魔法またはスキル』と言っただろうが!貴様の魔法がスキル由来だとしてもそれは効果の範囲内だ!1人でも多く生かしたいのだろう?ならば急げ!!」



 困惑の表情で此方を見やるラインに対して声を荒げながらも悪どい顔でニヤけるリダ。何か確信があるようだったが、ラインには理解し切れなかった。

 横の兵士から差し出された保魔珠を受け取り、半信半疑ながらも魔力と共にスキルを注ぎ込む。


 すると、黒霧とはまた違う明るめの紫の魔力が注がれていき、2秒もしないうちにチャージが完了したようである。



「……できた、のかな?リダさん、これできてる?」


「うむ、それをそこの馬に投げつけてみよ」



 そう言ってリダが指を指したのは、地面に倒れて今にも死にそうな馬であった。足先が既に壊死し切っており、身体中に黒い斑点が浮き出ていたので無視されていた個体である。

 言われた通りに、ラインはその馬目掛けて保魔珠を力いっぱい投げつけた。放物線を描いて飛んでいく保魔珠はヘロヘロと馬の腹辺りに落ちていき、当たる。


 ーーすると、馬の腹辺りに当たった保魔珠は弾んだ後に空中に留まり、何やらよく分からない文字が書かれている光のベールが全身に纏わりつき、体を纏った後にラインのスキルらしき魔力が全身を包み込んだ。数秒経つとベールは解け、ラインのスキルで抗体を得た馬は元気に立ち上がり、強かに嘶く。

 何が起きているか分からないラインを他所に周りの兵士達は大盛り上がりであり、リダも満足そうな表情をラインに向けていた。



「ーーよくやったライン。貴様はここで保魔珠にスキルを込め続けろ。安心しろ、我も残るからな。残りの者はラインが込めた保魔珠をまだ処置がされておらん者共に投げつけておけ!人手が足りぬなら救助者を使え!!」


「「「「「はっ!!」」」」」



 ラインがまだ己の役割を理解し切ってない中でも兵士とリダの間では役割決めが即座に進められ、リダ以外の兵士達はラインの込めたスキル入り保魔珠を運搬・投擲する役目を平等に与えられる。

 手に保魔珠を握らされ続けて無意識にスキルを込め続けていたラインが呆然としていると、ふいにその肩を強く叩かれる。振り向くと、ガタイの良い男兵士がこちらにサムズアップをしながら笑いかけていた。



「頼むぜ、魔族の小僧!お前が助けてくれた分まで俺たちも頑張るからな、帰って一緒にメシ食おうぜ!」


「ふぇ?」



 その一言を皮切りに、保魔珠にスキルを込め続けるラインの肩やら頭やら顔やら色々なところを様々な人に一叩きされていき、彼らは一人一人が馬に乗せられる量の、ラインのスキル入り保魔珠を持っていく。



「運搬は任せて!だから量産は任せたわ!」

「ありがとう。お前のおかげで、我々はまだ抗える」

「アンタも頑張ってくれよ、魔族の少年!」

「ボク達にできることを君の分までするから、君はボク達ができないことをボク達の分までよろしく頼むよ!」

「うっしゃ、俺たちもやったろうじゃねぇか!」



 そう言いながら老若男女問わずラインの上半身を叩いていく。それは弱気になっていたラインへの奮起にも一役買い、より質の良いスキルを届けようと、手から保魔珠へと移されていくスキルの魔力が一段と澄んだ色へとなっていく。

 肩、頭、首、ちょやめーー顔。ラインの様々なところをぶっ叩いていった皆は保魔珠を持って馬に乗り、バラバラに駆け出していく。彼らが戦場を駆け回る分まで、ラインはスキルを込め続けなければいけない。


 ……っておい待て胸板はまた違ーーぐえっ。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



 最後の人に胸板をぶっ叩かれましたが僕は元気です。


 最後の一人が駆け出して行った後、保魔珠を使い切った人達が補給をしに戻ってくることなどもあったが、保魔珠にスキルを込めている時間の半分以上はリダと共にいる。ラインが単純作業に没頭する中、リダは上空で暴れ狂う死龍を光の鎖で取り押さえ、リーヴとサクラの援護に徹しているらしい。

 サクラとリーヴは未だ空で暴れる死龍に食らいついているらしく、先程一回は堕とされているのを横目で見ている。しかし殺し方が不十分だったようで落下している最中に復活し、また同じように戦闘を続けていた。


 このままラインが後衛で回復要因として徹していれば、この戦いの勝利は固い。なんせ死龍のブレス攻撃はリダがメタり、一度だけ撒き散らされたブレスもラインのスキルとそれを込めた保魔珠で完全攻略したからだ。


 ーー帰ったらどうしようか。


 ラインはそんな考えを頭の片隅に思い浮かべて、保魔珠にスキルを込め続ける。量産されたスキル入り保魔珠はこれまた抗体を持った兵士達によって各地に運搬されていく。

 ラインは知る由も無かったが、既にこの時点でラインの救った人達の数は3万人中2万に及んでいる。残りのうち延命措置がされ生きているのは約8千人、残念ながら道半ばで死に絶えた者達は2千人近くだった。



 一見多数の犠牲者が出ているように見えるが、もしこの場にラインが居なかった場合・ラインが細胞分裂促進魔法を会得していなかった場合は犠牲者は単純計算で+8割されている。


 死龍の攻撃は完全に攻略し、残りは死龍の復活のカラクリを知れば勝利は固いーーーはずだった。



 ・ーーー・ーーー・ーーー・ーーー・



 ラインは知らなかった。三大魔王獣の一角『死龍』が何故《疫災》という二つ名で呼ばれていたのかを。


 ラインは知らなかった。何故死龍の攻撃が伝承とは違う、ヤケに単調で避けやすい攻撃ばかりなのかを。


 ラインは知らなかった。死龍が一瞬だけ知性を取り戻し、何を伝えようとしたのかを。




 ラインは知らなかった。死龍の『コンテージョン・ブレス』は、()()()()()()()()()()ことを。


 その証拠に、本人は一切気づいていないが、ラインの足先は既に薄い黒い斑点が浮き出ていた。




なお、現在ギルリヌさんは自室で優雅に茶をキメながら宝石鑑定してます。保魔珠の回復魔法を抜いて勝ちを確信してるんですが、それがむしろライン達にとってプラスになっているのはまた別のお話。

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