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設定メモへと堕ちた何か  作者: ヌヌヌ木
第二章 友好の第一歩編
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29話 グリッドセイバーとギルティロス




 ーー翌日。 及び、『前倒し決戦』実行当日。



 朝日の眩い陽光によって顔を照らされ、ライン・シクサルは起床する。昨日は一国の王とはいえ肉体は幼女の手をいきなり握ったことへの罪悪感から寝られないと思っていたのだが、肉体的な疲れからか、ラインの意識は即座に堕ち、ノンレム睡眠に送り込まれた。


 寝間着から普段着へと着替え、部屋の外に出ると、そこには隻腕の美形と緑肌の美少女が立っている。言わずとも、彼女らはミクスタとサクラであった。



「おはようみんな!今日も一日頑張っていこうーーと、言いたいところだけど、要件が要件だからそれが難しいんだよな〜……」


「やあ、おはよう」


「いきなり凄いテンションですね……まぁ、おはようございます。レンくんは食堂でご飯を摂ってます」


「よくこんな日にも食べられるな…。確かに同じ日本人としてご飯に拘りがあるのはすごく分かるし僕としてま食べておきたいんだけど……緊張感から食欲がね」


「じゃあ消化に良い果実を一つでもいいから摂って、便意を催さない内にして体の状態を整えるべきだよ。向こうじゃ満足に便所にも行けないだろうしね」


「サクラの発言が下品過ぎる!謹み!アンタはデリカシーの無いオカンかっ!!……ゲフン。まぁ、確かにそうだね。そうさせてもらうよ」



 そんな紅二点とのやり取りを終えて、ミクスタの案内で食堂にまで案内してもらった。ライン達が宿泊していた部屋は三階に当るのに対し、食堂は一階。二度、豪奢で広く、大きな階段を降りた。

 道中、こちらを見かけた使用人の人達が厳かに一礼してきたりしたので挨拶を返し、そのまま向かう。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



 ーー食堂。簡単に纏めると、広くて良い匂いがする。


 その場所は兵士が摂る場所とは違い、ライン達のような客人や大臣達、そしてリダのような王族がここで食事を摂っている。

 今は朝早くだからか、大臣数人、そして端の方で静かに食事を摂り、たった今終わったらしい赤髪の縦ロールが目立つリダのみだった。相変わらず1.5メートル程はある王冠を被っており、天井に届きかけている。


 ーーーあと、色々食べ比べているレンが。



「……このパン、焼きは良いが小麦があんま良いモノを使ってないな。スープも若干水っぽ過ぎるし、サラダはやっぱドレッシングあった方が美味いしな。紅茶も風味が薄いし、オレンジジュースも濃過ぎーーあだっ!?」


「何、食レポしてんの。日本人として味覚は分かるけど食べさせて貰ってるんだから文句言うなよ、レン」



 普段の軽薄な雰囲気とは打って変わって、レンはナプキンで口を拭きながら食事を摂っていた。しかしその評価はかなり辛口であり、周りで聞いていたコック達ですら後ろめたそうな顔をするレベルだった。

 流石に食べさせて貰っているのに文句は無いんじゃないか、と口を挟もうとすると、それを止めたのはまさかのコック達であった。



「違うんです、お客様。レン様は、先程コック長と料理対決をし、満場一致でレン様が圧勝なされたのです。ちなみにコック長は心労からお休みしています」


「へー、レンがコック長を負かしたと……ん?ちょ待てよ、レンが?この国の最高峰であろうコック長を?一切の接待ナシでも満場一致で負かした、って!?」


「はい。誠に悔しいですが、その通りです。向こうに居られるリダ様が摂ったものもレン様のものです」



 そんな驚愕と共にリダの方を見ると、彼女もこちらに気づいたようでライン達に向けて歩み寄ってきた。その顔は何故か少し熱っており、目はトロンとしている。

 ラインは内心、リダが熱でも出したんじゃないかと心配していた。しかし彼女はすぐさま己を切り替え、昨日のような真面目な顔に戻り、その幼い口を開いた。



「……良い睡眠は取れたか?ライン・シクサル」


「ああ、うんお陰様で。それはもうぐっすりと」


「なら良い。我が国民達が積み上げてきた技術や人望を賞賛されて嫌な思いが湧くワケあるまい?あの寝床を設計・作成した職人には後で褒賞を与えねばな」



 そんなやり取りをしながら誇らしそうに己の無い胸を張るリダが面白おかしくて、ラインうっかり吹き出してしまった。それに反応したリダはその年頃の顔の頬をぶっすーと膨らませ、ガラ空きのラインの土手っ腹にフルパワーの掌底を喰らわす。

 あまりにも不意に急所に貰った一撃により、ラインはその場に崩れ落ちて悶える。それを見下ろすリダはフハハと豪快に快笑し、その雰囲気からは女性らしさを全く感じない。といっても中身は男ではあるが。


 ーー昨日リダ本人の口から明かされた、彼女の正体。それは400年前、《愚王》として蔑まれていたルクサス王国史上最悪の王『ノア=ルクサス』と、その後に王となり続けた様々な王族全てだということ。


 最初こそは疑った。だが、こちらもリダに信じられているのにラインだけが信じないのは、彼女が見せた誠意を無碍にする最悪の行い。ラインは卑怯者にはなるが、恩知らずの恥知らずだけにはなりたくなかった。



「ーーでは、本題に入ろうと思うのだが、申し訳ないが貴様ら、我の自室に来てくれるか?そこで我らがシェフの飯を食べ比べているレン殿も連れてな」


「やっぱ認知されてるし。……お口に合いました?」


「うむ、それはもう絶品だったぞ。特に彼奴が厨房の中にあるモノで作ったという『はんばぁがぁ』とやらはたまらんかった。少々味付けが濃く塩分と脂肪分も多そうだったが、それを差し引いても、だ」


「異世界でハンバーガー作ってるし……異世界メシ改革でもする気なのかな?……後で僕も作って貰おう」



 そう、サラッと異世界メシ改革を起こそうとしているレンにドン引きしながらも、しばらくご無沙汰であるハンバーガーの味を思い出し、ラインの今日の朝飯はハンバーガーになることがほぼ確定した。

 久しぶりの日本食ーーそれか、最後の晩餐か。


 一抹の不安を感じながら、ミクスタから貰ったリンゴを廊下を歩きつつ齧る。下品ではあるが、リダを待たせるワケにもいかないと思い、歩き食いしている。

 先程登った階段を再度上がり、昨日の夜にも訪れたリダの自室の前まで移動した。扉を開けると中には紺髪黄瞳の美丈夫と禿頭の老人が真面目に話していた。



「ラインさん、おはようございます。私と此方のリーヴ様は、本日の夜に行われる決戦ーー『前倒し決戦』の詳細について話していたところです」


「ゲイル、そんなに畏まらなくても……僕がしたこもなんて、昨日荷物運び手伝っただけだしさ」


「じゃが1人分の手が増えたのは間違いないじゃろ?それにお前さんこそ畏っているじゃろう?この国と大臣共を代表して礼を言わせてくれ、ライン殿よ」



 ゲイルとリーヴとのやり取りを済ませて、ライン達は着席しようとする。しかし何故かラインだけはリーヴに掌で「待った」をかけられ、その場で立つ。ついでにラインの隣にもサクラが立っていた。

 そのまま歩み寄るリーヴにサクラは警戒心をMAXにするが、そこはラインが何とか収め、すると彼女はため息を吐きながら歩いてくるリーヴを静かに見つめる。



「昨日、歴代勇者の使っていたと伝えられる剣を見せてやると言ったじゃろう?丁度いい、今行こうぞ」


「うぇっ!?話し合いは!?」


「もう既に9割方終わっています。大丈夫ですよ」


「はっや!じゃあなんで僕達はここに呼ばれてーー?」


「リーヴが言いたいことがあると、な」


「無駄に壮大な呼び出し!分かったよ、行くよ!」



 そんなふうに頭を抱えながらラインはリダの自室から退出し、それに苦笑するリーヴとリーヴの出方を伺うサクラも、己の左腕の付け根を撫でながらラインに着いていく。

 それをゲイル達は見送り、しかしリダだけは緊張した面持ちで口にあった唾を飲み込む。



「……リーヴ。まさか『アレ』を、見せるのか」



 ・ーーー・ーーー・ーーー・ーーー・



 ラインとサクラがリーヴに案内された先は、壮大な王城には似つかわしくない地下室だった。その先は真っ暗であったが、入ってからしばらくすると壁が淡く青灰色に光出し、ライン達が歩く道を示した。

 その暗くも確かに示される道を、リーヴを先頭にラインが真ん中、そしてサクラが後ろを歩きながら、3人で進み続けた。


 どれぐらい進んだだろうか、まだ終点は見えない。



「……この道で合ってる?壁しか灯り無いけど」


「安心せい。道は間違っておらぬし、この先にある物も牢獄でもない。我が国家は民族の壁を極力無くした国ゆえ、別に監禁して実験しようって訳じゃ無いしな」


「それした瞬間に、お前の骨みてぇな首がその命諸共刈り取られることだけは忠告しておくぞ?私がいる限りは、ライン君には手を出させない」



 ラインの軽口から会話が始まり、リーヴはそれに解答してくれる。しかし一部物騒な言葉が挟まり、それを聞き逃さなかったサクラが声色を剣呑なものに変貌させてリーヴの小さな背中を思いっきり威圧する。

 それに苦笑しながらリーヴはサクラを宥め、サクラは舌打ちしながら腰の刀に伸ばしていた己の右手を下げる。この刀はリーヴから受け取った物であり、彼女は不満だったが、結局受け取ったらしい。


 ーーすると、少し空間が抜ける感覚があり、壁に手を当てながら進んでいたラインの体が横に倒れかける。それをサクラがさりげなく右腕で受け止め、こちらに微笑を浮かべてくる。

 何度も見たがやはりイケメンの微笑は心に来る。だがその雑念を頭を振るうことで振り切り、ラインは目の前に広がっている光景を凝視した。



「……うわぁ」



 ーーーそこには、正方形の空間が空いていた。しかし明かりらしきものは()()()()を除いて無く、あるのは淡く青灰色に光り続ける壁画らしきものだけだった。


 そしてその空間の丁度中心に刺さる、金剛の剣。


 一見はただの長剣だが、その鍔だけは従来のものとは全く異なっている。その形はまるで星形を逆さにしたかのような見た目をしており、星型の上の尖り部分はグリップとして構成されているらしかった。


 その場所にだけは様々な色の淡い光が集っており、ラインは深く考えなくとも、それが全ての属性の下級精霊の集まりだということを見抜く。

 魔力の多い場所に集う習性のある微弱な下級精霊が、我先にと譲らず剣に向かう様子ーー明らかに、ただの長剣とは思えなかった。



「……あれが?」


「うむ。アレは歴代勇者ーー正確には初代勇者からジュンまで……第11代勇者までの勇者が手にし、世界に牙を向く厄災を斬り飛ばしてきた伝説の剣……と言われれおるが、その実態は難儀な性格の妖剣じゃよ」



 そんな軽口を叩きながらラインの横を通り過ぎるリーヴが、その剣の持ち手へと振れ、剣を引き抜いた。

 その瞬間、暗黒の空間内で爆光が弾け、ラインはその眩しさから目元を覆う。だがサクラとリーヴだけは光を放つ剣から一切目を離さず、静かに見続ける。


 光が晴れた後にラインが目を開けると、その空間から爆光は消え失せ、しかし暗黒空間は晴れ、残っていたのは普通に互いの顔が視認できる程の明るさが残る空間だった。


 ーーそしてリーヴの手に握られる、一つの長剣。



「……それ、絶対ヤバい剣だよね?光り方的に」


「そうじゃな。持ってみよ、トぶぞ?」


「ホタテ食べてる?……ゲフン。じゃあ、遠慮なく」



 唐突に美味しそうに貝柱を食べてる元プロレスラーの人みたいなリーヴのセリフを聞き流し、ラインは彼の手に握られている剣を見ていると、リーヴはそのグリップを離して刃の方を持ち、ラインの方へとその持ち手を向ける。


 そしてラインが剣を持つ為に柄に手を伸ばしーー、



 ーーその瞬間、ラインの体は後方に弾かれていた。


 誇張表現でもなんでもなく、持ち手を握ったハズのラインの手どころか体ごと、本当に尋常じゃない勢いで後ろへと吹き飛んでいった。ラインの体は空間の地面を転がり、最終的に頭を岩壁にぶつけて停止した。


 吹き飛んだ先で、地面に剣が落ちる軽い鉄の音が、空間の中に響き渡る。それは頭を打ったことによって視界が白に点滅する、ラインの今の耳でも聞き取れた。



「……い、ったぁ!?吹っ飛んだよ、何今の!?」


(《カフッ……何、今の……?明らかに私やリバイアの魂に直接、甚大なダメージを送ってーーっ!?》)

(《ウエッ……やっぱあの剣、嫌な予感したんですよ。私の魂がこれほどのダメージを負わされるとは……それも、一瞬しか振れていない聖剣如きに……っ》)



 ラインが己の頭を押さえて蹲っていると、ラインの脳内に居たサテラとリバイアが今までに聞いたことのない程にまで苦し悶えていた。ラインの肉体的な痛みは大したことないが、サテラとリバイアにはどうやら余裕の無い程のダメージが入っているようである。

 申し訳ないが2人は無視し、向こうでこちらの心配をしている目線だけを向ける2人に冷たさを感じながらも、ラインは小走りでリーヴの元へと戻る。



「びっくりした……頭ぶつけたし、そのせいで今もあたまがグワングワンするし。……それが、例の?」


「……そうじゃが、これは驚いた。まさか適正ゼロの者がこの世に存在しておるとは全く思わんかったぞい」


「ーー適正?」



 唐突に「適正」という言葉を発するリーヴ。一瞬冗談かと思ったが、ラインと話すリーヴの顔色は真剣そのものであり、本当に心から驚愕しているようだった。

 確かにラインは思いっきり剣に弾かれたが、これはそれほどまでに珍しいものなのか。そう思っていると、昨日よりも多少は軟化しているサクラがリーヴの手から剣を掠め取り、その一瞬、体の重心が沈みかける。


(…………!?サクラの重心が、崩されかけた!?)


 その光景にラインは驚きを隠せない。今更ではあるが、サクラは圧倒的なパワーの持ち主である。

 馬が数頭入った檻を5個積み重ねて平然と運ぶ様子をラインも目撃しており、その光景を共に見たゲイルの元教え子達やルクサスの兵士達、そして持ち運ばれている馬達と共にドン引きしたことは未だ記憶に新しい。


 そんなサクラの重心が崩れる程にまで、重い剣。それが今、サクラが力ずくで持ち上げている剣である。ラインが弾かれ、サクラが力ずくで持ち上げ、そしてリーヴが軽々しく引き抜いた剣がーーーん?


 なぜリーヴは、軽々しく持ち上げられたのか?



「ーー持ち主を選り好みする、難儀な性格をした妖剣。それがこの、『グリッドセイバー』じゃよ」


「……グリッド、セイバー。か」




 ーー『グリッドセイバー』。


 かつての勇者《第11代勇者》ジュン・マツオカまでの歴代勇者が一度は所持し、人類に仇なす厄災を討ち払った功績を残させた、神話級(ミティカル)の長剣。世界に一本しか無く、複製はもちろん不可能。

 そして今までどのようなことがあっても破壊されたことがなく、天空から落下させても氷漬けにしてもマグマに落としても闇の渦に放り込んでも、破壊されないどのろか傷の一つすら付いていなかった。


 その質は《第15代勇者》ハルト・カツラギの持つ聖剣エクスカリバーが「超越」した、『超越聖剣(エクシードカリバー)』の性質すらも軽く凌駕する質を持っている。たかが一年で聖剣へと成り上がった剣風情が、千年の歴史を持つ、本物の聖剣に勝てる訳が無い。


 だがそんな最強の剣、グリッドセイバーにも、弱点が無い訳ではない。弱点と言える程の弱点ではない場合もあれば、致命的な弱点となる場合もある。


 それがーーーー、



「選り好みするのじゃよ、この妖剣は。適正のある者は重さや切れ味が良くなり、反対に適正の無い者が持つと切れ味が悪くなり、重みも増す。そして完全に適正の無い者はーー」


「僕のように思いっきり弾かれる、ってことね……」


「うむ。そう文献に記されておった。じゃが、この剣に振れた者は多数いたがその中でも弾かれたのはお前さんが初めてじゃ。いやはや、稀有なものじゃのう」



 そんなふうに興味深そうに、己の長く白い髭を弄りながら呟くリーヴ。彼が今回のはレアケースだと、ラインをフォローしようとしていることは伝わるのだが、正直言ってあまり嬉しくない。

 悪魔受肉以外、ラインは魔族として生まれたことへのメリットがあまりにも少ないからである。異世界知識を後天的に思い出したことは奇跡だが、それだけだ。



「……適正度が著しく低い私の時でさえ、弾かれるようなことは無かった。キミはどうやら世界だけじゃなくて、この伝説的な剣にも相当嫌われてるようだね」


「嬉しくないよ……触らせてすら貰えないなんて……」


「大丈夫?気休めに私のおっぱい触るかい?」


「お前に揉む胸は欠片どころか微塵も無いじゃろが」


「ぶっ殺すぞクソジジイ」


「すんません」



 肩を落として落ち込むラインに対してサクラが何故か胸揉みでフォローしようとし、それに冷静に突っ込んだリーヴにサクラは殺意が籠りまくった瞳を向けた。それに悪寒を感じたリーヴは何故か敬語になり土下座して謝罪する。

 そんな老人2人の微笑ましいやり取りを見たラインはうっかり吹き出し、聖剣如きに選ばれなかっただけのしょうもない悩みを、己の頬を叩いて弾き飛ばす。



「……よし!切り替え完了!大丈夫モーマンタイ」


「ん?」「なんて?」


「なんでもねっす」



 唐突に口から発された死語の数々にリーヴとサクラは頭にハテナマークを浮かべており、ラインはむしろそちらの方が、心に深刻なダメージを負う。

 そして力無く返事を返すラインの姿に面白さを感じたのか、ほぼ同タイミングでリーヴとサクラが小さく笑い出した。それに釣られてラインの心の蟠りも晴れ、心機一転して今日の決戦へと望む覚悟へと切り替える。



「……そういえば、リーヴさん。僕の武器は?」


「おお、丁度ここから廊下に出て左奥じゃ」


「分かった!先行くね!」



 ふと、自分の武器こと『ギルティロス』を思い出したラインはリーヴにその在処を聞き出し、それを回収する為にサクラとリーヴを置いて、駆け出した。

 それを温かい目で見送るリーヴとサクラの目線を受けながら足を前へ前へと動かして、淡く光る壁を目印にして空間から一足先に退出した。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



 倉庫の門番のおじさんにリーヴからの許可を得ていることを伝えると、おじさんは快く倉庫の扉を開け、少々埃と鉄臭い臭いがラインの鼻腔を突く。

 そしておじさんに礼を言い、ラインは倉庫の中を詮索し始める。すると特に時間も経たないうちに、鞘に入っている一本の剣が見つかった。


 ーーギルティロス。命名者は恐らく、前世の自分。


 見た目は刃が完全に錆びついたナマクラだが、その強度は見た目と比べて明らかに高く、あの勇者ハルトのエクシードカリバーを受け止められる程だ。だが正直なところ、名前以外でこの剣の事は分からない。

 何故ラインの手元にいきなり出現したのか。何故ラインは初めて持つはずのギルティロスの名前が分かったのか。何故、超越聖剣(エクシードカリバー)を受け止められたのか。ーー分からないことだらけだ。


 まぁ、この際それは後回しだ。切れ味はともかく、強度ではギルティロスは一級品である。それにミクスタの剣は折れてしまったし、これを持っていこう。


 そしてラインはギルティロスに手を伸ばしーー、



(《ーーひょわっ!?》)

(《ーーうへぁ!?》)



 ーーギルティロスに触れた瞬間、ラインの全身を体の中から何かが抜け落ちたような感覚が満たした。

 気だるさや痛みは全く無い。だが、今確実に何かが抜け落ちたような気がしたのだ。それこそ、魂で繋がって体を共有している、新しい仲間が居なくなってしまったかのような。


 そして気づく。サテラとリバイアの反応が無い。先程小さな悲鳴と共にプツンと発言が途切れ、それ以降ラインの脳内には彼らからは全く反応が無くなった。

 そのショックからだろうか、ギルティロスを握る右手から力が抜けて、手を離れたギルティロスはカランと軽い音を立てて地面に落下する。



「サテラ!?リバイア!?どこ行ったの?」



 そんな、誰かに当てたものでも無い声を出しながら自分の体内を探してみるも、やはり何もない。だだっ広い倉庫の中を、ラインの少し高い声が虚しく響くだけ。

 見捨てられたのか。誰かに盗られたのか。悪魔のことを何も知らないラインからすればもう分からないことだらけだが、飽きられたのならこちらも諦めよう。


 そう思って、先程よりもさらに肩を落としたラインは、床に落ちたギルティロスに再度手を伸ばしーー、



(《ーー居た居た居た!!見つけたわよライン!なんかこの剣に入っちゃったらしくて、そのせいでアンタとの魂の結合が強制的に剥がされたみたいなの!》)

(《ーー見つけたのはラインの方でしょう。ワタシ達とラインの魂の結合が剥がれてしまったからラインが探す羽目になったんじゃないですか?特にサテラは不甲斐ないものですよもうマジ無理リスカしよ……》)


「うぉわ!?サテラとリバイア!?いきなり戻ってこないでよでも良かった!おかえり!あとリバイアはサテラに全部擦りつけるな、別に誰も悪くないでしょ」



 頭の中に二重で聞こえる、親しい2人の声。先程ラインから喪失した2人の反応が、たった今戻る。

 その感覚にラインは心から安心する一方で、その珍事を引き起こしたギルティロスへの疑念がさらに強まる。ギルティロスは間違いなくラインが生み出したものだが、それが何なのかはライン自身にも全く分からない。


 そんな懐疑の念を込めた眼差しでギルティロスを睨むラインに、まるでギルティロスを庇うかのような言葉遣いでラインを静止したのは、他でもないサテラとリバイアであった。



(《ーーアンタのそう思いたくなる気持ちは分からないでもないわ。そりゃアンタみたいな人は奪われることを何よりも恐れるでしょうけど、今回のその剣ーーギルティロスだっけ?は、その……また、違うから》)

(《説明ド下手ですか。……はぁ、ワタシが改めて説明しときます。この剣は、どうやら我々悪魔にとって、人体以外で唯一依代として使える剣らしいですよ。詳細やその他諸々は全く不明ですけど》)



 2人の弁護により、ギルティロスは悪魔を殺したり奪ったりするようなものではないことが判明し、ラインからかけられた疑念を晴らし無実証明に成功する。

 だがそれで疑念が全て消えたわけじゃない。不自然な硬さを持つ、神出鬼没の悪魔依代剣など、全く聞いたことがない。そもそも、なぜギルティロスは悪魔が受肉しているラインにとって都合の良い性能をしているのか。それら諸々を含めて、やはり謎だらけだ。



(《……あ、そうそう。この剣の説明ね。ちょっとまたアンタから抜けるわよ》)



 そんな会話を済ませると、サテラが体から抜け落ちたような感覚がラインの全身を駆け巡った。だが今度はラインの手にあるギルティロスから、サテラらしき反応があるのを看破し、少し強めにグリップを握る。

 すると脳内ーーあるいは魂だろうか。サテラと確かに接続された感覚がラインの全身を駆け巡り、確かにギルティロスが悪魔の依代となっていることを確認する。



(《……すごいわ、これ。多分だけど、悪魔受肉時にしか使えない能力もこの剣を介して使えるんじゃないかしら?リバイア、こっち来なさい。試してみるわよ》)

(《はいはい……分かってます。ライン、抜けますよ》)



 そのようなやり取りの後、ラインの体からリバイアも抜け落ちるような感覚が襲うが、すぐさま手に握られているギルティロスの方から反応を感じ取れた。

 とりあえず悪魔の力がギルティロスを介して使えるのかを試す為に、倉庫から退出する。門番のおじさんにお礼を言い、訓練場の場所を聞いてそちらに向かう。




 程なくして訓練場に到着し、中に足を運ぶ。そこでは自主練に励む勤勉な兵士達も居たが、入り口にいたおばさん曰く、いつもより遥かに少ないらしい。やはり死闘が予想される中、下手にエネルギーを消費するのを避けるのはこちらの世界でも共通のようだ。

 そんなことを考えるラインは、壁沿いに並べられている的を見つけ、そちらを使用させて貰おうと周りの兵士達に許可を取って、ほぼ貸し切り状態となった。



(……サテラ、リバイア。キミ達の能力の中で、攻撃技ってある?あまり威力が高すぎないヤツでお願い)


(《ワタシは戦闘に不向きな能力が多めですので、そういうことはサーテン…サテラにお願いして下さい》)

(《ーーほへぇ!?私!?……んー、技なら討爆殺(バースター)が一番扱いやすいかもね。威力自体は弱めだけど、そのおかげで威力や範囲が微調整しやすいし》)


(じゃあ、この剣を体だと思って、せーので撃とう!)


(《簡単に言うわね……じゃあ、行くわよ!》)



 ラインはギルティロスを通じてサテラと会話をし、魔界で過ごした一ヶ月間で拙いながらも培ったオリジナルの構えを取る。腰を低く構え、足を地に着き、相手を股下から斬り上げる体制だが、やはり不恰好。

 しかし、誰も笑わない。ここでラインを観察するのは、魔界からの戦士の強さを見極める為でもある。魔界代表としても、恥ずかしい真似はできなかった。


 そしてそのまま、地面を踏みしめながら腕に全力の力を込め、ギルティロスを斬り上げた。



「ーーしッッ!!」

(《ーー討爆殺(バースター)!!》)



 全身が喝采を呼び、ラインは足で石造りの地面を強く踏み込み、その手に持つ錆びついた剣を一閃、斬りあげる形で振り上げた。それと同時にギルティロスの中にいるサテラが技を使用すると、錆色の刀身がほんの一瞬だけ炎のような灼赤へと染まり、解放される。


 ーー瞬間、不可視の爆破が的に直撃し、爆ぜる。

 さらにそれだけでは終わらない。横ではなく縦に振り切ったはずの刀身だが、その反面、爆発による破壊規模は横一列に並ぶ的全てにすら及び、誘爆するかのように連鎖的に爆発していく。

 残されたのは、塵芥へと成り果てていく黒焦げの的の数々と、横に並ぶもすぐに霧散する焦げ臭い臭い、そして剣を振り切った黒髪の少年だけだった。



「……やった。やったよサテラ!本当に凄いよ!」

(《ーーすごい。大丈夫だとは思っていたけど、まさかここまでなんて……。一番相性の良かったアンジェリカでさえ半分の力の解禁が限度だったのに》)



 2人が剣越しに話し合っていると、背中越しに驚愕の視線と称賛の拍手の音が伝わる。ラインが振り向くと、ラインのことを見学ーー及び実力を測っていた兵士達が拍手してくれていた。

 そこに嫌味や皮肉は無く、純粋にライン(もといサテラinギルティロス)が成し遂げた所業に感心してくれていた。そこに魔族への差別意識は欠片も存在せず、温かい期待の眼差しが向けられている。


 ラインはその温かさに、此度の死龍討伐戦での功績を以て報いたい。そのような感情的で直情型で、しかし父から受け継がれた慈愛の心を忘れずに、今ここに立つ。



 ーーだが、何故か前世の誰かさんの記憶が部分的に蘇ったラインの異世界知識が、ここで自身に牙を剥く。



「ーーあれ、僕また何かやっちゃいましたか?」



 ーーーやってるよ。


 チート能力系主人公のみが許されるセリフ。それを何でもない弱者が、できるだけカッコつけて等身に見合わないイキリ発言を発した光景を、皆に見られる。

 それに皆とサテラ、そしてリバイアが反射的ながらも割とバッサリと切り捨てられる。その反応の悪さに項垂れながら膝から崩れ落ちるラインを、後から着いてきたサクラとリーヴが、生暖かい目で見守っていた。



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