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設定メモへと堕ちた何か  作者: ヌヌヌ木
第二章 友好の第一歩編
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32話 死龍大討伐戦



 ラインの我ながら締まった一声と間髪入れず、ゲイルの手元に急速に氷属性の魔力が集まっていき、それらは無数の氷礫を形成する。そして彼はその掌を真下で暴れ狂う死龍へと向けて、容赦なく撃ち込んだ。

 なんとか黒霧を払った死龍が上空にがらんどうな目を向けるのと、我先にと急速落下を進める氷の石槍が死龍の骨のみの胴体に突き刺さるのは、ほぼ同時だった。



「……よし、怯んでる!ーーゲイル!」


「テラザ・シャイア!!『弾けて混ざれ』!!」



 そんな某王子のセリフ(提供者:レン)を発しながらゲイルは空へと光球を打ち上げ、ライン達が目を伏せた数秒後、その球は爆光を放ちながら擬似太陽を形成する。

 擬似的とはいえ爆光を放つお天道様の下に晒し上げられた死龍は、氷槍を全身に突き刺しながらも頭上のゲイルとラインに向かって激憤の咆哮を上げる。


 ーー周りの魔法部隊には一切目もくれずに。



「総員!放てぇ!!」


「「「「「ーーテラザ・ヒューヤ!!」」」」」



 それと同タイミング。ジャンヌの怒号の下、死龍と湖を取り囲むように配備されていた魔法部隊のフル火力の氷魔法が、日の下に晒された死龍の土手っ腹・脳天・翼の付け根・前後両方の脚へと次々と突き刺さっていく。

 突然襲いかかる氷槍の嵐に血飛沫を上げながら死龍は絶叫し、その前足をこれでもかと振り回す。しかし大丈夫。何故ならば、砕かれた又は弾かれた氷の礫は、湖の水面へと落ち、急速に湖全体を凍らせていくからだ。



「当たれば御の字、外しても湖が凍り死龍は動けない。徹底的に死龍だけをメタる為のド畜生作戦……!」


「ですが、それが此方の取れる最善手。まだ終わらせませんよ。ーー『第二ふぇーず』と行きましょうか」



 あまりにも非道な攻撃の嵐を目にしたラインが呟くと、ゲイルはそれに反応しながら『瞬間移動(テレポート)』する。


 移動先はジャンヌがいる中衛部隊で、唐突に現れたゲイルとラインに兵士たちは騒然としながらも、ゲイルが頷くと、それに合わせて慎重な面持ちで頷き返す。


 ふと前を見ると、死龍は全身を氷漬けにされたことで完全に凍結しておりぴくりとも動かない。しかしよく見ると巨大な氷の塊にはヒビが入り始めており、この氷漬けによる封印がそう長く持たないことを意味していた。



「『第二ふぇーず』!ーーテラザ・グラナ!!」



 しかしそこに間髪入れず攻撃を叩き込むのが、今回のド畜生作戦。ゲイルはすぐさま、湖の中心で氷漬けになっている死龍へと己の掌を向け、地属性魔法の極致、『テラザ・グラナ』を発動する。

 すると大地がひっくり返るかと思えるほどの地響きが鳴り響き、正面からも横からも、挙げ句の果てには真後ろの山壁からすらも地響きを感知した。



「総員!物理障壁を張れ!位置や状況によって防御できない者は、予め掘った穴へと避難しろ!!」



 何事かとラインが辺りを見渡していると、すぐ近くで大きな声を上げるジャンヌの姿が目に入った。彼女は真っ直ぐな瞳で死龍を見据えながら、障壁展開が遅れた隊へと命令を飛ばし、その数隊もすぐさま障壁を張り終える。



 ーー次の瞬間、目の前の山々が波打ち、踊り狂う。


 これは比喩ではない。ラインの目線の先にある山だけでなく、周りの山々全てが、本当に水のように激しく波打ち始めたのだ。それらはまるで生き物のように動き回り、次の瞬間、鼓膜が破れるかと思う程の轟音と共に、土煙を上げながら死龍へと踊りかかる。


 やっと顔の凍結だけは破った死龍だが、もう遅い。瞬間、死龍の体は圧倒的物量を誇る土石流に押し潰され、死龍はか弱い咆哮を上げながら土石流へと呑まれていった。

 凍った湖はたちまち土石流が埋め尽くし、かつて観光名所としても人気があったナーミミ湖畔地帯は、かつての面影を完全に無くそうとしていた。



 その圧倒的な戦法を障壁ごと瞬間移動した先で眺めていたラインは、もはや空いた口が塞がらない。

 いくら障壁を張ろうが、あの物量は耐えられない。そこで、土石流に呑まれる瞬間に魔法部隊による魔法でその範囲の人を全て瞬間移動し、そのおかげでライン達は誰1人の死者も無く、今ここにいる。


 それはそれとして、やっと氷漬けから解放された死龍が速攻で土石流で窒息させられた光景を目の当たりにすると、流石にあの龍に同情せざるを得なかった。



「ひ、ひどい……」


「言ってる場合ではないですよ。我々の手数が限られている手前、手加減など通じる相手ではないのですから、そんなことを言える余裕はありません。しかし教え子達がお世話になっているルクサスを滅ぼされるのは後味が悪いですからね、微力ながらお手伝いします、よ!」



 あまりにも情け容赦無い攻撃の数々に唖然とするラインを他所に、ゲイルを始めとした魔法部隊の掌には巨大な火球が姿を現していた。轟轟と燃え輝くその明るさは死龍の埋まった元・山の土を照らし、ターゲットの位置を無慈悲にも示している。

 というよりはたった今ゲイルが己の力を「微力」と言ったが、魔法部隊の中で明らかにデカい火球を5つも作り出している時点で、その過小評価に何も説得力が無いことは本人も分かっているのだろうか。



「ーー総員!あの土石の山へと放てぇ!!」


「「「ーーテラザ・フレバ!!!」」」



 そんな感慨に耽っている刹那、障壁越しからも分かる熱量を誇る火球ーーテラザ・フレバがジャンヌの一声の下、射出され、未だ土の中で埋まっている死龍へとぶち込まれた。

 土山は動く気配が無く、死龍はまるで死んだかのように反応無くーーそのまま火球全てが土山に直撃した。



 その瞬間、凄まじい魔力爆発が発生し、未だ張ってあった筈の障壁が目の前で砕け散る。バリアの破片は直ぐに消え、被弾することは無かったが、バリアが壊れてもなお防ぎきれなかった猛烈な衝撃と少量の熱が襲いかかってきた。

 後方へと吹っ飛ぶラインの体だったが、もんどり打ちながら何かに体を掴まれたことでそれ以上の吹っ飛びを免れる。顔を上げるとそれはジャンヌで、彼女は己の胸元の鎧で受け止めてくれたようだった。


 彼女に感謝の意を伝え、爆光に包まれる視界が晴れるのを粛々と待つ。




 ーー数秒後、晴れる視界。

 そこにかつて山に囲まれた太湖があったとはとても思えない、だだっ広い大地しか広がっていなかった。



「え、ええええぇ………」



 すっからかんだ。先程までライン達を取り囲んでいた大自然の巣窟が跡形も無く消え失せ、目の前に積み上げられていた大自然の残骸すらも完全に消し飛んだ。残るのは火属性魔力の残滓と、焼け焦げた地面のみ。

 そんな破壊工作を目の当たりにしたラインからすれば、あまりにも情け容赦の無い戦法にドン引きせざるを得なかった。


 すると、とある1人の兵士が大音声を上げ、その喜びは連鎖して、殆どの兵士達が今行われた先手攻撃の一部始終の成功を喝采する。瞬く間に空間を歓喜の声が包み込み、ラインはゲイルとジャンヌの面持ちを見てーー察した。



 ゲイルとジャンヌーーこの戦場において上位の強さを持つ者達だけは、この戦いがまだ終わってないこと、そしてこれからが本当の地獄だということを、既に察していた。



 ーーー間髪入れず、鳴り響く地響き。


 先程のテラザ・グラナの続きかと思ったが、ゲイルは既に魔法発動を止めている。つまり彼では無い。


 つまり、これはーー、



『ーーッッッッ……!!』



 小さくながらも鼓膜に届いた、小さな唸り声。

 その音の大きさは少しずつ大きくなっていき、それに合わせて地響きの大きさも見るに増大していった。



 そして、土塊の中から這い出てくる、骨の手が。



「……来るよ!!構えて!」


『ーーッッッッッッッッ!!!!』



 ラインの声掛けとほぼ同時に、『死龍』は這い出てきた。そのがらんどうな頭蓋骨の目元には確かな憤怒の情が宿り、周りを囲む有象無象の存在を心底疎ましく思っているであろう様子が一目瞭然だった。

 これだけの攻撃をしておきながら、傷は既に死龍の体から消え失せている。ゲイルの氷槍は死龍の骨を穿ち、その他諸々の攻撃だって明らかに聞いていたハズだ。ーーーなのに、この有様である。



「……まさか、不死身なんて言わないよね?」


「その可能性も無きにしも非ずですが、かの龍は討伐された実績がそこそこ歴史的文献に記されています。しかしその後すぐその国が滅ぶことを見るに、ただ倒して終わり、という訳ではなさそうですね」



 一瞬、死龍が完全な不死身であるという最悪の可能性が頭によぎるが、それを小耳に挟んだゲイルがすぐさま否定する。彼曰く、死龍自体は割と何回か討伐されているらしいが、すぐさまその国は滅ぶとのこと。

 つまり、何かカラクリがあると言う訳である。



「そんな『オレ、オマエ、マルカジリ』って見た目しておきながらギミックボスとか勘弁してくれよ……?」


「一見すると、あの胸部の紫球体ーーコアでしょうか?アレが一番弱点として思い浮かびますが、今の状態だと地面に伏せられているので攻撃が当たらない。何とかして逆さまにできれば御の字なのですが……」



 こんな風貌をしておきながらまさかの絡め手ギミックボスなのでは、という予想に心底身震いするラインと、何とかして攻撃をコア?に当てたいゲイル。


 その2者の思惑や疑念は、奇しくも死龍が次に取った行動によって叶えられ、証明される。


 死龍が、手足を踏ん張り始めたのだ。

 飛翔する意図があるのだと皆は推測し、飛ばせるものかと副騎士長であるジャンヌの指示を待たずに突撃しようとし始める。



「……!?総員、退がれ!!」



 ジャンヌの背筋によぎる、一抹の懸念と不安。彼女はこれまでの様々な死線で経験した己の直感を信じ、指示も待たずに突撃しようとする愚かな兵士達を諌めた。流石のトンチンカンな兵士達でも、自分達の上司であるジャンヌの怒声には逆らえない。


 しかし彼女の直感は、兵士達の命を救うこととなる。



『ーー『デストロ・ブレス』』



 先程までは咆哮と絶叫以外何も話していなかったハズの死龍が、確かな言葉を紡ぐ。その言葉は死龍の口から発されたものではなく、この場にいる全ての生命の脳に直接語りかけるような、気味の悪い声。


 ーーその瞬間、飛び上がった死龍は自分のいた場所に向かって、圧倒的破壊力を有した闇属性のブレスを解き放った。

 その、瘴気とも取れる死龍のブレスは、大地を優しく撫でるように通り抜けーー何もかもを消し飛ばす。


 大地が抉れ、岩石が崩壊し、この世から消滅する。幸いジャンヌが諌めたことでその場所には誰もいなかったので人的被害は免れたが、その圧倒的な破壊力は兵士達の心に一抹の恐怖を宿すには十分過ぎた。



「う、嘘でしょ……?撫でるように放った一回のブレスだけでこの有様…っ!?こ、これが父さんと母さんが抑えたであろう三大魔王獣の一角、『死龍』……!!」


「ーー実際目の当たりにすれば、デリエブ様の功績が実に偉大なものだったことが読み取れますね。かの魔王様はこの化け物に知性を与え懐柔なされたが、何らかの理由で再度知性を失った。貴方がデリエブ様のご子息であること……これも数奇な運命とやらでしょうか」



 ーー運命。そう言ったゲイルの顔には冷や汗が浮かんでおり、彼のこんな顔を見るのはフェルシュに敗北した時以外見たことが無かった。

 だがライン達は、その滅びの運命に刃向かうためにわざわざルクサスを見捨てなかったのだ。今更運命に従って死んでやるほど、ライン達はお人好しじゃない。



「……その運命をぶっ壊す為にルクサスの味方をしたんだから、存分にぶち壊してくれ、ゲイル!」


「ーー。は、はははっ!その通りですねラインさん!我々はただ滅ぼされに来たワケではありませんからね、全力で抗って生き残りましょう!可愛い生徒達も待たせていることですから、ね!!」



 「運命をぶち壊しに来た」。言葉だけ聞けば物騒この上ない言葉だが、ライン達の現状況からすれば何も間違ったことは言っていない。なのに他力本願なラインの言葉を聞き、ゲイルは破顔しながら己の手に魔力を充填する。

 それを見たジャンヌは悪い笑みを浮かべ、上空へと飛び上がった死龍を眺めて呆けている兵士達の意識を大音声で戻し、魔法及び「魔弾砲」の準備をさせる。


 魔弾砲とは、既にルクサスにあった「魔石砲」を一日でミクスタとルクサス技術者が改良を加えた代物であり、魔石砲よりも魔石の消費が激しい弱点があるが、それ相応の魔力弾を撃ち出せるという利点がある。しかもエネルギー効率の良い、優れ物である。


 すぐさま魔石を放り込まれた魔弾砲にはゲイルの魔法にも劣らない比率の魔力が充填されていく。本当は精度なども含めるとゲイルの方が一枚上手だが、単純な威力だけならゲイルにも匹敵する兵器なのだ。


 そしてジャンヌと、先程までは静観を決め込んでいたリダが遂にその口を開き、攻撃司令を言い放った。



「「ーー総員!放てぇ!!」」


「ーーテラザ・フレバ!!」

「『討爆殺(バースター)』ぁ!!」


「ギルガ・ヒューヤ!!」

「メガナ・シャイアぁ!!」

「テラザ・ウォーサ!!」

「フレバっ!フレバ!フレバぁ!!」

「うおおおお!撃ちまくれぇ!!」

「穴だらけにしてやるぜトカゲゾンビが!!」

「魔石用意!!次弾装填の時間を取るな!!」

「あいよぉ!!頑張ってくれよ魔弾砲ちゃんよ!」



 ジャンヌとリダの一声の下、様々な飛び道具が上空の死龍へと降り注ぎ、安全圏に逃げてほくそ笑んでいた死龍は予想外の攻撃の嵐に血と共に絶叫する。

 油断していた訳ではない。本来ならば何の抵抗も出来ずにやられていたであろう有象無象が、遠距離攻撃を多数備えて攻撃してきたことが信じられなかったのだ。




 ーーと、背中に乗られるような感覚を覚え、死龍は己のがらんどうな目をそちらに向ける。




「ーーやあ。初めまして、かな?死龍君」


「挨拶するでないぞサクラよ。此奴がジュンを殺した仇そのものなんじゃからな、情を移さないでくれぬか」


「何言ってんだよクソジジイ。……ハナからこんな醜悪な見た目と臭いした蜥蜴屍人に沸かせる情なんて持ち合わせてねぇよ。やるぞ、リーヴ。ーー敵討ち」



 死龍の上で語りかけるーー途中から口論が始まっていた気がしたが、明らかに死龍の背中には何者かが立っているのだ。しかも2名も。

 しかしここは遥か上空。魔法や魔弾砲でしか届かない距離に、人が来れる筈がない。そう勘繰った死龍は背中に居る何者かは無視して周りを見渡し、彼らがここに来られた元凶を見つける。


 何枚も空中に張られた、氷の壁。それらは等間隔の高さで空中に浮かんでおり、これを作り出したのは先程自分の背中に氷槍を突き刺したあのエルフだということは察した。

 ……が、腐っても数百年生きてきた死龍からしても、この壁を使って登ってこられる人間など初めてだった。ましてや壁キックなどという原始的かつ非常識なやり方で登って来るなど、絶対にあり得なーーー、



「ーー『温故知新』って言葉を知ってるか?リーヴ」


「ーー?何じゃそれは?ワシには見当もつかんが……」


「『子曰く、故きを温(たず)ねて、新しきを知れば、以って師と為るべし』ーー『古きことを研究し、新しい知識・道理を見つけ出すこと』。この状況に置いては完璧な言葉だと思わないかい?」


「少々使い方が違う気がする、がのう!」


「ーー"桜流 抜刀"『堕椿』!!」

「ーー"リーヴ流"『燕落ち』!!」



 雑談のような言葉と同時に死龍の背骨へと突き刺される、二振りの刃物。その衝撃は魂への直接攻撃以外は威力を減らす体質を持つ死龍が、初めて魂に直接受けた激痛と地獄の苦しみだった。


 ーーサクラが生成した、血濡れた妖刀『血閃刀』と、適正の高いリーヴが握ったことで本領の8割を解放した、選り好みの激しい聖剣『グリッドセイバー』。


 魂に直接的な攻撃を斬り刻める二振りの刃に裂かれた死龍の魂と肉体は絶叫を放ち、血糊をぶち撒けながら背中に乗る2人の老兵を振り落とさんと暴れ狂う。

 しかしそれに沿うように動き回る隻腕の女と老人は軽々しい身のこなしで死龍の巨体を動き回り、その極太の骨に痛恨の一撃を何度もヒットさせていく。



「自ら斬られに来てくれるとは、随分と良心的な性根と根性してやがるな!もっと踊り狂ってくれよ!!」


「ジュンを苦しめた死の刻と同じ、いやそれ以上の時間斬り刻んでやるわい!せいぜい楽しんでくれぃ!!」



 赤黒い稲妻を放つ妖刀と不滅の輝きを誇る聖剣の刃が交差し、《黒百合》と《閃光》は五秒ごとに斬り刻む位置を交代していく。振り落とされそうになれば軽い身を捻りながら傷口に打撃攻撃をぶち込み、折れかけている骨をこれでもかと痛めつけ続ける。

 そんな両者の瞳には普段の穏やかな雰囲気からは想像も付かない、凄まじい殺気が宿り、彼らは鮮やかながらも鬼気迫る戦闘(ロンド)を披露し続ける。



「バテてねぇだろうな、リーヴ!」


「舐めるでない、ワシとてただ400年意味もなく騎士長などやっとらんわい!そっちこそ400年ぶりの戦闘で感覚衰えておらんじゃろうな!」


「ハッ、400年も騎士をしておきながら惚れた女には会いに来れないフヌケが!!"桜流 突刀"『銀剣槍』!!」


「それは禁句じゃろうが!!"リーヴ流"『八咫烏(ヤタガラス)』!!」



 両者は声を荒げて口論を続けながら、同じように死龍の骨を断ち続ける。赤黒の稲妻と金の粒子、そして死龍の薄汚れた血糊が舞い散る空では一般人が踏み込める領域を明らかに逸脱した激戦が繰り広げられていた。

 そんな身を捩る死龍の横腹には闇属性と毒属性を除いた各属性の魔法と魔弾砲がぶち込まれ続けており、最初こそ勢いのあった死龍の動きは、今では少しずつ鈍りを見せ始めていた。



「決めるぞ、サクラ!!」

「聞こえてる!遅れるなよジジイ!!」


「ーー"桜流 回刀"『日廻』!!」

「ーー"リーヴ流"『群ノ子雀』!!」



 そして2人の刃は遂に死龍の両翼を斬り飛ばすまでに至り、しかし死龍は魔法で浮遊時間を延長し続ける。

 切り落とされた翼が下にいる兵士目掛けて重力の加速を加えて落ちて来る。彼らにはその極太の骨の落下を支え切れる力は無い。そのまま押し潰されて終いだ。

 しかしそんな『雑用』を己の役目として嬉々として受け止めに行くのが、ある1人の魔族の少年だった。



「うっしゃあ!能力増強(エンハンスメント)の倍率最大5倍のパワーで受け止めてやるよ!!オルァドンと来いやぁ!!……っと掴んだぞ、……って重ったぁぁ!?」



 魔族の少年ーーラインはそんな喧しい悲鳴を上げながら死龍の翼を持ち上げて兵士達の圧死を防ぐ。翼の感触は硬く、そのくせ少しぬるっとしており気色悪い。

 こんなものさっさと破壊しよう。エンハンスメントの最大強化倍率である5倍のパワーを発動し、死龍の骨翼を上空へと投げ飛ばした後、手にサテラの魔力を込める。



「ーー無限バースター砲、発射ぁ!!」

(《アンタ覚えてなさいよ!?『討爆殺(バースター)』!!》)



 あたかも自分の技かのように拳を突き出し、そのクセ発動自体は契約悪魔にさせる鬼畜の所業。そんな一連のボケツッコミを脳内で終えたラインは、握られた拳を前へと突き出し、『討爆殺(バースター)』を射出する。

 たちまち不可視かつ射程無視の爆破に死龍の骨翼は呑まれ、爆煙の中からそれらの破片が落ちて来る。


 その次に向こう側に落ちた骨翼を拾い上げていたレンがこちらに合図をした後に翼を放り投げ、それに向かって再度バースター。しかし当たり所が悪かったのか、翼は粉々になる前に大まかにバラバラになり、しかも爆風によってさまざまなところに飛んでいく。

 それらも全て撃退しようと拳を振り切り、いきなり魔力を搾り取られたサテラが脳内で「え、ちょっ!?」と言っていた気がしたが、無視して連続射出。



「『討爆殺(バースター)』!『討爆殺(バースター)』!!『討爆殺(バースター)』ぁ!!」

(《ーーちょ、ライン!枯れる!私の魔力が全部搾り取られちゃうぅぅ!!待って、死ぬ!あっでも死んでたわ私っ!けど死ぬ!あっそれはダメ!それだけはぁ!!》)


「うるさすぎる!!ちょっとだけ我慢して!」



 魔力を骨の髄まで搾り取られ、一部何故か甘い声が混じりながら絶叫するサテラを多少申し訳なく思いつつも黙らせ、ライン自身は味方に被弾しそうな骨の欠片を撃ち落としていく。

 飛び散った味方への被弾リスクのある破片は5つ。それらにしっかり狙いを定めて撃ち落とし、5発目を解き放ったタイミングで翼の完全破壊に成功した。



 ーーと、それと同時に翼をもがれた死龍が、空から降ってきた。地面に落ちた衝撃で肋骨のほとんどが割れ、その中心にある紫のコアが剥き出しとなる。


 凄まじい衝撃と地響き、そして爆音が轟いた。

 巻き上げられる土煙にラインが顔を伏せる。すると何者かが隣に着地してきた気配を感じそちらに目を向けると、そこには長身の女と背負われる老人がいた。



「ふぅ…はぁ…はぁ…無茶、したかもしれんの……」


「何無茶してんだ。まだトドメすら指していないんだから腑抜けてる暇無いんだ。オラッ起きろジジイ!」


「げふぁ!!やめろ、マジで老衰の前に死ぬ……」



 久しぶりに大立ち回りを演じたことでリーヴはかなり消耗していたらしく、息を荒げつつ呼吸を整える。そんなリーヴの背中を心底愉快そうにぶっ叩くサクラは返り血だらけの物騒な姿であり、その反面たった今死にかけているリーヴには一滴の血も付いていない。


 熟年夫婦(夫婦ではない)による漫才が行われている最中、先程から指示のみでそれ以上は何もしていなかったリダが、馬に乗りながらこちらへと迫る。

 ふと周りを見れば、ゲイルやミクスタ、レンも無事のようだ。その光景を見て、ラインは胸を下ろす。



「大義だった、リーヴ。かの龍への引導は貴様が渡せ」


「ーーは。勿体なき御言葉と御役目。しからばこのラスト・リーヴ、その大役をお引き受け致しましょう」



 あれだけ暴れ回ったのだ、リダも感心したらしい。そして彼女はその身を汚さず膝をつくリーヴにリダはトドメを命じ、リーヴは激戦の決着及び邪龍への引導を渡す大役を担い、死龍へと歩みを進める。

 地面へと撃墜された死龍はもはやぴくりとも動かず、そのがらんどうな穴には何も宿っていない。完全に生物として死に絶え、トドメを待つだけの状態だ。


 至近距離に近寄ったリーヴは、砕け散った極太の肋骨の中から紫の球体を取り出す。それはリーヴとほぼ同じ大きさであり、今も妖しく濃紫の光を放っている。


 リーヴはその球を地面に置き、グリッドセイバーの金色の刃を天へと掲げる。

 これから邪龍へと下される天の裁きーー「天誅」を今か今かと待ち望む兵士達の先走った大音声が響き渡り、ラインもすっかりその光景に目をやる。



 ーーだが何だろうか。この胸騒ぎは……?




「ーー永久の地の獄で、その薄汚い魂を捧げろ。その穢れた命を以て、貴様の屠ったジュンへと懺悔しろ」



 グリッドセイバーが振り下ろされる。

 全てを断つ光の剣は死龍の核(コア)へと振り下ろされ、その魔獣生命に終止符を打つ天誅が下りーー、




 ーーその隙を見逃さない死龍が、大口を広げていた。



「リーヴ!!」


「ーーっ!?」



 サクラの怒声によりリーヴの顔によぎる一瞬の驚愕。しかし彼はそれを押し殺した上で回避行動へと移り、地面を転がりながらも何とか死龍の顎による咀嚼を回避した。


 そして死龍はーー己の核を、その顎で噛み砕いた。



「ーーは?」



 ふと呟いてしまったライン。しかし誰も咎めない。

 それはそうだ。死龍にとってあの紫の球体はコア、すなわち死龍の命を断つ為には破壊が必須であったはずの弱点部位。しかし、それを他の誰でもない、死龍本人が破壊したのだから。

 死龍はその破片をある程度咀嚼した後飲み込み、するとその骨だけの喉を確かに通った紫玉の破片は、それぞれが操られているかのように肋(・)骨(・)に(・)囲(・)ま(・)れ(・)た(・)空(・)間(・)でフワフワと浮き始めた。


 ーーそう。『肋骨で囲まれた空間』で。


 先はまでは完全に破壊されていた筈の死龍の全身はいつの間にか再生され尽くしており、先程リーヴとサクラが落とし、ラインが粉々にした両翼すらも元に戻っている。

 それはリーヴとサクラが切り刻んだ全身も同様だ。至近距離で見たラインだからこそ分かるが、死龍の姿は戦闘開始前の健全体と何ら変わらない。あれだけ切り刻まれ、血糊と共に絶叫していた死龍の体が、だ。



「ーー全再生なの……?とんだクソゲーじゃんか」



 最初こそは思ったよりも強くない、そう思っていた。攻撃はバシバシ当たるし、相手からの攻撃はブレスと引っ掻きくらいだったから。

 しかしライン達は楽なゲームなどしていなかった。楽ゲーを見つけたつもりで、その裏に隠されていた最悪のクソゲーをプレイしていたのだ。



 そして走り出す死龍。リーヴは軽い身のこなしで死龍の顎を回避し続けるが、老人である彼の体力が尽きるのは時間の問題となってしまっている。そしてサクラが向かおうとすると周りにブレスを撒き散らし、リーヴ以外を全無視した一点集中を決め込んでいた。

 息の切れてきたリーヴに容赦なく爪なり顎なりで襲いかかる死龍の猛攻を凌ぐリーヴだったが、結局は老人ゆえに体力が持たない。勝ちの固かった状況が一気に逆転され、今こうして死の淵に立たされていることに内心歯噛みしながら身を捻り、攻撃を躱す。


 ーー死龍へとトドメを刺す瞬間、ジュンを殺された恨み骨髄が脳裏に溢れ返り、最後の一撃に余分な殺意を込めたのが仇となった。

 正確にはコアだけを破壊したところでどうにもならなかったのだが、それでもリーヴは己の失態を呪う。



 ・ーーー・ーーー・ーーー・ーーー・



 まただ。何もかもが遅いのだ。ラスト・リーヴは、行動も言動も、何もかもが一歩遅れる人生だった。


 生まれでさえ次男として生まれたことで家族から妨げられて家を出奔し、剣一筋で生きようとしているところをまだ勇者となる前のジュン・マツオカに拾われ、彼の懐刀として己の刃を振るい続けた。

 しかし魔王討伐から数年後、唐突に姿を消したジュンに追い付いた頃には、彼はすでにその場にー否、この世からいなかった。その後はその後ろめたさもありサクラの下にすら行けず、途方に暮れていた所をルクサス王国二代目国王ーーノアの転生体に拾われ、ルクサスの守護者として剣を振るい、指導し、導いた。


 だが、そんなものはただのまやかしだった。

 リーヴはいつも、肝心な時に一歩遅れる。



 ・ーーー・ーーー・ーーー・ーーー・



 体力管理を怠ったリーヴの動きは少しずつ鈍くなり、ついに『ワレシラズ』すら発動できずに死龍の尾の殴打をまともに受ける。勢いを殺し切れず、地面を何度も転がるリーヴの頬には己の血が付着していた。

 回避行動や剣技を極めたところで、所詮は齢400を超える老人の体躯。一度被弾すれば簡単に肌が裂ける程の弱さを突き付ける己の肉体に歯噛みしながらリーヴは立ち上がり、地面に落ちたグリッドセイバーをーー拾えない。


 もう一度握ろうとする。握れない。手に力がーー。

 ーー敵を目の前にして、俺は剣も握れないのか。



「は」



 こんな声を出したのは初めてだ。

 ジュンの死が確定した時でさえ憎しみなのか悲しみなのか分からない感情の波に溺れただけだったが、こんな自嘲するような声など、リーヴは出したことがない。


 ーーあ、ダメだこれ。動けない。死ぬ。


 そんな諦めがリーヴの心を支配する。



「……俺の400年、何も変わってないのかよ」



 そんな、心の底から自らを卑下する自嘲を含んだ悲しい微笑を浮かべ、リーヴは目を閉じる。

 最後に目を閉じる前に視界に入ったのは、惚れた女の顔でも忠誠を捧げた王でもなく、ジュンの仇である醜悪な見た目をした邪龍の大顎。


 だが、これでいい。もう体が動かない。剣に生きる決意を固めておきながら、こういう時に限って剣を握り刃を向けられない。

 そんな何もかもが一歩遅く、中途半端な存在。それが、ルクサスの英雄とまで言われたラスト・リーヴという1人の老人なのだ。




 そのままリーヴは、死龍の顎の中へと呑まれーー、




「ーーー『支配者(ルーラー)』」



 ーーなかった。

 いつまで経っても体を噛み砕かれたり潰されたりする衝撃が来ない。しかし正面から漂う悪臭と闇属性魔力は消えていない。そんな状況に訝しみ、リーヴは目を開ける。


 そこには、光の鎖で首元を絞められる死龍がいた。

 死龍は暴れ回り、その前足の爪を光鎖にかけて引き千切ろうとする。しかし鎖は微塵も動かず、どれだけ引っ張っても光鎖が伸びるだけで、むしろ伸ばした分の鎖が全身を巻き付いていき、遂にはがんじがらめとなってしまった。



「ーー幾百年にも渡り人の民を恐怖という「呪い」で蝕み、その醜悪な生態で罪の無い民に「不安」を伝染させ、我らがルクサスの英雄を喰らおうとした「悪食」。これらを考慮し、ルクサス王として、貴様に罰を下す」



 リーヴは振り返る。

 そこには、馬から降りてその手に光鎖を何十本も握りしめる、忠誠と信頼を置いた王の姿がーーー。



「『有罪』だ。判決、『斬首刑(べヘディング)』。……朽ち果てろ」



 瞬間、光の鎖に縛られる死龍の全身が地面へと伸びた光鎖により固定され、その極太の喉骨のみが晒される。

 もがく死龍への引導と言わんばかりに、リダは己の手に光の大剣を作り出す。しかしそれでも距離が足りないのだが、リダは構わず死龍の首へと光大剣を下す。



 そして、死龍の首の骨が断たれ、龍が討たれる。


 射程を無視した断罪剣に、リーヴ以外の皆は息を飲まざるを得なかった。それはルクサス兵士達や副騎士長のジャンヌも同様であり、自分達が信頼及び敬愛してやまない《賢王》による粛正を目の当たりにした。



「ーー立て、《閃光》ラスト・リーヴ。戦いはまだ終わっておらんぞ。我が首を断とうとも、かの邪龍はすぐさま蘇るであろうよ。……であれば、我々が一丸となり、眠れぬ生きる屍を寝かしてやらねばならないだろう?」



 リーヴの前に、賢王は立つ。


 その小さな体に不相応なトーンの低さと内容を投げかけ、地面に尻を付くリーヴへと手を差し伸べる。その姿は空に浮かぶ光球の逆行も相まり、まさに救世主の如き姿であった。


 そしてその右手には、無数の光鎖を伸ばしながら。



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