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設定メモへと堕ちた何か  作者: ヌヌヌ木
第二章 友好の第一歩編
33/45

25話 死龍襲来



 《黒百合》による、《閃光》への蛮行。


 サクラは赤黒い稲妻を放つ『血閃刀』の刃先を、かつて共に魔王を討ち倒した旧知の仲である目の前の小さい老人へと向け、憎悪に塗れた黒瞳を向けている。

 いきなりの出来事に当事者ら以外は何が起きたのかすら理解していなかったが、《黒百合》の口から流れる怨嗟の数々を耳に入れていくにつれて、今起きたことを徐々に理解していく。


 ーーそして次の瞬間、大広間に悲鳴が響き渡る。

 その悲鳴は序の口に過ぎず、これを皮切りに混乱と恐怖が空間を支配していき、各々が自分の身を守ろうと必死になって大混乱へと発展してしまった。



「ーーちょ!?サクラ何やって……」



 ラインがサクラに真意を問いただそうとしたが、その声は我先にと逃げ出す大臣とサクラを取り囲み腰から剣を抜く騎士達の悲鳴やら罵詈雑言やら金属音やらでかき消され、サクラの耳には届いていない。

 やがて全ての大臣が大広間から逃げ出し、大広間に残ったのはライン達4人とリダ、速攻で意識を失った総大臣、騎士達、そして当事者である《閃光》の爺さんとサクラ以外には殆ど残っていない。


 リダは爺さんとサクラを静かに見据えており、その小さい体に不釣り合いなデカい玉座に堂々と綺麗なフォームで座ったままだ。



「…知り合いか?爺……いや、リーヴよ」


「ーーはい。この者はかつて儂や《第11代勇者》と共に魔王リシュを打ち倒した者であり、かつての栄えていた大国が一夜にして滅んだ『血桜大逆事件』の主犯でもある、《黒百合》こと『サクラ・オカザキ』ですじゃ」


「話を勝手に進めんなよジジイ。殺すぞ」



 リダが爺さんーー『リーヴ』に質問すると、リーヴは老人口調を崩さず、サクラのことを説明する。大体はライン達も知っていたことだが、『血桜大逆事件』というものだけはライン達は知らない。

 だが、ゲイルだけは違った。彼は顔を少し顰め、その膨大な知識量から結論を導き出す。



「ーー『血桜大逆事件』。とある大国で召喚術を多用していたある日、若い女を召喚した瞬間その女が逆上。死体の原型すら留めないほどに、全ての国民を虐殺したとされている事件です。……まさか、それは」


「ーーああ。私が殺した。詳しく何人殺したかは覚えていないが。まぁ生き残りは国内にはいなかったし、軽く2〜30万は命を奪ったことになるかもしれない」



 《血桜》ーーサクラは淡々と大虐殺の主犯であることを認め、ゲイルはその事実に気がつき驚愕する。

 ライン達3人は知っていたが、流石に30万人もの大多数を殺してることは知らなかった。もしサクラの肯定が事実なら、以前悪鬼(オーガ)化し暴走したミクスタの聖騎士虐殺が可愛く見えるレベルの大虐殺事件だ。

 彼女の話的に確か召喚されたのは昭和の第二次世界大戦が始まる直前で、剣道教室を彼女の父が営んでいたが強盗により殺害され、母親も下半身不随になり、そのお世話をしていたが、ある日召喚されたはずだ。


 ーーなるほど、怒る理由としては十分すぎる。

 あと一歩早ければ。あと一秒躊躇わなければ。そんな思いが、彼女を支配したはずだ。


 だが30万人の鏖殺は、いくら何でも………。



「ーー『支配者(ルーラー)』」



 その瞬間、ラインの首元に光の輪らしきものが無から生成されて巻きつき、首を思い切り絞めあげ始めた。

 息苦しさを感じながらも首を何とかして回すと、ミクスタやレン、ゲイルまでもが首元に光の輪を巻きつけられており、ゲイルは黙って『解析鑑定』できる魔法を使ってその原理を解析しようとしているようだ。



「……こ、れは…?フェルシュの技と似てる……?」



 ふと、ミクスタが己の緑肌の手で光の輪を押さえながら呟いているのが耳に入った。一度経験のある彼女が言うならばこの技は魔法の一種なのかもしれない。



「……違います。これは魔法じゃない。もっと強い、何かの力によって構成されています」



 ゲイルはその細い喉を絞めあげられながらも小さい声でこちらに言い、先程のミクスタの発言を否定する。

 解析鑑定できる彼が言うのなら間違いないだろうが、そうなるとやはりこれも特権なのだろうか。



「《黒百合》よ、武器を下ろしてもらおう。我としても貴様らと争いたくは無い。だが、貴殿がこちらに刃を向けるというのなら、抵抗しなくてはならぬ」


「ーーーー」


「……サクラ、頼む。リダ様の話をーー」


「黙れ。お前に言われなくとも戦う気はない。そして話しかけるな。不愉快この上ない」



 リダがその幼い顔を最大限厳しくしてサクラに睨みを効かし、不本意ながらも人質の存在をちらつかせて威圧する。

 リダの言葉を受けたサクラは黙り、虚空に己の血閃刀を放り投げると、その刀は亜空間らしきものの中に吸い込まれていき、この世から再度消失した。


 そんな憎悪だけでなく悲壮感も溢れるサクラに対してリーヴが憐れむように声をかけるも、サクラはそれを冷徹に突っぱね、ラインの隣に戻ってきて膝をつく。

 それを受けたリーヴはその皺がある顔を悲しそうに歪めており、その小柄な体には収まり切らない罪悪感と悲しみの雰囲気を閉じ込めている。

 確かにサクラの話を聞く限りだと明らかにリーヴに非があったし、それはリーヴが反省すべき点だろう。いくら国の軍部面での重要人物だったとしても、元仲間を置いていった挙句400年以上も放置して、何度も自殺を考えさせた罪は重いし擁護はできない。



 ……だが、流石にこの対応は可哀想すぎる。


 彼はサクラが生きていたことを心から喜んでいた。放置していた後ろめたさがあったかもしれないが、それはそれとして仲間の生存を喜べる時点で悪い人ではないことはアホなラインでも流石に分かる。

 サクラが怒る気持ちももちろん分かるし、リーヴにどんな理由かは知らないが何か後ろめたいことがあったのも読み取れるが、それでもあそこまで酷く突っぱねることはないはずだ。

 今回は、「どちらかが悪い」とは断定できない。

 どっちにも非がある。原因を作ったのはリーヴだが、それと生きてることを喜んだ人をゴミ同然のように扱うのはいくら何でも可哀想である。



「……リーヴよ、貴様は騎士達を動かし、逃げた大臣共をここに呼び戻すように伝えろ。今回はこちらにも非があった。会議はもう一度やり直しだ」


「……はっ、リダ様。ジャンヌよ」


「分かっていますよ。……《黒百合》殿、で合っていただろうか?今の貴殿の蛮行は目に余る。だがそれを抜きにして、後々、私から話したいことがある」


「……分かったよ。だがあのジジイは呼ぶな」


「分かっている。……では」



 そんな重苦しい雰囲気に包まれた大広間の空気を一新させる為かどうか、リダがリーヴに大臣達を連れ戻すように命令した。リーヴは暫く呆けていたがすぐに意識を取り戻し、その勅命を丁重に受け取り、ジャンヌにも呼びかけて探して連れ戻そうと騎士達を動かし始める。

 その前にジャンヌは跪くサクラと目線を合わせて会話し、何らかを伝えたい旨を話す。それをサクラは快く了承し、ジャンヌはリーヴや部下の騎士達を連れて大広間のドアから出ていく。


(《………サクラちゃん。……リーヴ》)


 脳内でサテラが小さく呟いていた。

 その声はどこか寂しげで、空虚そうな声。


 …幸先が不安な会議が、再開されようとしていた。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



「ーーにして王よ!何故この女と魔族を未だ生かしているのですか!?コヤツらは我らがルクサスに確実に厄災をもたらします!今すぐ処刑の許可を!」


「待たぬか喧しい。この者達がどのような者かすら分からぬこの状況で簡単に命を奪うような真似をする訳にもいかぬだろう。命の軽さを見誤るな」


「なぜですか!?この者達…特にそこの黒茶髪の女が大問題です!魔族の小僧はともかく、その女を生かしておくのは納得いきません!王よ、気を確かに!」


「我は正気だ。まったく、貴様らは正気はあっても冷静さは無くしたようだな。だが、貴様らは馬鹿ではないのは我も重々承知している。冷静さを取り戻せ」


「ぐ…っ……」



 数分後。

 大広間での会議は、混沌を極めていた。


 まず、総大臣を始めとした貴族っぽい服の奴らは、どいつもこいつも会議が再開された瞬間からいきなり手のひら返しが凄まじかった。

 残りのリーヴを始めとした大臣達はそんな罵詈雑言を無視し、ライン達を静かに見据えている。


 そして肝心の《賢王》リダだが、彼女はその小さな体には不相応な話し方と知識量、そして悟りの開き方で貴族大臣の自分都合な意見を軽く一蹴している。



「……埒があかぬな。のう、ライン・シクサル」


「え?あ、はい」



 …と、長いこと自分勝手な貴族大臣達に返答をしっぱなしだったリダが小さくため息を吐いた後、一度リーヴやジャンヌに命じて周りを静かにさせ、こちらのほうを真っ直ぐ向いて目を見ながら話しかけてかけてきた。

 話す番が来た。心臓の鼓動を深呼吸で整え、脳の隅々に新しい酸素を取り入れた上で、リダに話す。



「リダさん。僕の目的は一つ。魔界にいる魔族の皆をどうか保護して下さい。父さんが……元魔王デリエブが命を賭けて遺した人民、いや、魔民たちなんだ」


「ーーーほう。随分と豪胆で身勝手な意見だな」


「もちろんタダとは言わない。魔界にある魔石の採掘権の半分を譲渡する。この国は大きい国だし、魔石は欲しいと思うから、そちらにしても損はないはずだ」


「ーーそうだな。我がルクサスは資源の大半を諸外国からの輸入に頼っている。関税問題を含めた上でも貴様の提示した魔石の採掘権は魅力的な交渉材料だ」


「どうかな?……いや、どうでしょうか?」



 するとリダはその幼い顔に似合わぬ厳格な顔つきのまま周りの大臣達にも今のことを考えるように問い、それに反応した大臣達はリダやリーヴと同じように考え始めた。

 リダはやっぱり何回見ても公平で自他共に厳しいロリらしい。彼女からしたら当たり前なのかも知れないが、彼女の推定年齢よりも6〜7歳は上だと思われるラインからしたら非常に自他共に厳格な人である。



 そして、最終結論が決まった。まずはリダ、リーヴ、総大臣を除いた大臣達から。ルクサス各部門大臣30名のうち、賛成が15名、反対が同じく15名だった。


 びっくりするぐらい綺麗に半分になった。賛成派の大臣は案の定、建設部門や観光部門など。逆に反対派は軍事部門や警備部門、そして意外にも接客業などを総括する大臣達である。

 このように、意見は見事に二分化した。


 次は総大臣だ。……のだが、正直分かっている。



「……私は、我らが大国ルクサスが魔族を庇護下に置くことなど認められません!私は魔界を傘下に置くことに断固反対します!この小僧は貴女様を誑かし、ルクサスを破滅へと追いやろうと愚考しているのです!リダ様、どうかご考慮を!!」



 そう言って、総大臣は座る。

 総大臣の意見は、『断固反対』。でしょうね。


 ……だが、少し引っかかる。

 先程と意見がかなり異なっている気がするのだ。


 リダ達がいない時は、『魔界がルクサスの一部となるのなら考えてやらんこともない』的な内容だったはずだが、今の発言は、『魔界とルクサスの交流そのものに対して断固反対』だった。

 さっきまで魔界を植民地にしようとしていた人とは思えない発言だ。一応ラインが拒否した為それで意見を変えた説はあるが、リダはそれを知らないはず。


 リダがいない時と、今の発言の矛盾。かなり気になるが、今は置いておこう。



 次に最強ジジイ、リーヴの意見だ。

 彼は軍部の総司令官でもあり、リダの近衛騎士でもあるようで、正直見栄えだけなら美形で美しいジャンヌのほうが似合ってそうだが、残念ながらリーヴのほうが強いらしい。


 そんなリーヴの意見はーー、



「儂は賛成ですかな。魔界は地下資源だけでなくさまざまな資源が豊富かつ、そこのライン殿が言っていたように人手も借りれるのなら、ルクサスの更なる発展にも一役買ってくれるのではないですかな?それに、もし色々あったら儂が収めてみせましょう」



 「まあ、400年生きた老害の意見だと思って聞き流してくだされ」とだけ言い、リーヴはリダの隣に戻る。

 ーー要は、肯定だ。


 正直、ラインは心の底から安堵した。もしリーヴがラインの提案を断っていた場合、多数決でラインの提案は否決されることになるだろうし、一応リダが王権限で強制的に採用することも可能だろうが、それならば最初から大臣達に聞かなければいいだけの話なので恐らく多数決だろう。



 そして、最後の決定権が委ねられたリダはーーー、



「……………………」



 ーーーー黙秘。


 だが、ラインはリダの考えていることが読めた。あくまで推察の域は出ないが、ほぼ確定だ。

 少し咳払いして、目上にいるリダに話しかける。



「………リダさん」


「何だ?我は今思考を巡らせーー」


「僕への言い訳考えてたんでしょ?…断るための」


「ーーーー」



 それを言った瞬間、大広間が騒然とした。


 大臣達や騎士達だけでなく、ラインの仲間達までもその顔を驚きに満ち溢れさせ、ラインの正気を疑う。いくらリダが温厚だとはいえ、一国の王の思考を阻害してまで自分の意見を発することすら無礼だというのに、あたかもリダの思考を読んだかのような発言をした世間知らずなラインに非難の声が飛び交う。

 だが、そんなことはラインにだって分かっている。しかし分かるのだ。リダの考えていることや悩んでいることが。その他諸々は難しくとも、重要なことだけは分かる。


 リダは周りを静かにさせ、ラインに語りかけた。



「ーーその通りじゃ。今のままでは、貴様の意見は呑むことはできん。資金や諸外国への対応などもあるが、やはり一番問題なのは『信用』じゃな。我と貴様らには今ここで初めて繋がりができた関係上、まだ我には貴様らの本性が見抜けんのだ。……信用の無い者を愚かにも信じたことで、()()この国を破滅に追いやることなどできん。……もう、あのような愚かな過ちは2度と犯せんのだ」



 彼女はラインの発言を肯定し、提案を否定した。

 それはそうか。信用足りてないもんね……。

 不思議と納得ができた、無責任な自分に腹が立つ。


 ミクスタのほうを見ると、彼女はその赤瞳を見開き顔を絶望感で歪ませ、「そんな…」と小さく肩を落としている。ゲイルやレンが今にも泣きそうなミクスタを励ましているが、2人も、特にゲイルの表情も芳しくなさそうだった。

 サクラのほうを見ると、彼女はいつも腰にあった刀がもう無いからか、右腕から赤黒いスパークを発する武器を再度取り出そうとしていたので、ラインは急いで納めさせる。可能は飄々としながら「冗談だよ」と流していたが、今のは絶対冗談じゃないと思う。


 総大臣は思いっきしガッツポーズをして、目線でこちらを煽り倒してくる。

 賛成派の大臣達は肩を落とし、反対派の大臣達はあからさまに喜んでいる。


 だが困った。唯一魔族に偏見なく受け入れると言われているルクサスから断られた以上、どうするかーー、



 ーーと、いきなりライン達のいる地面に、白色に輝く魔力でできた円ーー魔法陣が浮かび上がり、それは少しずつ光を放ち始めた。

 いきなりのことで驚いたが、尻もちをつきかけるラインをサクラが回収し、レンとミクスタとゲイルは自力で魔法陣の範囲外にまで逃げることができたようだ。


 この魔法陣はなんだろうか。



「……これは転送魔法ですね。しかも人しか運べない程にまで小さく微弱なもののようです。恐らく怪我人か余程の大人数。少し離れましょう」



 ゲイルがそう言ったので、ライン達は魔法陣から距離を離した。一方リダは玉座から降りてリーヴとジャンヌの近くに寄り、その魔法陣から出てくる何者かを見据える。

 結果的にリダとライン達の距離は近くなり、それにより明らかに近づけないほうがいいだろうサクラとリーヴが近くになる。




 ーーそして、その転送魔法陣から1人の人間()()()()が出現し、光が晴れる。




 だがその姿は、到底人の姿とは思えなかった。


 まず四肢が殆ど失われており、何とか残っているその痕はまるで腐り果てて壊死したかのように真っ黒になっている。体の至る所から肉がぐちゃぐちゃになり、潰れ、千切れ、出血し、地に落ちた肉片と全く同じことが人間だった者の身にも現在進行形で起きている。

 その顔も悲惨そのもので、目は両方とも腐敗し切ったのか、残っているのは目玉が失われてぽっかりと空いた二つの穴(がらんどう)だった。鼻や唇は形は保っているものの醜く膨れ上がっており、今にも破裂しそうなぐらいに汚い血が沈澱しているようだった。



「………ア“」



 彼?はその悲惨な肉体を何とか動かそうとするも、もはや生命機能を失ったものがこれ以上生きることは不可能である。そのまま地面に倒れ、その衝撃で体から大量の赤黒い鮮血を赤い絨毯に撒き散らした。

 さらに黒の斑点が覆い尽くしていた背中辺りが突然破裂し、中から大量の血と臓物が飛び出してきた。それらも赤黒く変色しており、明らかに異常だった。



 ーー気持ち悪い。吐きそうだ。


 それは周りも同じだったようで、ミクスタやレンは口に手を当て、サクラやゲイル、リーヴなどの年配組でさえも瞳を見開き驚愕しており、大臣達でもかなり応えているようである。

 まさにディストピアだ。地獄の光景この上ない。

 そしていつもはクールロリなリダですらもその鉄面皮を崩して動揺し、自分の立場と今この者が発す危険性を考慮しないまま、その肉体に駆け寄ろうとする。



「近寄るな!僕が見る!!」



 ーーと、ラインは反射的に叫んでしまっていた。

 しかしそれを聞いたリダは正気に戻ったようで、駆け寄ろうとしていたところをすぐさまリーヴとジャンヌに取り押さえられる。

 リダの安全を確認したラインだったが、自分でも完全に無意識のうちに今倒れた者の肉体に触れていた。


 ーーー瞬間、腕に駆け巡る不快感と苦痛。



「………ぎ、ぁあ"っ!?」



 反射的に手を引っ込め、激痛に声が漏れる。表現するならば体の内部から熱々の鉄板を押し付けられているような、焼けそうな痛みが。

 ふと手を見ると、指先から手首にかけて真っ黒になっており、二の腕辺りにまでも黒い斑点みたいなものがジワジワと侵食していっているようだった。


(《何ボサっとしてんのよライン!今すぐ『さいぼうぶんれつそくしん魔法』だかよく分からないけど早くかけなさい!それ、呪いの類いだから死ぬわよ!!》)


 と、脳内にサテラが怒鳴り込んで来た。彼女は怒り心頭の様子でラインに怒鳴っており、しかしその反面優しさが垣間見えるキレ方でブチ切れてきた。

 分かってる。そんなこと、言われなくとも。

 急いで左手を右腕に翳し、『治癒(ヒール)』と唱えて壊死していく腕を今すぐ止めようとする。


 ……しかし、やはりというべきか何故かというべきか、全く治る気配が無い。それどころか手を翳した左手にまで黒斑点は侵食していき、本能でこのままだと死ぬことを実感した。


 やばい。マジでやばい。


(《……はぁ。一回その肉体貸してください。サテラと同じで『魂換(タマガワリ)』って言えば受肉させられるので。それか半受肉にしときます?知らんけど》)


 このメンヘラ気質のイケメン声は、リバイアだ。

 ラインはその提案をすぐに呑み、ただ別に戦闘するわけではないので、リバイアが提案した『半受肉』とやらを決行してもらうことにした。

 するとラインは次の瞬間左目が見えなくなったが、失明では無いことは流石に分かる。恐らく左の瞳を媒介してリバイアが受肉ーー否、半受肉しているのだろう。



(《本来は毒魔法は私の専門外なんですけどね…。まぁざっと見た感じだと、毒魔法と闇魔法、オマケに呪いと細菌っぽい何かがブレス状で振りかけられたような感じです。私なら治せそうですけど、どうします?》)


(治せるの!?ならお願い!あとこの人にも!)


(《やっぱやめました》)


(何でや早よぅやれ!)


(《はいはい。悪魔使いの荒い()ですね》)



 そんな脳内茶番を繰り広げた後、すぐにリバイアは動き始めた。するとラインの手の感覚が無くなり、しかも勝手に動いて、なんとそれを口元にまで持っていって己の歯で噛み、『治癒(ヒール)』を注入する。


 すると、驚くことにラインの真っ黒な両腕の斑点がジワジワと薄くなって消えていき、10秒も経たないうちに元の細く白めの腕へと戻った。

 ラインが内心ほっとしていると、リバイアはまだラインの体を動かして、ラインの横で倒れている人らしき黒の塊に対しても『治癒(ヒール)』をかける。


 すると真っ裸の健康体の男性の姿が露わになり、公共の場でフルチンを披露しかけるがライン自身の体で隠してガードした。流石に王と真っ裸で話すわけにもいかないだろうから、ラインは自分の寝間着を被せてあげた。


 リダはその男に対してその冷徹そうな表情を崩してまで必死に声をかけており、その姿は1人の王としてではなく1人の人間としての行動に見えた。そしてすぐにその男は目覚め、掠れた声でここはどこか、自分は何故生きているのかをリダに問いかける。

 すると彼はハッとした顔をした後、唇をわなわなと震わせながらも口を開く。



 ーー彼の口から語られたのは、天災の襲来だった。



「ーーほ、報告します!先日ナーミミ村で発現した巨大魔法陣の中から、『三大魔王獣』の一角と思われる巨大龍が出現!我々配属兵と聖教会から調査を名目に派遣されていた聖騎士と僧侶、そしてその場に居合わせた《ヒカリの勇者》こと元《第13代勇者》の累計約250名が戦闘し、敗北しました!ヤツはあと3日にはここ、ルクサスに襲来します!!」


「ーーなんだと?」


「報告によると、メイド服を着た者が居たそうで、此度の件の関係者と思われます!聖教会聖騎士長が離脱し、《火駆りの勇者》も離脱!そして我々がテレポートしようとした際に、龍のブレスに巻き込まれた者達は私の肉壁となって目の前で……うわぁぁぁぁ!!」



 彼は悲痛な語り方で話していたが、遂に限界を迎えたのか金切り声を上げて発狂してしまった。彼はボロボロの体で地面をのたうち回り、その喉からは叫んだことによる血反吐と悲痛な叫び声が溢れていた。

 リダはすぐさま周りの騎士達に命令し、急いでこの人を救護するように手配させた。ラインの腕を治せたこの国なら彼の体は大丈夫だろうが、精神までも治るのかは彼次第だ。


 だが彼のおかげで、聞きたいことは大体聞けた。


 巨大な龍。

 毒、闇、呪い、そして細菌のブレス。

 そして、『三大魔王獣』。


 これらに当てはまるのはただ一つ。

 しかしヤツは、確かラインの父であるデリエブが知性を与えた後に封印したはず。その後はエバム家当主が管理しており、封印を解くことは難しい筈だ。

 ……いや、もしエバム家が滅んでいたら話は別だ。


 だがそれならわざわざ人間界に呼び出した理由が理解不能だ。人間が呼び出したのならまずは魔界を蹂躙させるだろうに、それをしないのは不思議である。



「ーーー貴様も分かったか。ライン・シクサルよ」



 ふと、リダに声をかけられてそちらを見やると、リダは今のルクサスが置かれた状況を理解したらしく、その桃色で柔らかそうな唇を噛み締め、その年相応のロリ顔を普段は見せないような鬼の形相に歪める。

 リダの隣のリーヴを見ると、彼は固まっていた。

 不思議に思っていると、その右手からはかなりの量の血が滴っており、拳を握りすぎて出たものらしかった。そして彼の目を見ると、その目には底知れぬ殺意と憎悪、そして激情が込められていた。



「リーヴとギルリヌを除いた総員!今すぐ兵と物資、そして馬を手配し、我らがルクサスに400年の時を経て来たるべき決戦の時へと備えよ!最低限の兵のみを自国に残し、我が国辺境で迎撃体制を取るのだ!!」



 リダは後ろを振り返り、大臣達や配属騎士達に大音声で呼びかけ、今すぐ伝えなければならない情報のみを伝えて動かさせようとしている。

 しかしいきなりのことでまだ理解が追いついていない者も何人かおり、彼らは意識が遥か彼方へと飛んでいって戻って来ない。



「『支配者(ルーラー)』!!」



 それをリダは己の特権『支配者(ルーラー)』を使って光の輪を絞めあげることで叩き起こし、ハッとした間抜けな大臣達に再度伝える。そして最後に、まだ緊張感が無い者を一喝し、大音声で伝えた。



「我々は今、自分の命だけを守るのではない。400年もの間、この国を見捨てずに支えて来た国民の命までも背負っているのだ。敵はあの『三大魔王獣』が一角、《疫災》の『死龍』に間違いない!急げ!!」



 ……《疫災》。


 ラインの嫌な予感は、世界最悪の怪物『三大魔王獣』の一角であり《疫災》の二つ名を冠する、『死龍』がルクサスに襲来して来る、最悪の予兆だった。




 混乱に包まれる空間。

 だがその中でも、特に動揺を見せていたのはーー、



「ーーし、りゅう」



 小柄な体躯に、禿頭。そして白の顎髭が特徴の男。

 《閃光》ラスト・リーヴだった。彼は普段の飄々としていた態度からは考えられないほどに動揺を見せており、その隣に立つジャンヌは、自分達騎士団のリーダーでもある禿頭の老人の握られた拳から、血が滴っている光景を目撃する。

 だがリーヴ自身は、別に死龍と戦ったことがあるわけではない。その名前を聞くことはあっても、その牙と剣を交えたことは彼の400年の人生で一度も無い。


 では何故、ここまでリーヴが動揺するのか。





 ーーかつての勇者、『ジュン・マツオカ』。


 彼は魔王を討った後、仲間であるアンジェリカ、リーヴ、そしてサクラと共に魔界の管轄を理由にして同棲生活を始め、ほんの1年程だったが、不慣れながらも幸せな生活を享受していた。

 だがジュンの体調が悪化の一途を辿る中、彼はいきなり置き手紙と共に姿を消した。その手紙にはーー、



『勇者の努めを果たしてから死にたい。最後まで僕の我儘に付き合わせてしまってごめん。さようなら』



 とだけ書かれていた。

 勿論追いかけない訳が無く、リーヴとアンジェリカはサクラを置いて追いかけ、連れ戻す気でいた。しかし彼は見つからず、ジュンの情報が掴めたのはリーヴが魔界を発ってから1週間も経った後だった。


 目撃情報を得れた2人は、行く町の先々で聞き込みを行い、遂にとある大国を探し出すことに成功した。しかしその所在地は、現在のデザイアがある場所付近ーー世界の南側であり、世界の最東端に位置する魔界とは遠く離れた場所だった。

 勿論その国に直行したリーヴとアンジェリカだが、何故かその道中の馬は確保できなかった。どうやら大きな戦が行われる直前だったらしく、彼らは徒歩で向かうこととなってしまった。



 そしてジュンの目撃情報があった国に向かいーーそこに遺されていたのは、かつて大国があったとは思えない程にまで壊滅した瓦礫の山と、その中に突き刺さる一本の長剣だけ。

 死体すら残っていない、文明が滅び人が消えた跡としか思えない空間。その空間で、リーヴとアンジェリカは嫌でも理解させられた。



 ーージュンは、死んだのだと。



 太陽のように明るく、しかし己の体調を鑑みず1人でも救おうと尽力し、最期まで1人でも逃がそうと抗って果てたのだと、その国の兵士の生き残りから話を聞いた。


 だからこそ、リーヴはアンジェリカが寿命で死んだ後も、己の『特異体質』で生き永らえた寿命で、死龍に関する情報・弱点・そして動向を探し求め続けた。しかしどれだけ情報を集めようと、この世界を気ままに動き回る死龍の動向だけは掴めなかった。



 しかし巡り巡って遂に来た、この機会。国の守護という大きな御名目の裏に隠れた、私怨による復讐。


 ーーリーヴの掌から、血が滴る。それは憎しみか、復讐の機会が巡ったことによる歓喜か。それは、リーヴ自身にも分からなかった。




                 ▽▲▽▲▽▲▽▲




『蹂躙スル』


『蹂躙スル』


『ニンゲン、滅ブベシ』


『ニンゲン、全テノ生命ノ敵』


『蹂躙セヨ』


『蹂躙セヨ』


『蹂躙セヨ』



『全テハ、デリエブ殿ノ仇ノ為ニ』




 ーー龍は進む。


 道中に蔓延る悪しき生命を激毒で根から潰し、悪の根源である土地を死の土地に変え、なおも立ち向かう蛮勇を持つ悪を絶やし、その口から瘴気を放ち、全てを腐らせ、腐食から逃げ切ろうと、呪いで死に、それでもなお生き残る強者は、殺人菌で果てる。


 その心には、何もない。そもそも、もはや彼からは心というものは無い。あるのは、生物への殺戮心のみ。


 己の無知性に抗う、もう一体の己は目醒めぬまま。



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