24話 ルクサス王国
《ーーアンタ、何勝手に受肉してんのよ。ラインは先に私が受肉して私という先客がいるのだからアンタみたいなメンヘラ男はお呼びじゃないの!》
《うっさいですね。私だって受肉なんてしたくなかったですよ。あーホントもうマジ無理リスカしよ……》
《マジで相変わらずね!!勝手にヘラって受肉体傷つけようとすな!同じ悪魔として見過ごせないわ!》
《いや知りませんよ…意識乗っ取ってリスカしよ…》
《おい待てやゴラァ!ダメだ聞いてないわこのメンヘラ野郎!ちょ、ライン!今すぐ起きて!リバイアがアンタの体乗っ取ってリスカしようとしてるー!!》
「………ん、るさいなぁもう…何だよサテラ…?」
ゆっくりと瞼を開く。ーー見知らぬ天井だ。
その天井は石造りの中世ヨーロッパ的な雰囲気を醸し出している。少なくとも日本系の文化ではない。
体を起き上がらせて周りを確認すると、どうやらここは病室らしく、周りには幾つかのベッドがある。しかし貸切なのか、***の他には誰も寝かされていない。
「知らない天井だ…異世界転生でもしたのか僕は」
訳の分からないことを口走りながら、***は体にかかる布団を左手で退けて周りを見渡し、その瞬間に失われたはずの自分の左腕を確認する。
ーーーある。左腕が。勇者ハルトに斬り飛ばされ、二度と戻ることが無いと思っていた左腕がある。指が動く。感覚も感じる。……間違いなく、本物の腕だ。
己の失われた筈の左腕をまじまじと眺めていると、ゆっくりと扉が開けられ、向こう側のドアから薄い桃色の看護服を着た若い看護師が姿を現す。
「ラインさん?どうされましたか……って起きてる!?せ、先生!ラインさんが目覚めました!!」
看護師さんはこちらに気がつくと少し驚いたように声を上げて、今入ってきた扉から出ていってしまった。
人が来るのを待つ間、外を見てみたい気持ちが湧き上がり、ラインはベッドから飛び起きてカーテンがかけられている窓の元へと歩いてカーテンを開く。
「……うわぁ」
心の底からの感嘆が湧き上がってきた。
広いレンガの街道を歩く、大量の人々の姿。その種族は人間だけにとどまらず、様々な種類の亜人や精霊族、ーーそして魔族までいる。デリエブが何よりも望んでいた理想郷となり得る国が、ここにはあった。
そしてこの光景を見させてくれた自分の目を有難く思いながら、ラインは日光を浴びて大きく背伸びする。
「……ああ、僕、生き残れたんだ」
そんな心からの安堵が、僕の心を支配した。
▽▲▽▲▽▲▽▲
そしてその後担当医の人がやって来て体を診て貰ったが特段異常は無く、ラインが眠っていた3日間のことなど諸々を聞いた。
僕の腕が治ったのは、ルクサスの治療魔法技術のおかげなこと。その治療費は出ないこと。そしてサクラやミクスタなどの仲間達の行方諸々のこと。
ラインの左腕が治ったのはルクサスの治療魔法技術のおかげだということ、治療の医療費控除のこと、仲間は念の為隔離し、しかし安全は確保されていること。
そして最後に「騎士の方が来られると思いますので彼らの指示に従ってください」と言っていたので、騎士の人たちが来るまではここで待機させられることになっている。
そして何となくだが、一番大事なこと。
ーー僕、ラインには前世の記憶がある。
アホなことを言っている自覚はあるし、何を言っているか分からないのはライン自身だってそうだが、それでも確かな確信が今のラインにはあるのだ。
それは、この世界を『異世界』として認識しているということ。
ラインはこの世界で生まれ、育って来た。それにも関わらず、今のラインはこの世界を『異世界』として認識し、親もデリエブとはまた異なる人物なのではないかと思い始めているのだ。
だがその一方で、こちらの世界に来る前の自分……つまり『前世』の自分が何かは全く分からない。推定だが日本語を話す為、日本人だとは思うのだが……。
要するに、僕は異世界転生した誰か、ということ。
……ホントに僕は何を言ってんの?そう訝しむ。
(《私が聞きたいわよ。イセカイテンセーだか何だか知らないけどね、アンタってマジで異質な存在よね。アンタ知ってるか知らないけど、悪魔って人間にしか受肉できないしそもそも何体も受肉させられないのよ》)
(《はぁ。私達も長年生きてきてて…まあ死んでるんですけどさぁ、アナタほどにまで特に目的もなく受肉させて来やがったアホ野郎は初めてですよ。力や世界転覆を目的とした受肉とはまた別の愚かな受肉体です》)
この声はハルト戦で、何の前触れも無くラインの体を依代として受肉した悪魔達だ。パワーの弱いラインからすれば、ある意味戦力増強とも同義である。
若い女性声が『憤怒ノ悪魔』こと『サテラ』、すぐヘラる毒舌家は『嫉妬ノ悪魔』こと『リバイア』である。
2人には受肉してから間もないにも関わらず、たくさん助けてもらった。それに対する恩義を感じつつも、彼女達がお礼を断ったので気持ちだけ伝える。
ーーーと、部屋の扉がノックされた。どうぞ、と返事をすると、ドアノブに手がかけられて扉が開かれる。
すると扉が開けられ、外から数名、厳つい鉄色の武装をした騎士達が入ってきた。
「……魔族の少年よ。目が覚めたそうだな」
そのうち何名かは鉄色の鎧だが1人だけ金の鎧を着た騎士がおり、その金騎士はとんでもない美人だった。
金髪シアン瞳という、あの憎きフェルシュと似た容姿にも関わらずその雰囲気はかなり異なり、生真面目さと自他共に厳格であろうことが風貌から分かる。また、その豊満ながらも力強い肉体を金の鎧で覆い、己の風貌に一切驕らない、まさに女騎士の鑑であった。
彼女はその綺麗な唇を開き、続きを話し始める。
「申し遅れた。私はルクサス王国の副騎士団長を務めている《金光麗》『ジャンヌ・ダルロス』という者だ。魔族の少年よ、すまないが寝起き早々やってもらいたいことがある」
ふむふむ。ジャンヌさんか。すげぇ美人だ。
やってもらいたいことがあるらしいが、どうにかできる願いでありますように、と思いながら口をーーー、
ん?『魔族の少年』?
何故彼女は、ラインが魔族だってこと知っている?
「……あの、ジャンヌさん。なんで僕が魔族だってことを知ってるんですか?」
「ああ、それは簡単だ。看護師から聞いたのだが、どうやら汗を拭っていた際に頭に短いながらもツノがあったらしくてね。……事実だな?」
「………はい。そうです。めちゃくちゃ事実です」
なんてこった。バレてしまっていた。
別に向こう側にこちらの所出を探る気が無かったのはジャンヌさんの態度を見れば分かる。だがそれはそれとして、自分が魔族だとバレた以上仲間にすら危険が及ぶことを考えなければならないのが頭が痛い。下手なことをしなければ向こうが何もしないのは分かるのだが、ここで身勝手に魔界との交渉を持ち掛けるのは少々無礼が過ぎるのではないか。そう思ってしまう。
「ではライン・シクサルよ。キミはーーいや、貴殿はどのような目的でこちらに来られたのかをお聞かせ願おうか。野暮な詮索だがすまない、これも国の為だ」
「……僕は」
「いや、まだ決めなくてもいいだろう。それより先に貴殿には来てもらう。それもリダ様直々の命令でな」
返答を言い淀んでいると、その意図を汲んでくれたジャンヌがラインの言葉を遮り、本題へと移ってくれた。
するとジャンヌは部下に指示して、何らかの重そうなものを持って来させ、それをラインに手渡す。
それは、鉄製の手錠だった。重り付きの。
「貴殿にはこれを付けて、私達に着いて来てもらう」
「へ?これを?僕が??」
「そうだ。貴殿は一応魔王の息子なのだろう?我らがルクサスの敵となる可能性も考慮してのことだ。近頃は不穏な連中の動きもあるしな……」
「不穏な連中の動き?なんですかそれ?」
「すまないが、時間がない。急がねばあの老害ど…大臣殿達がお怒りになるだろう。そうすれば貴殿ら魔族の要求を受け入れるとは思わない。……すまないな」
色々と不満はあるが、ここで断るのもアレだろう。
そのまま軽く頷き、自分の右手首辺りに手錠をし、ロックは固かったので騎士の人達にしてもらった。
そしてその状態で立ち上がり、それを確認したジャンヌと騎士達は歩き始める。
だがどこに行くかだけは分からない。
一抹の不安を抱えながら、ラインは歩き続ける。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「着いたぞ、ここだ」
ジャンヌさんにそう言われて顔を上げると、そこにはアホみたいにデカい両開きタイプの扉があり、少なくとも扉だけで3メートルは余裕である。
しかもその扉には豪華な装飾まで施されており、並大抵の技術者が作れる代物ではないことは素人のラインでも分かる。
するとジャンヌさんは扉の前に足を進め、己の右手で3回扉をノックすると、彼女は「ルクサス副騎士団長ジャンヌだ」と名乗る。
すると扉の向こう側から「入れ。入室を許可する」という中年のおっさんの返事が返って来た。この声の主が、ジャンヌの言う『リダ様』なのだろうか。
(「忠告しておこう。あの老害共…特に総大臣ギルリヌはルクサスの粗そのもの。酷いことを言われるだろうが、絶対に感情的にならないようにしろ。いいな?」)
ドアを開ける前にジャンヌがそう忠告してくれた。
どうやら今のはリダ様とやらではないらしく、ジャンヌはその華麗な顔を心底うんざりしたような顔に歪めて小声で吐き捨てる。
少し幸先が心配になってきたが、ここでウジウジしていても何も始まらない。覚悟を、決めるしかない。
(ーーー頑張れ、僕。お前はデリエブの息子だろ?)
自分にそう言い聞かせ、自己暗示をかけてみる。
すると思ったより効果があったらしく、重苦しかった肩の荷が降りた感じがした。
「ーーよし。ジャンヌさん、お願いします」
「その意気や良し。貴殿の幸運を祈る」
ジャンヌさんに頷くと彼女も頷き返し、ラインの黒髪を一撫でした後、部下の騎士達に指示してラインの仲間を連れてくるようにと、向こう側へと行かせた。
そして自分自身はラインと共に残り、バカでかい扉を押して入る。
この先には何があるのか。
そのような未知への不安を蓄えながら、僕は立つ。
「ーー入れ」
その声と共に、ラインは扉を潜り抜けた。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「よく来たな魔族の子よ。貴様の容体が回復したと知って我々としてはこの上なく嬉しく思うぞ。何せこの国の治療魔法技術は世界で最高峰だからな。貴様のような矮小な魔族の小僧すら助けられんのは癪だからな」
そんなあまりにも失礼な言葉と共に迎えられたその空間は、とてつもなく広い会議室らしき場所だった。
現実で言い表すと裁判所などが一番近く、段々になった机が部屋を取り囲むように配置されており、その机に一定間隔で配置されている豪華な椅子に人々が座っており、周りに近衛騎士が1人ずつ配置されていた。
だが入り口の真っ正面ーー玉座らしき椅子とその横にちょこんと置いてある小さな椅子だけは空席であり、そこに座る人物はまだ来てないようだ。
つまりルクサス王こと『リダ様』は今は不在であり、玉座の大きさからして恐らくかなり巨体の人物が座るのであろうことが予想されるが、しかしそうなると横の椅子が気になる。
「少し待て魔族の子よ。貴様の隣にいるジャンヌが貴様の連れを迎えに行かせているはずだ。…部下に押し付けるのは些か疑問が残るがな。のう、ジャンヌよ」
「ーーはい。申し訳ありません。しかし今回の彼は未知数故、私が担当するのが宜しいかと愚考しました」
「フン。相変わらず言い訳は達者だな。…女狐が」
今……女狐って……。
大臣達のうちの1人ーー1番高級そうな服とアクセサリーをジャラジャラ付けた小太りの偉そうなおっさんがベラベラと話しているのだが、明らかに余計で的外れなことばかり話している。
恐らくだが、ジャンヌが対等の立ち位置にいるのが気に食わなくて無理難題を押し付けているのだろう。
……しょうもない。あまりにもしょうもない。
「……魔族の小僧。その目は何だ?何か不満があれば言ってみれば良いだろう?幸いここにはリダ様と騎士団長以外の大臣が揃っておるのだ、きっと公平な立ち位置でどちらの非があるかを認めてくれるだろうな」
「ーー?」
(「ライン・シクサル。言わないことを強く勧める。奴はルクサスに長年蔓延る粗そのもののような存在だ。あんな奴が大臣を纏めるリーダーなのだからな。リダ様がいなければルクサスは腐敗していただろう」)
大臣がまたまた的外れな言い分でこちらの真意を探ろうとしてきたのだが、そんなこと言うわけないだろう、と鼻で笑いかけるのを必死に我慢する。
隣で一礼しているジャンヌがこちらに耳打ちし、今の返答はしないことを勧めて来た。
と、扉がノックされ大扉が音を立てて開かれる。
「ラインさん!……よかった…本当に良かった…!」
「ーーおっ、ラインじゃねぇか蘇ったんか!?」
「レン君。ライン君は元々死んでないよ。あ、やあライン君。キミの意識が戻ったことはこの人達から聞いたから説明は要らないよ。…まあともかく、良かったな」
「ーーラインさん。ご無事で何よりです」
「あっ、みんなじゃん」
入って来たのは、いつものメンツだった。
白髪赤瞳で額に2本の赤いツノを持つ少女ミクスタに、黒髪黒瞳の青年レン、黒と茶が混ざった長髪を靡かせるイケメンババアことサクラ、2メートルを超える細身の体をスーツで包み、優しげな雰囲気を纏うエルフの男ことゲイル。
サクラの左腕を見てみると、ラインが気絶する前に一瞬見えたフェルシュの左腕はやはり無くなっているらしく、また隻腕へと戻ってしまっていた。
いつメンとの再会を嬉しく思うも、そのままハグなどをすることはできない。
「ーーでは、魔族の子よ。貴様に問う。お前がこの国に来た理由は何だ?身柄の保護か?資金の融資か?」
小太りの男ーー総大臣にそう言われて、ラインはジャンヌにより立ち上がらされるが、こちらを気遣うように引き上げる様子から彼女の優しさが垣間見えた。
そして足元を確認し、大きな声で話を切り出す。
「僕は、魔界から来ました。正体はあの魔王デリエブの一人息子、ライン・シクサルです」
「…………」
「ーーそして、僕がルクサスに来た理由は、魔界にいる魔族の皆の身柄を保護していただくことです!その代わりに、魔界にある魔石の採掘権を譲渡します!」
そう、言い切った。
「……だ」
「?」
「ーー無理だ。魔石の採掘権程度ではとても釣り合う内容ではない。だが貴様等が人間に負けを認めるのなら、他国はルクサスが制圧したと見るだろう。それこそ、貴様等魔族がルクサスの軍門に降るというのなら了承してやらんこともないが」
「は?」
ーー無理らしい。
だが、それは分かる。元々この提案はルクサス側にも有利なものはあるが、それ以上に人間国家との仲が悪くなる可能性を孕んだ危険な内容なのだから。
だが、最後の「魔族が人間の軍門に降る」ことだけは絶対に受け入れられない。そんなことすれば、確実に魔族を舐め腐った人間が魔界に攻め入り、奴隷だの何だの好き放題されてしまうだろう。
そうなれば、ブーモ達により人間軍が撤退する前と全く同じ状況に逆戻りだ。ラインの一ヶ月に及ぶ旅も無と還り、ブーモ達のような認識を改めてくれた人間がむしろ異端者扱いされる事態になる。
それだけは避けなければ。
「ダメだ!そんなことしたら、父さんやキーラ達は何の為に死んで行ったのかが分からなくなる!!父さんや《四天王》の皆の行いを無にさせてたまるか!!」
「な!?」
「僕は魔族代表として、魔界を売る真似はしない!!」
(「止めろライン・シクサル!処刑されるぞ!!」)
そう言い切った。
ジャンヌに立ち上がって叫んでいたところを取り押さえられ、それに加勢しようとしたサクラ以外のメンバーも地面に組み伏せられる。
ライン達の肉体には何の問題も無いのだが、一番の問題は大臣達の反応だ。
首を動かして周りを見ると、やはり今のラインの行動は目に余ることがあったのか、兵士はラインにその剣を向け、大臣達は耳打ちし合い始める。
そんな一方で先程からメインで話していた総大臣はよく見ると握りしめた拳や丸い頭、そしてその丸い体を微かに震わせている。
やばい。絶対キレてる。
案の定、総大臣は目の前にあった机を台パンし、その音に驚いた周りの大臣達も一瞬にして静まり返る。
一瞬の静寂。
「……ふ、ふざけるーー」
「ーーホホホッ。これ、何をしておる?リダ様を待たずに会議を始めた挙句、客人に不利な内容を押し付けるのは些か疑問が残るがのう」
「爺の言う通りじゃな。お主らも分かっとるなら何とか言ったらどうじゃ。交渉相手が魔族だからといって相手を舐めるのはどうなのかのう?」
総大臣がブチ切れかけたその時、ライン達の後ろにある扉がゆっくりと音を立てて開かられ、そこから誰かが入って来たようだった。
「誰だ貴様らは!?今はそれどころじゃないのだ!!断なく入ってくるとは無礼な!!処せ兵士ども!!」
もちろんそんな行動を総大臣が見逃すはずがなく、唾を吐きながら叫び散らし、周りにいた兵士達に偉そうに命令する。
しかし兵士達は誰も動かず、それどころか顔を真っ青にしており、暴れ散らかす総大臣を必死に取り押さえようとしている。
「ーー馬鹿なブタ野郎が。怒りで盲目的になったな」
隣で小さく、ジャンヌが呟く。
そしてラインも後ろを振り向き、何となく納得するのと同時に、即座に己の目を疑った。
ーー1人は、禿頭に白い髭を蓄えた老人だ。
身長は155cmほどで体は老人らしく細身であり、その身を和服に近い長ローブで包んでいる。また、その腰には一本の剣を挿していた。
一見は弱々しいジジイだが、ラインはこの老人がこの中だとぶっちぎりでヤバいことを見抜いていた。
「ぬほほ。総大臣殿よ。主も随分と歳を召されたな。儂のことを忘れてしまうだけに留まらず、自分達の主すらも忘れてしまうとは、お主の隠居も近いかのう」
老人は愉快そうに総大臣の暴言を笑い飛ばすと、その短気さをからかった冗談を発し、彼は自分の白い髭を右手で触りながらライン達に目を向ける。
ーーん?『あるじ』?誰が?
ふと前を向くと、先程までは高らかに喧しく叫んでいた小太りの大臣ーー総大臣が顔を真っ青にして口をパクパクとさせており、次の瞬間には地面にひれ伏してとてつもない勢いで土下座をし始めた。
それは、主に対する無礼を詫びる為。
だが、あの爺さんの隣にいるのはーーー、
「ほう、主が我がルクサスへとはるばるやって来たと噂されておった者か。先程兵士から聞くに、主はあの魔王デリエブの一人息子、『ライン・シクサル』とな?いやはや、我も王となって数年じゃが、ここ最近は予期せぬ客人ばかりじゃ。まったく、休む暇もないわい。……主は、かの《勇者》とは違えば良いのだがな」
「…………ロリ?」
幼女だった。
身長は大体150辺り、宝石のような赤い瞳に長めのロールした白金赤色、そしてその頭に被ってあるアホみたいに長い王冠が特徴的なロリがそこにはいた。
先程身長は150辺りと言ったが、王冠を含めるとどう考えても3m以上はある。
…もしかして、入り口の扉が3m以上なのって……
「「その王冠を通す為かよ!?」」
「なんじゃ、藪から棒に。そんな大きな声を出さんでも聞こえておるぞよ。……まったく、我のこの話し方が気になるのか?そのせいで同年代の者にすらお婆ちゃんなどと失礼極まりない呼ばれ方をされるからの」
口を大にして、レンと全く同じタイミングで勢いよくツッコむ。どうやら彼も同じ思考に至ったらしい。
うっかりツッコんでしまうも、目の前の幼女はそれを「またか」と言わんばかりにため息を吐き、そして彼女は地面に組み伏せられるライン達を解放させた。
そしてそのロリはライン達の隣を通っていき、土下座していふ総大臣も起き上がらせ、段々となっている席の頂点ーー玉座がある場所に着席する。
そして彼女が座ったことを確認した老人もライン達の隣を通って行ったのだが、彼の視線は先程からラインの隣にいるイケメン(ババア)ことサクラのほうにしか向いていなかったことを確認した。
だが一旦サクラを凝視するのをやめ、そのままロリの後をついて行く。見られていたサクラの表情を確認してみると、今までにないぐらいに恐ろしい顔をしていた。
そして老人がロリの隣にあった椅子に着席したのを確認した後、ラインの隣にいたジャンヌが勢いよく起立し、その麗しくも力強い声を室内に轟かせる。
「全兵士!敬礼!!」
彼女がそう言うと、ライン達を取り押さえていた騎士達は立ち上がる。それだけではなく、大臣達のお守りの騎士、そして入り口にいる門番の騎士も含めた全騎士達が背筋を真っ直ぐに伸ばした後、腰に挿さってある長剣を引き抜き、自分達の前に添え、その刃先を天井に向かって真っ直ぐ向けた。
それを見た大臣達のうち、先程ロリと来た老人のみがのんびりと立ち上がり、腰に挿さっている剣を引き抜き、他の騎士達のように部屋の天井に向けて伸ばす。
「……リダ様」
「うむ。分かっておる爺…いや、《閃光》よ」
老人が声をかけると、隣のロリも立ち上がる。
そして咳払いした後、その高めの幼女声を発す。
「ーーー善き民には」
「「「永遠の平穏を」」」
「ーーー強き者には」
「「「不変の正義を」」」
「ーーー賢き者には」
「「「不動の忠誠を」」」
「ーーー悪しき者には」
「「「厳正なる懲罰を」」」
「うむ。誉高き主らの騎士道に栄光あれ」
「「「はっ!我が王よ!」」」
この圧倒的なカリスマ。凄まじい威圧感。
そうか。やはり、このロリこそが。
「全ては我が『リダ・サーヴィア』の名の下に!」
「「「全ては《賢王》様の名の下に!!」」」
かの大国ルクサスを仕切る、《賢王》。
リダ・サーヴィアその人なのである。
彼女の隣にいる老人が剣を降ろすと、騎士達も同じように、動きを揃えて剣を降ろし、腰の鞘に仕舞う。
その動作を横目で確認したリダはその小さな体を椅子から起こした後、ジャンヌにラインの隣にいたジャンヌに命令し、彼女達はライン達をゆっくりと立たせる。
そして立ち上がったラインを真っ直ぐ見据えたリダはこちらを一瞥し、声変わりが来ていない高い声をできるだけ低くして、その桃色の唇を開く。
「ーー魔族の使者、ライン・シクサルよ。貴様は我がルクサスへと何用で来たのじゃ?その真意を明かさん限りは我としても願いを一返事で返すことはできんぞ」
そして厳格に真っ直ぐ、ラインに問いかけた。
その圧倒的なカリスマに、ライン達は心惹かれる。
周りを見てもミクスタ、レン、ゲイルはもちろんのこと、年長であるサクラですら驚いた顔をしていた。
だからこそ、リダから目が離せない。
それは他の皆も同じことだった。
1人の女を除いて。
※ ※ ※
「ーーー《閃光》、か」
1人の女は、リダではなく、その隣にいる老人を真っ直ぐ見上げ、見据えている。
サクラの心から完全に余裕がなくなり、顔には出さないようにしているが心の中ではあの400年前と同じ程にまで激しく狼狽している。
《閃光》。かつて共に魔王を屠った者の二つ名。
自己にも他者にも厳格な態度とその剣技は腕を失う前のサクラに匹敵し、本気で決闘した際は丸3日剣を交えたにもかかわらず、両者の刃が砕けたことにより遂に決着は着かなかった。
そんな厳格ながらも生真面目な彼の性格を、サクラはからかいながらも高く評価していた。
ーーーだが彼は、いきなり失踪したジュンを探しに行ったきりアンジェリカと共に戻ってこなかった。そのせいでサクラは心を酷く病み、しかし最終的に死ななかったことで死ぬことすら諦め、400年という虚無の時間を過ごす羽目になったのだ。
それだけならよかった。サクラ以外では寿命は人並みだろうし、せいぜい幸せに生涯を全うできたのならムカつくが良かったのではないか。
そう思っていたのに。
ーー《閃光》は。『ラスト・リーヴ』は、その姿をジジイに変えながらも、見ず知らずの幼女を王などとまつり上げ、のうのうと楽しそうに生きていやがった。
お前のせいで、私は死なない苦しみを1人で享受する羽目になったというのに。
お前のせいで、何度も何十回も何百回も、自害を試み失敗し、虚無の空白を味わったのに。
お前のせいで、私は死にたくなったのに。
お前のせいで。
お前のせいで。
お前のせいで。
※ ※ ※
「ーーーむ?」
ふと、老人が声を発す。
彼はこちらを真っ直ぐ見つめておりーーいや、正確に言えばラインのほうじゃなく、その近くのほうだ。
すると老人はリダに断りを入れ、許可された後、その小柄で骨が浮き出ている腕や足などからは考えられないぐらいに俊敏に動き、いつの間にかラインの隣側に跪くイケメンババアーーサクラのほうへと一瞬で移動し、その美貌をまじまじと見つめている。
そしてその光景をしばらく見ていると、いきなり老人がその堅物そうな表情をあり得ないぐらいに崩しながら、心底嬉しそうに話し始める。
……正直、見た目からのイメージが完全崩壊した。
「……サクラ?サクラか!?やはりじゃ!儂の予想が当たったぞ!いやはや久しいのぉ!お前さんと別れてもう数百年か、時の流れというものは早いものじゃ!」
「ーーーー」
「積もり積もった話があるんじゃよ!ぜひとも聞いていってくれないか?儂としても昔の馴染みと再会して話す内容を一度に整理はできぬかも知れぬがな!」
「ーーーーーー」
老人ーー確かリダに《閃光》と呼ばれていた気がする老人は、その皺のありながらも美形顔を保ったまま楽しそうに話している。やはり顔面偏差値……!イケメンは全てを解決する……!!
美形と美形の時間を超えた対話。
ーーだが、ふとここで違和感を感じる。2個も。
一つ目。サクラが全く嬉しそうじゃないこと。
その表情はピクリとも動かず、まるで感情を失った木偶の坊みたいになってしまっている。コミュニケーション能力抜群の彼女がこんな顔をしたのは初めてだ。
二つ目。この爺さんの《閃光》の二つ名だが、どこかで聞いたことあるような気がする。
ふと後ろを見るとミクスタとレンが不可解そうな顔をしていたので、やはりラインと同じくこの《閃光》に何か引っ掛かることがあるようだった。
なんだったかな?人の交友関係を忘れるのは最低なことなのは分かるが、妙に思い出せないのだ。
そう考えていると、横目で見ただけだが、サクラの片手に赤黒い稲妻が走ったように見えた。ミクスタとレンは分からないが、彼女による蹂躙劇を目撃した、ラインとゲイルには分かる。
確かアレはーーー、
「……ちょ、サクラ待」
ーーその瞬間、広々とした会議室には不相応な甲高い金属音が響き渡った。その音に反応できたものはたった一人。金属音を発した張本人がその気なら、この場の全ての生命が途絶えていたことだろう。
そんな彼女に唯一対抗できる男こそが、
「いきなり物騒じゃな。…今のは儂も悪かったがの」
《閃光》が、《黒百合》の刀を受け止めていた。その互いの力は拮抗しており、2人は刀と剣の刃越しに対話を始めるが、それは目線による黙話だった。
刹那、両者は鍔迫り合いを止め、互いに今の主の元へと退く。《閃光》はリダ側に、《黒百合》はライン側へ。
そして四百年の孤独を味わった女はーーー、
「あの時の決闘、決着つけてなかったよな?一度でいいからお前と私、結局どっちが強くてどっちが弱いのかを知りたかった。何より……私を四百年放置してよくも『久しぶりだな』とほざけたな?……今なら丁度いい。お前の命とあの決闘の決着に終点打ってやるよ」
そんな憎悪に塗れた低い声を、その喉から発した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ライン・シクサル
○主能力
・なし?
○能力
・『治癒』…細胞分裂促進能力
・『能力増強』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー