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設定メモへと堕ちた何か  作者: ヌヌヌ木
第一章 新芽と残火編
30/45

エピローグ1 勇者の魂と信念



 ーーーあの場所での激闘から3日後。癒えぬ傷を負った者たちは、世界でもルクサスに次いで最高峰の治療魔法技術によって、その深い傷を癒していた。


 心にまで深く刻み込まれた傷は癒えぬまま。




 〜デザイア人亜天霊国〜


 この『異世界』で最大の規模と技術を誇る国に住む人々は、至って賑やかな暮らしをしている。しかも祭りが近いのか、パレードの準備が整えられていた。

 だが人々の顔は少し暗い。祝祭が終われば残るのは酔いと廃棄物であり、黙々と片付けを始める憂鬱な時間が待ち受けている。今回も、ほろ酔いと共に片付けを行うはずだった(・・・・・)


 誰も酔っていない。この国にいる大半の人々が楽しみにしていた大規模な祭りにも関わらず、誰も酒を飲まずに新聞に見入っている。

 そんなこと国王の崩御ぐらいしかないが、今回は違う。国王はかなりの高齢だが、まだまだ健在である。


 では何故、皆は新聞に見入るのか。そこにはーー、



 “《勇者》敗北!?魔族相手に勝ち逃げ許す!”



 と、見出しとして目立つように書かれていた。



        ※ ※ ※



 デザイアが誇る《最強の勇者》ハルト・カツラギ一行がデザイアを発ってから一ヶ月弱。彼らは第13代魔王デリエブが相手でも、無傷だった強者達。

 そんな彼らは魔王デリエブを倒した後に一度デザイアに戻り、その後再度出発して魔界に残る魔族をを殲滅する手筈。しかしハルトが向かうと、何故か連合軍は既に撤退していたのだ。


 そしてそのまま魔界へと入り……敗北した。

 《黒百合》の手により、大打撃を受けたのだ。


 《黒百合》ーー《第11代勇者》『ジュン・マツオカ』の一行のうち1人であり、彼の右腕として活躍後、遂には世界を脅かしていた《第10代魔王》こと『リシュ・エバム』を討ったのであった。

 しかしその本質は、召喚直後という慣れない状態であっても大国を滅ぼした、正真正銘の化け物である。


 彼女が生きていること自体が問題なのではない。そんな化け物が、ライン・シクサルの仲間になり、しかも人類の敵となったことが問題なのである。



        ※ ※ ※



「ーーーまったく、どうなっているんだ!!」



 広々とした空間に、怒鳴り声と机を叩く音が響く。



「敗北しただけに留まらず《黒百合》の敵対!?ライン・シクサルはいまだに生きており、ルクサスに逃亡したことが予測されるだと!?あの役立たず共め!」



 デザイアにある巨大な城内で一番大きな大空間。そこには縦長の円状になった机と椅子のみがあり、あとは空間を照らす光魔石のランプぐらいしかない。


 今日も議会はいつも通り、どうでもいいことを長引かせて進める予定ーーだが、今回ばかりはそんなわけにはいかない。民衆からの支持率の要である勇者ハルトが敗走したとなれば、その信頼は地に落ちる。

 数年前に《第14代勇者》が責務を放棄して逃亡したばかりでのこの状況、やはり民衆からすれば魔族及び魔王への恐怖は終わらなかった。魔王デリエブが穏健派だったとしても、その手を跳ね除けるしかない。


 事態の悪化、そしてひいては自分達の立場を懸念したデザイア上層部は、憲兵などの兵を総動員して収めさせたが、事態収束には繋がらず、着実に国民からの不満は高まっていっていることをひしひしと感じた。


 そんな中、行われた今回の会議の主題は一つのみ。

 『誰がどのような責任を取るのか』、これだけだ。


 勿論上層部は全てハルトが責任を持つべきだと思っている。魔王の息子を取り逃がしたのはハルト達の責任で、我々には何の非もない。彼らの結論が出る。

 しかしハルト当人は精神疾患の悪化により、絶対安静を言い渡されていた。ハルトを弾劾できないと考えた上層部は、何か良い案がないかを模索し始め……、


 その結果、ある案が通った。その案とはーー、



        ※ ※ ※



「まあまあ落ち着きなされ、今は怒っても仕方ないではないか。それよりも話し合うべきことがあるのではないかね?我らがデザイアの永遠なる安寧の為には、粗は潰していかねばならぬ。そうであろう?皆の衆」



 ちょび髭を生やした高齢の男が先程怒鳴った中年の男を諌め、それに対して周りに共感を求める。ちょび髭の男はデザイア国の右大臣、先程怒鳴ったのはデザイア国の左大臣である。



「ーーしかし右大臣殿。貴方達大臣は理解できるのかも知れませんが、我々各部門の大臣共には理解し難いです。あの勇者ハルトが負けるなど、我々の想定の遥か上を行く異常事態ではありませぬか?」


「環境大臣の言う通りだ!あの神童が負ける相手など、我々の理解の範疇を逸脱している!そんな相手の対策だと!?無茶なことを!」


「文部大臣の身から言えば、今実際に多数の新聞社が暴走しているように、我が国と取引している中小国家から非難の的になるのは時間の問題でしょう」



「うむ…外交、治安維持、メディアだけでなく警備が割かれることにより狩られなくなる魔物への対処か。これらの被害を鑑みれば分かるだろうが、やはりお主らが確実に屠るべきではなかったのかね?タケル殿よ」



「ーーはい。それはそうです、けど……」



 各部門の中でも発言権の強い大臣達は、その声を大にして意見を述べ合う。それらをまとめ上げた右大臣は1人でに呟き、それを聞いた周りの大臣達も今のデザイアが置かれた厳しい現実を嫌でも把握させられる。

 冷静に分析する右大臣はその胡散臭いちょび髭を右の指で弄りながら、ふとある人物に話しかけた。その人物は少し呆けていたが、呼びかけられ返答をする。



「ゴホン。ーーでは、件の《第13代魔王》デリエブ・シクサルの一人息子を取り逃したことについて、《勇者》はどのように責任を取るかをお聞かせ願おうか」


「じゃが此度はハルト・カツラギは欠席じゃ。釈明の準備は良いかの?勇者ハルトの代理人、タケル殿よ」


「少し言い方にトゲがある気がする……。ーーはい、間違いありません。僕はハルトさんに頼まれて、今回の遠征の戦果を報告しに来ました」



 2人の最高大臣のプレッシャーに屈しず前を向き、物分かりの悪い連中とのコミュニケーションへと意気込むのは、黒髪黒瞳のキズモノの少年だった。しかし彼も杖なしでは歩けないような重傷を負っており、本人曰く、ハルトが治療しなければ死んでいたとのこと。

 黒髪黒瞳などという、『召喚術』ではベタな特徴を持つ男だが、彼の顔には特徴がある。彼の顔には右顔辺りが抉れたかのような傷跡が残っており、痛々しい外見をしているからだ。


 彼からの返事を受けた右大臣は大きく咳払いし、今もなお喧しい大臣達を静かにさせる。

 先程までは少し温和な雰囲気を見せていた右大臣も真剣な眼差しとなり、少年と右大臣は目を合わせて微笑み合うが、互いにその目は笑っていない。


 長年デザイアを支えてきた重鎮を前にする少年は口に溜まった唾を飲み込み、起立して声を発す。



「ーーでは、《最強の勇者》ハルト・カツラギの代理人として、タケル・ムライが代わりに参加します。今回の遠征での成果、被害状況なども話させて頂きます。どうかご理解の程よろしくお願いします」



 そんな少年の一声で始まった会議は、剣呑な空気を纏いながら、空間全ての重役達に重圧を与える。

 そんな状況を受けた少年ーータケルは席から起立し、怪我人にも関わらずその肉体に鞭打ち、全身に走る苦痛に耐えながら重々しくその口を開く。



「ではまず、魔界の現状報告から。今の魔界はーー」



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



「ーーしかし、《黒百合(クロユリ)》が力を解放した瞬間、僕達のパーティは崩壊しました。フェルシュさんとキョウヤさんは何とか命までは。……でも、マシューさんは、多分亡くなっています」


「なるほど。先程言った通り、魔界には魔族がまるで見当たらないだけでなく、魔物も魔界の割には少なかったと……。その原因は件の《黒百合》じゃろうな」


「エルフの男に《黒百合》とな?エルフの男は知らんが、魔法戦でフェルシュ・ダンクシンをまともに相手して圧勝するとは……こちらも十分脅威度は高い。私なりの推定だが[国家壊滅級(コラプス)]はある」


「いや、[世界破滅級(デストラクション)]はあると見たほうがいい!13代勇者や聖教会最強の聖騎士ですら勝てない勇者ハルトに勝った女狐を[国家破壊級(コラプス)]で収めるだと!?貴殿らは正気か!?」



 環境大臣がそう発すると、場に緊張が走る。

 それはそうだ。あの勇者ハルトの首を落とせる存在がこの世に存在しているだけで大問題なのに、その存在がまだ生きていること、それがかつて大国をたった一騎で滅ぼした《黒百合》こと『サクラ・オカザキ』だったこと、しかもその黒百合が未だに生存していたことなどと、問題がこれでもかと山積みなのだから。

 しかし、だいたい現状は把握できてきた。一部理解が及んでいない連中がいるが、そんな奴らは蚊帳の外にしても問題はない。どうせ私腹を肥やしたいだけの数合わせの邪魔者なのだ、別にどうだっていいだろう。



「ーーーで、これらの責任は誰が中心として取るべきだと思われますか?右大臣殿、左大臣殿?その他の皆様も、どうか私達と共に考えて下さいまし」


「うむ……やはり《黒百合》の存在が最大の邪魔になるだろうな。儂の祖父の代に活躍していた剣士だと聞いたことがあるが、あの女狐、生きておったか……」



 そもそも今回の会議は、ライン・シクサル一行の危険度を確認するのが目的でも、ハルト一行の被害状況を確認するのが目的でもないのだ。そんなことよりももっと大事な目的が大臣達にはある。それこそ勇者の人命などどうでも良くなるような、重大な目的が。



「では、今回の件の損害や弊害、それら諸々についてじゃが、勇者ハルト・カツラギとその一行が全責任を負うことで異議は無いじゃろうか皆の衆?」


「……え?」


「「「異議なし」」」



 そんな非情な一声が、暗い雰囲気の会議室に響く。

 その無慈悲な採決にタケルは困惑したような声を漏らすも、周りは誰一人彼の言葉を待たずに間髪入れずに即答で肯定し、会議は終了しようとしていた。



「ち、ちょっと待って下さい!いくら何でもあんまりじゃないですか!皆が精一杯戦い抜いたんですよ!?僕のことはどうだって言えばいいです!……だけど、ハルトさん達を悪く言わないで下さいよ!!」



 するとタケルは彼にしては珍しく感情的になり、楕円状の机を拳で叩いて反論した。普段荒げない声を無理矢理出したことによって喉を痛め、咳き込む。

 だが長年上層部で蔓延る老害どもに通じるわけが無く、聞こえてくるのは大半が自分達のミスを棚に上げてタケルの行為ばかりを非難する声だった。



「落ち着きたまえタケル殿よ。そもそも主等が最初にライン・シクサルや《四天王》を殺してくれば良かった話ではないのかね?……そういうことじゃよ」



 それを大臣達を代表して、右大臣が反論する。

 その節々には自分達の保身のことしか考えてないと思われる場面が幾つかあったが、それを抜きにすれば確かに筋は通った反論内容だった。


 だが、圧倒的論破力を誇る彼ですら一切の反論ができなくなる人物がこの国にはもう一人いるのだが。



「……っ!だからといって僕だけじゃなくハルトさんやフェルシュさんにまで負担を背負わせるのはどうなんですか!?怪我人に容赦なく責任を背負わせるなんて、こんなの悪魔の(・・・)所業ですよ!!」



 タケルがそう発した瞬間、会議室は静まり返る。

 先程まで喧しかった老害共だけでなく、会議に積極的に参加していた右大臣や左大臣、環境大臣含めた重役の大臣達ですら何も発さなくなる。


 ーータケルは、失言してしまった。


 この世界の『悪魔』の意味は、殆ど《七罪悪魔》のものとされている。肉体こそ死滅したものの魂は消えず、今もこの世界に蔓延り続ける、唾棄すべき存在。

 大罪人やそれに魅せられた愚かな人間と一緒にされれば、頑固な老害どもが黙って聞き逃すはずが無い。たかが20年すら生きていないようなクソガキに自分達の何が分かる。彼らの頭にはその考えが溢れ、遂に沈黙を破って一斉にタケルを非難し始めた。



「ーーー貴様!なんだ今の発言は!?身の程を知らなさすぎるのだ、貴様ら《勇者》は毎度毎度!!」


「その通りだ!貴様等は異世界から『呼んで貰えた』立場なのを忘れたわけじゃあるまいな!?貴様等が活動できるのも、儂等の功績なのを忘れるでない!!」


「ーーはぁ。いいですか?私達はこの国を昔から支えてきている重鎮。貴方達はここ数年勇者及びその仲間として祭り上げられてきた若者。それらを鑑みて貴方達に選択権があるとお思いなのですか?」


「俺たちが何年かけて民衆から信頼を勝ち取ってきたと思っているんだ!それをたった数年で三度も潰しやがって!《第13代勇者》も《第14代勇者》もハルト・カツラギも!何が《勇者》だ、俺らの協力ナシでは国の信頼一つも勝ち取れん無能なガキ共が!!」



 そんな罵詈雑言が、会議室に響き渡る。


 それは連鎖するように勢いと数、そしてキツさを増やしていき、一斉に先程失言をしたタケルにと容赦なく浴びせられていく。

 タケルはあまりの酷さに唖然とした。大切な仲間すらも悪く言われていることに怒りを感じながらも、自分の失言でハルト達の立場まで危うくなってしまったことに危機感を覚える。


 だが、ここまで来たらもう退けない。


 そう考えて声を発そうとした瞬間、先程から罵詈雑言を吐き捨てていた大臣達が口を閉じた。それを閉じさせたのはちょび髭を生やした老人ーー右大臣であり、彼はタケルの黒瞳を真っ直ぐに、しかし無慈悲に見つめ、口を開いた。



「……タケル殿。主らは《最強の勇者》じゃろう?そんな主らが魔族風情にいっぱい食わされたとなれば、民衆には説明がつかぬのじゃよ。分かっておくれ」


「…………」



 確かにそうだ。右大臣の主張は無慈悲ながらも正しい。筋は通っているし、下手な屁理屈をコネ続けているわけでもない。ーー受け入れるしか、ないのか。

 そう、タケルは勘繰る。よく考えれば、嘘は言ってない反面隠していることは沢山あるのだが、無垢過ぎるタケルはそれを真実だと思ってしまっている。


 だがこれ以上考えても無駄だろう。タケルが正面へと目を向けると、右大臣は真っ直ぐタケルを見つめ、周りの大臣達も実に不愉快そうにしながらも黙ってタケルの発言を待っている。


 そう割り切り、タケルは意見を呑もうとーー、



「ーーー様!お待ち下さい!貴方様は病み上がりの状態ではありませんか!お戻り下さい!貴方様は英雄なんですから、何かあってからでは遅いんです!」


「ーーー様!?もうお元気になられたのですか?その割には顔色が優れないようですが……ひっ!す、すいません!無駄な発言をして進路を妨げてしまい……」


「キャー!ーーー様こっち見てー!やっぱりーーー様はこっちを見てくださったわよね!?アレってやっぱり私達に気があったりして!キャー!」



 ーーーと、外が騒々しくなってきた。


 民衆ではないだろう。そもそもこの会議室はデザイア城の中心部分に位置しており、民衆の声が届くような場所ではない。

 声をかけられている張本人は、少しずつこちらに近づいて来ているようだ。だが余程体調が優れないらしく、転倒し、壁に寄り掛かる音が何度も聞こえる。


 そして、会議室の扉がノックの一つもなしに勢いよく開けられた。

 その開け方は気品が無く、国の重鎮が揃っているこの会議空間に断り無く勝手に入って来たのだ。無礼講にも程がある。一部の大臣は声を荒げ、侵入者を摘み出すように唾を飛ばす。


 それが、圧倒的格上の存在だとは一切気付かずに。



 深淵のような黒瞳に、過剰なストレスによって引き起こされたとされる白と地毛の黒が混じった短髪。身長は180cmより少し小さいくらいの、外見年齢20歳前後の美青年。彼は細身だが筋肉質で、しかしその目元には酷い隈が色濃く残る。


 そしてその体を白の寝間着で包むのはーー、



「ーーえ!?ハルトさん!?」



 振り向いたタケルが、唐突に入ってきた異物ーーではなく、勇者ハルトの姿に驚きの声を上げる。

 ほぼ同時に、先程侵入者ををボロクソに非難していた老人が恐怖のあまり気絶し卒倒する。それにより一度は静まり返った会議室が再度騒然とし始め、タケルとハルトをそっちのけで大騒ぎし始める。



「……説明は要らない。今タケルの頭、覗いてみたからさ。悪いなタケル、プライバシーの無いことして」


「ーーいや、僕は大丈夫ですけど……ハルトさん、その状態で大丈夫なんですか?体や魔力はすっかり回復し切ってますけど……顔色が良くないですよ」



 ハルトは扉沿いの壁に手を置きながら足を進め、今もなお騒いでいる大臣達に説明は要らないと伝える。するとハルトの声は大きくなかったにも関わらず、騒ぐ老害共の脳に入り、意味も重々理解したようだ。

 今、ハルトが意思疎通で使用したのは『思考共有』というスキルの影響で、反対にタケルがハルトの体調を見たのは『詳細能力表示』というスキルの効果だ。


 そんなタケルの心配を他所に、右大臣は咳払いをして皆を静かにさせ、突然の珍客に淡々と話し始める。

 ハルトも足を引き摺りながらタケルの隣にあった空席に座り、右大臣と真っ直ぐ目を合わせる。相変わらず互いに目は全く笑っていない。


 互いが思惑を探り合い、どちらが先に相手の考えを読めるかが、今回の会議の中核となる人物を決める。



「ーーで、ハルト・カツラギよ。主はあの魔族の小僧を取り逃し、インメート・マシューを死なせたようじゃな?どう責任を取るつもりかをお聞かせ願おうか」


「ーーマシューが死んだのは奴自身の力不足と、俺が指揮監督の役割を果たせなかったことが原因だ」


「そうじゃな。お主らの信頼は地に落ちかけで、そうなればお主らの追放も検討しなくてはならなくなる。こちらとしても避けたいんじゃよ。何せ主らは、我がデザイアが誇る《最強》の戦力じゃからのう」


「人を道具扱いしやがって。さっきタケルに屁理屈言ってたけどな、雰囲気見りゃあ分かるんだよ。お前らが皆が皆、口達者なホラ吹き野郎共だってことがな」


「何をーー」


「へぇ、否定すんだな。じゃあ俺の特権使って嘘ついてる奴はその場で強制自害させるけどいいのか?」


「ーーーー」



 そんな言葉の応酬が、ハルトと右大臣の間で繰り広げられる。長年屁理屈をこねることだけは得意だった右大臣に対して、ハルトは一歩も退かずに自分の意見を放ち、図星を突かれた右大臣は言葉を濁らせる。

 その光景を見ていたタケルはハルトへの憧憬をより一層深いものにするのと同時に、右大臣の嘘に騙されていた自分の愚直さに歯痒い思いをすることになる。


 するとハルトがタケルの耳元で、囁き始めた。



(「おいタケル。2秒だけ耳塞げ」)


(「わ、わかりました」)



 そんな小声で話し合い、タケルは己の耳に手を当て、周りの音をシャットアウトする。流石に微かに聞こえるが、何もしていない時に比べれば聞こえない。

 それを確認したハルトは、静かに口を開く。己の特権の一つ、『大統領(プレジデント)』を使いながら。



「ーーー『全員、黙って聞け。そして肯定しろ』」



 その瞬間、周りの想像しさは止み、皆が黙ってハルトの次の発言を待つ。タケルが耳から手を離して周りを見渡すと、ハルトの『命令』にかかった者達の目は桃紫色に妖しく光り、ハルトの発言を待ち続ける。



「まず今回の件だが、お前らにも責任はある。相手の情報の伝達不足。支給物資の不足。無理難題な発言。サクッと考えてこれだけやらかしてる。お前らにタケルを責める資格は微塵も無え。『分かったか?』」


「「「承知しました、ハルト様」」」


「だから俺がお前らの責任の所在について判断を下してやる。先ず情報の伝達不足の件だが、これはもう仕方ない、次気をつけろ。次に支給物資の不足の件だが、今度から妥当な量を用意しろ。分かったか?」


「「「承知しました、ハルト様」」」



 そんなやり取りを終え、ハルトはタケルを促して会議室の扉に向かう。タケルは少し戸惑いながらも杖をつきながら扉に向かう。

 一瞬ハルトがよろけたような気がしたが、多分言及はしない方がいいと判断したタケルは言わなかった。



「あ、そうだ。お前ら、全員タケルに謝れ」


「え!?いや、僕は別にーー」


「じゃあ、その目にある水滴何だよ」


「ーーーぁ」



 ふと目元を裾で擦ると、その部分が湿っていた。すると、その水滴は少しずつ量を増していき、頬から流れ落ちるぐらいに溜まり始める。

 そんなタケルをハルトは彼の頭を一撫でした後、いまだにタケルへの謝罪の体制を取っていない老害共に特権を行使し、彼らの頭を下げさせる。



「ーータケル様、大変申し訳ありませんでした」


「ーーー申し訳ありませんでした」

「ーーー申し訳ありませんでした」

「ーーー申し訳ありませんでした」

「ーーー申し訳ありませんでした」

「ーーー申し訳ありませんでした」

「ーーー申し訳ありませんでした」

「ーーー申し訳ありませんでした」

「ーーー申し訳ありませんでした」



 右大臣を筆頭に、皆がタケルに謝罪していく。

 その光景にタケルは少し怒りを覚える。前線で戦う者の痛さや辛さを、大臣達は分かっていない。そんな奴らがハルト達の苦痛が分かるわけがない。


 何より、人に言われなければ謝れない。己を客観視できない人間ばかりのこの国がタケルは嫌いだった。



「ーー許しません。少なくとも、今だけは」



 タケルは返す。しかし大臣達は何も言わない。頷きも返事も何もしない。ハルトの命令は、謝ることまで。


 それを反省するかまでは、決められないのだ。



「ーーあ、忘れてた。ライン・シクサルの件だが」



 ふと思い出したかのようにハルトは呟き、彼は杖をつくタケルを気遣いながら扉を開け、先にタケルを退出させる。生真面目なタケルは一礼しようとしていたがハルトはそれを静止し、先に行かせた。

 そして勇者ハルトとその下僕となった大臣達だけになった空間でハルトは大臣達を一瞥し、背を向ける。


 そしてーーー、



「ライン・シクサルは俺が殺す。半年後にな」



 そう宣言し、背を向けながら指パッチンをした。


 その瞬間ハルトの『命令』は解除され、大臣達の目の色はピンクから元の彩光に戻っていく。意識を取り戻した者から周りを見渡して騒然とし始めるが、ハルトはそんな老害共を無視して、扉から退出した。



 ーー会議は、ハルトの思惑通りの事しか起きない。


 彼に特権、『大統領(プレジデント)』がある限りは。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



「ーーハルトさん。お疲れ様です。……すいません。僕が…僕が下手に会議で出しゃばって、わざわざ病み上がりのハルトさんに助けて貰ってしまって……」


「気にすんな。俺だって言いたいことあったしな」



 そんな雑談をしながら、ハルトとタケルは城の廊下を歩く。タケルは杖をついているので移動が遅いのだが、ハルトはタケルのペースに合わせて歩いている。



「…………うっ」


「ハルトさん!?大丈夫ですか!?」



 ふと、ハルトは足から崩れ落ちる。

 それはそうだ。先程まで壁に寄りかかって何とか歩けたほどにまで心への負担が溜まっている状態で、無理をしてまでタケルの援護に来たのだから膝をつくぐらい無理はないだろう。



「一旦ハルトさんの自室に戻りましょう。……何より、ハルトさんには休息が要ると思うんです。これ以上の無茶だけはやめて下さいね」


「ーーーーーー」



 タケルはそう言いながらハルトを背負い、自分の体のあちこちに電流のように流れる痛みを我慢しながら城内を歩く。その姿をさまざまな人に見られ、変わった目を向けられるものの、タケルはそんなもの気にしていない。


 だって、気にしたところで何も変わらないから。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



「ーーーーー」



 ハルトの自室。先程タケルに連行される形で運ばれたハルトは、自分の部屋にあったベッドで寝ることすらできずに、ただベッドの端で座り込むだけだった。


 デザイア国直々に貸し出されたこの部屋は、本来なら他国の貴族や国王などの重鎮が招かれる用に設備されていた部屋である。

 元々貴族用なだけあり、部屋はとてつもなく広い。主な設置物はベッドとミニテーブル、本棚に長机と椅子、魔石ランプなどとシンプルだが、どれも良質なものばかりだった。


 ハルトは大きな窓から差し込む陽の光を遮断するカーテンを窓全てにし、しかしその隙間から漏れてきている、自分とは正反対な明るい光に顔を顰める。



「………クソッタレが」



 ハルトはそんなふうに吐き捨てながら、ベッドの隣に置いてあった籠を持ちながら自室の入り口にふらふらと足を進める。入り口に待機している2人のメイドに声をかけて、籠の中に何か果物を入れてくるように頼んだ。

 表だけは、最高の勇者を気取らなければ。ハルトはそのような考えと共に無理をしながら表情筋を歪めて作り笑顔を作り、メイド達に話しかける。昔から得意だった顔作りだったが、今はそれが苦痛でしかない。


 ハルトは目を輝かせて手を振る2人のメイドを見送り、扉を閉じてから作り笑顔をやめる。長机が置いてある側の壁にかけてある鏡を見やると、以前よりもさらにやつれた自身の無様な姿が映し出された。



 もっと自然に笑え、キープしろ。無理なら、死ね。



 鏡の前に映されるのは、ストレスによってすっかり白髪混じりとなった髪を持つ、やつれた勇者の、にやけた顔。ーー今だけは、それが無性に腹立たしい。



 (ーーー絶対に、お前を救ってやる)



「チッ」



 そんな怒りを、傍らにあったミニテーブルを蹴り飛ばし、見るも無惨な状態に損壊する。だがそれだけであり、行き場のない怒りが晴れることは無かった。

 もう何もかもが面倒になったハルトは乱雑にベッドへとダイブし、枕に顔を埋めて周りの音をシャットアウトしようとする。もう嫌だ、1人にしてくれ、と。


 ーーと、ふと部屋の戸がノックされる。


 先程のメイド達ではないだろう。流石に早過ぎる。 すると再度ノックされた後、小さくも聞き慣れた声がうっすらと聞こえてきた。



「ーーハルトさん、居ますか?入りますよ」



 そう言って、戸を叩いた者は入室する。


 かの《最強の勇者》ハルトに断りなく部屋に入室するなど不敬の極みであり、命知らずにも程があるのだが、ハルトはその行いを黙認している。ハルトが無断の入室を許すのは掃除担当の従者と仲間、または大臣のみである。

 ハルトを『さん』付けで呼ぶのはタケルとキョウヤだけ。そしてキョウヤは入院中。とどのつまりーー、



「……ハルトさん。僕です。タケルです」



 そう言って、タケルはハルトがいるベッドの近くにまで歩いて来た後、ハルトが閉じ切っていたカーテンを全開にし、窓を開けた。差し込む日光がハルトの顔を照らし、それに顔を少し顰める。

 そしてベッドには座らず高そうな絨毯が敷かれた床を避け、何も敷かれていない床に正座する。



「ーーフェルシュとキョウヤは?」


「フェルシュさんは今は寝ていました。担当医の方曰く、時々目覚めてよく騒ぎ立てるそうで、相変わらずの性格で困っている、と苦言をいただきました。キョウヤさんは起きてて、滅茶苦茶皮肉言われました……」


「2人とも、相変わらずか。精神崩壊を免れたのは不幸中の幸いだが、キョウヤは後で説教だな」



 そんなふうに返答を返していると、タケルがこちらに断りを入れた後に、また別の話をし始めた。

 彼は座ったまま何らかの話をしているのだが、その語りかけるような優しい声とは反面に、どうやらハルトに対する説教らしい。


 申し訳ないが、今のハルトにそれを聞く心の余裕はない。悪いとは思うが無視していると、タケルは少し諦めたように小さいため息を吐きながら立ち上がり、ハルトの寝ているベッドに腰掛け、ハルトの白と黒が入り混じった短髪を撫で始めた。


 あまりの行動にハルトは目を見開き、静かにその白黒の混じった髪を優しい手つきであやすように撫でるタケルの方を、驚愕と困惑が混濁した感情で見つめる。



「あ、すいません……不快だったら止めます」


「ーーーいや、いい。お前がいいならそれで」



 いきなりのことにハルトが戸惑っていると、タケルはまるで読み聞かせのようなトーンで話し始めた。バツが悪そうに苦笑いするタケルを宥め、続きを促すと、彼は結局頭を撫で続けることを選んだ。


 ーー誰かに頭を撫でられたことなど、ハルトが生きてきた二十年という時の中でもあっただろうか。



「昔よく、パパとママにして貰っていたんです。ハルトさんって、誰かに甘えたことありますか?弟さんがいた話はよく聞きますけど、逆にハルトさんが甘えられる人がいるのかなー、って思って」


「いや、居ない。友人も居なかった。小学生まではいたけど、いつの間にか皆が俺を避けるようになったんだよな。……親が近づけさせなかったのもあるけど」


「…………………」


「自分よりも優れた相手と友達関係を構築するのは楽しくなかったんだろうな。……せめて、頼れる友人がいれば、俺もここまで歪まずに済んだのかもな」



「ーーじゃあ、僕と友達になりましょうよ!」



 ーーは?


 ハルトが全く予測しなかった返答に対して間抜けな心の声を漏らし、枕に埋めていた顔ベッドから飛び上がる。目の前のタケルは、微笑しながらこちらを見つめており、ハルトの記憶ではタケルはこの3日で初めて笑顔を見せた気がした。



「あ……烏滸がましかったらやめます。すいません」


「……」



 嫌ではない。むしろ少し嬉しい。


 だが、今の自分は情緒が不安定であるため、タケルにまで迷惑をかける可能性すらある。彼を巻き込みたくない。

 だから断ろう。これ以上、結局は赤の他人であるタケルを巻き込みたくない。そう思って口を開こうとすると、タケルが再度口を開いて続きを話し始めた。



「ーーでも、ハルトさんは友達がいた方がいいと思うんです。……だから僕達には信頼が足りなかったんじゃないかな、と思ったんです!だから、もしハルトさんが嫌じゃなければ僕はあなたと友達になりたいです!」


「……信頼、か。そんなありきたりなーー」


「ありきたりでも、いいじゃないですか。僕はそれが悪いことだって思ったことありませんし、誰かに頼ることも悪い訳無いじゃないですか」


「………」


「すみません、僕達はまだまだハルトさんに頼らせて頂きます。……だから、僕達ことも頼って下さい!」




 ーー兄ちゃんも、一緒に暮らそうよ!


 ーーー本当にタケルは、弟に似ている。

 自分を顧みずに手を貸してしまうような、甘さとも言い換えられる優しさが。しかし折れることは許さない厳しさが。そして如何なる色の悪にも染まらない、純白とも言える純魂が。その輪郭が。顔が。声がーー。


 そう思いながら、まだ少し痛む右手を差し出す。



「ーーああ。悪いが、宜しく頼めるか?」


「はい、よろしくお願いします!」



 そう言って、タケルはハルトの右手を握り返す。


 今まで親に操り人形の如き扱いを受け、異世界召喚後は心に負った深い傷により孤独に徹していた勇者が、初めて自分の意思で仲間を得ることを選択したのだった。



「じゃあハルトさん!ご飯食べに行きましょう!最近パンとかしか食べてないから精のつく物が食べたい気分なんですよね〜!」


「俺、すぐ胃もたれするから肉とかは無理だぞ?」



 そんな軽口を叩き合いながら、ハルトは外出の準備を始める。一応御名目上は勇者なので、下手に歩き回るといつの間にか大量の女が群がってくる。とりあえず私服をクローゼットから出し、上下共に着用した。


 そこで、クローゼットにかかっていた白いローブを取り出し、それを頭から羽織る。体のほぼ全てを隠し切れるのだが、それは物理的だけの効力ではない。



「……それ、認識阻害魔法がかかってるんですか?」


「そうらしいな。お前も要るか?」


「いや、僕は大丈夫じゃないですか?僕が外を出歩いていても声はかけられないし、魔力量もあんまり多いわけじゃないので多分大丈夫だと思いますよ」


「……お前みたいな優良物件、そうそう無いと思うけどな。少なくとも俺なんかよりはよっぽど良いと思う」



 そう、このローブは視覚阻害効果があるのである。


 魔法的な効果による認識阻害なのだが、これはレンやタケルが持つ『能力表示』や『詳細能力表示』ですら阻害し見抜けなくするほどの強大な効果を秘めているのだ。



「よし、行くか!」


「はい!」



 タケルにそう相槌を打たれ、ハルトは歩み出す。



「……あ、2人にはお土産要りますかね?」


「要らんのじゃね?俺たちが飯食いに行ったことバレなきゃ大丈夫だろ。……あ、このことはあの2人には内緒にしとけよ?多分あの2人ブチ切れるだろうしな」


「ははっ、分かってますよ」



 ある程度はタケル以外のメンバーも気遣いながら。




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