01話 半魔の娘
洞窟で死にかけてから5日が経ち、ライン・シクサルは魔界の中を進んでいた。
目的地は「アスタ村」。魔界に存在する唯一の人間の村であり、魔族と人間が共存する村でもある。ラインも行ったことがあり、その時に村の人達からとにかく優しくされた思い出のある、印象深い村だ。
*************************
一人旅をしていて、子鬼や猪人の避難場所に挨拶に行った際に、幾つか情報も入って来た。
先ず、《四天王》の4人が討ち死にしたこと。
次に、魔界は「ルクサス王国」という国以外から、魔界に多く存在する地下資源の関係上、真っ先に狙われることになること。
魔界から出る訳にはいかなくなったと思ったら、猪人達は「私達に出来ることは私達が、ライン様にしか出来ないことはライン様が成し遂げて下さい」と言ってくれた。
その言葉に助けられて、ラインはここまで来た。
*************************
まとめると、今の魔界の現状は、「めちゃくちゃヤバい」だ。他国からの侵略、魔界に残る人間軍の残党、外交問題ーー問題が多すぎる。
そんな心配と覚悟を心に秘めながらラインは進み、ついに目的地であった『元』アスタ村に到着した。
▽▲▽▲▽▲▽▲
目の前には、信じられない光景が広がっていた。
村に、建物が何一つないのだ。
人魔大戦から約一週間経ったのにも関わらず、未だに黒煙があがり、あちこちに種火が燻っている。
何より、多数の屍があちこちに転がっていた。
ある死体は丸焦げになっていた。
ある死体は大量の剣で串刺しにされていた。
ある死体は全身がドロドロに溶けていた。
ある死体は氷漬けにされた挙句、砕かれていた。
ある死体はある死体ははある死体死体ーーーー
その時、胃の中のものが喉元まで上がってきた。
「ゔ"う"う"っ…お"え"っ……」
溢れ出た吐瀉物を目の前にぶち撒ける。絶え絶えの息を整えながら辺りを見渡すと、見たくなかったものが見えてしまった。
対角にあるもう一つの村の入り口に、野宿用のテントが立っている。そして、そこから人間が出入りしていた。しかもそこから、3人組がこちらに歩いてくるのだ。
ーーどう見ても人間軍の残党である。不味い。見つかるならば大したことないが、髪に隠れる角が見つかろうものなら、その場で死刑執行だろう。
(まずい……まずい……どこかに身を隠さなくては……)
何処に逃げるべきか迷うラインだが、彼らが向かっている方向を見やり、気づく。
向こうに都合よく鍛冶屋があった。すかさず鍛冶屋に向かって走り出す。残党達はまだ気づいていない。
▽▲▽▲▽▲▽▲
鍛冶屋の目の前に着いた。もう物音を確認する時間なんてない。すかさず鍛冶屋の扉を開けてーーー
中にいた人間の少女と鉢合わせた。
「うわっ!?びっくりした……」
「ーーーあ」
油断した。完全にタカをくくっていた。
と、そこに先程の3人組が入って来た。
「よう嬢ちゃん、武器出来たか…って何だこのガキ」
「見ねえ顔だな、どっから来た?この村の奴じゃないようだが」
「知らん。それよりも武器の回収が先だろう」
ーーまずい、詰みかもしれない。
ーーーまずい。非常にまずい。
「なあ嬢ちゃん、このガキ誰だい?」
「ここらでは見ない顔だなぁ、知ってるか?」
「お前ら何を駄弁ってる。俺らの目的は武器を取りに行くことだろう。小僧の相手をしてる暇は無いぞ」
3人組の会話が耳に入る。1人は目的最優先らしいが、もう2人はこちらに興味を抱き始めている。
今はフードを被っているからバレていないが、フードを取られれば、確実に正体がバレる。そうなれば、この鍛冶屋が僕の処刑場と化すだろう。
何とか、しなければーーー。
「ーー。ああ、すみません!その人私の兄です」
そう言って助け舟を出したのは、ライン自身でもなく、ラインの真後ろにいる3人組でもない。ーー目の前にいた少女が、ラインを兄と言い出したのだ。
ーーーーーーは?
と、ラインは思ってしまう。自分は確実に目の前の少女と面識がない。それなのに彼女は、ラインを庇う発言をしたのだ。一体、なぜ。何の為に。
「なーんだ、そんなことかよ。少し期待したのに思ったより普通だったな。それにしても似てねえ兄だな」
「んじゃあ嬢ちゃん、武器貰えるか?」
「はい。剣を中心に10本打っておきました。」
「助かるぜ。いやー相変わらず嬢ちゃんの打つ剣は品質が良いな、こんなの王国でもあまり多くないぞ」
「ありがとうございます」
と、思考を巡らせるラインを他所に、ラインを跨いだ武器の取引が行われている。
僕は武器に疎いのでよく分からないが、見た感じ長剣っぽかった。しかし、その品質は魔界でも中々見ない域にまで到達していることは分かる。
「貰ってくぜ嬢ちゃん。代金は気持ちで頼む」
「ーーー。はい。ご武運を」
「嬢ちゃんも、長生きしろよ」
「駄弁ってないで、早く戻るぞ。もう夜だ。」
「ち、ちょーーモゴッ?!」
そう言いながら、代金を払わずに出て行く3人組。つい声を出しそうになったが、その時少女が口を押さえて来た。
(「我慢してください」)
と耳元で囁かれる。命の恩人の言葉だ。素直に従った。
▽▲▽▲▽▲▽▲
やがて3人組が去っていき、一息つけるかと思ったが、その前に重大な問題がある。
この少女は何者なのか。
そしてなぜ見ず知らずのラインを庇ったのか。
「あ、あの」
「どうしました?」
「何で、あの時僕を庇ったんですか?」
「…困ってそうでしたから。『困っている人がいるなら助けてあげなさい』と母に教わって来ましたので」
ーーそんな理由で?
と思ってしまうが、それを言えば彼女に失礼なのに加えて流石に恩知らず過ぎるので、言わない。
「上がってください。何かご馳走しますよ」
そう言って、彼女は鍛冶場の奥の扉を開け、こちらに手招きする。
そういえば先程ショッキングなものを見たせいで色々吐いたから胃が空っぽだった。有難くいただこう。
人間だからという理由で、純粋な善意に対して隠し事をするような卑怯で臆病な自分を許して欲しい。
*************************
「彼女」は、あらかじめ作っておいた食事を、2人分よそう。彼女にとっても、2人での食事は半日ぶりだ。1週間前までは、3人で食卓を囲んでいた。
ーーしかし、その日常は唐突に奪われた。
「………お父さん」
彼女は呟く。その声は誰にも聞こえない。
ーーーその時、一瞬だけだが、頭の髪があるおでこ部分が2点、淡く光った気がした。
▽▲▽▲▽▲▽▲
ーー彼女から招待された食事が終わり、彼女が片付けを始めたので手伝うことにした。
「わざわざありがとうございます」と言ってきたが、感謝したいのはこっちのほうだ。
そもそもさっき助けてもらったのだから、貸し借りではまだこちらが1回多く助けられている。
そんな彼女にも正体を明かせないのが辛い。
何故なら自分は魔族なのだから。人間達からすれば魔族を庇うことが大罪なのはラインも知っている。
ーー恩人を巻き込みたくない。その気持ちが増幅するにつれて、真実を隠すことへの罪悪感が重くのしかかる。
片付けが終わって仮眠をとることを推奨されるも、まだ大丈夫だったので断り、彼女と世間話を始める。
こんな時間が一生続けばいいのに。
そんな叶わない夢を抱きつつ、会話をしていた。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「そういえばあなたのその腰についている袋、何が入っているんですか?」
「ああ、これは魔石が入ってる袋です。見ます?」
「はい!見せてください!」
そう言って魔石入りの袋を手渡すと、美少女はその顔に似合わない程に、鼻息が荒くなってきた。
それだけじゃない。可愛げのある優しい目をかっ開き、袋内の魔石のうち、ほとんど石が混じっていない輝かしい赤色の魔石を取り出す。
そしてそれを幸せそうにしばらく眺めた後、こちらに顔を急接近させてきた。
「な、何ですか?」
いくら種族が違うとは言え、異性に顔を近づけられるのは流石に照れる。
そんなラインの気持ちを他所に、彼女は口を開いて非常に上ずった、興奮したような声で尋ねてきた。
「魔石、何処で手に入れたんですか?!」
「え、いや、家から持ち出してきたんです??」
とだけ答えた。一応間違ってはいない。キーラに持たせてもらったことは内緒にして。するとーーー
「この魔石、とんでもなく高純度ですよ!!いわゆる『最高純度』のものです!!いやぁ、私が生きてるまでに拝めると思ってなかったなぁ…!こんだけ純度高ければ、売っても相当な財源になるだろうなぁ…いやほんとにこれだけ高純度な魔石は珍しいですからね?!それこそ人間界でなんて1000年かかって存在が確認されるかどうかのレベルなんですよ?!聞き逃してもいいですよ?!更に情報をプラスして話すので!!」
「え、えっちょ」
▽▲▽▲▽▲▽▲
この少女は、生粋の素材マニアだった。
また、貧血の時のように気が遠くなるようなマシンガントーク中の彼女は、頭の2点が感情に合わせて光っている気がしたが、多分気のせいだろう。
人のおでこが光るわけがない。ましてや二箇所も。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「……ってことなんですよ!凄いですよね!一国の経済を丸々変えれるんですよ!!分かりました?!」
「あーー。はい。スゴイということなら」
うん。「スゴイ」ということなら分かった。
彼女のマシンガントークからようやく解放されそうだ。あの後更に彼女のマシンガントークが加速して2時間近く聞かされ、その美貌が台無しになるレベルで喋り続けていたのである。
でも、彼女の嬉しそうに喋る姿を見て、こちらも何となく心が安らいできていた。
ーーもし自分が魔族であることを言えたなら、この後ろめたさを忘れられるのかも知れない。
「…あ。すみません喋りすぎました…つい興奮して」
「いや、いいんですよ。少し長かったけど、色んな知識を知れましたし。」
*************************
彼女のマシンガントークはかなり応えたが、結構知らない知識も入り、新しい学びにもなった。手に入れた知識はこれらだ。
○武器の階級
・神話級…伝説上にしか載っていないレベル。基本的に存在しないとされており、国によっては統制の象徴として飾られているものもある。
・伝説級…勇者などの限られた者しか持てない武具。意外にも数は多いが、作成には特許が必要になる場合があり、もし違反した場合は即時没収されるほど。
・希少級…各国の王などが装備する武具のレベル。機能性と華やかさを両立させられるグレードでもあり、美しさにこだわることもできる。
・優秀級…各国の優秀な騎士などが持てる武具のレベル。物によっては100年後も姿を変えない代物まであるとのこと。めっちゃ高い。
・優良級…優秀な冒険者が持てる武具のレベル。新米冒険者はこの武器防具を持てれば新米卒業と言われている。田舎だと高いものもあるが、大国の都市部なら安価で売られている。
・一般級…最低クラス。一般的な兵士や冒険者が装備するレベルの武器。田舎の武器屋でも安価で売られており、錆び付いているものなどもこのクラスに入れられている、結構雑なクラス。
あとはまあ魔石で大体察していたが、属性には火、水、電、地、風、光がある。もう一つ「光に屠られた」属性と「危険すぎて消された属性」があるらしいが、今のところは使い方が分からないとのこと。
*************************
「…あ、そうだ。外も暗いですし、何より私が話しすぎたお礼に、良かったらここに泊まりませんか?」
「えっ」
その提案はこちらとしては有難い申し出だった。
しかし、こちらの正体どころかまだ名前すら言っていないのに、無償でしてもらえることが多すぎる。
ーー相手がいい人だからこそ、隠し事をしている自分に腹が立つ。もう我慢の限界に達しそうだ。
「遠慮はいりませんよ、私なりの感謝の伝え方ーー」
「あの」
もう無理だ。罪悪感で潰れそうだ。
こんないい人は自分には勿体無い。
ラインはそう考えてしまう。
「貴女は、本当に優しいですね」
彼女は優しい。
だから魔族の自分に優しくする必要なんてない。
僕は心が狭い。
だからこんな嘘を貫き通せないのだろう。
「でも、もうやめといた方がいいんです」
そう言い、フードを外す。
髪をどかし、自身の頭を見せると、そこからは短くて黒いツノが顔を覗かせていた。
「僕は、魔族だからーー」
「ーー知ってますよ?」
「え」
「だって、私も半分魔族ですから」
そう言い、彼女は何らかを少しの間詠唱する。
すると、彼女の身体が光に包まれ、弾ける。
そこには、先程の彼女とは、少し違う人物が立っていた。人型の身体に顔までは一致しているが、それ以外は違う。
肌色の肌は緑肌に。黒髪は明るい白髪に。黒の瞳は紅に。身体は少しだけ筋肉質ながらも華奢な身体に。
「私は『ミクスタ・ラーザ』。子鬼の父と人間の母との間で生まれた、混血の魔族です」
彼女はそう言い笑う。その顔ーーーその額には子鬼には無いハズのツノが2本生えていた。
▽▲▽▲▽▲▽▲
ーーーえ?
目の前の少女ーーミクスタさんは、魔族だったらしい。いや待て、全然わからない。仮に彼女は魔族だったのなら、僕ーーラインを助けたのには納得がいく。だが、人間軍に武器を渡していたのは何故なのか?いや、脅されていたとしたら?それならお金を受け取らなかったのも納得がいく。
「あの、ミクスタさん」
「ミクスタでいいですよ」
「じゃあ、ミクスタ。…いつから僕の正体に気づいていたの?」
「部屋に招き入れた時ですよ。人間よりも魔力が多かったのと、あと貴方の被っているフードの間から少しだけツノが見えたので……」
「本当?!髪に隠れていると思っていたんだけど…」
どうやら髪型の問題でツノが見えていたらしい。まあいいだろう。ミクスタが魔族で良かった。
「…でも、できればすぐに言ってほしかったです」
「どうして?」
「『嘘はつかない方がいい』ってお父さんがよく言っていました」
「お父さんとお母さんのことが大好きなんだね」
「はい……でも」
ミクスタの口が止まる。その唇はわなわなと震えており、ふと顔を見ると涙目になっていた。彼女にとっては言いたくなかった内容だったのかも知れない。
「ぁーーごめん、配慮が足りなかった」
「ーーいえ、いいんです。その代わり、三つお願いを聞いてください」
お願い、と言っても自分にできることは限られている。何のお願いかと思っていると、ミクスタが口を開く。
「まず一つ目のお願いは、私について来てください」
▽▲▽▲▽▲▽▲
外は既に日が暮れ、向こう側に人間軍の残党のテントが見える。ほとんどのテントは明かりはなく、眠っているようだ。
言われた通り彼女について行くと、そこは鍛冶屋の裏側に向かっている。そこに一つ墓標が立っていた。まだ新しいもののようで、土には草が全く生えておらず、つい最近誰かが亡くなったようだが…。
ーーまさか。
「これはーー」
「私の母のものです。母は今朝、衰弱で死にました」
質問するラインに、ミクスタが答える。ふと彼女を見ると、その目から水滴が一筋流れ落ちていた。
「私の元の家はあの村ーーアスタ村にありました。ここは鍛治職人だった父の仕事場です。…しかし6日前の戦争で村は人間軍に襲われ、私も死ぬハズでした。…でも私は、私の能力によって良質な武器を作る代わりに、私自身と病弱な母の助命を乞いました」
彼女は続ける。
その声には無意識のうちに、怒気が籠っていた。
「そして残党達はこの約一週間ずっと、私に武器を作らせてきました。一方で5日前から母の容体が悪化して日に日に衰弱していき、まともな看病もできないまま、遂に今日死んじゃいました」
そして彼女の潤んだ赤い瞳はついに限界を迎え、決壊した。そして同じように溜め込んだ感情が爆発する。
「なんでこんなことをするのか…私の友達もみんな殺された。…故郷も!家族も!!みんな殺された!!戦争に行ったからお父さんは死んだ!!お母さんは戦争が無かったらもっと長生きできた!!なんで人間はこんなことするの?同じ人間同士で散々殺し合って人間が得たのは『真の平和』?…ふざけないでよ!!」
「同じ人間が傷付いてる!!同じ命なのに殺し合ってる!!みんな生まれて生命を終える!!そこに種族の違いなんてある!?死んだら同じ屍じゃない!!なんで人間は争いを望むの!?平和にしたいなら戦争なんてふっかけるのがおかしい!!」
ぶちまける。戦争で溜まった怒りを感情に任せて誰にもいない虚空へとぶつける。聞いているのはラインだけだ。
その一瞬、彼女の頭にある2本のツノが、ドス黒い赤色になったような感じがしたが、そんなことツッコむことができる空気の読め無さを持つラインではない。
そして怒りのピークを超えた時、彼女に残ったのは、深くドロドロとした憎悪と悲しみだけだった。
「…殺してやりたい。人間を1人残らず殺したやりたい。でも私には半分ニンゲンの血が流れてる。…どうすればいいの?誰か教えてよ…お父さん…お母さん…」
彼女は蹲る。母の墓を前にして、その地に頭を押し付け、遂に声を上げて泣き始めた。その声には人間に対する殺意と嫌悪、しかし己に流れる血からは逃れられない葛藤、そして大切なものを全て失った悲しみが込もっていた。
ーーそれは、あの夜、全てを諦めようとしたラインのものと似ていた。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「ーー。ごめんなさい。貴方には何も罪はないのにこんな事に付き合わせてしまって」
「いや、大丈夫。それで少しだけでも落ち着いたなら僕としては嬉しい。落ち着いた?」
「ーー少しだけ、ですが」
そう言う彼女だが、可愛げのある顔が殺意に染まるレベルで怒っていたのだ。大丈夫な訳があるまい。
ーーそんな彼女に、何も言えない自分が腹立たしい。ラインは自分の弱さに怒りを覚えた。
「ーーでは、2つ目の質問を聞いていい?」
「…分かりました。2つ目の質問は、貴方の名前ーー」
「……おっと、その話、俺たちにも聞かせてくれよ」
「よう嬢ちゃん。さっきぶりだなあ」
「前置きが長い。ーーこの2人が魔族なのは知れたことだ。殺しても構わんだろう」
そう言い、鍛冶屋の影から姿を現したのは、夕方に武器を取りに来ていた3人組だ。
「好きに抵抗してみろよ。まぁ、死ぬのがほんの少しだけ早くなるだけだがなぁ」
そう言い、1人の男は持っている剣を此方に向けた。
ーーしまった。気づかなかった。
敵はすぐそこにいたのだ。そこの村の焼け跡奥にテントを張っていたのに、彼女の話から耳を逸らせなかった。ラインは警戒心を緩めたことを心から後悔する。
しかしもう遅い。既に気づかれているのだから。
「ーーおい、何とか言えよ魔族風情が!!」
1人の男が声を荒げる。
その口ぶりや態度はチンピラそのものだが、この手の者にありがちな野蛮さは意外にも感じられず、この風貌的に雇われ冒険者なのだろう。
「声を荒げるなコーザ。敵が感情的になったら危険だ。何せ奴らは穢らわしい血が流れる魔族だからな」
それをまた別の1人の巨漢が静止させる。
こちらはその身に着けた全身合金鎧も相まって、横にいるチンピラ風の男達とは雰囲気が異なっている。
こちらは冷静に、しかし冷徹にこちらを見据える。
「いやもうやっちまおうぜ、ブーモ!魔族相手なら上官も文句は言わないだろ!魔物狩りの時間だ!!」
「落ち着けセカマ。相手の動きを見ろ」
最後の1人ーー細身のチンピラ風の男セカマは、こちらを知能なき魔物として扱い、それを巨漢ーーブーモと言われる男が静止する。
どうやら引いてはくれないようだ。
一人旅の中どころか人生初めての戦闘だ。
だが問題がある。それはーー僕、ラインは実践経験がこれっぽっちもないことだ。
そもそも武器を持っていない。どうすればいいのか。剣持ち相手に素手は無謀だ。どうすればーー。
「どうした?何か言えよクソ魔族!!」
先程コーザと言われた男が、待つことに耐えられなかったのか、声を荒げる。
「ラインさん!!」
声をかけられる。後ろにいるミクスタからだ。
「奥の部屋に武器があります!取ってきて!!」
そう言われ、鍵を投げ渡される。何とかキャッチし、鍛冶屋に戻ろうとした時ーー。
「行かせるわけねェだろうがよ馬鹿がーー」
「やあああああああああ!!」
「うおっ?!」
苛立ってこちらに走ってくるコーザに、ミクスタが体当たりを仕掛ける。唐突な不意打ちにコーザはよろめき、かなり大きな隙ができる。
「行って!!」
全速力で走る。後ろをコーザ以外の残り2人が追ってくる。急げ、急げ。入り口から入り、鍛冶場の奥にある部屋に逃げ込んだ。
鍛治場の奥の部屋に入り、中から鍵をかける。扉を乱暴に叩く音が聞こえるが、無視だ。
その部屋には、剣、杖、斧、槍、銃火気などの様々な武器が一面に置かれており、誰が来ても得意な武器があるような空間だった。
「ここは、武器庫かな?」
いや、今はそんな場合じゃない。彼女がここに行かせたということは、何か武器を取ってこい、と言うことなんだろう。
しかし、彼女は何の武器を持ってきて欲しいのか?
ラインは武器庫を見渡しながら迷っていると、奥の机に幾つか武器が置かれていることに気づく。
それは二丁拳銃と斧と長剣だ。
「ーーどれかかな…もう全部持って行くかな!」
▽▲▽▲▽▲▽▲
ーーその頃ミクスタは、無念にもコーザに地べたに取り押さえられ、必死に動くも力で負けているらしく、起き上がることができない。
「はあ…はあ……手こずらせやがって………!!」
「ぐっ……離せ、人間め……!!」
「よくも俺達に逆らってくれたな……!このまま殺してやるよ!!」」
(動けない……逃げられない……死んじゃう……)
「助けて……誰か…………」
「ーーうぉりやあああああああああああ!!!!」」
鍛冶屋の木製部分の壁をぶち破り、何者かが出てくる。
3つの武器を持った、魔族の少年が飛び出してきた。
*************************
ラインが3つの武器を持った瞬間、ドアが破られた。
「もう逃げられねえぞクソ魔族が!!」
「俺達から逃げられると思ったのか?」
そう言い、ニヤニヤ笑うセカマと冷徹に見据えるブーモの合計2人を尻目に、二丁拳銃の引き金を持つ。
「いや……覚悟が決まった」
「「は?」」
そう言い、彼らではなく壁に向かって銃を撃つ。
咄嗟に防御体制を取った2人を押し倒し、再度武器庫の入り口に向かう。
すると、1人の男ーーーセカマが足を掴んできた。
「逃がすかよ、穢らわしい魔族ヤローが!!」
仕方ない。実力行使だ。 持っていた武器のうちの斧を使って、セカマの脳天をぶっ叩いた。刃は立てていないから死にはしないだろう。
案の定、彼の頭にはドデカいタンコブができ、白目を剥きながらふにゃふにゃと倒れていった。
「が……っ…にゃ…て、テメェ……ぶ」
セカマの体から力が抜ける。気を失ったようだ。
するともう一人ーー確かブーモと呼ばれていた巨漢が剣を抜いてこちらに突っ込んできたが、そこらにあった机ごと武器を蹴飛ばすと、彼はそれにつまづいて派手に転ぶ。ブーモはもがくも、その筋肉モリモリのデカい体格を起こすのに一苦労しているらしい。
(しめた、今ならーーー)
ラインは走りだした。
つい先程食事を摂った部屋に置いてあった一つの袋を手に取りーーと、とある写真立てが目に留まった。別に必要無さそうな代物だが、どうしても直感に逆らえずにそれを取り、鍛冶屋の入り口に向かう。
しかし、扉を変に壊されたのだろうか、開かない。なんとか出口となる場所は無いかと辺りを見渡してみると、木製の壊れそうな壁を発見した。
(壊すしかないかーーごめん、ミクスタ)
そう謝罪し、思いっきり振り下ろす。
「……うぉりやああああああああ!!!!」
壁を破壊し、外に出る。そこには、地に伏せられたミクスタと、彼女を押さえつけるコーザの姿があった。
*************************
ミクスタは苦しそうな瞳で、こちらを見据える。
助けなければ。彼女には助けられてばかりでまだ貸しを一つも返せていないのだから。
ラインは彼女を押さえ付けるコーザの頭に、横にした斧を刃を立てないまま思いっきり振り下ろす。鈍い音が鳴り、コーザはミクスタの首を絞めていた手を離し、
「ご……っ、て、テメェ………」
とだけ言い残し、蛙のようにひっくり返った。
どうやら気絶したようだ。
「大丈夫?!息は出来る?!」
「げほ、ゲホッ…まあ、何とかは……」
「大丈夫じゃなさそうですね……少し待って」
息の乱れが治らないミクスタの喉に、手をかざす。
「『治癒』!!」
そう唱えると、彼女の喉にできていた赤い痕が淡い光に包まれ、次の瞬間には綺麗さっぱり消えていた。
軽く咳き込んでいたミクスタだが、すぐさま息を整える。そして、ラインが唱えた回復魔法モドキへの疑問が浮かび上がるもすぐ霧散させ、率直に思った単純な質問をする。
「これは……あ、貴方は一体ーー」
「そう言えば、二つ目の『名前教えて』ってお願いの質問答えていなかったよね」
「ーーーえ?」
「今答えるよ。……僕はライン・シクサル。第13代魔王デリエブ・シクサルの息子で、ちょっと回復できるだけのクソザコ魔族ですよ」
ーーミクスタは驚きによりその赤い瞳を見開く。
同じくそれを聞いたであろう、先程からラインを追いかけ、たった今鍛冶屋から出てきた巨漢ーーブーモも目を見開いていた。