23話 Continue? ▶︎はい ▷いいえ
ーーーーーーーーー。
《ーーーーきろ》
ーーーーーー。
《おーーー》
ーーー。
《起きろ》
ーー。
《ーー起きろ!ライン・シクサル!!》
(ーーーーーー?)
目をあける。真っ黒な空間だ。何も見えないし、何もかんじない。それ以上も以下もない、遠い『無』。
だが、あの声だけははっきりと聞こえた。
ーーー待て、何で僕は生きている?
それになぜ、目が見える?耳が聞こえる?
目はハルトの放った斬撃の嵐により片目にされただけでなく、ラインの自爆によって完全に吹き飛んだはずだ。
聴覚は一応聞こえてはいたがその音は途切れ途切れで何が起きているのかは分からず、もはや体の機能としては不完全極まりない状態だった。
なのに、見える。聞こえる。
試しに体を動かしてみる。動いた。生きてる。
ーーーさて、どうしたものか。
恐らくライン自身が生きているのは万々歳だが、問題はここがどこか分からないだけでなく自分の生死すら曖昧な状態であることだ。
だがあんまりのんびりはしていられない。
もし生きているのなら、まだサクラやゲイルはハルトから逃げられていないし、そもそもこの空間は現実と全く同じ空間なのかは分からない。
腕を組んで考えようとして片腕しかないことに今更気づき、かつて当たり前のように使っていた左腕を想い少し虚しくなりながらも、ある違和感に気づく。
左腕の付け根の痛みが無いのだ。
付け根自体は暗すぎて見えないが、なんとなく痛みどころか流血すらしていないような感覚の無さである。
(ーーー分からないことだらけだ。どうするか……)
…その瞬間、ラインの視界端に淡い白光が現れた。
(ーーー?)
それは淡いながらも確かに、暗黒が広がる空間を照らすように広がり、ぽつりとほのかに輝いている。
暗闇に広がる薄い光を眩しく感じながらそちらを見やると、その淡い白光の中には何かが蠢いているようだったが、それが何かは把握することはできない。
今のラインが出来ることといえばあの光に近づいてみるしかない。
そんなことをボーっとした頭で考え、足を引き摺りながら白光の元へと移動していく。
そんなふうに、ゆっくりと移動していく。その間も、向こうの白光の中では何かが蠢く。それを見ながら色々考え、ラインは足を進める。今も光の中では、ゆらゆらとゆっくり蠢いていた。
そんな考えを抱きながら光へと向かっていると、ついに白光の中心にある、特に光り輝く光の中で蠢くものを視認することができる距離にまで近づいた。
その光り輝く白光の中を覗き込むとーーー、
白い腕が大量に伸び、ラインを引き摺り込んだ。
「へ?」
そのまま顔面を掴まれて、白光の球へと引き摺り込んでいく。
ラインは多少抵抗するがダメージの蓄積した体で争い切れるはずもなく、一瞬で引き摺り込まれ、その白光に包まれてしまう。
そして抵抗虚しく、ラインは白球に呑み込まれた。
(ーーーーー)
ラインの意識は再度遥か彼方へと飛ばされ、彼の肉体は消失する。
話せなくなっただけでなく、触覚、味覚、聴覚、嗅覚が全く機能しなくなったが、視覚だけははっきりと生きており、その目の前に広がる真っ白な空間をしっかりと見つめて黙り込む。
それに頭もあまり働かない。
下半身が吹っ飛ぶ前までの貧血による頭痛とはまた違った感じのボーっとした感じである。
そんな頭を無理くり働かせながら、ラインは白く広がる真っ白な空間をひたすら見つめる。
(ーーーーーーーーーーーー)
何もない白の空間。ひたすら見る。
だが何も無い。分からない。何もかもが。
《ーーーーーーーーーーーー》
(ーーーーーーーーーーーー?)
ーーーすると、謎の影が現れた。
影といっても、白光の中にうっすらと輪郭があるのをギリギリ視認できた。
その影も周りの白光空間と同じく白い為、目を凝らさないと全く見えないのだが、ラインは今はあるか分からない目をガン開きしその輪郭をしっかり捉える。
(ーーだれ?)
《僕は、キミだ。…って言ったらどうする?》
(は?)
脳内でその白光に話しかけると、輪郭には聞こえたようで、訳の分からない解答を返してきた。まったく予想だにしなかった解答に、うっかり「は?」と発してしまい、それを聞き取った白い輪郭は少し不満げに声を漏らしながら近寄ってくる。
ラインは動けない。そもそも今はライン自身ですら己の身体があるのか分からない状態なのに、近づいてくる謎輪郭から逃げるのは不可能であるのだ。
(いや怖い怖い怖い!!何!?こっち来んな!)
そんな風に悲鳴を心の内で上げていると、白光の空間に現れている輪郭はラインの目の前に立ち、しかし何故かここまできて黙り込む。
ーーーすると、謎輪郭は何かを伸ばしてきた。
どうやら、光で作られた手のようなものらしい。
《ーーいや握り返してよ。外国じゃ握手のほうが主流の挨拶だよ?軽い挨拶もできないなんてね》
ーーまあ、確かに。
それも申し訳ないと感じたので、その謎輪郭が差し出した手らしきものを握り返すために己の手を伸ばそうとした。
(ーーーー痛っ!?)
【いけません。そんな得体の知れない存在に下手に干渉すれば安寧なる死を迎えられない可能性が高まるのですよダメですやめなさい《貴方》は一体何ですかボクと彼しかいないこの空間にわざわざ干渉してまで何がしたいのですか世界の崩壊が目的ならボクは容赦しませんよ】
この声は『ゼロ』だろうか?
先程からラインに纏わりつく大量の白い手はゼロのものだったらしく、右腕に爪が立てられて痛み、ラインの腕には大量の引っ掻き傷が付いていく。
だがラインは無意識のうちに謎輪郭の方へと腕を伸ばし続けていき、それに連れてラインの腕が爪を立てられたことにより見るも無惨なズタズタな姿になる。
だけど何故か、腕は伸ばし続ける。
そしてーーー
《……相変わらず、自分は手間がかかるな》
白い影がラインの手を取り、握らせる。
その瞬間、白い空間が弾け、晴れる。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「……。…え?」
そこには、夕暮れの曇った空の下に下半身があるボロボロの状態で倒れ伏すライン・シクサルと、その手に握られていた謎のモノだけだった。
その掌に握られていたモノを視認し、ラインは再度頭が混乱する。
これが何かは全く分からないが、何故か名前だけははっきりと覚えている。『分かる』のではなく『覚えている』のだ。
その手に握られていたのは、段ボールをテープやノリでツギハギにして作られた、短小な剣のおもちゃであった。
その作りはお世辞にも良いとは言えず、小さい子供ぐらいしか満足しなさそうなチープな代物だった。
だが、心の底から満たされる感覚。これは何だ?
確かこのダンボール剣の名前は、確かーーー、
「……『ギルティロス』?………なんでこれが?」
ギルティロス。
かつて学校で友達が出来ず独りぼっちだった自分に対する自責の念に悩まされていた時に、「罪を忘れさせてやる」と言って、兄が作ってくれたお手製の剣。
当たり前だがおもちゃなので、もちろん切れ味や耐久性など皆無に等しいが、ライン?からすれば非常に心の助けになったものだった。
『いいか⬛︎⬛︎⬛︎、これはな、斬ったヤツがどんな悪い罪でも抜けちまっていい子になるんだ。そん時はまた俺が罪をスパーンと斬って消してやるから安心しろ、お前は悪い子じゃない。自分に自信をもっと持て!』
「………元気かなぁ、兄ちゃん」
そう呟きながら立ち上がる。
サテラの『憤怒ノ爆拳』で吹き飛んだはずの下半身の服や、腰にあった魔石や剣の鞘も残っている。
何故自分が無事なのかは一切理解できないのだが、ともかく今生きているのなら儲け物だと割り切って、激戦を繰り広げるサクラとハルトに向かって叫んだ。
「やい勇者ハルト!僕を殺してみろよ!!」
その単語を呟いた瞬間、こちらに斬撃が飛来した。
咄嗟に避けると、続け様に何発も何発も連続で斬撃が飛来し、ラインは回避に専念することを強制された。あまりにも理不尽に飛来しまくる斬撃の回避は正直もう手慣れてしまい、意外と簡単に回避していける。
すると『飛ぶ斬撃』では埒が明かないと判断したのか、斬撃が止み、その瞬間に先程から斬撃をブッパしていた張本人ーーハルトが爆速で飛び込んできた。サクラと鍔迫り合いを繰り広げていた筈だが、どうやら彼女はぶっ飛ばされてしまっていたらしい。ハルトのすぐ後ろからものすごい勢いで迫っており、ハルトとサクラはほぼ同スピードでこちらに迫り来る。
片方はラインを殺す為に。
もう片方はラインを救う為に。
▽▲▽▲▽▲▽▲
2分稼いだキョウヤのおかげで、ライン・シクサルは馬鹿らしく自爆して死んだ。そう思っていたのに。
ーー性懲りも無くラインは立ち上がってきた。
「ーーテメェは何回殺せば気が済むんだよ!とっとと楽になっちまいやがれライン・シクサル!!」
何回ぶちのめしてもなおも立ち上がる弱者に向けて、ハルトは数年ぶりの苛立ちを爆発させる。しつこいなどという次元じゃない、もはやゾンビかアンデットか?ってぐらいにまで立ち上がってくる。お前如きが何回も立ち上がったところで、何の役に立ちもしないのに。
それがハルトからすれば苛立つのだ。人格・頭・体の三つ全てが優れてもなお、己の大切な者を一切守れなかった彼からすれば、何も持たないクセに大切な者を守ろうとするライン・シクサルの愚行にはもうウンザリなのである。
彼は自身の弟のことについて聞き出すのを割り切り諦め、今度こそラインにトドメを刺そうと動き出す。
「どけババア!邪魔なんだよ!!」
「チッ!ちょこまかとーーグッ!?」
続け様に斬撃を放ち、ハルトはサクラに対して一瞬だけできた隙に蹴りをぶち込み、威力ではなくとにかく遠くに吹き飛ばすことを考える。足の先に力を入れるのではなく、脚全体を使って、目の前のババアを蹴り飛ばした。
この蹴り自体はサクラには効いていないが、彼の目的はそれではない。ラインを確殺することである。
ハルトは駆け出し、何故か蘇ったライン・シクサルに完全なトドメを刺すために走り出した。その速度は最初から馬より速く、最終的には車よりも速くなった。
(潰す!最低でも心臓か脳を殺る!!次は四肢!だが先に頭だ!さっき含めた今までは頭を潰さなかったから蘇ったんだろう!もういい!殺す!!)
そう頭で処理しながらハルトはラインに迫る。その途中で己の超越聖剣に、自分に残る魔力を全て捩じ込み、最強の一撃を再度放とうとする。それを見たライン・シクサルは緊張した面持ちに変化し、喉が動いた。唾を飲み込んだらしい。
後ろからババアが迫り来ているのも理解した。だが想定内である。ライン・シクサルをこのスピードで殺した後、反転してババアを迎撃すればいい、とハルトは考えた。
ラインにもう武器はない。あったところで、伝説級から更なる進化を得たこの一撃を防げる武器防具など存在しないのだ。
「ーー死ね!ライン・シクサル!!」
そのまま超越聖剣を繰り出し、一度ラインをバラバラにした技『全万解七彩刃』を解き放つ。
その七色の刃は無慈悲にも、ラインを分解しーー、
とてつもなく高く響き渡る金属音が更地に響く。
ハルトは驚愕した。あり得なかったからだ。
ーーラインの持つボール紙のおもちゃ剣で、ハルトが誇る最強の剣、『超越聖剣』が受け止められていたからである。
普通に考えてあり得ない光景だった。
おもちゃのような外見をしたナマクラ剣に、最強の聖剣がギリギリで受け止められるなど、異世界の常識でも現実世界の常識でもあり得ない。
異質すぎる光景を見たサクラも驚愕するがすぐさまラインを連れ去り、ラインが持っていたものが落ちる。そしてそれはラインを追おうとしたハルトの目にはっきりと留まってしまった。
ハルトは隈が目立つ目を見開き、『それ』を見る。
ーーあり得ない。
先程ダンボール剣に己の聖剣が受け止められたこととはまた別の驚愕が、彼の心に響き、二度と復活することが無いと思われていた感情を再びもたらした。
それを必死に処理しようとするハルトの優れた脳は高速回転し、しかし処理が全く追いつかない。
そしてハルトは『見た』。目で見たのではない。絶対にあり得ない幻を、はっきりと頭が認識した。
『ーーハルト兄ちゃん!』
その瞬間、ハルトの頭に凄まじい激痛が走った。
「あ"あ!?ぅ、がぎ、ぐぁ!?がああっ!!」
とてつもない激痛が、勇者ハルトを襲う。
外界から来る痛みではなく、自身の体内から来る痛みに耐えられず、ハルトは絶叫する。
彼はその激痛から逃れようと頭を両手で押さえ、手に持っていた剣を地面に落とした。
たとえ首を刎ね飛ばされても、爆拳で体を粉々に砕かれてもまったく声を発さなかったハルトが、とてつもない痛みに耐えることができない。
「俺に何しやがった!『無我の光速撃』!!」
そう叫ぶと、ハルトの体は白光に包まれ、次の瞬間爆発的なスピードで射出された。このワザは足の耐久力の低下と多大な疲労感を受ける代わりに、一時的ながらも光の速度と同等、またはそれ以上の爆速へと成るワザである。普通なら負担で丸々3日は立てなくなるが、さすが勇者ハルトというべきか、彼は自身が使う『治療』で無理矢理回復させて戦闘続行が可能だった。
だからこそ、これを躊躇なく使える。
「ライン・シクサルぅぅア"ア"ア"ア"ア"!!」
彼の瞳には、殺意しか宿っていなかった。
ただライン・シクサルを殺すという意志。その形。
彼もこの瞬間、鬼人サクラと同じく鬼人に成った。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「ーーー!?サクラ!離して!!」
猛烈に嫌な予感が伝わった。
サクラに叫ぶと、彼女は怪訝そうな顔をしながらもラインの体を手放し、ラインの体は地に落ちるーー
「『怒りの一撃』!!ーーがっ!?」
はずだった。
その瞬間、とてつもない轟音と共に勇者ハルトが光となって襲来し、一瞬ラインの拳とハルトの剣がぶつかるがすぐにハルトが勝ち、ラインを弾き飛ばす。
「チッ!タフな野郎だ!ヤツは無尽蔵か!?」
サクラが言っているのを耳に挟んだ。
ハルトは一体何をしたら死ぬか分からないぐらいに立ち上がるのが早く、先程もこちらに致死級の一撃を喰らわせようとしてきやがった。
早いし速い。どこぞのFPSゲームのコラボイベントの間違えて胸ぐら掴んじゃったら体力全回復して復活してくる爪使いか貴様は。アイツと同じだ、ハルト、マジで相手していて面倒くさいヤツすぎるのだ。
「ーーー死ね!『終焉断斬七光撃』!!」
ハルトは己の魔力全てを込めた七色に光り輝く剣を本気で握り、そのままラインの頭上へと振り下ろす。
やっべ。武器なぁい。
サクラに目線で助けを求める。なんかまた新しいヤツーーー確かタケルだったか?そんな奴が彼女に斬りかかり、その瞬刻を必死な顔で稼ごうとしている。
終わったかも知れない。受け止められないもん。
ああ、やっぱり最後は才能なんだな。いいな。
ああ、いいなあ。羨ましいよ。
(《ーーだったら、やってみたらいいじゃないですか。グダグダ屁理屈並べてあーだこーだ言いながら何もしないのは人類の悪いクセだと、私は思いますけどね。ああ、あなたは人類じゃないですよね?その情けない形を見る限り、恐らく魔族。しかし私や《憤怒ノ悪魔》が受肉できていることだけ不可解ですね……。……まあいいでしょう。あなたはどうしたいんですか?死にたいんですか?生きたいんですか?早くして下さい怠いんで》)
ぬおっ、なんだこの怪文書は。
いきなり脳内にサテラや《声》のものとは全く違う声が聞こえてきた。中には言わなくてもいいだろう皮肉まで混ぜてあり、イヤミなヤツだな、と思う。
(《聞こえてますよ。まったく、《憤怒ノ悪魔》が受肉していながらこの体たらく。今まで受肉体となってきたカラダの中でもみっともないヤツです。はぁ……もうマジ無理リスカしょ…》)
うるっせぇなこいつ。
サテラは声は大きいが、あまり余計なことは言わずに的確なことだけを言ってくれていた。ツンツンしながらも、全てラインの思いに沿って話していた。
だがコイツはなんだ。めちゃくちゃうるせえし、しかも罵倒が余計だし、サラッと最後メンヘラ発動してもうマジ無理リスカしよコンボ決めてたし。
ヘラるな喧しい、と思いつつも、声質はイケボだ。透き通った声と男声の中では高めの声で話してくる一方で、その声はねっとりしている。
(《ーーで、どうするんですか?私からしたらあなたが死のうが関係ありませんが、その結論を遅らせる態度だけは気に入らないので早くして下さい。場合によっては協力してあげますよ》)
イケメンのメンヘラとか女子人気爆発しそうだな、って(小並感)が付くような感想しか出てこないラインに対して、その新しい声は不満そうに喋ってきた。
この感じ、そして脳内に語りかける声。そして何だかんだ言いながら面倒見がいい態度。つまりーーー、
(《ーーその小さそうな頭で良く分かりましたね。…そうですよあなたの予想通り『七罪悪魔』、『嫉妬』を司る《嫉妬ノ悪魔》ですよ。…どうしますか?新しい宿主様》)
(じゃあリヴァイアサン!…いや、『リバイア』!!)
(《名前変わったんですけど…『名付け』ですか?》)
(呼びにくいから!サテラに付けたし君だけに付けないわけにはいかないだろ?僕と一緒に最強になろうよ!)
(《私七罪悪魔内で3番目なんですが?皮肉ですか?》)
(初耳!知らなかったいやマジごめんリバイア!!)
(《リバイア言うな。……ハァ…分かりましたよ分かりました。今日から私は『リバイア』ですよ。せいぜいよろしくお願いしますね、ラインさん…いや、ライン》)
(ああ!宜しく!!早速だけど死にかけてる助けて!)
(《はいはい…悪魔使いの荒い宿主様ですね…》)
(ありがとう!!…リバイア、君も優しいんだね!)
(《早くいけノロマ》)
(《………お人よしが。だから善人は超ウザいのに嫌いになれないんだよ……ああ、私も甘いな……クソッ…》)
※ ※ ※
「ーーー『来い』!ギルティロス!!」
そう叫ぶ。頭上では、勇者ハルトがこちらの脳天をその手に持つ超越聖剣で叩き割ろうとしていた。
当たり前だが、直撃したらラインが100人は死ねる威力だ。だから避けてもその余波の威力で死ぬし、防御体制取っても元のダメージがデカ過ぎて死ぬ。
だからこれしかない。自分にできる最善手は。
手に感触。それを握る。何故か少し温かい。
その熱と共に、ハルトに一撃をお見舞いしてやる。
「『七罪裁斬』あ"あ"あ"ア"ア"!!」
完全なる思いつきで、叫ぶ。技名など適当だ。
叫び過ぎて、喉奥が潰れてしまった。血も吐く。
だがーーー、
金属音と共に、火花が2人の目先で散る。
「ーーーバカな」
「バカじゃねえよ。ひっでえなアンタ、モテねえぞ」
「ーーーあり得ない」
「あり得たからこうなってるんだよ。現実逃避すな」
「……なんで、俺の超越聖剣を、お前のような非力な雑魚が受け止められる…?」
「さあ?この剣作った俺の兄ちゃんに聞いてくれ」
七色に光り輝く剣は、ラインの持っていた錆びつくナマクラにより、普通に受け止められていた。ギリギリの間合いで間一髪の距離でのガードだが、間に合っている時点でハルトには理解ができなかった。何故だ、コイツは先程までなら自分のスピードに追いつけないどころか翻弄されるぐらいだったのに。
そう、『錆びつくナマクラ』に、受け止められた。
その剣は、また姿を変えていた。
あの時のダンボールのハリボテ剣から、少し錆びついたナマクラのような姿に変わっていた。剣を振りかぶった際も錆が周りに散らばっており、逆にこの見た目で折れないのが不思議なぐらいにはボロボロだった。
それにライン自身は一切気づいていない。彼はワザを叫び過ぎて痛めた喉を労わりながら咳き込んでおり、ハルトの剣を受け止めたギルティロスの方を見ていないので、その変化にもまったく気づかないのだ。
だから今こうして、己の右手に握られているギルティロスを見た際に「えっ、なんか見た目変わってない?」などという戯言を呑気にほざいたのかも知れない。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「……なんかボロくなってない?ギルティロス」
ハルトのほうを見上げると、自分の手に握られていた錆だらけの剣が目の端に入ってしまった。
ラインが呑気な声を漏らすと、ハルトがハッとしたような顔に戻り、軽い鍔迫り合いが唐突にとんでもなく重くなった。
リバイはまだなのか。それともリバイのパワーを加えても自分の基礎的な力はこの程度しかないのか。リバイに言われた通り、情けない自分が嫌になる。
ごめん父さん。目的は果たせないかも……
(《はあ。やっぱり情けないラインですね》)
あっ、このメンヘラ風イケボ声はーーー、
(《ブチ殺がしまわりますよ?ハァ…やっぱりガチャ間違えましたかね、このアホザコ宿主もうマジ無理…》)
おっと、これ以上は面倒くさい。
リスカしよを言われる前に頭内で咳払いし、リスカキャンセル、略してリスキャンする。するとリバイアは「リスカしよ…」を言うのを止め、デカいため息を吐きながらラインに力を貸す。それをライン自身は視認できなかったが、頭内が何となく温かくなっていくのを感じで察した。それを黙って受け入れ、鍔迫り合いを耐え凌ぐ。
ふと前を見ると、ハルトがとんでもない形相になっていた。彼はこちらを睨み殺さんと言わんばかりの勢いで剣を押し、ラインの脳天をその七色に光り輝く剣で真っ二つにしようとしている。その力は先程の力とは全く比較にならず、彼の手に握られる超越聖剣の持ち手が握り潰されるギリギリを攻めていた。
逆にこれだけのパワーで押されていても折れるどころかエクシードカリバーと鍔迫り合いができるギルティロスが不思議で仕方ない。見た目はサビサビなのに。
(《ーーー『瞬刻覚醒』》)
リバイアがそう呟いた瞬間、ラインの内から何か熱いものが込み上げてくる。感動や悔しさ、そういった感情的なものではない、すごいチカラみたいなものが。
こんな感想しか出てこないが、今のラインに込み上げてくるパワーはそんなものじゃない。まるで生まれ変わったかのようなすごいパワーに溢れ、拳を振ればアニメみたいな衝撃波が、剣を振ればハルトのような飛ぶ斬撃が出るかも知れない。それぐらいに力に溢れている。
本当はそんなこと無いのだが、今のラインには自信が溢れており、ハルトのエクシードカリバーを押し返そうとする力が更に強くなっていく。それをさせまいとするハルトの力も増していき、2人の鍔迫り合いは完全に互角にまで持ち込んだ。
あと一押し。それがあれば、確実にラインが勝つ。
いけ。押せ。ブーモの時のように。生きる為に。
「ーーぉぉおおあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ーーー!!」
再び叫び、形のない一閃を振り上げる。
その髪を、何にも染まらぬ純白へと変えながら。
「な!?『黙示終者』…!?限られた召喚者しかできない奥義を何故お前なんかが!?」
「ーー知らねえよ。そんなこと、僕を生んだ母さんと、僕を育てた父さんに聞いてくれ」
金属が中から折れる音と共に、空に魔力が散る。
ハルトの持つ超越聖剣は、中から半分に折れていた。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「ーーは?」
「そ、そんな…ハルトさんの剣が…折れるなんて…」
金属が落ちるような音にその場にいる4人が正気を取り戻したが、ハルトとタケルは夢現状態から戻って来ず、今起きた衝撃的な光景を現実だと受け入れることができず、ただ呆然とする。
剣が折れたことだけではなく、それを折った張本人であるライン・シクサルの姿からも衝撃を受ける。
ーーラインの髪は、一瞬だけ純白になっていたのだが、今はそれが無くなっており、あたかも最初から何も起きていなかったかのような雰囲気を醸し出している。
だが、そんな雑に処理される訳がない。
何故なら、ラインの黒髪だった髪色は、何にも染まらない純白だったからである。その白さは深淵の如き黒とは対をなす白さだが、その色の深さは似たものがある。
「ーーふ、ふざけるなよ…俺にも、この俺にだって出来ない『黙示終者』を…お前のような雑魚風情が…スキルもザコで特権すら持たないようなお前なんかが……ふざけるなよ………」
だがすぐにその変化は収まり、ラインの白髪と化した髪はすぐに黒に再度染まっていき、その瞬間ラインは力無く膝から崩れ落ちた。
口から血反吐を吐き出して咳き込み始め、しかしどれだけ血反吐を吐いても酷い咳は全然止まない。
しかしラインは血だらけの口元を拭おうとはせずにハルト達のほうを見上げ、サクラに目を合わせた後、ハルトに目を合わせて不敵に口元をニヤケさせる。
そしてーーー
「悪ぃな勇者。僕達の勝ち逃げだよ」
動揺して目を疑う勇者ハルトとその仲間タケルに対して、傲慢ながらも勝ち誇り煽り散らした。
今まで散々ハルトに煽られながら甚振って来られたので、仕返しとしてこれぐらいはしていいだろう。
その瞬間、ハルトに顔面を殴り飛ばされた。
吹っ飛ぶ最中、ハルト達のほうにサクラがいないことに気づいた。
彼女はいつの間にか姿を消しており、ラインを殴り飛ばしたハルトは頭が少し冷静になったのか、サクラがいないことに気づき焦りを浮かべる。
だがそれもラインはなんとなくだが分かっている。
何故戦闘中に彼女がいなくなったのか。簡単だ。
それはーーー
「こんなふうにキャッチしてもらう為なんだよな」
そう呟くと、岩壁に叩きつけられそうなラインの肉体がいきなり横方向へとグンと引っ張られる。
それは案の定、長い黒と茶の髪を紐で結んだイケメンババア、『岡咲 桜』だった。
彼女は真剣な眼差しである場所を目指しており、途中何度も飛来する光の斬撃を身のこなしだけで回避していく。
そちらを見やると、なんとまだゲイルがいた。
彼はいまだにこの戦場に留まり、ラインやサクラが帰ってくるのを待っていたのだ。
するとサクラがラインの名を呼び、語りかける。
「目線で分かったよ。覚悟と悪運があって、それに賭けられる気持ちもある。キミはやっぱりカッコいいな」
「…えへへ」
サクラに褒められた。少し照れ臭い。
そのまま、ラインはサクラに背負われていく。
ついでに腰の小袋に入っていた魔石のうち、低純度なものから何個かを落としていきながら。
▽▲▽▲▽▲▽▲
そのままサクラに背負われていくと、向こう側には白い魔法の扉と、その場で2人を待つゲイルがいた。
「ゲイル!?逃げてなかったの!?……でもおかげで助かったよありがとう!急いで脱出しよう!!」
ゲイルにそう言うと、彼は少し厳しい顔をしながら頷いた。
何か言いたげな顔であるが、多分自己犠牲をしようとしたことへの説教だろう。当たり前だ。教職である彼からすれば、ラインの行いは最悪だ。
だけど今は許して欲しい。
もう自分の死を打算に入れたりなどはしない。明確に死を身近に感じた以上、二度とあんな苦しくて寒くて孤独感溢れることなど嫌だし、生き残りたいから。
「行きますよ!『超出力瞬間移動』!!」
ゲイルがそう唱えると、大量の魔法陣が空中・地面に生成され、そこから先程までゲイルが造っていた光の扉が現れた。これは一度閉じると再度開くのは非常に体力を消耗するらしく、ゲイルの息は更に荒くなっていく。気休めかも知れないがしないよりはマシだと思い、自分のなけなしの魔力を振り絞って『治癒』をかける。ゲイルの顔は和らいでいくも、今度は逆にラインに疲労がかかっていき、限界以上の疲労を溜め込むことでラインの顔が歪んでいく。
するとすぐに光の扉が開き、その中からは白い光が漏れ出していた。その幻想的な光景に目を奪われかけるも、すぐ近くに凄まじい殺気が迫っていることに気づき、すぐ視線を扉からその殺気へと移す。
「ライン・シクサルぅ"あ"ア"ア"!!」
それは、やはりハルトだった。
彼は深い憎悪と激憤の塊となっており、己の口の端から血が滴っているのを気にも止めず、凄まじい勢いで迫り来る。
彼の手には未だ再生中のエクシードカリバーが握られており、ハルトは自身の魔力を振り絞って剣に注ぎ込むことでその刃を再構成していく。
その怒りに満ちた表情を見て、ラインは落ち着く。
ああ、コイツも感情のある人間なんだな。と。
「…お前が化け物のままだったら僕の負けだったよ」
そう言って、袋から火の魔石を取り出す。
少し魔力が多いだけのごく普通の高純度の魔石だ。
もちろんこれでハルトが死ぬわけがない。
だが、これがラインの切り札である。
「ーーーゲイル!サクラ!先行ってて!!」
「ーーえ?ラインさん!?貴方は何を…」
「行こうゲイル君。私達老人が出る幕じゃないよ」
「……分かりました。…ラインさん。お気をつけて」
一瞬戸惑ったゲイルだったが、サクラの説得で納得はせずとも折れたのか、少し不本意そうに了承し、サクラと2人で光の扉の中へと消えていった。
まあ仕方ないよな、説教をしたい奴がまた自分の命を棒に振るような真似をしでかしてんだもんね。
安心してゲイル先生。死ぬつもりは無いからさ。
「ライン・シクサルぅ"ア"!!死ね!!」
「正直、僕はお前が大っ嫌いだよ。よくも父さんを殺しやがって…。死んでしまえなんて今も思ってるし、何なら僕に力があれば何百回殺しても足りない」
「ーーあ?」
「でもお前も人間なんだろ?そうやって感情的になってブチ切れて僕を殺そうとしてる。どうしたんだ?」
「黙れ!!ぶっ殺す!!テメェだけは絶対に!!」
「ーーやっぱりお前、人間だよ」
そう言って、ラインは手にあった魔石を砕き、ハルトの『足元を』狙って投げ下ろした。
「はっ!!どこ狙ってやがんだよ!!バカかつ学習しねえとは愚か極まってんなお前よ!!」
「ああ。学習しないな。…僕もお前も、だけどね」
「は?」
「ヒント。『お前さ、状況判断能力がカスだな』」
「はぁ?………!!………まさか!?」
ハルトが自分の足元を見る。だが、もう遅い。
足元にあった魔石が爆発し、ハルトの足元が少し崩れる。しかしもちろんその程度で全壊するような岩場地帯ではなく、多少ひび割れただけだった。
一応ハルトに爆発は直撃しているのだが、ハルトには一切のダメージが入っている様子はない。
そう、『ハルトには』。
彼の足元にはラインが一切の躊躇なくばら撒いた大量の魔石にまでその爆発は伝播し、幾つもの魔石が傷つき、削られ、割れた隙間から大量の光と魔力が漏れ出し始めた。
岩場地帯にさまざまな色の魔力が溢れ出し、それは岩場地帯の一部を覆い尽くす。
「……ッ!テメェ、まさか最初からコレをーー!?」
「違えよ天才。あんまり凡才の僕を買い被るなよ?」
砕かれ、割られた大量の魔石から光溢れていく岩場の上と下で、2人の視線は交差する。
白光の扉を背に見下ろすラインの黒い瞳に対して同じく黒い瞳を持つ勇者ハルトはこちらを見上げ、手に持つ剣を握りしめ、ハルトはエクシードカリバーを振りかぶる。
(ーーー何か言ってやる。クソ野郎め)
ラインは今も拭い切れない怒りと憎悪を再度激らせ、しかしそれを表情には出さないまま今自分を殺しに来るハルトを見つめると、彼の顔には怒りと憎悪以外にも感情が溢れ、その美形がぐちゃぐちゃになっている。
(ーーお前なんか死んじゃえ。くたばれ。死ね)
ラインの心には様々な罵詈雑言が溢れ、しかしライン自身でその感情を押し殺し、圧し潰していく。
直感的なものかも知れないし、何かの予知か、最後の慈悲なのかも知れないが、どれも違う気がする。
(違う。こんなんじゃない。僕が言いたいのは……)
「ーー勇者さまよ」
「僕はお前が大っ嫌いだよ。よくも父さんや魔族のみんなを好き勝手に殺しやがって。なんでお前みたいや奴にばっかり力があんだよ。特権何個持ってんだ?要らないやつでいいから僕にも一個だけでもくれよ。僕なんか生まれつき主能力すら無いんだぞ?不平等過ぎんだろ」
「だからお前だけは、僕が……僕が」
「ーー絶対。絶対に、僕が、俺が」
《「ーー君を救ってみせる」》
ーーーあれ?僕、何て…?
その瞬間、岩場地帯を全て破壊するほどの大爆発が発生し、ラインは光の扉の中へと弾き飛ばされる。
衝撃で光の扉が一気に閉まり、崩壊していく岩場地帯からライン・シクサルの存在が完全に消え失せた。
「ーーライン・シクサルう"う"う"う"う"う"う"う"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"」
そんな断末魔のような絶叫が、聞こえた気がした。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「ーーうおっまた人が来たぁ!?ここはルクサスの瞬間移動場所だぞ?しかも南側!南部の村からか?だが先程の少女はどう見ても…」
「ちょっと!そんなことはどうでもいいじゃない!それより担架!担架をお願い!この子、腕が無いわ!しかも身体中大怪我してる!手遅れになる前に早く!!」
そんな声で意識を取り戻す。
周りを見やると、そこは近未来的な光景だった。
レンガ造りの建造物に、レンガが敷き詰められた大通り。光属性の魔石を使用した大量のランプに至る所に配備された警備兵達が居るも、特に大きな犯罪が起きていないからだろうか、その表情は穏やかだった。
しかしこちらを視認した瞬間その顔つきが変わり、こちらに小走りで駆け寄ってくる。その強面の顔をさらに顰めた警備兵さん達はこちらの体に触れようとするも周りからの静止で止め、ラインに語りかける。
「ーーお前!なんだその体は!?全身恐ろしくズタズタじゃないか!大丈夫か!?何があったんだ!?先程も何人か大怪我をした3人が運ばれたと聞いたが、お前は彼らの仲間か!?なんでもいい!教えてくれ!」
そう言われたので、もう力が出ない弱々しい声で返事を返して、警備兵さん達に自分達の身に起きたことを詳細は除いて簡潔に伝えた。
すると警備兵のおじさんはしばらく悩んだように腕を組み考え、しかしすぐ口を開いた。
「ーー最近は魔界からの魔族の避難民が特に多いと聞いたが、まさかこんないたいけな少年までもが身体を斬り刻まれなければならないのか…?まったく、とても知性ある人間の所業とは思えんな、勇者とやらも…」
「ーー血も足りない。もう失血死手前までよ。逆になんでこんなボロボロになって立ってるのかが分からないぐらいだわ。……酷い。酷すぎる…」
ふと見ると、ラインの残っている右腕の脈を確認している女の人がいた。服装から察するに、おそらく医療関係の人なんだろう。
彼女はその顔を悲痛そうに歪めながらラインの左腕の付け根を縛っていき、しかしラインに縛られる痛みは伝わってこない。
するといきなり向こうから誰かが、ラインの方へと飛び込んできた。
その勢いは激しくもこちらのことを考えた威力であり、ラインの細身な体が少し揺らぐ程度で済んだ。
それを見ようとしたが、彼?彼女?は己の平たく硬い胸をラインの顔に押し付け、その黒く短いツノが生えた頭をただ優しい手つきで撫でるだけだった。
その手は温かく、かつラインがその温かさを感じられることこそが、生きていることの第一証明となる温もりだった。
「やったな、ライン君。……良かったな」
ーーーあ、この声と胸の硬さは。
まあ間違いなくサクラだろう。
彼女の顔を見ることは叶わなかったが、多分安堵に満ち溢れた声をしていたのだろう。
その声はこちらを落ち着かせるような優しさが詰まっており、その温かさは《四天王》の皆を思い出した。
「ーーーはは」
その瞬間、ラインの意識は遥か彼方へと消えた。
安堵、疲労、その他諸々。
色々なものが積み重なり、遂にキャパを超えた。
だが、今ぐらいは休んでもいいだろう。
そんな考えを朧げな脳で考えた後、目を閉じる。
「あっ」
……目を閉じる瞬間、高身長ハイスペ貧乳イケメンババアこと『岡咲 桜』(420歳)の左腕ーー多分フェルシュのものを移植したものだろうか、それと彼女自身の腕の付け根の間に赤い線が一本引かれ、そこからサクラの左腕(多分フェルシュのもの)が大量の鮮血と共に弾け飛び、場が更に大混乱したことだけは気になったが。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「ーーーは、ハルトさん」
「……………………」
「ハルトさん?」
「……………………………」
「ハルトさん!」
「……いっそ、もう」
「ハルトさん!!」
その怒声で、やっと勇者の意識は戻る。
ふと見ると、俺の仲間である少年ーータケルがこちらを睨みながら、額に汗を浮かべ、その手に何かを握っている。
しかしその手からは大量の血が滴っており、明らかにおかしいことが分かった。
握られていたのは、俺の持つ超越聖剣の剣先だった。
彼は手をズタズタにされながらも押さえており、なぜかこれ以上剣の刃を進めさせないようにしていた。
なぜか。
ハルトの喉笛が、剣先で貫かれそうだったからだ。
完全に無意識だったが、俺はどうやら自殺しようとしていたらしい。
それを目撃したタケルが身を挺して俺の自殺を止めてくれたのだろう。いつもいつもタケルに迷惑をかけてしまっている自分が情けなくて苦しい。
「ーーーぁ。…すまん、タケル。もう大丈夫、だ」
そう言って立ちあがろうとするも、なぜか足に力が入らない。
フラフラとした足取りで岩場地帯を進むことなど不可能であり、そんな俺は膝から地面に崩れ落ちた。
それを見たタケルは「大丈夫ですか!?」と声をかけながらこちらに来て、気休め程度の『治療』をかけてくれた。
他の仲間も同じように彼が治療したのだろうが、今は姿が見当たらない。多分どこか安全な場所に隠しているのだろう。流石一行の要であるタケルだ。
「ーーハルトさん、帰りましょう。彼らは多分ルクサスに飛んだと思いますが、もう皆ボロボロでしょうし、これ以上の戦闘は無理ですよ」
「ダメだ。ヤツは、アイツだけは、俺が」
「それにハルトさんだって、体は大丈夫でも心がズタズタなんじゃないですか?心の傷は目立ちにくいけど一番深い傷を残す。…僕が、そうでしたから」
「………………………………」
完全に図星だ。
心がこれ以上持たない。もう疲れた。
「じゃあ僕はみんなを連れてきますね。すぐ来るんで待っててください。自殺だけは絶対にやめて下さいね!もっと後味が悪くなっちゃうんで!」
そう言って去っていくタケルをもう作り慣れた作り笑顔で見送り、彼の姿が完全に見えなくなったことを魔力感知も含めて確認した後、俺は地面を本気の拳で殴りつけて、叫んだ。
「お前は!!!!一体何なんだよ!!!!!!テメェは一体何を知ってやがんだよライン・シクサルぅ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」
「…お前だけは俺がこの手で…お前を殺してやるよ」