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設定メモへと堕ちた何か  作者: ヌヌヌ木
第一章 新芽と残火編
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19話 憤怒ノ悪魔vs最強の勇者



 ーー目の前に立つ黒髪黒瞳の魔族の少年ライン・シクサルが突然、膝から崩れ落ちた。


 彼の目は白目を剥いた後に瞼によって閉じられ、今もなお項垂れており、体はもはやピクリとも動かない。呼吸音すら聞こえず、死亡したような特徴を持っている。

 しかしそんな訳がない。あれだけみっともなく啖呵を切っておきながら逃げたのなら、あまりにも恥知らずすぎて笑えてしまう。


 そんなふうに、《最強の勇者》ハルトは思考する。

 異世界に来て一年経とうとしているが、彼の歪み切った結論は変わらない。力無き者は淘汰され、駆逐される。あの、※※※のように。



「ーー!」



 すると、突如としてラインの体から黒い霧のようなものが溢れ出し、覆い尽くしてしまった。モヤに呑まれたラインの体から、肉が潰れ、かき混ぜられ、引き千切れる不快な音が岩場中に響き渡る。


 それを見たハルトは後ろに飛び退いて少しばかり距離を離し、黒霧に包まれる魔族の少年へと虚ろな黒瞳を向けながら、腰に挿さっている長剣を引き抜く。


 その剣は様々な光で輝いており、刀身を引き抜いた瞬間からハルトの周りには微精霊が集まっていき、知らず知らずのうちに魔力を全て提供し始める。

 微精霊達に拒否権は無い。強い意思や宿主を持たぬ彼らにとっては、今この場でハルトと完全服従契約を結ばれたものに等しい。たとえそれが彼らの生命源(みなもと)だったとしても、彼らは魔力を提供し続ける。次々と明るい光を失って、淡い光を漏らしながら消えていく微精霊たち。

 しかしハルトが持つ長剣は、彼らが途中で消えることすら許さない。消えていく際に発する淡い光すら吸収し、剣は更に眩く明るく光り輝く。その反面光を全て奪われた微精霊たちはもはや光る力すら残さず消えていき、この世界に名を残さずに絶えていった。


 それが、彼の持つ長剣『聖剣エクスカリバー』の力である。この剣の階級(グレード)は最低でも伝説級(レジェンダリー)であり、その中でも明らかに上澄みである。


 そして今、微精霊たちの命を捧げさせた能力は、彼自身が持つ特権の『感染性(ミーム)』と聖剣エクスカリバーが持つ特権『絶命正義(ファーエル)』の能力を掛け合わせたものである。

 本来武器が特権を持つことなど有り得ず、この聖剣にも元々はそんな能力など無かったのだが、ハルトが手にした瞬間に発現したのだ。彼はその剣で数多くの敵を一太刀の下に斬り捨て、葬り去ってきた。



 武器の展開も終わり、あとは目の前でモヤに包まれているラインを待つだけだ。


 だがそもそも敵を相手に必要があるのか?


 そう考えたハルトが、虹色に光り輝くエクスカリバーを振りかぶり、『飛ぶ斬撃』を放とうとする。

 目の前でモヤに呑まれているラインには回避能力すら無い。そのままバラバラになるだけだろう。



 ハルトは雑に腕を振りかぶり、剣を振ろうとーー、



「《……んー!久しぶりの肉体ね!さっきはラインの身体を無理矢理動かしてたからぎこちなかったけど、こう自由に空気を吸えるのは気持ちがいいものね!》」



 ーーその時、黒いモヤでできた繭の中から急に声が響いた。その声は明らかにラインのものではない。たった今何かが起き、ラインの肉体に変化が起きたのだ。


 それを聞いたハルトは剣を振りかぶるのをやめ、更に黒の繭から距離を取る。彼の顔には疑念が張り付いており、一体何が起きたのかが分からない。完全に予想外のことが起き、ハルトからすれば生まれてから2回目の予想外しだった。

 しかし驚きはしない。今の彼には、他人のどうでもいいことで驚けるほどの器は無い。その為に表情筋を動かすことすら面倒くさく、しかも相手は魔王の一人息子である。別に気にする必要も無く、今すぐ殺してもいい。


 だが、今のハルトはラインを殺すことはできない。


 それは国から賜った命令ではなく、完全なハルト自身の私情である。しかし今の空っぽなハルトにとってはその私情こそが最優先事項であり、国から命令された使命などはどうでもよかった。所詮は自分を勝手に呼び出した国から命令されたことだ、一言「黙れ」と言って机を台パンすればうるさい上層部は黙るだろう。

 そう考え、ハルトはライン?を黙って見つめる。



「ーー?誰だよお前は。あのバカ息子ではないな?」


「《バカ息子じゃないわよ、この子はライン!私の300年ぶりの契約者兼受肉体!よーく覚えておきなさい、これから2人で世界に激震走らすんだから!》」


「それは知らねえが、早くしろ。めんどくさい」


「《せっかちな男ねぇ、そんなんじゃ女の子にモテないわよ?せっかちな男の子は嫌がられる、これは前々回に受肉した子の仲間がよく言ってた言葉。分かった?》」



 ーー何コイツ言い出したんだ。


 そんなふうに、ハルトは思う。ラインの喋り方がオカマみたいになっており、そんな声が黒いモヤの中からこちらに届いてきている。

 しかし一番おかしいのはライン?の声が高くなっていることである。推定20代前後の、声変わりが済んだ女性特有の澄んだ声をしており、明らかにおかしいことが分かる。そもそも何が起きたのかすら分かっていないハルトからすれば、今のライン?は未知数である。凍り切ったハルトの鋼鉄の心に、少しばかりの懸念も出てきた。


 ーーすると、黒いモヤで構成された繭の中から様々な赤色の光が漏れ出した。黒っぽい赤や明るい鮮血のような赤、少し白がかった赤などのカラフルな赤い光が漏れているのだ。それらは最初は1本しかなかったが少しずつ数を増やし、最終的には黒繭を全て突き破るほどの眩しく光り輝く赤の光の塊となり、遂に黒いモヤの繭をぶち破った。

 ほつれた糸のように散っていく黒いモヤを横目に、ハルトは目の前に立つ1人の人物を視認する。その姿は赤い光に包まれたままで全身を視認することは不可能だったが、ある程度のシルエットだけは分かる。

 しかしその形には全く見覚えがなく、先程情けなく吠え面をかいた挙句急に気絶したライン・シクサルでもないことだけは一発で分かった。


 瞬間、ライン?の体を包んでいた赤い光が爆散し、そのシルエットの真の姿があらわになる。だがその姿は、ラインとは全く異なるものだった。


 先ず160cmほどだった身長が175辺りにまで伸び、明らかに変化前と比べて著しく大きくなっている。また、それに伴って服のサイズがーー特に腹部と胸部のサイズが合わなくなっており、その腹からはヘソが見え、胸元には平均程度の膨らみがあった。

 まだ少し男らしさが残っていた白い肌は、女性らしい腕や足を曝け出している。上半身の長身化に伴い下半身も細身になっており、細い脚の線が目立つ。


 今の彼?の身体は、先程からの面影はほとんど残っていない。


 さらに今のラインは、顔まで大幅に変化している。

 ハルトなどのイケメンではなくとも、まだ幼さが残る美少年だったライン。しかしその顔の輪郭などをそのままに、至る所が以前に比べて異なっているのだ。

 特に色だ。以前までは黒髪だった髪色は明るい赤へと変化し、実った林檎や光り輝くルビーのような赤に染まっている。目は未だに閉じられたままなので分からないが、恐らくこちらも色が変化しているだろう。


 すると彼?は深呼吸し、ハルトに語りかけてきた。

 耳を貸す義理はないが、何故ライン?が急に変化したのかも聞きたいところなので聞いてやろう。下手に誤魔化そうとするのなら、拷問して吐かせればいい。



「早くしろ。名を名乗った後に、早く俺に斬られろ」


「《仕方ないわね。よーく聞いておきなさい!!》」



 そしてライン?は手に持つその長剣を空に掲げてポージングし、剣を持たない左指をこちらに指してくる。


 そして彼?はーー否、彼女は高らかに叫んだ。



「《ーー私はライン・シクサルとの間に堅き結束を交わし、新たな宿主と契約悪魔として交わりを結んだ存在!『七つの大罪』『憤怒(アンガー)』を司りし者、サテラ様だ!!頭を垂れて平伏しなさい、300年ぶりの再来よ!!》」



 彼女は高らかに叫び、ハルトに人差し指を向ける。


 その開かれた白目に宿りし赤く光る瞳を、死んだ黒き目をした《勇者》に向けて高らかに叫びながら、彼女は再度この世界の生命体として生まれ、再臨した。


 ーーライン・シクサルとの、契約悪魔として。



 目の前の受肉した悪魔ーーサテラと名乗った彼女は、歴代の勇者のなかでも最強であるハルトに対してあまりにも無謀且つ愚かな啖呵を切ってきた。


 まあ、今の自分からすれば大したことないが。

 ハルトはそう勘繰り、早速今もなお饒舌に喋り続けるサテラに対して、黙って剣を振りかぶろうとする。



「《……ってちょっ!?悪魔の話すら聞かないってアンタどうなってんの!?それにそんなチャチな振りかぶる動作なんて私に通じるワケ無いでしょ!!》」



 しかし、サテラはそうさせなかった。


 サテラが手に持つミクスタ製の剣を投擲し、ハルトが持つエクスカリバーに強い衝撃が加わったことでハルトの体勢が大きく崩れる。予想外の一撃をもらったハルトだがすぐに体勢を取り直し、サテラに向かって『飛ぶ斬撃』を数十発放って斬り刻もうとした。


 サテラはそれを跳躍で軽やかに躱し、その何もない手に火属性魔力を纏わせていく。するとその炎は揺らめきながら形を形成し、明るい炎が晴れる。

 その両手には、赤銀色の武具ーーガントレットが装備されていた。異世界ですら殆ど流通していない武具を見たハルトの顔には、驚きながらも焦りは無く、自分の絶対優位は揺るがないことを確信していた。



「《それじゃ、行くわよ!私のモットーは『ブッて飛ばすでブッ飛ばす!』先手必勝先手必勝ぉ!!》」



 サテラは哄笑を浮かべながらそのまま空高く跳躍し、身を捻りながらハルトへと狙いを定めその拳を引く。しかしハルトは余裕綽々でエクスカリバーを構えて防御体勢を取る。

 そのまま特段意味もない落下の威力を上乗せしたサテラの一撃は、ハルトの聖剣にあっけなく砕かれるーーーはずだった。



 「《『激憤の一撃(アンガースマッシュ)』!!》」



 ……だが、その予想とは全く異なり、サテラの拳は聖剣(エクスカリバー)を一撃で砕いた。それでもなお威力が減衰しないサテラのガントレットの一発がハルトの右耳を抉り、ハルトはすぐさま距離を取る。



 ハルトが聖剣エクスカリバーを粉々に砕かれた剣の柄からすぐさま手を離すと、刃が砕けた聖剣に光が集まっていき、その刃を再構成していく。

 素手となったハルトはサテラから距離を置こうとするも、それを許さないサテラは怒涛の勢いで追撃し、ハルトは素早い身のこなしでギリギリ躱していく。だが炎のガントレットが掠めた頬などから一瞬だけ出血するなど、少なからずダメージはあるようだった。



「《アンタやるわね!!この力は勇者に相応しい!敵ながら天晴れだわ!仲間ならもっと良かったけど!》」



 そんなことを、赤髪の悪魔が赤銀色のガントレットを装着した腕を振り回しながらほざいた。

 ハルトは困惑こそはしなかったがサテラの発言が理解できず、未だにその赤髪を靡かせながら殴りつけてくる悪魔の猛攻を凌ぎながら、『その時』を待つ。



「《『討爆裂殺(バークラスター)』!!》」


「……っ!?」



 ハルトが己のエクスカリバーの調子を確認している時に、唐突にハルトの胸板の装備が爆散した。

 その熱と威力にハルトは吹き飛ーーばず、そのままサテラから距離を取り続ける。迫るサテラの体術を捌きながら一定の距離を保ち、有事に備え続けた。



「《討爆殺(バースター)!!討爆殺(バースター)!!討爆殺(バースター)ぁ!!》」



 サテラは構わず不可視の爆発攻撃を叩き込み続けるが、一定の距離を空け続けるハルトには殆どダメージが入っていないことに歯噛みする。そのせいか、ラインの肉体の歯を噛み締め過ぎて口の中血の味が滲む。

 しかしサテラは口の中の血を吐き捨て、すぐ考えを切り替え、たとえ効かなくとも爆風と煙で撹乱することを中心として動き始めた。


 ーー哀れなものだ。ハルトが本気を出していないことを知らぬまま、互角を演じ切れていると思い込んでいるこの悪魔の存在が、哀れで醜くて仕方ない。



 そしてハルトはその濁る黒瞳の目を閉じ、遂に訪れた『その時』が過ぎた瞬間に、赤髪の悪魔に呟いた。



「時間稼ぎ終了。お前の負け」


「《ーー!!『激憤の(アンガー)ーーー』》」



 唐突にハルトはサテラに負けを告げ、今は何も持たない右手を振りかぶり、サテラへと確かに狙いを定める。

 それを見た瞬間、サテラの背筋にとてつもなく冷たい何かを感じた。嫌でも分かる、『アレ』はヤバい。


 そう考えたサテラは、思いっきり左腕を後ろに構え、今の彼女に放てる最高火力の一撃をぶちかまそうとする。

 アレを撃たせたらマズイ、だから先に止めないと。

 彼女はそう直感で感じ取り、迎撃体勢を取る。



 それが、無意味な足掻きとは知らずに。



「死ね。万物を裂く刃の前に屍を晒せ。『全斬(キル)』」



 いつの間にか復活していたエクスカリバーを振りかぶるハルトはサテラを見据え、その手に握られたエクスカリバーを全力で振ると、一瞬大気中が震えた気がした。

 ーー瞬間、ハルトの目の前、いやその周りにまで見えない斬撃らしきものが吹き乱れ、サテラを切り刻もうと迫り来る。


 天空の生物を滅し、吹き荒れる嵐のように。

 大地の奥深くから揺れ響く地ならしのように。

 勢いで大地すら凍らせてしまう吹雪のように。

 いかなる業火をも消滅させる大海のように。

 空から絶え間なく降り注ぐ豪雷のように。

 触れたあらゆるものを溶解させる猛毒のように。

 呑み込む森羅万象全てを灰塵に還す業火のように。

 あらゆる闇を全て払い世界を照らす光のように。

 あらゆる光を全てを呑み込む深淵なる闇のように。


 全てを無に還す、何にも染まらぬ虚のように。

 


 しかしそれに簡単に呑まれる七罪悪魔ではなく、サテラは思いっきり身を逸らし、左腕に力を込めるのを止めた後すぐに退く。


 ーーー退こうとした。避けられた筈なのだ。

 ()()()()()()()()()()()



 ……その瞬間、サテラの左腕が斬り飛ばされ、腕だったものは鮮血を撒き散らしながら空中へと舞う。

 付け根から赤い液体が大量に噴出し、彼女及び受肉体であるラインの肉体に甚大な被害を与える。



「《ーーーッ!!》」



 決定打を食らったサテラは更に距離を置き、相手の姿がよく見える高台にまで逃げたが、状況は芳しくなく、今も腕の付け根から鮮血が噴き出し続けている。

 受肉体に魂換している悪魔自体にダメージが入るわけでは無いのだが、受肉体はダメージを受ける為、元に戻った際にヨリシロとなっている人物に甚大なダメージが入るのだ。

 それによりサテラの息が荒くなっていき、咄嗟にラインが使用していた『治癒(ヒール)』をアドリブで真似し、自身の吹き飛んだ腕の付け根にかけ続けた。


 しかし、全く回復しない。

 否、回復しようとはしているのだが、失った左腕の付け根からは不完全な形に形成された肉塊がボトボトと地に落ち、その左腕が再生することはなかった。



 だが、決して左腕の犠牲は無意味ではなかった。

 その痛みは、サテラに激情を生み出させたからだ。


 今のサテラの魂に刻み込まれているのは、底知れない沼のような『憤怒』。それは今もなおサテラの内側で増幅し、コールタールのように魂にへばり付く。


 いきなり初戦を任せてきたラインに。

 いきなり攻撃してきたハルトに。

 正体を見破りながらも自分を無視したとある女に。

 自分を悪者扱いしていたあのエルフに。

 ーーそして、不甲斐ない自分に。


 攻撃をまともに受ける失態を冒した自分に。

 ハルトの攻撃を予想できなかった自分に。

 勇者に歯が立たない自分の弱さに。

 初めて宿主の肉体を傷つけた自分の愚かさに。


 その『怒り』が、サテラの魂の殻を更に破った。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



「《ア"ア"あ"あ"ア"ア"ッ!情けない!何をしてるのよ!アンタは正式な契約を結んでもらった恩人の少年にすら報いることもできないのかよ、この弱虫!弱い自分はどうだ、腹立たしいでしょ!?だったら怒れ、今までと比較できない爆発的な怒りを呼び覚ましなさいよ!怒れ私!今すぐここで!!》」



 サテラが叫ぶ。

 彼女は喉が潰れようと叫び続け、遂には喉の奥が破れて声が出せない状態にまでなろうがなお叫び続け、彼女は怒りのまま叫ぶことを一切止めようとしない。

 残った右手を強く握り、その掌に爪を突き立て、血を滴らせながら咆哮する。



「…………っ!?」



 ……瞬間、サテラから爆発的な火属性魔力のオーラが解き放たれ、彼女の放った赤きオーラは周りの岩場地帯全てを覆い尽くす広い範囲と半径100メートル以内の地面を抉り返すほどの破壊力を伴いながら、ハルトへと向けられる。

 その魔力には息を吸うだけで喉が焼けるほどの灼熱の熱気を伴っており、ハルト含めた周囲の生物全ては呼吸器が焼ける苦しみを味わう。


 やがてその灼熱の赤きオーラが縮小していき、再度サテラの身体に取り込まれ一体化したが、あの爆発的なオーラはサテラの中にマグマの如く溢れているのだ。


 彼女は閉じていた目を開眼し、ハルトを見据える。

 ーーその瞳は、ドス黒い赤に変化していた。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



「《正直油断していた。時間稼ぎならなんとかなると考えていたけど考えが甘かった。なにが悪魔族No.2よ。我ながら全然大したことないじゃないの、情けない》」


「……まさか、『無知性化』か?」


「《残念ながら『無知性化』じゃないわ。…でもありがとう。アンタのおかげで『この感覚』を取り戻せた》」


「ーーーー」



 ーーどうやら、手加減は通用しない相手になったようである。彼女の細身の身体からは赤黒い灼熱の炎が放たれ、サテラの周りの地面の表面を焼土へと変えていく。

  それに対してハルトは自分の周り10mに領域を展開し、サテラの攻撃そのものが届かないような状態になる。さらにその上から3重に障壁(バリア)を張り巡らせ、何があろうともサテラの攻撃は一切届かないようにもなり、今のハルトはほぼ無敵の存在となった。



 遠距離から斬撃を放てるハルトと体術や剣といった近距離攻撃しか能が無く隻腕となったサテラなど、戦わずともどちらが勝つかは明白である。

 もはやただの消化試合と化した戦いを終わらせるためにハルトは腕を振り、再び再構成されて強化されたエクスカリバーから『飛ぶ斬撃』を数十発放つ。


 その斬撃は、一刀一刀がサテラの腕を斬り飛ばすほどの威力とスピードを秘めながら飛来し、サテラの高身長で細身な体を斬り裂こうと迫りくる。

 だが、サテラは逃げる素振りを見せない。そのまま、拳を引く。



 その斬撃は無慈悲にもサテラの体に届き、彼女の華奢な肉体を切り刻んでいく。

 その度に傷口から鮮血が噴き出し、サテラはまともに回避できないのだが、よく見ると斬撃が思ったよりも深く入っておらず、斬撃の嵐に切り刻まれながらもあまりダメージは入っていないようだった。


 だがそれは何の問題にもならないのだ。

 いくら一撃で斬られなくとも、同じ箇所に何度も斬撃を浴びればたとえ悪魔だろうと無事では済まない。


 そのまま斬撃の嵐は、サテラの命を残酷に刈り取ーー



「《憤怒ノ爆拳(バーストフィスト)!!》」



 ーーらず、右手のみのサテラがフルパワーで放った灼熱の飛拳で全て掻き消された挙句、形のない爆拳がハルトの土手っ腹をぶち抜く。


 ハルトの腹に空いた空洞からは大量の鮮血や内臓が漏れ出しており、次の瞬間ハルトの肉体が爆散した。 吹き飛ばされたハルトの上半身は空中を飛んだ後に地面に叩きつけられ、その地に赤黒いシミを付ける。


 その怒りを込めた拳でサテラは世界最強の男に一撃を与えることに成功し、打ち破ることができたのだ。

 彼女は息を切らしながらも清々しい顔をしており、しかしすぐに倒れかけ、膝をついて肩で息をする。



 『憤怒』が、全てを持つ『全能』を破ったのだ。

 悪魔が、《最強の勇者》に辛くも勝利した。



 そしてハルトの濁った黒い瞳が、ギロリと動いた。




                 ▽▲▽▲▽▲▽▲




 爆炎と土埃が舞い散る岩場で、サテラは膝をつく。


 何とか綺麗に決まったが、流石にぶっつけ本番すぎた気がしないでもないし、それに加えて受肉者の身体を大切にしたい主義のサテラの方針と被弾前提の能力が多めのサテラの特権は相性が悪い。

 かつて肉体があった時には敵の攻撃を浴びまくってカウンターの一発を打っていたのだが、借り物の肉体を使用している今はその戦法を取るのが難しい。


 ーーそして、10分の制限時間が過ぎた。

 サテラの意識は奥に潜み、ラインの意識が浮上し、それとともにサテラが負ったダメージ全てが引き継がれたことによる大ダメージがラインにも加わる。



「…い"…っ……!?……が、ぁあ……」



 激痛がラインの全身と精神を襲い蝕み、まるで体の肉を小刀でローストにされていくような感覚が全身、特に左腕があった場所を隈なく襲っていき、ラインの精神が壊れる寸前にまで追い詰められていく。

 それだけじゃない、身体中が熱い。体の頭からつま先までから蒸気でも出ているんじゃないかと勘違いしそうなぐらいには熱くて仕方がないのだ。



「…まあ…いいか……とりあえずみんなのところに…」



 勝ったのかも知れないが、少しダメージを負いすぎたのでこのままでは少しまずいかも知れない。

 そしてラインは岩場を歩き出そうとしーーー、



 ーー揺れる大気と、爆煙の中で揺らめく灯火。


 向こうで撒き散らされている粉塵の中に、まるで暗闇に灯る一つの灯火のような炎がひとつだけ見えた。


 そのせいで、ラインの行動が1秒遅れた。



「『虚神ノ焔火(メギドノホムラ)』」


「ぇ?」



 次の瞬間、超大規模な粉塵爆発が発生し、岩場地帯の全てを呑み込むような熱風と衝撃波が全ての命ある生物を襲った。

 その業火を前にした周りにいた魔物達は一撃で炭すら遺さずに消し飛び、数百年の時をかけて構成された岩場地帯が一撃で更地へと変えられる。


 そして直撃をギリギリ避けられたラインの横っ腹に飛来した岩のカケラが突き刺さった後、ブチ抜いた。

 横腹から大量の鮮血を撒き散らしながら吹き飛んだラインの細い肉体は岩場に豪速で叩きつけられたことによって赤黒いシミを作る。



「………………ご、ぼ」



 ラインは血反吐を焼け果てた地面へとぶちまけ、それによって彼の足元が血の赤に染まっていく。

 致死の一撃自体は回避できたものの、それでもダメージは甚大すぎるほどにまで食らった。


 それよりも今の一撃だ、あれを放ったのは誰だ?

 

 いや、まさか。そんな。

 


「悪くない攻撃だったぜ?魔王の一人息子。まさかあの斬撃を全部耐えた挙句、その間に溜め込んだパワーで反撃に出るとはな。流石に予想外だった」



 その声は少しずつラインに近づいてきている。

 辺りに未だ燻っている爆炎の跡や煙によって視認性が限界までに悪い状況になっていてもなお、こちらの位置を確実に認識しながら、歩み寄ってくる。



「だが残念だったな。俺の特権『一日一贈(ログインボーナス)』で復活させてもらった。お前みたいな出来損ないの使う回復魔法とは比べ物にならないスピードでな。俺また何かやっちまったか?」




 ーーその声のヌシは白と黒が混じった少し長めの短髪に高身長イケメン、全てが伝説級(レジェンダリー)を超える装備に圧倒的魔力量、そして生まれながらに与えられたフィジカル、それを扱う聡明な頭脳。


 それら全てを併せ持った、この世界で最強の存在。


 名前を、『ハルト・カツラギ(遥人・葛城)』。

 第15代勇者に覚醒した、最強の男。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



 ハルトは煙の中から姿を現し、地べたに座り込み岩壁にもたれかかっているラインを見下ろしてきた。

 その隈が濃く残っている目には無気力と無感情を宿した薄く濁った黒い瞳でコチラを見つめてくるのだ。

 まるで機械。言われたことのみを実行する無機質な物体の如き姿を、ラインの前に披露する。



「…死んだふりをしてまでやることが僕を殺すための不意打ちか…?それが勇者サマがすることかよ…?」

「…お前さ、害虫をぶっ殺す時に『可哀想』って考えながら潰してんのか?」



 何が「人間にとって要らない存在」だ、もし自分たち魔族が居なければ魔界に魔力が満ちなくなり、人間たちが目的としている魔石が生成されなくなってしまう。

 ーーいや違う、このままだと死ぬ。他人のことを考える余裕などないのに。己の心配性を恨む日が来るとは思っていなかったが、ラインはすぐに切り替えて頭をフル回転させる。


 そしてラインは、一つの技もとい策を思いつく。


 血を出しすぎたことにより殆ど力の入らない右手に無理矢理力を込めて、麻酔の代わりにしかならないであろう『黒霧』を、地面に向かって一斉散布した。



「ーー『黒霧』!!」


「ーーー!?」



 『黒霧』はラインのカスみたいな魔力量では連発できず、今のでほぼすっからかんとなってしまった。

 ラインは手を振り払って霧が出るのを打ち止め、己の手から溢れ出していた黒霧の中を抜けて走り出した。


 麻酔が無くなったことによって激痛が走る足を無理矢理動かして、情けない走り方で走り出し、荒れ果てた岩場地帯を走り抜け、目立つ場所へと走る。

 一歩一歩の度に精神を根本から削り取るような痛みが心身ともに蝕んでくるが、今はそんなことを考えている場合じゃない。とにかく走れ、走れ。


 気を抜いていたハルトは黒霧を前にして反応が遅れ、あと少しというところでラインの肩を掴み損ねる。

 だが、今更逃げたところでラインには逃げ場などこにもないのでハルトは余裕綽々で歩き出し、みっともなく逃げ出したラインの背中を追いかけていく。


 まるでライオンが狩りをするかのように、少しずつゆっくりと、しかし確実に、足を運んでいく。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



 少しずつハルトとライン間の距離が縮んでいき、遂には岩壁を背に息を荒げるラインと鉢合わせた。彼の背には岩壁、つまり逃げ場を失ったわけだ。



「鬼ごっこは終わりだ、魔王の息子。正直に吐けよ」



 壁にもたれかかるラインに対し、ハルトはその無感情な瞳を向け、淡々と述べる。

 悔しさで歯痒い思いをするラインの気持ちを踏み躙るような瞳を向けながら、ハルトはラインの精神から冷静さを奪おうと皮肉をたっぷりと込める。



「『食らいついてやる』って大口叩いておいてこの程度か…本気でやってこのザマだったりするのか?」

「……ああ。これ、が限界、らしい」



 ハルトが煽ると、ラインは拙い言葉で返答した。しかしその喋り方には力が無く、声を絞り出すのすら限界に達していることが分かる。だが、ハルトにとって敵に情けをかける必要はないし、そもそもハルトは敵を容赦なく斬り捨てるタイプであるので、ラインの限界ぶりを無視しながら、更に皮肉を込めて言葉を紡ぐ。



「きっと今頃あの世でお前の父親泣いてるだろうな。せっかく命を張って守った1人のガキが、こんな敵討ちを考えるようなバカ息子に育っちまったんだからよ。まあ、お前が正直に弟について知っている情報全て言ってくれれば、すぐに同じとこに行けると思うぜ?」


「…アンタみたいな完璧超人の弟なんて知らねえよ…正直、完璧なアンタにとって蛇足だろソイツ……」



 だがハルトの思惑と予想していた反応とは違い、ラインは掠れた声ながらもその達者な口を小さく動かし、ハルトの弟は蛇足の存在であると吐き捨てた。

 絞ってなんとか出した、カスのような暴言。


 だがハルトからすれば最高の煽りになったらしい。

 なぜなら、ハルトの無感情の鉄面顔に青筋が浮き出はじめ、明らかに苛立ったことが分かるからだ。



「…お前さ、いい加減黙れよ。あと3カウント待ってやるが、それまでに言わねぇならお前の首を刎ね飛ばす」


「………………」


「………3」


「……………」


「…………2」


「………………ふぅ」


「……い」


「サクラ!!お願い!!」


「なーーーっ!?」



 ーーーーーーーー。



「ーーやっぱり待っててよかった。今行くよ」



 焼け果てた大地の崖上に、1人の長身が立っていた。

 その背には返り血で赤く染まったマントを羽織り、それをたなびかせながら、彼…否、彼女は見下ろす。

 彼女はその叫び声を聞きながら、今まで耐えてきた少年に対して称賛をおくる。


 その少年と同じ、失った左腕を労わりながら。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲




(させるか!!殺す!!俺のエクスカリバー…いや、それを「超えた」、『超越聖剣(エクシードカリバー)』で!!)

「ーー終わりだ!!『終焉断斬(フィニッシャー)七光撃(レインボー)』!!」



 何となく感じた視線がサクラのものであることを信じて、ラインはみっともなく助けを求めるが、いくら彼女でもこの一瞬で来ることは不可能だろう。

 そうはさせまいとハルトは大技を発動し、高速で迫り来る七色の光にラインは目を覆い、その肉体を貫かれーー、



 ーーー甲高い金属音が鳴り響く。



「……スキルや特権を数得ればいいわけじゃないよ。ただ【神】から与えられた力を振り翳して調子に乗るのは流石に良くないんじゃないかな、最強の勇者君?」



 ーーなかった。痛みも来なかった。


 目の前には見慣れた長身が茶黒髪と白いマントをたなびかせながらハルトと鍔迫り合いを繰り広げ、なんとハルトの手からエクシードカリバーを弾き飛ばした。

 ハルトが吹っ飛んでいった剣へと目を向けた瞬間、ハルトの頬へと鋭い鉄拳が炸裂し、彼はエクシードカリバーの方向とは違う方向に吹き飛んだが、ハルトは吹っ飛ばされながら体勢を整えて着地し走り出す。

 その先には地に突き刺さっている超越聖剣(エクシードカリバー)があり、最初から拾うことは確定していたようだ。



「サクラ!!」


「わかってる!悪いけど首根っこ持ってくよ!」



 そう言われたかと思うと急にラインの服の首元が掴まれ、足が地面から浮いた。

 そう思いながらサクラが飛び上がるのを待っていると、遠くからとんでもない殺気を孕んだ『飛ぶ斬撃』が一刀のみ飛来したのを本能が感知した。

 まずい。あれを食らったら、今度は左腕だけじゃなくて場所的に右足まで失うことになる。



「ライン君!歯ぁ食いしばってたほうがいいよ!!」



 え?それはどういうーーー?


 その瞬間、ラインの右脚の関節部分に鋭い痛みが走り、ラインは絶叫を喉元ギリギリで堪えた。脚を見ると自分の両脚が膝辺りから斬れており、その切断面からは鮮血が噴き出して地面は血糊だらけになっている。

 ーーーその瞬間斬られた脚と太腿の間に不可視かつ致死級の斬撃が飛来し、ラインとサクラの後ろにあった岩壁が跡形もなく解体された。



「ライン君、自分の脚を持って!」



 そう言われてハッとすると、サクラが血濡れた自身の刀を腰に挿して再度ラインの首根っこを掴み、飛び上がる準備をする。

 なんとか反射的に切れた右脚を掴むと、サクラは大地を砕く勢いで踏み込み、一瞬で空へと飛び上がった。


 ーーその瞬間、先ほどまでライン達がいたところに極大の業火が飛び込んできて、周りの岩場諸共塵芥へと変えてしまった。

 これは先ほどハルトがラインを屠ろうとした炎を使う『虚神ノ焔火(メギドノホムラ)』という技だろう。

 あんなものをまともに食らったら間違いなくラインの肉体は塵芥へとなるだろうし、だからこそラインを助けてくれたサクラには感謝だ。



「ーーで、サクラ。斬られた僕の脚、凄い痛い」


「バレた?そうだ、私が斬ったんだ。ごめんね」


「後で理由は聞くけど、サクラが無計画に何かをするわけないのは知ってるから大丈夫だよ」



 未だに激痛が身体中を駆け巡ってまだ痛いのだが、サクラが無計画に脚を斬ることはないと信じているので、理由は後で聞くことを約束して終わらせた。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



「着いたよ。ここなら勇者達とも距離があるし、最悪歩いて逃げ切れる場所だと思う。そんな感じだからもし余裕がなくなったら私を置いて逃げてもいいよ」



 そんな軽口を言いながらお尻から着地させられる。

 そこにはすでに見慣れた黒髪の青年レンと白髪の美少女ミクスタがいた。


 ーーしかし、レンは横腹、ミクスタに至っては臀部と太腿が、まるで巨大な怪物か何かに食いちぎられたかのように抉れていた。

 幸いミクスタの方は咀嚼されていなかったようで、太腿の部分は彼女の隣に布が敷かれて置いてある。


 問題はレンだ。レンは横腹を抉られており、その部位はすでに怪物の餌となったのか見当たらなかった。

 ラインの能力(スキル)治癒者(ヒーラー)』をフル活用すればギリギリ戻せるかも知れないが、多分治す際に痛みが伴うと考えられる。


 下手すればショック死の危険すら孕む状況なのだ。せめて、麻酔の代わりになるものがあれば、だが。


 ーーん?「感覚を誤魔化せば」いいはずだ。それならば、ラインの中にぴったりな能力があるではないか。



(出てこい出てこい!ーー『黒霧』!)



 ラインが念じると、ラインの傷だらけの掌から黒霧が溢れ出し、自分の腕にまとわりつく。

 その黒霧を右手に纏わせて自分の左腕の付け根に触れてみると、痛みが和らいでいく。黒霧を付け根に纏わせたまま手を離すと、黒霧は付け根に留まった。


 そのモヤをミクスタの下半身とレンの横腹に纏わせたことにより2人の顔が若干和らぐが、モヤからは血が漏れ出していた。

 あくまでモヤの役割は麻酔の代わり。そこから治すのはラインの役割だ。


 ミクスタの傷口を見ると、断面は綺麗で簡単そうだった。それをくっつけ、右手にからっけつながらも全力の魔力を込めて『治癒(ヒール)』を使用する。

 すると足の傷口と付け根が淡い光に包まれながら少しずつ再生していき、肉と肉がくっ付く独特の嫌な音が聞こえてグチャグチャと音を立てながらくっついていく足を眺めながら、ラインは少し思考する。


 切れた自分の両脚にもできるんじゃ無いか?と。



 しばらく治癒を続けていると、やっとミクスタの足とお尻が繋がった。

 あまりにも酷い怪我だったから心配だったが、今は足も問題ない。呼吸も多少は落ち着いており、スカートの間から少し大きめの緑肌の臀部がーーゲフン。

 違う、下心など無いし、見えただけ、信じて。


 ラインは咳払いをしながら自分の右脚をくっつけて、『治癒(ヒール)』をかける。

 自分には黒霧をかけていない為、激痛が走るが、サクラに斬られた右脚が接着されていき、神経、血管、骨、肉という順番でくっついていった。



 次はレンだ。彼が少し厄介である。

 いかんせん接合するものがないので、つまり回復させるにはその欠損部分を肉で埋める為にラインの魔力をごっそりと持っていかれるというワケだ。

 しかし元々魔力量が大したことないだけでなく、黒霧と回復魔法で大量に魔力を消費してるラインの魔力では足りないかも知れないのだ。

 仮に足りたとしても、今度はラインの左腕の止血の為の魔力が足りなくなり、遅かれ早かれ失血死する。


 どうしようか。だが迷っている暇はない。レンを死なすわけにはいかないのだ。

 自分のためにも、サクラのためにも、ゲイルのためにも、彼自身のためにも、そして彼を心から愛しているミクスタのためにも。


 覚悟を決めろ僕。最悪自分が助からなくてもーー、



(《ーーやっと復活できたわ!私の魔力貸したげるから、これならラインの魔力を使わなくてもいけるわ!》)



 うお、びっくりした。この甲高くて無駄にデカく、脳内に反響して鳴り止まない20代辺りの女声は。



(《バカにしてる!?怒るわよ!?…そうよ私よ、サテラよ!久しぶりの完全受肉だったから負担が大きくて今まで話せてなかったけど、やっと今元の量まで魔力戻ったから話せるわ!あとアンタの思考から言いたいことや状況は全部分かってる!だから私に遠慮なく魔力を使っちゃいなさい!》)


「ーーサテラ……分かった!魔力借りるよ!」



 そう言って、頭の感覚で自分の魔力じゃない誰かの魔力とラインの魔力が繋がった気がした感覚に身を任せ、ラインはレンの脇腹に全力の治癒(ヒール)を付与する。

 するとレンの横腹がジワジワと細胞分裂を繰り返して肉が埋まって治り、ついには元通りになった。


 ラインはどでかいため息を吐きながら後ろに倒れ、息を荒げながら心底安心する。

 サテラの魔力供給もあってラインはそこまで魔力を消費せず、自分の腕にヒールをかける分の魔力を残すことができた。

 


「ーーあれ?ゲイル居なくない?」



 だが、よく考えるとゲイルが居ない。

 申し訳ないが、一番最初にいるものだと思っていたのだが周りを見渡しても彼の姿は見当たらなかった。 彼の身に、何があったのだろうか。



「………私なら…ここにいます……ラインさん………」



 すると耳に声が入ってきた。

 この精神に直接語りかけるような声は間違いなくゲイルのものだろうが、どこにいるのだろうか。

 声がした方向を見やると、小さな塵芥があり、それらは儚く風に吹かれて風に乗って遥か彼方へと飛んでいったーーーのではなく、逆に風に乗ってこちらに集まってきているようだ。

 なぜかと思っていると、それらが一塊へと集まり直し、突如発火した。


 ラインとサクラはいきなり燃え出した灰の塊から距離を離し、まだ気絶しているレンとミクスタを守る体勢へと変えるが、そんなラインの心配を他所にその炎はとある形へと姿を変えていく。


 ーーその姿はゲイルそのもので、彼は息を荒げながら肩を上下させ、口の端から少しの血が滴っている。



「ーーゲイル!」


「不覚を取りました…。すいません、フェルシュ・ダンクシンの性格を甘く見積もっていました……!」



 話を聞く限り、どうやら不意打ちされたらしい。

 彼の口から語られた内容を整理するとこうなった。



        ※ ※ ※


1.ゲイルが魔法戦でフェルシュに勝利し、その後説得。しばらくは首を縦に振らなかったが、体の傷をラインに治してもらうこと、戦いを止めるようにハルトを説得することを条件にフェルシュが降伏した。

2.ゲイルが気を抜いた一瞬にフェルシュが隠し持っていた小刀で彼の腹部を刺突。致命傷は避けたものの次第に体力が足りなくなり、貧血で行動不能に陥る。

3.その後フェルシュに罵詈雑言を吐かれた後、火属性魔法の極致、『爆裂業火(エクスプロージョン)』で全身を焼かれるも、ギリギリ蘇生魔法『不死鳥(フェニックス)』の発動に成功。灰となった後も意識を保ちながらこの場へと風に乗って移動し、蘇生した。


        ※ ※ ※



 ーーーらしい。フェルシュの悪辣ぶりにラインが失望していると、ゲイルがその紺髪を恭しく下げ、誠心誠意謝罪してきた。

 


「ラインさん。この件は、あの場で少しとはいえ油断を生んだ全て私の責任です。…申し訳ありません、どうか厳重な処罰をお申し付け下さい」



 そう言って、ゲイルは深々と頭を下げる。

 彼は自分の過失を責めているが、正直ラインは彼が自分を責める理由があまり分からないし、そもそもフェルシュが小刀を常備していたなど初耳の情報なのでゲイルが謝ることは無いと思う。


 だがゲイルは頭を下げ続け、どうやら意地でも自分を許す気はないらしい。

 ここだけはゲイルの悪い所だ。

 ラインはゲイルに頭を上げさせ、『命令』する。



「ーーゲイル、命令。僕たち4人を助けて。生きて生きて生き延びて、これからも弱っちぃ僕を、助けて」


「ーー心得ました、ラインさん!」



 ゲイルはそう返事をすると地面に手を置き、巨大な魔法陣を一瞬で何重にも浮かび上がらせ、自身の特権と魔力、そして知識・経験をフル活用して瞬間移動に特化した魔法ゲートを開こうとしている。

 彼はそのゲートに大量の『対価』を課し、さまざまなことを自ら縛る。今回ばかりはこれを逆に利用し、自分達5人以外の対象を入れないように設定していく。


 ゲイルが自身の魔力消費を増やして短くした魔法ゲートの生成時間は、10分。対価を結んでも、必ず10分はかかるらしい。


 つまり誰かが10分間時間稼ぎをしなければいけないのだが、そんな適任の人物はいないはずだ。


 いる訳ーーー。



 そう考えていると後ろからサクラがつんつんしてきたが、今は彼女のちょっかいに構っている暇は無いので申し訳ないが無視させてもらう。

 彼女はさまざまなアピール方法でこちらの気を引こうと苦心しているようだが、放っているとしょぼくれた顔になりその美形の口をモニュモニュし始めた。


 何だろうか、あのチート集団に勝てる勝算があるとでも言うのだろうか。

 確かにサクラは強いし、どうかは分からないけど、あのチート集団を一斉に相手はキツいーーー、



「ーーちょっと待ってサクラ。あの日焼けしたゴリマッチョと真面目そうな顔に傷ある兄ちゃんとの戦いってどうなったの?…サクラ、君もしかして…」


「あの優しそうな少年と一緒にいた筋肉質な男のことかな?彼らなら致命傷にならない範囲で打ちのめして放ってきているよ。……それがどうかしたのかい?」


「……そう。じゃあ時間稼ぎお願いできる?サクラ」


「もちろん。10分と言わず20分でも稼げるよ!」



 そう言って無い胸を張ってふんす、とするサクラを見て、思わず失笑してしまう。なんだその初めてのおつかいを任された自信満々の子供みたいな反応は。

 そんなふうに心の中で笑っていると、サクラは真剣な顔に直り、ラインの黒い瞳と合わせながら話す。



「ライン君。敵は生かしておいたほうがいいかな」


「………………」


「ライン君」


「……なに?」


「素直になっていいんじゃないかな。あの優しかったデリエブを殺したのも、四天王が死んだのも、逃げ出して早々に死にかけたのも、2回も殺されかけているのも、全部人間のせいだ」


「ーー僕は」


「人の欲は無限なんだよ。魔族は『有知性化』するときに『過ちを繰り返さない』って『約束』したから間違えないだろうけど、人間は違う。欲が勝つからね」


「ーーーーーー」


「……まあ長ったらしく話したけど、私はキミに全てを委ねる。命を奪うか奪わないか、それはキミ次第だ。今から彼らの命を奪うのは私だ。キミが責任を負う必要は無い。自分の気持ちに、正直に選んでくれ」



 ーー僕なんかが、素直になっていいのかな?

 それはよく分からないし、自分にそんなことしていい権利があるかどうかも、もしかしたらラインという存在が自由を求めることすらも間違いなのかもしれない。


 だが、あわよくば。僕が、素直になる権利があるのならば。それを受け入れてくれる人がいるなら。




「……サクラ。()れ」


「ーー了解」



 ラインは心で願いながら、サクラに命令を下す。

 次の瞬間、快い返事と共に土煙を上げて、サクラはある場所へと高速で消えていった。


 全ては、ライン達の命を守るために。

 そして、その『本心』を果たしてあげるために。



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