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設定メモへと堕ちた何か  作者: ヌヌヌ木
第一章 新芽と残火編
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18話 それぞれができること



 ーー悪魔との会話を終えたラインは、その意識を急上昇させて、半ば強制的に覚醒した。


 周りを見ると、白髪赤瞳緑肌の美少女ミクスタと黒髪黒瞳の少年レンが、ラインのことを心配そうに介抱してくれていた。2人はラインの意識が戻ってきたことを心から喜ぶような顔で、ラインを起き上がらせる。

 それに気づいたサクラとゲイルは高台の下からこちらを探すハルト一行を見張るのを止め、ゲイルが認識阻害魔法を高台に張ってライン達の存在を誤魔化す。




「ーーーみんなお待たせ!敵の動きは?」


「ーー!ラインさんおかえりなさい!」


「おん、敵は一切動きナシ!完全に膠着状態だわ」


「彼らが動けばこちらとしては助かるんだけど、それは相手も同じ。私達は彼らに下手に攻撃できない」


「しかしチャンスでもあります。向こうから来る気配が無いのであれば、私達も作戦を立てられますから」



 今の状況を把握したが、やはりめんどくさいことになっている。というのも相手は格上ばかりなので、下手に動くことができない。そんなラインからすれば、今の時間で作戦会議ができるのは狙い通りだった。


 ーーーちなみに1人だけは、相手が決まっている。



「ーーでは、私が仕切らせていただきます。まず私は金髪の少女と交戦します。魔法戦なら負けないと自負できるので、ぜひ私に任せていただけますか?」



 まずゲイルが口を開き、自分は金髪の魔法使いの少女ーーつまりフェルシュを相手にする、と言った。彼はその律儀な性格故に理由までも説明し、彼曰く「フェルシュは魔法使いの中でも上澄み」とのこと。

 なので魔法が使えない他の4人が相手するには射程の問題もあるから、とゲイルは言いたいのだろう。ラインとしてはそこに特に異論や不満は無い。


 しかしそれに異論を唱えた者がいた。しかも2人。

 フェルシュとの因縁がある、レンとミクスタだ。




「ゲイル先生!アンタの言うことは正しい!……けどフェルシュは、ミクの命を弄びやがったんだ!どうしても許せねえんだよ!!だから、俺がこの手で…」

「レンくんが手を汚すことは無いですよ。…私だけならまだ良かったのに、あの女はまた私から全てを奪おうとしたの。彼女の行いを許すことはできない…です」



 2人は珍しく、怒りをその顔に露わにしている。

 普段は飄々としながらも優しいレンと穏やかなミクスタが激情を露わにし、フェルシュへと怒りを向ける。それはゲイル以外のメンバーも承知であり、ライン自身もフェルシュは嫌いだ。

 しかし適任はゲイルのみだ。レンとミクスタは、総合戦闘力ではラインに比べれば高いが、フェルシュの実力が未知数なことも含めるとやはり不安が残る。


 ゲイルは2人の頭に手を置き、抱き寄せて話す。




「ーーーレンさん、ミクスタさん。あなた方の気持ちはお察しします。親しい人が傷つけられることへの怒りは、私にもよく分かりますので。…しかし、感情に動かされてする行動は、大体が良くない結果を伴います。最悪の場合は死へと直結します。今は抑えて下さい」


「ーーー。ミク」

「ーーー。ーーーーーー」


「2人とも、私に任せて下さい。お願いします」



 そう言い、ゲイルは2人の頭から手を離して向き直り、頭を下げる。彼はその紺色の短髪が生えた頭を下げて、レンとミクスタに願い出る。彼の態度はとにかく真剣であり、真っ直ぐだった。

 それを受けたレンとミクスタは顔を見合わせて、互いに頷く。そしてゲイルに向き直り、レンがゲイルの肩を揺すり頭を上げさせた。

 頭を上げたゲイルに対して、2人は声をかけた。




「分かった。アンタほどの人がそう言うならそうなんだろうな。フェルシュの相手はアンタに任せるよ」

「…不服は少しありますが、今の私達が戦っても負けるのは明白。本当は私の手で倒したかった…悔しい」



 レンは納得してゲイルにフェルシュ関連の全てを託し、ミクスタはやりきれない気持ちがありつつも、レンと同じようにフェルシュの相手をゲイルに託した。



「ーーじゃあ、私は1人で勇者君の相手をして、残りのメンバーで敵メンバーの他3人を足止めする。そしてゲイル君がフェルシュに勝てた後は逃げる準備をし、テレポートできるようになった瞬間に集合。その間の戦闘は持久戦になるだろうから、私達はとにかく体力温存を優先したいだろうけど、相手は《勇者》一行。多分ライン君達3人は手加減すると死んじゃうだろうね」



 ミクスタの悔しそうな呟きを受けて言葉が詰まったゲイルに代わり、サクラが場を整理する。

 ゲイル以外の4人はどう立ち回るかが重要になる関係上、残りメンバーでぶっちぎり最強のサクラは普通に考えればハルトを相手にすることになるだろう。


 普通に考えれば。



「ごめんサクラ。一つ訂正したいんだけどいい?」



 ラインがそう口を開くと、サクラが不思議そうな目でこちらを見てくる。

 だけどこれだけは譲れない。これを譲歩してしまえば、たとえこの場から生き残れたとしても一生後悔することになる。それだけは嫌だ。これだけは。



「ーー《勇者》の相手は僕がする。サクラはレンとミクスタとで残りの敵をどうするか決めて欲しいんだ」



 そんなトンチンカンな発言に、ライン以外の周りが固まる。

 コイツは何を言ってんだ、普通に考えたらお前みたいな雑魚はすぐ死ぬだけだぞ、とでも言いたげな目線を向けられているのかもしれない。



「ーーライン、血迷ったか?あんだけ生きるために色んなヤツから足掻いてきたってのに、急に死にたくなったのかよ?せっかくここまで来たのに?」


「ラインさん考え直して下さい!相手は《勇者》!魔王ですら地に伏せさせるあの男を、あなたがどうやって倒すの!?」


「ーーラインさん、貴方が何を考えていらっしゃるのかは想像できますが、それは無謀です。貴方こそが、魔界の皆の希望。……それを踏まえた上で、もう一度考え直していただけないでしょうか」



 案の定と言うべきか、サクラ以外の3人の返答は、全て『否定』と『説得』だった。レンがラインの頭がトチ狂ったかを確認し、ミクスタがラインの主張を真っ向から否定。そしてゲイルがそれを分かりやすく解説し、考え直すように説得した。


 正直、彼らが圧倒的に正しい。ラインの発言は完全に支離滅裂であり、逃げることが目的なのに自ら戦いをやろうとしている。

 そんなラインが、自ら《勇者》の前に出向こうとしている。そうなったら、皆優しいメンバー達は止めるだろう。皆、口調はキツくても確かな心配があり、ただ怒られているワケでは無いことはラインも分かる。


 しかしこれだけは譲れない。譲りたくない。



 最後はサクラだけだ。彼女も恐らく否定するだろうが、だとしてもラインの意思は変わらない。どうしても譲れないものである。

 そもそも勇者以外のメンバーも強者ばかりだ。生まれつきは何もなかったラインと違い、彼らはこちらの世界に呼ばれてから強いスキル又は特権を得て、この世界で無双できるのだろう。


 羨ましい。憎いぐらいに羨ましい。どうせ死にかけたことなど無いような、生まれも育ちも恵まれた勝ち組だけしかいないだろう。ラインは魔王の息子として生まれ、こうして命を狙われている。

 デリエブと顔も知らない母には悪いが、生まれが違えば平和に暮らせたかもしれない、と思ったことは何十回もある。それこそ、敵に襲われた時など尚更だ。



 "ーーー人間は学ぶ。しかし溢れる欲に呑まれ、歴史を繰り返すじゃない。人間なんて、信じちゃダメよ"



「ーーライン君」


「うん」



 ふと昔を思い出していると、サクラから名前を呼ばれた。何故かこういう緊張感を持たなくてはいけない時に限って、余計なことを考えてしまう。緊張感の欠落という言葉では片付けられないことが起きているが、それは気にしたら負けなのだろうか。


 また余計なことを考えてしまった。終わり終わり。

 己の頬を両手でパチンと叩いて気持ちを切り替え、サクラの話を聞く。まあ多分、ラインの案を否定して説得する内容だろうがーーー、



「私はキミの意見に賛成だね。このままじゃキミは勇者から逃げ切れようと不完全燃焼なんだろ?」



 ーーー肯定してきた。

 サクラは、他の誰からも肯定されなかったラインの無謀な考えを肯定し、実行に移すことを進めてきた。

 明らかに無謀で命知らずな愚か者なラインの意見をサクラだけは肯定し、彼女だけはラインの無謀かつ馬鹿らしく下らない意地を認めてくれた。



「ーーサクラ」


「あ、ただし絶対に死なないこと。これだけは私との約束だよ。コレができないならさっきの言葉は訂正してキミに勇者の戦闘は任せない。約束できるかな?」



 そんなサクラの美形な横顔を呆然と見ていると、彼女はこちらに振り向き先程の発言に補足と約束を付け加え、それを守れるかどうかをラインに聞いてきた。

 ライン的にはもちろん死にたくないし、立場上魔界を背負う者にもなるので、責任も重いものである。


 だからこそ、ラインは死ぬわけにはいかないのだ。



「当たり前でしょ。…せっかく会えて仲良くなれたのに、こんなに早く死に別れなんて悲しいから」



 無意識のうちに、そんな言葉を呟いてしまった。

 それを聞いた皆は一瞬固まるも、サクラを初めに皆クスクスと笑い出した。

 そしてひとしきり笑った後にミクスタは頷き、レンは白い歯を光らせながらサムズアップし、サクラは例の謎の「にへら」笑い顔になり、ゲイルも頷く。



「ーーじゃあ、行こうか」



 そう言って、ラインを先頭にした状態でゲイルの認識阻害魔法を解除してもらう。そしてこちらを目視した敵は、ハルトと顔に傷がある少年の2人以外は薄ら笑いを浮かべ、こちらを見上げてきた。

 正直怖いところがある。だが、ここまで来たらもはや退けない。自分のできる最善を尽くすことが大事だ。


 そんな視線を受けながら、口の中に含まれていた唾液を飲み込み、一呼吸置いてから、ラインは叫ぶ。




「《勇者》ハルト・カツラギ!一対一だ!最強のアンタならこの挑発、受けないわけがないよな!?」



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



 ーー最強の勇者との、一対一という無謀な挑発。



 それを聞いた5人のうちの3人ーーフェルシュとキョウヤはゲラゲラ笑い出し、マシューは薄ら笑いを浮かべたまま、小さく肩を震わせる。



「ーーぷっ、あっはっはぁ!ええぇ!?何それ強がりぃ!?ヒッ…ダサすぎて笑いが……ヒッ…止まらないんだけど…!強がりも限度があるわよぉ!!」


「ーーフフフッ、あまりにも馬鹿すぎて同情したくなりますよ。馬鹿にも程がある。脳細胞を魔族の子を孕むような愚母の腹に置いてきたとしか思えないような馬鹿さ。サルと同等、いや、それ以下の存在。流石下等な魔族、ボクたちとは脳の作りが違うようですね」


「ーーバカだな。否、バカにも程がある。愚かだな」



 あからさまにバカにする態度が伝わってくるが、そんな軽い挑発、今の自分は意にも介さない。

 ラインの相手は、《最強の勇者》ハルト・タナカ。そんな相手を目の前にして、周りの雑音(ノイズ)に耳を貸している暇などないのだ。死ぬ危険を冒してまで、周りの雑音に耳を貸す必要は無い。


 自分はただ、ハルトとの直接対決の時まで極限まで集中し、いつでも腰の剣を引き抜けるようにする。



「ーー反応しなさいよこのブス!!アンタごときがハルトきゅんに勝てるワケが無いでしょぉ!?それに、私の戦う相手(おもちゃ)は誰か知らないけどぉ、どれも完璧な私には不釣り合いな劣化品ばかりねぇ。ほぉんと、醜いザコばっかり❤︎…さぁて、ゴミ掃除といきましょうよぉ、相手は誰ぇ?私と遊べる幸運な相手はぁ?」


「貴女とはこの私、ゲイル・レーランが戦いましょう。貴女ほどの女性なら、既に私の強さに気づいておられるかもしれませんが、何卒宜しくお願いします」



 フェルシュは自身の煽りを受けても全く反応せずシカトを決め込むラインにブチ切れるも、すぐに冷静さを取り戻して、舐め回すようにその青い瞳を向けて選別する。誰が自分に相応しいか、それを選ぶために。


 その中で名乗り出たのは、身長2メートルを超える紺髪黄瞳の青年ーーの見た目をした120歳の精霊人(エルフ)、エルフの天才児ゲイル・レーランだ。

 彼はその細身をスーツで包み、いかにも教職であることが分かるような見た目をしている。また、目には下フレームのみの眼鏡をかけており、彼は眼鏡越しにフェルシュに、その黄色の瞳を向けている。


 そんな彼の手元には難しい文字が大量に並べられた紫の魔導書があり、そこから様々な色に輝く属性魔力が漏れ出している。それは慢心しがちなフェルシュでも一瞬で分かり、彼女は珍しく『魔導書に』警戒心を見せる。




「ーーこの場では被害が大きくなります。貴女もお仲間が巻き込まれるのは嫌でしょう。場所を変えますよ」


「いやいやハルトくん以外はどうでもいいんですけどぉ!……まあいいわよぉ。ハルトくんに当たっちゃったらアタシ死ななきゃならないしぃ、完璧で優しいアタシが、わざと、今回だけその挑発に乗ってあげるわぁ!」



 そのような会話をした後、ゲイルとフェルシュは自身の足元に魔法陣を展開し、次の瞬間消えた。恐らくテレポートしたのだろう。しばらくすると、向こうからものすごい魔力の解放を感じた。2人ともフルパワーで戦うようだ。フェルシュのことは、あとはゲイルに任せよう。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



「んじゃあ、ボクの相手になる人をとっとと決めてもらえませんかね。今すぐにかかって来れば、出来るだけ早く、獣達のエサにして差し上げますが?」


「お前がどんだけ強いかは知らねえが、その喋り方から予想するに、お前、多分ゲイル先生の下位互換だな?」


「レンくん、あまり敵を挑発しない方がいいと思いますよ!?」



 オレンジ色の抜けかけた、ほぼ黒髪を持つ青年、キョウヤ・スギモト。彼は非常に面倒くさそうにダラダラし、ライン達の方を見上げる。その口元はニヤケ続けており、明らかにこちらを見下していることが分かった。

 それに反応して崖を降りていく人物の姿があった。それも二つ。



 ーーキョウヤの相手となるのは、レンとミクスタだ。


 2人で戦うことにしたのは、サクラの提案である。彼女曰く、格闘家のマシューと剣士のタケルの2人は自分だけで相手できるとのこと。

 そしてサクラは、有効打に若干欠け気味のレンとミクスタに、唯一本体を叩けば勝てる可能性のあるキョウヤを相手させることにしたのだ。

 勝てるのかはともかく、死なないことを最優先に考えた結果がこれだ。異論を唱える者は誰一人いなかった。



「ーーアナタ、異世界人?ジャージ着てるけど」


「おう、お前らの後輩になるな。でも敵だから容赦はできない。フルパワーの手加減なしで行かせてもらうぞ」


「ーーレンくん、ここではラインさんが巻き込まれそうです。だから少し、離れた場所に移動しませんか?」


「確かに!うしミク、少し揺れるけど我慢してくれよ」



 そう言うと、レンは唐突にミクスタをお姫様抱っこし、スキルを使いながら向こう側へと跳躍して消えていった。あまりにも唐突だったのでラインもびっくりしたが、一番びっくりしたのはミクスタだろう。


 だって抱っこされた瞬間、顔真っ赤になってたし。



「ーー全く、面倒なヤツらですね。仕方ない」



 それにキョウヤはついていく意思を見せたようだが、彼の移動方法は普通のそれの域を遥かに超えた移動方法だった。


 彼が右手を地面にかざすと、彼の足元から巨大な竜のような魚のような鱗や牙を生やした生物が、地面を抉りながら姿を現した。それはキョウヤを頭に乗せると、レン達が向かっていった方向へと進んでいった。


 嘘だろ?レン達、これからアレと戦うの?いくらなんでもデカすぎんだろ…。いや、でも一応さっき多分サクラにつけられたのだろうデカい切り傷があった。

 恐らく再生したてで平常時よりも防御が薄いだろうから、アレを狙って何度も攻撃すれば討伐できるのかも。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



 あとに残るのは、サクラとライン自身のみだ。しかし敵にはまだ3人残っており、1人は2人を相手しなければならない。…と言っても、ラインな訳が無いのだが。

 横にいるサクラの横顔を見ると、彼女は真っ直ぐマシューとタケルを見つめており、いつでも戦える臨戦態勢になっている。その右手の指先で左腰にある刀の持ち手を撫で、刀の持ち心地を確認している。

 するとサクラが急に思い出したかのようにこちらに首をいきなり向け、ラインに話しかけてきた。



「あ、ライン君。私のこの手荷物が入ってる袋に大きめの白い布があるから、少し取ってもらっていいかな?」



 何を急に思い出したかは知らないが、何か大切なものとかなのだろうか。そう思いながらサクラから袋をもらい、中を漁る。すると既に中には大きめの白い?布が姿を見せている。それを引っ張って袋から出し、サクラに渡そうとするも、一瞬息を呑んでしまった。


 何故なら、その“元々は”白かったであろう布には、大量の血により真紅に染まっていた。しかも1人の血の量じゃない。これは何千人、何万人も斬ってきた証だ。


 それを見たサクラは頭を右手で押さえて「あちゃー」とでも言うかのようなポーズを取った。定期的に洗濯はされているようで黄ばんだりはしていないが、血で染まったものを持ってきている時点で頭がおかしい。

 恐る恐るその布をサクラに手渡すと、彼女は「ありがとう、不快だったらごめんな」と言い、それを自分の頭から被せ始めた。今一瞬中性的な喋り方からかなり変わった気がするが、一体何をする気なのだろう。


 サクラはそれを頭から被り、首を通す。どうやらあのえげつない見た目をしていた布は、マントだったらしい。彼女はそれを背中にたなびかせ、こちらにピースしてきた。



「ジャーン!私の勝負マント3代目でーす!意外と似合ってるんじゃないかな?ねえ、どうかな?どうどう?」



 かっる。これから命を賭けた勝負だというのに軽すぎるだろこの婆さん。もしかしたらそれほどまでに自信があるのかもしれないが、一見はただの隻腕イケメンハイスペック男装の麗人にしか見えない。

 もしかしたら何らかの策があるのだろうか。といっても、今の彼女のこちらにピースを向けてピスピス言いながらはしゃいでる様子からは一切想像できないが。


 そんなことを考えていると、サクラが残っている右手をラインの頭に置き、撫でてきた。何故急に頭を撫でられたかは知らないが、彼女の手は温かかった。

 そんなラインを他所に、彼女はラインに語りかけ、今回の戦闘での彼女なりの見解を示した。



「ーーライン君。キミとレン君、ミクスタ君のことだけど、……キミ達は間違いなく敗北する。レン君とミクスタ君は、単純に戦闘経験と実力の不足だ。あの大質量を使う相手に、まともに戦っても勝ち目はない」


「え」


「特にライン君、キミは一番危険なんだ。さっきはキミの意を汲んだけど、刀を交えて分かった。あの男はまだまだ計り知れない力を沢山隠し持っている。あの感じから察するに、修行も大してせずにあの強さだ」



 マジであの勇者、主人公補正貰いすぎじゃね?

 まあそれはいい。いや、よくないが。だってアレを相手するの自分だし、イケメンで高身長でハイスペックで白黒の珍しい髪色、そして何より最強(チート)


 流石《勇者》、まともに戦って勝てる気がしない。



「だから一つ、お願いしたいことがある」



 おっと、まだ話は終わってなかったらしい。正直この時点でかなり絶望的なのだが、サクラの話を聞かないことは致命的だろうから、聞くに越したことはない。とりあえず焦る心を落ち着かせ、彼女の話を聞こう。



「ーーキミ達が皆やられた後に、何らかの合図が欲しいんだ。それを見た、又は聞いた瞬間から、私はフルパワーと最後の切り札を解禁しようと思っているんだ」


「………?最後の、切り札……?何それ、最初から使えるなら使っちゃった方がいいんじゃないの?それはアイツらを余裕で倒せるぐらいに強かったりするの?」



「……一撃が決まれば、1人以上は確実に持っていける」



 本当なのか、あの化け物どもを倒せるのか?

 そんな疑念が浮かぶが、サクラがそれを肯定した。本当に勇者を殺せるのなら是非とも使っていただきたいのだが、彼女は何故か切り札の使用を渋っている。

 ラインからすればとっとと使ったほうがいいと思っているし、その使用を渋るサクラの心情が分からない。この戦いでは手加減や油断、甘さが命取りになるのに、サクラはそれを理解していないのだろうか。




「というのも、いかんせんこの切り札は掠っただけで相手の精神を破壊するから、戦場ではそんな危険なものを振り回すわけだ。だからキミ達に飛び火してしまったら危険だなー、って考えたから言ったんだよ。少し説明が下手だったかもしれないけれど、分かった?」



 ーーは?『相手の精神を破壊』?この婆さん、そんな能力あったの?

 確か彼女自身は自分は特権以外は無能力だ、と言っていた気がするのだが、アレは嘘だったのか?それともサクラの言う『切り札』の能力だったりするのだろうか。


 

「まあアレを使うのは、みんなが戦えなくなった後にする。もし戦えなくなった時は大きな声で呼んでね」



 それだけ言って、彼女は腰を低く構える。脚を踏み込み、右手で左腰の刀を握り、いつでも抜刀できる態勢である。恐らく、先制するつもりなのだろう。

 もちろんこれは相手からも見えているので、相手2人は警戒態勢を取る。マシューはその屈強な体に力を込め、タケルは光り輝く剣を引き抜きこちらに向けた。



「ライン君」



 そしてサクラはこちらに顔を向けないまま、声だけこちらに向ける。その声色はいつもは無い真剣さを孕んでおり、その中性的な低さの声をラインへと発す。


 そして彼女は刀を抜かないまま(・・・・・・・・)その場から消えた。



「死なないでね。信じてるよ」



 その言葉と、彼女がいた足場が崩壊する音を残して。


 次の瞬間、マシューとタケルの腹部に強い衝撃が加わり、彼らの屈強な肉体は軽々と宙を舞った。彼らは驚きと苦悶の表情を浮かべており、彼らの空中に舞った体は、すぐに追撃したサクラに叩き落とされた。どデカい衝撃波と地面の揺れが起き、ラインの乗っていた足場が崩れ落ちる。あのサクラの本気に近い力だ。拳だけだろうとラインは十人死ぬだろう。


 しかしそれをある程度予想できていた。足場が完全に崩れ落ちる前に『能力増強(エンハンスメント)』で強化した脚力で跳躍し、ハルトのいる場所へと飛び降りる。

 それをハルトは迎撃しない。敵ーーラインに奇襲する意思がないことを見抜いたからだ。彼はその白がかった黒髪をボリボリ掻き、面倒くさそうに死んだ黒瞳をこちらを見てくる。明らかに相手だと思われておらず、むしろ作業の一環だと思われているのだろう。


 だがそれでいい。それが、彼から時間を稼げる唯一のパターンだ。この場で逃げ切れるのはゲイルが使う瞬間移動のみ。つまりゲイルが負けて殺されれば、ライン達に逃げる方法はなくなる。しかも彼の相手はフェルシュだ、命を奪わないとは全く思えない。



 地に降り立ったラインに対し、ハルトが声をかける。その声色には感情が無く、相変わらずの仏頂面を見せながらこちらをその光の無い黒の瞳で見つめる。


 そんな仏頂面に、ラインは精一杯の啖呵を切った。



「ーーハルト・カツラギ!アンタは、僕がいつか(・・・)絶対に父さん達の仇を取る!」


「ーー?『いつか』?何故そんな中途半端な」


「今の僕ではアンタには絶対に勝てないことは知っている!それでもみっともなく足掻かせてもらうよ!今に見てろ、アンタらの国を追い越せるような国を造ってやるからな!父さんの為にも、魔族の皆の為にも!!」


「引っかかるな。その言い方、俺からお前が逃げ切れるとでも?本気になった俺から、お前のような雑魚(モブ)が逃げ切れると思っているのか?」



 そんな押し問答を、ラインはし続ける。もはや文章になっていない支離滅裂な内容を情けなく、みっともなく、カッコ悪く、ダサく、女々しく、しかし威勢と根性だけは一丁前に叫び続ける。それを鬱陶しそうに顔を顰めながら聞くハルトが、ラインが自分から逃げ切れるような言い方をしていることに違和感を覚える。彼はラインに問いかけ、本気で逃げ切れると思っているのかを聞いた。


 そんなの決まっている。



「0.1%あったらいい方だよ。『世の中にはゼロはない』って言葉があるらしいけど、この状況はその本来無いハズのゼロに等しいんだろうな。マジで辛いよ」



 絶望的だ。世界の中でも上位の実力者であるサテラでも勝てなかった相手に、ラインが勝てるはずない。


 ーーーーそれでも。



「ーー僕は、デリエブの息子だ。みっともなく足掻いてやる。楽に殺すなよ?絶対食らいついてやるからね」



 それだけ言い、深く息を吸ったラインは1人で叫ぶ。



「うし!言いたいこと終わり!!サテラ頼んだ!!」


(《悪魔使い荒くないライン!?少しは敬意を持ちなさいよ!……まあいいわ、「魂換(タマガワリ)」って唱えて頂戴!少しだけアンタの体借りるわよ!!》)


「うん!『タマガワリ』!!ーーーー」



 ーーそう叫んだ瞬間、ラインの意識は途絶えた。



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