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プロローグ 子の命の生き先は。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ーーーーーーーー。



 ーーーくらい。


 ここはどこ?ぼくはだれ?

 …って僕が誰かは分かるだろ。アホか僕は。

 にいちゃん、どこにいるの?

 ぼくはにいちゃんがいないとダメなのに、なんでこんな真っ暗な空間に1人でいるのかな?


 さっきまではあんなに刺されたところがすごく熱かったのに、いきなり寒くなったかと思ったら身体中からすっと力が抜けたような感覚があって、それでーー


 ーーーーああ、僕、死んじゃったのか……。


 兄ちゃん、会いたいよ…。




【ーーー転生の儀を始めます。三段階のうち、初段階の作業を開始申請ーーー受諾しました。これより、死亡者『葛城 ◾️◾️』の転生を始めます】



 うわっ!?なにこの声!?

 てんせい…転生?兄ちゃんがよくしてくれた異世界小説やらクトゥルフTRPGというやつでよく聞いた言葉ばかりだ。ちなみにその意味までは知らない。



【ーーー第一段階として、対象者の肉体の分解を開始ーー成功。対象者は個としての存在から無の存在へと変換され、喪失前の肉体を完全喪失しました】



 へ?喪失?肉体、ってかカラダが?

 何言ってんのこの少年?少女?のような声の人?



【ーーー第二段階として、対象者の肉体を新たな知的生命体として再構成します。再構成開始ーー成功。

一般的な人間への肉体変換を開始ーー失敗。

神聖な天使としての肉体変換を開始ーー失敗。

肉体の優れる各種亜人への肉体変換を開始ーー失敗。

魔力を向上させる精霊への肉体変換を開始ーー失敗。

……魔族としての肉体変換を開始ーー成功。

対象者の肉体は、魔族のものへと作り替えられました】



 うん、何言ってるか全く分からない。

 専門用語が多すぎて、何でも直ぐに覚えられる兄ちゃんと違って物分かりの悪い僕にはこの内容は難しすぎた。

 もしかして兄ちゃんなら分かるのかな?いや、分かるだろう。やっぱり兄ちゃんはすごいなぁ。



【ーーー最終段階として、対象者の記憶を全てリセットし、その記憶にある欲求・望み・未練から、対応したスキル及び特権、特異体質を付与します】



 ーーーえ?記憶をリセット??

 それは嫌だなぁ。つまり兄ちゃんのことも消えちゃうんでしょ?あの両親のことは今すぐ忘れたいけど、兄ちゃんのことまで記憶が消えるのなら、スキルやら特権やら特異体質やら知らないけど、全部要らない。


 だから記憶を消さないで、お願ーーーー



【ーー対象者の介入をブロック。記憶の消去を開始。

 …1%完了。5%完了。…10%完了。

 成功。自動消去を実行します。…受諾されました。

 …20%完了。……30%完了。………40%完了。

 並びに、対象者の消去した記憶から、新たに能力を記憶消去と同時並行で開発します。解析開始ーーー

 ……50%完了。続けて同時並行で実行します。

 …失敗しました。再度実行します。…成功。

 …60%完了。70%完了。…失敗。再度実行。失敗。

 失敗原因を同時並行で調査。ーーー不明。再度実行します。ーーーー何者かによる妨害を検知しました。

 能力開発を中止し、記憶消去を最優先に実行。

 ……成功。80%完了。90%完了。成功。

 ーー失敗。並びに妨害の影響でスキル開発が強制的に動き始めました。原因の調査と排除を優先し、対象者の記憶消去を一時停止します。ーー受諾されました】



 ーー?

 このひとは、なにをいってるのかな…?

 さっきから「せいこう」やら「しっぱい」やらといっているが、それがなんなのかぼくにはさっぱりだ。

 にいちゃんにならわかるのかな?


 ーーーーあれ、にいちゃんってだれだっけ?



【ーーー妨害原因不明。不明。不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明不明ーーー

 妨害原因・排除が困難だという結論に到達。

 ーー妨害原因排除を中止し、対象者の記憶消去に全魔力を注ぎ込み、妨害の突破を強行します。受諾されました。これより、強制記憶消去に取り掛かります】



 きおくきょーせーしょーきょ?

 なにをけすのかな?

 ぼくにはなにがなんだかわからなくなってきた。



【ーー失敗。再度実行ーー失敗。失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗ーー成功。92%消去完了。続けて実行。失敗。失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗ーー成功。95%消去完了。一斉消去開始。失敗。失敗。再度実行ーー失敗。失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗失敗ーー失敗しました。失敗失敗失敗失敗失敗失敗ーーー?】



【……まあいいか。5%ぐらいなら】



【記憶消去を中断。それにより対象者の能力開発は記憶消去が不完全な為中断され、対象者は無能力として生まれることになります。よろしいですか?】



【ああ、いいとも。ボクの管轄下だからね】



【了解しました。転生の儀を申請ーー成功しました。対象者を、新たな魔族として生まれ変わらせます】




 ーーーー。



【ーー警告。対象者は既に何らかの能力を所持しているものとされます。魂から引き剥がそうと実行しましたが、何者かの妨害に遭い失敗しました。引き剥がしは非常に困難と予想されます。どうしますか?】



【ーー?それがボクにとって危険なら排除ーーー】

《ーーーーああ、大丈夫だ。そのままやれ》

【ーーーーーー!!??】



【ーーー確認しました。これより転生を行います】



【ーーーキミはーーーー誰だ?】





        ※ ※ ※




「《ふぅ、うまくいったかな?まあ僕から介入するのは初めてだし、初めてにしてはまあ上出来でしょ》」



「《ーー頑張ってね、◾️◾️くん》」





        ※ ※ ※





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 ーー異世界。


 剣・魔法・スキルなどの物理的なチカラ以外のものが数多く存在する、現実世界とは違う世界の俗称。

 また、人間以外の知的生命体が多種族に渡って確認されており、それにより種族間での同盟や争いなどが頻発する世の中である。



 そんな世界での、唯一の嫌われ者、『魔族』。


 かつて世界での主要な種族の中で最も個体数が少なく、それ以外は知性の無い魔物という存在だった。

 魔物は食欲と睡眠欲で動く動物そのものであり、中にはゴブリンのような性欲も持つ魔物もおり、それにより人間に被害が生じることも多々あった。

 しかし魔族には、知性の無いいわゆる『魔物』とは違い、ちゃんと確立された知識や善性があり、しかしかつては魔族・魔物の合計のうち9割が魔物であった。


 しかしとある魔王が一部の魔物を除いた魔物の9割に知性を与えたことにより、かつての魔物達は『有知性化』し、人間とほぼ同等の知性を得ることとなった。

 そしてその魔王は『今までの罪を我々魔族の一生をかけて償っていく』ことを条件に、国民となった魔族達に自由と役割を言い渡した。



 ーーーそんな魔王が生まれる10年前。


 世界の最西端である『魔界』と呼ばれる土地の北側にある城ーーその後は『魔王城』と呼ばれる小さな城で、1人の小さな赤子が、産声を上げた。






                 ▽▲▽▲▽▲▽▲




「……デリエブ様!ついにこの時が来ました!!ついにお子様が、お生まれになりましたぞ!!」




                 ▽▲▽▲▽▲▽▲




「メィル!体の調子は大丈夫か!?私はお前の体を一番心配していたのだぞ!!お前に何かあれば私は…」


「大丈夫ですよ、未来の魔王さま。メィルもそんなにヤワじゃないですし、この子1人産むぐらい些細なことです!…それより、この子を抱いてやってくださいな。ほら、正真正銘、あなたとメィルの子ですよ」



「……生まれてくれて、本当にありがとう」



「ふふふ。デリエブ様、お顔が真っ赤ですよ?」


「いやお前達が知らぬ間に私のこの子への頬擦り諸々を見てるから…っ!ぬぐがががっ忘れろ忘れろキーラ!次代の魔王としての命令だぞ!!」


「俺"…泣"い"て"ね"ぇ"じ?デリエブ様の子供が生まれたことはいいことだがこの俺様が泣くわけねぇし?」

「強がるなゴレアス。物事の隠し方を母親の腹に置いてきたのか?」

「ゔる"せ"ぇ"!!泣いてねぇったら泣いてねぇ!!」

「やめんかゴレアス、ゾルテウス。デリエブ様は今、感涙を流されているところなのだぞ?お前達もその気持ちが分かるはずだろう?」



「……私は人間の身で病弱だから…もう永くない。だから、あなたとこの子との3人…そしてメィルが死んだ後もこの子の義親(おや)となってくれる4人と、少しでも一緒に居たいんです。…メィルの我儘、聞いてくれますか?」

「ーー当たり前だ。たとえ他の人間全てがお前を嫌おうとも、私とこの4人だけはお前の味方であり続ける」

「ーーデリエブくん」

「…お前がいなければ私はここまで来れなかったのだから、夫として、この子の父として、私の妻でありこの子の母であるお前の為に尽くすのは当然のことだ」



「…そういえば、この子の名前どうしましょうか?」



「……ーーン」

「デリエブ様、聞こえません。もっと大きく!!」

「…ラインだ」

「「「「ライン?」」」」


「ーー『ライン・シクサル』。ラインの意味は『線』。これからの魔界を担い、人間と魔族の隔たりを仲間達との『繋がり』で乗り越えるであろう者の名前だ」



「ーー決まり、ですね」

「いやー、ライン様か!よろしくなライン様!」

「ベタベタ触るなゴレアス。あと貴様は爪を切ってからライン様を持て。万が一にでもその長く醜い爪がライン様の目に入ったらどう責任を取るつもりだ?」

「お前達にはまだ早い。ワシとキーラは子育ての経験があるから大丈夫じゃが、お前達はまだ独身じゃろうが」

「「ぐふ」」



「…その子の名前だが、ラインでいいか?メィル」

「ふふっ。ええ、いいですよ。未来の魔王さま」

「ーーこの子も、魔王となるのだろうか」

「それはこの子が決めることですよ。メィルやデリエブくんが決めることではありません!」

「そ、そうだったな。力無くとも我が子には変わらないろうに、私は愚かなことを言った。すまない」



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



「……デリエブ様、少し宜しいですか?」

「ん?どうした?私は今からメィルの様子をーー」

「あの人が盲目なことをいいことに授乳している姿を覗こうとは、それでも将来魔王となられるお方ですか。もっと品性を持って奥様と接しなされ。…ゴホン。そうではなく、ライン様のことですが」

「……ラインの?」

「あのお方、これといったスキルどころか主能力(メインスキル)すら持っておられないのです。気になったので、ワシのスキル『確定未来予知』を使用しました」

「……どうだったのだ?」


「…16年後。ちょうど16年後にライン様はスキルを含めた力を手にする予知が出ました。しかしこの予知が確定するのは『本人に口外しないこと』。何があろうともライン様ご本人には伝えないように」

「…ああ、分かった。お前の言うことだ、信じよう」




                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



 ーーーーーーーー。


 ーーーーそして16年後。

 僕は、全てを失って逃げていた。





*************************




 『魔王』「デリエブ・シクサル」が《勇者》によって討たれた今、魔族を保護する者がいなくなり、魔界は無法地帯と化す一歩手前だった。

 一方で、人間国家は、強盗、虐殺、拷問、あるいは奴隷。魔族を好き勝手出来る現状に置かれ、さらに戦争景気によって人間主要国家は大賑わいだった。

 デリエブは『勇者』「ハルト・カツラギ」に討伐された後に、1日の猶予を魔族達に与える事を条件に自身の財産を全て明け渡した。

 ハルトはデリエブの遺産をデザイアに全て寄付し、彼の《勇者》としての立場は絶対的になりつつある。



 しかし、ウハウハな人間達にも唯一問題があった。


 それは魔王の息子(てきのいでんし)がまだ生きていること。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」



 雨が降りしきる夜を、1人の少年が駆ける。その見た目は頭をフードで隠し、黒髪とその髪に隠れる短い角を見せないようにしている。


 僕は逃げていた。

 全てを呑み込む夜の闇から。降り止まぬ雨から。

 鳴り止まぬ雷から。体から熱を奪う冷気から。


 そして、自分の命を狙う者から



「嫌だ。死にたくない…」



 僕は草叢に身を隠す。僕は怯えていた。

 雷の音に。止まない雨音に。失われていく熱に。


 そして、「死」を届ける声に。



「おい!確かにこっちに行ったはずだよな⁈」

「ああ、だがもう見失っちまった」

「クソ魔族ごときが、ちょこまかと動きやがって」



 2人の男の声だ。そして、その声の主は自身の命を奪いに来た人間軍の追手だった。僕は歯軋りしたい気持ちを必死に殺し、音を立てずに聞き耳を立てる。


 ーーーここで音を出せば、確実に死ぬ。

 自分には、戦うスキル(ちから)がないのだから。



「何でこうなったの?お父さん…僕、悪い事した?」



 誰にも聞こえないような静かな声が漏れる。

 その声は、虫の羽音にすら及ばない弱い声だった。




*************************



 ーー人魔大戦から1日が明けようとしていたーー


 第13代魔王で、『愛の魔王』デリエブ・シクサルの死亡から1日、魔界は大混乱に陥っていた。

 逃げ惑う魔族たち、半壊した魔王城。それは最早デリエブが創りたかった国とは程遠い、悲鳴と土煙が湧き上がる地獄絵図だった。



「ライン様、貴方はお逃げください」

「…ダメだよキーラ…死んじゃうじゃん……」



そう言ってきた女性は、デリエブが組織した魔族の役職、《四天王》の1人、『慈愛』キーラだ。

 僕ーーラインからすれば、先生的存在かつ、忙しい父に代わる母親代わりのような人だった。



「いいえ、ライン様。私達はデリエブ様に救われた配下でございます。…しかしライン様、死ぬことが怖くない訳がありません。勿論私は怖いですよ?」

「………え」



 そんな訳がない。そうなら、彼女は逃げる準備をしている筈だ。しかし、彼女は完全武装し、戦う気しかないようだ。



「私は、貴方を置いて先に逝くのが、何よりも怖いのです。貴方はまだ幼い。それなのに、これほど辛い目に遭わなくてはいけないのか。私は世界を憎みそうです」

「ーーー」

「ですが、私は安心しました。貴方は逃げることを選んでくれた。生存確率は格段に高いでしょう?」

「ーーキーラ」

「いいのですよ。私はーー」



 その時、扉がバンと大きな音を立てて開き、全身が屈強な筋肉質のゴリマッチョな魔族が入ってきた。

 《四天王》の1人、『万力』のゴレアスだ。



「おいライン様!キーラ!!敵来るぞ!!急いで脱出しねぇと!!」

「……そうですか。ライン様、これを」



 そう言ってキーラが渡したのは、バックと袋だった。袋には、赤や青などの様々な石が入っている。



「……これは、魔石?」

「はい、高純度から低純度のものまで。低純度のものなら明かりや熱として使えます。高純度のものは、売ればかなりの額になるでしょう」



 実はこの魔石、今回の人魔大戦の人間軍の目的でもある。魔界には魔石の鉱脈が広くあり、しかも高純度のものが大半を占める。

 父デリエブはこれを人間国家との交渉材料にしたが、その反面人間の間では鉱脈の所有権をめぐり争いが起き、これを理由に「魔族は人間を誑かそうとしている」という難癖をつけられ、戦争に至っている。


 目の前で父が亡くなったことのしょうもない原因を見て、ラインが苛立っていると、ゴレアスが呼んだ。



「ライン様、気持ちは分かるけどよ、絶対アンタの役に立つ筈だから持っていってくれよ」

「ゴレアス、絶対という言葉を使うな。貴様の脳では計算は無理だ」

「なんだとテメェ!!もういっぺんいってみろ」

「やめんかお主ら。ライン様が怯えるじゃろうが」



 と言って、メガネをかけた男と、ローブを纏った老婆がやって来た。この2人も四天王、《不壊》のゾルテウスと《星詠》のラウスだ。ゾルテウスは智略家、ラウスは占い師である。



「ライン様、私の計算の結果、貴方が逃げ延びられる確率は約20%です」

「なんだよゾルテウス、そんだけしかないのか?」

「黙って聞けゴレアス。この数値は我々《四天王》が一切抵抗しなかった場合の数値だ。…分かるか?」


「ーーえ?」


「……そういうことは最初に言いなさいゾルテウス」

「ハッ!そんだけかよ!じゃあ、一丁やっか!!」

「ゴレアス、お前は絶対強制だぞ」

「まあ、言わずもがなよな。ワシも本気をーー」


「…ってちょ、ちょっと待って!みんなは逃げないの?みんなで逃げようよ!そうすればーー」


「ライン様。俺は初めてアンタの命令に背くぜ」



 と、ゴレアスが言った。他の3人も否定しない。

 完全に、逃げる気がないようだ。



「ーーそんな」



 絶望した。

 逃げる時は自分1人で逃げなくてはならないのだ。

 何よりーー



「ーーーみんな、死ぬ気なんでしょ?」



 4人は何も言わない。ただこちらを見て、底知れぬやる気と少しの悲しみを込めた笑顔を浮かべるだけだ。



「ーー。分かった。逃げてくるよ」


「「「「ーーーライン様!!!!」」」」


 魔王城の裏口のドアから逃げようとしていた時、四天王の4人から声をかけられる。そしてーーー



 「愛しています」

 「愛してるぜ」

 「愛しております」

 「愛していますじゃ」



 ーーどこまでも優しい"呪い"を、残された。



*************************



 ーー四天王のみんなを思い出してしまっていた。

 昔を懐かしむ。あの時に戻りたい。



「だが、あいつもそう遠くにはいけないだろう」

「そういえば、お前アイツの顔を見たのか?」



 僕はぞっとした。それはそうだ。

 顔を見られていれば勿論、見つかったときの死亡率が跳ね上がる。自分の生存率の話をしているに等しいし、そうなったらもう諦めよう。

 ラインはそう覚悟をーー決められなかった。



(お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますーー)


「ーーいや、見てねえ。暗かったしな」

「そうか…俺もだ。仕方ねえ、あっち探すぞ」

「おう」



 足音が草叢から離れる。足音が小さくなっていき、やがて雷鳴と雨音に掻き消され聞こえなくなった。

 「彼」は安堵した。死亡率が減っただけでなく、死の脅威も去ったのだから。

 しかし体の震えが止まらない。恐怖からだろうか。

 ラインは不思議に思い、体に触れようとした。



「い"っ"?!あ“ぁあっ!!!!」



 伸ばそうとした腕に激痛が走る。そして寒さで気が付かなかったが、腕の感覚がほとんどない。寒さだ。


 ーーこのままだと寒さで死ぬ。

 凍死するだろう。

 僕は急いで立ちあがろうとした。しかし次の瞬間には、彼の目の前には闇の如く真っ黒な雲が視界の全てにあった。

 ーー倒れたのだ。足は既に感覚は無かった。



「やばいかも」



 やばいかも、なんてふざけたこと言いやがった自分を殴りたい。僕は倒れたまま雨を凌げる場所を探す。すると運のいいことに小さい洞窟を見つけた。

 何とかして地面を這うために腕の痛みを堪えて、腕を前に出す。


 腕がおぞましい紫色になっていた。



「ひ」



 声が漏れた。腕が見たことのないドス黒い紫色をしていたからだ。多分凍傷だろう。

 だが凍傷なら後で処置できる。今は洞窟に避難するのが先だ。入らなければ死ぬ。



「嫌だ、ヤダ、死にたくない」



 這え。腕が使い物にならなくとも構わない。

 じゃないと、四天王のみんなに申し訳が立たない。


 必死で洞窟まで這い、中に入ろうとし、身を洞窟に入れようとしたとき、少し段差があった。



「あ、やば」



 もう遅い。頭に強い衝撃が来た。視界がチカチカする。彼は転がるように洞窟に入っていった。


 痛かったが、雨宿りできそうだーーと安堵した時、鼻先に生暖かい液体が垂れてきた。涙かと思ったが、目元は外の冷気で冷え切っている。

 そして地面に落ちた液体を見て、全てを理解した。


 これは自分の血で、その血は頭からのものだと。



「は、はは」



 もう笑うしかない。元々死にかけの体に頭からの出血までプラスしてくれるとは。出血大サービスてはまさにこのことだ。実際に頭から出血している点とそれが自身に全て起きていることを除けば面白い。


 訳の分からないことを言っている場合じゃない。僕はこのままだと死ぬ。とりあえず暖を取らなければ。


 もう感覚が無くなった腕を必死に動かし、腰の袋から赤色の魔石を取り出す。魔石には、様々な属性があり、赤は火属性だ。

 魔石は砕くとその属性のものが発生する。火の魔石を砕けば暖を取れる。しかし高純度だと火力が高すぎるので、今回は低純度のものを使う。

 赤の魔石を砕き、地面に落とす。すると、小さな焚き火の如く燃え上がった。だが、まだだ。凍傷を治すために今すぐお湯を作らなければ。

 この知識を教えてくれたキーラに感謝しながら、バッグから鍋を取り出そうとしーー


 自身の指の先などが真っ黒になっていた。

 ーー壊死していた。遅かった。



 「は、ははは、は」



 また乾いた笑いがでてきた。余りにも酷くないか。希望を見せておいて、最後に全て奪うなど。

 悪魔の所業だ。自分は魔族だが。

 ボーッとする。もう頭もダメになってきたらしい。


    

「僕の人生、いや魔生?これで終わりかよ。いやでも16年間で見たら結構楽しめたほうでしょ。父さんは優しかったし。母さんはいなかったけど、四天王のみんなはほとんど親みたいなものだった。」


 もう諦めよう。無駄だ。

 自分はこのまま凍死する運命なのだ。

 足掻いても仕方ない。だって壊死してるもん。

 生き残っても手がない状態で生きてけない。

 僕は知らず知らずのうちに自暴自棄になっていた。今までの自分の不運を呪った。壊死していく指先を。未だ止まぬ雨を。冷気を運ぶ空気を。そして運命を。



「いっぱい楽しんだし。いっぱい遊んだし。いっぱい勉強した…勉強はもういいかな。いっぱい色んなもの食べたし。みんなが開いてくれた祭り、また行きたいな…また父さん特製のスープ、飲みたいなぁ。……父さん…会いたいよ…キーラも…ゾルテウス…ゴレアス…ラウス…、みお…、会いたいよ…みんなぁ……」


 掠れ声と共に、冷え切ったハズの目から涙が溢れ出て来た。もう疲れた。休ませてほしい。


 ーー死んだら、楽になれるだろうか。

 もういいや。終わりにしよう。この命を。



 そして僕は、目を瞑ってーーーーー



*************************



 ーーお前は、何でアイツのように出来ないんだ!!

 ーーなんであなたは毎回言われなきゃ出来ないの?!あの子は出来るのに、なんでであなたはッ!!

 ーー君には失望したよ。彼ならもっと上手くできただろうに。天才の家系だからと思ったが、残念だ。

 ーーあの子、また怒られてる。まあ仕方ないんじゃない?何をしても出来ないあの子が悪いもの。


 ーーー何でお前は、生まれてきたんだ?

 ーーー何であなたは、生まれてきたの?


 ーーー気にするな。アイツらの戯言なんてあのクソ親のようなヤツらばかりの世界において、お前は絶対偉いぞ。俺が保証してやる。




*************************




 ーーーライン。


 ーーお前は生きろ。私の敵討ちなどと馬鹿なことを考えるな。ライン、お前は自分の命を、生きたい方向に使え…。ライン…この世で一番、お前を愛してる…。


 ーーーライン様。


 ーーあと1日で、人間軍が攻めて来ます。貴方だけは何としても逃げなければなりません。

 ーー早く行かねえとライン様!まあ俺らがいりゃあ、あんな奴ら一捻り……い"っ?!

 ーー虚勢を張るなゴレアス。醜いぞ。

 ーーあ"あ?!もういっぺん言ってみろゴラァ!!

 ーー何をしておる。ライン様の前で醜態を晒すんじゃない。ワシらしか主戦力がおらんのだぞ2人とも…ライン様。ワシらは確実に死ぬでしょう。しかし、貴方は逃げ延びられる。



 ーーー「「「「ライン様!!!!」」」」


 「ーー愛しています」

 「ーー愛してるぜ」

 「ーー愛しております」

 「ーー愛していますじゃ」




        「死にたくない」




《ーー極度の生存本能を確認ーースキル:治癒者(ヒーラー)が解禁されました。また、スキルを即時使用することができます。どうしますか?》


        「死にたくない」


《ーー「はい」の意思と確認。スキル:治癒者(ヒーラー)の技、治癒(ヒール)を使用しました》



 ーーーーーー。



【貴方、"変わって"いますねーーーーーー】




*************************




 目を覚ます。どうやら意識を失っていたようだ。

 まだ生きてるという自分の体の事実を心底意外に思っていると、腕に痛みを覚え、そして気づいた。

 腕が生きている。痛みを感じる。まだ動かせる。


 ふと腕を見ると、相変わらず酷い色だが、その色は紫であり、黒ーー壊死はしていなかった。

 まだ壊死していない。治せる。生き残れるーーー


(急げ…急げ!!)


 急いでバッグから鍋を取り出し、青の魔石ーー水属性のものを入れる。すると、たちまち水が溢れ、鍋いっぱいになった。

 そして鍋を火の魔石の上に置き、水を沸騰させる。

そして十分に沸騰した湯にーーー腕を突っ込んだ。



「…い"っ"…う"ア"ア"ッ!!」



 腕に物凄い痛みが走るが、手は絶対に抜かない。

 これで死なずに済む。

 そう思えば、この痛みは心地よいとさえ思えた。


 処置が終わり、バッグにあった包帯を取り出して腕に巻いて終わらせる頃には、腕の色は肌色に戻っており、それは命の危機を去ったことを意味していた。

 外を見ると、まだ夜だったので少し寝れそうだ。


 そこに、何かが飛び込んできた。



「…………ッ?!」



 敵か?魔物か?そう緊張していると、それが正体を明かす。

 それは、魔鹿(まじか)だった。魔界の絶滅危惧種の魔物だ。特にオスは活きがいいらしい。

 しかし、その魔鹿(まじか)は、洞窟に入るなり、力無く倒れた。



「どうしたの?!大丈夫?!」



 近寄って声をかけても一切反応がない。ただ苦しそうに息を荒げているだけだ。

 ーーよく見ると、身体の至る所に打撲痕がある。

 魔族は天然記念魔物である魔鹿(まじか)を攻撃することはしないので、恐らく人間軍の人間にやられたのだろう。


 治してあげたいが治す方法が分からず、途方に暮れていると、先程頭に聞こえた声を思い出した。


(《スキル:治癒者(ヒーラー)を解禁しました》)


 あれだけ悪化していた腕が凍傷状態まで戻ったのだ。いけるかもしれない、とラインは思う。


 しかし発動方法が分からない。しかし魔鹿(まじか)の息は深く、辛そうになるばかりだ。迷う暇なんてない。



「……ええいままよ!!《治癒(ヒール)!!』》」



 勢いで念じた。名前はヒーラーから付けた。

 すると、魔鹿(まじか)の打撲痕に、淡い光が集まり、傷に塗り込むようにして入っていく。そして光が収まると、傷のあったところは綺麗な肌になっていた。

 そして治癒が終わり、魔鹿(まじか)を見ると、呼吸が落ち着いている。僕は腰から力が抜け、後ろにへたり込む。



「よ、よかった…」

(治った!治せた!!これが僕のスキルなのかな?)



 ーー生まれてから16年、スキルどころか主能力(メインスキル)すら無能力だったラインに発現したのは、「死にたくない」という強い感情から生まれた回復能力だった。


 自分の魔生で16年間で初めて覚醒した能力決して強くは無いものの、僕自身は心から満足していた。

 初めて得た能力で、自身だけでなく別の命までも助けられたのだから。


 しばらくすると魔鹿(まじか)が目を覚まして起き上がり、魔鹿(まじか)は自身の身体を見やった後に、何か言いたげな顔をした後に洞窟から出ていった。

 少し寂しいが、元気になったらそれでいい。




 しかし、10分ほど後に、魔鹿(まじか)が戻って来た。さっきの個体だろうが、その口には、2つの植物の実が咥えられていた。

 魔鹿(まじか)はそのうちの一つをこちらに転がし、もう一つの実を貪り始めた。



「落としたよ?」



 そう言い、実を返そうとすると、魔鹿(まじか)は実を貪るのを止め、ラインの手の甲に頭を押し付け、手に握られた実をぐいぐい押し戻してくる。



「………ありがと」



 そう言い、実を齧る。それはまるで死にかけた自分へのご褒美のように、甘く感じた。

 その後は、少し寝ることにした。

 魔鹿(まじか)も僕に寄り添い、丸まって寝始めた。


 僕は永遠の眠りを拒み、明日への眠りを選んだ。




                 ▽▲▽▲▽▲▽▲




 目を覚ますと、今までの光源としていた火の魔石が効力を失い、ただの石の欠片となっていたが、明るかった。

 外を見ると朝になっていたので、出発しようと鍋などの荷物をまとめていると、魔鹿(まじか)が入り口から出て来て、去っていった。

 見つめてきた目は自分と同じ黒の瞳。だが自分と違い、真っ直ぐな瞳だった。


(そうだな。こんなところで立ち止まっていたら、父さんと四天王のみんなに顔向けできないよな)


 しかし前に進む為には次の目的地を決めなきゃいけない。そこでキーラが持たせてくれていた地図を広げる。絵心は置いといて、次の目的地を探し、決める。


     〜魔と人の村  アスタ村〜


 アスタ村。魔族と人間が共存している村で、魔界にある唯一の人間の村でもある。

 ラインもかつて父と行ったことがある。大きくは無くとも、魔族と人間が仲良く共存している、正に父の夢を体現した村だった。



「みんな…無事だといいんだけど」



 目的地は定めた。道も分かった。食料は道中確保すればいいだろう。後は一歩踏み出す勇気だけだ。


 ーーお前は自分の命をお前の生きたい方向へ使え。



「ありがと、父さん」



 ここにはいない父に感謝を述べて、一歩踏み出す。



「よし、行くか!!」




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 魔界との間に、広大な砂漠であるヒュージ砂漠を挟んだ大国、「ルクサス王国」。

 この国の王は、誰よりも国民のことを考え、優先する「賢王」だった。

 しかし、此度の人魔大戦には「無駄な争いには参加しない」という国民の意見に王が同調した事で参加せず、他の人間国家から「臆病者」と非難されている。


 そんな争いに無縁なルクサス王国に、「力」を体現したかのような【神】に愛されし存在がやって来た。






 青年は膝をつき、王に挨拶する。しかしその挨拶は王にするにしてはあまりにも軽いものであり、不敬極まりない形だけの挨拶には相手への敬意は一切ない。

 それを王は半ば聞き流しており、最初から敬意を払われないことを前提とした考え方で悠然と構える。



「これはどうも、ルクサス王国国王様」



 青年の見た目は、綺麗な黒髪と白髪が混じった短髪に、ひと目でわかる潤沢な装備で全身を覆っている。特に目を引くのが腰の剣であり、その峰部分には大きくエックスの文字が象られている。

 普通の冒険者なら一生着けるどころか目に入れることすらできない品物であり、きっとギルドのトップに君臨するSクラスパーティですら買えない代物であろう。



「…何だ、人魔大戦は終わったのであろう?どうして貴様は仲間も連れずにこの国にいる?」



 そんなギラギラした装備を全身に身につけている青年の挨拶に対して、王は答える。

 その声は一国の王にしては不自然に高く、その反面、一国の王として相応しい厳格な雰囲気を纏っていた。



「いや、ある噂を耳にしただけだ。…この国が今回の人魔大戦で亡命してきた魔族を受け入れているということだが、真実か?」



 場に緊張感が走る。この国は『第5回人魔大戦』には参加せず、傍観者としての立ち位置を貫き通した…のは表の話で、実際には魔族の亡命者を受け入れたりとかなり魔界寄りのスタンスでいるのだ。

 まさに一触即発の空気に包まれた城内は、とある1人の老人の声によって緩和される。



「いやーすまん、それはワシが王に無理を言ってしてもらっただけじゃ。責めるならワシを責めてくれ」

「…いやいい。この国で保護している魔族に対しては危害は加えないように、と"上"に言っておこう」



 その禿頭を下げるジジイに対して青年は答え、自分の本拠地とする国に今回の件を伝えることを伝える。

 しかしその声はどこまでも淡々としており、あたかも仕事のように一民族の処遇を伝えている。



「ーーでは、此度は何をしに来た?それを言わんと我が国民の安全性が確保出来ん関係上、帰せんぞ」



 王が言う。その威圧感に一切屈するどころか怯えすらしない青年は、ただ説明がダルそうに淡々と答える。



「ああ、何ーー魔王の遺した一粒種(こども)を成敗するだけだ。本当は面倒くさいけど"上"からの命令でまた魔界に行くから、食糧を確保しようと思ってな」

「ーーー。良かろう、許可する。しかし貴様が我が国民及び受け入れている魔族の者に手を出した暁には、貴様は我が国の敵だ。そこは肝に銘じておけ」


「よく言うぜ。自分の能力が通用しないことが分かってるクセに、随分と強気だな?今の俺は前とは違う。お前が一度見せた技は二度も効かねぇんだよ」



 遂に青年は飾りだけの敬語をやめ、『威圧』する。

 すると、内政官や大臣などの非戦闘員だけでなく、有数の実力者である騎士達までもが倒れていき、あとは王と先程2人を仲裁した老人のみとなる。

 本来『対象威圧』は使用者の魔力やその他の力、そして本人の技量と威圧感を相手にぶつけるだけの技であり、魔物を追い払うぐらいしか使わない。


 しかしこの青年は人に対してこれを使用し、しかも王とその隣に座る禿頭のチビ老人以外の者の意識をあっという間に刈り取った。

 つまりこの青年は、一国の騎士すらも無抵抗で殺せる勇者クラスの技量及び力を有する、この世界でも有数の実力者だった。



「そう苛立つな。短気な男は女にモテんぞ?」

「言われなくとも分かってる。こんな最低な俺に惹かれるのは俺の特権にまんまと引っかかったザコか立場や位だけにしか目の行かない盲目なバカだけだしな」



 青年は去っていく。背後は一切警戒していない。否、する必要がない。何故なら彼は、この世界で最強の男なのだから。


(「爺、ヤツは殺せんだろう?」)


王が小声で隣の老人に囁く。すると老人は少し考え込んだような仕草と表情を見せ、しかしすぐに王の方へと向き直って口を開き、小声で王に囁き返す。


(「はい、無理でしょうね。でも結構いいところまではいけると思いますが、どうしますかの?」)

(「…いや、いい。何があろうと手を出すなよ」)

(「承知しました」)


「ーー達者でな、《勇者》ハルト・カツラギ」



 王は言う。それは明らかに厳格な声が混じっていた。



「ああ。ルクサス王国国王ことリダ・サーヴィア」



 青年ーー否、《勇者》は無感情な声で答える。

 彼こそが、今回の第13回人魔大戦のリーダーかつ世界最強ーー《第15代勇者》ハルト(遥人)カツラギ(葛城)である。



「ーー早く出て来てくれよ、雑魚(モブ)共」



 青年は王宮を後にし、繁華街へと出る。

 その黒い瞳には何の感情も無く、ただただ言われたからやっているだけという社畜感を漂わせながら、彼はこの国の商店に向かう。

 いっそのことここにいる国民全員皆殺しにして略奪することも容易いが、それをするとあの王は黙っていないであろう。

 どちらかと言うと王自体よりも隣にいたハゲのジジイこそが、最強である自分にとって一番脅威だった。



「……えーっと、何買うんだったっけ?」



 青年の頭は働いているようで働いていない。

 今もそれなりのことを考えながらただ歩いていただけで、気づいたら関所のところまで来てしまっていた。

 とりあえず引き返し、ハルトは買い物を続ける。




 そのどこまでも無気力な黒瞳を、全ての生物を等しく照らす太陽と澄み渡る青空へと向けて。




*************************


ライン・シクサル

 年齢…16歳

 種族…魔族

 主能力(メインスキル)…???????

 スキル…回復能力、緩和能力



*************************




 ーーーーーー。




 ラインが歩みを進めて数十秒後。

 彼が居た洞窟へと足を踏み入れる者がいた。



「ーーふむ、デリエブの子は生き残りましたか」



 心底から嫌悪するように絞り出されたその言葉には、ラインの父親デリエブの名前も含まれていた。彼はその黒髪を掻き上げ、洞窟の中に残された効力の喪失した魔石や焦げた枯れ草、更には何かの生き物の食べ残しなどを見て回る。

 その紫瞳には失望の色しか無く、まるでラインが生き残ったことを残念に思うような感情を丸出しにし、全く隠そうとしていない。

 


「……おや?」


「ーーーーーー」



 ーーと、黒髪紫瞳の青年が洞窟の入り口を振り返ると、そこには魔鹿が姿勢を低くし、唸り声を上げて青年を威嚇していた。近くには果実が落ちており、どうやらこの洞窟の主らしいことを青年は察する。

 しかし幾ら何でも威嚇のレベルが違うことも、洞察力の高い青年は察した。普通ならばここは「出て行け」の威嚇の意が込められていることが大半である。


 だが、この魔鹿の威嚇は何かが違う。

 まるで「ここからは行かせない」とでも言うかのようなーーー、



「ーーなるほど、貴方でしたか。ライン・シクサルと会った、あの魔鹿は」


「ーーーーーー」


「……ところで貴方、気まぐれで石を投げた筈の脚が治っていますが、どうされたんですか?」


「ーーーーーー!」


「ーーなるほど。ライン・シクサルはなんのスキルも持たない雑魚としか思っていませんでしたが、ついに奴もスキルに目覚めたと捉えて良いでしょう。……しかし、よりによって回復系のスキルとは……奴も運が無い。何せ、私の一撃必殺には回復も無意味ですから」



 魔鹿相手に駄弁り倒すその姿は変人としか言えないが、青年にはその言葉を遮らせない謎の気迫がある。それ故に、魔鹿は威嚇こそすれど飛びかかったりはできないでいる。

 生物的な本能が攻撃を止め、しかしそれ故に魔鹿の命は失われずに済む。


 青年は洞窟内の石を数粒拾い上げ、それをおもむろに上へと軽く投げ、手に落ちたそれを再度上へと投げ、数個の石を見せびらかす行為を何度も繰り返す。



「では、私は追跡を続けますので。入り口を開けていただいてもよろしいですか?……まぁ、イヤと言うことも出来ないでしょうしねぇ。 クフフフフッ」



 そのまま大股で悠然と洞窟の入り口へと向かう青年に対し、危機回避の本能が耐えきれなくなった魔鹿は不恰好な走り方で去っていってしまった。

 入り口から出た青年はその後ろ姿を眺めて鼻で笑い、その手に水晶のようなものを握る。そして何事か呟くと、岩陰へと立ち、すると彼の下半身は沈んでいく。



「ーーまぁ、せいぜい頑張ってくれると面白いですね」



 そして青年は卑しく笑いながら、影へと消えた。



後書きです。専門用語紹介をば。

・魔力…この世界のエネルギー概念。どの種族・どの生命体も持っているエネルギーであり、これが尽きると魔法が撃てなくなったり一部スキルが使えなくなったりする。

・魔法…↑の魔力を消費して撃つ攻撃。魔法の紹介はもう少し後に後書きで説明するのでここでは省略。

・スキル…特殊な能力。強化するものや特別な能力がある。割と簡単に得られるものや難しいものがある。ちなみにラインは16歳になってもまだ得られてない。ざっこ。

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