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設定メモへと堕ちた何か  作者: ヌヌヌ木
第一章 新芽と残火編
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16話 最悪の再邂逅



 ゲイルの校舎を発ってから数時間が経っただろう。時刻は丁度昼頃。しかし空は分厚く暗めの雲に覆われており、青空の隙間さえ見えない。

 名も無き岩場地帯にまでやって来たライン一行は、その足場の劣悪さに翻弄されながらも、何とか進み行くことができていた。この辺りはかつて魔王がいたとか何とか聞いたことがあるが、真偽は定かでは無い。



 ラインは岩場地帯の足場の劣悪さに内心文句を言いながらも、スキルをある程度駆使しながら、道とは言えない道を進む。

 他の皆もかなり大変そうで、しかし皆が文句を言わずに協力しながら進んでいる。


 特にミクスタとレンは互いに助け合いながら進んでおり、レンがミクスタを押し上げ、その後ミクスタがレンを引き上げたりして順調に進んで行く。

 ゲイルは途中までは真面目に進んでいたが途中で完全にバテたのか、唐突に空中浮遊し始めた。魔法の一つなのか、それともそういう能力なのか。

 なおサクラは、まるでアサシンの如き速度で走り、何メートル先の岩場すら越え、周りに敵が居ないかを確認しながら進んでくれている。


 そしてラインは、1に根性、2に根性、3に根性の精神で必死になって自力で進んでいる。確かに大変だが、それは他の皆も同じはずだ。

 ミクスタとレンは互いに助け合うのが限界らしく、ゲイルはもう既に荷物を大量に浮かせて運んでおり、一番余裕のあるであろうサクラは隻腕。流石に隻腕の人物にただ「疲れた」というだけで背負ってもらう訳にはいかないと思い、彼女にはまだ言っていない。


 魔界は人間界と隔絶されるように『四大禁地』に囲まれている。しかも禁地が無い西側は海に面しているので、実質的な出口は東側・南側しか無い。

 人間界に最短で行けるのは東側であり、横断しないといけないヒュージ砂漠の距離も一番短い。その為普通なら東側から行き来するのが普通なのだが、急ぎたい今回ばかりはゲイルの瞬間移動に頼ろうと思う。



「みんな大丈夫?足元気をつけて!」



 そう呼びかけると、第一に反応したのはゲイルだった。いやアンタ浮いてんでしょうが。

 ミクスタとレンはこちらを見る余裕は無いらしいが、その場で頷く形で返事をしてくれた。

 サクラは1人で突っ走ってるにもかかわらずラインの声が聞こえたらしく、一瞬で戻って来た。何故かガチ恋距離にまで顔面を寄せてくるサクラは小さく呼吸をしており、心なしかいい匂いがした。


 そんな呑気なことを考えながら岩場を進んでいると、ラインとのガチ恋距離にいたサクラが急に後ろを振り向き、深呼吸した後に聞き耳を立てる。

 サクラはしばらく目を瞑っていたが、やがてハッとしたような顔をし、振り返って皆に呼びかける。



「みんな、出来るだけ魔力を抑えて移動して。ゲイル君は飛ぶのを止めてもらっていいかな?いきなりで申し訳ないけど……誰かが向こうに居る。しかも複数」



 ーーー向こうに、誰かが…?一体誰だ?


 それにしてもよくサクラは気づけたな、と思いつつもそれは言わず、ゲイルの真偽確認を待つ。

 ゲイルは額に指を押し当て、むんむんと念じ始めた。彼の周りに魔力の粒子が集まっていき、何かを探っているようだ。

 10秒ほどした後、ゲイルは額に指を押し当てるのを止め、ライン・ミクスタ・レンに振り向く。



「ーーサクラさんの言う通り、どうやら何名かがいるらしいです。この魔力の安定度から見るに人間、それも冒険者などの手慣れであることが分かります。…相手は恐ろしい強敵です。警戒を」



 その一言で、5人の間に緊張が走る。このパーティのメンバーの中でも上位の強さであるゲイルが「強敵」と断言できる相手。

 ーーーそんな相手が、この先にいる。



「ゲイル先生がヤバい敵って断言できるって、どんな相手なんだよ…それこそサクラさんレベルじゃ…?」



 レンが呟いている。分かる、その気持ち。

 ゲイルがヤバいと思うような敵なんて、未だに遭遇したどんな敵よりも遥かに強敵なのではなかろうか。



「一人ひとりの強さもそうですが、敵が徒党を組んでいることも懸念点ですね。1人ならサクラさんとゲイルさんがメインでアタッカーになってもらって、私達が援護をすればまだ可能性がありましたが、敵が複数人いるなら戦力の分散は避けられません」



 ミクスタが冷静に場を分析する。確かにそうだ。


 強敵が複数人に分かれているのなら話は別だ。今回ばかりは撤退し、多少遠回りだが『四大禁地』を無理矢理通る必要があるかもしれない。

 幸い一番人間界に近い四大禁地は、《三大魔王獣》がいない『フレア豪炎地帯』なのでまだ大丈夫である。



「ミクスタさんが仰ったことはごもっともです。しかし私はたった今まで魔法で飛んでいたので、向こうにバレている可能性が高いです。…申し訳ありません」

「謝らなくていいよ。それに私は『バレた』のではなく最初から『待ち伏せされていた』ほうが正しいように感じるよ。あまり自分を責めないようにしてね」



 サクラがゲイルを慰め、彼女なりの予測を述べた。


 以前ゲイルの校舎に天使族が襲撃して来た時も、神天聖教会の連中が夜襲して来た時も、ブーモ達3人がミクスタの鍛冶屋へと戻って来ていた時も、そこには唐突に敵が現れていた。

 あたかも見張られていたかのように接敵する点から、以前ラインが予想した、魔王候補者のうちの誰かがまた送り込んだのだろうか。

 しかし今回の相手は恐ろしい強者であり、下手したら全滅の危険もあるし、そんな相手と正面から接敵するほどラインもバカではない。



「じゃあ、バレないように戻ろう。今ならまだーー」



 とりあえずここから離れよう。

 いくら向こうがこちらに気づいていたとしても流石にこちらから近づかなければ攻撃してこないはずだ。

 彼らが何者で、何が目的かは知らないが、まともに取り合う時間も無ければ、理由も無い。 

 そうまとめ上げ、ラインは残り4人に振り向く。


 するとレン達はこちらを向いたまま固まっている。一体何があったのか。ゲイルやサクラなどの強者でさえもが緊張を隠さない相手が、何かをしたらしい。

 確かにライン自身も先程からなんとなく嫌な予感がするので、背中に冷たい何かを感じているがーーー、



 ーーいや違う。明らかに先程から何かが変わった。



 しかしその雑念を振り払い、思い切り後ろを見る。






 ……向こうから死を刻む無数の斬撃が飛来した。






 それらは一切の遠慮を知らずにこちらに迫り、この場にいる5人の命を細切れにしようとしている。それを避けることはできない。目視からの防御など、ラインには不可能である。


(ーーは?やば、待て、これ死ーーー)


 ラインには避けることができない。体が動かない。

 動かそうとしても全く動かず、ラインはその斬撃をなす術なくその矮小な体に受けるしか無かった。



「…ッ!『三重絶対障壁(トリニティバリア)』!!」



 しかしラインの仲間達は違った。

 仲間内で最初に動いたのはゲイルで、彼は『物理障壁』と『魔力障壁』を合わせた『絶対障壁(バリア)』を張り、さらにそれを三重に重ねて防御しようとする。

 魔力効率がとんでもなく良いゲイルだからこそ、可能である『神業』だった。



 ーーだがその障壁は、豆腐に刃を入れたかのようにあっさりと刃が入り、派手に砕け散った。


 ゲイルの神業は、その刃の嵐には通用しなかった。



「な!?しまっーーー」



 それはゲイルも完全に想定外だったのか、彼はその黄色の瞳を見開き、驚愕の表情を浮かべる。最強の防御魔法を三重にしても、刃を止めることはできなかった。

 しかしそれをリカバリーするように、ラインの真横にサクラが飛び出してくる。彼女の右手には左腰に挿さっている刀の持ち手が握られており、そして抜刀してーー、



「"桜流 抜刀"ーー『燕子花(カキツバタ)』!」



 サクラが解き放った銀の一閃は、飛来する斬撃全てに直撃する。彼女は一瞬押し返そうとするも、無理だと判断したのか、その威力を下側に逃がす。

 それによりライン達の足場にある岩場が崩壊し、5人は足場を失い突然空中に投げ出され、各々が着地の態勢を取る。


 ゲイルは魔法で再度浮遊し、空中に浮かぶ。

 レンが崩れる岩を破壊しながらどかし、ミクスタはレンを支え、それに加えてサクラはその刀で崩壊する岩を全て細切れにし、誰も巻き込まれないようにする。


 そしてラインだが、岩の崩落には巻き込まれなかったが着地態勢を取ることに失敗し、地面に叩きつけられる。一応受け身は取ったのでダメージは最小限だったが、やはり痛いものは痛い。

 しかし今の彼にとってはそんなことは重要じゃない。ラインが今欲しいのは、「あの斬撃は誰が放ったのか」だった。


 まともに数えられていないが、パッと見ただけでも100斬撃は超えていた。あの威力の技をあれだけの量放てる化け物が、この先にいるのだ。


(誰だ!?砂埃で見えない!早く見せてくれよ!!)


 かつてブーモに殺されかけた時よりも大きな不安が、ラインを襲う。単純に恐ろしいだけじゃない、敵の強さが未知数だから恐ろしいのだ。


 そして、敵にそんな相手がいることが一番問題だ。



「ーー誰だ?いきなり攻撃して来て!アンタ誰だよ?自己紹介も挨拶もナシで殺しにきやがって!姿を見せろよ!それとも臆病者なんか、コラ!!」


「ーーお前は挨拶は自分からすることを教わらなかったのか?名乗るならまずはお前から名乗れよ、ガキ」


「ーーあ"あ?」




 ラインに返事をする声が聞こえた。

 どうやら向こう側から聞こえているらしい。


 その声はこの大惨事に対して特に何も思っていないような声であり、その無感情かつ無関心なトーンに、ラインの神経が逆撫でされる。

 いつの間にか手の感覚が薄くなっていることに気がつき手を見ると、再度黒いモヤが薄く漏れ出していた。今は大して出ていないものの、これが出過ぎるとむしろデバフにしかならないので振り払って消す。



「ーーだから誰だよ!姿を見せろよ今すぐに!!」


「ハァ…仕方ねえな。頭伏せとけ、トぶぞ」


「その必要は無い。私が吹き飛ばすから」



 もはや周りが何も見えない煙の中、透き通った中性的な声が響き、それと同時に周りに撒き散らされていた煙が一瞬で散って視界が晴れる。

 この透き通った声はサクラのもので、彼女が煙を吹き飛ばしたのだろう。

 ふと横を見ると隣にサクラがおり、彼女はラインを守る態勢を取っている。彼女の目もラインと同じく真っ直ぐ先に向いており、一点を見つめて離さない。




 高身長で黒髪と白髪が混じった髪、全てを見通したような漆黒の瞳を持つ美形の青年が、そこにはいた。




 ……間違いない。アレこそが、父や《四天王》の皆が死ぬことになった最大の敵であり仇の男。そして今度は、魔王関係者の中で唯一生き残っていた自分を始末しに来やがったのだ。



 《第15代勇者》、またの名を《最強の勇者》。



「久しぶりだな、ライン・シクサル。お前のお父サマがせっかく身を隠せる期間を作ってくれたのに、それを無碍にして『なかまたち』と共に魔界の散歩か?ダメ息子を持ったな、魔王デリエブは」



 ーーーハルト・カツラギ。


 この世界最強の勇者であり、その強さは強さが未知数の初代勇者を除く歴戦の戦士達が全員束になったところで惨敗し、塵芥へと還されると比喩されている。

 また、彼が一声かければ多数の国が従い、多数の女性を侍らせられ、悪党は降伏し、彼を呼び出したとされるデザイア国は永劫の安寧を約束されたと同意義。



 最強チートハーレムスキル持ちの『完璧超人』。

 それが、ハルト・カツラギである。



 そんな最強の勇者(ハルト)に対し、ただの雑魚(ライン)はーー



「ああ、久しぶり。突然だけど、今すぐ死んでくれ」



 今まで誰にも向けたことのない、憎悪と怒りと殺意が籠った左目を向け、返事をする。

 普段は情けなくも底知れない優しさを秘めていたその黒瞳には、自分でも知らず知らずのうちに、相手を睨み殺すほどの憎悪が籠っていた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 デリエブの仇、《最強の勇者》ハルト・カツラギ。


 彼はこの世界に召喚されて以降、召喚した国である大国『デザイア人亜天霊(じんあてんれい)共和国』の更なる発展に貢献し、さまざまな偉業を成し遂げた。

 そんな限りなく『完璧』に近い存在のハルトだが、力の面だけでなく容姿や性格面でも、《歴代勇者》を遥かに超越する最強の存在だったのだ。

 彼はその整った顔と透き通った声の高身長、白と黒が混じる珍しい髪色、細身ながらもガッチリとした体つきなど、あげるとキリがない。

 彼の見た目は体の特徴の長所がそれぞれ殺し合うことなく噛み合い、『人間国宝』を作り出している。


 何もかもを持つ、無敵の存在。

 それが、ハルト・カツラギという勇者だ。



 ーーーあるもの(・・・・)を除いて。

 今の彼には、全く感情が無かった。


 感情が無いといっても、年頃の男子あるあるの最初と最後に卍マークが付くようなイタいようなことではなく、本当にハルトは後天的に感情が喪失していた。

 しかしハルトにとっては、感情など要らない。彼の守りたかったとある人物が死んだ時点で、感情などただの『枷』に過ぎなかったのだ。


 ただ敵を斬るだけの勇者(でくのぼう)。それがハルトである。



        ※ ※ ※




 ラインは立ち上がり、敵から一切目を離さない。

 父の仇を目の当たりにしたラインの頭には溢れんばかりの憎悪と激憤が煮えたぎり、ドロドロのコールタールのような憎悪となっているようだ。


 その怒りを口に乗せながら、ラインは普段の彼からは想像も付かないほどに饒舌に話し始める。その言葉の一つ一つには、ライン自身にも無意識のうちに、果てしない憎悪が宿っていた。



「ーー久しぶりだね勇者サマ。僕の父さんが誰かさんに殺された以来かな?ものすごーく会いたかったよ」


「よう、3週間ぶりだな魔王デリエブのバカ息子。せっかく自分を逃がしてくれた父の想いを踏み躙ってこんな所に来てよ、恥ずかしくないのか?」



 しかしハルトはラインの挑発を全く意に介さず、むしろ逆にラインに挑発し返す。

 彼にはいかなる暴言や挑発も通じないばかりか逆に何十倍ものの悪意になり、それにより更にラインの神経が逆撫でされ、歯軋りが止まらなくなった。



「ーーアンタこそ、ここには居ない親御さんに黙って魔族狩りか?アンタみたいな凄いヤツの両親がこれを知ったら悲しむだろうな」


「ーー。もう一度言ってみろ。その場でお前を殺す」



 怒りの沸点が限界に達したラインがハルトの親について煽り散らすと、先程の挑発を一切意に介さなかったハルトの眉間に皺がより、明らかに不機嫌になったことが分かった。

 一体何が彼の逆鱗に触れたのかは分からないが、今のラインにそれを気遣う余裕は無い。むしろ目の前の仏頂面のクソ勇者にボロクソに言えることを知り、変な興奮が溢れてくる。


 ラインは、内の感情に任せて、饒舌に煽り出す。



「本っ当に可哀想だよな。アンタのような誇れる息子が魔族皆殺し作戦のリーダーなんてよ。どうせ何も苦労せずに生きてきたんだろ?生まれた時から全てを与えられて、なんにも苦労することが無かったんだよな?数が少ない『特権』も、アンタならいっぱいあるんだろ?なあ、何とか言えよ、正義のヒーロー様よ」



 ラインはその歪んだ笑いを浮かべた顔を更に歪め、かつて魔物などに向けていた優しい顔の面影が完全に消失し、まさに魔王の息子に相応しい顔つきになる。

 今の彼にとって、宿敵をボロクソに言えるのは最高に気持ちよかったのだ。感情に任せて好き放題できるのは、こうも気持ちいいものなのか。


 それに対してハルトはーーー、



「…あまり調子に乗るんじゃねえよ、雑魚(モブ)が」



 ハルトは1年ぶりに感情の片鱗を見せ、その死んだ黒い瞳で目の前の無知で雑魚の魔族を睨みつける。


 ……その瞬間、勇者は直接斬りかかって来た。

 彼が持つパワーを込めて、ラインの細い首を一撃で弾き飛ばそうと襲いかかる。無慈悲に振られた瞬刻の一閃を避けることなど、ラインには到底不可能。


 その一閃は、ラインの細い首ごと彼の命を容赦なく刈り取ーーーらなかった。



 甲高い金属がぶつかる音が響き、空間が揺れる。



「ーー彼はまだ話をしていたよ。流石にそれは今代勇者にしてはあり得ない行動なんじゃないか?勇者君」



 最強の勇者の一撃を、400年の間無意識に鍛えられた肉体と技術から解き放たれた一閃が防ぎ切る。

 それはあり得ないこととあり得ないことが完全に同時に発生した超常現象ラッシュであり、ラインやレンなどの常人には全く理解できなかった。


 それを理解できないラインの横で、ハルトの攻撃を防いだ張本人であるサクラが呟く。その声は飄々としながらも冷静で、敵の強さを正確に見抜いていた。

 しかしその言葉はハルトの耳に一切入っておらず、彼は剣を振った相手ーーラインにしか目を向けていない。

 そして彼は、一切の感情がこもっていない声で、ラインに話しかけて来る。ラインの首に未だに剣と刀を置きながら、ハルトはラインの顔を見ながら呟いた。



「……お前は弟の何を知ってる、ライン・シクサル」



 彼のその目には全く感情が無く、特に目元はとんでもなく濃い隈が現れており、表情筋は完全に固まり、再度

 その姿は、彼が普段している見た目とは違った。彼の見た目はまるで全てに絶望したような表情であり、その黒い瞳には一切の輝きが無くなっている。


 この世界に絶望したこの表情こそが、彼の本性だ。




 その瞬間サクラを始めとし、ハルトに飛びかかる。ミクスタは拳銃の発砲、レンは影分身と体術、サクラは抜刀して技を技を使用し、ゲイルは高等魔法でハルトを迎え撃つ。

 ハルトはサクラの斬撃以外を軽快に躱し、サクラの抜刀術すらも喉笛ギリギリで受け止めて、そのまま鍔迫り合いの体制へと移行する。


 しかしそんな切羽詰まった状況でも、ハルトは首だけを向け、ラインを心底嫌うように吐き捨てた。



「……何もかも人頼りなんだな。雑魚の分際で」



 ーーその罵声に、ラインの肩が揺れる。悲しみや憎しみの感情ではなく、人のことも知らないで饒舌にベラベラと罵倒の羅列ができるハルトへの、『憤怒』。


 激情が、今のラインの真っ白な魂を、塗り潰す。



「人任せ。他人頼り。お前はいっつもそうだ。魔王デリエブを殺したあの時、お前はどうしてた?四天王だか何だか知らんが、部下に守られてたよな?おんぶに抱っこ、若気の至りも何とやらだ。飽き飽きする」



 そんな罵倒のマシンガンを浴びせられ、ラインの怒りは留まるところを知らずに増幅し続ける。怒りに塗り潰される意識の中、ラインは己の底に眠る憎悪の深さに内心驚愕を隠せない。


 自分は、こんなに根に持ってたのか、と。



「お前の大切な『なかまたち』はお前にとっては何なんだ?自分の命令やお願いをなーんでも聞いてくれる道具か?手足か?指先か?どれも異世界小説でしか見たことねぇよ。そこまで人を道具だと思ってたんだな」


「……黙れ。違う。ミクスタは…レンは…サクラは…ゲイルは…僕の大切な、大切な仲間だ!侮辱するな!」



 その瞬間、ラインの怒りの沸点は、限界を超えた。

 今まで散々死にかけたことで自分でも知らず知らずのうちにストレスを溜め込んでいたのだろう、一度タガが外れた怒りの感情は際限なく溢れ続け、ラインの頭の中には激情しか残らなかった。



「何も知らずに次から次へと軽々しく命を奪って!それで世界の英雄?ふざけるな!命に価値の差なんてあってたまるかよ!命は命だ、皆が等しく貰ったものだろうが!それに優先順位なんて付けるな!!」


「……ああすまん、間違えたわ。道具でも無ぇのか。んー、そうだな…『肉壁』とかどうだ?ピッタリだろ」


「………ッ!!」



 『肉壁』。その罵声たかがが一声。されど一声。

 その言葉ーー否、「踏み越えてはいけない境界線」をオーバーして余りある発言をしたハルトに対し、ラインはその激憤を半ば八つ当たり気味に地面にぶつける。

 殴り殺してやりたい。その仏頂面を目に当てられない程にぐちゃぐちゃにして、こちらを蔑むような黒瞳を抉り出し、骨と肉と内臓その他諸々で博覧会を開いてやりたい。


 だがそれができる訳がないラインは、今こうして地面に衝動をぶつけている。スキルすら使わない貧弱な少年の拳は地面すら割れず、ただ悪戯に自分の拳と肉が砕け潰れる音を響かせる結果となった。

 それでもラインの激憤は収まらず、何度も何度も地面に拳をぶつけ、自傷し、怒りに任せて殴り潰す。普通ならば痛みが彼を支配し、頭が冷静になるはずだ。


 しかしいくら殴っても、全く痛みが来ない。というか、手の感覚が無い。殴って潰れているのも音と視覚情報に頼ったもので、痛みによる確認はできていない。

 普通なら拳がマグロタタキのような、凄惨な見た目になっているであろうラインの右手だが、彼だけでなく周りでさえもその手を認識「できなかった」。



 何故なら、ラインの右手からあの時よりも濃く量も増えているドス黒いモヤが漏れ出しており、それが彼の手の感覚を完全に奪っていたからだ。

 『消失者(バニッシャー)』。ライン自身が命名したオリジナル技の、メリットでもありデメリットでもある感覚の消失が、この土壇場で宿主に牙を剥く。



 そしてもはやラインという小さな頭の器を溢れ出した怒りによって頭の重要な血管が切れ、ラインの意識が途切れる。まだ憤死はしていない。

 しかし頭の中の血管が切れたからか、ラインの頭部が赤黒く染まっていく。意識の無い彼には、その頭の内出血を治すことはできない。


 ーーこのままでは、ラインは意識が無いまま死ぬ。


 その怒声、そして怒りに任せた蛮行による不快な音は周りに響き渡り、それを聞いた皆の動きがほんの僅かの時間、止まる。ーーそれが致命的だった。



        ※ ※ ※



 敵の反撃の火蓋を切ったのは、他の誰でもない、彼らが殺そうとしている標的であるラインだった。

 内に眠る『憤怒』を暴発させ、この世の不条理全てを憎み、自身の味方を危険に晒した大罪。


 ラインの純白な魂に、『憤怒之大罪(サーテン・シン)』のドス黒い赤が乱雑に、無遠慮に刻まれた。

 それによりラインの魂が少し欠け、白い魂の中に赤い光が入り込み、混ざった。その後、何事もなかったかのように欠けは治り、先程の状態に戻る。




 白い光に、赤い光が混ざり込んだ以外は。



        ※ ※ ※



《ーー?ーーーー!誰ですか!?姿を見せなさい!》


《分かってるわよ。折角受肉させてもらったし、適合者様に失礼なんでしょ?今回は300年ぶりの受肉ね》


《ーーーーーーーーーーーー》


《…んー!やっぱり新鮮な魂は良いわね、元気いっぱいじゃない!私はただ、この宿主サマに従うだけだから》


《ーーーー。貴方は》


《私?私はね……七罪悪魔の端くれで『七つの大罪』の『憤怒(アンガー)』を司る悪魔内No.2、《憤怒ノ悪魔(サーテン)》様よ!崇め讃えなさい!》


《ーーーーーーーーーーーー》


《とりあえず周りにも挨拶したいから、宿主(この子)の意識と変わってもらっても良い?アンタならできるでしょう?》


《ーー了解しました。個体名:『ライン・シクサル』の意識と『憤怒ノ悪魔(サーテン)』の意識を入れ替えます。ーー完了しました。…では、宜しくお願いします、サーテン様》


《分かったわよ。久しぶりに外の空気を吸えるのね!》



《……まさか、こんな時代にまでいたのか。『あの大きな戦い』からちょうど1000年…だが、悪魔はまだこの時代に残っている。それはどうなんだろ……?》



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲




 ーーー悪魔は蘇る。


 彼女にとって、これは300年という膨大な時を超えた受肉であり、彼女がここで自由の身になったのは、偶然か、はたまた運命と輪廻が決めたことなのか。


 それとも、【神】とやらのイタズラなのか。


 それは彼女にとってはどうでも良かった。彼女にとって現世に舞い戻ってしたいことリストその一、「外の新鮮で清涼な空気を吸う」が達成され、彼女は歓喜する。


 ただ、少し気がかりなのはーーー、


 

「……この子の身体、ボロボロすぎない?」



 新しい宿主となる魔族の少年の頭にはおびただしい量の内出血が起きており、このままだと確実に憤死という、彼女が受肉してきた宿主の中でぶっちぎりの最速で死にそうだということであった。

 早死RTAでも狙っているのかとツッコみたくなる彼女だが、宿主が死にそうなのを見て流石に大焦りする。


 だが、形は何であれ、歴史に刻まれる大事件が起きたことは否定しようがない。それほどまでに、この世界における『悪魔』というものは危険極まりないのだ。



 ーーー『悪魔は死なない』。


 それは、この世界の悪魔ーー『七罪悪魔』と呼ばれる悪魔達の性質を、単純明快に、かつ非常にその通りに表した言葉である。【神】に縛られた魂は輪廻転生をせず、この世に留まり続け、人々を恐怖に陥れる。


 今回はその一角ーー七罪悪魔No.2と自称している悪魔である、『憤怒ノ悪魔』こと『サーテン』。彼女が選ばれたのは、宿主となる少年の爆発的な怒りによるものをきっかけとし、彼に受肉したのだ。




 ーーー悪魔は。《憤怒ノ悪魔(サーテン)》は、この世に再臨した。



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