15話 七罪悪魔
ーーー《七罪悪魔》。
それは、この世界にある様々な禁忌の中でも特にその罪の比重が重いとされている、禁忌中の禁忌。
かつて魔族と近い種族だった『悪魔族』のリーダー達であり、1000年前に行われたとされる『天魔大戦』で敗北した後、種族諸共【神】の手直々に絶滅させられたと言い伝えられる大罪人である。
悪魔族の特徴として、『一つの感情が突出しており、他の感情は極端に薄い』というものがある。
その生物としての危険性を注視した【神】は、自身が保護した天使族、そして神天聖教会の教えの内に『七つの大罪』を設定し、これらを新たな世界の禁忌とした。
『七つの大罪』は、かつての悪魔族を構成していた感情の内の、主な七種類をまとめたものである。
内容としては、『憤怒』『嫉妬』『強欲』『怠惰』『暴食』『色欲』『傲慢』の七つが認定されている。
これらは天使族や神天聖教会だけでなく、今の人間界に住まう種族、更には悪魔族と遠い縁がある魔族ですらにも広がっている教えであった。その為、ラインやミクスタだけでなく、デリエブまでもが知っている常識となりつつあったのだ。
※ ※ ※
どこまでも続く、漆黒の空間。
その空間に、八つの光があった。
そのうち七つはお互いに認識し合っているらしく、この何も無い空間で会話するか、残された唯一意思を持たない白光の球体の中を覗き込んで現世の様子を伺うのが、彼らの暇つぶしだった。
※ ※ ※
時々召喚されたりはするものの、その大半はこちらを利用したいだけであり、友達や仲間とは違った、ただの利用関係や主従関係でしかなかった。
そこに利用価値以外のものは何も無い、虚無の関係。一時的に現世に戻れても、大体の契約者や召喚士は破滅願望を持つ、つまらない人間ばかりだった。
そんな人間に対して、悪魔達の反応はさまざまだ。
《憤怒》は憤り、彼らに対して怒鳴り散らす。
《嫉妬》はその楽観さに嫉妬し、妬み尽くす。
《強欲》は理解できず、その賢い頭が混乱する。
《怠惰》は珍しく同情し、しかし欠伸を止めない。
《暴食》は腹が減り、もはや興味を失くしている。
《色欲》は呆れ、世から『愛』が減ることを嘆く。
《傲慢》は見下し、人間の愚かさを嘲笑う。
彼らは大罪となった感情を、愚かな人間へと向ける。彼らはその罪から逃れることはできない。悪魔は生まれつき、魂に『感情』が刻まれる。それから逃れられるのは、それこそ『虚飾』しかいない。
しかし『悪魔』に虚飾は居ない。そもそも悪魔族は、一人の【神】の手により全て滅ぼされた。
アレは正真正銘の化け物だ。7人全員で挑んだにも関わらず、7人中3人はほぼ相手にならず敗北した。残りのうち2人は奮戦するも力及ばず敗北。
最後の2人は最大限の接戦となるも、1人はあと一歩及ばす死亡。もう1人は実質勝利を果たしたが、それはあくまで『勝負』であり『試合』では敗北した。
そうして彼らは今日までの1000年間、特に何かにこだわるわけでも何かするわけでもなく、ただただのんびりと現世が映し出される白い光球を見つめていた。
テレビを垂れ流しながらスマホを見る我々の心境と同じ原理で、彼らは白い光球ん見続ける。
あわよくば、今まで出会ったことのないような性格や内面の、新たな契約者と出会えることを夢見て。
※ ※ ※
漆黒の暗闇に浮かんでいる、輝く白球。その周りに、薄くながらも色を持った光が集まってくる。それらは仄かな光を放っており、一個体としての強さはほとんどないようにしか感じられない。
ーーそのうちの一つが、初めて声を上げた。
《ーーあっ!コイツ『適合者』じゃん!しかも魔族!もしかしたら私、ここから出られるかも!》
七つある光のうち、赤い光が《声》を発する。声のトーンは高く、成人女性のような声帯をしている。彼女は何か興奮したように呟き、その光の輝きを増す。
《気づくのが遅くないかい?ちゃんと見てた?彼の魂はびっくりするぐらい、まだ真っ白な『純粋』だ。ボク達悪魔は感情で受肉できる個体が左右される関係上、まだ誰が選ばれるかは分からないよ》
《な、何を言うのよマモン!もも、もちろん見てたわよ!私を誰だと思ってるの!?ここではNo.2のサーテン様よ!?そ、そんなヘマするワケないじゃない!》
《いちいち自分がNo.2だとか言わないでくれません?聞いているだけでむしゃくしゃして虫唾が走るんで》
《いや何でアンタが嫉妬すんのよリヴァイアサン!!別に私はアンタには言ってないじゃない!!》
赤の光が1人でワイワイ呟いていると、それとはまた別の、橙に光り輝く少年声の光ーー『マモン』と呼ばれた光が話しかけてきた。彼は博識そうであり、いかにもメガネが似合いそうな喋り方をしている。
それに必死に弁明する赤の光に対して、マモンとはまた違う、青年声の紫の光ーー『リヴァイアサン』と呼ばれた光が唐突に妬んできた。暗黒の空間に歯軋りの音が響き渡り、その行為に赤い光がツッコんだ。
《うるさいねぇ……ワタシはゆっくりしたいから…もっと声を……落としてくれないかい?……ふわぁ》
《ベルフェゴール!アンタ何年ゆっくりしてると思ってるの!?私達の体が無くなってからもう1000年は経った!確かにアンタは召喚経験無いかも知れないけどさ、流石にそんなだらしない雰囲気で行かないでよね!》
《ええ…ふわぁ。…分かったよサーテン…あと5年…》
《二度寝してんじゃないわよゴラァ!!》
騒がしくなり始めた暗闇に、緑の光ーー『ベルフェゴール』と呼ばれた光が介入してきた。その声は気怠げな大人のお姉さんの声に酷似している。彼女は、一番騒がしかった赤い光ーー『サーテン』に静かにするように文句を言ってきた。
しかしその理由が「ゆっくりする」だったことをサーテンが叱り、怒られたベルフェゴールは気怠げに謝る。しかし彼女はすぐに「あと5年」と言い出し、その怠惰ぶりを反省していなかったためサーテンに怒鳴られる。
《ーーお、新しい『適合者』クンか?どれどれ……と。お、『愛』があるな……ってうおぉ!?コイツバッチリ純愛じゃねえか!俺絶対コイツと契約する!》
《ーーまた新しい『適合者』サンですかぁ?ベーはぁ、別に誰に呼ばれてもいいんですけどぉ、できれば美味しいものをいっぱい食べてくれる人がいいですねぇ。契約者サンも美味しそうだと完璧ですけどねぇ》
《おう待てベルゼブブ、純愛は絶対だ。純愛の組み合わせは不可侵の領域なんだぜ?純愛侵害罪はもれなくこのアスモデウスが極刑に処すからな、分かったか?》
《ええぇ…もぉ、分かりましたよぉ……あの男の子の体ぁ、柔らかそうで凄ぉく美味しそうだったのにぃ…》
サーテン達とはまた別に、青い光と桃色に光る光が暗闇から姿を現す。2人は白く光る球体を覗き込み、とある魔族を観察している。彼は黒髪黒目の平均程度の身長であり、一見没個性的に見える、『ザ・凡夫』な、つまらなさそうなヤツだった。
しかしピンクに輝く光ーー『アスモデウス』と名乗った光は、イケボながらもなんとなく気持ち悪い声で、急に興奮し始める。アスモデウスは「純愛」という発言を繰り返し、白い光球にがっつくように魅入る。
それを隣で見ていた青い光ーー『ベルゼブブ』と呼ばれた光は、白球の周りをフラフラと飛び始める。アスモデウスががっついていない部分から白球を覗き、そこに映る黒髪黒目の少年を舐め回すように見る。
ベルゼブブは小さな少女が、ものすごくねっとりとした喋り方をしているような声だった。
そして何故か少年を見た後に「美味しそう」などと物騒なことを言い出した。それを聞き逃さなかったアスモデウスが彼女に忠告し、ベルゼブブは渋々諦める。
《ーーむむ?新たな『適合者』か?この我に相応しいかどうか、我直々に見定めてやろう。……何だ、何も個性が無い、つまらん男ではないか。こんな小童、高貴たる我には釣り合わぬ。後何年待つことになるやら》
《おうルシファー、テメェは相変わらずの傲慢不遜さだな。あとお前は別に高貴じゃねえだろ。大して強くないのに人間にイキリ散らかしてるイキリ野郎だろ?》
《ほう、我を弱者扱いか。随分と舐められたものだ。貴様もただ下等生物に色目を使う不貞者ではないか。何が『純愛』だ。繁殖の目的は強き者の遺伝子を残す為であろう?強き者のみに、女は付けばいい。もし抵抗しようものなら、無理矢理にでもーーごがぁ!?》
《おっと、性暴力は純愛じゃねえ。それ以上は言わない方がいい。お前がまた50年オネンネしたいならお望み通り殺ってやるけどな。どうする、殺られるか?》
《ふ、ふひはへん、ほふひひはへん》
アスモデウスとベルゼブブの会話に、黄色に輝く光ーー『ルシファー』と呼ばれた光が姿を現す。彼の声は七罪悪魔の中で一番低くてなんとなく偉そうな喋り方であり、ベルゼブブを押しのけて白い光球に映る少年を一瞬見、すぐにため息をつく。
そんな様子のルシファーにアスモデウスが苦言を言うも、ルシファーは取り合わない。しかし彼が純愛の存在を否定した瞬間、ピンクの光が黄色の光を思いっきり突き飛ばした。ルシファーはかなり吹っ飛び、その上にアスモデウスが馬乗りになる。ルシファーは怒っているアスモデウスに尋問を受けるも、何とかアスモデウスの怒りを解き、ルシファーは助かった。
「普段大人しい人が怒ると手がつけられない」とはよく言うが、よく言うが、今回はその典型例だった。
※ ※ ※
《ーーにしても彼、誰を召喚するのかしら》
サーテンが呟く。召喚される際に影響するのは召喚主の感情である。彼女は答えの出ない問いに少し苛立ち、少しでも早く『結果・結論』を出して欲しいと羨望する。
《多分強い人からでしょう?つまりはワタシでは無いわけです。強い人はいいですよね、悩みがなくて》
リヴァイアサンが話す。彼は「どうせダメ」「自分なんか」などと自分を卑下しているものの、その本質は自分よりも劣っている人と比べているだけではないのか。他の悪魔達はそう思い始める。
《いや、でも彼は普通とは少し魂の構造が違うようだ。彼の魂が既にアレなら、ボク達が皆入っても体が保つかもしれない。こればかりは少々賭けに近いけど、試してみる価値はありそうじゃないかい?まあ、もう肉体が無いボク達にはどうしようもないけどね》
マモンが推察する。今までに見たことがない魂を持っている少年への好奇心を隠さずに、さまざまな実験を提案する。しかし自分達悪魔は召喚されない限りは現世に干渉できないので、マモンは歯痒い思いをする。
《……ふわぁ……そんなに…彼のことが……気に入ったようだね……キミたちは…この黒髪黒目の少年を……》
ベルフェゴールは眠たげに呟いた。のっそりとした光の動きによくお似合いなのんびりとした声で、周りに話しかけている。しかしまともに取り合ってもただただ疲れるだけなので、他の悪魔からは無視されているが。
《ベーはぁ、とりあえず様子見ですかねぇ。彼が美食などの素晴らしさに目覚めた時にぃ、ベーが入らせていただきますぅ。後は、身体が実った時ですかねぇ》
ベルゼブブは垂れ流す。言葉と涎を。ベルフェゴールとはまた違った、ねっとりとした喋り方をする。そして彼女の召喚に応じる条件は、相変わらず食にしか関係していない。
《純愛!純愛!!純愛!!!純愛!!!!》
アスモデウスに至ってはーーもはや喋っていない。彼はもはや「純愛」しか言葉を発さず、今話しかけても多分会話にはならないだろう。それほどまでに彼は興奮し、1000年ぶりに心からの興奮が湧き上がってくる。
《今のままでは強さが足りぬ。我の強さに及ばない者には我の力を行使する権利はない。だから強さを身につけた後なら、応じてやらんこともないぞ?》
ルシファーはどこまでも高圧的だ。
彼からすればまだまだ弱者だが、彼自身も七罪悪魔の中では下のほうなのだ。そのようなところに親近感を感じたのか、その言葉に先程は無かった期待感を少し感じるようになった。
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《まあ、気長に待とうぜ。過度な期待だけは禁物だ。それをこの1000年で、俺たちは何度も経験したからな》
アスモデウスが場を締め、七つの光は少しずつ薄くなっていく。どうやらこの場を解散するようだ。
まずルシファーとベルゼブブが居なくなり、次にベルフェゴールとリヴァイアサン、そしてその次にはサーテンとマモンが消えていった。
最後にその場に残ったアスモデウスは、今もなお白く光り輝く光球に身体ごと触れる。そして、その光球に映る黒髪黒目の魔族の少年に対して、小さく呟く。
「死ぬなよ、『ライン・シクサル』。アンタは久しぶりの、魔族の主になるかも知れねぇモンだ。アンタの夢を叶える任せたいことがあるからな。よろしく頼むぜ」
そう言い、アスモデウスは消えていく。
その桃色に光り輝く光はどんどん薄くなっていき、遂には完全に消えた。
最後に残ったのは、今も輝く白い光球だけだった。
※ ※ ※
《七罪悪魔》
該当悪魔の個体名、司る感情、罪状、性格の伝承
《憤怒ノ悪魔》
・『憤怒』を司る七罪悪魔の一人。
・『怒りのまま【神】に拳を振るった大罪』。
・敵を容赦なく怒りのまま拳で潰し殺す野蛮な悪魔。
《嫉妬ノ悪魔》
・『嫉妬』を司る七罪悪魔の一人。
・『【神】の完璧さに嫉妬して反逆した大罪』。
・相手を妬み、恨み、消す為に殺す残虐な悪魔。
《強欲ノ悪魔》
・『強欲』を司る七罪悪魔の一人。
・『【神】の秘密を知識欲に任せて詮索した大罪』。
・無限に欲を求め、手段を選ばない極悪非道な悪魔。
《怠惰ノ悪魔》
・『怠惰』を司る七罪悪魔の一人。
・『【神】に自身の自堕落ぶりを強要した大罪』。
・敵に怠惰を強制し、自堕落にして殺す悪辣な悪魔。
《暴食ノ悪魔》
・『暴食』を司る七罪悪魔の一人。
・『その意地汚い悪食を【神】へと向けた大罪』。
・その悪食から、全てを喰らおうとする凶暴な悪魔。
《色欲ノ悪魔》
・『色欲』を司る七罪悪魔の一人。
・『その不貞さで【神】にすら色目を向けた大罪』。
・敵の身体を弄び、快感に塗れさせ殺す凶悪な悪魔。
《傲慢ノ悪魔》
・『傲慢』を司る七罪悪魔の一人。
・『持ち前の傲慢さで【神】に無礼を働いた大罪』。
・誰が相手でも見下し、力を振るう傲慢不遜な悪魔。
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