13話 ゲイル・レーラン
わー、広い原っぱだー。さっきまで木が沢山あったのに、いまはもう綺麗さっぱり平原だぁー。すっきりしましたねー。うん。
ーーいややりすぎだろ、と、ラインは敵に同情する程にそう思ってしまう。
なぜなら、目の前にあった木々が生い茂る森林が跡形も無く消し飛び、残ったのは朝日差し込む平原だけだったからだ。
二次被害がデカすぎる。森林の大半が消し飛び、そこはあたかも最初から平原だったかのように木々が無くなっていた。
もしかしたら、動物や精霊達が巻き込まれたかも知れないと思っていると、ゲイルがそれを否定する。
「心配せずとも、彼らにしか効力が無いようにしました。闇魔法は、低出力だと天使族以外には効きづらいので、今回はできるだけ低出力で抑えました」
あれで手加減していたの?
どうやら本人曰く、フルパワーだったら周りの魔力が吸われて自身以外の魔法が強制解除されるらしい。だから彼は生徒を守る障壁を解除しない為に、力を抑えた魔法を放ったのだ。
それでこの威力。うん、ただの化け物だな。
「そういえば、アイツらは?」
「ああ、彼らならあそこにいます」
何となく聞いてみると、ゲイルが向こうを指差し、そこにはボロボロになった天使族二人組がいた。
ほぼ死にかけのボロ雑巾状態であり、流石に放っておけないと思い、天使族の二人の元へと向かった。
▽▲▽▲▽▲▽▲
ラインが彼らを治してやろうと近づくと、不可解なことに気付いた。
ーーー1人はその場をのたうち回り、口を恐ろしいぐらいに上げ、歯で唇を噛み潰し、目玉がこぼれ落ちそうなレベルで見開かれているのだ。
もう1人は頭を掻きむしり、爪を頭皮にめり込ませ、目を見開き口元はガタガタと震え、よく見ると歯軋りでもしたのだろうか歯が噛み砕かれている。
明らかに、何かがおかしい。
「ち、ちょっとーーー」
「うわぁァァ来るなァァ!!」
「止めてくれぇ!あ"ああ"あ"あ"あ"あ!!」
「違う!僕達はもう戦う意志はない!!だからーー」
「近寄るな魔族がァァ!!」
「うわっ!?」
肩を持って話しかけると、彼らは本格的に発狂し、ラインを振り払ってきた。それでもなお気遣うラインだったが、1人が狂乱しながらホーリーブレードを振り回してきた。
あまりにも急な攻撃だったので、少し掠ってしまった。光属性の剣が頬を掠り、そこが激痛に襲われる。
ラインは痛みに歯噛みしながら皆の場へと撤退することに成功した。その後、ゲイルとサクラと話す。
「ゲイル、あの技って精神錯乱効果ある?」
「いや、あれはただの魔力球ですが」
「え?じゃあ、あの錯乱具合はーーー」
「あれは、単純に痛みで錯乱している場合もあります。私は治癒魔法には疎く判断しかねますが…」
「……いや、何らかの能力を受けているな」
ラインとゲイルの疑問を、サクラが看破し答えることで悩みがスッキリした。
ーーー彼らは、何らかの能力を受けている。
「当たり前だけど僕達じゃないし、だったらアイツらが関わった第三者か…?いや、でも誰がーーー」
「私は心理学に長けているので、少し様子を観察してみましょう。そうすれば何か分かるかも知れません」
ゲイルがそう言い、天使族二人組に近づく。彼が少し距離を置きながら観察し、動きが少し落ち着いた瞬間に彼らの体に手を置き、何らかの魔法を使用した。
するとゲイルは少し顔をしかめ、こちらに戻ってきた。
ーーーそして、彼は衝撃の事実を話し始めた。
「ーーーあの二人の心を探った結果、嘘偽りない『恐怖』が心を支配していました。彼らは『感情』を、支配されています。一種の洗脳魔法に近いです」
「ーーー洗脳…魔法…?」
「不味いな、私は洗脳を無効化できる耐性を持っているが、多分今襲撃されたら私とゲイル君以外は対抗できない。ライン君、例えキミでもね」
その一言で、周りに緊張が走る。
ラインがふと周りを見ると子供達だけでなく、レンとミクスタも表情が固まっており、ゲイルも芳しくない顔をし、サクラも無感情に近い顔をしていた。
それはそうだ。
下手したら仲間が敵になるかも知れないのだから。
「今は考えても仕方ありません。今取れる最善手を尽くしましょう。それが今、私達が出来ることです」
ゲイルが話をまとめる。それに頷き、次は何をするべきかを考えようとする。さあ、次は何をーーー
ーーーーブチッ、グヂャッ。
何かを噛み切る音。何かが潰れる音。
ラインが振り向く。
その方向には天使族二人組がいたはずだ。
変な音を出して、一体何をしているのかーーー、
…そこには、自身の舌を噛み切ったことで溢れ出した血と噛み切った舌で喉を詰まらせ息絶えた男と、岩で自身の頭蓋骨を砕いて死んだ男の亡骸があった。
亡骸は血を噴き出し続けていたが、やがてその勢いが収まり、赤く染まった彼らの下の地のみが残る。
瞬間、静寂を劈く悲鳴が、平原の中心で響き渡る。
「キャーー!!」
「見るな!ーーってもう遅い、か……!ミクスタとレン、子供達の視界を隠しておいて!もう見てしまった子にはゲイルとサクラがアフターケアを!」
ラインは子供達の視界をミクスタとレンに妨害させようと命令すると、彼らは静かに頷き、まだ見てない子供達の視界を必死にブロックし始めた。
見てしまった子たちはゲイルとサクラがメンタルケアに回り、まだ見ていない子達にはレンとミクスタが対応してくれている。
それを確認し、ラインは天使族二人組の亡骸に近づくと、彼らの顔は最期まで恐怖で歪んでいたことが読み取れる。
目玉がこぼれ落ちそうなレベルで見開かれ、それから逃れる為にこうして自死を選んだのだろう。
ーーーしかし、よく考えると幾つか違和感が残る。
もし最初から『恐怖』で支配されていたなら、ヤツらとの戦闘中に感じた『焦り』と『怒り』は何なのか?
恐怖が心を蝕んだ状態であそこまで万全に戦うことなどできないはずだし、少なくとも動きに迷いやキレの無さが表れるのではないか、と思う。
よってラインは、彼らが付与されていた能力は、洗脳では無いのではないかと思い始めていた。
しかし次の問題が出てくる。じゃあこれは何の能力なのか、と。今までこのような能力は見たことない。
つまりラインが今までの人生16年間では見なかった代物。経験と記憶に頼っても無駄なことは分かった。
どうするか。そうなったらもう考察しかない。
正直言うと、ライン的には『第三者の介入』、これが一番有力な考察である。第三者が裏から操り彼らをライン達と戦わせ、負けた後は用済みとして自殺させたのではないだろうか、と。
だがこれでは洗脳や支配ではなく、普通にライン達を殺させようとしたことになり、敵の能力であろう支配や洗脳とはまた違うのだ。
それこそ、敵が対象者の感情を煽り立てればすればまた別だがーーー。
ーーー? 『感情の煽動』…?
「ーー待て、これなら、だが……いや、いけるはず」
ラインはその大したことない脳で考え、ある一つの考えを導き出した。その考えは今までの常識から逸脱した、訳の分からないものだった。
ーーーしかし、敵の行動を常識の範囲内で考えると足元を掬われ、命を落とすかもしれない。
だからこそラインは疑った。『このような能力だったら最悪だな』という能力を敵が持っていることを。
ーーそして、多分その予感は当たっている。
「……マジで僕、世界から嫌われすぎじゃない?」
ラインはそれだけ呟き、皆と情報共有する。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「みんな、もしかしたら敵の能力と目的が分かったかもしれない」
そう言い、ラインは皆を呼び寄せる。
レンミクに大人組、そして大半が寝落ちしている子供達の中で、最年長のキュアルとアイジェだけが起きてラインの話を聞いてくれている。
とりあえず場を整理し、ラインは口を開く。
「単刀直入に言うよ。…敵の能力は、よく想定される支配や洗脳とは少し違う能力だ。多分だけども」
皆は驚いた顔をする。普段は表情をあまり変えないサクラでさえも、今回ばかりは表情を変えた。
そのような反応を受けながら、ラインは話を続ける。
※ ※ ※
ーー『余裕』で話を聞かなかった天使族の二人組。
彼らは途中で『怒り狂い』、『焦り』、そして底知れない痛みによる『恐怖』により自殺した。
ーー魔族への『憎しみ』と聖騎士としての『誇り』によりライン達を急襲した神天聖教会の5人組。
彼らも同じく話を聞かず、聖職者にあるまじき行為を多数行い、そしてあの『悪意ある』発言の数々。
とても正常な聖職者とは思えない。
前者2組よりはマシだが、それでも情緒不安定になっていたブーモとコーザ、そしてセカマ。
彼らは『怒り』、『迷い』、そして『恐怖した』。
そもそも何故ブーモ達はミクスタの鍛冶屋まで戻ってきていた?ここでまた新たな疑問が浮かび上がる。
酔い覚ましの散歩にしてはテントから距離が離れすぎていたし、聖教会の奴らもなぜかライン達の位置を正確に特定してたし、天使もあの森のギミックを半ば無視して出てきた。
しかも、どれもこれもラインが魔族であることを知っている。ラインの見た目は明らかに人間にしか見えない。髪に隠れるツノ以外は、人間の姿をしている。
なのに、敵は皆ラインの正体を知っているのだ。
(「近寄るな魔族がァァァァ!!!!」)
(あれだけ怒ってたヤツらが急に泣き喚き散らしたり、発狂したりする。さすがに何か引っかかる。何かがおかしい。その『何か』は、多分ーー)
※ ※ ※
「そして能力はーー恐らく『特権』は『感情的にさせる能力』だ。確定じゃないけど、合ってるハズ。……悪辣すぎるだろ」
周りが動揺に包まれる。ラインはとりあえず一呼吸置いて、心を落ち着かせてから、再度語り出す。
ーーー敵の目的と、正体の予想を。
「今回の敵の目的は二つ。『僕の抹殺』と『僕に与する者の粛正』だ。しかも『自分自身の手を汚さない』ことが前提らしい。…そしてだけど、僕は多分ずっと後をつけられていたんだと思う。それこそ父さんが死んで、逃げ出した辺りからずっと」
同族が裏切り者だなんて、冗談でも笑えない。
ーー本当に、冗談だったらいいのにな。
「自分でも分かんないよ。まさか同族を疑うなんて」
「へ?同族?」
「まさか…ラインさん、そんな…敵って」
「キミ、余程世界から憎まれているんね」
「なるほど…確かに辻褄は合いますね。しかしこれだとまるでーー」
「え?何?みんな分かったの?早くない?」
「キュアル…察し悪い……」
「多分僕は、同じ魔族からも狙われているらしい。しかも次の『魔王総選挙』に立候補する誰かが、敵だ」
魔王デリエブが死んだ後もなお弔い合戦に参加した数千人の兵士たちは主君亡き後も、その恩義に報いようと血を流して己の命を戦場で散らしたはずだった。
弔い戦争に参加した数千人のうちの1人。
ーーーその中に、裏切り者がいたのだ。
「ーーー?魔王総選挙??何だそりゃ?」
「次代の魔王を決める総選挙です。魔族達が投票を行うのですが、第13代魔王であるデリエブ様が亡くなられたので今度第14回魔王総選挙が行われるんですよ」
「ほへー。なるほど、理解したわ」
ラインがうっかり説明を忘れていると、それをミクスタが説明し、レンはまだ完全には分かっていなさそうだが、まあ概要だけ分かればいいだろう。
また、魔王総選挙の前には『魔王総選挙候補者会議』があり、これに出席した魔族は、晴れて魔王総選挙への立候補権を得られる。
この会議では、各魔王候補者達と親睦を深める必要があり、もし考えが合う者がいればその人物と協力体制を結ぶことも許可されている。
ラインの『人と人間の友好を実現させる』に同調してくれる魔王候補者がいるかはともかく、もし行けるなら行ってみる価値はある。
行けるなら。
魔王候補者に必要な要素は三つ。
一つ目、『魔族の中でも上位クラスの強さ』
二つ目、『知力・精神的の強さ』
三つ目、『魔界の民衆からの評価』
残念ながらラインはこのうち、最後の三つ目以外満たしている自信が無い。
やはり、魔王の血縁だけでは魔王になれないのだ。
今の敵は魔族ではなく人間だ。このままでは魔族皆の命を狙われる可能性がある。
何で他の候補者は動かないのか?今こそ手を組んで動くべきじゃないのか?これで魔族が全滅したら魔王もクソも無いんだぞ?それを分かっているんだろうか。
「すいません。昨夜の発言を訂正してもよろしいでしょうか」
そんなことを考えていたが、ゲイルがなんかのことを訂正したい、と言っていたので勿論許可した。
昨夜の発言……?正直言って、何も覚えていない。
まあ彼の話を聞こう。そうすれば分かるハズーー、
「ラインさん。私を貴方達の旅に同行させて下さい」
あー、なるほど。私を貴方達の旅に同行させて下さい、ねぇ。うーむ、少し難しいかも知れなーーーは?
今、ゲイルはなんて言った?自分の耳は腐っちまったのか?それとも頭がおかしくなったか?
そう疑っていると、ゲイルは再度口を開きーーー、
「では、もう一度分かりやすく言います。ーーラインさん、私を貴方の旅に加えて下さい。お願いします」
そう言い、ゲイルは頭を下げる。ーーー聞き間違いじゃないらしい。
この人少なくとも森林を平原に変えれるハズなんだけど、少し戦力過多じゃない?嬉しいけどさ。
「ーーー多分それ、私がいる時点でそうだよ?」
そう言い、サクラが肩を叩いて来た。確かに。
ゲイルは、ライン達に同行してくれるらしいが、彼がライン達に着いてくる理由が分からない。
そう思っているとーー、
「私の同行理由は一刻も早く、教え子達を守りたいことと私の迷いを晴らしてくれた貴方達への恩返しを、より形のある方法でしたいだけですよ」
と、ゲイルは言ってきた。真面目すぎて心配になる。
彼が生徒を助けたいのはよく分かる。今まで育ててきた生徒たちは無事に送り出されてきただろうから、今回ばかりは無事に送り出せないわけにはいくまい。
それはラインも全力で協力する気でいる。
ーーしかし、ゲイルがライン一行に同行中、教え子達の身はどこに隠させる?まさか、放っておくワケにもいかないし、ゲイルはどうするのだろうか。
「それはすごい嬉しいんだけど、いいの?君にはまだ子供たちがいるじゃないか。彼らはどうする?それこそこのまま放置はマズイだろ」
「はい、心得てます。しかし、校舎はあの二人組の攻撃で崩壊しました。つまり彼らは野宿同然です。魔界の夜は特に冷えこみます。なので放置は出来ません」
ラインが聞いてみると、ゲイルはそれを肯定した。
じゃあどうするのかと考えていると、ゲイルが口を開いた。どうやらまだ話は終わってなかったらしい。
「そこでラインさん。ーー貴方のご知り合いに、彼らを保護して貰えそうな人、または団体はいますか?」
知り合いならいる。
だがどれが最適解だ?避難場所にこの大人数を匿ってもらえる余裕があって、天使族に見つかりにくい場所に住んでいる種族はーーーあ、いた。
「ーーゲイル、蜥蜴族のいる『ゴア大洞窟』はどうだ?少し湿気はあるけど、身を隠すにはもってこいの場所だよ!そして僕は族長とも面識がある。一回話してみたけど、みんないい人ばかりだったから多分受け入れてくれるよ?どうする、先生?」
「ーーなるほど、ゴア大洞窟ですか。一応近郊までになら飛べるのでそこから歩いて10分あれば着きます。そうですね。では、ゴア大洞窟に一時的に預けるということで。ラインさんにもお手伝いいただきますが、どうぞよろしくお願いします」
「うん!理解してるよ。じゃあ、ゲイルは子供達を」
それだけ言うと、ゲイルは頷き、寝ている子供達を起こしに行った。彼らも大変だ。訳の分からない理不尽な理由で第二の故郷を壊され、これからは恩師としばらく会えなくなるのだから。
それを聞いていたアイジェとキュアルだったが、二人もゲイルが理由あって離れるのだと理解しつつも、やはり離れる寂しさからか、涙目になっていた。
「ーー大丈夫だよ。絶対にルクサスに行って、一日でも早くまた会えるようにするから。お兄さんを信じて」
「……うん」
「ーー本当に?死んだら許さないわよ?…約束して」
ラインが慰めの言葉をかけると、アイジェは小さく頷き、キュアルは竜鱗がある小指を差し出して来た。
ーー多分、「ゆびきりげんまん」というやつだ。
ラインはその小指を見て、そして覚悟を決める。
ーーこの命は自分だけのものじゃない。この命一つに、何千人もの仲間が命を落としたのだ。そして今、仲間の命を背負っている。死ぬわけにはいかない。
「ーーああ、絶対に死なないし、誰も死なせない。魔王デリエブの息子として、必ずだ。ーー約束する」
キュアルの指に自身の指を絡め、約束をした。
絶対に叶えてあげたい、約束を。
▽▲▽▲▽▲▽▲
数分すると、子供達は全員起床し、彼らは昨日起こったことを振り返り、その後にボロボロになった校舎を見て悲しそうな顔をする。
気の毒だが、自分が魔王になれなくても、何らかの形で必ず再建してみせる。ラインはそう心に誓った。
子供達には先ず、これから蜥蜴族が避難しているゴア大洞窟に避難させる旨を伝えた。
最初は戸惑っていたが、ゲイルが説明し、説得してくれたことで納得してくれた。語彙力がほぼ無いラインにとっては、ゲイルの存在は本当にありがたい。
もし彼の交渉術があれば、ルクサス王国との交渉も上手くいくかも知れない。少し希望が見えて来た。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「ーーでは、ゴア大洞窟近郊まで瞬間移動します。皆さん、手を繋いで下さーー」
「ーー先生!最後に、『あの場所』に行こう!!」
「ーー?あの場所?」
ゴア大洞窟まで教え子達を飛ばそうとしたゲイルに、キュアルが待ったをかけた。
どうしたのだろう?まだ何かできてなかったのかと思っていると、他の子供達も同調し始めた。
ーーー『あの場所』って何?
「ーー。そうですね。ラインさん、少し寄り道しても宜しいでしょうか?もし難しかったら先に貴方達をルクサス近郊までお送りしますが……」
「いや、僕も着いていくよ。みんなもそれでいい?」
「はい。どうぞ」
「またスゲェもん見れんのか!楽しみだな!」
「じゃあ、手短に済ませよう。もしもの可能性も考える必要がある。だが短く終わらせれば問題ないよ」
仲間全員に確認を取ると、皆了承してくれた。サクラだけはあまり長居はしない方がいい、と忠告してくれた。確かに、天使族の二人組がこうも無惨に死んだのなら、彼らの仲間の天使族や《四大天使》とやらにもバレているかも知れない。長居は禁物なんだろう。
「ーーーじゃあ、皆さん。手を繋いで下さい。一応繋がなくてもいけるんですが、まとまって一個体として瞬間移動したほうが魔力消費が少ないので」
そう言われ、皆が手を繋ぐ。ラインはレンとゲイルと手を繋ぎ、ミクスタはレンの手とサクラの左肩を持ち、サクラの手はアイジェが全く離さないのでそのままにした。あとは子供達同士で手を繋ぎ、瞬間移動の準備を整える。
「では行きます。少し眩しいので、光が苦手な方は目を瞑って下さい」
そう言われ、大半の子供達は目を瞑る。そしてゲイルが短く何かを詠唱すると、ライン達の周りに魔法陣が展開された。その魔法陣から光が放たれ、ライン達の体を呑み込んでいく。
その眩しさに耐えられず、ラインは目を瞑った。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「ーーーラインさん、もう目を開けていいですよ。瞬間移動は終わりました。どうぞ、前をご覧下さい」
光に耐えきれず目を瞑っていたラインに、ゲイルの声がかかる。本当に着いたのだろうか。今もなお瞼越しに光が照らしている気がするのだが。
ラインは恐る恐る目を開け、正面に視線を向ける。
「うわぁ…綺麗」
ーーーそこは、朝日を反射し水面が黄と橙に光り輝き、どこまでも続く地平線がよく見える海岸だった。
その圧倒的な景色に、思わず息を呑む。
ラインはうっかり、その砂浜に背中からダイブしてしまう。否、自ら望んで、砂浜に飛び込んだのだ。
寝転がると、目の前にはまだ夜が明け切っていない空が映し出され、その紺黒に染まる空と、太陽により橙黄に染まる空がラインの目線の中心で交差し、恐ろしいぐらい美しい空の一刀両断を実現させている。
綺麗すぎる。それ以外の感想が出てこない。
「そういえばさ、ここどこ?またどっか遠い所?」
「いえ、先程の場所から歩いて10分の場所ですが」
「ちっか!!近すぎない!?それ魔力勿体なーーまあ、短時間で済ませるなら瞬間移動は妥当か…」
なんとゲイルの学校からめちゃくちゃ近かった。確かに周りの平原を見渡すと、木が生えていたような跡があり、元々は森林だったのをゲイルによって平原にされていたことが分かった。
でも、すごくいい土地に住んでいたな、ゲイル達。
初めて来た場所だったが、ラインは一発でここを気に入った。デリエブの城はそこそこ山付近にあったので、また新鮮な気持ちになる。
ーーあー、僕が魔王になれたら、ここ付近に国を建てたい。そして皆にも、この光景を見てもらうのだ。
楽しみだ。夢がどんどん膨らむ。だが力を伴わない理想は戯言なので、先ずは力をつける必要がある。
その為にも、ルクサスに急がなければ。
「ーーー。国造るなら、絶対この近くに造ろう」
「はは、それはまた大きな夢ですね。しかし、それまでの壁は何十枚、何百枚もあるかも知れませんよ?」
「乗り越えてみせる。……僕の命が終わるまでには」
「ははっ!はい、お願いしますよラインさん」
ラインは上がった気持ちを抑えることなく、ゲイルの軽口に真剣に答え、倒れたまま手を差し出す。
軽口を真剣に返されたゲイルは一瞬戸惑ったものの、すぐに笑い出し、ラインの手を握り返す。
▽▲▽▲▽▲▽▲
ある程度笑い合った後、周りを見渡すと皆は昨日の喧騒を忘れたかのようにのんびりとしていた。
子供達は思うように遊んでいる。レンとミクスタは海の中で遊ぶ子供達に付き合っており、楽しそうだ。
サクラとアイジェは少し離れた砂浜で砂のお城を作っていたのだが、たった今キュアルがうっかり砂城を蹴った。
それにより普段は大人しいアイジェが激昂し、キュアルと命運を賭けた取っ組み合いが始まり、それを見たゲイルが焦って駆けていき2人を仲裁する。
そのような微笑ましい光景を見ていると、サクラがこちらに目を合わせて、微笑んできた。
こう見ると、彼女も儚げながらも確かな女性らしさがあるような感じがある。
この景色を、今度は他種族の人達と共に。
ラインは新たな夢を掲げて、また今日も前に進む。
ーーその道が、地獄への入り口と知らず
ーーーひととおり遊び尽くした。
あの後はラインもミクスタ・レンと遊ぶ子供達に合流し、着替えずそのままの姿で遊びまくった。
まあ最初は子供達が呼んでいたから向かったらまんまと罠に嵌められて顔面から水中ダイビングしたのが発端だったが。そこから仕返しのつもりでかけ返したら少し楽しくなって、お互いに水をかけ合った。
また、レンどこからか持ってきたしおしおのボールをゲイルが風魔法で膨らまし、レンの提案により女性陣VS男性陣の『どっじぼーる』が始まった。
おい待て敵にサクラがいる時点で勝ち目無ーーそう思っていたら顔面に強い衝撃を受けて等速直線運動し、50メートルほど吹っ飛んでから着水した。
5秒ほど気絶したがすぐに復帰し、誰が投げたかを見たら案の定サクラだった。正直10歳頃に腹にボール受けて肋骨折れた時よりも痛かった。マジ痛かった。
まあ体には特に異常は無かったので続行し、結局サクラにより男性陣は全滅した。強すぎんだよババア。
ーーーそのようにしてひと時の幸せを満喫し、遂に出発と別れの時が来てしまった。
▽▲▽▲▽▲▽▲
ゴア大洞窟近辺にに瞬間移動し、ゴア大洞窟に入ると、蜥蜴族達が出迎えてくれた。
彼らはゲイルの教え子の一部を見て一瞬警戒するも、説明したらすぐに納得してくれた。
そしてゲイルとラインは、ゲイルの生徒たちを匿ってほしいことを説明すると、蜥蜴族達は少し話し合い、そのうちの族長がまとめを出した。
「ーー分かりました。貴方様の父であるデリエブ様への恩義に報いる形で、彼らは私達が保護しましょう」
やった。これでゲイルの教え子達は大丈夫だろう。
ゲイルのほうを見ると、彼は頭を下げて、族長達に感謝の言葉を述べていた。
それから少し族長と話をしていると、衝撃の発言が飛び出した。
何とお礼は要らないと言ったのだ。いや、それは流石にダメだろうと思い、何らかの形でお礼はする、と言ったのだが、彼らは首を横に振った。
「ライン様。我々は貴方様のお父様に知性を与えて貰いました。お礼はお気持ちだけで結構です。…その代わり、ルクサス王国の件は、宜しくお願いします」
そんなことなら、是非とも請け負ってやる。
ラインはそう思った。それを伝えると、族長は「宜しくお願いします」と言った後に部下と共に一礼し、ゲイルの教え子達を連れて行こうとした。
しかし大半の子供達は遂にその時が来たことに耐え切れず、その場でゲイルのズボンを握りながら泣き出してしまった。
それを唯一諌めるキュアルだったが、彼女の目からは大粒の涙が複数こぼれ落ちていた。
するとゲイルは皆を呼び、そして8人の愛する教え子達を抱きしめ、彼は皆の耳元で話し出す。
「……皆さん。少し、少しだけ待っていただきたい。必ず迎えに来ます。また会ったら、勉強と授業の続きをしましょう。予習と復習も忘れないように」
そう言い、彼は手を離す。それを聞いた子供達は目元の涙を拭い、ニッコリと笑う。
しかしこんな時にもバカ真面目なゲイルの心配性な言葉の数々により、子供達の中に笑いが起こる。
何かおかしくなってラインは吹き出してしまい、それに釣られてミクスタとレンも笑い出す。サクラは微笑を浮かべ、笑い合う皆を見つめていた。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「ーーでは行ってきます。皆さん、どうかお元気で」
そう言い、ゲイルは洞窟から出ていく。それに付き添い、ライン達も洞窟の外に出る。ゲイルのその黄色の瞳は真っ直ぐで、紺の髪は昇り切った太陽に照らされ、より強い紺に見える。
太陽は昇りきり、このままなら昼あたりにはルクサス王国に着けるだろう。ラインはそう考える。
しかし、ゲイルによるとゴア大洞窟からは少し遠すぎるので、先程の学校まで戻る必要があるらしい。なるほど、ゲイルの瞬間移動は便利だが流石に距離制限があるのか。そう勘ぐっていると、ゲイルが否定して来た。
「すいません。戻る理由は二つあって、一つ目は魔石の処理をしたいこと。もう一つはここから最寄りのルクサスまでの瞬間移動場所が何者かによって破壊されたのか、私の登録してある座標から消えているのです」
ーーへ?テレポートできる場所が破壊された?
何故このタイミングで壊れたのかを考えていると、ゲイルが答えてくれた。どうやらたまにテレポート事故で予想外の場に飛んだり魔法陣が壊れる場合があるらしい。ほーやけに悪いタイミングで事故起きたな。
サラッと呟くとゲイルに聞こえたのか彼は苦笑いし、「こんなことは珍しいんですけどね」と言った。
ゲイルに聞いたところ、彼は普段はルクサス西側に瞬間移動していたらしい。だが今回は壊れているので次に最短の南側にまで移動する、と言った。
しかし南側瞬間移動場所に行くのには魔界の出口にまで行ってからが限界らしい。
こればかりは仕方ない。ゲイルの言う通りにしよう。
幸い、ゲイルの学校から魔界の出口までは歩いて1時間あれば行けるらしい。じゃあラインにそれを拒否する意味はない。多分ミクスタやレン、サクラも文句はないだろう。一応顔で確認すると、全員文句は無さそうだった。
「ーーーでは、校舎にまで戻ります。皆さん、先程のように手を繋いで下さい。急いで行きますよ」
そう言われたので、ラインは隣にいたゲイルとレンと手を繋いだ。そして皆で円を作り、瞬間移動できる体制を整える。ゲイルは小さく詠唱し、それにより周りに薄青の魔法陣が描かれ、その魔法陣に光が集まってくる。
そして身体が光に包まれていき、浮遊感を覚える。
「「「「「「「「ゲイル先生!!」」」」」」」」
唐突に呼ばれたゲイルが、声が聞こえた方に顔を向ける。そこには、洞窟の入り口から呼びかけてくるキュアル達教え子がいた。
彼らは泣きながらも笑顔である。そしてーー
「行ってらっしゃい!!」
「お気をつけて!!」
「気をつけてね先生!!」
「誰にも負けないでよ!!先生は強いんだから!!」
「僕達も頑張るから、先生も頑張れ!!」
「頑張って来て下さい、みなさん!どうか無事で!」
「………頑張って!……死なないで………!!」
「死んだら承知しないわよ!!ライン兄さんも!!」
そう呼びかけてきた。これから魔界を背負う者達に対しての無責任な、しかし温かみのある声援だ。
それを見たゲイルはその眼鏡がかけられた黄色の瞳から、一筋の水の線を引き、教え子達を見据えながら身体を光に包まれていく。
そして肩辺りが光に呑まれ始めた頃ーーー
「ーーー行ってきます!皆さんもお気をつけて!」
そう言い、美形には不釣り合いな、しかし心からの笑顔を、子供達に向けた。
ーーこうしてライン・シクサル一行に歴代魔法使いでも最高峰の実力者、ゲイル・レーランが加わった。
※ ※ ※
「ーーライン・シクサル。残念ですが、今日があなたの命日です。あなたの父と全く同じ輩に殺されるのですから」
ゴア大洞窟近くにある崖上で、ある者が笑う。
結局、3回の刺客送りは無駄に終わった。
使えない奴らだと吐き捨てる一方、彼らが文字通り手足のように働いてくれたことで得られた収穫もあった。
ーーー今のラインは、自分の敵じゃない。
特権も何も無い男がよく大口を叩けたものだ。
『七罪悪魔』の『傲慢』なら当てはまるだろう。
「ーーシクサル家よ、滅ぶべし。全ては魔族の華々しい未来と我がエバム家の復権の下に」
彼は魔法陣を展開し、昨日のように、また消えた。
ーーーその口を、にやけさせながら。




