12話 天使vs反逆者達
ーーーそれから数時間後。
ライン達はゲイルの教え子達の授業を見届け、その後ゲイルからの誘いで夕食もご馳走となった。そして一晩過ごしてからルクサス王国へとテレポートすることになり、一晩泊めてもらうこととなった。
「あの、ゲイル先生。トイレに行きたいんだけど」
「はい。貴女なら場所は分かりますよね?キュアル」
「もちろん!アタシが何年ここに居ると思ってるの?それにアタシはこの中だったら年長さんなんだから!」
そう言い、竜族の少女、キュアルが走って行った。もうすぐで深夜を迎えそうだというのに、相変わらず元気が溢れている。
というのもライン達の周りには死人のように眠る子供達の姿があり、起きているのは最年長のキュアルとサクラと絵本を読んでいるアイジェだけだった。
今も絵本の音読を続けているサクラとアイジェだが、彼女達はよほどウマが合うのかずっと仲が良い。
…どちらかというと、サクラが何かする度にアイジェが着いて行ってると言う方が正しいのかもしれない。
「サクラ様…好きです…結婚して……」
「ありがとう〜。でも私はおばちゃんだからダメ〜」
「そっけない…でもそういうところも好きぃ……」
ーーもっとも、サクラが口説いた影響で、アイジェが完璧なるサクラの『ガチ恋勢』になったことは、ラインも重々承知である。
最初こそは人見知りが多少発動してたものの、サクラが「猫にはこれ」と言ってアイジェの腰をトントンしたせいで完全に堕ちた。それはもうあっさりと。
その証拠に今日だけでアイジェはサクラに10回は「結婚して」と言っており、今も優しく告白を断られたにも関わらずとその猫の尻尾をぶんぶん振っている。
……まぁそのせいで近くにいるラインに被弾する。
「では、これでお開きにしましょうか。アイジェ、もう寝る時間ですよ。サクラさんから手を離しなさい」
「ヤダ…一緒に寝てくれるならいいよ……」
「コラ、迷惑をかけたらいけませんよ。手を離ーー」
「お気遣い結構。…アイジェ、今日だけ特別だよ?」
「ーーー!!うん!」
何となく今アイジェがサクラに添い寝志願したような気がするが、気にしたら負けな気がするので無視しておく。
ふと見ると、ミクスタは女子陣、レンは男子陣で眠っている。遊び相手になった結果、疲れ果てたらしい。
▽▲▽▲▽▲▽▲
ラインがこの旅を始めてから三週間を切ろうとしていた。また、ミクスタと出会ってから二週間は過ぎた。レンとももう一週間以上の付き合いだ。時間の流れとは早いものだ。だが、その三週間の記憶は、今もラインの脳内に染み付いている。取れそうもない。
ラインのスキル『治癒者』は、体の傷を治すことができるが、心の傷までは治せない。
ラインは今も残る腹の斬り傷痕、身体中を貫いた光の針による穴、顔に付けられた引っ掻き傷、そして最後にかつて壊死した指先を見つめる。
今は肌色の綺麗な指があるが、かつては真っ黒に染まっていた。腹の傷も、かつてはおぞましい量の血と内臓が溢れ出し、光の針はラインの全身を内部から穿ち、顔の傷は治りかけだが鋭い痛みが掠める。
その経験の記憶はコールタールのようにトラウマとして記憶の中心にへばり付き、確実にラインの心を蝕み、傷つけ、修復不可能なヒビを入れていた。
自身が箱入り娘ならぬ箱入り息子だったのは自覚しているが、その巻き返しとしても死に瀕する苦痛を何度も何度も味わったことは、ラインは忘れられない。
彼の魂には、『怒りを抑えず周りに当たり散らす』という『憤怒の罪』が刻まれようとしていた。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「ーーライン君?大丈夫かい?」
ーーーラインの意識が急浮上する。彼は伏せていた顔を上げて周りを見渡すと、その過程で近くにいたサクラの顔をカチ上げてしまった。
それに気づいたラインが謝るとサクラは「いいよいいよ」と許してくれたのだが、その側にいるアイジェが恐ろしい顔で睨んできているのが気になる。
アイジェの尻尾が逆立ち、所謂『やんのかポーズ』を取ってきており、明らかにアイジェは激怒しているということが分かった。
そんなアイジェの背中をサクラが撫でると、アイジェは喉をご機嫌そうにゴロゴロと鳴らし、サクラの膝に腹を向けて寝転がる。
ーーそういえば、キュアルの帰りが遅い。
どうしたのだろうか。もしかしたらお腹を痛めたのかもしれないが、ラインが行くわけにもいかない。
ラインはそう考え、とりあえず今いる子供達だけでも運ぼうと近くにいた子供の体へと手を伸ばしてーー、
「……全員動くな!!」
「ゲイル・レーラン。《四終天使》様から貴様に、処刑宣告が届いている。罪状は『魔族の血を引く者を匿った罪』と『禁忌の闇魔法を使用した罪』だ。大人しく同行しろ」
唐突にドアが破られ、爆音と共に二人組が入って来る。その爆音により、子供達が叩き起こされる。
彼らは一瞬何が起こったか分からず目を白黒させるが、知らない人物が部屋に入っていることを知って悲鳴を上げる。
彼らには人間と大きく違い、その男2人はその背中に純白の翼を生やし、生物としての力強さを感じる。
一応同じように翼を生やした亜人である『鳥人』がいるが、彼らの足は人間風のものであり、鳥人要素は全くない。
つまり、彼らは鳥人ではない。
そして、《四終天使》という単語。
つまり、彼らの種族はーーー、
「我々は悪しき魔族を討ち滅ぼす種族である天使族の血を引く者である!穢らわしい血を引く悪しき魔族めが!!我々が直々に討ち滅ぼしてくれる!!」
▽▲▽▲▽▲▽▲
彼らは、この世の頂点種族である天使族だった。
そのうちの1人の腕には、キュアルが首を絞められていた。彼女は苦しそうにもがき、足をバタバタさせる。
「キュアル!……貴方達、彼女を離しなさい!」
「ああ。お前が大人しく同行すれば、そこの人間と亜人のガキなら生かしてやる。だが魔族の血を引く者は皆殺しだ。…おっと、抵抗しようなど考えるなよ?」
天使族の男はキュアルの喉笛に光の刃を突き立ててゲイルの実力行使を封じ、淡々と魔族の皆殺しを宣言する。もしそれが本当なら、ここに居る子供のうちのエス、エクス、ジープは奴らに殺される。
そんなことが、あってたまるか。せめて僕がーー、
ラインがそう動こうとすると、ゲイルがそれを引き止めた。何故かと問うと、彼は自重気味に呟いた。
「私はかつて禁忌である『闇魔法』に手を出しました。いくらわざとではないとはいえ関わったのは事実。…私の命一つで済むなら、それは軽いほうですよ」
ゲイルは苦笑いしてそのまま立ち上がり、天使族の男の前に両手を差し出す。
すると天使族の男のうち1人はキュアルの拘束を解き、もう1人はゲイルの手に光の輪を作り両手を拘束した。
どうやらその光の手錠には魔法『魔法禁止』が付与されているらしく、ゲイルの魔力出力が下がったのが魔法素人のラインでも分かる。
そしてゲイルは教え子達に向き直り、お辞儀をする。
「では皆さん、ありがとうございました。私が居なくても皆さんなら生きていけます。…どうかお元気で」
「ーーー先生!?先生!」
「行かないで先生!」
「先生が居なくなったら、誰が魔法を教えてくれるんだよ!?俺たちは先生がいいんだよ!待って!」
「…先生…行かないで…!天使なんて…嫌い!!」
「待ってよ!そんな…お別れが急すぎるよ!」
「そもそも貴方達!何で先生を連れてくのですか!?何が『禁忌の魔法』ですかバカバカしい!」
「そうだ!ふざけるなこのクソ野郎!」
「アンタ達ねえ!なーにが『先生と魔族の血を引く子を殺す』よアンポンタンクソ野郎!」
「ーーハッ。下級種族らしい、低俗で傲慢な発言だな」
「……何も知らない無知なガキ共。それは我らが崇め奉る【神】への反逆に値する。戒めの罰を与えねばな」
ゲイルの命の代わりに生徒の助命を約束した筈だが、天使族の男2人はそれを守ろうとしなかった。
それに特に罪悪感を抱くことも無く、正論を言って来た子供達に対して一切の容赦なく光魔法をぶっ放そうとしている。
「ーーーじゃあな。せいぜい次回は天使族に生まれ変われることを祈っているんだな。穢らわしい魔族共」
「ーーサクラ、殺れ」
「了解」
ラインは即座にそして冷徹に、サクラに命令する。正直なところ、今の声掛けはラインにとってはほぼ無意識のうちに発した命令であった。
次の瞬間、天使族の二人組の腕は肘から先が無くなり、血飛沫を撒き散らしながら宙に舞った。
天使族の二人組は自身の斬り飛ばされた腕の付け根を見つめ、痛みと屈辱から半狂乱になる。
そしてこちらを見て、下品に怒鳴り散らした。
「な!?何者だ貴様!?」
「神聖なる【神】に仕える我々の腕をーー!?」
「貴様ァ!!自分が何をしているのか分かっているのか!?貴様は【神】への反逆で極刑対象になる!!そのことを踏まえての蛮行なんだろうなァ!?」
「我々が誰か分かっての攻撃なんだろうなーー」
「知ってるよ。アンタらが子供でも容赦なく殺そうとするクズだってことなら」
「ーーー!?」
「命知らずの下級種族が…この場で朽ち果てろ!!」
思いっきり皮肉を込めて啖呵を切ってやった。
すると二人組のうち1人は顔を驚愕で染め、もう1人は顔を屈辱感で染め、その手に光魔法を準備する。
コイツら自体は弱い。2人合わせてブーモの半分以下だ。だけど、属性的な相性のせいで下手したらブーモよりも色々と厄介かもしれない。
「サクラ、君は子供達とゲイルを守ってあげて。あとは僕とミクスタとレンでなんとかする」
「よし、それなら任せたよ」
「じゃあお願いね。ミクスタ!レン!行くぞ!」
「うっす!!人が気持ちよく寝てるのを邪魔するとはな…割と万死に値する罪だぜ?天使さんよ」
「寝込みを襲う不埒な輩を修正してあげましょう!」
とりあえずサクラに子供達とゲイルの守りを任せ、飛び起きて臨戦態勢に入っていたミクスタとレンを呼び、彼らはその銃と短刀を天使族に向ける。
それを見た天使族が驚いた顔をするも、直ぐに自信溢れた顔に戻り、腕に応急処置魔法をかけながら、こちらに顔を向けてベラベラと喋り始めた。
「片腕だから我々に勝てると?驕るなよ下級種族が。貴様ら如き、我々が本気を出せばすぐ死ぬのだ」
「その割には心拍数が超上がってるが、大丈夫そ?」
「 ーー!?」
「レンくん、心拍数って何ですか?」
「ああ、何か『能力表示』に追加されてたんだよ。まあ心臓の鼓動みたいなもんだな。つまり今のアイツら、めちゃくちゃ焦ってるってことだ」
「何だ貴様、余程死にたいらしいな?いいだろう。死にたいのならば、最初に貴様を葬り去ってくれる!!」
このタイミングでレンのスキル『|能力表示』が成長していたことが発覚した。
どうやら新たに『心拍数』が分かるようになったらしく、つまり相手は余裕ぶっているが、実際は焦りまくってるということが筒抜けになっているのである。
「死ね、『聖なる剣』!!」
「援護する!!『天使の寵愛』!!」
彼らは感情に任せて技を展開し、向かってくる。
そんな短調な攻撃を繰り出す相手に対して、意外にもラインの心は落ち着いている。何故だろうと考えると、意外にも自分の心には余裕があったらしい。
そう考えて、ラインは剣を構える。
ーーその口元を、余裕でニヤリと歪めながら。
▽▲▽▲▽▲▽▲
ーーー私は隠し事をしていた。
ゲイルは内心、小さく自嘲する。
周りには子供達がおり、その前には自分達を守ってくれている隻腕の美しい剣士、サクラが立っている。
不安そうに肩を竦める教え子に対し、ゲイルは安心させるように声をかけていき、心を落ち着かせた。
こうなるリスクはあった。この学校を開いてから50年は経つが、そんなリスクがあることは重々承知していたはずだ。ーーはずだったのに。
ゲイルは故郷であるエルフの里を追われてからは、
ルクサスに移住し日夜魔法の研究に明け暮れていた。
その過程で世界では禁忌とされている『闇魔法』を見つけ、それも他属性と共に極めた。
本来なら一属性を極めるのに短くて50年はかかると言われている魔法だが、彼はエルフの天才児かつ自身が持つ『特権』により、全属性を極める偉業を120年の人生のうち50年で成し遂げたのだ。
この世からは闇魔法は消えたとされていたのだが、『魔法』は消えても『属性』は残っていた。
間違った知識は、新たな争いの火種となり得る。
その現状を憂いたゲイルは懇意にしていたルクサスのとある老人に話をし、彼は話を聞いた後、ゲイルの空虚な人生を変えるありがたい答えを返してくれた。
※ ※ ※
「それならお前さんが学校を建てて、お前さん自身が教職になり、正しい知識を授けてみたらどうじゃ?」
「私が自ら、ですか?」
「そうじゃ。少しでも正しい知識を持つ者が増えてそやつらが活躍すれば、その知識は広がっていく」
「 ーー私に、できるでしょうか」
「『できないと決めつけてやらない』と、『やってみて無理だったから諦める』には天地の差があるとワシは考えとるがのぉ」
「 ーーー」
「なあに、もし誰かに馬鹿にされようものなら『これは《閃光》に教えられました』とでも言ってやれ。有象無象の小物を相手にしてやる必要など無いぞよ」
「ーー分かりました。やってみます」
「うむ、その意気じゃ。行動力のある者はワシも好きじゃからな。誰も応援せずとも、ワシは応援しておるぞ」
※ ※ ※
(あの人の言葉があったから、今の私がいる。しかし、それも今日まで。ーー楽しく、いい人生だった)
ゲイルは呟き、諦めたように目を閉じる。
自身が死ぬだけで子供達が助かるのなら。もし魂が再度転生し、また会えたら良いな。ーーそう考えた。
「ーーもう我慢出来ない!フレバ!!」
ゲイルが諦めた数秒後、キレた女子の怒声が響く。
ゲイルが慌てて目を開くとキュアルが手をかざしており、そこから赤の魔法陣を展開し、それで作り出した火球を天使族の男のうちの1人に向けてぶっ放した。
火球自体は見え見えだったので当たらなかったが、天使族の男が回避した隙にラインが体当たりすると確かなダメージが入ったようで、天使族の男はこちらを睨みつけて来た。
「キュアル、何をーー!?」
「見て分かるでしょ先生!先生を殺そうとした奴らに仕返ししてやったの!もうちょっとで倒せそう!!」
「違います!私の為に貴女まで追われる身になってしまいます!そんなことがーーー」
「……先生と逃げられるなら、アタシはそれでいい」
「 ーー!?」
「「「「俺/僕/私たちだって!!」」」」
教え子キュアルの命知らずな発言に目を見開くゲイルを尻目に、子供達は天使族の男に魔法を撃ち始めた。フレバ、ウォーサ、ビリカ、グラナ、フーマ。五属性の嵐が天使の男に次々と降り注ぎ、天使族の男の体には傷が増えていく。
魔法障壁があっても、全てのダメージの無効化はできない。魔法障壁は、あくまで魔法攻撃の威力の軽減であり、男の体には傷と疲労が溜まっていくだけだ。
「貴方達、止めなさい!死にたくなければ、今すぐ攻撃を止めなさい!そうすれば、追われる身になるのは私だけで済むのです!私は、貴方達まで失いたくないのです…どうか、攻撃を止めて下さい……」
ゲイルは叫ぶ。もう止めてくれ、これ以上私の為に身を削らないでくれ、追われるのは自分だけで充分、貴方達まで巻き込まれる謂れはないはず、自分は教え子に隠し事をして彼らの身を危険に晒した、と。
こんな自分は教師を名乗る資格は無い。
「皆さん!!もう私は貴方達の先生ではありません!!私は追われる身となった『ゲイル・レーラン』です!!もう貴方達とは関係ない!!だからーー」
「こんのーーバカ教師があああああああ!!」
ゲイルが悲痛な叫びを上げた瞬間、怒りの咆哮と共に彼の顔面が何者かに思いっきり殴り飛ばされた。
ゲイルは魔法には特化しているが、その反面身体能力や筋力は大して無かった。なので殴られた衝撃に耐えきれず、かなりの距離を吹っ飛ばされ、地を転がる。
ゲイルが驚いて顔を上げると、目の前には竜族の少女、キュアルが立っていた。彼女は唇を噛み潰して、それにより口から血が滴るのすら気にせず、その目元から大量の水滴を流していた。
そして彼女は、怒りの感情に任せてゲイルのスーツの胸倉を乱雑に掴み、その瞳から線を引いて止まらない水滴をゲイルの頬に落としながら、悲痛に叫ぶ。
「ふざけないでよ!アタシ達にとって先生はゲイル先生だけよ!他の先生なんて要らない!!また先生に授業してほしい!だから…これからはもう二度と『私は貴方達の先生じゃない』なんて言わないで!!」
「ーーあ」
「そうだよ先生!俺たちはアンタがいいんだよ!!」
「先生が居なくなるなら、僕達も学校を辞める!!」
「それぐらいみんな先生のことが好きなんだよ!だから戻って来てよ先生!!」
「…先生を傷つける人…誰であっても…嫌い…!!」
「先生!!もっと魔法を教えて下さい!!私は強くなって、先生みたいな人になりたいんです!!」
「先生!あんな奴ら倒しちゃおうよ!先生がいい人だと知らない奴らなんて、消えちゃえばいいのに!!」
「行こう先生!!あんな奴ら、やっつけよう!!」
キュアルの叫びを皮切りに、子供達が次々に叫ぶ。
彼らの目には涙が浮かび、彼らの心からの悲痛な叫びに、死ぬ決意を固めたはずのゲイルの心が揺れる。
ーー何故だ?私はもう、死ぬ決意を固めたはず。いつでも死ねた。死ぬことに恐怖は無かったはずだ。
子供達の命が助かるのなら、自分はーーー。
「ーーーそれ、前に彼に言ったらとても怒られたよ」
誰かの声。
ゲイルが顔をそちらに向けると、そこにはサクラが立っており、彼女はゲイルの方向に目だけ向けて顔自体は正面を向いたままだ。
サクラは前を向きながら微笑み、語る。
「私もライン君に怒られた人間だからさ。『死にたくないと思うのは、心のどこかで迷いがあるからじゃないか』って彼は言ってたんだ。どう思う?ゲイル君」
「ーーー。実は、嫌なのかもしれません」
「私はなんとなくキミの場合は『放っておきたくない人達がいる』だと思ったんだけど…違ったかい?」
なおも迷いが残るゲイルに対し、サクラはまだまだ語り続ける。『お前が納得するまで何度でも話してやるぞ』とでも言うかのように、諭し続ける。
ーー『放っておきたくない人達がいる』、とは…?
私には理解者は居ない。生まれた時から同族からも疎まれ、大した関わりを持った人などはほぼいない。
そんな自分が、誰を放っておきたくないのかーー
「「「「「「「「ゲイル先生!!」」」」」」」」
名前を呼ばれる。その呼び方は『ゲイル・レーラン』ではなく、『ゲイル先生』だった。
彼が育て、送り出してきた教え子達から貰った今までその称号を糧に生きて来た誇りある唯一の言葉。
そんな教え子達の言葉を、自分は否定するのか?
またエビシに、アイジェに、レムに、キュアルに、エスに、エクスに、ワイズに、ジープに、あんな悲しそうな顔をさせるのか?
ーーー自分はまた、苦労や壁から逃げるのか?
「ゲイル先生。キミには子供達が居るよ」
サクラが呟く。
その声は優しく、透き通っていた。
「ーー『強制解除』」
ゲイルの手にあった光の手錠が、光と共に弾ける。
それと同時に、ゲイルの心の迷いも弾けた。
ーーー中々しぶとい奴だなあ。ラインはそう思う。
目の前で光の剣を展開して斬りかかる天使族の男は額に汗を浮かべながらこちらに迫ってくるも、その表情は余裕などない。
割と余裕のある戦いを有利に進めるラインは、相手の動きに合わせて剣を振る。
能力増強で強化した体で剣を支えれば、余裕で捌き切れる程度の攻撃だ。
「いい加減にくたばれ、反逆者どもが!!」
「何を反逆したんだよ僕達は。アンタらが気に入らない奴を勝手に反逆者にすんじゃねえよ馬鹿野郎が」
「黙れ!!貴様らがした行いは【神】と《四大天使》様への反逆だ!!」
困った。相手に話が通じない。というか全く話を聞こうとしてくれない。
マジでブーモがすごく優しく思えてきた。
彼は多少頭が硬かったが、事実を話せば誤解をすぐに解いてくれ、ラインに友好的に接してくれた。
だからこそ、目の前の聞き分けのない天使族の男に少し腹が立って来た。
「……ラインさん、ここからは私が引き受けます」
足音と共に、先程まで彼の生徒たちに怒られていた人間よりも少し長い耳を持つ眼鏡の美形が来る。
ついにゲイルは、理不尽かつ身勝手極まりない、天使からの粛正に対して戦う覚悟が決まったのだ。
「分かったよ、じゃああとは任せた」
「はい、任されました」
そう言い、ラインはミクスタとレンを呼び、二人と共に子供達とサクラのところまで退いていく。
それを逃そうとしないようにもう一人の天使族の男だったが、それの前にゲイルが立ちはだかる。
「ーー私はもう逃げない。貴方達は、私が倒す」
▽▲▽▲▽▲▽▲
「ーーーほう、我々に逆らうのか。余程自身の教え子共を殺したいようだな、命知らずにもほどがある」
「手短に終わらす。残りの反逆者共を野放しにしておけん。清浄なる美しきこの世界の為に」
「残念ながら、この世界は腐り果ててますよ。特に貴方達天使族とその下僕、『神天聖教会』はね」
「「ーーッ!!死ね反逆者が!!『天罰』!!」」
ゲイルに言い合いで負けた天使族の男二人は、怒りのまま光属性の上位魔法を詠唱なしで使用した。
どうやら戦いの途中で詠唱を済ませていたらしい。悪鬼解放状態のミクスタでさえもそこそこ食らったのだ、一般魔族の自分が受けたらヤバかっただろう。ラインは今更になって怖くなった。
だが今はその死を届ける光が、ゲイルに向かって地面から放たれようとしていた。
地面がひび割れ、そこから光が漏れ出している。このままでは確実にゲイルは消しとばされる。正直自分に撃たれるよりも怖かった。
久しぶりに余裕があまり無くなり、ゲイルに叫んだ。
「危ないゲイル!それはまともに受けちゃまずい!」
「ええ、心得てます」
「じゃあ避けないと!避けないと死ぬよ!」
必死に訴えるも、ゲイルは一切その場から動こうとしない。何故だ?まだ自殺願望が抜けきっていないのか?
しかし彼の顔は自信と希望に溢れていた。何に対しての希望だ?来世での生まれ変わり先への希望か?
否、そういうものではない。あれは、あの自信はーー
「安心して下さい。私はやられにきたのではないのですよ。貴方のお仲間…サクラさんに諭されました。彼女は一体何者ですか?一見人間のようにしか見えませんでしたが、あたかも長い時を生きて来たかのような雰囲気と話し方ですが、もしかしたら彼女はーー?」
「ーーーそれは」
「いや、この問いは戦いが終わった後にしましょう」
ゲイルがサクラの正体に気づきかけたようだが、今はそれどころじゃない、と話を切った。そのことについてラインに不満は無い。無いが、疑問はある。
ーーゲイルは、果たして何故あれ程の自信がある?
いくら魔法使いとして能力が長けていたとしても、聖教会や天使が使う天罰は魔法障壁を貫く。もちろん物理障壁は意味をなさない。
ーーあの光属性の暴力に、ゲイルはどう勝つのか。
ラインには分からない。自分は撃つ側ではなく食らう側なので、受けるときのことなど考えていない。
とにかく避けて避けて避けまくる。魔族である自分は、あの光属性魔法を避けるしか無いのだ。
「避けぬか。その蛮勇だけは褒めてやろう」
「だが、貴様も終わりだ。ーー消え失せろ!」
地面からの光が膨張し、遂に地から解き放たれる。それはゲイルの身を呑み込み尽くさんと襲いかかる。
するとゲイルはこちらに向かって障壁を張った。
いや自分に張らないとやられてしまうぞ!?何こんな状況でさえ他人を心配しているんだ!?
ラインは絶望し、子供達も泣き叫ぶ。レンとミクスタも目を見開き、サクラはーーー、
「ーーーいや、彼は圧勝するよ。絶対にね」
この短時間でゲイルの強さを見極めた。そして彼女は、ゲイルが勝つことを確信した。
サクラはかつてアンジェリカが仲間だったので、魔法の基礎や難易度などは分かる。まあサクラはその圧倒的な身体能力の代わりに魔力は微塵も無いのだが。
その過程で、洗脳や支配、禁止効果のある魔法を解除する魔法は、とても難易度が高いらしいことを知った。いかんせん他人の魔法の解析と自分の魔法の詠唱を同時にやらなきゃいけないので、頭への負担が凄いらしいのだ。
しかしゲイルはそれをやり遂げた。一瞬で。つまり彼は、下手するとアンジェリカ以上の実力を持っているのではないか。サクラはそう分析した。
ーーー光の柱がゲイルを呑み込み、その衝撃波で周りの木々や学校が吹き飛ぶ。ライン達は頭を下げる以外無く、その場に蹲る。一人光を見つめるサクラ以外は。
その圧倒的暴力に、ゲイルは儚く絶命したーー、
「ーーテラザ・ダクラ」
はずだった。
よく見ると光の柱の中にゲイルの影が見え、それは男二人も同じらしく、驚愕で目を見開いていた。
そして光の柱は少しずつゲイルを中心に集まっていき、ゲイルの手に持つ小型ブラックホールに呑み込まれていく。
子供達やレン、ミクスタも気づき、悲鳴から歓声に変わった。いける、やれ、などと皆が叫んでいる。
「いけゲイル!ぶちかましてやって!」
ふと、ラインもゲイルに命令してしまっていた。それを受けたゲイルは、少しの驚愕を顔に表すもすぐ顔を綻ばせ、笑顔で染める。
そしてーー、
「はい。ぶちかましてやります」
そう言い、ミニブラックホールを正面にかざし、そこに己の魔力を注ぎ込む。
ブラックホールへと無限に魔力が吸われることでそのたびに威力・範囲・吸引力がますます増幅していき、天使族の男2人の顔には焦りと恐怖が現れ始め、みっともないことをほざき始めた。
「わ、分かった!今回は手を引く!私達は【神】を守護する誇り高い天使族の血を引く者だぞ!?」
「もし我々を殺せば、《四大天使》様が黙っていないだろう!貴様らはーー」
「【神】に仕える貴方達に刃を向ける、野蛮なエルフの『ゲイル・レーラン』とその生徒達ですが何か?」
みっともない言い訳と屁理屈をベラベラと述べる天使族に対し、ゲイルは至って冷静に対応している。
しかしゲイルのその言葉には重みがあり、彼は片手でずれた眼鏡を上げ、その手も再度小型ブラックホールに手を当てる。
そして、ゲイルはかつての小さなものからは想像もつかないほどにまで肥大化したブラックホールを、天使族の二人に向けて、言い放った。
「私は反逆者です。しかしこの子達が守れるのなら、反逆者でも大罪人でも何にでもなりますよ」
「ま、待て!!止めろ!!我々を殺す気か!?」
「我々を殺したら後悔することになるぞ!!」
「殺しません。ただ、子供達を怖がらせた分を含めての一撃を貴方達にぶつけるだけです。今までの名声と過去の栄光に縋る【神】への反逆の狼煙、ですよ」
それだけ言い、ゲイルは手の中にあるブラックホールを解き放つ。それは大量の魔力を吸い込み、黒い稲妻を解き放ちながら天使族の二人組に迫って来る。
「や」
「やめろ」
「「やめろおおおおおおおおおおおーーー」」
二人組は絶叫する。底知れぬ恐怖に耐えられず、発狂しながら逃げ出そうとするもブラックホールの引力からは逃れられず、腕と足を必死にバタつかせて子供のように暴れ回るが無意味だ。
そして最後にゲイルは、幼児のように暴れ回る二人とライン達に対して、思い出したかのように呟いた。
「あ、言い忘れていました。……私の特権『神格頭脳』の能力は、『原理・構造を頭に刻んだ魔法を最小限の力で最高火力を生み出せる』能力と『魔力上限の限界突破』です」
その瞬間、ゲイル達がいる森がある『フリーデア森林地帯』の名称が、後に『フリーデア大平原』へと変わる大規模な魔力爆発が発生した。