11話 ゲイル先生の魔法学校
ーーー深い闇。どこまでも遠く、広く、しかし何故か身近に感じる不思議な感覚に、◾️◾️◾️は訝しむ。
広大な水平線が広がる海のように広く、月明かりすら差さない夜の樹林より暗く、フロスト氷焉地帯を始めとした、吹雪が吹き荒れている極寒の地より寒い。
その深淵を覗き込むような感覚を覚える◾️◾️◾️を呑み込もうと身体を包み込み、それを◾️◾️◾️は何の抵抗もなく受け入れていく。たちまち闇は身体を覆い尽くし、闇に包まれる身体は沈んでいく。
やがて顔の半分すらも呑み込み、頭の下まで行った。そして◾️◾️◾️の意識は遥か彼方へとーー、
『ーーワタシはアンタ好きだよ。素直で、優しくて、何より家族の為に大切なものを差し出せる。ワタシにはそんな人居ないからから羨ましいの』
ーーホントにそう?僕は、◾️◾️も大事だよ
『ーーえ?ワタシも大切?いやいやいや、ワタシなんかがアンタみたいな優しい人の心に漬け込む隙間なんて無いでしょ?無理してワタシに気を遣わないでね』
ーー無理じゃないよ。ホントに大事なんだってば。
『ーーそ、そう?ワタシも大切…うへへへへ……。そうなの、そうなんだ…なら、ワタシもアンタをもっともーっと大事に思っても良いよね?アンタに負けないぐらいアンタが大事なの。だから…その、ち、チューとかもしていいよ?ほら、ん。……カモン』
ーー純情超え!!不貞者にはならないよ僕は!
『ーーぶへ!いけず!ヘタレ!分からず屋ラーーー』
※ ※ ※
「……むにゃ……みお食べないでぇ……」
「……インさん。ラインさん。起きてください」
「ふぉお!?幼馴染に劣情抱いたりしてないよ!?」
「…?おさななじみって…私とラインさんは別に幼馴染じゃないでしょう?悪い夢でも見たんですか?」
その声かけで、ラインは目を覚ました。なんだかよく分からない夢を見ていた気がするが、なんとなく懐かしくて、そしてとても愛おしい夢だった気がする。
ラインが辺りを見回すと、テントの入り口には緑肌白髪の美少女ことミクスタがいた一方で、レンはこの濃密な心労があったのだろうか、起きる気配がない。
ラインがテントから出ると、外には出発の準備をするミクスタと、テントの縁の丸太にもたれかかりながら小さい寝息を立てるサクラの姿があった。
ーーそういえばサクラのことなのだが、その身を以って知っていたとはいえ彼女はマジの化け物だった。
・ただの当て身で盗賊の首領の首を折れる
・素手で魔獣を返り血すら浴びずに狩り殺せる
・水中にいる魚すら一目でロックオンして掴む
・獲った魚を骨と血を一刀で抜き、捌ける
・丸太5本を片手で運べる怪力
これだけの化け物要素を見せつけられた。濃霧の森で交わされたやり取りの際の返答によっては敵対していたと考えると末恐ろしい。
「サクラさんは私が起きるまではずっと起きていたんで、私が交代して見張りをしていました。あと、サクラさんから伝言が」
「ーーー?サクラから?」
「昨日の深夜、天使族複数名がこの辺りを徘徊していたらしいです。何でも、魔族を炙り出しているとか」
「ーー!?天使族!?」
その一言を聞き、ラインのうっすらと残っていた眠気は一撃で吹き飛んだ。まさかもう、こんな早くに。
ーー天使族。それはこの世界の種族のうちの一つ。カーストで例えると最高級の種族だ。
彼らはこの世界の真ん中に聳え立つ巨大山脈に帝国を建設しており、人間や亜人と親交を結び、その反面魔族や魔物を異常なまでに敵視しているのだ。
そんな魔族嫌いな種族が遠方から魔界に来ているということは、既にこの地も天使族の手に落ちかけているということになる。
「でも、何で僕たちはバレなかったんだ?」
「あー、それは私が説明するよ」
しかし自分達はこうして何事もなく朝を迎えた。
何故バレなかったかをミクスタに聞こうとすると、ラインの後ろ側で寝ていたハズの高身長イケメンババアことサクラが立っており、彼女は「おはよ」と短く挨拶してラインの疑問に答える。
「彼らは昨日このテントにも来たんだ。そしてやっぱりテント内のキミ達を見ようとしたんだけど、私が彼らに少しだけ『お話』したら帰っていってくれたよ」
そう言って笑うサクラの顔は楽しそうだった。
どうやら彼女が天使達と『お話』してくれた結果、ライン達はバレずに済んだらしいが、『お話』が何を意味しているかはなんとなく知らないほうがいい気がしたので詮索はしないでおく。
「さあ、流石に出発しよう。ミクスタ君、レン君を起こしてきてくれないか?多分キミが適任だろうから」
「分かりました。レン君、起きてください」
サクラがミクスタにレンを起こして来るように頼み、それに応じたミクスタが男性用のテントに出向いてレンの身体を揺らして起こそうとしている。
それを尻目に、サクラがラインに話しかけて来た。
「ライン君。私は何があろうとキミの味方だ。だから例え、天使族と敵対しようとも、キミの手で殺されようとも、私は絶対に裏切らない」
「ーー」
「だからライン君、何かあったら私に相談してね」
ラインが自分の種族の悩みを抱えているのを見抜いたかのように、サクラがフォローしてきた。
彼女は何があってもラインを裏切らないらしい。本当かどうか疑ったが、彼女は真っ直ぐ見つめて来る。
ーーこの人は、信頼できる。直感でそう感じた。
なぜなら、サクラの優しげなその姿は、ラインの母代わりだった《四天王》キーラと似た雰囲気を纏っていたからである。ギザ歯じゃない点と胸が全く無い点は全然違うが。
▽▲▽▲▽▲▽▲
ーーーレンも起き、4人でテントを片付けて準備を終える。ミクスタと2人だった時に比べてかなり早く片付けが終わるようになった。
できれば明後日辺りにはルクサス王国に着いておきたい。大国であるルクサス王国と友好条約を結べれば、今魔界に侵入して来た天使も引いていくだろう。
ラインはそう考え、深呼吸して心を落ち着かせる。そして後ろで待ってくれている仲間達に、出発の確認をとる。
「じゃあみんな、行ける?」
「おう!…すまん、俺が寝ている間にそんなことがあったなんてな。…いや、マイナス思考は良くねえ。次なんかあったら俺がみんなを守ってやる!」
「決意を決めたレンくんはかっこいいです!あ、ラインさん、準備できてます。行きましょう」
「じゃ、出発しようか。恐らく昼頃には着くだろう」
そうして全員が頷いた後、ラインは先頭を歩き出す。その目には、確かな覚悟と責任を伴いながら。
目的地は、逸れ精霊人のいる場所。
一見何も無さそうな森林地帯だが、多分何かがあるのだろう、とラインは頭に浮かんだ疑念を否定する。
真面目なブーモの言ってくれたことだ。信じよう。
「ーーーんじゃあ、会いに行きますか!エルフに!」
* * *
ーー朝の日差しが差し込み、『彼』は目を覚ます。
朝から眩しい太陽の光を浴びて、彼は目を細める。このような経験は、彼が生まれてから120年、何度もしてきている。
しかし、今日は何となく違う目覚め方だ。いつもは『眩しい』程度の感想で終わるのだが、今日だけは、『何か起こる』というような直感を感じた。
しかし彼は、あまり直感などの不確定な情報はあまり信じないタイプである。
戦いなどでも彼は『合理的』な方法を見出し、より最低限の力で、より最適な攻撃を繰り出すのだ。
そんな彼の容姿は、身長は2mに届き、しかし細身の美青年である。目元は優しくも賢そうな形をしており、下フレームのみの眼鏡を掛けている。そしてその身を寝間着から着替え、長袖のスーツで包み、いかにも教職である見た目に着替えたのである。
そして彼の耳は、人間や天使と比べて長く、尖った形をしている。
彼は、精霊人の天才児だった。
生まれつき『特権』を取得していただけでなく、3歳で半分の属性魔法を極め、6歳で既に全ての魔法が使えるほどの天才ぶりを発揮していた
しかし、そんな彼は精霊人の里を12歳の頃に追放されていた。
エルフは精霊族と亜人族の中間の種族であり、プライドが高く、ずっと実力主義を貫く種族である。
「……移りゆく時代の最中、何も変わらない私のままではダメなのでしょうね。だが、私には彼らがーー」
「せんせー!」
「おはようございまーす!」
彼が廊下を歩きながら呟いていると、その奥から8人の子供が走って来た。その子達の種族はバラバラで、人間の女の子、猪人の少年、亜人の一種である猫人の少女など、男女が4人ずついる。
しかし彼らに種族の隔たりは無く、非常に良好な仲の友達であることがよく分かった。中には手を繋いで、少々いい雰囲気になっているペアもいる。
「やあ、おはよう。みんなもよく寝れましたか?」
「うん!ぐっすり眠れました!」
「でもディエフジのいびきがうるさかったー!」
「うるせえよ!おまえらだってきのうの夜ずっと話してたくせに!」
「先生!今日は何の勉強をするの?」
子供達はわちゃわちゃしている。
それが彼ーー『先生』にとっての、100年近く虚無を過ごすことをなくしてくれた、唯一の幸せだった。
「そうですね、今日は魔法の練習をしましょう」
「やったー!魔法だ魔法だ!!」
「ハイハイ、まずは朝ごはんからですよ。みんな、準備はできますよね?」
ーーーはーい!!
子供達はダイニングに駆けていき、そちらから食器を並べる音や飲み物を取り出す音が聞こえて来た。
そんな騒がしい様子を他所に、先生は窓から外を見つめる。最近は何故か天使族の巡回も増えて来ている。彼の生徒の一部には魔族の血を引く者もいる。
ーー愛する生徒を守る為なら、この命でも何でも捧げてやるつもりだ。自分の生徒達さえ、無事ならば。
「ーーゲイル先生!ご飯ですよ!!」
竜人の生徒が声を掛けてきた。それに返事をしつつ、『ゲイル』と呼ばれた男はダイニングに向かう。
ーーー魔界の辺境にある、小さな魔法学校。
その場所では、種族間の壁を超えた交流が生み出されていた。
ここは、魔界の中心に広がる『フリーデア大森林』の森の中にある、逸れ精霊人『ゲイル・レーラン』の魔法学校だ。
そこに種族の違いはありはしない。
ゲイルはただ、平等に魔法を教えるだけである。
▽▲▽▲▽▲▽▲
ーー道なりに進んで2時間程度、遂に目的地『フリーデア大森林』へと到着した。この場所こそが、ブーモが言っていた逸れエルフがいる場所のはずなのだ。
しかし一見、そこは広い平原と深い森が広がるばかりであり、他には特に何もない。一応森に入ってみたが、明らかに直ぐ戻れるような森では無いはずなのだが、ラインは速攻で入り口までに戻された。
ラインは訝しみ、首を捻る。
「おかしいな…ここが目的地なんだけど…。バカ真面目なブーモのことだし、嘘とは思えないけどな…」
「しかし、森以外何もないなら、攻略は難しくないですか?特にヒントがあるわけでもないですし」
「だけど折角来たならやっぱ会いてえじゃんエルフ。何の成果も得られずに帰ったらただの骨折り損だし」
「これはレン君の言う通りだな。魔界はもうすぐ出られるが、流石に寄り道をしてまでここに来たのなら、例え無理でも交渉はしてみるべきだ」
ラインがブーモが嘘をついた可能性を否定すると、ミクスタは森の中に何か居るのではと推察する。レンが願望を述べると、サクラはそれに同調し、そしてとりあえず交渉だけはしてみるべきだ、と付け加えた。
ーーーしかしどうやって精霊人の元へ?
ラインが頭を悩ませていると、サクラがいくつか方法の候補を出して来たが、どれも時間がかかるものや危険が伴うものばかりだったので却下した。
これらはどれも採用できる程の魅力は無く、しかしこれら以外の方法は見つからない。それはサクラも承知の上らしく、あまり乗り気では無い顔をしていた。
「仕方ないね。当てずっぽうで行くしか……」
ラインが妥協し、サクラが提案した方法の内の一つをしよう、と全員に伝えようとした時ーー
森の奥から何かが飛んできた。
森内は薄暗いのだが、それはその暗闇の中でも非常に明るくよく見える。
ーーそれは火球であり、それは豪速で飛んできた。
「うぉおおおお!?」
「待て待て待てマジかよ!?ちょ、待っ」
「ーーッ!威力はあまり無いけど、避けきれない!」
ラインとミクスタとレンの3人は唐突の攻撃にパニックになり、防御体制を取るので精一杯だった。
威力は無いとはいえパニックにはなる。彼らは飛来する火球を防ごうと防御体制を取るのに必死になる。
しかし、1人は違った。サクラだけは、腰に挿さっている刀を一瞬で引き抜き、その銀色に光る刃を飛来する火球に向ける。
そして技を使わず、火球を真っ二つに斬った。
魔法を斬るという前代未聞の光景を見て何が起こったか分からないライン達の横を、ちょうどの大きさに斬られた二つの元火球が通過していった。そしてしばらく飛んだ後、火球は爆発する。
目の前でサラッと披露された『神業』に、ライン達3人は目を疑う。
そして刀を戻したサクラが、こちらに顔を向けて、「や。大丈夫だった?」と言って来た。今何て?
そこからは、サクラへのツッコミが展開された。
「『大丈夫だった?』じゃないよ!!でもお陰で助かったよありがとう!!」
「え!?い、いやー、危なかったからさ、つい」
「『つい』で出来ることじゃないんですよ!?お陰で助かりましたけど!!」
「み、ミク君まで…そんなにおかしかったかい?」
「魔法をぶった斬る剣士とかマジでアニメぐらいでしか出ねえんだよ!!何なんだよこのハイスペ高身長貧乳イケメンババア!?でも助かったありがとう!!」
「は、はいすぺ高身長貧乳いけめんババア…か……」
全員のツッコミの嵐を受け、余裕があったサクラの顔がみるみる変化していく。
平常時のイケメン顔がラインのツッコミで戸惑ったような顔、戸惑いイケメン顔がミクスタのツッコミで悲しそうな顔、最後にレンのツッコミで悲しそうなイケメン顔がしおしおイケメン顔にまで変化した。
サクラは口をモニュモニュさせながら悲しそうな顔をしており、流石に可哀想に思ったミクスタとレンがサクラを慰めに回った。
なおもしおしおしているサクラから視線を外し、火球が飛んできた方向を見やる。するとその向こうから、少年と少女がこちらを覗いているのが分かった。
(「ねえ、ふざけないでよ!当たりそうになったじゃん!もしこっちに気づかれたら絶対怒られるよ!」)
(「知るかよ!お前がじゃましたのが悪いんじゃねえか!もしあの人達にバレたら殺されちゃうよ!」)
彼らはヒソヒソと話をしている。こちらに気づかないようにする為なのか、しかし全部聞こえている。
ラインは誤解を解く為に2人に近寄ると、1人の女の子は泣き出し、それを見たもう1人の男の子はこちらを威嚇するように、手に持つ杖を向けて来た。
「や、やや、やい!お、おれが、あ、ああ相手だ!」
しかしその少年の声は明らかに怯えており、どう見ても戦う意志は無さそうだった。
なんか可愛い。少しイタズラしてやろう。
「そうかよ。なら撃ってみろよ。だがもし僕を撃ったら僕から恐ろしい怪物が飛び出して食べちゃうぞ?ーーグフフ、お前たちを喰らってくれるわ!!」
「キャーーー!!」
「ーーーーーーーー」
「あ、ごめんやりすぎた」
ラインが悪どい顔をして言い放つと、男の子の後ろの女の子は悲鳴を上げ、男の子に至っては恐怖からか、気絶してしまった。
それに対し、ラインはやりすぎたと反省し、その後ろにいる女の子に優しく丁寧に話しかける。
「冗談だよ。僕はライン。僕も魔族なんだ。もしよかったら、君の名前を教えてもらっていいかな?」
ラインは、見ず知らずの子供に、自身が魔族であることを告白した。一見馬鹿でしかない行為だが、今回ばかりはちゃんとした意味がある。
何故ならその女の子の肌は緑であり、頭に垂れ耳、鼻は豚鼻だったからだ。
この子は、子鬼と猪人の混血だ。と、ラインは確信する。
すると女の子の固まった表情が和らぎ、ラインの質問に回答してくれた。
「わたしはエスです。ゲイル先生のもとで魔法を学んでいます。さっきはごめんなさい。まさか魔法を斬れる人がいるなんて知らなくてびっくりしちゃって…」
「いやいや、無事だったからいいよ。それにしてもあの火球、君が撃ったの?とてもすごい精度だったよ」
「……えへへ」
少女ーーエスと言った子が、ラインに謝ってくる。
ラインが謝罪を受け止め、彼女の魔法の精度を褒めると彼女は嬉しそうに頬を赤くした。
だが今、ラインにとって聞き逃せない単語が出て来た。『ゲイル先生』と呼ばれた人のことだ。
誰かは一切見当がつかないが、こんな少女でもあれだけの火球が撃てるほどなので、それだけ優秀な指導者なのか、とラインは思う。
それに関して、ラインは口を開き、質問した。
「エス。その『ゲイル先生』って、もしかして精霊人だったりする?あ、エルフは耳が長くて魔法を使うのが上手い、ほとんど人間みたいな亜人ね」
「ーー?はい。先生は精霊人ですが、何かごようですか?」
やっぱりだ、思った通りだった。今まで数え切れるぐらいにしか役に立たなかったラインの直感が、今日久しぶりに役に立った。
ーーーそのゲイル先生こそが、エルフだ。
「エスちゃん!僕たちを、先生の下へ案内してくれないか?僕たちは、その人に用事があるんだ!」
「はい、もちろんです!でも、そこに倒れてるディエフジも連れて来て欲しいです」
「ああ、分かったよ。ありがとう」
ラインは許可を取り、向こうでまだ茶番を繰り広げている3人を呼びに行った。3人は直ぐに応じ、こちらに来てくれた。
「初めまして。私はミクスタと言います」
「俺はレン!カワノカミ・レンだ!よろしくな!」
「やあ、私はサクラだよ。よろしくね、お嬢ちゃん」
「はい、よろしくお願いします。お姉ちゃん、お兄ちゃん、ーー?ーーー??お兄ちゃん?お姉ちゃん?」
3人の挨拶を終え、エスと面識を持たせる。そしてエスは3人の顔を見比べていったのだが、サクラでそれが止まった。多分美形かつ貧乳で、声も中性的なサクラなので判断に困ったのだろう。
それを見ていたミクスタがエスに真実を話してあげており、それによって彼女もちゃんと納得したようで、これでエルフの下へ行けるようになった。
ラインは未だノビている男の子を担ぎ、エスに道案内を頼んだ。
「じゃあ、あとはお願いね、エス」
「はい!みなさん着いて来てください!」
そう言い、エスは森の中に入っていく。それに続き、ライン達も森の中へと入っていく。
エルフが同行してくれたら嬉しいなと思いながら、ラインは足を進めていった。
彼らは深い森へと、姿を消した。
▽▲▽▲▽▲▽▲
ーーーエスの道案内の通り道だと、すんなりと森を歩くことができた。
ついさっきラインだけで入った時は何故か入り口にまで戻されていたが、今回は普通に通過できそうだ。
「ご存じだとは思いますが、森や川などの自然豊かなところには精霊族が集まりやすいんですよ。といっても彼らはイタズラ好きなので、決まった道順でしか通してくれないんです…」
なるほど、そうだったのか。だからサクラがいた森にも複数の精霊がいて、実体を持てる上位精霊のサヤなどもいたのだ。ラインとレンは勝手に納得した。
だがそれで迷うこともあるらしいので、意外とメリットデメリットは釣り合っているのかも知れない。
そんな考えを抱きながら、ライン達は森を進んでいく。
▽▲▽▲▽▲▽▲
すると、向こうから光が差し込んで来た。ライン達はそこに向かい、その全体像を目に焼き付ける。
そこには、木が生えていないところが円状にあった。どうやら少し開拓されたらしい。そこには小さな池みたいなものや畑などもあり、日常感溢れる場所だった。
特に目を引くのは一階建ての建造物と隣の広場であり、建造物は学校のような見た目をしている。もしかしたら本当に学校なのかも知れない。そしてその隣にある広場では、種族がバラバラの子供達がおり、魔法を詠唱して的に向けて放つ練習をしている。
その顔は楽しそうで、大人間のめんどくさい種族の壁が無い、まさにデリエブが描いた光景だった。
「ーー父さんに見せたかったなあ、この光景」
「だからキミが継ぐんだろう?デリエブ君の意思を」
「うん!」
ラインが呟くと、彼の肩に手を置き、サクラが同調した。彼女の顔は優しさと覚悟で溢れていたのだが、彼女、あまりにも献身的すぎないか?と少し思ってしまった。だが協力者がいることはありがたいので、サクラに感謝しておいた。
ーーーそしてラインは、子供達に話しかけた。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「ーーーおはようございます!突然尋ねてすいません。僕はラインと言います!魔族です、よろしく!」
「…だれだろ、あのお兄さん」
「分かんないよ。でも、悪い人ではなさそうだよ?」
「……ちょっと、わたし怖い」
「ボクたちには、どうしようも無いよ」
「とりあえず、先生に相談しないと……」
「でも先生は少し前に買い物に行っちゃったじゃん!だからといって下手に相手できないしどうするの?」
「……もしかしてコレ…僕、怪しまれてる?」
ラインはなるべく元気に挨拶をしたのだが、あまりにも突然の来訪だったので逆効果になったらしく、あからさまに距離を置かれ、それを受けたラインの心は深刻なダメージを負った。
するとレンが何かを思いついたかのような顔をし、サクラに声をかけ、なにかを耳打ちしているらしい。
サクラはラインに対し、「あとは任せておいて」とでも言わんばかりにウインクをしてきたが、いくら美形とはいえババアのウインクにはキツイものがある。
だがしかしどうするのだろうか。
ラインには全く検討がつかない。
サクラは猫耳が生えている亜人の少女と犬耳の亜人の少女、そして竜族の少女の3人に近づき、肩に手を置いて耳元で甘言を囁き始めた。
「ごめんね、キミ達。彼は私のリーダーなんだけど、会話の仕方が不器用でね。そこで私からお願いしたいんだが、キミ達の先生に合わせてくれないか?」
サクラの吐息が少女達の耳にかかり、それに合わせて少女達の身体が震える。少女達の顔は真っ赤になっており、ラインは「あ、これ口説いてるな」と察す。
…いや何で急に口説いてんの?マジで何してんの?
「こんな私のお願いを聞いてくれるかい?キミ達」
「……うん、サクラ様」
「ーーーは、はひ、よろひくほねがひしはす」
「ばっー!?ば、ばバッカじゃないの!?そんなカッコい…じゃないけど、あーもう分かんない!!」
「おー、控えめガチ恋猫耳少女と初恋を盗まれた純白犬耳少女、ツンギレタイプの竜少女、悪かねえな。にしても、サクラさんはとんだ初恋泥棒だな」
サクラが微笑むと、猫人の少女は何か呟き、犬人の少女は顔から湯気を出してしどろもどろになり、竜族の少女は顔を真っ赤にし、叫び散らかす。猫人の少女が一瞬「王子様」と言った気がするが無視しておく。
それを見ながら訳の分からないことを呟きながら満足気な顔をするレンがいた。アンタマジで本当に…。
ーーすると、広場の真ん中に魔法陣が展開された。
ライン達が急いで距離を取ると、子供達もゆっくりと距離を取る。何でこの子達はこんなに冷静なんだ?
ラインがそう思っていると、その魔法陣が光で満たされ、溢れ出した光が人の形を構成していく。
身長は2m以上あり、現在のパーティ内最長のサクラよりも身長が高いことが分かる。体は細身であり、その全身を正装ーーースーツで包んでいる。
目元はキリッとしており、下フレームのみの眼鏡をかけている。その容姿から推察するに、ほぼ男性であろうことが分かる。
そして体を包み込んでいた光が解け、その人物の姿がハッキリと視認できるようになった。
光の中から、紺の髪に黄色の目を持つ人物が現れた。
彼の第一印象を一言で現すなら、『真面目』だ。とても真面目そうな見た目をしており、まさに先生にふさわしい見た目をしていた。
ーーーそしてその耳は、人間のものよりも大きく、長かった。この特徴的な耳を持つ種族は、この世界ではただ一つの種族のみであり、それはーーー
彼は教え子達、そして本来いないはずのライン達を一瞥し、眉間に皺を寄せ、口を開く。
「…これはどういう状況ですか?皆さん」
彼の声は透き通っており、はっきりと耳に届く。
その大人しめの美形顔にはハテナマークが浮かんでいるような顔になっており、困惑の感情が読み取れた。
それを受けたラインは前に出て、彼に話し始める。
「ー初めまして、僕はライン・シクサル。第13代魔王であり、《愛の魔王》デリエブ・シクサルの息子です。今回は貴方にお話があって訪れました。どうか、話し合いの機会をお願いします」
そう言い、頭を下げる。
ラインはまだ詳しい要件は話さず、とりあえず話し合いの場を設けようとした。
それに対してエルフの男性ゲイルは「なぜ私の名前を?」と聞いてきたが、エス達の様子を見て大体の経緯を察したらしく、すぐにラインに向き直った。
「ーーーええ、ラインさん。私も貴方のことを色々と知りたいので、是非ともお願いしたいです」
ゲイルはそう言い、会釈する。
その眼鏡から覗く眼光は優しげながらも鋭く、その黄色の瞳でこちらの本性を見極めようとしていた。
「ーーーあ!先生!お帰りなさい!」
「聞いてよ先生ー!このお兄さん達が先生に会いたいって!」
「……先生…!お帰り……!」
「にしても今日はいそがしいな…こんなに人が来るなんて、今までになかったぞ?」
「というかお兄さん、魔王の子供だったのー!?」
「すごーい!お話聞かせてー!!」
ゲイルの帰宅に、子供達が反応する。
子供達の反応から見るに、彼は心から信頼されているらしいことが分かった。
「では皆さん、お昼にしようと思いますので先に戻っていて下さい。優秀な皆さんになら準備できますよね?」
ーーはーい!!
ゲイルがそう言うと子供達は元気に返事して小さな校舎へと駆けて行き、ゲイルは優しげな顔で彼らを見送る。
そして見送りが終わるとライン達に向き直り、少し思考した後に口を開き、ライン達に提案してきた。
「これから食事ですが、皆さんもどうですか?私にはこれぐらいしかおもてなし出来ないですが」
「え!?いや、流石にそこまでして頂かなくても…」
「いただこうぜリーダー!こういうのは断ったら相手に失礼になるんだぜ!」
「ちょ、レン!?」
「そうですね。では、ありがたくいただきます」
「ライン君、キミも何かお腹に入れないとダメだよ」
「……あー、もう!分かった!僕も頂くので、お願いしますゲイルさん!」
サクラとミクスタにまで促され、遂にラインは折れた。少しヤケ気味に叫び、食事に参加する旨をゲイルに伝えた。
するとゲイルは微笑み、4人を案内してくれた。
「分かりました。建物に入って右側に客人専用の部屋があるので、どうぞそちらにお入り下さい」
「本当にすいません。わざわざ気を遣ってもらって」
「いえいえ、こちらこそ大したもてなしすら出来ずに申し訳ありません。もし喜んで頂けると幸いです」
そう言い、ゲイルは生徒達が向かった方向に向かって行った。向こうからは子供達の騒がしくも元気な声が響き、非常ににぎやかで楽しそうな雰囲気が伝わる。
ちょくちょく叫び声や食器を落とす音が響いているのは少し気になるが、まあ気にしなければいける。
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しばらくすると、ゲイルと子供達が昼食を運んで来てくれた。ライン達は会釈し、食事を受け取る。
そのメニューはサラダとパンだった。一見足りないタンパク質もサラダに入っている大豆ミートで完璧だ。ーーータンパク質って何だ?
気になってレンに聞いたら、どうやら筋肉などを作るエネルギーのことらしい。なるほど、理解した。
子供達は帰っていき、向こうで食事をする音が響く。
どうやら自分達の食事を後回しで来てくれていたらしい。なんていい子達なんだ。こんな子に育てられるゲイルの教師としての腕前には脱帽する。帽子は無いが。
▽▲▽▲▽▲▽▲
食事も終わり、子供達は魔法の練習に戻って行った。彼らは元気に溢れており、この世界の荒れ果てた状況を認識していないようだった。
それは幸せであり、世間から見れば愚かでもあった。
「ーーーありがとうございます、ゲイルさん」
「いえいえ。私にとっても、教え子達の料理の腕前を評価して頂けるのは指導者として光栄の極みです。こちらこそ、お褒め頂きありがとうございます」
ライン達が感謝すると、それに反応し、ゲイルが感謝し返してきた。どれだけ謙虚なんだこの人。サクラもかなり謙虚だが、ゲイルの謙虚さは彼女以上である。
そしてゲイルは改まって身なりを整い、ライン達に向き直る。その目からはこちらを探るような視線を送られて来て、ラインは少し身をすくませる。
「…では単刀直入に聞きます。貴方達は何をしにここに来たのですか?ただの旅の寄り道ではないでしょうし、出来れば本当の内容を言って頂きたいのですが」
ゲイルは口を開いた。その目は真っ直ぐであり、こちらの心に訴えかけているようだった。
それを受けたラインは、周りの3人を見渡す。
「ゲイルさん、僕には貴方の力が必要です!どうか僕のパーティに加わって下さい!!」
ラインは頭を下げ、手を前に出す。
もし良かったら、この手を取ってくれないか、と。
ーーー空白の時間。
「ーーー申し訳ありませんが、私にはあの子達がいます。そのお申し出は、受けることはできません」
ーーーラインの手は、最後まで取られなかった。
「ーーー。そんな……」
「ーーーあちゃー、やっぱりダメかー!」
「正直言って、ここに来た時から何となく察したよ」
ラインは顔を上げ、3人の顔色を伺う。
レン、サクラは「やっぱりダメだったか」というような顔をしていた。その内のレンとサクラはなんとなく結末を察していたらしい。ミクスタも少しショックを受けたような顔をしていたが、ラインが思ったよりもショックを受けているようには見えなかった。
目線を変えてゲイルを見ると、彼は申し訳なさそうな顔をしており、こちらに謝罪しようとしていた。
しかし彼には愛する生徒達がいる。彼らを捨ててライン達に着いていくことなどできなかったのだ。
それを承知の上で、ラインはゲイルに聞いたのだ。それに対して、ゲイルが申し訳なさを感じる必要は無い。
ラインはゲイルを呼び、再度手を前に出す。
「ゲイルさん、無理を言ってすいませんでした。僕達は何とかルクサス王国に向かいます。もし無事に帰って来られたら、あなたと生徒達のことを支援します」
「ほ、本当ですか?私は貴方の勧誘を…」
「今回は時間をくれただけでもありがたかったんだ。だからゲイル、貴重な時間をありがとう」
「ーーー。はい、ありがとうございます。では、支援の件につきましては、よろしくお願いします」
そう言い、ゲイルはラインの手を取った。
▽▲▽▲▽▲▽▲
彼のゲイルは魔法の中でも、かなり上級者向けで難しい魔法である『瞬間移動』を会得しており、ルクサス近郊までなら飛べるそうだ。
そして彼は、ライン達に同行出来なかった代わりとして、ルクサス近郊まで飛ばしてくれるらしい。
夜は冷えるだけでなく危険だ、と言うゲイルの提案で、今日はこの場に泊めてもらうことになった。
* * *
純人間の男の子、『ディエフジ』。
猫耳の獣人の女子、『アイジェ』。
人と犬人のハーフの女の子、『レム』。
亜人上位種の竜族の女の子、『キュアル』。
子鬼と猪人のハーフの女子、『エス』。
人と魔族のハーフのイケメン、『エクス』。
堕天使の男子、『ワイズ』。
蜥蜴族と魚人のハーフ、『デム』。
皆いい子ばかりだった。優しくも元気溢れていた。
それはゲイルの指導力の高さを意味し、ラインは純粋に心から感心する。
* * *
夜ご飯をいただき、皆と雑談をする。
ライン達からは、少し噛み砕いた言い方の昔話を。
エビシ達からはゲイルとの出会いや会得した魔法の話をしてもらった。
特に魔族の血を引く子達は、小さい頃から差別を受けていた子も少なくなかったらしく、彼らも年齢に似合わずかなり苦労しているらしい。
しばらく平和な時間が続き、幸せだった。
ーーその幸せは、美しい純白の羽を生やした天使族共によって、粉々に打ち砕かれた。
▽▲▽▲▽▲▽▲
ーーゲイルの学校がある森の近辺。そこには天使族の男2人とフードを目深に被った黒髪紫瞳の者がいた。
彼らは親しそうに、何かを話している。
「本当にここに、あのエルフがいるのか?」
「些か信じがたいが、嘘だった時は分かるな?」
「もちろん。私もバカではありません。ただ自身に流れる穢らわしい血を憎み、少しでもこの血を多く滅ぼしたいだけですよ。私はあなたたちの味方です」
「にしても、貴様も変わり者だな。魔族に生まれ、同族である魔族を恨み、同族である魔族を売るとはな」
「まあ、俺達にとっちゃ、都合はいいがな。じゃあ、これからもよろしく頼むぜ?」
「もちろん。魔族である私ですが、貴方達天使族や神天聖教会は素晴らしい組織だと思いますよ。この世界には不可欠です。……私にとってもね」
そう言い合い、彼らは解散する。
天使族の男2人は笑い、森の上へと飛び立った。
そして残された者は、2人を見送り、1人で嗤う。
「ーーまあ、ライン・シクサルを殺してしまえば最早用済み。低俗な天使共を始末した後に私こそが魔王となり、魔界を支配するのです!!そしてその暁には、世界をーー!!クフフ…夢が溢れますね……!!」
その者は高笑いし、紫に光り輝く魔法陣を展開する。
紫の光がその者を包み込む瞬間、その口が動いた。
「…念の為、根回ししておきましょうか」
彼はニヤリと笑い、光に包まれて消えた。