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設定メモへと堕ちた何か  作者: ヌヌヌ木
第一章 新芽と残火編
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10話 腹黒と大胆な告白は少女の特権



 『濃霧の森』の外でフェルシュは待ち伏せする。

 彼女は昨日の朝からずっと待っており、来ないライン・シクサルに対して苛立ちを隠せなくなっている。


(遅いのよぉあのクソ魔族!アタシを待たせる男なんて死んでしまえばいいのにぃ。本当アタシ可哀想!)


 フェルシュは傲慢な自身の性格に一切疑問を持たず、むしろ自身が1番可哀想な生物だと思っている。

 このような性格になったのは彼女の成長環境が由来しているのだが、それはまた別の話。


 フェルシュはライン達が来た際に、空中に風魔法か火魔法を撃たなくてはいけない。急襲可能なら風、不可能なら火を撃つことに決まっている。

 彼女からすれば楽な仕事であり、ライン以外は好きにしていいと言われたので、勿論お遊びタイム(解体ショー)をする気満々である。


 ーーー彼らは、どのような悲鳴を上げるだろう。

 そうニヤニヤしながら、その時を待つ。



                ▽▲▽▲▽▲▽▲



 ーーそして霧の向こうから、3人の人影が現れた。

 ライン、レン、ミクスタの3人である。


 レンはこちらに気づくと、嬉しそうに手を振るのだが、こちらの思惑には一切気付いていなさそうだ。

 これだから男子はチョロくて困るのだ、とフェルシュは内心レンを嘲笑う。自分に貢献してくれた愚かな道化に、拍手喝采を送りたいレベルだ。


 フェルシュも手を振り返す風に見せかけて、こっそりと先制しようと攻撃魔法をフルチャージする。



(さよなら、愚かな道化(レン・カワノカミ)❤︎ーー)


「……そこまでだ。お嬢さん」


(ーーっ!?誰ぇ!?)




 フェルシュの聞いたことの無い声が響く。

 何事かと思って首を動かそうとすると、前側の喉に冷たい何かが当たっており、その形状から『死』を届ける武器ーー刃物だと分かる。

 向こうを見やると、ミクスタ以外の2人は驚愕しており、ラインとレンは知らなかったらしい。



「抵抗はオススメしない。大人しくミク君の服従を解いてあげろ。そうすれば彼女は見逃してくれるかもな」



 その剣先を当てる声が、そう呟く。

 その声の主には、片腕が無かった。しかし明らかに隻腕とは思えないパワーと圧迫力で、フェルシュのか細い首を絞め殺す勢いで絞めながら剣先を当てる。


 相手が件の《黒百合(クロユリ)》じゃなければ。



                ▽▲▽▲▽▲▽▲




「ーー抵抗したらぁ?」


「言わなくても分かってるでしょ?首がトぶ。キミが服従させたミクスタ(かのじょ)みたいにね」



 フェルシュとサクラはとてつもなく物騒な会話をしている。棒切れでラインの首をトばした女の言うことなので何一つ嘘はないのだが、フェルシュは一切気づかない。

 サクラの強さを知らないだけでなく、たとえ相手が強者だとしても『自分は勇者パーティの一員』という絶対的なプライドにより、フェルシュの慢心は崩れない。



「仕方ないわねぇ。可愛くて優しいアタシの温情で、一回限りで、仕方なく解いてあげるわぁ。この可愛くて完璧なアタシに感謝しなさぁい!」


「何故当たり前のことをさせただけで感謝をしなくてはいけないんだ?人を躊躇なく支配できるような人の心を持ち合わせていない人間には感謝しなくないな」


「アンタモテないでしょ。こんなアタシを虐めて」


「あるよ?と言っても、女の子からが多かったけど」



 ちょくちょく自画自賛と相手への罵倒を交えながら、どうせ自分以下の可愛さの顔だろうと、高を括る。本当はその相手も世界の中でも有数の美形なのだが、フェルシュからすれば知ったことじゃない。


 そこにライン達が駆け寄り、1番にレンが叫ぶ。



「サクラさん!?アンタ何やってんだよ!!」


「どうしたの!?何があったんだサクラ!?」


「それは、私が全て話します。敵は誰なのかも、全て」



 叫んだ2人に答えを教えたのは、フェルシュでもサクラでもなく、フェルシュに支配されていた当人であるミクスタだった。彼女は口を開き、真実を伝える。



「単刀直入に言います。フェルシーの本当の名前は『フェルシュ・ダンクシン』。ーー《賢女》の名を冠する、《勇者》『ハルト・タナカ』のメンバーです」


「ーーッ!!《勇者》!!」


「ーーーは?いやおかしいだろ。じゃあ何でフェルシュが敵なら、俺たちに着いてきたんだよ?」



 急遽明かされた真実に、2人は混乱を隠せない。ラインは父が死ぬ原因となった相手に底知れない憎悪を抱き、レンは想い人が敵だった事実を呑み込めない。



「いや待て、全然分かんねえぞ!?じゃあ何でフェルシー、いやフェルシュは名前を隠してまで俺らを追跡したんだ?ラインが狙いか?何でーーー」


「ーー僕が魔王の息子だからだろ?フェルシュ」


「そうよぉ?気づくのおっそいわねぇ!おかげでレン君から情報はぜぇんぶ聞き出せたけどぉ。本当にありがとう!愚かな男子(オス)、レン君❤︎」


「ーーぁ、ああ………」



 何もかも分からないレンに対し、ラインはラインの身柄が目的だろう、と推測した。

 それをフェルシュは肯定しながら上目遣いとなってレンに感謝したが、そこに感謝の情は一切無く、レンを明らかに馬鹿にしている。

 するとレンの顔がみるみる絶望に染まり、腰をへなへなと落としてしまった。そしてその黒の目からは光が消え、自身の愚かさに絶望していく。



「ーーぷっ、アッハハハ!!なっさけない顔!!えぇ!?身の程を知ったほうがいいわよぉ!!そうだ!一回死んだら!?そうしたら少しマシになるかもねぇ!!アッハハ!!」



 その顔を覗き込み、フェルシュは嘲笑う。

 その顔は快楽と嘲笑で構成されており、身体がピクピクと痙攣するほどの感情で満たされ、その影響で美少女顔は狂喜で歪み、口からは涎が糸を引いている。


 ーー相手を蹴落とし、それから抗ったり絶望する人々の顔を見ることを史上の快楽とするクズ。

 それが、フェルシュ・ダンクシンなのだ。



「…騙しておいてその言い分は酷いだろフェルシュ!君の本心は、本当にこれをすることだったの!?僕達と旅した思い出も、なにもかも嘘なの!?」


「当たり前よぉ。ありがとうね、魔王の息子くん!」


「……っ!!お前ーー」



 どれだけ良心に訴えようと、すでに身も心も勇者に捧げたフェルシュからしたらそんなことはただのガキの戯言であり、そのせいでラインを煽り倒す。

 怒りを爆発させかけたラインだったが、そこにサクラが介入してラインを遮り、怒らせないようにした。



「……フェルシュ君、だっけ?キミは1人でこちらも痛手は負った。見逃してあげるから今日は引け」


「キィィィィ!!生意気なのよこのババアがぁ!!」


「ババアは事実だよ。420歳はババアの範疇だな」


「怒りなさいよぉ!!アンタ面白くないわねぇ!!」


「怒ってるさ。……多分、ここの誰よりも、ね」



 中々思うようにいかないサクラに、フェルシュが遂に怒りを爆発させた。その怒りは理不尽極まりないものであり、フェルシュの傲慢さが浮き彫りになる。

 その激昂した声に返すサクラの声は静かで、冷静で、しかし確かな剣幕を纏っていた。



「……あ、そうだレン君!!」


「レンくん、聞かなくていいです!無視して!!」



 フェルシュは空中に火属性魔法を打ち上げ、何かをしている。どうやら攻撃ではないようだ。

 そしてフェルシュは瞬間移動(テレポート)の魔法陣を組み、詠唱し、その最中に意気消沈するレンに声をかける。ミクスタは見ないように促すが、心ここに在らずのレンは顔を上げてしまった。

 瞬間移動する直前、フェルシュはにこやかに笑いながら、レンに言い捨てた。



「ありがとう!アタシ達に協力してくれて!!」



 ーーー感謝などない。あるのは煽りの感情だけ。

 いつまでも偽りの姿のまま、フェルシュは消えた。


 その場に残されたのは、魔王の息子と《黒百合(クロユリ)》、ゴブリンの娘、そして愚かな道化と化した青年だけだった。



「………俺のせいで」



 レンが呟く。そして彼は、いきなり走り出した。

 ラインは追いかけようとするが、フェルシーことフェルシュに裏切られていたことが余程ショックだったらしく、足に力が入らずに膝から崩れ落ち、足下にあった石に頭を下げてぶつけて呆気なく気絶した。


 サクラはミクスタに目配せしてレンを追うように頼み、ミクスタは迷いなき赤の瞳で目配せ仕返した後力強く頷き、レンの走って行った方向に走っていく。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



 ーーサクラ殿。


(どうした?キミと私の仲だ。遠慮することはない)


 ーー私は、人間達と魔族達が仲良く生きれる世界を作りたいんだ。だが、私は強い者ではない。だから、私一人の些細な力では成し遂げられないだろう。


(ーーーーーーーー。)


 サクラ殿、私に協力してくれ。私は魔界の全魔族代表として、人間と仲良くしたいんだ。お願いします。


(ーーー無理だ。第一、キミはまだ人間の本質を知らない。人間は愚かな生き物だ。もしこのままの考えでいるなら、キミはその優しさで死ぬことになるぞ)


 いや、大丈夫だ。すまない、無理を言って。

 だが、これだけは頼みたい。もしだ。もし仮に私の身内が貴女の所を訪れたら、保護してやって欲しい。


(分かったよ。協力してあげられなくてごめんね)


 ーーいや、大丈夫。

 …じゃあ、私は仕事と息子の世話があるのでここで失礼させていただく。此度は貴重な時間をありがとう。


(どういたしまして。第13代魔王デリエブ)



        ※ ※ ※



「…キミそっくりだね、デリエブ。まだ何も知らなくて、誰よりも純粋で、誰よりも優しくて、そして誰よりも脆い。……本当にそっくり」



 サクラは、フェルシュが去った後の空間で、ラインを膝枕しながら呟く。女子がするならば垂涎もののシチュエーションだが、残念ながら相手は見た目は貧乳イケメン、中身は齢400を超えるババアである。

 優しさから起きる怒りで暴走しそうだった彼は、サクラの記憶内のとある人物の特徴と合致する。


 誰よりも優しく、誰よりも慈悲深く、そして脆い。

 ラインは人間の汚さを知らないゆえに、『人間は皆分かってくれる』という淡い理想を描いていた。

 様々な人間が400年の間に訪れて来ていたサクラだからこそ、人間の汚さはよく分かる。


 最近来たのは15年ほど前に来た男の子であり、彼はサクラの400年間の人生に会ってきた人間の中で、魔族に対する圧倒的な殺意と憎悪を含んでいた。



        ※ ※ ※



 ーーキミは強くなって、何をしたいんだい?


 ーー神天聖教会に入って、魔族を皆殺しにしたい。


 ーーダメだ、そんな危険な子に剣は教えられない。


 ーー何故ですか!?魔族なんて、あんな悪なんて!アイツらさえこの世からいなくなれば、世界が平和になるんですよ!?ボクは危険じゃない!正常だ!!


 ーーそれを当たり前だと思ってるなら十分『危険』だよ。本当に危険な人は自身を正常だと思い込む。「自分が正しい」、「周りが間違っている」ってね。



        ※ ※ ※



「…彼は元気かな。間違えた道に進んでいたら嫌だなあ。正しい道を進んで幸せに暮らしていて欲しいな」



 サクラは静かに、小さく呟く。すると、彼女の膝にいるラインがモゾモゾ動き出し、目を開けた。




                ▽▲▽▲▽▲▽▲




「…う、うーん……」


「おはようライン君。気絶してたけど大丈夫?」


「ん…気絶?確か僕、頭をぶつけて意識を失って…?痛たた…石に頭ぶつけて気絶って僕ダサすぎるだろ…」



 ラインは目を覚ました。その頭は空を向いており、頭には柔らかめの感触のものを敷いている。朝焼けの空を眺めていると、視界の端からとんでもないイケメンーーサクラの顔面が入って来た。

 以前も同じようにミクスタに膝枕してもらったことがあったが、その時はミクスタの胸が真上にあり、大慌てで起きたこともあった。

 しかし今回は貧乳というかもはや壁乳であるサクラの胸部は一切入らず、顔意外は綺麗な朝焼けしか視界に入っていない。



「残念ながら、私に眺められる胸は無いよ。諦めな」


「違うよ…ミクスタのときも似たようなことがあったから、その時の記憶を思い出しただけだよ」



 そのような軽口を交わしながら、ラインは体を置き上げると外には2人以外はおらず、いつもより人数が少なく、少し物寂しい印象を受けーー、


 ーーー否、違う。レンとミクスタまでもがいない。



「…ちょっと待って?サクラ、レンとミクスタは?」



 裏切り者だったフェルシュはともかく、何故かミクスタとレンまでもいなくなっていた。ラインは立ち上がった後に声を荒げ、サクラに詰め寄る。

 しかしサクラは落ち着いており、あたかも何もかも分かるような顔をしていた。



「落ち着いて。彼らは今はここを離れているだけ。直ぐに戻ってくるさ。だから私と待っていよう」


「あーーごめんサクラ。許して」


「全然気にしていないからいい。私もキミに心を救われているんだ、大した問題じゃないよ。おあいこさ」



 いつの間にか苛立っていたラインを落ち着かせるように、サクラは優しい声色でラインに現状を伝える。

 ラインが感謝すると、サクラはニッコリと笑い、ラインの失態を許してくれた。そんな広い心を持つサクラに感謝しつつ、ラインは頭にヒールをかけながら地に尻を置く。


 仲間の2人を待ち、また4人で道を行く為に。



「…レン、下手に責任感じていないかな。彼、ああ見えて意外にも人に気を遣うから心配なんだけど」


「言ったでしょ?『たまには仲間を信じて、放っておくのも大事だよ』って。心配しなくても、ミク君がいるからね。だから私達は待つ。…それでいいんだ」



 ラインの杞憂を、サクラは優しく否定する。

 仲間達を信頼する心。それを大事にするべきだと、ラインは考えた。



                ▽▲▽▲▽▲▽▲




「嫌だ…俺のせいで、俺のせいで皆死ぬなんて…」



 青年は頭を押さえ、小さく呟き続ける。

 青年は己の黒い瞳を曇らせ、何かに怯えていた。そこそこ美形な顔を罪悪感や後悔でいっぱいにし、ジャージに埋めている。


 青年は、自己肯定感が低かった。

 一度、自分を好いてくれているゴブリン娘に『プラスに考えてみよう』と偉そうに言った割には、彼は自身を肯定するのは苦手だった。

 これは召喚前から同じで、彼は普段の明るい虚勢を張った態度とは真逆の、性根の暗さを持っていた。



「レンくん、急に叫んで走って…どうしたんですか?このままではラインさんやサクラさんも心配します。早く2人の元にーー」


「無理だ…俺は仲間を売った…あんなクズ女の策でまんまとな…もう、アイツらに合わせる顔が無え…。だからミク、『レンはもう戻らない』って伝えてくれ…こんな馬鹿はもう要らないだろ…?」



 ゴブリンと人とのハーフである少女ミクスタに、青年ーーレンは、膝に顔を埋めたまま返事をする。

 その声には自己嫌悪が込められており、今にも泣き出しそうな、弱々しく、周りが不快になるような自嘲。


 今のレンはもはや、昔の『恋』に戻りつつあった。



「いやです!私は、レンくんと一緒に旅の続きをしたいです!たとえサクラさんとラインさんが許さなくて嫌でも…私だけは4人で行く旅がいいんです!!」



 しかし、ミクスタは一切不快に思っていなかった。

 それどころか、放っておいてくれと言うレンに対し、それを真正面から否定する。



「ーーやっと、こっちを見てくれましたね」



 失意に打ちひしがれるレンが顔を上げると、目の前には紅の瞳を持つ混血魔族美少女、ミクスタが目線を合わせ、その可憐な顔を幸せそうにして笑っていた。



「ーーー。え、は?」



 ミクスタの言葉に、レンは反応する。

 何故目の前の少女は『レンと一緒に行きたい』などと言った?こんな大戦犯を犯した自分を連れて行ったところで足手纏いにしかならない。

 そうだ、そうに決まっている。惑わされるな、今のは一時的な慰めだ。自分はーーー『レン』は、仲間を危険に晒した恥晒しなのだ。誰が慰めようと、レン自身の行いは正当化できない。誰が許そうとしても、レン自身だけは許されるべきではない。


 頼むから俺なんか捨ててくれ。『お前なんて要らない』と言ってくれ。吐き捨ててくれ。糾弾してくれ。許さないでくれ。見捨ててくれ。


 じゃないと、弱い自分は、それに縋ってしまうから。



「…何だよ、慰めか?悪いけどそういうの要らないんだよ。『俺が相手の正体に気づかず、内部情報を漏洩させた。だからレンは責任をとってパーティから追放されました』……これでもういいだろ。俺がやったことは立派な利敵行為だ。お前たちが死ぬ確率が上がっただけだ。俺なんかがいても邪魔なだけなんだよ…だからさ、もう…構わないでくれ……放っておいてくれよ……」



 レンはミクスタの言葉を否定し、再度膝に顔を埋める。その姿勢は、この世の不条理全てから目を逸らすような、卑怯極まりない態度だった。

 レンは今まで、大きな挫折をしたことが無かった。強いて言えば、高校に上がる際に、第一希望だった高校は学力がギリギリ足りなかった為、一つグレードを落とした高校を志願したぐらいだ。

 そんなレンだからこそ、今回の利敵行為に強い罪悪感を感じ、こうして進むことを拒んでいるのだ。



「ーーいいえ、そんなことはありません」



 しかし、ミクスタはレンの自嘲を全否定した。

レンが信じられないものを見るような目で、ミクスタを見上げる。彼女の紅の瞳が、レンの曇った黒瞳と合わさり、互いの存在を確かに認知する。

 ミクスタの目はレンとは対照的に、真っ直ぐで、力強く、そして優しさを孕んだ瞳だった。



「レンくんは『俺が敵の正体に気づけなかった』と言っていましたが、それは私達も同じです。たまたま私がフェルシュの正体に気づける場面があっただけで、ラインさんだって気づいていなかったじゃないですか。それにあなたに情報を喋らせるのを許可したのはラインさんですし、それを黙認したのは私です。だからレンくん、あなただけの責任じゃないですよ」


「そ、それは結果論じゃねえか!たまたま俺が情報を喋っただけでも、俺が情報を敵に渡したのは変わんねえだろうが!!何の違いがあるんだよ!?」



 ミクスタの優しい弁護に対し、レンはどこまでも自嘲的だ。頑なに『自分が悪い』という考えを変えようとせずに、ミクスタの言葉を『結果論』として否定しようとする。

 しかし、心が不安定な者と、確かな自信がある者との言い合いで、前者が勝てる訳がなかったのだ。

 レンがミクスタの言葉をヤケクソに否定すると、ミクスタはその『否定』をさらに否定する。



「そんなことを言ってしまったら、もし私が情報を話していたら私は罪悪感で耐えられないことになってしまいます。今回は『偶然加入した人が敵で、偶然皆それに気づかず、偶然レンくんが情報を話しただけ』です。あまり気を落とすことはありませんよ」


「ーー何だよ、何でお前はこんなに俺に構うんだ?」



 ミクスタがレンの無実を訴えるも、レンはまだなおこちらを信じられないような瞳で見て来る。そしてレンは、ミクスタがレンに構うことがあたかも悪いかのような言い方をして来た。

 その言葉にミクスタは少し傷つきながらも、レンの瞳を捉え、話し始める。



「ーー!それは、あなたが大切な仲間だからーーー」


「そう言ってフェルシュは裏切ったじゃねえか。アイツは俺を『大好き』とか言っていたくせに、全部嘘だったんじゃねえか。いくら『嘘は本当の愛』とか言っても、これはやりすぎなんじゃねえかよ………」


「ーー!!私を彼女と一緒にしないでくださーー」


「言い切れんのか?『私は何も隠し事をしてません』って。人なんて大半が嘘つきなのに、俺は何でああもあっさり信じちまったんだろうな…ああ、クソッ…」



 否定する言葉を言おうとするミクスタに対し、レンはミクスタが喋り終わる前に、彼女の言葉に重ねるようにしてミクスタの発言を否定する。

 彼は頭を強く押さえ、見えない何かと戦っている。


 今回の件で、レンは軽い人間不信になっていた。心からの発言をしているミクスタを信じきれず、ずっと疑心暗鬼になっている。

 『どうせ嘘だ』『相手は自分を騙そうとしている』と決めつけ、仲間の言葉すら信じようとしない。

 そしてレンは縋るように、ミクスタに問いかけた。



「なあミクスタ…お前は何も隠し事してないよな?」



 ーーーある。

 ミクスタには、一つだけ隠し事があるのだ。それだけはこの場では言いたくない、特別な隠し事が。



「ーーーほら、やっぱりあるんじゃねえか」



 何も言えないミクスタの姿を見たレンは失望したかのように顔を逸らし、草が生い茂る地面を見つめ始めた。

 まるで、その瞳に何も入れたくないかのように。



「お前もフェルシュと同じだよ…何か隠してんじゃねえか…俺自身でさえも信じれねぇ俺が一体誰を信じたらいいんだよ……ああ、クソッ……クソッ………」



 レンは呪詛のようなことを呟きながら頭を掻きむしり、体育座りの姿勢から地に伏せた体制になった後に地面を拳で何度も殴りつける。彼の手から流血するも、彼は気にせず殴り続ける。

 まるで、この世界の全てを拒絶するかのように。



「ーーーー」



 ミクスタは悩んでいた。

彼女は今、その秘密を暴露しようか悩んでいるのだ。秘密の内容的には、そこまで大袈裟なものではない。

 しかし、ミクスタにとっては最も大事で、もっと心の中に秘めておきたかったものなのだ。そう簡単には口にできない。

 なので、『その時』までは、口にしなかったのだ。


(まだ隠しておきたかった…私の、この想いは……)

(だけど、レンくんは苦しんでる…今が『その時』)


 ミクスタは覚悟を決め、レンの元に寄った。

 そしてレンの耳元に顔を近づけ、告白(・・)する。



「……レンくん、好きです。いや、大好きです」


「ーーは?」



 今なんて言った?

 は?『好き』?へ?


 レンは咄嗟に伏せていた顔を上げ、ミクスタの顔を見る。

 彼女の緑の肌の顔は真っ赤、口がモニュモニュし少し涙目になっており、それは今の発言が聞き間違いじゃなく本当に発された言葉であることを意味していた。

 それを認識した瞬間、レンの顔も真っ赤になる。



「待て、ミクスタ、今俺のこと『好き』って…?」


「……そ、そうですよ!私は、あなたが好きです!

好きなものは好きです!何か問題あるんですか!?」 

「いや、違くて…何でだ?何で俺なんか…?俺なんて、仲間を危険に晒した馬鹿野郎だぞ?何で俺ーー」


「…レンくんって、思ったよりも鈍感ですよね」



 レンの頭にはハテナしか浮かばない。こんな自分の何がいいのかが理解出来ないということで、2人は顔を真っ赤にしながら話し始めた。

 レンがミクスタに問いただすと、ミクスタは怒ったような表情になり、冷静さを欠いて言い放った

 ミクスタの発言に混乱するレンに対し、未だ顔が真っ赤のミクスタが口を開き、先程の話の続きを話し始める。



「レンくんの顔が好きです。普段は悪そうな顔をしているけど、笑うと誰よりも優しい顔をするところが」


「……違う」


「レンくんの声が好きです。聞いて心地よいだけじゃなく、仲間への配慮が抜けきれてない、優しい声が」


「…俺はそんなんじゃない」


「レンくんの性格が好きです。楽しみながらも優しさが溢れている、誰よりも素直で透き通った性格が」


「止めてくれ……」


「レンくんの服が好きです。確かじゃーじ?って言うんですよね。レンくんだからこそ似合う服なんじゃないかな、って私は思っていたりします」


「ッ!!止めてくれって言ってるだろ!!」



 レンへの称賛を続けるミクスタに、レンは頭を抱えて苦しみ出すもそれでもなお続けるミクスタに、遂にレンが声を荒げる。

 彼はミクスタの胸元を掴み、情けなく叫んだ。



「お前は何も分かってない!!いいか、『レン』という人物はな、仲間や友達を普段は気を遣うフリをしていざという時に足を引っ張る役立たずなんだよ!!」


「そうですか?私はレンくんが役立たずな人間だとは思いませんが」


「結局は他人だからそんなことが言えるんだろうな!!どんなに表を取り繕うとな、俺みたいな人間は身の危険が来れば直ぐにボロが出るんだよ!!」


「ラインさんが『ミクスタが暴れたときに助けてもらったんだ』って言ってましたよ。あなたの言う『ボロ』は、『窮地に陥っても仲間を助けられる』です」



 一瞬の静寂。

 もはや言い訳できなくなったレンはみっともなく、ミクスタ自身を責め立てるような愚かしい発言に出た。



「俺の何を知っているんだよお前は!!」


「ーーッ!!否定否定否定ばっかり……っ!レンくんのバカ!!レンくんこそ、私がどれだけあなたの言葉で救われたのか知らないクセに!!」


「……っ!?」



 なおも頑なに自分を否定するレンに対し怒りを爆発させたミクスタが遂に怒鳴り、普段は温厚な彼女が感情を爆発させたことでレンの頭には冷静さが戻る。

 今度は逆に、ミクスタがレンに怒鳴り始めた。



「『仲間を危険に晒した馬鹿野郎』?それは力が暴走した私も同じ!!そこに違いは無いでしょ!?私が暴走して、あなたが『俺だけ見てろ』って言ってくれた時、どれぐらい私の心が救われたことか知らないクセに!!あなたは自分を『こんな奴』って下げてたけど、私はそんな奴に心を救ってもらってるの!!」



 ミクスタは敬語すら忘れて、激昂する。レンのやらかしに怒っているのでは無い。彼が自身を卑下する発言ばかりすることに怒っているのだ。



「でも、俺じゃなければもっと上手くーーー」


「仕方ないですね、最終手段です」


「へ?サイシューシュダン??」



 レンはなおも、自身を卑下する。

 そんな往生際の悪いレンの態度についに怒ったミクスタは、小さい頃敢行して父に怒られて以降は14年間封印していた『最終手段』を取ることにした。



「はむ」


「ふぁびちっふぁーっ!?ちょミクスタさん!?」



 すると、ミクスタはレンの指を口に突っ込んだ。

 訳が分からず、口を止めるレンに対し、ミクスタは自身の口からレンの指を引き抜き、再度話し始める。



「すいません、こうしないとレンくんは黙らなさそうだったので……ゲフン。…レンくん、私はあなたに救われているんですよ。悪鬼(オーガ)の力に呑まれかけた時にかけてくれた言葉、今でもよく覚えています。ーー『俺だけを見ろ』って、言ってくれましたよね」



 ミクスタの語気は元に戻り、顔の色も元の緑肌に戻っていたが、先程とは違って彼女の表情は落ち着いており、底知れない優しさを孕んでいた。



「レンくん、生きましょう。過ちは誰でも犯す。だからこそ、私達は贖罪の為に地獄を生き続けるんです。『死で償う』なんて、世界も、私も、誰も許しません」


「ーーー」


「でも、同じ過ちを犯した同士、私はレンくんと共に生きたいです。色んなことを話して、色々なことを共に苦しんで。そしてもし良かったら、こ、恋人とかになんて…どうでしょうか?」


「ーーぁ」



 レンはこの世界からは許されない存在となった。しかし、彼には唯一の『共に地獄を歩む人』ができた。

 レンは拭いきれない罪悪感から、顔をミクスタに向けながら、目だけは逸らしてしまった。


 すると、レンの唇に触れる、温かい感触。

 ーーレンが目を正面に戻すと、ミクスタが自身の桃色の唇をレンの唇にくっつけていた。



「ーーぉおぅうわあぇぇあっぶりふぁぁあ!?」


「えへへ…ご馳走様です」



 レンの顔は再度真っ赤になり、後ろに吹っ飛んだ。地面を転がりながら、顔を勢いよく上げる。その向こうには、上り始めた太陽を背に、頬をさらに赤く染めた白髪緑肌の美少女が悪戯っぽく微笑んでいた。


 だからこそ、レンは葛藤した。


(俺は、ただ仲間を危険に晒した罪を犯しただけじゃなくて、俺を愛してくれた人さえも裏切るのか?)




                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



 ーーー恋、お前好きな人とかいんの?

 ーーー居ねえよ母ちゃん。非リアの俺にいる訳が…

 ーーいやお前の悪いところはそのマイナス思考や

 ーーマイナス思考…?

 ーー少しさ、一歩踏み出して見ろや!お前私似で顔は結構いいからさ!いけるいける!

 ーー痛えよ母ちゃん!首絞めんなコラァ!!



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲




「ーー『一歩踏み出す』、か」



 頭の中に浮かんだのは、不登校の自分を一切否定せずに、ずっと明るく支えてくれた人生の恩人だった。

 レンは小さく呟き、ミクスタの元に戻る。彼女は立ち上がって、微笑む。



「ーーミクスタ、ごめん」


「いいえ、お互い様です」


「いくら混乱してたって言っても仲間に八つ当たりするなんて俺、どうかしてたと思う。……本当ごめん」


「いいえ、私がレンくんとラインさんを殺しかけたことに比べたら、些細なことです」


「……俺は《勇者》に、ラインと一緒にいることがバレただろうし、多分敵だと判断された。だから俺の近くにいたら、ミクスタも命を狙われると思う」


「ーーはい」



 レンはミクスタへと頭を下げ、手を差し出す。ミクスタはその行為に一切口を挟まず、ただ見守るだけだ。



「だからミクスタ。俺と共に地獄を歩いてくれ。世界の敵になろうと、こんな俺に最期まで付き合ってくれ」


「じゃあ『対価』として、貴方に残された余生の半分を一緒に歩む権利を、私に下さい。…私だけを見て」


「ああ!今から好きなだけ(レン)を見ていろ」


「うん!ーーこれからずっと、あなただけを見る!」



 ミクスタとレンは、草原の真ん中で笑う。

 ある1人は肌が緑で、もう1人は肌色だ。

 人と魔族という、本来は分かり合えない関係。

 しかしこの瞬間から、2人を遮るものは何一つなくなった。種族の壁はもちろん、性別の壁や生きてきた世界の壁、そして無意識のうちにあった心の壁すらも。


 これからは、2人の物語だ。




                 ▽▲▽▲▽▲▽▲




「そういえばこれって、私とレンくんは実質恋人ということですよね?」



 温かい空気が落ち着いた後に、ミクスタは声を上げた。それに気づいたレンは少し悩み、顔を上げる。



「ーーつまり、俺も晴れてリア充ってことか?えちょマジか、正直一生来ないと思ってたんだけど……」


「りあじゅう…意味はわかりませんが、多分『恋人』って意味ですよね?」


「ああ、そういうことになるな」



 ミクスタが『リア充』の意味を尋ねてきたので、大体合ってる、と返しておいた。

 するとミクスタはまた少し赤くなり、呟いた。



「なら、て、手を繋ぐとかもしていいんですよね?」


「…??まあ、いいんじゃね?よく分からんけd」


「じゃあ、手は繋ぎましょう!!私の命令です!!」


「フャアッ?!ちょ、ミクスタさん?!」



 レンがなんとなく回答すると、ミクスタは当たり前のようにレンの指に自分の指を絡ませ、手を繋いだ。

 唐突の行動にレンは素っ頓狂な声を上げるもすぐに受け入れ、2人でラインとサクラのいる場へと戻る。


 ーー全てをかなぐり捨てて逃げようとした青年は、彼がかつて心を救った、自身よりも年下のゴブリン少女によって心を救われた。


 そうしてこのように、2人で前に進むのだ。

 その先がたとえ地獄のように過酷でも、2人なら。




                 ▽▲▽▲▽▲▽▲




 しばらくすると、レンとミクスタが帰って来た。

 彼らは隣に立ちながら歩いて来ており、2人には特に目立った外傷なども無く、無事だったらしい。

 しかし2人はどこか不自然にまで満足気で、特にミクスタはその緑肌がツヤツヤし、表情がむふー、とでも言いたげな顔になるほどに元気に溢れていた。


 何でだろうと思いサクラのほうを向くと、彼女は少し微笑みながら、レンとミクスタの手元を指差した。

 ーーああ、なるほど。そういうことか。



「お熱いんだね、あの2人」


「ババアもいいもの見させて貰ったよ。ご馳走様」



 それで、ラインは2人の表情の意味を理解する。

 だって、2人の手は固く繋がれていたから。



 ラインは皆に掛け声をかけて歩き出す前に、キーラお手製のなんとも言えない地図(特に絵)を持ちながら、次の行き先を確認する。

 ーー次はブーモが教えてくれた、『逸れ精霊人(エルフ)』がいる、と言われた場所。

 一見何も目印は無いが、恐らく何かあるのだろう。


 ライン達の次の行き先は、『逸れ精霊人(エルフ)』の元へと、たった今定められた。



「よし!みんな揃ったね?行くよ!!」




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