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設定メモへと堕ちた何か  作者: ヌヌヌ木
第一章 新芽と残火編
11/45

09話 その女、危険につきーー



「ーーで、左腕がこうなったワケ」


「…いや俺が産まれたってワケ風に言わないでもらえるか?!バックボーンが重すぎるんだよアンタ!!」

「ごめんって。こんなババアだからさ、人と会話できるのが楽しくてね。戯れに付き合ってくれてありがと」



 そう言い、サクラはふざけた会話をしている。

 サクラは飄々とした態度ながらもかなりの苦労をしていたらしいが、そんな話を聞いてもサクラにツっこめるレンは強い精神力を持っているのかも知れない。



「湿っぽい話しちゃったな。まあ話を聞いてもらったから、これで条件一つ目は完了だな」

「じゃあ、二つ目は?」

「二つ目は、今のキミ達の実力を知りたい。特権やらなんやらがあるのならとても強いだろうし、これからのキミ達の旅路にも役に立つだろうからね」



               ▽▲▽▲▽▲▽▲



「…サクラさん、『特権』って何ですか?」

「ああ、それは私の能力の紹介に兼ねて言おう」



 唐突に実力を知りたいと言われても、ライン達はどうすればいいのか戸惑っていたのだが、ラインはふとサクラの発した『特権』という単語が気になった。

 ラインが特権について質問すると、サクラはそれを受け、自身の自己紹介を兼ねて説明し始める。



「私の主能力(メインスキル)は二つあって、一つは『殲滅者(メッスルモノ)』と言って『刀を1本生成できる』能力だ」

「…メッスルモノ、名前はカッケェな。能力としてはどうなんだ、刀の精度にもよるか?」



 サクラは主能力(メインスキル)が二つあるらしく、その一つは刀を生成できる能力らしい。

 ……刀ってなんだろう?剣みたいなものだろうか。

 レンに聞いてみると、片刃しかない剣のことだと。恐らくサーベルが一番近い形なのだろう。



「そして二つ目が、ライン君の気になっているであろう『特権』の『不老不衰(オトロエシラズ)』。…正直、私は大っ嫌いな能力だ」



 サクラは最後にそう言い、自身の能力紹介を終わる。特権を言う時の顔が忌々しそうだったのは何故だろうか。名前からして強そうな能力だと思うがーー



「先ずこの能力の一つ目の効果は、『一回鍛えたら、それが一生退化することは無い』ってこと。要するに鍛え続ければ、その能力は永久に進化し続ける」



 そう言い、彼女は一口水を飲む。すると、彼女の強張った表情は少し落ち着き、先ほどの美形に戻る。



「……でも、私にとって最悪なのは『もう一つ』だ」

「ーー?もう一つ?」

「さっきの一つ目の能力は『不衰』の部分だ。二つ目の『不老』の部分の能力は、『死ねない』」

「……あ」

「まあ、『死ねない』は語弊があるかな。不老不衰(オトロエシラズ)の二つ目の能力は、『寿命で死ねない』なんだ」



 その場にいたサクラ以外の3人は驚愕した。

 彼女は寿命に関しては、実質不老不死だったのだ。

 


「だからって、自殺する勇気は私には無かった。情けない女だよ、私は。…私は魔王エバムに言われた通り、不完璧になっちゃったんだよ」



 サクラは自嘲気味に呟く。本人は平静を装っているが、その手に持つ湯呑みの水面は、少し揺れていた。



「ごめんね、話変えちゃって。確か特権のことだな?んじゃあキミ達に言おう。特権とはーー」



 ここでは省略するが、彼女が語った内容はこうだ。



*************************


・特殊権能の略称

・スキルから一段階進化したスキルの総称

・スキル時とは比べ物にならない力を持つ

・今までに名前・効果共に完全に被った特権はない

・スキルからの進化もあるが、ごく稀

・この世界の人間はごく稀に、生まれつき持っている

・召喚者は九割の確率で付与される

・一部の特権は、デメリットを抱えるものがある

・神天聖教会では、特権を管轄するのは【神】と言われており、特権所有者は丁重に扱われる

・特権は、基本的に(・・・・)進化しない


*************************



  ーー以上が、サクラが語った内容だった。

 使いこなせれば最強クラスの能力があるらしいが、ラインは特権を持っていないのであまり関係ない。

 そして召喚者が九割が手に入る特権を逃していたことが分かり地面に突っ伏して動かなくなったレンを、ミクスタが心配するように背中をさすっている。

 

 ーーしかし、今のラインにとって大事なのはそこじゃない。サクラは先程、聞き逃せない発言をした。



「サクラさん、さっき『自身は不完璧になったから、自殺できなくなった』といいましたよね?」

「うん。私は魔王に心身共にやられたからねーーー」

「ふざけないでください」



 ラインはミクスタの鍛冶屋での戦い以降で久しぶりに怒った。

 サクラの命を粗末にするような発言に、弱い為に何度も死にかけた事のあるラインは耐えられなかった。



「『死にたくない』という感情は、抱いて普通なんですよ。むしろ抱かないのはおかしい人です」

「ど、どうしたんだいライン君?私は正常だよ?」

「いや、アナタは正常じゃない。『昔の自分なら迷わずに自殺した』?『自殺できなかった自身は魔王の思惑通りになってしまった』?ーーー違いますよ」

「ーー?違う?」


「サクラさんが死ねない理由、それは心のどこかであなた自身が『死にたくない』って思ったからでは?」

「……死にたくない、か。確かに少しはあったかもしれない。だけど世界から見れば、私は死ななくてはいけない存在だよ?今更私が弁明したところでーー」


「じゃあ、僕と一緒にこの世界に証明してやりましょう。『僕達は敵じゃない、仲良くできるよ』ってね」


「いいのかい?私はキミたちを巻き込む事にーー」

「多分大丈夫ですよ。何せ僕の方が魔王に近いので」

「え?それはどういうーー」


「僕、一応魔王デリエブの息子なんで」



 唐突の告白に、サクラは驚く。手に持っていた湯呑みを落としそうになるも、何とか落とさずに済んだ。



「先程は上の名前しか言わなくてごめんなさい。僕のフルネームは、『ライン・シクサル』です」

「……うん」

「僕は、父さんの夢を叶えてあげたい。でも僕は弱いから1人でも仲間が欲しいんです。たとえ強くなくても一緒に居て楽しい人こそが、僕は仲間に欲しい」

「ーーー」


「サクラさん、僕と一緒に来て。僕達と一緒に、この不平等な世界を変えて下さい。…お願いします」



 ラインはサクラに頭を下げ、手を差し出す。

 僕にはその手を取られることも、振り払われることも、どちらだろうと受け入れる覚悟があった。


 サクラは400年前の光景を思い出し、ある青年と目の前の少年の姿を重ね合わせる。

 …この少年はかつての主人であるジュンと同じく、善意と仲間達への想いだけで生きているのだ。

 サクラは誠に勝手ながらも、ラインをそう感じた。



「ーー分かった。ありがとう、目が覚めたよ」


「ということはーー」


「ああ、私を、キミたちのパーティに入れてくれ」


「うん!!レンもミクスタも、いいよね?!」


「俺は全然いいけど、フェルシーにも聞かなきゃな」

「ーーー。まあそれは後でいいんじゃないですか?とりあえず、サクラさんは加入する、という事で」


「決まりだね?じゃあ宜しくね、みんな」



 そう言い、サクラはラインの手を握る。ラインはそれを握り返し、人間と魔族の握手が実現した。

 こうして、ライン一行に4人目が正式に加わった。




               ▽▲▽▲▽▲▽▲




 ライン一行にサクラが加わり、戦力が上がった。これで下手な魔物や盗賊に殺される心配は無いだろう。

 あとは森を出て、砂漠を横断する為の魔法が使えるエルフに会いに行く。とりあえずこれが目的だ。



「じゃあ、森を出よう。フェルシーが待ってる」


「…あ、ごめんね。私としたことが忘れてたよ」


「ーーー?何を忘れたの?」



 ラインがそう問うと、彼女は持ち物から一本の刀を取り出して、こちらに声をかけてくる。



「さっきの『自己アピール』、そもそもまだ終わってなかったし、実力自体は実践してなかったよね?」


「「「え?」」」


「少しついて来て貰う。キミ達の実力を試すからね」



 ーー唐突に「実践練習をする」と言われたライン達3人は、戸惑いを隠すことができなかった。



「え?実力を試す、って言ってもどうやって?」


「簡単だよ。ーーキミ達3人と、私1人が戦って、私がキミ達の実力を見定める。それだけだよ」



 サクラはそれだけだ、と言ったが、ライン達からすればどうすればいいか分からない。相手となるのはたった今仲間になったばかりの人だ。しかも片腕しか無い重傷を負っているケガ人だ。とても戦うなんてーー



「私、隻腕でも結構戦えるって言ったはずだよ?」


「ホいつの間に!?」



 その心配を見抜いたのか、サクラはそれを言及し、否定する。ラインが驚いて顔を上げると、いつの間に目の前に移動したのか、サクラの顔が見える。

 目の前を見上げているのに顔がよく見えるのは、彼女の胸が絶望的に無いからかーー、



「エッチ」


「すいません」



 またまた見抜いたのか、無い胸部を押さえてイヤンとでも言わんばかりのフォームを取るが、その顔に恥ずかしさは一切なく、ふざけていることが分かる。

 そうすると彼女は手をひらひらと振り、話を戻す。



「じゃあ、とりあえず移動しようか」



 そう言い、サクラは霧の中を歩き出す。霧で彼女を見失いそうだったので、ライン達3人は急いで着いて行った。




                ▽▲▽▲▽▲▽▲




 サクラに着いて行った先は、その場だけが霧が殆ど無い花畑だった。

 サクラは手に手頃な木の棒を3本握った後に、花畑へと踏み入れ、それに続きライン達3人も足を踏み入れる。


 すると、4人の周りに小さな光の粒のようなものが複数集まり、そのうちの一際大きい一つの光が形を成し、その場に現れた。

 その場にいたのは、女性体ながらも体から光が放たれている少女。しかしその実態は、この世界のみにいる生命体ーー『精霊族』の女の子だった。彼女は銀水色の長髪を靡かせクール振るも、目の前の相手がサクラなことを知った瞬間クールさがかき消えた。



「いらっしゃいサクラさん!今日はどしたの?」


「やあサヤ。今日もここを使わせてもらおうと思って来たんだ。紹介するよ、私の新たな友達兼仲間達だ」


「友達!?仲間!?……ふうん?変わったわね?今までは仲良くなさそうな人ばかりだったし、てっきりサクラさんは一生、名誉ぼっちだと思ってたんだけど」


「コラ。こんなぷりてぃーな女の子、放っておかれるワケがないだろ。並の男なら私の魅力で一撃だよ」


「女性の魅力の第一印象って大体顔と胸とお尻だと思うけどあなたはそのうちの2つないじゃない」



 その精霊ーーサヤと言われた彼女とサクラは軽い軽口と共に挨拶を済ませ、無い胸を張ったサクラにサヤが冷静にツッコんでいる。



「まあ分かったわ。私のスキル『戦場展開(バトルフィールド)』を使うから、4人とも近くに寄って」



 そう言いサヤは手を組んで祈り出し、サクラはそこに寄る。そして彼女はこちらに手招きして来た。

 それを見たライン達が近づくと、5人の周りに魔法陣が現れ、全員を包む。ラインはその光の眩しさに耐えられず、思わず目を瞑った。




                ▽▲▽▲▽▲▽▲




「ーーもういいわよ。というかアナタいつまで目を閉じてるのよ。今からサクラさんと戦うんでしょ?」



 目を閉じていたラインのおでこにデコピンがかまされる。

 驚いたラインが目を開けると、そこは先ほどまでの薄暗かった花畑ではなく、太陽が上り切った後の花畑となっていた。



「……きれい」


「でしょ?私のスキル『戦場展開』は『対象を現実と隔絶された空間へと連れて来る』能力があるの!」


「スゲェ!後であと4回見せてくれ!コピーしたい」


「いいけど、4回も見なきゃなの?」



 ラインが花畑の感想を漏らすと、それを聞いたサヤが気をよくし、自慢して来た。それを聞いたレンが自身の能力にしたいと言うと、サヤは了承してくれた。



「ーーじゃあ、始めようか」



 そう言い、サクラは刀をサヤの真下に置き、木の棒を構え、腰に残り2本を挿し、こちらに向き直る。



「……棒で?」

「サクラさん、流石に棒だけじゃ」

「おいおい、死ぬわあの人」



 サクラのよく分からない行動に、3人が目を疑うと、その行動の理由をサヤさんが教えてくれた。



「ああ、気をつけたほうがいいわよ。サクラさん一回だけ、力が自慢の戦士相手に木刀使ったら死なせたことあるから。その棒が最大限の手加減ってことよ」



 サヤさんがそう言うと、3人に緊張が走る。

 些か信じがたいが、恐らくサクラと長い付き合いであろうサヤさんが言うのだから嘘ではないのだろう。



「じゃあ試合条件を説明するよ。1つ、『私から一本奪うか、5分間気絶しなかったら勝ち』、2つ、『3人一斉にかかってくること』、3つ『私を殺す気で来る事』」


(ーー?!サクラを、殺す気でーー?!)



 サクラの発言に、ラインは驚愕する。レンとミクスタも同じだったのだろうか、その目を大きく開き、今の発言が真実なのかを疑う。

 しかし、サクラの顔の真剣さが、今の発言は冗談などでは無く、本気の発言だと伝えて来た。



「心配しなくても、サクラさんは死なないわよ。私のスキルでこの空間では死なないように設定したから、死んでも元の世界に戻るだけよ。安心して」



 その発言を聞いて、ようやく3人は安心する。こちらが本気を出したことでうっかり彼女が死んでも、現実には何の影響もないことを知れたのだから。

 しかしサクラだけはそれをよく思っていなかった。



「まあ私も殺さないように棒を使ってるけど、得物以外は本気で行くから。この場所でも何でも使うよ」


「ーーうん。じゃあ、フルパワーで行くよ!」

「俺達もただアンタに守られるだけじゃない、ってことをアンタに思い知らせてやるぜ。サクラさんよ!」

「私達の全力見せますよ!ラインさん!レンくん!」


「「おう!!」」



 ラインは魔法剣を構え、サクラに向き直る。それに合わせてミクスタは拳銃、レンは短刀を構える。

 そして全員、得物をサクラに向けた。

 それを受けてサクラは、静かに笑った。



3vs1(3対1)か、面白くなりそうだね」


「ーーじゃあ、はい!スタート!!」


「じゃあ、いくよ。……ハッ!!」



 サヤがそう叫ぶと、サクラは地面に生えていた大量の花を一瞬で巻き上げた。そのせいで、ライン達3人の視界が花びらで奪われ、何も見えなくなる。



「何なの?!何も見えない!」


「クッソ、いきなりかよ?!動かないべきか?!」


「2人とも花びらから出て下さい!!視界がこの状態だと急襲されるリスクが高いです!!」



 サクラの姿が3人の視界から外れ、ライン達は焦りだす。どうすれば良いか分からないラインと違い、レンはその場で防御を堅める行動をし、ミクスタは直ぐに相手の領域から出ることを提案した。

 それを聞き、ラインは花びらの嵐から脱出する。


 しかしレンは、『能力増強(エンハンスメント)』の『身体能力(フィジカル)』で守りを固めた。それだけでなく、自身の能力『能力表示』を活用し、サクラの位置を特定しようとする。



 本来の『能力表示』の使い方とはかなり異なるが、レンはかなり有用な使い方をしていた。

 この『能力表示』は相手の能力を見る為の能力。つまり相手が近くにいなければ発動しない。つまりサクラが近くに来た時に彼女の能力が見えるはず。

 それを利用すれば防御出来るのではと考えたのだ。


(もし近づいて来てもこれなら分かる!いくら相手が強くても、今は片手!流石に全盛期よりかは劣るだろ!)


 レンはそう考え、腰を低く構える。


 ーーーそれがいけなかった。

 花びらの嵐の中から、一本の木の棒が飛んできた。

 咄嗟のことにレンは反射的にその棒を弾き飛ばす。


 その瞬間、ガラ空きになったレンの腹に、サクラが肘鉄で攻撃してきた。

 まるでプロボクサーの全力パンチをメリケンサック付きで受けたかのような、格の違う激痛がレンに走る。

 腹に強い衝撃を受け、胃などの内臓をかき混ぜられるような不快な感覚を味わい、レンの意識はその痛恨の一撃で遥か彼方へと飛んでいった。



「…………が」


「『ケガ人年寄り侮るべからず』だよ、レン」



 気絶し、光の粒子となって消えるレンに、サクラはそう助言した。




               ▽▲▽▲▽▲▽▲



「ーーーはっ!?」



 レンは叫び、倒れていた体を起こし、急いで起き上がる。そこは先程までいた薄暗い花畑だった。

 しかしレンの身体にはケガなどは無く、先程のダメージは無いらしい。その周りにはレン以外はおらず、その空には少しずつ太陽が上がってきている。



(ーー「『ケガ人年寄り侮るべからず』だよ、レン」)


「……油断するなよ、ってことか…。相手の見た目や表面の能力で判断した俺の負けか。やられたなぁ」



 レンは花畑の真ん中で寝転がり、小さく呟いた。

 油断は人を殺すことをよく実感したのだった。



               ▽▲▽▲▽▲▽▲



 吹き乱れる花吹雪の中から、何かが飛んできた。



「ーーー!!ミクスタ!!」


「分かっています!フッ!!」



 その『何か』に対し、ミクスタが発砲する。それは銃弾により粉々となって、地に落ちる。粉々になったので、明らかにサクラやレンでは無いことが分かる。

 ミクスタが撃ったのは、木の棒だった。



「ーーー?木の棒?」


「つまり、レンくんが防御に成功した…?」


「いや、彼なら私が倒したよ」



 聞こえて来たのはレンの声ではなく、サクラのものだった。それと同時に、花吹雪が一振りの攻撃により弾け飛び、花びらがあたり一面に散る。

 その中からサクラが現れ、レンだったものが光の粒子となって散る瞬間を、2人は目撃してしまった。



「ッ!!よくもレンくんを!!」


「ダメだよミクスタ!止まって!!」



 珍しく感情的になり、激情に任せて突っ込もうとするミクスタを、ラインが静止する。

 通せんぼする体制のラインに対して、ミクスタが一瞬感情を爆発させかけ、銃口を向けるも、思いとどまったようにハッとした顔をした後、銃を下ろした。



「ーーっ!!すいません、つい…」


「いや大丈夫。別に大した問題じゃないし、本来の問題はどうやってサクラに勝てるか、なんだけどね」



 ラインはそう呟き、サクラを見やる。相変わらず彼女の手には木の棒が握られており、腰にはもう一本の木の棒が挿さっている。

 彼女の得物は残り2本。このまま行けば、ラインとミクスタも、1人一本のペースで処理されるだろう。



 ーー2人はサクラが木の棒を使わずにレンを処理したことを、まだ知らない。知ることができなかった。



(得物を持った彼女には勝てない!答えは一つだけ!)

「ミクスタ!僕が何とか彼女を抑えるから、彼女の得物を破壊してくれ!万が一僕に当たってもすぐ治る!!」


「はい、ラインさん!!」



 そう言い、ラインはサクラに駆け出す。

 手にある剣を強く握り、サクラに斬りかかった。

 ーーしかし、



「敵は、キミ達の思惑通りには動いてくれないよ」



 斬りかかるラインをガン無視し、サクラはミクスタに駆け出す。その速さは明らかに凡人のそれとは次元が違っている。

 しかし、花畑に咲く花を一切踏み荒らさず、最低限の動きだけでミクスタに迫って来る。


(ーーくっ!速い!!狙いがつけられない!!)


 ミクスタはサクラに発砲するも、その弾はサクラが少し前に居たところに着弾し、サクラには1発も当たらない。木の棒を握った《黒百合》が迫って来る。


(…!!今すぐ回避を…ダメだ、間に合わない!!)


 そう考え、ミクスタは目を瞑る。

 しかし回避は間に合わず、反撃の手立てもないミクスタはレンのように自身の意識が途切れることを覚悟した。



「ーーー。これは」



 しかし、衝撃は来なかった。その代わり、サクラは何か意味深に呟き、ミクスタの白髪を撫でた。

 

 すると向こうで自身にヘイトを向けさせようと必死になっているラインがド下手な挑発を繰り返している。

 それにサクラは反応し、自身へとヘイトを向けさせるラインの動きに関心しつつ、彼の元に向かう。

 1人残されたミクスタは、何故自分はやられなかったのかを考え始め、しかし何も分からずその場で座り込むだけだった。



               ▽▲▽▲▽▲▽▲



「コラ、余所見してたら実際の戦場じゃ殺されるぞ!少しは仲間を信頼して、放っておくのも大事だよ!」


「分かってる!分かってるけど、気になるんだよ!」



 そう言い合いながら、サクラとラインは戦う。

 魔力を得ることで強さを増す剣を持つラインに対し、サクラは何と手刀で戦っているのだ。

 しかし、その動きにラインは違和感を感じていた。彼女は自分は本気だと言っていたが、これはーーー、



「ーーサクラ、本気の本気で来て。キミまだ全然本気出さずに、僕に手加減しているでしょ?」


「……バレちゃったか。本当にいいのかい?」


「うん。全力でお願い」



 そう言い、ラインとサクラは少し距離を離す。


 そう、彼女はまだまだ本気では無かったのだ。

 いくら特権が強いとはいえ、ここまでの強さは並大抵では辿り着けない境地だった。

 ーーそしてそんな彼女の本気を、ラインはこれから浴びる。この空間が現実と隔絶された空間でなければ、ラインは粉々になるだろう。


 向こうのサクラが、棒を構え、抜刀の形を取る。



「ーーー"桜流 回刀"ーー『日廻(ひまわり)』」



 その声の後、サクラの姿が消えた。


 ーー背中から人の気配。けはい。

 けはけけははははけけけははははけけーーーー



                ▽▲▽▲▽▲▽▲



 ーーラインが振り向いた頃には、そこは先程まで居た薄暗い花畑だった。



「ーーはっ?!」


「あ、起きた。うっす、ライン」


「遅かったねライン君。もう5分は経ってるよ」


「おはようございます、ラインさん」


「随分と長い熟睡なこと。寝込み襲われたら死ぬんじゃない?」



 ラインが目を覚ますと、目の前にレン含めたみんながいた。レンは少し嬉しそうに、ミクスタとサクラは優しげな目を向けながらラインに話しかけて来る。



「マジで無傷なんだなー。スゲェなあの妖精の能力」


「サヤね。能力貰うんだから名前は覚えようよ」


「すんません」



 レンとサクラはそのような雑談をしながら、先程置いていった荷物を回収して準備を整えている。

 ラインはミクスタを呼び止め、無事を確認した。



「ーーミクスタ、大丈夫だった?」


「はい!大丈夫でした。心配しなくともサクラさんには可愛がって貰いましたから!」


「そうか、なら良かった…ん?『可愛がって貰った』?……もしかしてエッチなことされてないよね?」


「サクラさん女の人ですよ?勿論されてませんよ…」


「……あ、私は男の子でも女の子でもいけるよー!」


「知らんわババア!!唐突の両刀宣言要らんわ!!」



 ラインがミクスタを心配すると、ミクスタは笑顔で特に何も無かったことを伝えてくる。

 それに一安心したのだが、可愛がって貰ったという言葉選びに少し疑問を抱いて聞いた。しかし、実はサクラが両刀(意味深)なことしか分からなかった。


 そんな会話を終えて、ラインも準備を始める。言い出しっぺの自分が遅れるわけにはいかないからだ。




                ▽▲▽▲▽▲▽▲



 ーー数分前。



 棒切れの一撃でラインの首が吹っ飛び、身体だったもの諸共光の粒子となって消える。それと同時に木の棒が粉々になり、得物としての機能を失い土に還る。



「ラインさん!!」


「大丈夫だよ。レン君と同じで、先に戻ってるだけ」



 必死の形相で叫ぶミクスタに対して、サクラが落ち着かせる。その隣で、『うんうんその通りだ』とでも言わんばかりに、サヤが腕を組み頷いている。



「ーーじゃあサヤ、先に戻ってて」


「どうして?まあいいわ。あと2分がリミットね」


「はーい」



 すると、サクラは何故かサヤに戻るように伝え、それをサヤは了承し、光の粒子となって帰っていく。

 それに手を振っていたサクラだったが、サヤが完全に居なくなると、ミクスタの方に向き直った。

 そして、抜けた顔から真面目な顔になり、告げた。



「単刀直入に聞こう。キミ、何かされているな」


「ーーー」



 その言葉は、ミクスタにかけられた絶対服従(オビリエンス)を見抜いているかのような発言だった。

 しかし、そのことは答えられない。

 恐らくサクラの質問に答えたら、この首が自動的にトぶだろう。ミクスタはそう考えているからである。

 ーーまだ死ねない。本音を、やっと言えたのに。



「心配しなくともこの空間は現実空間の能力の影響は及ばないから、たとえ契約などを強制されていても大丈夫だよ。…だから、キミのことを教えて欲しい」



 そう言われたミクスタは、どことなく自分の母親とサクラを被せながら、本当のことを語り始めた。

 実際にはラインとレンを助けるという責任感の裏で、純粋な死への恐怖があったことも、少し混じえて。



                 ▽▲▽▲▽▲▽▲



「ーーーよく分かった。今までよく頑張ったね」



 ミクスタの話が終わると、サクラは微笑みながらミクスタの頭を撫でる。その手は温かく、慈愛に満ち溢れていた。

 それに触発されてか、何故かミクスタの目から涙がこぼれ落ちた。彼女は無意識のうちに、サクラの温かさを自身の母親の姿に重ねていたのだ。



「……ミクくん」


「はい」


「このパーティ内だと、私とキミだけが女性だ。同じ女性同士、言いにくいことがあったら相談に乗るよ。……だから、信頼してほしい」


「ーーはい。お願いします、サクラさん」



 そんな頼りない不安げな返事をミクスタが返すと、サクラは任せておいて、とでも言いたげな自信満々の優しげな笑顔を返す。


 ーーそして5分のタイムリミットになり、元の世界に戻ると、そこにはこちらに気づくレンと未だにノビているラインの姿があった。

 それからはサクラとミクスタの間に交わされた女同士の秘密を隠しながら、ラインが目覚めるのをしばらく待つこととなった。



                ▽▲▽▲▽▲▽▲



「お疲れ、ミク!サクラさん!」

「やっと来たわね。一体何をしていたのか知らないけどさ。あとレン君にはもう5回見せておいたわよ」



 ーーサクラとミクスタが戻って来ると、そこには1人の召喚者、1人の妖精、そしてノビている魔族がいた。

 ミクスタは駆け寄り、レンに飛びつく。



「レンくん!!良かった…本当に良かった…」


「ーー俺は今、異世界召喚され、こうして美少女なゴブ娘に抱きつかれている。なるほど、これは夢か」


「ふふっ、ちょっと何言っているか分かりません」



 レンの顔面の先には、肌が緑の美少女が自身の胸元に彼女の胸元を押し付けている。

 その姿は、わざとらしくレンに媚びていたフェルシュのものとは違い、ちゃんとした心配の意が込められていた。


 そして別空間内でサクラに首を吹っ飛ばされたラインが起きるまで、レンとミクスタによるイチャイチャに3分程費やすことになる。





 その後ラインが長い気絶から目覚め、互いの無事を喜びあった後、一行は出発準備を始める。



「じゃあ行こうか3人とも。目的地はもう決めたし」


「ちょ、離してミク…で、どこに行くんだ?サクラさんは仲間になってくれたが、まだアテがあるのか?」


「確かあの人でしたよね。魔法に特化しているーー」


「そう。ヒュージ砂漠を渡る為に、精霊人(エルフ)を仲間に誘ってみるんだ」


「……なるほどね、エルフか」


「はい。ルクサス王国に行くにあたって、やはりリスク軽減は重要だと思います。なので行くべきかと」


「え?!この世界はやっぱエルフいんの!?どんなエロ可愛…痛い!ミクさん痛い!!」


「レンくんの浮気性」


「うわき……浮気?!浮気したっけ、俺?!」



 魔界の中心にある『フリーデア大森林』にいると言われるはぐれエルフに会いに行こうとし、それを既に情報共有の済んでいるミクスタを除く2人に伝える。

 サクラは冷静に考え、レンは興奮したように目を輝かせ、ミクスタはそんなレンに嫉妬したのか、ペチンと素晴らしいビンタのあとに頬を引っ張っていた。

 

 そんなイチャイチャを他所に、ラインとサクラは話を進める。一行の指示塔にもなるであろうサクラには情報共有しておいたほうがいいと考えたからだ。



「じゃあ、エルフの下に行くということでいいかな?何か不都合があったら言って欲しいんだけど…」


「いや?逸れエルフの下に行く事に不都合は無いさ。だけど少し、私とフェルシーという人と合わせて欲しいんだ。…いいかい?」


「うん。それは構わないけど…どうしたの?」


「ーー。いや、新しい友達の頼みでね」



 彼女は真剣な顔になり、何か思うことがあるような顔をする。その真意まではわからないが、きっと重要な何かがあるのだろう。言及は止めておこう。



「じゃあ行くよ。ミクスタ、レン、サクラ。サヤさんも、ありがとう!またいつか会いに来るよ!」


「…行こう。サヤ、今までありがとう。元気でね」


「行くか!ちょ、ミクさん、離して!動きにくい!」


「イヤです離しません。レンくんは猛省して下さい。あ、サヤさん、色々ありがとうございました」


「はーい。あっ、サクラさんも気をつけてね〜。たまに会いに来てくれると嬉しいなっ」


「分かってるよ。暇が出来たら帰って来るさ」



 そう言い、4人は出発する。

 手を振るサヤを1人残して、ラインはミクスタ、レン、サクラと共に出発し、フェルシーの下に戻っていく。


 サクラの眼が恐ろしく静かながらも猛烈な殺意を帯びていることに、ラインとレンは一切気づかなかった。





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