08話 岡咲 桜
ーーーこれは、400年前も昔のお話。
岡咲桜は、昭和時代出身である。
彼女が召喚される前の昭和は、日本がアメリカと決別し、真珠湾攻撃を行った後の時代だった。
日本軍の劇的な勝利に、大日本帝国は沸き立つ。 しかし彼女や彼女の両親はそれに不安を感じていた。いくら日本が強くなったとはいえ、あの大国アメリカがみすみすやられているとは思えなかった。
何より、彼女の実家は田舎で剣道教室をを営んでいる、かつてはそこそこ有力な武家の家系だったので、戦う際はフェアな精神を持ち、不意打ちなどは行わないことを家族間の信条としている。
しかしこれは戦争。生きるか死ぬかの戦いをするのにフェアもクソも無いので、彼女達のような武士道精神は邪魔なだけだった。
それこそが、彼女の家族の小さな悲しみだった。
「ーー桜、私達は武家の血を引いている」
「ーーはい、父さん」
「武道に、男も女も関係ない。強い者が上に立ち、弱い者を守る。お前は我が道場では最強だ。世界では大したことなくとも、少なくともこの私よりかは上だ。だからこそだ。その剣で弱きを守れ。強き者とはその腕を磨き合え。そして悪しき強者を挫け」
「ーー。はい」
桜の父は、黒髪黒瞳と日本人らしい見た目で、彼は自他共に厳しくもどこまでも正しい人だった。
桜の母は少し珍しい茶髪を持ち、その一部は桜にも遺伝している。母は自他共に厳格な父を時には厳しく時には優しく嗜めながら、2人を支えていた。
貧しくも小さな幸せを、桜は享受していた。
ーーーしかしその数日後、彼女に悲劇が起きる。
彼女が道場の外で日課の木刀の素振りを終え、道場に戻ろうとした際、道場側から悲鳴が聞こえた。
桜が急いで戻るとーー父親が死んでいた。胸元を刺し貫かれて心臓を1発だったのか、即死だった。
そして道場に入るとーー母親が複数人に囲まれて集団暴行に遭っていた。その複数人は、男も女もいた。全員悪どい笑いを浮かべ、その内の1人は風呂敷を持っている。
ここ最近は税や物価の高騰が厳しく、強盗や空き巣被害が増えていると聞いたことがある。つまりコイツらは恐らく、空き巣に入ろうとしたら父と母がいたので、父を殺し、母を痛めつけているのだろう。
桜が立ち呆けていると、桜の母が小さく呻いた。
「……めて…やめ…私はいいから…あの子だけは…」
「あ?あの子?テメェのガキか?そりゃあいい!おいお前ら!コイツのガキが帰って来たら殺して、死体をこのババアの前に投げとけ!」
「確かに!そしたら邪魔者はいなくなるから、金目の物は私達の物!あのウザかったジジイの家族は皆殺し!私達は金を手に入れスッキリできる!いいね!」
空き巣犯達は、そんな会話をしていた。
「ーーーは?」
桜の頭に血が上る。その顔は、普段の穏やかな彼女からは有り得ない、恐ろしい表情をしていた。
何でそんなくだらない理由で父は殺され、母はこうして蹴られている?何で?何で?何故何故何故ーー?
桜は知らず知らずのうちに、先程素振りしていた木刀を強く握り、奴らの脳天に振り翳そうとする。
ーーー死ね。死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!
(ーーお前は弱きを守れ)
彼女の心が殺意で染まりそうになるも、桜は父の言葉を思い出し、踏み留まる。
そうだ。自分の剣は活人剣だ。人を生かす為にある。命を奪うことなんてあってはいけない。それをすれば、自分は父の教えに反する。ダメだ。駄目ーー
「にしてもあのジジイ、ホントに邪魔だったわ〜」
「本当にな。このババアも、な!」
そう言い、空き巣犯の1人が母を蹴り飛ばした。
ーーーその瞬間、桜の理性が切れた。
「死ね、悪魔共があああああああああああ!!!!」
そう叫び、驚く空き巣犯の目玉に木刀を突き刺す。 鮮血が溢れた。鮮血が、血が。血ガ。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「………ぃ、や…や、やめーーー」
「ーーー」
涙を流して命乞いする空き巣犯の女の喉元を、へし折れた木刀の鋭い破片で掻っ捌く。すると女は涙と血反吐を流しながら目が上に向き、その瞳から少しずつ光が消え、やがて濁った目となった。死んだのだ。
ーーー桜の周りは、まさに死屍累々であった。
彼女の周りは複数の血溜まりで溢れ、その中心には先程まで威勢の良かった死骸が大量に転がっている。
ある1人は目玉を両方潰され。
ある1人は睾丸を跡形もなくなるほど叩き潰され。
ある1人は死ぬまで顔面を殴打され続け。
ある1人は折れた木刀の破片を至る所に突き刺され。
そしてある1人は木刀の破片で喉を切り裂かれ。
その死骸達の真ん中に、奴らの肉片や鮮血を全身に浴びた恐ろしいサクラがいた。
彼女は敵を殲滅した後、自身の母に向き直り、笑う。彼女の母は微笑し、無事を喜んでくれている。しかしその顔は何となくぎこちなく、何かあるようだ。
「ぁ、母さん!私やっつけたよ!悪を挫けたよ!」
「ーーそう、良かったわ。…でも、申し訳ないけど私は貴女を素直に褒められないの…」
「え?」
「だって、ほらーー」
そう言い、母は足を動かそうとする。しかし、その足は痙攣したように震えるだけで、動く気配はない。
ーーまさか。嫌だ、そんな。
「ごめんなさい。私、身体の一部が動かなくなっちゃったみたい。ーーごめんなさい……ごめんねぇ…」
そう言う母の目には、涙が浮かんでいた。彼女はうわ言のように謝罪している。
桜には、もうわからなかった。何で?何で母さんがこんなことに?何で父さんは死んだ?何で?何ーー?
ーー鮮血溢れる空間に残ったのは、恐ろしい怪物の如き存在と化したサクラと、そんな彼女の身と将来を案じて涙を流すサクラの母だった。
▽▲▽▲▽▲▽▲
ーーーあの事件から数日が経った。
田舎特有の小さな自警団に来てもらい、犯罪者達の死体処理が行われた。そして彼らを殺した桜の罪も問われたが、自警団のおじさん達は正当防衛だったと主張する桜の母の言葉を直ぐに呑み、桜は釈放された。
自警団特有の小さな小屋から出て来た時に、桜の母が簡易的な車椅子に乗りながら出迎えてくれた。その顔は安堵で溢れていたが、顔にうっすらと表れる、明らかに悲しそうな表情を隠せていない。
それはそうだ。愛する夫が死に、一人娘の父となった夫と同じくらい愛していた愛娘が、父の信条を破り人を殺すためにその刃を振るったのだから。
ーーーそこからは、苦労の連続だった。
まずは道場を運営する人物がいなくなり、収入が全く入らなくなったからだ。しかしこれは、桜が道場を受け継いだことによりすぐに解決した。
問題は二つ目だ。彼女の母を介護する必要が出てきたのだ。母はある程度なら上半身は動かせるが、下半身は全く動かすことができない。
しかしそれも何とか解決しそうだ。道場で剣道を教えている昼間は、何と桜の教え子達が介護する、と名乗り出てくれたのだ。無理はしないように伝えたが、休憩中などにやってくれるらしい。ありがたかった。
夜は自分が世話をすればいい、桜はそう考えた。
昼は皆に支えられた。あとは自分が。この父がいなくなった家を支えていかなくてはならないんだ、と。
その過程で、そもそも女性らしさがあまり無かった口調はさらに男らしく、家族に甘えることも元々あまりしていなかったが、さらに甘えなくなった。
ーーー自分が父さんになるから。
桜はそう考えていた。子供が居ない夫婦にとって、母を助けるのは父の仕事。それならば自分が、と。
▽▲▽▲▽▲▽▲
今日も、桜は起床する。最近は悪夢も見る事は無くなり、母の介護にも慣れてきていた。変わらず母は申し訳なさそうにするが、悪いのは母じゃない。
ーーーそもそも、アイツらが来なければ。
桜は母の朝食を乗せた盆を強く握りしめ、危うく握り潰しかける。今更、物に当たっても仕方がない。
朝食を持ちながら、母の寝室の前に来る。そこには、布団を敷いてその上で横になる母の姿がある。
「母さん、入るよ」
そう言い、襖を開ける。そこには、母の姿がーーー
【酷い絶望具合だね。ボクがどうにかしてあげよう】
【ーー召喚者名:サクラ・オカザキは、召喚特典として主能力:『熟練者』を会得しました。更に、対象者の強い殺意から、主能力:『殲滅者』を会得しました。】
【ーー『昔と変わりたくない』という強い願いを確認しました。能力の進化を行います。主能力:『熟練者』と、対象者の《勇者》への進化の素質を消費しました。その『対価』としてーー特権:『不老不衰』を獲得しました。】
無かった。
▽▲▽▲▽▲▽▲
ーー桜は、見知らぬ空間に飛ばされた。
その周りには、不気味な格好をした魔導士や僧侶が複数人、謎の言葉を詠唱し続けていた。そして桜が正面を見ると、1人だけ高級そうな服装をした神官らしき人物が立っていた。彼は桜と同じく細身で、彼はこちらを見ると、いきなり感涙で咽び泣き始めた。
「ーーーおお、【神】よ!遂に我々の身を捧げたことが実りました!ああ、この国を救う救世主の誕生を祝って、では皆様、盛大なる拍手を!!」
神官がそう叫ぶと、周りの魔導士や僧侶が拍手をし始めた。中には泣いている者もおり、その場の空気が一気に温まり、別世界への来訪を大歓迎されていた。
ーーしかし桜にとってはどうでもいい。彼女の頭にあるのは混乱と、母のことだけだった。
(ーー!?ここは一体ーーー。いや、そんなことはどうでもいい。母は、母さんは無事!?いや、盆を持っているということは、襖を開けた時に飛ばされた!?いや、これもどうでもいい。つまり母さんは朝食を食べていない!あの体力では一回の食事抜きでも致命的だ!!どうする?!どうーーー)
そう桜が熟考していると、神官が周りを静かにさせた後、桜に話しかけて来た。何だよお前は、邪魔だ。
「貴女様、お名前をお聞きしても?」
「ーーーーだ」
「ーーー?はい?」
「母さんは何処に居るかって聞いてんだよ」
桜はそう言い、盆で神官を殴った。お盆の上の食事が散らばる音がこだまする。神官は大きくよろめくも何とか踏ん張り、焦った顔で話しかけてくる。
「ーーー?!ゆ、《勇者》様、何をーーー」
「私は勇者じゃない。岡咲桜だ。…一つ聞きたい」
「!!おお、サクラ様!!ーーして、ご質問とは?」
「ーー今すぐ私を元の場所に帰せ。できなければその方法を教えろ。あとは用はない」
そう桜が冷徹に言い放つと、神官は悩んだように黙り込み、5秒程すると口を開いた。
「残念ながら、元の世界には戻る方法はありません。この召喚術は一方通行なのです。…しかしご安心を!!貴女様は《勇者》の素質がお有りのお方!我々がサポートしていきます!衣食住は勿論、こちらの世界のお金やお食事まで全て貴女様にーーー」
「じゃあ助けは要らねえよ。邪魔するなら死ね」
【ーー召喚者名:サクラ・オカザキは、召喚特典として既にスキル:『殲滅者』を獲得しています。どうしますか?】
「知らねえよ。使うなら使え」
【ーー『はい』の意思と確認。スキル:『殲滅者』を使用します】
桜が苛立ちながら聞こえて来た声に返事をすると、その声は了承し、彼女の能力を使用する。
すると、彼女の手元に刀が現れた。桜がその刀を鞘から抜くと、その刀は赤黒い刀身を顕にする。その刀は、桜が持つこの世界と前の世界両方への憎悪と怒りを表したかのような殺伐とした赤黒い色をしていた。
ーーーそして彼女が全員殺した、父を殺し母を痛めつけたクズ共の血糊の色とも似ていた。
「私は母さんの元に戻る。邪魔するなら、死ね」
ーー人を殺すことへの一切の躊躇の無さ。
邪魔だからという理由で人を斬り殺せる性根。
彼女の刀は、父が死んだ時から既に『活人剣』ではなく『殺人剣』と化していた。
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ーー400年前の人間界に、とある大国が滅ぼされたという、衝撃的な情報が轟く。
その国は異世界からの召喚者を多く出しており、彼らは素晴らしい活躍を遂げている真っ最中。そんな中での大国の滅亡は、人々に恐怖と混沌を与えるには十分過ぎた。
その主犯はその国に召喚された者だと推察され、その国の兵士や傭兵、そして国民を1人残さず殲滅したのは、なんと異世界からの人間の召喚者だった。
その化け物の血と肉片、相手の体液に塗れた姿を見た者からは、恐怖と絶望からこう言われていた。
ーー《血桜》サクラ・オカザキ、と。
▽▲▽▲▽▲▽▲
ーーーある王国。
この王国は『魔界』に最も近く、魔族や魔物の被害を最も受けている国だった。
しかし、とある青年が現れたことにより近辺の魔物は掃討され、魔族は逃げ、悪さをする者も減った。
そして彼は次は魔物を統制しない『魔王』とその幹部達を倒すと発表し、国は安泰の道を辿っている。
その王国内の広場にある小さなベンチに、男2人、女1人の合計3人が腰掛け、雑談をしていた。
「そういえばアンタを呼んだ国、滅ぼされたらしいな。しかも魔族とかじゃなくて1人の人間に」
「ーーえ?僕を召喚したあの国が滅びた?」
青年の仲間であるメンバーのうちの、銀髪の若い男剣士が話題を出すと、青年が反応する。その顔は美少年顔で、優しさの塊のような顔だ。するとこれまたメンバーであろう赤髪の女魔法使いが声をかける。
「ショックだったりした?」
「いや、あの国は悪いことも多少はしていた。だから自業自得といえばそうだけど……こんな病弱な僕に新しいこの世界を見せてくれた国でもあるからね。何となく、助けてあげたかったなって思ったり」
「アンタ、知ってたけど優しすぎるわよ。もっと警戒心は持つべきだと思うわ。この前だって、困ってるからって助けようとした相手、盗賊だったんだから!」
「でも、みんなが助けてくれたから。ありがとう!」
「〜〜ッ!!これだからアンタって人はーー!!このド天然無自覚完璧聖人人たらしがーーー!!」
その青年が悲しそうにすると、魔法使いがその強すぎる優しさを忠告する。すると青年はニッコリと笑い助けてもらった礼を何故かこのタイミングでした。
魔法使いは照れ臭かったのだろうか、顔を真っ赤にして青年の頭を小突く。それを受けた青年は何故殴られたのかが分からず、目を白黒させている。
ーーー青年は、生粋のド天然人たらしだった。
そんな茶番をしていると、剣士が話を戻す。
「ーーーだが、流石に3人じゃ魔王討伐はキツくないか?しかもこのパーティには回復要員が居ないしな」
「そうだね。少しは安定を取ったほうがいいかも知れないし、それか火力特化にすーーゴホッ…」
青年が剣士に同意しようとすると、彼は言葉を詰まらせ、一度咳き込んだと思うと、唐突に吐血した。
彼の座るベンチの下の緑の草叢が赤に染まる。
「お、おい?!急にどうしたんだ?!」
「ちょっと?!大丈夫?!何で急に吐血したの?!」
「ーーやっぱり、身体は弱いままなのか」
仲間の2人が心配すると、青年は忌々しげに呟く。
その顔は悲しそうで、しかし諦めが少し見えた。
ひと通り口の血を吐き出した後、青年は口を開く。
「ーー2人は知ってるだろうけど、僕は召喚される前は病弱だったんだ。生まれつき体が弱くて、点滴とかだって外したこともない。何百回も死にかけて、その度に地獄のような手術の連続だった」
「でも、僕には夢があった。外の世界ーー病院の敷地の外を見てみたかったんだ。写真や本でしか見たことない世界を、この目で直接見てみたかったんだ。ーーでもある時、かなりの量の吐血をしたんだ。急いで診てもらったら、『僕の寿命は保って5年』と言われたんだ。その間はもう一生寝たきりだって」
「僕は絶望したよ。お父さんとお母さんが頑張ったのに。死にかけの体で頑張って生きてきたのに。やっと夢を見れたのに。全部無駄になるところだったから。……とても悲しかった。親に申し訳なかった。自分の弱さに腹が立った。……辛かった。何で、じ、自分だけが、こんな、つ、辛い………」
彼はしばらく喋っていたが、その途中で言葉を詰まらせ、その瞳は水が溢れ、泣きそうになっていた。それを見た仲間の2人が背中をさすり、彼が泣きそうになるのを慰める。
彼の嗚咽はすぐに治まり、青年は続きを話す。
「そんな時に、こっちの世界に呼ばれたんだ。最初は混乱したけど、【声】が言っていた『特権』という奴で僕は生き永らえたんだ。僕は嬉しかった。点滴なしでも動ける体に。地獄のような手術をしなくていいことに。そしてこの目で世界を見て回れる事実に。だから僕は、この世界に助けてもらったお礼に、この世界の人達を1人でも多く助けたいんだ」
そう言い切り、青年は話を終える。仲間の2人は黙って聞いており、彼の話に納得しているようだ。
「ーーー湿っぽい話しちゃった。じゃあ、さっき言ってた最後の仲間を決めないとね」
「そうね。でも、アンタももう永くない。だから寿命が大体5年なら、急いで幹部と魔王を倒さなくちゃ。なら回復要員はやめて、戦士にしましょう」
「だがそんな都合のいい戦士がいるか?今更『勇者パーティに入ってくれ』って言っても皆逃げちまうぞ」
「ーー!あ!1人適任がいる!」
「「?誰だ?」」
「僕を呼んだ国を滅ぼした人だよ!その人なら!」
「「…………は?」」
青年のあまりにも突拍子もない発言に、2人は困惑する。青年は今までの冒険でもぶっ飛んだ考えを出していたが流石に今回の話はアホとしか思えなかった。
「いやアンタ何言ってるの!?さっきは流されたけど、今回のは流石にバッカじゃないの!?相手は1人で国を潰したヤツよ!?話が通じるとは思えない!!」
「それもあるが、ソイツはお前と同じ召喚者だ!いくら同郷とはいえ、召喚された後速攻で国を滅ぼすほどの凶暴さを持っているんだぞ!!無謀だ!!」
2人は大声で青年に怒鳴る。その顔には焦りと怒りの両方があり、青年に今の発言を取り消すように訴えかけているようにも見えた。
「いやでも、何か理由があったのかも知れないよ?」
「だからと言ってーー」
「先ずはお話してみよう。無理なら僕が倒す」
青年はそう言い切る。その顔は真剣で、嘘偽りない発言であると、仲間の2人は感じた。一国を滅ぼした化け物を『倒す』と言い切れる男。
そう、彼の正体はーーー。
「ーーあー、もう!!分かったわよ!!着いていってあげるわよ!!着いてけばいいんでしょ?!でもメンバーのうちの誰かが死んだら、殴り殺すわよ?!」
「魔法じゃないんだ…でも、ありがとう!」
「ーー仕方ない、こんな奴に着いてきたのは俺たちだ。今更引くわけにもいかないよな。分かった」
「ありがとう!」
魔法使いは諦めたように叫び、剣士は納得した。
それに青年は感謝し、出発の準備をする。
すると青年は思い出したように、剣士に聞く。
「そういえば、その人の名前、なんて言うの?」
「ーーー《血桜》サクラ・オカザキだ」
「ーーー!!オカザキ・サクラ……岡咲桜…?岡崎桜…?つまり、日本人…かな?」
「?ニホンジン?よく分からんが、お前と同郷か?」
「ーーーああ、多分だけどね。話してみたいなぁ」
青年はそう言い、嬉しそうに笑う。
▽▲▽▲▽▲▽▲
ーーー数日後
「ーーよし!行くよ!2人共、いい?」
「はいはい、行けますよいつでも」
「お前さえ良ければ、俺はいつでも行けるぞ」
青年が2人に確認すると、2人は返事をする。
「ーーー頼んだわよ、ジュン」
「はーい!じゃあ行きますよー!」
ーーーこれは、《第11代勇者》『ジュン・マツオカ』と、《血桜》『サクラ・オカザキ』が出会うまでの話である。
▽▲▽▲▽▲▽▲
ーーーサクラは、暗い森の中で野宿をしていた。彼女の黒瞳は死んでおり、その黒い瞳はこの世の全てを拒絶する色をしていた。
自身を召喚した国を滅ぼす前、サクラは王国の歴史的な書物が保管されていた図書室へと足を運んだ。本来ならこの世界の文字はわからない筈だが、何故か日本語のようにスラスラと読むことができた。
ーーしかし、やはり元の世界に戻る魔法などは見つからなかった。召喚直後に聞こえた【声】も全く聞こえず、ただ1人で虚無感を抱えるだけ。
そして彼女は、自身を殺そうとした国の兵士や傭兵を皆殺しにし、国を実質滅ぼした。
ーーーそうして、こうやって辺境の森で1人でいる。
「ーーー母さん」
彼女は小さく呟く。その顔は固まっており、元々少なかった感情が、更に抜け落ちた顔をしていた。
ーーーすると、いきなり足音が聞こえた。
「ーーーーーー?」
サクラは抜刀し、音の聞こえた方向に刀を向ける。
「待って!お願い待って!!何もしない!何もしないから!!お願いだから刀下ろして!怖い!!」
すると、音の聞こえた方から悲鳴が聞こえる。その声に敵対する意思は全く無さそうだった。
「ーーー誰?私は貴方達に構う暇はない。邪魔だ」
「違う!もしかしたら協力できるかも知れないから、一応声をかけただけだから!大丈夫!多分!!」
向こうの人物が曖昧な保証をしてくる。とても信じられないが、一応顔を出してみる。不意打ちして来るような不届き者なら、殺意を込めて叩き斬ればいい。
ーーーあのときの、空き巣犯共の様に。
▽▲▽▲▽▲▽▲
サクラが見晴らしの良い場所に出ると、そこには3人組がいた。黒髪黒瞳の少年風の青年1人、銀髪青瞳の厳格そうな青年1人、赤髪赤瞳の美少女1人の合計3人だ。
彼らは言い合いをしている。と言っても黒髪黒瞳の美少年が、赤髪赤瞳の女魔法使いに一方的に怒鳴られているのだが。
「アンタバッカじゃないの!?相手がどんな奴かも分からないで呼ぶなんて!!だから向こうも警戒して剣を向けられるんじゃない!!」
「ゴメン!!ホントに馬鹿正直にいきすぎた!!」
「まあまあ、そう言ってやるなアンジェリカ。ジュンも反省していることだ。これ以上はいいだろ?」
「でもねリーヴ!アンタもそう甘やかすからジュンは間違え続けるんじゃない?アンタも連帯責任よ!」
ーーサクラは、全く今の状況を飲み込めなかった。
3人組はケンカしているものの、今怒っている女の声色には、青年を心配する念が込められていた。
それに青年も怒られているものの、その表情には信頼が込められていた。
いや、そんなことはどうでもいい。ーーー問題は、コイツらは何をしに自分のところに来たのかだ。
敵なのか。それを見極める為に、サクラは警戒を一切解かない。油断したら死ぬ。戦場での油断は命取りだ。サクラは生きなければならない。母の元に帰るまでは、死ぬわけにはいかないのだ。
「ーーーオカザキ・サクラさん」
目の前の青年から、声をかけられる。あれだけの大惨事を引き起こしておいて、無視される訳がない。今までもサクラ・オカザキとよく言われーー?ーーいや、目の前の青年は自分のことを『サクラ・オカザキ』ではなく、『オカザキ・サクラ』と呼んだ。この世界の呼び方じゃない。
つまり、目の前の青年は、召喚者だ。
自身と同じ境遇に立たされた、1人の哀れな被害者だ。こんな右も左も分からない世界に放り込まれた、自分と同じように混乱している、可哀想な一般人ーー
「ーーー何か勘違いしてるようですけど、僕はこの世界に感謝していますよ。綺麗な世界を見せてくれて」
ーーーサクラは勝手な同族意識を青年に抱くも、それを見抜いたのか、青年がそれを否定する。そんなわけがない。家族と急に離れ離れにされ、勝手に使命を押し付ける世界なんてーーー
「ーーー桜さん」
青年が声をかける。その顔はどこまでも真っ直ぐで、こちらの魂に直接語りかけるようなーーー。
「ーー僕の名前は『松岡 純』です。平成の時代の日本から来ました。あなたのことを、教えてほしい」
そう言い、青年は頭を下げる。
やさぐれていたサクラとは正反対に、この青年は自身のできることをやろうとする、誠実な人間だった。
▽▲▽▲▽▲▽▲
勇者一行に《血桜》『サクラ・オカザキ』が加入。ーーこのニュースは、人間界の全ての国に激震させた。
「勇者様は何を考えておられるのだ?!」
「あの化け物を討伐ではなく、仲間にする?!」
「いくら勇者様でも無茶だ!理解出来ん!」
「いや、勇者様には何か考えがあるのでは…?」
「だからと言って、ヤツを仲間にできる訳がない!」
「よりによって《血桜》だぞ?!
国を単騎で滅ぼした化け物だ!仲間になんてーー」
「ーーーそれは、私のことかな?キミ達」
ある国の兵士達が騒然としていた所に、1人の人間が声をかける。それを聞いた彼らが振り向き、驚きで顔が固まる。
その人こそが噂の本人、サクラ・オカザキだった。
彼女は不思議そうに彼らを見ており、その美形をむさ苦しい男たちに向けていた。
その服装は兵士の軽装にズボンであり、とにかく機動力を重視した服だった。その腰には剣があるが、この世界の剣とは少し違う代物だった。
『刀』ーーーサクラやジュンの出身である世界の国である『日本』より、古来から伝えられて来た武器。
剣と大幅に違う点があり、それは片刃しかないことである。右でも左でも斬れる剣と違って片刃なので、剣よりも扱いが難しく異世界では殆ど流通していない。
「ーーあ、いた!ちょっとサクラ!ジュンが探してたわよ!あまり1人でブラブラしないの!もう!!」
「ああ、ゴメンねアンジェリカ。……んじゃ、失礼」
サクラがそんなふうに道草を食っていると、向こうから赤髪の女魔法使いーーアンジェリカが走って来た。勇者一行の1番の古株である彼女の登場により、周りが更に騒然とする。
ーー勇者パーティの2人がその場に現れたのだ。しかも1人はとんでもない経歴の新参。一般兵士達から見れば騒然として当たり前だった。
「……ち、ちょっと待ってくれ!」
「?何?どうしたの?」
「お前は…本当に1人で国を潰したのか?」
「……うん。そのことは悪いと思ってる。だから私はこれからジュン達の手を借りてキミ達にも贖罪していく。その後に故郷に帰るつもりだ。ーーごめんね」
1人の兵士がサクラに問うと、彼女はそれを肯定した。そしてサクラは、誰に宛てたかは分からない、小さい謝罪を口にした。
その顔は悲しそうで、寂しさを隠せていなかった。
▽▲▽▲▽▲▽▲
ーーあの一件以降、サクラはジュン率いる勇者パーティの四人目のメンバーとなった。着いていく理由には色々あったのだが、特に大きな理由は『大量虐殺への贖罪』と『元の世界に帰ること』である。
彼女にも事情はあったのだが、流石に虐殺はやり過ぎである、とジュンに諭され、彼女は再び『殺人剣』ではなく、『活人剣』として生きることを選んだ。
ーーー弱きを守り、悪しきを挫く剣となる。
父の教えを再度思い出し、彼女は生きる。そして贖罪が終わったら、元の世界に帰ろうと思ったのだ。
*************************
「ーー桜さん、僕達に協力するのは、一応貴女にも利点がある」
「ーー利点?」
「僕達は色々な国と親交がある。だから、そこにある書物なら、帰る方法があるかも」
「ーーなるほど、わかった。『帰る方法を探すことと併用する』という条件で呑もう」
「はい。よろしくお願いします、桜さん」
「こちらこそ宜しく」
*************************
桜が勇者パーティに所属してわかったことは、この世界には『魔王』がおり、本来は配下である魔族や魔物を統制する必要があるのだが、今はそれが放置状態であるということ。
その『魔王』を打倒する、とジュンが発表した事。
しかしまだ配下のうち《四天王》は倒せておらず、これから倒しに行くことなど。
「僕が魔王を倒せば、少しはこの世界の魔族からの被害はマシになるかな、って思ってるんだ」
これがジュンの口癖だった。彼は本心から正義の為に動いていた。そんなジュンだからこそ、サクラは惹かれたのである。
そして特に苦戦も無く、《四天王》を討ち倒したジュン一行は来たる魔王との決戦に備えて、各国を周り協力者を募り、総勢10万を越える兵が集まった。
ーーーそして、2年の月日が流れた。
▽▲▽▲▽▲▽▲
ーーー魔界最奥地。魔王城前の、ある荒野。
その場には、大量の兵士・傭兵・後方支援部隊が集まっていた。
人間国家の連合軍に加えて、大金を出して雇った傭兵、そして『神天聖教会』の聖騎士と僧侶。ーー合計約10万の兵が、この場に集合する。
そしてジュン達も、例外ではなかった。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「ーー遂に、この時が来た」
ジュンが呟く。彼の装備は一新され、総合的に耐久力を上げた防具に、伝説級の盾を装着している。かつて持っていた聖剣は手放しており、今は盾などで防御を固めているのだ。
何故こんな耐久力全振りな装備かというとーーー
「ジュン、そんなに肩に力を入れない。体に障るよ」
「でもーーゲホゲホッ……僕が…やらなきゃ…オエッ」
「ジュン?!大丈夫?!」
「どうしたジュン!また病気の症状か!?」
「ーーージュン」
サクラが声をかけると、ジュンがそれに反論しようとするが、喋ろうとすると、口から吐血した。
その量は2年前に比べ、明らかに多くなっている。
(「ーーーやっぱり点滴がない分、辛いなあ」)
サクラ以外の2人は既に知っており、サクラも知っていたが、彼は元々病弱体質だった。それを『特権』により中和していたが、彼の体は確実に病に蝕まれており、寿命は長くて3年である、とジュンは言った。
「…いや、大丈夫!それよりも、皆準備は?」
「私はいつでも大丈夫。何なりと命令を」
「今更じゃない?ここまで来たら、逃げられないわ」
「ーーよし、ジュン。最後の仕上げだ」
ジュンが3人に確認し、3人は返事をする。
するとジュンは頷き、10万の兵士の下に出向いた。
▽▲▽▲▽▲▽▲
ーーージュンが姿を現すとその場が湧き立ち、中には積年の恨みを晴らせるからか、涙を流す者もいた。
「みなさん。今日は集まってくれてありがとう」
しかしジュンが語り出せば、場は静寂に包まれる。
ジュンはそれを見て、言葉を続ける。
「僕は、この世界とはまた違う世界から来ました。最初は急なことだったからびっくりしたけど、皆に支えられて、こうして勇者としてやって来れてます」
ジュンがそう言うと、大半の面子が照れくさそうに顔を逸らしたり、鼻の上を擦ったりした。
「ーーーだから、僕はこの世界に恩返ししたくて、頼れる仲間3人とパーティを組んで、このように今回の戦いにも身を投じています。リーヴ、アンジェリカ、そしてサクラ。僕には強くて頼れる仲間がいます」
ジュンの言葉に、彼らは頷く。それはそうだ。何故なら、勇者の仲間は全て、二つ名を持つのだから。
《最優の勇者》『ジュン・マツオカ』、
《神童》『アルファ・アンジェリカ』
《閃光》『ラスト・リーヴ』
《血桜》『サクラ・オカザキ』
彼ら4人は第11代勇者メンバーとして選ばれ、此度の魔王討伐にも出撃している。
ーー相手は、第10代魔王『リシュ・エバム』。
彼は《卑劣な魔王》の二つ名の通り、生き残る為なら命乞いでも何でもする性格である。その為に第10代勇者は不意打ちにより殺害された。
「ーーー僕は名前も知らない勇者さんの後釜として、次の勇者となりました。僕としては、荷が重い役でもあります。でも……ゲホゲホッ…う"……ゴホッ………」
ジュンが言葉を続けようとした瞬間、彼は咳き込み始め、一際大きな咳をしたかと思うと、口から大きな血の塊を吐き出し、大地を赤く染める。
「ーーーうわああああ?!」
「勇者様ーーー?!」
「誰だ?!誰がやった!!よくも勇者様を!!」
「そんなことは後だ!!とにかく今は勇者様を!!」
「……ゲホッ、すいません、この場を借りて言わせていただきます。ーー自分は、もう永くありません」
「ゆ、勇者様?何をーーー」
「そしてこれはこちらの世界に来る前ですら不治の病だった病気です。多分僕は、あと1年で死にます」
場が大混乱に陥りそうなのを、ジュン本人が収める。そして自身の今の現状を、仲間以外に初めて明かした。
その発言により、場が凍りつく。あり得ない、これから世界を救う勇者が、あと一年足らずで死ぬなど。
「ーーしかし、ゲホッ…僕の死は、ゲホッ…無駄にはしません。だから皆さんに無理を言って、国と掛け合って、この場に集まっていただいたのです」
「僕が死ねば、救われた世界に意味はないのでしょうか。束の間でも幸せを、享受できないのでしょうか」
場は静まりかえる。誰も、口を挟まない。
「ーーーいや違う!僕達は、今を生きる者は、死者達が紡いでいった命を、希望を、未来に繋ぐ者だ!!例えこの身体が滅ぼうとも、僕達の意思を継ぐ者が現れる!それは僕達も同じだ!!前世代の勇者や名も無き戦士達の意思を、想いを、今受け継ぐ!!」
「だから僕は今日、この戦地に立っている!君たちも同じだ!死を恐れながらも、逃げられない戦いに、今日、身を投じる!!死してもなお潰えない亡霊と化した意思を、想いを!!今日この地で弔う!!」
場に興奮の渦が起きる。中には自身の手を握りつぶしたり、唇を噛み潰したりしている者までいた。
しかし当人含めて誰も気にしない。気にならない。
「ーー僕はまだ死にたくない。あと1年生きたい。だから、死にたくない者は!死にたくない者こそは!この情けない臆病者に、力を貸して欲しい!!」
ーーおおお…
「今この場で第11代勇者は死んだ。残ったのは元勇者でありながら死を恐れる臆病者、ジュン・マツオカだ」
ーーおおおおおお……!
「そして今!新たな勇者が生まれる!!その名前は、『名も無き勇者達』だ!!」
ーーおおおおおおおおお!
「ーーー誇れ!親でも子供でも自慢するといい!!
《第12代勇者》は、この場にいる戦士全てだ!!」
ーーうおおおおおお!!
「君たちが、新たな『勇気ある者達』だ!!!!」
ーーうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
場の興奮が最高到達地点にまで達し、戦士達、いや新たな勇者達の感情が爆発する。もはや戦いに乗り気ではない者はいない。
ジュンは興奮する場を後にし、仲間達の場に戻る。
「カッコよかったよ、ジュン」
「桜さんやめて…本当に照れる…恥ずかしい…」
「ガラには無かったが、いい声だった。お前の虚勢が功を奏した瞬間だ」
「なんか酷くない?!『虚勢』は要らないでしょ!」
「まあ、アンタらしいっちゃアンタらしいわね」
「アンジェリカ……ありがとう」
▽▲▽▲▽▲▽▲
ーーー数時間後
「ーー愚かな人間が、私に勝てるとお思いで?」
「ああ、僕はお前を討ちに来た。でも、これから魔族達をしっかり統制するなら、何もしない」
「フッ、馬鹿なことを。何故私が、あなたたちの言うことを聞かなければならないのですか?」
「だろうな」
「ーーー痛めつけて殺してしまいなさい!!」
魔族と魔物が咆哮し、人間達に迫ってくる。
「死なないでーー皆んなで帰ろう!!!!」
人間軍も咆哮し、魔族と魔物共に一斉攻撃を始める。後に『第4回人魔大戦』と呼ばれる、魔王と勇者の戦いが始まった。
魔王軍20万vs勇者軍10万
第4回人魔大戦が始まった。
魔族・魔物と人間の両者が激突し、戦いが始まる。
地鳴りのような音が響き渡る。叫び声と怒鳴り声が撒き散らされ、普段は何もない荒地が戦場に早変わりし、土煙が吹き上がる。
至る所から剣や魔法の音が響き渡り、本格的な戦争が始まったことを知らせる。
魔王リシュは直ぐに魔王城に戻り、部下のみに戦わせている。知性がほぼない魔物の軍団、総勢18万の軍が暴れ回ると思われたがーーー、
▽▲▽▲▽▲▽▲
「ーーーしッッ!!」
兵士に飛びかかろうとした犬型の魔物5匹を、長身の剣士が斬り捨てる。一刀しか入れていない5匹の魔物の体は真っ二つに切れ、地に10となって落ちる。
「大丈夫かい?立たないと優先的に襲われるよ」
その長身は、サクラだった。
彼女は今までも沢山の魔物を斬り捨てて来たのか、身体の至る所に返り血が付着していた。ドス黒い黒に染まったその姿は血濡れた桜そのものだったが、サクラ自身の美形な顔は一切崩れていなかった。
「あ、ああ、大丈夫だ。ありがとうございます」
「そうか、よかったよ!気をつけて!」
サクラは笑いかけ、次の敵の下へ向かう。
戦場には似合わない、可憐な笑顔。
「ーーーまるで、花のようだ」
敵の返り血でドス黒くなりながらも、味方を守り精神的に癒す可憐な笑顔。
この日から、サクラの二つ名は、恐れが強い《血桜》から美しさが強い《黒百合》となった。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「ーーーサクラさん!アンタはジュン様と一緒に魔王を倒して来てくれ!あとは俺たちが引き受ける!!」
戦いが始まってから1時間を過ぎようとした時、サクラは兵士達に声をかけられる。
敵の魔物は残り2万まで減り、魔族でさえも1万は戦死、6000は逃亡というように、人間軍が数の暴力を押し返し、逆転の兆しがはっきりと表れていた。
しかし、魔族・魔物側にも、もちろん逆転のチャンスは残っていた。そのチャンスは最初からあり、未だに戦場に出ていない。
ーーー第10代魔王『リシュ・エバム』。
《卑劣な魔王》の二つ名のように、自身が手を下すことはほぼない。基本的に部下に嬲り殺しにさせており、自身はそれを見て酒を楽しむ生粋のクズだ。
その為に、手の内をまだまだ隠している可能性があるのだ。彼は戦うにしても最低限の力でしか戦わないので、人間には一部しか能力がバレていない。
今わかっているのはこれだけだ。
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リシュ・エバム
特権…『相手に治癒不可の傷を残す能力』
能力…・『自身よりも弱い者を操る能力』
・『自身の血液が猛毒になる能力』
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その為、勇者一行のサクラが向かうのは確かに1番合理的である。
しかし、まだ戦場には2万の魔物が残っている。いくら数が減ったからといって、流石に持ち場を離れるのは、とサクラがそう熟考しているとーーー、
「おいおいサクラさん、あまり俺たちを舐めるなよ」
「俺たちだって兵士だ!こんな奴ら、俺たちが本気を出せば一捻りだ。だから安心して行ってくれ!」
「魔王を倒したら、祝杯をあげよう!あともしよかったら、俺にアンジェリカちゃん紹介してくれよ!」
「あっ、テメェずりぃぞ!アンジェリカちゃんは俺も狙ってたのに!お前なんかに抜け駆けされるか!」
「んじゃあ、1番敵を倒した奴が、サクラさんにアンジェリカちゃんの紹介を受けることでいいよな?!」
「「「「やってやろうじゃねぇかこの野郎!」」」」
「一応私も女性なんだが…。まあ、分かったよ。キミ達の誰か1人はアンジェリカに紹介してあげるよ」
「マジっすか?!ぃいやったあぁぁ!!」
「ーーーただし!絶対死なないこと。絶対だ!」
「「「「了解!サクラさんもお気をつけて!」」」」
そう言い、サクラは魔王城に向かう。道中の魔族や魔物を斬り捨てながら、持ち前の身体能力を惜しげもなく発揮して、最短距離で向かう。
▽▲▽▲▽▲▽▲
サクラが魔王城前に着くと、既にジュンとアンジェリカは着いていた。2人はこちらに気づくと、甲高い悲鳴をあげる。
「うわああああああ血だらけだー!?」
「うわああああああアンタ誰!?誰なの!?怖いよ…ってサクラちゃんじゃん。返り血で面影がないわよ」
「失敬だなあ。私はいつでもぴちぴちでぷりてぃーな乙女だぞ?男を魅了……できないかこの身体じゃ」
「まあ、確かに?…にしてもアンタ、アタシの人生の中で出会った女性の中で断トツで胸が無いわよね」
「胸が無い分、身体が軽くて動きやすいのが利点だ。その反面、心臓部の肉の装甲が減るのが弱点だけどな」
「真面目!!からかったのにメッチャ真面目!!」
そのような雑談をアンジェリカとしていると、銀の光と共に、ある人物がやってきた。
その相手は、勇者パーティの剣士、リーヴだった。
「すまん、遅れた」
「おっそい!サクラちゃんよりも遅いわよ!!」
彼は白い服を着ていたのだが、その身には一切返り血や土汚れは付いておらず、服も白いままだった。
彼が敵を斬っているのはサクラも見ていたので、サボっていたわけでもない。この男は、サクラと同様に敵を斬り捨てながらも、その身を返り血で汚さないレベルの一太刀を放てる強者なのだ。
「ーーーこれで全員揃った」
ジュンが口を開く。その声色には緊張が籠っており、これからの戦いへの覚悟が見て取れた。
「ーーーみんな、準備はいい?」
「今更よ。アタシ達の物語も今日で終わるんだし」
「最後の戦いだ。勝って、全員で帰ろう」
「ーーー行こう、ジュン」
「うん!!」
ーーーこうして4人は、魔王城へと踏み出した。
▽▲▽▲▽▲▽▲
「ーーーいたぞ!追い詰めたぞ魔王エバム!!」
「チッ、こんなところにまで来やがりましたか」
魔王城の地下。ジュン達は地下の天井を破壊して、ダイナミックに入って来ている。
地下にしてはかなり広い空間の真ん中に、魔王は立っていた。その手には誰のかも分からない頭蓋骨を持っており、それを磨くように撫でていた。
ジュン達は最初は魔王城の地上階のみを調べていた。しかし魔王は見つからず、途方に暮れた。
そこで、サクラとラストが地上階を斬り飛ばし、すると透過できる壁の奥に地下室への入り口があったのだ。あのクズのことだ、入り口には大量の罠があることだろうと考え、このように派手に突入したのだ。
「部下達が一生懸命に戦っているのに、随分と自身の趣味に熱中しているようね。そんなに楽しい?」
「ええ、とても。この趣味は私のやりたい事のミニチュア版、と言っても過言ではありません」
アンジェリカが皮肉るように声をかけると、エバムは肯定する。その顔は幸せそうな顔をしていた。
「皆さんならご存知だと思いますが、部下とは道具です。私は道具は丁寧に扱う主義でしてね、出来るだけ部下には親切にしたいのですよ」
「ーーーーーーーー」
「そしてその道具がひび割れ、欠けていき、遂に崩壊し土塊へと還る瞬間が、私の幸福!!ああ、何と美しく儚いんでしょう!彼らは私の為に身を粉にして働いているのです!私は何とも思っていないのに、彼らは哀れにも私への恩に報いる為に戦うのです!!さらに、完璧なものを破壊するのも私の趣味!完璧の破壊は、不完璧の破壊の何十倍、いや何百倍もの幸福が得られる!ああ、第10代勇者を殺したときを思い出す!!ああ、興奮が、収まらない!!!!」
そうエバムは叫び、涙を流し始める。そこに感動する要素は無く、4人はただ苛立ちを感じる。仲間が死ぬことを良しとし、しかもそれに感動を覚える精神異常者だ。ーー話なんて、通じる訳がない。
サクラが口を開き、エバムに語りかける。
「1つ、質問がある」
「ーーー?何ですか?私の演説に感動しましたか?」
「今の言葉は、本心の?」
「ーーー?何を言うかと思えば。勿論ですとも!」
「分かったよ。死ね」
「ーーーっ?!」
サクラは抜刀し、エバムに斬りかかる。エバムは持っていた頭蓋骨で太刀を防ごうとするもののーーーー
「弱いんだよ、キミ」
サクラは押し切り、エバムの体に大きな切り傷を付ける。まともに食らったエバムは絶叫し、怒り狂ってサクラを弾き飛ばす。しかしそれを受け身でガードし、サクラには大したダメージが入っていない。
「この人間風情が!サルが多少知能を得たからといって調子に乗りやがって!!死ね、『霧散炸裂毒』!!」
エバムは感情に任せたまま、技を叫ぶ。すると彼から無数の毒の泡が飛び出し、それらが4人に襲いかかる。まともに受ければ大ダメージは免れない。
ーーーーしかし、
「させないよ!!『純粋王大盾』!!」
それを全てジュンが受け、しかしジュンの身体には何ら異常が無い。それを見て、エバムは焦り出す。
「ーーー?!な?!何故効かない?!お前は今確実に毒の泡に触れた!!なのに、何故ーーー?!」
「簡単だよ。僕の特権『純粋神』の能力は、『僕に触れた攻撃は全て無効化される』だからだよ!!」
「はあ?!」
「ーーー時間稼ぎ終了!今だ!!アンジェリカ!!」
「言われなくとも!!『爆裂業火』!!」
焦るエバムに、ジュンが声をかけ、彼が明かしたその事実にエバムは顔を真っ青にした。
そしてこの注意を引く役目を終えたジュンは、アンジェリカに声をかける。アンジェリカは応じ、彼女のフルパワーの魔法を言い放つ。
すると彼女の目の前に三重の魔法陣が浮かび、1番先頭の魔法陣に火属性の魔力が集中する。そしてその魔力は極大の魔力球となり、今すぐにエバムに解き放てる状態だ。
「ーーー!!こんな見え見えな魔力弾なんぞ!!」
それを見たエバムは避けようとする。この距離ならまだ間に合う。ーーーー間に合ったはずだった。
その後ろに、2人の飛び上がった影がなければ。
「逃がさねえよ。行くぜサクラ」
「ああ、本気も本気、超本気でな」
「“桜流 抜刀"ーー『墜椿』」
「"リーヴ流"ーー『燕堕ち』」
エバムはそれに気づいたが、もう遅かった。
ーーリーヴとサクラ。2人の接近にリシュが気が付いた時には、既に彼の顔の左半分と右腕、右脚は同時に彼の体を離れ、ただの肉塊となって地に落ちたからだ。
「ーーーぎ、ァァァァァァァァ!!!!」
それを受けたエバムは絶叫し、地べたで悶え苦しむ。その顔にはいつものような嫌味な笑顔ではなく、痛みに悶える苦しみしか無かった。
リーヴは引いていったが、サクラは残った。
「それは、キミが苦しめた人達の痛みの痛みだ」
「ーーが、ぎぁ、ぃ、痛み?」
「キミには分からないだろうな…いや、分からなくていい。分からないまま死ね」
サクラはエバムに吐き捨て、エバムの胸倉を掴み、彼を魔力球にめがけて投げ捨てようとする。
しかし《卑劣な魔王》の二つ名を持つ彼がそれを許す訳が無く、彼はサクラの手に握られた刀を見て、邪悪な笑みを浮かべる。
「ーー確かにお前達は強い。だがお前だけは道連れだ!!先ずはその剣だ!!『絶対死の一撃』!!」
そう叫び、エバムの左腕から彼女の刀に黒い泥のようなものが流れて来た。
サクラは直感で刀から手を離すと、刀がボコボコと音を立てて溶けていき、原型がなくなった。
まともに食らえば、確実に死ぬだろう。
しかしサクラは焦りは無かった。むしろーー
「ーーーだろうな」
ーーーエバムは、彼女の想像通りに動いてくれた。
流石《卑劣な魔王》だ。人を不幸に陥れることだけに関してはこいつに勝る者はいないだろう。
「ーー?だからどうした!!お前はもう武器はーー」
ーーーその瞬間、エバムの残った右顔面を誰かが拳で殴り、更に穿った。
殴ったのはサクラで、しかしその威力は普通のそれを遥かに越え、顔面を更に抉り飛ばした。
「がっ?!」
「残念。武器なしでもある程度戦えるんだ、私」
「な、何故だ?!」
「まあ、言っちゃってもいいか。私の特権『不老不衰』の能力はーー『鍛えた能力の永久保持』だよ」
「ーーぁ」
「今だ、アンジェリカ!!」
「分かってるわよ!!ーー魔法射出!!」
アンジェリカが叫ぶと、魔力球が解き放たれた。
それはサクラとエバムの元に放たれ、2人を焼き尽くさんと、熱と光を伴い豪速で飛んでくる。
そして、サクラは、
「さようなら。もう生まれて来るなよ」
魔力球に向かって、エバムを投げ捨てた。
「ーーこのサル風情がああああああああ"ああ"ああ""ああ"ああ"ああ"ああ"ああああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ア"アア"ア"アア"アアア""アア"アア"アア"ア"ッ」
エバムは断末魔を上げ、その全身を業火で炙られる。その断末魔は、最期まで自分勝手なものだった。
彼の肉体を炭に変えた業火の球は、空高く打ち上がり、空中で爆散した。その瞬間、空を赤い光が包み、全ての生物は目を押さえざるを得ない。
それを受けたリシュはーーーー
「ーーーーーーーー。ーーー美しい」
顔を熱らせ、最期の執念で火球を掻き消した。
*************************
魔王城跡。そこにはもはや瓦礫の山しかなく、とても文明があったとは思えない焼土の地と化していた。
その場に立つ、4人の人間。
「ーー終わった」
ジュンが呟く。
「ああ、終わったな」
サクラが同意する。
「ーーーよし!祝杯をあげるぞ!!」
ラストが場を盛り上げる。
「早くない?残党魔族に魔王の敗北を言わなくちゃ」
アンジェリカが冷静に場を収める。
そして4人は笑い合う。あとは魔族・魔物の残党達にリーダーの敗北を知らせ、掃討の対象となるか、逃走するかの2つから選択させればいい。
これで全てが終わった。ーーそのはずだった。
「ーー『不治の斬撃』」
「え?」
「ーー!!危ない!!」
ジュンを、サクラが突き飛ばす。
何事かと思ってジュンが顔を上げるとーー
ーー目の前で桜の左腕が斬り飛ばされていた。
サクラの腕があった場所から鮮血が噴き出した。その勢いは止まることを知らず、今にもサクラを死なせようと血を吐き出し続ける。
「ーーーはは、やっちゃった」
そう苦笑いし、サクラは地に倒れた。彼女の意識は直ぐに途切れ、遥か彼方に無くなっていく。
彼女の腕を斬り飛ばした者は、そうーー
「ーーー!!エバム!!」
向こうから、もはや原型を留めていないエバムが出て来た。彼は絶え絶えの息で、こう叫んだ。
「ああ、サクラ!!お前は、私の芸術の完成系だ!!
完璧な肉体!!完璧な性格!!そしてそんな表からは想像できない『底知れぬ殺意』!!素晴らしい!!そしてその『完璧』に私は最大の傷を付けた!!その傷は、生涯を終えるまで治らない!!つまり私は、『完璧』を完璧でなくした!!私が生きた証は、お前が生きている限り続いていく!!!……ああ、美ーー」
エバムの首が、ラストによって落とされた。ラストは鬼のような形相でエバムの頭を蹴り上げ、その頭を掴み、地面に叩き付ける体制になる。
そんな状況でも、エバムの片目は残りアンジェリカとジュンに心配されているサクラにしか向いていなかった。彼の顔は火照り、美しいものを見ているよう。
そしてーーーー
「ああ、美しーーーーーーー」
硬い音。強い衝撃。
《卑劣な魔王》『リシュ・エバム』の命が、400年前に魔王城で潰えたことが、歴史書には記されている。
*************************
ーーサクラの特権、『不老不衰』。
この能力には、二つの効果がある。
一つ目は、『不衰』の部分ーー
『鍛えた能力の永久保持』。
そしてもう一つは、『不老』ーー
…『寿命で死ぬことができない』能力でもある。
※ ※ ※
やることもなく、ただただ家庭菜園を営みながら自分のナマクラを研ぐこと数100年。暇を持て余した老人はただ終わりの無い寿命を無駄に浪費することしかできなかった。
たまに散歩に出かけ、たまに狩りをし、たまに刀を振る。それに天気や体のコンディションは関係なく、ただ無駄を過ごす為だけにした愚行だ。
たまに強さを求めて指導を乞いにくる者もいたが、誰もが欲が見え見えだったり、強さを求める理由が危険だったりと適任は誰一人いなかった。
どうしても聞き分けのない人物とは剣を交え、徹底的に打ちのめしてから帰していた。
彼らが憧れるのは《黒百合》であって『岡咲 桜』では無い。自分でも何故この強さを手に入れたかは理解していないが、もし力を返して平和だった時代に戻れるのなら、喜んで力を返上する。
だが世界は、【神】とやらはそうさせなかった。
若くしながらも父の跡を継ぎ、道場を営む女剣道家にはさせてくれなかった。『活人剣』として生きることを許してくれなかった。寿命で真っ当な死を迎えることすら許さず、いつまでも生殺与奪の権を弄ばれた。
死にたい。
そう思ったことなど、数100年間で何回あったか。
数えきれない。昔は数えて紙に書いていたが、その紙も物としての寿命を迎えてすっかり風化してしまった。
自分もそんなふうに塵となって消えれたら、どれほど楽だろうか。よくそう考えた。考えてしまった。
傲慢な女め、苦しんで死んでしまえ。
年を重ねる度に、自己嫌悪は強くなった。もう自殺しようと、さまざまな自殺方法を試した。
家にあったロープでの首吊り自殺、
草から調合できる毒の服用による自殺、
洗面所に水を溜めてそこに顔を入れる入水自殺、
最後に、ナイフで自身の腹と首を斬る自殺。
試した。全て試した。死ねると思い、願った。
ーーだが、不老不衰の効果というよりは弊害は、どこまでもサクラを殺さなかった。死なせてくれなかった。
ロープでの首吊りは、全く窒息しなかった。ただ首を圧迫されただけで、首の骨が折れることも呼吸器官が潰れることもなく、ロープが千切れて終わった。
それ以降は不老不衰がロープによる圧迫に耐性をつけてしまい、サクラは2度と首吊り自殺できなかった。
服毒自殺は、一口であの世行きのものはなく、どれも連続して服用しなければいけないものばかりだった。その為何度も何度も飲んだが、この体は耐性をつけていく仕組み上、すぐに効かなくなった。ただ甘かった。
自棄になって全て調合した劇薬を飲んだりもしたが、『毒耐性』を身につけて終わっただけだった。
入水自殺は、サクラが溺死するよりも洗面台から水が溢れ出すほうが早かった。彼女は息をするだけで肺活量が鍛えられる体質上、溺死はほぼ不可能だった。
その結果、洗面台が壊れた音で正気に戻り、彼女の頬には洗面台の水とは違う水の線が引いただけで終わる。
刺突による自殺は、もっと酷かった。
刃を立てた瞬間、刃が粉々に砕けた。この時点で、サクラの腹筋と首の力はナイフの硬さを超えていたのだ。自棄になって何度も何度も刃を突き刺すも、刃が砕けていくだけで、気づいた時には周りに鉄の破片が散らばっているだけだった。
手に握られていたナイフの柄を見て溢れてきたのは空っぽの虚無感だけ。この頃からは涙すら出なかった。
400年間のサクラの心を埋めたのは『無』だった。
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サクラ・オカザキ 420歳 女性 異世界人
主能力…不老不衰(特権)
殲滅者
スキル…無し
耐性…魔力干渉能力無効(魔力0のため)
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