−−話 やり直せない過去
皆さん、大変お待たせしました。
全編リメイク完了したことを、この場でお知らせさせて下さい。この一ヶ月近くリメイクをし、ようやく完成させることができました!
それではご覧下さい!リメイク版第一話プロローグです!
ーーーーやばい。
人の体内を循環している血液は、そのうちの約半分といわれる1.5リットルを失うと失血死すると言われていることは、小学生の頃からとうに知っていた。
そして同時に思っていた。そんなことはこの平和な日本では特に関係ないことだと。医者にでもなるのなら必要な知識だが、自分はそうするつもりは毛頭無かったし、普通に親の仕事を引き継ぐつもりだった。
そんな驕りを、生まれ落ちた時から十数年生きてきただけの俺は、心の底から後悔する。
今までの人生で苦労を知らない俺は、生まれてから初めて焦りを覚えていた。
何故なら、俺の手は血だらけになっており、目の前には俺の弟ーー◾️◾️が苦しそうに、しかし笑顔でこちらを見据え、俺の右手を絶対に離さないからである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
俺は、所謂『天才』と呼ばれるものだったらしい。
自分を客観的に見るのはあまりにも恥ずかしいので嫌なのだが、俺のことをまとめる。
成人して2年になるが、仕事では大体何をしても完璧にこなせるし、クソ両親に似て身長も高く顔も美形だと思っている。
そのスペックに一切胡座をかいたことは無いし、その結果、1人を除いた親族からは『神の児』と、その他の周りからは『神に愛された子』周りからはと持て囃されてチヤホヤされ、媚びまで売られる始末だった。
自分で言うのも何だがなんだかんだ苦労を知らない俺なのだが、俺には親曰く一つの欠点があるらしい。
それは親曰く「出来損ない」の弟を持っていること…らしいが、俺自身は全くそんな風にに思ったことも無いし、ましてや要らない人間などと思ってない。
無論俺は、10歳以上も年が離れているとはいえ弟が大好きだし、1人の大切な家族として見ていた。
しかし俺の両親はそうではなかった。弟は若いながらも既に完全な劣化品扱いされていた。
何をしても昔の俺に負け、顔の綺麗さも俺と大して変わらないらしい。
俺と◾️◾️の親にとって、弟は「要らない」のだ。
だが俺はそんな親の戯言など気にしていなかったし、弟には「アイツらは立場やプライドだけある口だけのバカだから気にするな」とだけ言っておいた。
どうせ口だけの脅しで気弱な弟を脅せると思い込んでいる、親の風上にも置けない愚親。
それが俺とコイツーー◾️◾️の父親と母親だ。
ーーーそう、舐めていた。
俺は理解していなかった。アイツらの悪辣さを。
今日、俺のクソ親の片割れーー父は珍しく、◾️◾️のことも買い物に誘った。いつもは弟が話しかけても無視するくせに、いきなり誘い出したのだ。
そんな父を訝しむ俺だったが、もしかしたら父の考えにほんの少しの変化でもあったのかも、という有りもしない幻想を抱き、同じく着いてくると言った母と共に、多分生まれて初めて家族四人で出かけた。
…それが、最大の過ちだったとは微塵も知らずに。
出かけた先は大型ショッピングモール。今日は珍しく奮発する予定だったらしく、身長と顔だけは無駄に良い俺の親2人は隣に並び、俺は◾️◾️の手を握って歩き出す。
昼までは全く問題無く、それにより俺の、いつもは無視するクセにいきなり◾️◾️までも誘った両親への疑念もいつの間にか晴れており、ただ純粋に弟との時間を楽しんでいた。
そして、悲劇は起きた。
ちょくちょくナンパしようとして来る哀れな女どもを柔らかく凌ぎ、酒を買いに行った親2人を待つ間、弟と共にショッピングモールの花屋の花を眺めていた。
『怖い花言葉フェア』らしく、店先には、黄色いスイセン、アイビー、黒薔薇、イカリソウ、そしてツルニチニチソウが並んでおり、それらはよく目を引く。
確か黒薔薇は自然界には無かったはずだが…。変わったラインナップだな、と思いながら呑気に見ていた。
ーーーすると、向こうから複数人の悲鳴と共に、黒フードを被った無精髭の中年が猛スピードで迫り、その手には銀色にギラつく鋭いものーー何らかの刃物が握られていた。
…いわゆる通り魔である。
俺は、その通り魔の狙いは俺だと思っていた。
その中年はどちらかというとブサイク側の人間であり、姿も貧相なものだった。ネットなどで言う、いわゆる『社会的弱者』であろう。
もう嫌になった世界で、せめて誰か1人でも道連れにしてやろうと。そのような思いだったに違いない。
俺はその突進を避ける構えになり、いつ突撃して来ようと避けられる体制を取る。弟を斜め後ろに退かし、俺以外がターゲットにならないようにして。
「どけ!!殺すぞ!!!!」
通り魔が叫ぶ。俺は避ける構えをやめない。
来い、お前程度の突進、俺には当たらねえよ。
そしてその通り魔は俺にその鋭い刃先を刺すーー
ーーと見せかけて、俺が相手の突進を避ける前に、俺の斜め後ろにいた弟に一直線に向かって行った。
(ーーーーーーえ?)
そしてーーー
「…………………が」
弟のーー◾️◾️のか細い胸元に鋭い刃先が奥深く突き刺さり、弟は大きくのけ反ってその場に倒される。
「……ッ!!何してんだこのイカれ野郎が!!」
俺はもはや何を言いたいか分からない言葉を吐きながら弟に馬乗りになる通り魔を殴り飛ばし、吹っ飛ばされた通り魔は踵を返して情け無い走り方で逃げて行った。
ーーー瞬間、響き渡る悲鳴。
弟の周りにいた奴らは散っていき、逆に俺はその人の波をかき分けながら仰向けに倒れ伏す弟の下へと駆け寄った。
「◾️◾️!!おい、◾️◾️!!返事しろ!!!」
俺が◾️◾️の頬を叩いて状態を確認し、見やる。
ーーー胸を非常に深く刺されたらしく、真っ赤な血の流れ出す量は時間に比例して増していくだけでなく、胸の包丁が抜け落ちた時には凄まじい量の鮮血が噴き出し、俺はその血のシャワーを直に浴びることになる。
さらに混沌と化すこの場。だが俺は自分に冷静になるように言い聞かせて、20年ほどの一生で一番暴れ狂っている心臓の鼓動を抑制し、止血に取り掛かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーそうして、かれこれ数分。
だが今の俺には、その数分が限りなく長く感じる。
どれだけ圧迫して止血に尽くしても、弟の胸に深く突き刺さった刺し傷が塞がることはなく、今も命の液体たる血を半永久にドクドクと吐き出し続ける。
頼むから止まってくれ。それ以上弟の体から出ないでくれ。そうしないと、弟はタダじゃ済まない。
もしかしたら、死ぬかもーーー、
ーーーーいや、死ぬかもじゃない。死ぬのだ。
この俺達の周りを囲む野次馬共の中に救急車を呼んでくれた人がいることを祈りつつ止血を続けるが、その効果はあまり見受けられない。
中学・高校時代に保健体育の授業で学んだ止血方法としては間違っていないし、そのやり方は俺の記憶力ならば完全に覚えられているはずだ。
だが、どんなものにも限界はある。
死ぬほどの傷を受けた時、人は、周りからどのような処置を受けようと、死ぬ時は死ぬのだ。
それが今、俺の弟にーー◾️◾️に起きている。
「……兄ちゃん」
◾️◾️が呼ぶ。
か細い掠れた声を発するその口の端からは真紅の液体がとめどなく溢れ、それは今もなお俺が左手の布で押さえている弟の腹からこれでもかと溢れ出している液体と同じである。
あの時、過去の俺が通り魔の魔の手からコイツを守れたなら、どれほど良かっただろうか。
そんな有りもしない幻想を抱きながら、傷口をなんとか止血しようと躍起になる。
やめろ、呼ばないでくれ。
俺は弱い。お前一人も助けられない愚か者なんだ。見捨ててくれ。「お前なんて兄じゃない」と罵ってくれ。恨んでくれ。憎んでくれ。嘆かないでくれ。そうすれば諦められる。俺にもう希望を見せるな。やめろーー
「…僕ね、嬉しいんだ。兄ちゃんが今まで支えてきてくれた僕の人生分の恩返しを、やっと果たせたから」
そんなことを言う弟の手を、俺は握ることしかできない。◾️◾️が激しく咳き込み、それにより血反吐をその場にぶち撒けるも、俺にできることは腹の止血ぐらいだ。
俺は己の力不足を呪った。
何も手を差し伸べない周りの汚い大人を憎んだ。
弟を殺そうとする世界を心の底から嫌悪した。
俺はボヤける視界と震えて力の篭らない手を何とか持ち堪えさせ、今まで滅多に出してこなかった本気を目の前の弟にぶつけている。
やめろ。寝るな。起きろ、◾️◾️。
もしお前が寝たら、俺はお前の顔を二度とーー
「……僕って弱くて、頭も兄ちゃんより悪くて…見た目も兄ちゃんみたいにキリッとしてないし、おまけに性格も弱虫で泣き虫だから…兄ちゃんには迷惑かけたよね」
◾️◾️がそう、自嘲気味に呟くのを耳にした。
その時、自分でも無意識に、反射的に弟に怒鳴った。こんなことは初めてなのに。今はそれどころじゃないのに。…俺は愚かにも、最愛の弟に怒鳴っていた。
「……!!ッッ馬ッ鹿野郎が!!!!俺だってお前に助けられてた!!外面しか見ねえ外部のクズどもやあのゴミ親とは違って、お前だけは俺の本質だけを見てくれてただろ!!…それに俺がどれだけ救われたか知らねえクセに、バカな自己評価付けてんじゃねぇ!!!!」
本心と怒りをぶち撒ける。その怒鳴り声はもはや八つ当たりの域を超えた蛮行に過ぎず、俺の周りでこちらにスマホを向けている大人達がザワザワする。
ハッとして弟を見ると、弟は素っ頓狂な顔で驚いた表情を浮かべていた。なんで怒られたかを理解していなかったらしく、それは弟の自己評価が著しく低いことを意味していた。
ーーそして、弟の目から一滴の雫が姿を覗かせ、それは無数の水滴となって弟の頬を伝って流れ始めた。弟の手から力が抜けそうになり、俺はそれを逃さないように、今も腹に布を当てて止血している左手ではなく、空いている血だらけの右手で強く握る。
すると向こうの手からも力が少し戻り、まだ生きていることへの安堵と弟の命が長くないことを悟ったことに対する絶望が同時に押し寄せる。
それによって俺の中の自己嫌悪は加速し、もはや取り返しのつかないレベルにまで達した。
「…ごめんなさい…ごめん兄ちゃん…何回でも謝るし何でも言うこと聞くから…嫌いに、ならないでぇ……」
そんなふざけたことを抜かした弟に再度怒鳴りかけるも、俺はそれを限界ギリギリで収め、「大丈夫だ、もう少しで助けが来る。それまでの辛抱だ」と、なんとか優しく声をかけることができた。
そして不安がる◾️◾️の為に。なんとかして希望を見せてやろうと、弟の止血状態を確認する。
ーーいや、本当に希望が欲しかったのは俺なのかもしれない。そんな私情で、俺は弟の死期を早めた。
ーー布を上げた直後、一際多い鮮血がベッタリと俺の頬に噴き出してきた。急いで押さえて元に戻すも、後悔先に立たず。もう止血は意味をなさないだろう。
「…僕、死んじゃうのかな」
そんなことを抜かしやがった弟に反射的に「馬鹿野郎!本当は死にたくないんだろ!?なら黙ってろ!」と言おうとした。しかし、口が震えて言えなかった。
否、口だけじゃなく、俺の手足などを含めた身体中が震え始め、今にも死にそうな子鹿みたいになる。そんな情けない姿を見た周りの大人どもの中にはクスクスと笑っている者もいた。
いや、違う。これは『笑っている』のではない。
一人の人間が死ぬサマを『嗤っている』のだ。
「……おいお前ら。何がおかしい?笑っているなら、その鉄の板向けてる暇があるならば…さっさとAEDやら医者やら何でもいいからやれやクズ共が!!!!」
もはや日本語も無茶苦茶になり、俺は醜く叫ぶと、周りの大人どもは卑怯にも顔を逸らし黙り込む。
その一方で血を垂れ流している◾️◾️の体温はどんどん冷えていき、もう話すのも限界らしく、もはや何も喋らなくなってしまった。
それでも、手だけは何があっても離そうとしない。
俺としても、この手は絶対に離したくない。
あぁああぁあ。俺から奪うな。
これが俺のギフテッド含めた力や知能の代償なら、今すぐにでも喜んで返す。どれだけ周りから笑われようと、どのように虚仮下ろされようと構わない。
だから、俺から◾️◾️を奪わないでくれ。
もし喪ったらーー俺はもう生きていく意味が無い。
お願いします神さま。
奪わないでくれ。今まで与えてくれたものも全部返すし、これからはなにも与えなくていい。だからやめてくれ、俺から弟まで奪わないでくれ。
「…まだ、迷惑かけるのかな、僕」
弟が何か呟いた。しかしあまりにもいきなりのことだったので何を言ったのかは聞き取れなかった。
何を、と思い、顔を上げると、弟がこちらを目線の高さで見ていた。そして俺の弟は最期の力を振り絞って体を起こし、抱きついて俺の耳元で弱々しく呟く。
「に いち ゃん」
耳元で拙く言われる。
だが、それに反応できなかった。
「だ い す 」
その一言が言い終わる前に、弟の体から一気に力が抜けたから。静かに、かつ冷たくなっていく弟の体をボーッと抱き抱えていた俺だったが、すぐさまその小さい体を自分から話し、状態を確認する。
声をかける。
反応はない。
その場に寝かしつけて呼吸を確認する。
呼吸をしていない。心の臓の鼓動すら聞こえない。
弟の頬を軽く叩いてみる。
反応の一つも無い。
動く気配どころか震えることすらもまるで無い。
俺は最後の希望を求めて、そんな有りもしない救済に縋るような気持ちで、◾️◾️の手を握る。
その手が、握り返されることは無かった。
俺の掌から、既に冷たくなった◾️◾️の手が滑り落ちるように抜け、コンクリの地面に形成された血溜まりの中に、びちゃ、と音を立てて落ちる。
そこで跳ねた赤色の液体の色と音、鉄臭い匂い、冷たくなった弟の肌の感触、そして何より直感で、俺は今この場で起きたことを嫌でも理解させられる。
弟は。葛城◾️◾️は、死んだのだと。
死因は腹部を刺されたことによる失血死。
それ以外ない。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
たった今事切れた血だらけの屍の隣で、俺は同じように弟の血で塗れながら、俺の膝から力が抜ける。
俺の顔がどうなっているか分からないが、多分クソ親譲りの美形がとても酷い顔になってるだろう。そんな俺とは対照的に、事切れた弟は小さく微笑んでいる。
騒ぎを聞きつけたのか、クソ親×2とコイツらが呼んで来たのであろうか、何人かの救護班が到着した。よく聞くと、遠くにサイレンの音が聞こえる。いつの間にか通報していたらしい。
「遥人!!これは一体ーー!?」
「遥人ちゃん!?なんで…◾️◾️が血塗れにーー」
「……見りゃあ分かるだろ!!殺されたんだよ!!」
そんな素っ頓狂な答えしか返せない愚かな両親を心の底から軽蔑しながら、俺は今起きたことを端的に、しかし必要な情報だけを吐き捨てた。
俺の声はもはや澄ました声すら出せず、涙声になりながらの声だった。
すると、父は珍しく驚いたように、母は口に手を当てて、まるでショッキングだったかのように反応してきた。てっきり既に愛情が尽きていたと思っていたので、この反応はかなり予想外だった。
ーーだが何だろうか。この明らかな違和感はーー?
「え……」
「そんな…!?」
そんなことを言う両親の後ろから、担架やらAEDやらを持ってきた救護班が両親や俺を退けて、◾️◾️の手首の脈を確認する。次に呼吸、そして心臓の音を。
だが無駄だ。◾️◾️が死んだことは、俺が一番分かっている。なぜなら、目の前どころか腕の中で、弟は果てたのだから。
そして、救護班のリーダーらしきおっさんが俺や両親に「…大変申し上げにくいのですが、お子さんは既に亡くなられています。死因は失血死でしょう」とだけ言い、それを受けた母はその場で泣き崩れる。
それに父が寄り添い、そんな悲惨な状況を目の当たりにした、先程からスマホで撮影を続けていた周りの大人達は流石に居心地が悪くなったのか、そそくさとその場を後にしようとする。
しかし中にはうっかり逃げ遅れ、遅れてきた警察官に事情聴取を受けていた。
それは俺も同じことで、俺には若い婦警が付いた。そして、「色々聞きたいことがあるから、少しお話聞かせてもらっていいかな?」と言われた。
もちろんだ。弟を刺した、あの犯人の顔は親譲りの知能にさらにプラスアルファされた脳がバッチリと記憶している。ギフテッドの『完全記憶』を舐めないで貰いたい。
あの犯人を捕まえられるのなら、何でもする。
それこそ、人殺しだって。
何でもやってやる。
たとえ、この手を他人の血で汚そうともーー無念半ばでこの世を去った弟の仇を討てるのなら。
俺はそれでーーーーー
そしてその婦警に着いて行く。両親は心配していたのだが、ふと母のえずく声が止まる。不思議に思って少し耳を澄ましてそちらを見やるとーーー
ーーー笑っていた。微笑だが2人とも、笑う。
(ーーー?息子が死んだんだぞ?何を笑ってーーー)
そして俺はーーー
「ーーーーやっと死んだか」
「これで家族3人で仲良く暮らせるわね♪」
2人がそう吐き捨てたのを、聞き逃さなかった。
聞こえないつもりだったのか?自惚れるなよ。
だが、それは効果覿面だった。
ーー俺の何もかもが、壊れるのには。
それはもう、十分過ぎるほどに。
「………………………………ぁ?」
まず、良心が粉々に砕け散った。
優しく俺の腕に手を添えていた婦警を、肉体的なギフテッドの恩恵により平均的な若い男性より遥かにパワーのある腕を振り払うことで思いっきり振り飛ばし、いきなりの攻撃を受けた婦警は地べたを転がって行く。
だがそんな婦警や驚く周りの人間を無視し、俺はまだ現場にあった、弟を刺した犯人が持っていた包丁を手に取る。
少し高めの、魚を捌く用の包丁だ。普通のものと比べてかなり細長く、殺傷能力は十分過ぎるほどある。
ーー◾️◾️はこれで、腹を深く刺され、死んだ。
それが、どれほど苦しかったのだろうか。
俺には分からない。
ーー痛みが、当人以外に理解できる訳が無いのだ。
「 ぁあ あああぁ あぁぁぁあ ぁああ」
次に、罪悪感が砕け散った。
先程ぶっ飛ばした婦警が驚いた表情でこちらを止めているものの、今の俺には特に何も感じない。いきなり人に暴力行為をすることなど、俺の中ではあり得なかったのに。そんなことバカのすることだと思っていたのに。
ーーー本当に、罪悪感の一欠片も、感じないのだ。
周りからは「何をしているんだ!?危ないんだから包丁を離しなさい!」と警告を受けているのだが、それに血だらけの包丁の刃先を向けるとすぐ黙った。
そして静かになった周り及び真っ直ぐ歩ける距離にいた両親ーー否、『この世で最も嫌いな奴』はすっとぼけたまま、
「おい遥人!何をしているんだ、やめなさい!お前には私から受け継いだ仕事や親戚の面子もかかっているんだぞ!それにお前は私達葛城家の発展をーー」
「そうなの!やめて遥人ちゃん!◾️◾️のことは残念だったけど、死んだ人間は戻らないの!後悔しても戻ってくることは無いのよ!だからあなたももう諦めてーー」
などと、世迷言を何の恥じらいも無くほざいた。
知らねえよ。本来は豆腐のように簡単に崩れる俺の心から全てを奪ったのは、お前らもなんだろうが。
ーー父と母は。いや、クズ2人は。
どう考えても、◾️◾️を殺したあの犯人と繋がりがある。いや、もしかしたら何らかの依頼なり何なりで人殺しができる社会的弱者を雇い、それを決行したのだろう。
そうすれば、今日の朝の、父や母の不自然な態度にも説明がつく。己は手を下さず、社会的弱者を利用して殺させるとは。
いやいや、見くびっていたよ。
そして、分かったよ。よーく理解できた。
ーーお前らが世界最悪のクズだったってことが。
「ーーおい!ーート!聞いているのかーー」
「ーートちゃん!?やめてーー何をするの!?」
声が遠くなる。
もはや断片的にしか何を言っているか分からない。
だが、どうでもいい。
低知能の戯言など、もう聞き飽きたんだよ。
あぁあああぁあぁあ。
ぁああぁああああぁああああぁあぁぁあ
ーーーもう。何もかも。
いっそ、なにもかも全部壊れてしまえばいいのに。
その心の底からの『本音』で、俺の心は。感情は。
恩愛は割愛は敬愛は慈愛は純愛は情愛は信愛は溺愛は博愛は汎愛は性愛は聖愛は相愛は泥愛は感愛は禁愛は近愛は偏愛は善愛は憤怒も嫉妬も強欲も怠惰も暴食も色欲も傲慢も憂鬱も何もかも。
ぜんぶ、ぜんぶ、ぜーーんぶ、ぜーーーんぶ。
跡形も無く、ぶっ壊れた。
「あ"あああ"ああああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああああああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああああああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああああ"ああああ"ああ"ああああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああ"ああああああ"ああああ"ああ"ああああああああ"ああ"ああ"ああ"ああああ"ああああ"ああ"ああああ」
ただ研ぎ澄まされた『殺意』で、手に握られた包丁を俺のクズ親2人に振り下ろす。
それがどうなったかは俺には分からない。もしかしたら突き刺さったのかも知れないし、当たる前に取り押さえられたのかも知れない。
だが、一つ確実なことがある。
ーーーその時に、この俺、『葛城 遥人』は、ある意味一つの解釈においての『死』を迎えた。
それが何かは俺にもよく分からない。
というよりは、覚えていない。
だが、何かが確実に、俺の中で、『死んだ』。
『異世界』での、新たな生を与えられても。
それが満たされ、戻ることは二度と無いだろう。
【ーー召喚術を受諾しました。能力開発を開始します。対象者:『葛城 遥人』の《勇者の素質》を確認ーー適合しました。対象者は《勇者》として覚醒する条件を満たしています。勇者覚醒特権として、【神】から能力を受け取りました】
【ーー特権:『一日一贈』を獲得しました。続けて、特権『瞬間学習』『無限成長』を獲得しました】
【ーー【神】より更なる能力獲得要求ーー成功しました。特権『感染象』『大統領権』『無償提供』を獲得しました】
【ーー更なる能力獲得を要求ーー成功。特権『三頭獣』『無災無疫』『超即回復』を獲得しました】
【ーー更なる能力獲得を要求ーー成功。特権『無恐空間』『希絞殺』『魂暗殺者』を獲得しました】
【ーー最後の能力獲得要求ーー成功。特権『永久死別』『森羅断裂』を獲得しました。また、対象者が武器を所持した際に『絶命正義』を武器が獲得します】
▽▲▽▲▽▲▽▲
「ーー召喚成功です。能力鑑定を」
ーー刺さった感覚が無い。
その感覚に絶望した俺は包丁を手放し、その包丁は地面にカランと音を立てて石造りの地面に落ちる。
目を開けると、そこは見知らぬ空間だった。
俺の周りには複数人が集まっており、俺を中心とした場所に、大きな魔法陣が地面に描かれている。
そこには黒ローブを羽織った不審な男女が絶え絶えの息を整えながらこちらに平伏しており、そのうちの1人である若い女から、まるで神か何かを見るような瞳を向けられる。
「……ゲホッ…勇者様…?あなたは…勇者様なの?」
は?ユーシャ…勇者?愛していた肉親である弟すら救えなかった俺がか?……へっ、笑えない冗談だな。
そんな嘲笑を自分とその女に向けるも、その女の大きい水色の瞳の輝きを見て、それが冗談でもなんでもない本心からの願いだということを思い知る。
そんな女の顔を訝しんでいると、先程「鑑定」と言って淡々と去って行ったはずの女がすっ飛んできて、俺はその場に押し倒された。
何事かと思っていると、俺を押し倒した女がこちらを眺めており、と思っていたら俺から離れて周りの人間諸共土下座し始めて、俺に平伏し出した。
「……ようこそこの世界にお越し下さいました、新世代の勇者様。私たちはこの国、『人亜天霊共和国デザイア』の最高戦力となる《勇者》をお呼びする為に、これまであなた達『異世界人』を呼び出し続けておりました。ーーそれも全て、あなた様と出逢う為に」
「………………はぁ?」
「この世界には『魔王』と呼ばれる、我らが人間はおろか魔族と魔物を除いた全ての種族の敵の王がおり、それらは虎視眈々と世界征服の機会を伺っております」
「勇者だか魔王だか知んねぇけど、それが何だよ?」
「申し訳ありません、お名前をお聞きしても…?」
ダメだ、話が一方的すぎてまるで話が成立しない。
俺は半ば諦めて、自分の名前を伝えると、その女だけでなく周りの黒ローブを被った人達が俺を崇め奉るかのように再度平伏し、さらにはその女ですら平伏する。
「ーーハルト・カツラギ様。貴方様のお力は大変素晴らしいものです。そのお力を我がデザイアの為にーーいや、全種族及び世界そのものを脅かしかねない魔王を討つ為に、どうかお力をお貸しください!!」
「「「「「お願いします!!」」」」」
▽▲▽▲▽▲▽▲
ーーそんな感じで、俺は《勇者》とやらになった。
それを了承するとその女はとても喜び、俺をこの国の上層部に会わせるとのことで、アホみたいにデカい大宮殿の中を案内される。
そして上層部ーージジババばっかりだったが。に会った。まあ、最初こそいきなりの来訪に邪険に扱われたが、俺が『特権』とやらを10個以上持っていることを知ると、唐突に一斉に平伏して謝ってきた。
ちなみに『特権』って言うのは、この異世界特有の超次元能力「スキル」の強化版らしく、基本的にそれを持っているのは異世界からの召喚者らしい。それを俺は10個以上持っているらしく、だからあの過剰評価だったらしい。
そんなことはどうでも良かったので、その特権とらやのうちにあった『感染象』と『大統領』を使用して擬似洗脳し、とりあえず俺の衣食住だけは保証して貰った。
外を散策していて分かったことだが、この国には俺以外にも『異世界人』がいるらしく、機械などの方面以外は、所謂『異世界』にしては発展していた。俺は異世界人の仲間を探す為に、街を散策する。
だが先程発動した『感染象』のせいか分からないが、こっちの世界の住民ーー特に女が異常なまでに寄ってきて、媚びてくるのだ。しかもオバハンとか以外の、無駄に乳のデカい美人寄りな女ばかり。男でも俺が歩くだけでもヨイショする奴らばかりで、正直心底気持ち悪い。肉の傀儡と何の違いもないからだ。
多分、俺は『異世界チート』世界に放り込まれた。
だが、そんなことはどうでもいい。
アイツを喪った俺が生きる意味など無いのだから。
ただ、傀儡のように、俺はデザイアの思い通りに物事を進めて、同じ異世界からの召喚者という仲間を得て、腑抜けた魔王を殺した。
その魔王の名は、『デリエブ・シクサル』。
魔王とは名ばかりの平和主義者で、腑抜けだった。
実力はかなりのもので仲間は苦戦気味だったが、そんなこと俺には通用しなかったし、回復すら使用せず倒せるぐらいには楽勝だった。
一応仲間達が苦戦していた様子から、今まで戦った相手では一番強かったのだろうが、俺からしたらどれも同じだ。
そして魔王を殺したことが、俺の死んだも同然の異世界生活を根本から覆すとんでもなく大きなターニングポイントになるとは、この時は思いもしなかった。
*************************
・『一日一贈』…一日一回のみ全回復が可能。
・『瞬間学習』…一度食らった致死級の一撃に対する耐性を身につける。
・『無限成長』…強化の限界値撤廃。
・『感染象』…信念を持たない者や攻撃を受けていない者から、異常なまでの好意を向けられる。
・『大統領』…発言に絶対的な権力を持つ。
・『無償提供』…周りから魔力を強制的に奪える。
・『無災無疫』…状態異常の無効化。
・『三頭獣』…2回までなら死なない。
・『超即回復』…どれほどの傷だろうと一瞬で回復させられる。
・『無恐空間』…5メートル程度の瞬間移動と自身周辺の時空を歪ませての攻撃回避。
・『希絞殺』…相手と目を合わせて相手を拘束する。
・『魂暗殺者』…生物の『魂』を知覚し、直接攻撃できる。防御効果無効でもある。
・『永久死別』…回復能力が機能しなくなる。ハルトから近ければ近いほど回復機能が弱る。
・『森羅断裂』…本来斬れないものも斬れる。
・『絶命正義』…辺り一体にある魔力を吸収し、己の力として使える。また、吸い取る量は調整でき、精霊は吸われすぎると消滅する。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
これからのお話ですが、リメイク版を出していくに連れてリメイクを出し終えた元の話は消していきます。
今しか読めない作品も一部あるので、どうかご愛読いただけるとありがたいです!