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星夜の願いは泉の中に  作者: そーいち
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華々しい高校生活なんてものは実際には存在しない。いや、存在していても俺とは全くの無縁のものである。そもそも多くが想像するような高校生活はドラマや小説の中のフィクションに過ぎないのだ。誰もが羨む学年のマドンナも、大病に侵された儚げな少女も、俺のことを大好きな幼なじみも、誰も存在などしていない。すべてはおとぎ話に過ぎないのだ。だが、諦めるにはまだ早い。高校生活というのはそれだけで価値がある。誰もが青春の一ページに今を刻んで生きている。そう友達作りに絶賛苦戦中の僕だとしても。


 すべてを無難にやり過ごしていたはずだ、なのに……。入学式からわずかに十日、すでにクラス内にはヒエラルキーが存在しており、いくつかのグループが出来上がっていた。クラスの上位集団は群れることを自然と好むのだ。それを自らのステータスとするかのように。


 一人でいることは嫌いじゃない。どちらかと言えば、多くの人に囲まれることの方が苦手だ。誰かに合わせて、息を殺して会話のタイミングを伺う、そんな関係を俺は求めたりしない。


 一人でいたっていいじゃないか。誰かに迷惑をかけているわけじゃない。だが世の中にはそれを良しとしない人間もいるらしい。


「ねえ霧宮くんだっけ?部活どうするか決めた?」


 誰にでも声をかけてくるこいつは今池菜恵、俺みたいな一人でいるやつにも声をかけるお人よしだ。いや、クラスの輪を乱しかねない異分子を監視下に置きたいだけかもしれないが。


「いや、特には。やりたいこともないし」


 ありきたりな回答をできるだけ愛想よく答える。


「そっか、一緒だね。私もまだ決めてないんだ。どっか一緒に見に行かない」


 予想外の誘いに顔を見上げ答える。


「まあ、別にいいけど」


 一見誰とも仲良く見えるが、どのグループにも属さず適度に仲良く、それが今池のスタイルらしい。だから同じく一人の俺を誘った。そうかこいつも俺と一緒なんだ。思ったより悪い奴ではないのかもしれない。


 そんなことを考えているうちに始業のチャイムは鳴り始めていた。


 勉強は嫌いじゃない。中学時代だって成績はいい方だった。勉強をしている間は他者を寄せ付けない自分の時間だ。だから自然と成績自体は良かった。


 だが授業は別だ。先生の言葉はまるで呪文であるかのように俺を眠りへと誘う。これはもはや呪いだ。そのくせ寝ているときに限って目を付けられる。どうやら先生は千里眼まで使えるらしい。だから授業は嫌いだ。とは言っても、それに抗う術は持ち合わせていないので、そっと目を閉じることにした。


 そんなこんなで今日も一日を乗り越える。退屈な授業が終わった後の放課後はなんとも清々しいものだ。席に着いたまま、しばしその余韻に浸る。気づけば教室の騒めきも消え、辺りには数人の生徒が残っているだけだった。


 カバンに教科書を詰めこむ。もちろん自宅で勉強するためだ。学校において行くなど考えられない。授業を聞いていない分自宅での勉強には余念がないのだ。席を立ち教室を出ると知った顔の女が立っていた。


「遅い。何してたの」


 少し怒り気味に今池は問いかけてきた。


「えっ」


 思わず拍子抜けした声が漏れる。


「えっじゃないでしょ。部活見に行くって言ったじゃん」


「まさか今日だとは思わなかったんだ。これから行くのか?」


 本当は忘れていただなんて口が裂けても言えない。


「そうです。今日は天文部を見に行きます」


 なぜか自信満々に彼女は答える。まあ段取りが決まっているなら着いていくだけだ。


「そうか、任せる」


 彼女とともに足早に教室を後にした。


 ここ干町高校は、地域最大の高校で全校生徒は千人を数える。当然部活数も多く、体育系、文科系問わず盛んに行われている。活発な文科系の部活は干町高校の魅力の一つになっているらしい。しかし天文部か、聞いたことないけどな。


 これといった会話もなく足を進める。どこまで行くんだ、本当にあっているのか不安になってくる。ついた先は地学準備室だった。入口に部員募集中の張り紙がある。どうやらここが天文部の活動場所のようだ。


「失礼します。部活見学に来ました、一年の今池です」


 丁寧に挨拶をし今池が部屋に入る。


「同じく霧宮です」


 遅れて部屋へと足を進める。中には一人の女生徒がいた。背はそこまで高くはないが細身で華奢な感じだ。背まで伸びた黒髪と背筋を伸ばした座り姿勢が育ちの良さを感じさせる。清楚な、いや気品があるといった表現が正しいだろうか。彼女を前にするとどんな悪人も自らの罪を悔い改めるような、そんな清廉さをも感じさせる。


「どうぞ中に入ってください」


 読んでいたであろう本を閉じ、こちらを向いて声をかけた。


「はやくしなさい」


 今池がせかすように声をかけてくる。今池はもう女生徒の前に座っていた。どうやら彼女に見とれていたらしい。目を奪われるというのはこういうことか。


 急いで中に入り、今池の隣に腰掛ける。


「初めまして、南条美渚です。よろしくお願いしますね」


「よろしくお願いします。私が今池菜恵で、こっちが霧宮……。えっと下の名前なんだっけ?」


「霧宮泉です。よろしくお願いします」


 こっちはって、てか名前覚えられてないのかよ。まあいいけど。


「今池さんに霧宮さんですね、お二人とも部活見学ということでよろしいのでしょうか?」


「はい、そうです。色々とお話聞けたらいいなと思ってます」


 今池が無駄に元気よく答える。


「では改めまして、ようこそ天文部へ」


 南条先輩がかしこまった挨拶をするので思わず背筋を伸ばしてしまう。


「ところで今池さんって、今池詩穂先輩の妹さんですか?」


「そうなんです。姉から天文部のことを聞きまして。絶対に入らなきゃって」


「入らなきゃって、どういう意味だ?そんなに興味あったのか」


 思わず会話に割って入ってしまった。


「えっと、その……」


 今池の言葉が詰まる。何か言いにくい事情でもあるのだろうか。


「今、部員が私一人なんです。去年まで先輩方がいらっしゃたのですが卒業されて」


 南条先輩が代わりに答える。しかし分からない、そんなことなら自分で言えばいいのに。


「実は、部員が三人集まらないと部活として認められないんです。今年部員が入らないと非公認の団体になってしまうんです。だから……」


 南条先輩が続けて答える。そこでようやく理解した。今池が言葉を詰まらせたわけ、俺を誘ったわけが。今池と俺二人入って部活として認められる。今池一人では意味がなかったのだ。だから、部活の決まっていない俺を誘った。そういうことだった。


「なんだ、じゃあ今池と俺二人入れば条件クリアですね」


「えっ良いの?無理やり連れてきちゃったのに」


「まあ、やりたいことがあるわけでもないし、何かしら部活に入っておくことは悪いことじゃないからな」


「じゃあ二人入部ってことで良いのかな?」


 南条先輩は少し嬉しそうに確認してくる。


「はい、よろしくお願いします」


 こうして俺の天文部としての活動が幕を開けた。


「ところで、天文部ってどんな活動するんです?」


 些細な疑問だが俺には大事なことだ。ハードスケジュールは好きじゃない。


「特に何も」


 南条先輩は微笑みながらそっと答える。


「えっ」


 予想外の言葉に思わぬ声が出る。どうやらそれは今池も同じらしい。やや困惑した顔で南条先輩を見つめていた。


「何もって、どういうことです?天体観測とかしないんですか?」


「前はしてたんだけどね。一人だったから、どこかに出向いてみたいな本格的なのはしてないかな」


 予想していたような答えが南条先輩から返ってくる。


「でも、二人が入ってくれるならもう少しちゃんと活動してもいいかな、なんて」


 少し含みを持たせたような回答を南条先輩は続けた。


「まあ、どちらにせよ活動内容は今後また考えていくということで」


 今池がいい感じの締めの言葉をひねり出す。


「そうね。いつもここにいるから放課後はぜひいらっしゃってね」


 優しい口調で語りかける彼女に申し訳ないが、特に活動がないというのなら俺は喜んで部活にはいかないだろう。しかし素直にそう言うわけにもいかない。


「はい、もちろん来たいです」


 心にもないことをそれっぽく伝えた。


「じゃあ今日は失礼します。とっても楽しかったです。また明日遊びに来ますね」


 今池が元気よく声を出す。おそらくこれは本心だろう。もし嘘だというのなら今すぐ女優にでも推薦したいくらいだ。


「うん。きょうはありがとね。またいつでも来てね」


 南条先輩の言葉を背に俺と今池は地学準備室を後にした。

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