生者の行進
巨大な霊園の端の方に、その立派な墓はあった。
墓の前で学ラン姿の少年が泣きながら、雑巾で懸命に墓を拭いている。
「何で……何で死んじゃったんだよ、シズクちゃん……!」
「仕方ないでしょ、急な事故だったし。それよりナオ……」
セーラー服を来た少女が、少し呆れ気味にナオをなだめている。
「……今日で三日目だけど? 他人の墓参りに人生捧ぐつもり?」
「俺さ……毎日ここに来るって、決めたんだ!」
「……?」
「人にはさ、二度目の死があるんだって。二度目は……皆に忘れられた時。でも俺だけは……絶対シズクちゃんの事、忘れないから!」
「ふふ……安っぽいセリフ。死ねばね、人は土に還るんだよ」
そう言って、シズクはナオ隣からゆっくりと歩いていき、墓石の横に腰掛ける。
「そう……思ってたんだけどな」
―――私は先週、事故で死んだ。つなぎで少しの間付き合っていたナオには、私が見えないようだった―――
掲題
『生者の行進』
「ご両親、今日も来てないのかい」
「私、連れ子だったからね。母さんはあの男にゾッコンで、私はジャマみたいだったし」
そう言って、シズクは御影石の墓石をポンポンと叩く。
「この立派なお墓はね……ロクな子育てをしなかった母さんの、醜いイイワケの塊」
「まぁいいや……シズクちゃん、今キレイにするからね!」
「………」
ナオは墓をピカピカにすると、額ににじむ汗をぬぐいながら、保冷バッグからミルクティーの紙パックを2つ取り出し、ストローを差して1つを墓前に供える。
「はい、シズクちゃんの好きだった、リクトンのミルクティー」
「!」
シズクは墓前に供えられた紙パックに手を伸ばすが、すり抜けるだけで掴む事は出来ない。
「……持ってこなくていいのに」
「俺さ……実は、シズクちゃんが初カノだったんだ!」
「知ってた。ナオは純朴だから」
「シズクちゃんも、俺が初めてのカレシだったろ?」
「……残念でした」
「ふふ……きっと……きっと、そうだよな!」
「………」
だが、ナオは少し嬉しそうにゴクゴクとミルクティーを飲み干すと、立ち上がる。
「じゃあねシズクちゃん! また明日!」
キラキラと目を輝かせるナオに、少し圧されてしまうシズク。
「ま……また明日」
――――場面変化。
その後も、ナオは本当に毎日来た。
春にはクラスの仲間達を連れて。夏には供花にヒマワリを持って。
秋は焼芋を両手に。冬には積もった雪で小さな雪だるまを作って。
いつも私が好きだった、もう飲む事の出来ない紙パックのミルクティーを持って。
―――場面変化。1年が過ぎた。
その日墓の前にやってきたナオは、リクトンのミルクティーと、缶ビールを持っていた。
「……!」
「シズクちゃん……俺、ハタチになったよ」
―――場面変化。
顔を真っ赤にしたナオが陽気にしゃべっている。
「そんでさ!一回だけ、シズクちゃんがぎゅってしてくれた事あったよね」
「うん………それは覚えてるよ」
「オレ初キスだと思って、ガチガチに目ぇ瞑ってたのにさ……結局そんでオシマイなの!ナハハ!」
「真っ赤な顔の君が可愛くてね……少し、焦らしたくなっちゃった」
すると『フゥーッ』と息を吐き、シズクの墓の前にかしこまって座り直すナオ。
「?……どうしたの、急に」
「シズクちゃん……この前さ、大学のミクって子と“良い雰囲気”になったんだ。仲間で飲んでたら……手ぇ繋いできてさ……それで……」
「………ふぅん」
その先を聞きたくなさそうに、僅かに眉をひそめるシズク。
「それで………でも結局ムリだった! シズクちゃんが見てんじゃないかって考えちまった!ははは! はは……」
「はは……見れないよ。私ここから出られないから」
『――――ドサッ!』
「………ZZzzz」
「……お酒、弱いんだね」
「シズクちゃん……会いたいよ……」
「……!」
ナオは寝ながら、目に涙を浮かべていた。
「ナオは……本当に私の事が、好きだったんだね」
「ZZZ……」
「私も……ナオをもっと愛せばよかった。キミはこんなに愛してくれていたのに」
そう言って、墓前で眠るナオに体を重ねるシズク。シズクもまた、目に涙を浮かべていた。
「ごめんね……好きだよ、ナオ」
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ーーー
ーー
「あぁ……くそ……寝ちまった……うぅ……さむっ」
ムクリと起き上がるナオ。両手で体を抱き、身震いする。
「あぁ、起きたのナオ……大丈夫? まだ寝てた方が……」
「終電も無いや……何してんだ俺……こんなバカみたいな……」
「……え?」
シズクは気付く。ナオがシズクに向けた言葉でなく、独り言を話している事に。
「どうしたのナオ……私、ここにいる……私に話しかけてよ……!」
ナオは、不機嫌そうに頭痛に顔を歪めたままだ。
「ナオってば……!!」
「はぁ……ミクん家、また泊めてくれるかな」
―――――それからナオは、急に墓に来なくなった――――
場面変化。
季節の移り変わりを描く。
シズクはいつも独りで墓石の横に寂しそうに座っているだけ。墓には誰も来ない。
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ーー
「久しぶり、シズク」
懐かしい声に、膝に顔を伏していたシズクがハッ顔をあげる。
そこには、大人びた顔つきになったナオの姿があった。
「ナオ、来てくれて……!」
「ここがシズクさんのお墓?」
「……え?」
ナオに少し遅れて同い年くらいの女性がやってきて、ナオの隣に立つ。
「あぁ……ごめんな、こんな事に付き合わせて」
「ナオ……隣の人だれ……“こんな事”って何……?」
ナオはフゥと一息つくと、シズクの方に向き直る。
「シズク……俺、仕事で福岡に行くんだ……結婚もする」
「………何、それ。分かんない! 全然分かんないよ……!」
「俺さ……初めは死んだシズクがまだここにいるかもって、思ってたんだ。でも……違った」
「今さら何言ってんだよ……! オトナぶって呼び捨てなんかしてんなよ! 私は……私は……!!」
シズクは涙を流しながら、ナオに向かって叫ぶ。
しかし、彼女の肌はまるで燃えカスが風に舞うように、少しずつ崩れ始めていた―――
「シズクはきっと、墓になんかいなかった。そうだろ?」
「墓参りってさ……残された者が、別れを乗り越える為にあるんだって気付いたんだ」
「シズク……俺やっと、シズクの死を乗り越えたよ」
そしてフゥと息をつき、清々しい笑みを浮かべるナオ。そして、シズクの墓に背を向ける。
「行くか……飛行機、乗り遅れちまう」
「安っぽいセリフ」
「え……?」
シズクの声が聞こえた気がして振り向くナオ。
だが、ナオには何も見えなかった。
薄汚れた御影石の墓の前には、もう誰もいなかった。




