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短編【30分前後】

夜更かし

作者: 有嶋俊成

 夜、タツマは大き目のショルダーバッグを抱え、小さくニコニコしながらマンションの階段を一段ずつ登っていく。

 彼はこの日の昼間、初めてテレビ番組に出演した。インターネットに"マツダリュウシン"という名で投稿していたオリジナル小説が人気になり、話題のウェブ小説作家として、昼の情報番組にゲストとして呼ばれたのだ。

 タツマは、自分の小説がここまでのものになるとは全く思っていなかった。そもそも、こうなることを望んですらいなかった。

 元々、趣味のような感覚で執筆し、投稿していたものが、たまたま人気になってしまったのだ。最初はこのことに、戸惑いを感じていたタツマだったが、たくさんの読書たちの励ましや期待の声もあり、今では堂々とした気持ちで作品を投稿している。

 自分が住んでいる部屋がある階まで登りきると、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。自分のウェブ小説作家としてのSNSアカウントを開くと、昼間のテレビ出演を見たファンたちの喜びや称賛の声で溢れていた。

 それをしばらく上機嫌で眺めたタツマはスマートフォンを再びポケットの中にしまい、嬉々としてマンションの通路を歩きだした。マンションの各部屋の排気口からは、風呂場の湯気の匂いや炒め物の匂いが吹き出している。それらを鼻で感じながら自分の住処へと歩を進めていく。

 自分の住む部屋のドアの前に着く。ドアの上にある排気口からは、湯気の匂いが吐き出されている。

(誰の番かな…)

 そう心の中でつぶやきながら、鍵を回してドアを開けた。


 玄関に入ったタツマは、ドアを閉めて施錠した。それと同時に玄関から一番近い部屋のドアが開き、パジャマを着たロングヘアーの女性が顔を出した。

「おかえり~」

 カズナという名前のその女性は、笑みを浮かべて片八重歯を出しながら言った。

「ただいま~。今日は僕が最後だね。」

 靴を脱ぎながらタツマが返答した。

「うん。さっきモリヤ君が帰ってきたばかりで、今、お風呂入ってる。」

「あ、モリヤ君だったんだ。」

 タツマはさっきの排気口からの湯気の匂いを思い出した。

「うん、お風呂はあとタツマ君だけだから、モリヤ君が出たらすぐに入れるよ。」

「それじゃぁ、先に夕飯にしちゃう。」

 そう言うと、タツマは自室に向かうため、廊下を進み始めた。それを見届けたカズナは部屋の中に戻り、ドアを閉めた。


 このマンションの一室では、タツマを含めた五人の男女が共同生活を送っている。

 いわゆる"ルームシェア"という居住形態だ。


 タツマの部屋はリビングの隣にある。

 廊下の終点に着き、ドアを開けるとリビングにはサクトとミヒロがいた。

「おう、タツ。今日はいつもより遅かったな。」

 タツマの高校時代の同級生であるサクトはジャージ姿でソファーに寝転びながらタツマを迎えた。

「あぁ。今日はちょっと、仕事多めでさ。」

 廊下のドアを閉めながらタツマが返答した。

「カレーまだあったかいからすぐに食べられるよ。」

 バルコニーの窓際で体育座りをしている一つ結びの髪型をした女性がミヒロだ。

「ありがとう。後で食べるね。」

 笑みを浮かべたタツマが自室のドアノブに手をかけながら言った。

 タツマの部屋はサクトと共用で、この3LDKの物件の中で一番広い。

 自分のスペースに荷物と上着を置いたタツマは、手を洗うために洗面所に向かおうと部屋から出た時、リビングでいつもと変わらぬ様子でテレビを見ているサクトとミヒロを見て、

(まぁ、いつも通りだよな…)

 と心の中で呟いた。

 廊下の途中にある洗面所は脱衣所も兼ねている。スライド式のドアを開けると、すぐ左側に洗濯機が置いてあり、その隣に洗面台がある。

 タツマが手を洗っている間、後ろにある風呂場のドアのすりガラスには、入浴中のモリヤの影が動いている。

 タツマが手を洗い終えた瞬間、不意に風呂場のドアが開いた。

「あっ、ごめん!」

 モリヤが一瞬だけドアから顔を出して、叫ぶようにそう言ってすぐにドアを閉めた。

「モリヤくん、大丈夫だよ、タツマだよ。」

 タツマがドアの向こうに隠れたモリヤに呼びかける。

「おわ…、なんだ…」

 モリヤが安堵した様子でドアの隙間から再び顔を見せた。

「びっくりしたぁ。帰って来てるの知らなかったから…女子かと思った。」

「そういえば前は、ミヒロちゃんの鉢合わせてたよね。」

 笑いながら洗った手を洗うタツマ。

「あの子、こういうのに動じないタイプだから男子が入浴中でも堂々と入って来るからな~。そうだ、この状況、今度ネタにしてみようかな。」

 若手の芸人であるモリヤはバスタオルで体を拭いながらそう言った。


 モリヤがすぐに風呂から上がったことで夕飯を後回しにすることにしたタツマは、浴槽の湯に浸かっていた。その顔はどこか浮かない雰囲気を醸し出している。

 昼間のテレビ出演は心の底から嬉しかった。ネット上の多くの人々に称賛してもらえた自分の小説がネットの枠を超えてさらに多くの世間に知ってもらえたかもしれないのだから。

 しかし、そうなると、"あの問題"がタツマを悩ますことになる。

 今日のテレビ出演は、番組のキャストたちがいるスタジオセットに入り、キャストたちの共にテレビカメラの前に登場する……という形ではなかった。別室から音声だけをキャストたちがいるスタジオへ中継で繋ぎ、声のみで出演したのだった。スタジオでは大型テレビの縁を装飾したようなモニターの画面に番組ロゴが映し出されており、タツマが喋ると、その番組ロゴを囲う円形の細い線が振動するという演出が取られた。

 このような出演方法になったのは、タツマ自身が顔出しを希望していない……という訳ではない。"あの問題"がタツマの顔出しを躊躇させているのだ。

 元々、趣味で書いていた自己満足のための自作小説。凝ってみた部分もある。でも正直、面白いのか、つまらないのかは自分ではわからない。誰かに見てもらおう、でも、家族や友人に見せるのは照れくさい。誰でもいいから見てもらいたい。ネットなら自分と知られずに小説を見てもらえる。見る方も顔も名前もわからない赤の他人たちだ。決心して投稿を始めた。それからすぐに、とてつもない勢いで想定外なところまでいってしまった。

 周囲に打ち明けるタイミングを完全に失った。

 家族、友人、職場の同僚……誰にも言えていない。多分、いつかは言わなきゃいけないだろう。というか言う前にバレるのでは……。いつ言おうか……。言ったらどんな反応をされるか……。中でも今現在、寝食を共にしているサクト、ミヒロ、カズナ、モリヤ……家族同然の彼らは自分の大きな秘密に対して何を思うだろうか……。

(どうしよう……いつ言おう……)

 タツマは水しぶきと共に振り上げた両手で、濡れた髪を滅茶苦茶にした。


 部屋で小さな丸机に向かって座っているカズナ。その顔はどこか浮かない。そこへミヒロがリビングからやって来た。

「カズナ、何やってるの?」

 微笑みながらカズナに問いかけるミヒロ。ミヒロとカズナはこの家で二番目に広いこの部屋を共用している。

「ううん、別に何かしてたわけじゃないよ。」

 カズナが笑顔を浮かべながら言った。

「そういえば、カズナって最近部屋にいること多いよね。」

 カズナの目の前に座るミヒロ。

「えっ…、そう?」

「だって、みんながリビングに居る時に、『あれ、カズナは?』って思うこと増えたもん。」

「そうなの?」

「そうだよ。私が部屋にカズナを呼びに行くことも増えたもん。」

 ミヒロは目をカズナに向けながら言った。

 カズナは少し目を落とす。

「確かに部屋に居る時間は増えたと思う。でも別にみんなと一緒に居るのが嫌になったとかじゃないから。」

 目を落としたままカズナが言う。

「そうなの? じゃあ、なんでずっと部屋に居るの?」

 カズナを見つめたまま聞くミヒロ。

「うーん…」

 カズナは考えるような顔をしている。

「じゃあ、今から話す事、他の三人には言わないでね。特に、モリヤ君には言わないで。」

 カズナは顔を上げると決心したように、目を大きく見開いた。

「うん、わかった。誰にも言わないから教えて。」

 なぜ、モリヤにだけ"特に"を付けたのだろう?そう心で疑問に思いながらもミヒロはカズナを安心させるように微笑みながら言った。


 八時過ぎ、リビングではサクトとモリヤ、入浴を終えて夕飯のカレーライスを食べているタツマの三人が会話をしながら机を囲んでいる。テレビでは夜七時開始の二時間放送のお笑い番組が流れている。そこへカズナの様子を見に行っていたミヒロとミヒロに呼ばれて部屋から出てきたカズナが入ってきた。

「お、女子会終わったみたいだな。」

 ソファーに座っていたモリヤが部屋に入ってきた女子二人にからかうような感じで話しかけた。

「何の話してたんだ?」

 モリヤの隣に座っているサクトもニコニコしている。

「男子には関係ないでしょ。」

 ミヒロは断言かわすように二人に言った。その後ろでカズナはミヒロに同調するように口角を上げながらコクコクと頷いた。

「なんだよそれ」「どうせ大したことじゃないだろ」

 楽しそうにまくしたてるサクトとモリヤ。それをミヒロが「うるせッ」と冗談ぽく一言で制した。リビングでは笑いが起こる。

 そんな様子をカレーライスを口に運びながら見ていたタツマは、楽しそうな笑顔を浮かべながらも心の中では、

(やっぱり、いつも通りだよな)

と呟いていた。

 自分が"マツダリュウシン"としてウェブ小説を投稿している事を隠さずに身の回りの人間に周知していれば、この場は今頃、昼間に自分がテレビに出演した話で持ち切りになっていたかもしれない。出演方法も声だけの出演ではなく、スタジオに姿を現して誰もが知る人気芸能人たちに囲まれ、触れ合いながら楽しげな絡みをすることができたかもしれない。ネット上の顔も本名も知らない読者たちの自分のSNSアカウントへの投稿だけでなく、家族や親友、旧友、同僚から、それを見た旨の連絡が来ていたかもしれない。いつも通りじゃない特別な事が、たくさん起きていたかもしれない。

 そんな事を想像しながらいつも通りに夕飯を食べながら、いつも通りにテレビを見て、いつも通りに談笑する、いつも通りの同居人たちの様子を眺めるタツマ。この中でいつも通りじゃないのは自分の今の心情だけだった。

「この芸に、最近よく見るよな。」

 テレビで流れているお笑い番組を見ながらサクトが言った。番組中ではサクトたちと同世代くらいだと思われるお笑いコンビがコントを披露していた。

「あぁ、マブメートか。」

 若手芸人のモリヤは知り合いを見かけたようにテレビに目をやりながら言った。

 このお笑いコンビの名前は、"マブメート"といい、モリヤと同じ芸能事務所の同期で知り合いらしい。

「へぇ。なんか知り合いの知り合いがテレビに出てんのって、なんかソワソワするな。」

「俺なんか、同期が売れてるの見ると嬉しいけど、同時に早く追いつきたいっていう気持ちも湧き上がって来て余計にソワソワするよ。」

 サクトとモリヤの会話が続いた。それを傍らで聞いていたミヒロは、焦るような気持ちを抑え、平静を装いながら、いつも通りの柔らかい表情をかたく保っていた。隣に座るカズナの顔に目をやると、少し沈んだ表情をしているのがはっきりわかった。薄暗く影がかかっているようにも見えた。先程、部屋でカズナから打ち明けられたことがミヒロの頭の中でさまよっていた。

「いやぁ、面白いなこの二人は…」

 モリヤはテレビ画面の中で洗練されたコントを披露し、観客の笑いを浴びる同期をしみじみと見つめていた。

「あぁ、早くあいつらと並んでテレビでたいなー」

 モリヤはソファーに背中を沈めた。

「がんばれよ」

 サクトはモリヤにそう一言だけ言った。

 今日、音声だけではあるが、人気者としてテレビ出演をしたタツマはカレーライスの最後の一口を無表情でゆっくりと口に運び、モリヤにあまり言えない事を抱えるカズナはさらに沈んだ顔になり、先程、カズナからそれを打ち明けられたミヒロは目玉のついたモアイ像のような顔でテレビを見つめていた。


 夜が更ける。時刻は十時を過ぎた。

 自室で机に向かっていたタツマは、自分のノートパソコンに映し出された"マツダリュウシン"としてのSNSアカウントを眺めていた。投稿はマンションの階段を登ってきた際にスマートフォンで見た時と比べて散発的にはなっていたが、いまだに読者たちからの声が届き続けていた。

"今日のテレビ出演見ましたー"

"またテレビ出てほしいな"

"テレビ出てたんですか⁉"

"見逃しちゃった…"

等々、画面を下にスクロールしていく度にそういった文章が現れる。その中には、

"声だけでしたね…"

"顔は出さないんですか?"

"やっぱり急に顔出しはキツいか…"

といったものもあった。

 自分は別に顔出しをしたくない訳じゃない。むしろ顔を出して自分のことをもっと知ってもらいたい。しかし、家族にすら小説が売れていることを知らせていないこの現状では無理だ。いきなり、自分の息子が有名人に……、家族を混乱させてしまうのは言うまでもなく想像できる。

(このままでも良いのかな…)

 そんなことがタツマの頭によぎり始めていた。

 タツマが浮かない顔をパソコン画面に向けていると、突然、誰かが部屋のドアを叩いた。それがサクト以外の誰かであることはすぐにわかった。

 「ちょっといい?」、という声が聞こえるとタツマは咄嗟にSNSアカウントの画面を閉じ、「いいよ」、と言いながら検索エンジンの画面に変えた。

 ドアが開く。入ってきたのはミヒロだった。

「これ、食べる?」

 タツマに煎餅を差し出すミヒロ。「ありがとう。」、と言いながらタツマはそれを笑顔で受け取り、袋を破いた。

「今は、何してたの?」

 この問いにドキッとするタツマ。思わず煎餅を口に運ぶ手が止まった。

「えっ? いや別に何も、ただ開いただけ。」

 そう言って、再び手を動かして煎餅にかじりついた。タツマはこうやってこれまでにも何度か同居人たちにウェブ小説のことが露見するのを回避している。

 ミヒロは特にタツマの様子を怪しむようなことはなく、返答に納得した様子で、いつも通りの、のほほんとした顔つきを保っていた。

「実はちょっと、聞いてほしいことがあって…」

 ミヒロはそう切り出すと、のほほんとした顔面に僅かに深刻な雰囲気を醸し出し始めた。

「なになに?」

「あ、その前にちょっと待ってて。」

 そう言うとミヒロは部屋から出ていった。しかし、すぐに新しい煎餅を持って戻ってきた。部屋に入った際、最初に入ってきたときには閉めなかったドアを今度は閉めた。そしえ、持ってきた煎餅をタツマに差し出すと、続きを話し始めた。

「それで、あの、聞いてほしい事なんだけど…」

 ミヒロはどこか話しにくそうだった。そんなミヒロにタツマもどこか違和感を感じ始めた。

「何? どうしたの?」

「それが、カズナのことなの。」

「カズナちゃんがどうしたの?」

「落ち着いて聞いてね。聞いても大声出さないでね。あと、他の男子二人には、今は言わないでね。」

 ミヒロは妙に強く念を押した。

「う、うん。」

 急にいつもとは違う雰囲気を出し始めたミヒロに思わずうろたえるタツマ。

「あのね、カズナが付き合ってる人、芸能人なの。」

「え⁉」

 カズナに恋人がいることは、同居人たちには周知の事実だった。しかし、それが芸能人であることは初耳だった。

「まぁ、びっくりするよね。」

 少しの沈黙の後、ミヒロが言った。

「あ…まぁ、びっくりしたけど…」

 タツマの中に驚きの余波が続いていたが、少し考えて、すぐに平静を立て直した。

「え…それ、誰なの? 有名なの?」

「えっとね…"玉里知太(たまざとともた)"っていう人。」

「……」

 タツマは黙り込んで、考えるような表情を浮かべた。何となく聞き覚えがあるのだ。というかつい最近聞いたような気が……。

「"マブメート"って言ったらわかる?」

「あぁーっ!」

 タツマのあやふやだった記憶が一気に鮮明になった。さっき、リビングでみんな集まって見ていたお笑い番組に出ていた自分や同居人たちと同じくらいの年頃のお笑いコンビの片方だ。コンビ名は知っていたが、メンバーの名前はそこまで注目していなかった。

「あの人⁉」

「そう。」

「え、それ本当なの?」

 タツマは半信半疑だった。芸能人といっても無名か、かなりマニアックな人しか知らないようなレベルの知名度の人物だと思っていたからだ。

「本当だよ。一緒に映ってる写真とか連絡先とか持ってたもん。」

 目を見開きながら、愕然としているタツマにミヒロが言った。

 タツマは冗談ではないかと思った。しかし、ミヒロの表情や話し方をみると、どうも本当っぽく感じる。というかそもそも、ミヒロがこんな冗談を言うとは思えない。

「なんだろう…なんかまだ…、本当かどうか信じられないというか…」

「カズナも気が引けて今まで言えなかったらしい。特にモリヤ君がどんな反応をするかがわからないから…」

 思わず「そういうことか…」、という言葉がタツマの口から漏れ出した。

「とりあえず、後で私とカズナと一緒に三人で話が出来たらと思うから。」

「うん…わかった。」

 そう言いながらタツマは頷いた。


 リビングに五人が揃う。時刻は十時半を過ぎ、いつもなら誰かしらが眠気を感じ寝床に入り始める頃だが、週末である今日は様子が違う。

「明日は日曜日か…」

 サクトがカレンダーを見る。

「俺は明日出番無しか…」

 モリヤは明日、劇場の出番は無く、バイト先も休みだ。

「何か食う?」

 全員に聞こえるようにサクトが言った。

「それじゃ、俺、カップ麺食べたい。」

 モリヤがサクトに呼応する。

「おぅ、そうか。みんなは?」

 サクトはローテーブルに向かって座っているタツマ、ミヒロ、カズナの三人に声をかける。

「あぁ、じゃぁ、何かつまめるものがあれば…」

 さっき、煎餅を食べたばかりのタツマが控えめに言った。ミヒロとカズナの二人も同じような物を要望した。

「それじゃぁ、コンビニに買いに行くか。」

 そう言うと、サクトはソファーから腰を上げた。

「あ、そえなら、俺も行くよ。」

 モリヤも立ち上がる。

「それじゃ、お願いしまーす。」

 ミヒロたち留守組の三人は出かける二人を見送った。

 サクトとモリヤが買い出しに出かけたのは、三人にとってはちょうど良かった。

 残った三人は、改まった顔つきでローテーブルを囲み、件の話を始めた。

「ごめんね、びっくりさせちゃって。」

 カズナは二人に頭を下げた。

「大丈夫だよ、別に怒ったりしてないから。」

 タツマはカズナに頭を上げるよう促した。

「事情は、さっき伝えた通りだから。」

 ミヒロ言った。

 ミヒロとカズナによると、最初は二人でどうするか検討しようとしたが、モリヤ以外の同居人にも先に伝えて助力を得ようと思い、まずはタツマに協力を促したとのことだ。

 タツマ家族同然の同居人に頼られたからには何か協力しなければ、と思ったが、自分も言いにくい秘密を抱えている手前、何とも心苦しかった。

 タツマはカズナにいくつか質問を投げかける。

「因みに、その玉里っていう人とはどうやって出会ったの?」

「学生の時のバイト先が一緒だったの。」

「芸人だって事はその時から知ってたの?」

「うん。知ってた。」

「モリヤ君と知り合いだってことは?」

「ルームシェアする時に知った。」

「何で、その時に言わなかったの?」

「その頃は、マブメートの方は徐々にテレビに出始めてて、モリヤ君が芸人だと知ったのは引っ越した後だったから…」

 タツマはルームシェア生活が始まった一年半ほど前の頃を思い出した。

 カズナは五人の中で最後に同居することが決まった。

 高校の同級生同士であるタツマとサクトからルームシェアの話が始まり、タツマと大学時代にバイト先が一緒で、その繋がりからサクトとも知り合いだったミヒロとモリヤにも声をかけ、四人が集まった。

 その後、もう一人入れないかという話になり、女子がミヒロ一人だけだった為、五人目は女子にしようという事になり、ミヒロと知り合いで、ちょうど引っ越しを考えていたカズナをミヒロが誘い、今の五人が揃った。

 カズナの同居が決まった後、ルームシェア計画の中心だったタツマ、サクトの二人とは事前に対面して住む家に関する要望を聞いた。その時にはもう一人、男子モリヤがいるということは伝えた。恐らくその時にモリヤが芸人だという事は言っていなかったのだろう。そして引っ越した後、カズナはモリヤと最初に対面した時の会話の最中で芸人であることを知ったのだろう。

 カズナと最初に会ったあの時、モリヤについてもっと詳しく教えていれば……と後悔の念を抱くタツマ。

 しかし、今はそんな事を考えている暇は無い。家族同然の同居人の問題を一緒に解決するのだ。

「早いうちに言っちゃった方が良いんじゃない? 何なら帰ってきた後に。」

 ミヒロが口を開く。

「えぇ…大丈夫かな…」

 カズナが不安になるのは当然だ。いつもの日常の途中にいきなり衝撃の事実を知らせるのだから。笑って受け入れてくれるのか、ショックを受けさせてしまうのか、どうなるのかがわからない。

 もし、モリヤの気を悪くするようなことになれば、今後、同居人として一緒に暮らしていきにくくなるかもしれない。

「最初はびっくりさせるかもしれないけど、すぐに普通に接してくれると思うよ。モリヤはライバルに対して敵意を抱くような人じゃないし。」

 モリヤは比較的、穏やかな性格だ。あまり怒ることもなく、芸人であることもあってか、同居人たちを楽しませようとおかしな振る舞いをしたりすることもある。

「タツマ君はどう思う?」

 タツマに問いかけるミヒロ。

「うーん…」

 タツマは黒目をあちこちに動かしながら考える素振りを見せた後、口を開いた。

「まぁ、モリヤなら怒ったりしないよ、びっくりするとは思うけど、むしろ『トーク番組に出た時に話すネタが出来た!』、って言ってくれるんじゃない?」

 タツマは、ストレートに「言ったほうが良いよ」とは言わなかった。

「タツマ君がこう言ってるから大丈夫だよ。私たちもフォローするから。」

 ミヒロがカズナの肩を叩く。

「ありがとう。じゃぁ、思い切ってこの後、モリヤ君たちが帰ってきたら言ってみるよ。」

 カズナの顔が少し明るくなった。

 そんなカズナを見たタツマの胸中には迷いの気持ちが込み上げていた。


 レジ袋を手に、コンビニから出てくるサクトとモリヤ。

 歩道に出て歩き出すと、サクトが口を開いた。

「最近どう?」

「最近? 俺は別に、変わったことはないけど。」

「そうか? お笑いの方とかも?」

「あー、そう言われるとちょっと変わったかもな~。」

 ほとんど星が見えない夜空を見上げるモリヤ。

「最近、同期の芸人たちが売れ出してさ、それでちょっと焦ってて…」

「そういえば、さっきも同期がテレビに出てたな。」

「あぁ、マブメートね。あの二人は同期の間でよく話題になってるよ。」

「やっぱり、面白い?」

「面白いよ。天才だと思う。」

 目線をアスファルトの地面に落とし、寂しそうな笑顔を浮かべるモリヤ。

 隣で歩くサクトは「そうか…」とだけ言った。

「サクト君は最近、何か変わったことはないの?」

 モリヤが表情を改める。

「まぁ、自分はこれといって変わったことは無いけど…」

 少し微笑むサクト。

「周りが知らない内に色々と変化してるんじゃねーかな~、と。」

「どういうこと?」

「今、家に居る三人とか、俺たちが知らないだけで本当は裏で色々と抱えてたりするんじゃねーかなって。」

「えぇ? あの三人が裏で何かやらかしてるとか?」

「そういう訳じゃない。」

 首を小刻みに横に振るサクト。

「誰にでも、言いたくても言いにくい事とかあるだろ。」

「あぁ、それなら俺もあるかもな~」

 サクトの言葉にモリヤは少し共感を覚えた。

「でも、そういうのって言っといた方が割と楽になるらしいからな~」

「言える気分の時に言っちゃえよ。」

 ボサボサ頭のサクトは外見からはミステリアスな雰囲気を醸し出しており、一見、大雑把そうにも見えるが、意外と情に厚い部分がある。その為か同居人たちからは慕われている方だ。

「サクト君がそう言うなら、言っちゃおうかな。」

「お、本当に言う気になったのか?」

「今日は、帰ったらぶっちゃけるぞ~」

 時刻は夜の十一時前。

 人通りの少ない深夜の住宅街を歩く二人は、いつの間にか三人の同居人たちが待つ、住処のマンション前に辿り着いていた。


「じゃぁ、タイミングを見計らってカズナが話を出して、私とタツマ君はその後方支援をするという感じで。」

 ミヒロがカズナとタツマに段取りを最終的な確認をした。カズナは不安ながらもさっきよりは安心した感じだ。

 一方、タツマはというと、心臓が激しく鼓動していてもおかしくないくらいに気持ちが張り詰めていた。この流れで一緒に自分の秘密もいってしまおうかとも思ったが、やはり踏ん切りがつかない。

 一体、いつになったら言えるんだろう…そんな事を思っていると、玄関のドアが開く音がした。

「ただいま~」

 レジ袋を手に下げたモリヤがリビングに入ってきた。レジ袋をローテーブルに置くと、軽快な足取りで洗面所へ向かい手洗いを済ませ、キッチンの電気ケトルでお湯を沸かし始めた。

 サクトは手洗いを済ませると、すぐにリビングのソファーに座り、テレビの電源を付けてチャンネルを回し始めた。

 タツマ、ミヒロ、カズナの三人は、先程まで何事もなかったかのようにいつも通りの様子で振る舞う。内心ではこれから秘密を暴露する緊張でそわそわしている。

「ねぇ、みんな、今夜はちょっと色々とぶっちゃけようぜ。」

 キッチンで作ったカレー味のカップラーメンを持ってきたモリヤがローテーブルに向かって座りながら言った。

「どうしたの急に?」

 ミヒロがモリヤを見る。

 モリヤは先程サクトと帰路についている最中の事を留守組の三人に説明した。

「確かに、たまにはそういうのも良いかもね。」

 ミヒロが言った。視線は隣に座るカズナの目に向いた。「これはチャンスだよ」というメッセージを込めてカズナと目を合わせたままわずかに首を縦に振った。カズナはミヒロのその挙動を見て何となくその意味を理解した。

「じゃぁ、私から一つ。」

 ミヒロが始める。モリヤはそれをウキウキした感じで聞いている。

「モリヤ、私のプリン食べたでしょ。」

 カップラーメンを箸で持ち上げていたモリヤの手が止まった。

 ミヒロが続けて言う。

「小さい方食べたでしょ。」

「あぁ…もしかしたらそうかもしれない…。」

「でしょ、一昨日、冷蔵庫開けた時に大きい方しか無かったもん。」

 モリヤは普段、大きい方のプリンを食べるのに対し、ミヒロは小さい方のプリンを食べる。同居人が同じ食べ物を買ってきた時は名前を書くようにしているのだが、普段プリンを食べるのはミヒロとモリヤの二人だけである為、大きい方と小さい方で区別していた。

「ごめん、本当に気づかなかった。」

 モリヤは思わずカップラーメンの容器を置いてミヒロに頭を下げながら手を合わせた。

「じゃぁ、今度一つ買ってきてね。」

 ミヒロはニコニコしながら頼んだ。モリヤは深く頷きながら承諾した。

 ミヒロはカズナに目で合図を送った。このぶっちゃけトークの流れでモリヤにあの秘密を打ち明けるのだ。

 しかし、カズナが話を始める前にモリヤが話を始めてしまった。

「俺さ、さっきテレビに出てた同期のマブメートが急に売れ出してから少し焦ってるんだ。」

 しまった、よりによって渦中のマブメートの名前を出されてしまった。ミヒロ、カズナ、タツマは一瞬、真顔になった。

「去年、ルームシェア始めた頃にテレビに出てそれからずっと深夜番組にたま~に出てただけだけど、今年に入ってから急に露出が増えてきてさ…」

 モリヤは切なそうな感じで続ける。

「同期として仲間が活躍するのは嬉しいけど、自分がどんどん置いていかれているような気もして…」

 モリヤが話す傍らで、ミヒロは、笑顔と険しさが入り混じった顔をしている。

 タツマはその様子をスルメイカを咥えながら真顔で黙って眺めていた。

「だから、あいつらに早く追いつけるように俺らのコンビは何か変えなきゃと思ってる。今、一番ぶっちゃけるとしたらこの事かな。」

 モリヤは再び麺をすすり始めた。

「相方の人も同じような事考えてたりするの?」

 サクトが聞いた。

「あぁ、そのことに関して相方とも一回話したんだよ。」

 口に麺を含めたまま、モリヤが話し始める。

「コントの感じを変えてみようとか、見た目を変えてみようとか。先輩たちも色々と試行錯誤してきてるから、自分たちもより一層、試行錯誤を重ねようって。それでもっとコンビの足並みもしっかり揃えていこうって。そんな事を相方と話したんだよ。」

「芸人って本当に大変なんだな…」

 サクトはモリヤに同情の念を抱いた。

 先程からカズナの秘密を打ち明けるタイミングが取れず、その上モリヤがその秘密に関係ある者の名を挙げて自分の切実な思いの話をされたことで完全にやられた気分のミヒロら三人は、半ば諦めムードだった。

「でも正直、マブメートは早咲きだっただけじゃない?」

 これまで黙って会話を見つめているだけだったタツマが唐突に口を開いた。

「早咲きとか遅咲きとかの基準はよくわからないけど、売れるタイミングなんて芸人さんによってそれぞれだし、別に周りと比べる必要はないと思うよ。」

「確かにそうかもしれないけど…」

「だから、周りの事は気にしないでとにかく自分たちのやりたい芸をやり続けるべきだと思うよ。」

 まるで急に人が変わったようにモリヤに熱い言葉を語り続けるタツマ。

 モリヤはタツマの言葉を聞いて励まされる感覚を覚えたようだった。

「そうだよね。周りを気にしてる暇があるなら、自分の芸を磨かないとな。」

「そうだよ、自分の好きなネタを好きなように作って、それを世に出していけば急にチャンスが舞い込んでくることもあるよ。」

 自分の好きなように小説を作って世に出した結果、成功したタツマだからこそ言える言葉だったかもしれない。もちろん、そのことはモリヤは知らない。

 傍らでタツマの熱弁を聞いていたミヒロとカズナはタツマの突然の変貌に驚いていた。

 もしかすると、これはタツマがカズナの為に態勢を立て直してくれているのではないか、ミヒロは心の中でそう悟った。

「モリヤは、仲間が売れて嬉しいって、さっき言ってたよね?」

ミヒロもタツマの後に続いてカズナの為に援護に入る。

「売れてても売れてなくても仲間は仲間だから、比較せずにそれぞれのやりたいことをやってくのが良いよ。そっちの方が楽しいって。」

「ありがとうね、二人とも。」

 タツマとミヒロに感化されたモリヤの口からそう言葉が漏れた。

「俺、とにかくネタ作りまくるよ。」

「そうだ、そうだ」「頑張ってね」「焦る必要はないよ」といった言葉がモリヤに投げかけられる。

「モリヤ君!」

 突然カズナが長い無言を打ち破り、モリヤに向かって叫んだ。

 同居人たちの声が止む。

「ええっ、何⁉」

 突然、響いた自分の名前に驚くモリヤ。

「モリヤくんに一つ、言いたいことがあるの。」

 タツマ、ミヒロの目は、大きく開かれ、目線がお互いやカズナに行ったり来たりしている。

「実は…」

 カズナはポケットからスマートフォンを取り出す。

「これ、見てほしいんだけど…」

 画面をモリヤに見せる。

 タツマとミヒロの鼓動は激しくなり、荒ぶる呼吸を抑えている。

「誰?」

 画面には男女のツーショット写真が写っている。女の方はカズナ、もう片方は先程、テレビにも出ていたカズナの恋人で、モリヤの知り合いの同期芸人であるお笑いコンビ・マブメートの玉里知太だ。

「え? 知らない?」

「カズナちゃんはわかるけど、隣の男の人は知らないよ。」

 モリヤはコンビニに行く前、テレビに出ている玉里を見て確かに知り合いだと言っていた。

 カズナは困惑している。タツマとミヒロはモリヤの予想外の反応に呆然としている。

 サクトはその様子を表情一つ変えず冷静に見つめている。

「私と付き合っている人だけど、モリヤ君が知ってる人だよ。」

「え⁉ 誰誰⁉」

 モリヤは目を見開いて顔を画面に近づけていく。

「あれっ! 玉里⁉」

 モリヤの愕然とした声が響く。

「そう、私の恋人、マブメートの玉里君なの。」

 カズナは表情を歪ませながら、力強く声を絞り出した。

 タツマとミヒロは「言った!」と顔で叫んだ。

「へっ? えっ、何で⁉ 本物?」

 モリヤはカズナのスマートフォンを受け取り、カズナと玉里が映ったモリヤにとって衝撃的な意味を持つ写真を凝視した。

「本当だ…玉里だ…。え、ドッキリ…?」

「ドッキリじゃないよ…今まで…黙ってて…ごめんなさい!」

 カズナは素早くモリヤに頭を下げた。

「モリヤ、実はこの事、私とタツマは知ってたの。」

 ミヒロは心を落ち着かせ、カズナの援護に入る。

 カズナは、ミヒロの助け舟をもらいながら玉里との馴れ初めや言えなかった理由、ミヒロとタツマに打ち明けるまでの経緯を全て話した。

「あぁ…確かにそれは言いにくいかもね…」

「引っ越し初日にどうしようかと思ったけど、その内言えるだろうと軽く考えてたら、思ってた以上にマブメートが売れちゃって…」

「でも、なんかすごいね、自分の同期の恋人がたまたま同居人になるって…」

「え?」

 モリヤから出た予想外の言葉にカズナはぽかんとしている。

「だって、こんな偶然ある?」

 タツマとミヒロの二人も思わず固まっている。

「これトーク番組で披露したらすごい話題になるじゃん!」

 思わぬことに、先程タツマが言ったことが現実になっている。

「え? モリヤ君、もう受け入れた感じ?」

「受け入れるってどういうこと?」

 今度はモリヤの方がぽかんとしている。

「だって、ライバルとも言える同期と付き合ってた人物が同居人だったし、しかもその事を一年以上も隠されてたから、てっきり責められるのかと思ってたから。」

「いや、別に誰かと付き合うのはその人の自由だし、さっきの話も聞いた時、直ぐに言えば良いのにと思ったけど、まぁ確かに言いにくい部分もあるなとも思ったよ。」

 カズナは体から一気に力が抜けるような感覚を感じた。

「じゃぁ、これからも私とルームシェア続けてくれる。」

「当たり前じゃん。」

 カズナの顔が明るくなった。

 タツマとミヒロは安堵の表情を浮かべている。

「それじゃ、一段落ついたみたいだし、今日の夜更かし再開といこうか。近隣迷惑にならない程度にな。」

 これまでの様子をじっと静かに眺めていたサクトが声をあげた。

 これに呼応して一同もそれぞれのコップを手に声をあげた。


 時計を見ると、時刻はもうすぐ午前三時になるところだ。

 同居人たちが次々と自室やリビングで眠りにつき、夜更かしは自然と終了した。

 自室に一人で机に向かっているタツマは天井を見上げながら数時間前の出来事を頭の中で振り返り、再びほっとした気分になっていた。

 カズナのモリヤへの秘密告白は無事ハッピーエンドに終わった。一時はどうなるかとも思ったが、自分のフォローをきっかけに一気に事が進み、安堵の極みだ。

 自分も同居人に対して言いにくい、ある意味ではカズナのより大きいであろう秘密を抱えておきながら偉そうに「言ったほうがいい」なんて言えるわけがなかった。しかし、共に生活を営む者として相談を受けたからには何か力にならなくてはと思った。そこで何とかためらいを跳ね飛ばして、自分の口を動かした。勝手に動いたのかもしれない。

 これで大きな秘密を抱えているのは恐らく自分だけになっただろう。この秘密はこれから先、自分の口から吐き出すことがなければ、何かのはずみで誰かに知られる道を辿る事は目に見えている。

「おう、起きてたのか。」

 突如、部屋のドアが開かれ、リビングのソファーで寝ていたサクトが入ってきた。寝起きなのだろうか、目は弱々しく開かれ、声も低くなっている。

「今日はすごい事知っちゃたな。」

「俺も最初に言われたときはびっくりしたよ。本当にまさかの縁だよな。」

「『マブメートの玉里くん』って言われた時の衝撃よ。」

「その割にお前そんなリアクションしてなかったよな。」

「いや、少しは表情変わってたはずだぞ。」

「だからそれがそんなにリアクションしてなかったって事だよ。本当、そういうところ高校の時から変わってないよな。」

 サクトと二人きりで話していると、高校時代を思い出す。当時はサクトの他にも何人かで集まって休み時間には教室で話し込んだりしていた。特にサクトとは三年間クラスが一緒だったこともあり、最も距離が近かった。実際、こうやって今もルームシェアで共に過ごしている。

「しかし、今回はミヒロの活躍は大きかったな。長い仲だと本当に相手の変化にも気づけるもんだな。」

「ミヒロちゃんとカズナちゃんは俺たちと同じ高校の同級生同士だったな。」

「それじゃあ、俺たちも何かやましいことは隠せないって事だよな?」

 ドキッとした。サクトは今の自分の心を正確に突いてきた。

「まぁ…完全には隠せないんじゃない?」

「何で?」

「無意識に出るとか…」

「何が?」

「行動とか表情とか…」

 急に言葉の歯切れが悪くなった。この時点で隠し事をしている時に出る"何"が出てしまっている。

「確かに少しニヤつくとか、言葉の歯切れが悪くなるとかはあるかもな。」

 何なんだコイツは……さっきから自分の心を読まれているようだ。

「お前は何も隠してないよな?」

 心が限界だ……。

「そうだな、何かあったら早いうちに言っておいた方が良いかもな。」

「え? 何かあるのか?」

 思えばカズナが秘密を打ち明ける事が出来たのは、旧知の仲であるミヒロが行動を起こしてくれたことが大きいだろう。

 サクトと自分は、カズナとミヒロの二人と同じような仲だ。

(彼なら自分の秘密を受け入れてくれるんじゃないか?)

 そんな考えがタツマの頭の中に浮かんだ。

「実はさ…」

「へ? 本当に何かあるのか?」

 サクトは予想外の展開だ、というよりは何かを期待するようにニヤニヤしている。

「落ち着いて聞いてくれよ。」

 タツマは普段、小説の執筆・投稿のために使用しているノートパソコンを開き、電源を立ち上げる。その間もサクトは「何だよ、何だよ」と言いながらニヤついている。

 タツマは、とあるSNSのアカウントログイン画面をサクトに見せつけた。

「じゃぁ、見てろよ。」

 タツマは、サクトの目をログイン画面に釘付けにさせたまま、キーボードを打つ右の人差し指の指先を左手で覆い隠しながらIDとパスワードを入力し、エンターキーを押してログインした。

 画面にはタツマがウェブ小説作家・"マツダリュウシン"として使用しているフォロワー数が数万人のSNSアカウントが映し出された。

「こういう事なんだけど…」

 サクトが顔を画面に近づける。

「あ~このことか。」

「は?」

 どういうことだ? まるで、前からこの事を知っていたような反応だ。

「え? あの…状況理解してる?」

「お前が素性を隠してインターネットに小説投稿したら当たったって事だろ? それを今、正式にお前から発表したんだろ?」

 思わず絶句した。

 何故、この男は自分が固く隠していた筈の秘密をここまで正確に知っているのか?

 いつ、この男はこの事を知ったのか?

 知りながらずっと心に留めておいたのか?

 二人しかいない部屋の中ではしばらく沈黙が続いた。


「何で知ってるんだよ‼」

 沈黙を破ったのはタツマの方だった。

 子の事は本当に一度も自分の口から発せられた事は無いはずだ。この一年半、ずっと自分の胸の内に封印してきた。自分の親すら知らないこの事実が、何故、先にサクトの耳に入ってしまっているのか……。

「お前さ…何で相部屋にしたんだよ。」

「それは…古い仲同士の方が気まずくならないだろうって、最初に決めたからだろ。」

「そんなでかい秘密隠すのに相部屋はリスク高いだろ。」

 つまりコイツはルームシェアをする中、この部屋のどこかで自分の正体を示す何らかの証拠を発見したというのか?

「因みに…いつ知ったんだよ…」

「小説を書いてたって事は、ルームシェア始めてしばらく経った頃。小説のネタ書いた紙切れがお前の机の上に置かれてたんだよ。」

「でも、それだけじゃ俺が小説書いてるとは判断出来ないだろ。」

「お前は昔からよく小説読んでたし、自分でも書いてみたいって、たまに周りに言ってたから、ついに始めたのかと思ったんだよ。」

「じゃぁ、俺が"マツダリュウシン"だと知ったのは…」

「ネット見てたら人気になってる小説があるって知って、見てみたらその内容がメモに書かれてた内容と似てたし、"マツダリュウシン"っていう名前もお前の名前から連想出来るし…」

 "マツダリュウシン"の"マツダ"は、"タツマ"をひっくり返したものである。また、タツマの名前は漢字で"辰真"と書く。"リュウシン"の"リュウ"は、"辰真"の"辰"が"リュウ"を意味することからきており、"シン"は"辰真"の"シン"からきている。

 確かに言われてみれば、知り合いなら推測するのが簡単だったかもしれない。

「知ってたのに…何で俺に言わなかったんだよ。」

 タツマは半ば放心状態になっていた。

「いやいやいやいや、お前が秘密にしてるからだろ。」

 サクトが「はい?」という表情をしている。

「俺の口から言ったらお前が黙って小説書いてる意味無くなるだろ。」

「…そうだよな。」

 サクトの言った事は正論だ。

「というかさ、別に小説を書いてるなんて悪い事じゃないだろ。」

「それはわかってるよ。問題なのは既に話題になっちゃってる事だよ。」

「それならそれで良いだろ。」

「は?」

 笑いながら言うサクトの心の内が読めない。

「別に悪い事で話題になってるわけじゃねぇだろ。成功して人気になってる訳だからむしろ喜ばれるだろ。」

「一年以上、隠しててもか?」

「俺、怒ってるか?」

 サクトは今、全く嫌な顔をせず、笑顔でタツマに接している。

「その内バレるんだからさ、いつまでも変な抵抗みたいなの続けてないで、ぶっちゃけちゃえよ。あれだよあれ、結婚報告と同じようなもんだろ。」

 サクトはタツマの顔を真っ直ぐに見ながら語り掛け続ける。

「さっきのやつも思い出せよ、カズナの秘密聞いた時、お前や他の奴はあの子を責めるような事してたか?」

 モリヤはカズナがブレイク中の自分のライバルとも言える同期と付き合っていた、という秘密を聞いて落ち込むどころか喜んでいた。

 自分も最初は驚いたが、別に嫌な気持ちは湧いていなかった。

「俺、考え過ぎてたのかな…」

「やっと気づいたか。」

 サクトがため息を一つ、ついた。

「俺が援護してやろうか? ミヒロみたいに。」

 サクトが提案する。

 タツマはなんだか気持ちが晴れやかになるような感じがした。

「みんな、驚くかな。」

「大丈夫だ。最初だけだろ。」

 タツマとサクトは笑いあった。

「じゃ、頼むよ。」

 カーテンの外は徐々に明るくなり始めていた。

自分にとって最初の作品です。

読んで頂きありがとうございました。

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