きっと死んでも治らない
冒険者になって一〇年ほど経つが、荷運びを中心に活動する冒険者は少ない。
だから、案外穴場かもしれない。
昨日、あれから夕食をフェリクと一緒に食べていると、運び屋さんをやるべきだと熱弁された。
一理あることは認めよう。
「遅い!」
今日一日何をしようかと考えながら宿屋から出ると、フェリクがいた。
「遅いって……約束をした覚えはないぞ」
「もうお昼前よ? ジェイはいつもこんなにぐうたらなの?」
おまえは俺の母ちゃんかよ。
「どうしてここに?」
「……あなたが、悪人が多いから気をつけろだなんて言うから、誰をどう信用していいのかわからないのよ」
このお嬢さんが王都のことを知らなさすぎたので、ちょっと大げさに聞いたことのある話をしてやったのだ。
それがずいぶんと効いてしまったらしい。
「その責任をとってちょうだい」
「だから、信用できそうな俺と行動をともにしたいと?」
「そういうわけではないけれど、その可能性も否定できないわ」
そう言ってフェリクは濁すように言った。
行動を共にするのであれば、きちんと教えておく必要がある。
「一日くらいは大丈夫だろうと思ったが、俺は普段『トカゲの召喚士』って周囲に呼ばれて後ろ指さされていることが多い」
「トカゲ?」
「ああ。キュックは、小さな子竜になっているが、フェリクと知り合う前は、手の平に乗るくらいのトカゲだったんだ」
驚いたようにフェリクはまばたきを繰り返した。
「俺も驚いた。あんなふうになるなんてな。……トカゲ以外を召喚できない召喚士の腕はFランク。だからそうやってバカにしているやつがいる」
「受付の方に聞いたわ。あなた、Sランクなのでしょう? それでもバカにされるの?」
「誰とも組んだことがないから、顔見知りでもランクは知らないんだ。召喚士としてまるでダメだったから、剣を極めてどうにかここまで」
「そっちのほうが、断然すごいわよ」
「そうしなくちゃいけなかっただけだ」
まっすぐに褒められると照れくさい。
「だからあんなに戦闘中冷静なのね……。弓も剣も、すごい使い手だというのは、素人の私にもわかるわ」
「……つーわけで、俺と一緒にいると一括りにされてバカにされるぞ。忠告は一回きりだ」
貴族は、体裁を気にする者がほとんど。家柄やその名誉を何よりも大切にする。
トカゲの召喚士の女だとバカにされるのに耐えられるはずがない。
フェリクの口を衝いて出たのは意外な言葉だった。
「放っておいたらいいわ。ジェイやキュックのことを何も知らないで適当なことを言う人なんて」
「イーロンドの娘が『トカゲの召喚士』と一緒にいて大丈夫なのか?」
「没落貴族に体裁も何もないわよ」
肯定しづらいので困っていると、フェリクはからりと笑った。
「ふふ、冗談よ。事実ではあると思うけれど」
没落ギャグやめろ。
「魔法を習っておいて本当によかったわ。お父様には感謝しなくちゃ」
経緯を改めて聞くと、昨日依頼料としてもらった一〇万リン、あれはもらいっぱなしでよかったのだろうか。
昨日の晩飯の支払いは当然俺持ちだった。ルーキーの没落令嬢に払わせるようじゃ、ランクが泣いてしまう。
「昨日フェリクにもらった依頼料があるし……今夜も一緒に食事しようか?」
「えっっっ」
じわじわ、とフェリクの顔が赤くなっていった。
「それは、そのぅ…………で、ディナーのお誘い、と、いうこと、かしら」
「そんな大げさなものじゃないが……嫌なら断ってくれ」
ぶんぶんぶんぶん、とフェリクは首を振ると、髪の毛がさらさら、と動いた。
「食べたいものがあれば、店を考えるから」
「あ、うん。……か、考えておきます……」
なぜか敬語になったフェリクは、肩をすくめてどんどん縮んでいった。
冒険者ギルドへやってくる頃には、フェリクの調子もいつも通りに戻っていた。
「初心者のうちは、確実にできそうなものを中心にやっていくんだ」
掲示板の前で先輩風を吹かしてみるけど、フェリクに聞いている様子はなく、様々なクエストに目をやっていた。
「荷運びのクエストは、案外ないものね」
「なんだ、俺のクエストを探してくれてたのか」
俺の心配よりも自分の心配をすればいいのに。
……いいやつなんだな、フェリクは。
じゃあ俺はフェリク用に何か探してあげよう。
二人して掲示板を見つめていると、冒険者たちの会話が聞こえてきた。
「聞いたか、竜騎士だってよ」
「ああ、聞いたぜ。空を飛んで怪我人を運んだんだろ!」
俺のことか……?
ちらり、とそちらを見ると、青年冒険者二人が話をしていた。
「ゴブリンの大群から冒険者を救ったって話もあるらしい」
「かっけぇな……」
「空から現れて竜を駆って剣を振り一瞬でゴブリンたちを追い払ったってな」
「やっべぇわ、マジかよ……」
おとぎ話の英雄譚を聞いているかのような冒険者は目を輝かせていた。
あの商人やフェリクと一緒にいた二人が話を広めたんだろう。
「何見てんだ、トカゲの召喚士!」
目が合うとすぐに絡まれてしまった。
「いや。なんでも」
俺がそうだって言っても、冒険者内の評価はこんなものだから信じてくれるとは到底思えない。
「隣のお嬢さん。トカゲの召喚士のそばにいないほうがいいぜ? な?」
「ああ。トカゲ臭くなっちまうからな!」
上手いことを言ったつもりなのか、二人が声を上げて笑いはじめた。
「ウチの子は臭くなんかないぞ」
と大笑いする二人に言うが、まるで聞いてない。
俺にはいつものことで、耐性がついているから大して腹も立たないが、フェリクは違ったようだ。
眉間に皺を作り、不機嫌ですってすでに顔に書いてあった。
「トカゲの召喚士と一緒にいたって、ロクなクエストできやしねえんだ。お嬢さん、オレたちと一緒に冒険しようぜ」
「ああ、それがいい。オレたちCランクなんだぜ。丁寧に教えてやるからさ。へへへ……」
鼻を伸ばした冒険者がフェリクの肩に手を回そうとする。
俺が腕を掴もうとすると、その寸前にフェリクが手をはたいた。
「あいてっ」
「触らないで」
振り返りざまにフェリクは二人を睨んだ。
「あなたたちのほうがよっぽどよ。臭いその口、閉じてもらえるかしら?」
フン、と鼻を鳴らして自慢の赤毛を払ってみせる。
「オレたちゃ親切にしてやろうとしてんだぜ? それをこの仕打ちかよ~」
「おい、メスガキ。調子こいてんじゃねえぞ」
凄んでみせる二人を前に、フェリクは恨みがましそうな目で俺を見る。
「どうして何も言わないのよ」
「こういうやつらは、何言っても信じないんだよ」
俺のほうが強いからといって、いきなり暴力に訴えるのもどうかと思う。
ただ、そのせいでこんなことになっているのだから、フェリクには謝りたいところだ。
「おまえら、これ以上失礼なことを言うなよ。自分が言われる分には構わないが、俺の周囲を巻き込むな。……忠告したぞ」
俺が殺気を滲ませひと睨みしてみせると、「うっ、な、なんだ、てめぇ」と少しひるんでいた。
「やっちまおうぜ! どうせトカゲ野郎しかいねえ!」
「ああ! そのメスガキの服剥いで犯しちまえ!」
「ボロボロにしたあとは奴隷商人に売りつけてやらぁ! いくら値がつくだろうなぁぁぁあ!?」
品性はゴブリン以下だな。
数が多いだけあって、こんなやつらがいるのも王都の冒険者ギルドの特徴だった。
脅しか何かのつもりで二人が武器を手にかけたときだった。
俺は瞬時に二人の懐に踏み込んだ。
「忠告しただろ」
俺は剣の柄でみぞおちを打ち、もう一人にはみぞおちに拳を打ち込んだ。
「あ、おっ……」
「ほんっ……」
くの字になって冒険者二人はその場に倒れた。
一瞬だったので、周りにいる人たちは二人が突然倒れたようにしか見えなかっただろう。
不思議そうに見ている人がほとんどで、騒ぎになる様子はない。
「びょ、病気かしら……」
見えなかったらしいフェリクは、違う心配をしていた。
「かもな」
きっと死んでも治らない頭の病気だろう。