素敵よ
警備クエストというのは、悪党や魔物が現れなければやることがないので、実は結構暇だったりする。
「……クエストって、こんなのでいいの?」
「警備クエストはこんなもんだ」
くわぁ、と俺はあくびを噛み殺して、橋を補修している大工たちを眺める。
期限は一日。明日はまた別の冒険者がやってくるだろう。
魔法は、実家にいたころ家庭教師を雇って習わせてくれたものだとフェリクは教えてくれた。
表情が少し悲しげなのは、家族のことを思い出したからだろう。
そこで幌馬車が一台やってきた。
橋の袂で止まり行商人らしき男が大工から事情を聞いている。
ふと、周囲に魔物の気配を感じた。
「フェリク、仕事の時間だ」
「え?」
魔物数体に、他に何人かいる。そのうち一人は魔物使いだろう。
そう予想したと同時に、茂みから短剣を装備した犬型の魔物、コボルトが四体姿を現した。
「で、出たわ!?」
「魔法だ。落ち着け」
昨日は、ゴブリンに接近されたせいで使えなかったんだろう。
ふう、と一度呼吸を落ち着かせたフェリクは、火炎魔法を発動させる。
「フレイムショット」
かざした手の平に火炎の弾が出来上がり、ボフン、と音を立てて飛んでいった。
「グォ!?」
上手く一体に命中した。だが、それでこちらの存在がバレてしまった。
「や、やったわ!」
「気を抜くな。他にまだいるぞ。おそらく商人の荷物狙いだろう。近づけさせるな」
「わかったわ!」
火炎魔法にコボルトはなす術がなく、一体、また一体と魔法を食らっていった。
「ここの警備を任されている冒険者です。やつらの狙いは荷物や資材でしょう。それは俺たちが守りますから、落ち着いて退避を」
俺は大工と商人に言うと、混乱している様子ではあったが、大工たちはきちんと指示に従って、敵とは逆方向へ逃げはじめた。
「あなたも早く!」
「そ、そう言って私の荷を奪う気なんだろ!?」
「そんなわけ――」
フェリクが戦っているっていうのに、どうしてそうなる。
頑として動きそうにないので、俺は仕方なくここを守ることにした。
「フェリク、そのまま魔法で攻撃と牽制を」
「わかったわ!」
俺はキュックを召喚した。
「召喚」
キィィン、と光を放ちキュックが現れた。狭いどこかに閉じ込められていたかのように、ぶるぶる、と首を振った。
「きゅぉぉぉぉ!」
「うぉぉおわああああ!? ど、どどどどドラゴン!?」
商人のおっさんが腰を抜かしている。相手をする時間が惜しい。
「キュック、周囲に人間がいるはずだ。見つけ次第やるぞ」
「きゅぉ」
背中に飛び乗ると、キュックは翼を広げてすぐさま空へ舞った。
空中から見ると、敵がどこに潜んでいるのかなんて丸見えだった。
茂みの中に三人いる。
密集はせず、連携や合図がしやすいような距離感だった。
おそらく、橋の補修工事を知って、実入りのよさそうな獲物を待ち伏せしていたんだろう。
コボルトにまず襲わせて、自分たちは手を汚さないつもりか?
心配になってフェリクの様子を窺うと、苦戦をしているようだった。
「くぅぅ、この! 当たらない!」
突然の火炎魔法に泡を喰ったコボルトだったが、慣れてきたのか、回避するようになっていた。
野生のコボルトではなく、魔物使いに使役されている。
理性的に回避や防御ができているのは、魔物使いの力によるところが大きい。
「まずはあいつだ」
「きゅ」
魔物使いと思しき一人に狙いを定める。
ようやく俺とキュックに気づいたが、もう遅かった。
「空だ、空!」
他の二人が矢を射ってくる。俺は剣で一本二本と矢を叩き切った。
キュックに直撃したが、カン、と安っぽい音を立てて矢は落ちていった。
「きゅう?」
何か当たった? くらいの声音だった。
ドラゴンの鱗は伊達じゃないらしい。
「頼もしいな、おまえは」
「きゅぉぉぉ」
キュックが滑空していき、魔物使いを間合いに捉えた。
「こいつ――ッ!」
敵が剣を引き抜くよりも俺の斬撃のほうが早かった。
抜きかけた剣を腕ごと斬り飛ばす。
それを機に使役の効力がなくなったのか、フェリクの魔法がコボルトたちを捉えるようになっていた。
炎弾を体に受けたコボルトは、その場を転がり、水を求めて川へ飛び込んでいった。
よし、コボルトはもういないな。
いつの間にか、二人が馬車を奪って逃走をしていた。
商人の男は、馬車が止まっていた場所でうずくまっている。
「フェリク、手当てを」
返事も聞かず、俺は逃げる馬車をキュックで追った。
「大兄貴はもうダメだが――ハハハハッ! これでしばらく食い物に困らねえな!」
「兄貴、ずいぶん金も貯め込んでるみてぇだ」
ギャハハ、とバカ笑いをしながら逃げる男たちに、俺とキュックは一瞬で並んだ。
「確かに食い物には困らなくなるだろうな」
御者台の兄貴と呼ばれた男が「へ?」と間抜けた声を上げた瞬間、俺は上段から斬り下ろす。
「ほぎゃぁ!?」
馬車から転げ落ちると、悲鳴を聞いたもう一人が荷台のほうから御者台のほうへ顔を出す
「あ、兄貴!? テメ、さっきの――!」
首元を掴んで荷台から引き抜くと、俺は地面に叩きつけた。
「おぶほッ……」
俺はキュックから御者台に乗り移り、幌馬車を止め、馬首を回してすぐにフェリクたちの下へ戻った。
「フェリク、どうだ」
「流れ矢だと思う。それが」
背中に刺さった、と。
苦しそうにしている商人の男は、小声で後悔をつぶやいていた。
「あ、あんたの、い、言うことを、聞いておけば……」
「そんなことはいいです。しゃべらないで。荷物は取り戻しました。安心してください」
そう言うと、商人の男はかすかに笑みを浮かべた。
「ジェイ、このままじゃまずいわ。早くお医者様に診せないと」
「キュックに乗ってこの人を運ぶ。フェリクはここでクエストを続けてくれ。この騒ぎを見ていた別の悪党がまたやってこないとも限らない」
「ええ」
俺は商人の男を背負ってキュックに乗った。
「帰りを、待っている、家族が、息子が……まだ五つで」
「ちゃんと家に帰れますから。心配しないでください」
俺はキュックに指示を出し、王都へ飛んでもらった。治癒師が営む診療所の屋根を見つけると、その付近に着陸した。
外から呼ぶと、治癒師の老婆が顔を出し、中に運ぶように指示をした。
商人をベッドに寝かせると、俺にできることはもうなく、世話を任せて診療所をあとにした。
「あの商人は大丈夫みたいだ。治癒師に治してもらった」
「そう。よかったぁ」
フェリクの下へ戻って報告をすると、へなへな、とその場にフェリクは座り込んだ。
「私一人だったらダメだったかもしれない。あなたのおかげよ」
「ついてないな。暇で終わることのほうが大半なのに」
俺も座り込むと、フェリクはため息をついた。
「まったくよ。昨日に続いて大変な目に遭ったわ」
くくく、と俺は思わず笑う。
それ以降物騒なことは何も起きず警備クエストはようやく終わった。
ギルドへの報告を終えて、報酬をフェリクが受け取る。
「商人さんの顔を見に行きましょう」
そう言うので診療所へ行くと、商人は王都に家があるらしく話を聞きつけた家族が集まっていた。
商人は目を覚ましており、血色もだいぶよくなっていた。
「この方たちが、助けてくれた冒険者さんだ」
商人から紹介されると、目に涙を溜めていた奥さんに何度もお礼を言われた。
「主人のこと、本当にありがとうございました。命の恩人です」
「いえいえ。私は大して役に立っていないから。そんなことより、無事で何よりだわ」
つんつん、とズボンを突かれて、下を見るとおそらく息子だろう。
小さな男の子がにかっと笑った。
「おにいちゃん、ありがとう」
「どういたしまして」
男の子が、ん、とどこかで拾った綺麗な貝殻を差し出した。
「くれるのか? ありがとう」
お礼を言うと、またにかっと笑った。
幌馬車を移動させた場所を伝えると、商人はすぐピンときたらしい。
「荷物も無事で……なんとお礼を言えばいいのか。お名前を教えていただけませんか。いずれお礼は必ずいたします」
「お礼は、これをもらったので結構です」
俺は貝殻を見せてフェリクとともに診療所を出た。
「あなたはきっと、感謝される仕事に向いているんだわ」
「そうか?」
「ええ。だって、いい顔しているもの」
俺を覗き込んで、フェリクがにこっと笑う。
「キュックがいるのなら、運び屋さんができるのに。人のためになるんだもの。そっちのほうが素敵よ」
キュックが謎の変貌を遂げてまだ一日。
考える時間がなかったが、たしかに、そういう冒険のやり方もありだな。