主従の少女と二つの依頼10
◆ジェイ・ステルダム◆
ロックとビンが運んでいた荷物は、あの家に置いたままにしている。
そのままでいいと説明すると、ビンもリーチェも不思議そうな顔をしたが、思った通りになって一安心だった。
リーチェを密かにケラノヴァ神国王都の城へ連れていき、ユーアを伴ってあの家へと戻ってきた。
二人で暮らせることにリーチェは素直に喜んでいたが、ユーアは引っかかるところがあるのか俺の心配をしてくれた。
俺が何か特別に働きかけたからこうなったのだと思っているようだった。
それは正しい。
シゼル王子とその父であるケラノヴァ王は、意外と話のわかる人だった。
嫁いできた王女は実質人質であり、ケラノヴァ神国側からすると、本人が城に常時いなくてはならないわけではないことを確認すると、俺は別荘……あの家でメイドと暮らすことを了承してもらった。
『だが、監視はつけさせてもらうぞ?』
『はい。本人が王城に留まる理由はなくとも、人質ではありますので当然のことかと。二人の……ベアトリーチェ様の身に何か起きたときに対応しやすいでしょうし』
『うむ。半分は護衛を兼ねておる。……それともうひとつ、条件をつけたい』
『場合によってはお断りさせていただきますが……どのようなものでしょう?』
『それは――竜使いであるそなたの竜を、国の神事や催事が行われる場合に貸してほしいのだ』
出された条件は、俺にとって大した相談ではなかったのでふたつ返事をした。
これが人質が別荘でひっそりと暮らす条件だった。
まずは本当に竜を扱えるのか。ってところからだったが、謁見の間にキュックを召喚してみせると、場がざわついた。
言うことを聞いてくれることも証明すると、交渉は成立した。
『我が国では、竜は縁起の良い魔物。我ら王家を含め、国の民は竜を信仰しておる。竜を従えている様子を見せれば、王家の求心力は高まるであろう』
むしろ、人質を預かっているだけより何倍もメリットがあるらしい。
訊くと、その催しとやらは四年に一回ほどだという。
そのときは賓客扱いされ、豪勢な食事の用意と、いくらかわからないがを報酬がもらえるらしい。
俺としては多少手間ではあるが、悪い話ではなかった。
こうして大人の話し合いは、お互いにとって最良の形で幕を閉じた。
そして、俺は二人をあの家まで連れてきていた。
ロックは戻ってもらっているし、ビンたちにも撤収してもらっている。
「なんて膨大な量なの」
荷物を前に、呆然とリーチェが立ち尽くしていた。
「リーチェがあれこれ持っていくって言うから」
「いるでしょ! なくて困ったらどうするの」
「ふふふ」
二人の和やかな会話は、静かな湖畔によく響いた。
「じぇ、ジェイ、様」
「どうした」
「お食事の準備をしますので少々お待ちいただけますか? たいした食材がないので、おもてなしするには粗末な物になってしまうかもしれませんが」
なるほど。お礼がしたいわけか。
「二人の依頼の報酬は、リーチェからもらっている」
これな、と俺は適当に選んだ宝石をひとつ見せた。
「だから、気を遣わなくてもいいよ」
「で、ですが……」
「気づいてあげなさいよー。もう。朴念仁!」
リーチェが横から口を出してきた。
ずんずん、と俺との距離を詰めようとするリーチェを、ユーアが袖を引っ張って止めている。
「あのねー。ユーアはあなたに自分の手料理を食べてもらいたいの!」
「ちがっ、違うっ……!」
ユーアの顔はいつの間にか真っ赤になっていた。
「じゃあ、また後日来る。それでいいか?」
リーチェが水を向けるようにちらりとユーアを見ると、ふんふん、と何度もうなずいていた。
「了解。それじゃ、またな」
水辺で魚と戯れているキュックを呼ぶと、ばしゃばしゃと足音を立ててこちらへやってくる。
「ジェイ様――」
飛び立とうとかというとき、ユーアが紙片をもって駆け寄ってきた。
「手紙か? どこまで?」
「違います……。もう、到着はしましたから――」
? と首をかしげると、ユーアは逃げるように去っていく。
耳まで赤くしているユーアを見たリーチェがニマニマしていた。
「なんてはしたないメイドなのかしら~」
嬉しそうに芝居がかった口調で言った。
「いつ書いたの、そんなのー?」
「~~っ」
何も言わせまいとユーアがリーチェの口を手で塞いだ。
「ちょっと、黙って」
「主の口を塞ぐなんて、いい度胸しているじゃない」
「これ以上ジェイ様に余計なことを言うと、ご飯、作らないから」
「……」
主従の関係はこれからも続きそうだが、パワーバランスはユーアのほうが上になりそうだな。
元々仲のいい二人だ。
なんだかんだ言いながら協力して暮らすんだろう。
俺は別れの挨拶を口にしてキュックに合図を送る。
「ジェイ!」
「ジェイ様!」
声に振り返ると二人が手を振っていた。
「全部全部、ありがと――! 本当に、ありがと――――――!」
「お礼、全然まだ足りていませんので! いつでも! お越しください! わたし、わたし……いつまでも待っていますから――――!」
俺は後ろに向けて軽く手を振った。
キュックの足が地面から離れると、首筋を撫でた。
「俺たち、いい仕事をしたと思わないか、キュック」
「きゅぅ」
同意するような相棒の鳴き声が聞けて俺も満足だった。
風がびょうと耳元で鳴る。
キュックは翼を動かし、徐々に高度を上げていった。




