お人好し
「ごゆっくりどうぞ」
アイシェが、俺たちを一番奥の目立ちにくい席へ案内してくれた。
目の前に座るフェリクは不満げに唇をへの字にしている。
フェリクの容姿は他の客の目を引くものだったようで、珍しげにこちらを窺っているのがわかった。
それはアイシェもそうだった。頬を上気させながらワクワクしたような顔をしている。
アイシェ、期待に沿えなくて悪いが、恋を語らうわけじゃないぞ。
俺を雇うと言い放ったお嬢様は、唇を尖らせていた。
「もう一度言うけど、俺は誰かを世話したり教えたりするつもりはないんだ」
トカゲの召喚士って陰口を叩かれているくらいだ。フェリクまで笑いものになってしまう。
自分で言うのもあれだが、Sランクは結構な冒険者ギルドへの貢献度と実力を示すものだ。
だが、ギルド関係者以外、それを知っている者はいない。
冒険者になってから、俺はパーティを組んだことがない。
上がっていったランクを見せびらかしたり自慢したりすることもしなかった。
だから、俺をSランクと知らないやつらにああやってバカにされることがある。
「雇えと言ったのはあなたでしょう?」
「俺を雇えとは言ってない。せっかくの一〇万がもったいないぞ」
「……元々、あなたのお金でしょう? 使い方は私が決めるのに、勝手ね」
「このじゃじゃ馬は、ああ言えばこう言う」
「だ、誰がじゃじゃ馬ですって!」
俺の頬を張ろうとしたフェリクの右手をぺし、とはたく。
「俺を叩こうなんて十年早い」
フェリクの口角がどんどん下がっていって、両手で顔を覆った。
「お父様にもお母様にも乳母にもあんなことを言われたことはないのに……」
ざわざわと店内がざわついている。めちゃくちゃ注目されていた。
トカゲの召喚士が少女を泣かせていた、なんて噂が立つと、また仕事がやりにくくなる。
「いや、その、悪かった。言い過ぎた。謝る。この通りだ」
ためらいもなく俺は頭を下げた。フェリクを見ると、まだ手で顔を覆ったままだった。
「わからないの。冒険者になったはいいけれど、誰の言葉を信じていいのか。騙されているかもとは思ったわよ……でも、あの二人は親切そうにしてくれたから」
あー……、なんか、ここまでの不安や不満を一気に噴出させちまったらしい。
親切そうにって思わせるのも手口なんだぞ、と言ってやりたいが、火に油を注ぐことになりかねない。
俺は困ってアイシェを振り返ると、怒ったように顔をしかめて、首を振っていた。
「はぁ……わかったよ」
頭をかきながら、俺はため息とともに言った。
「一〇万で受けてやろう」
「本当?」
顔を隠していた手がなくなると、そこには期待感ばっちりの明るい表情があった。
……泣いてたんじゃないのかよ。
「ただし、一回きりだ。高いと思うならやめろ」
「いいわ。元々私が稼いだものでもないし」
一回くらいならいいだろう。
付き合いを長くすると、「トカゲの女」だなんてしょーもないことを言ってバカにするやつが出てくるだろうから。
翌日、ギルド前で待ち合わせをしていると、フェリクがやってきた。
「今日からお願いするわね」
「今日からじゃなくて、今日だけな」
「頑なね。いいじゃない。ここを拠点にして活動をするなら、あなたと顔を合わせることも増えるのだから」
「協力してやるのは今日だけだってことだよ」
俺が教えられることって、何かあるだろうか。
昨日別れてから、宿屋で考えていたが、これといって何も思い浮かばなかった。
中に入ると、今日も冒険者ギルドは活気づいていた。
「フェリクは、Eランク?」
「ええ。なりたてのEよ」
ギルドで受けられるクエストは、掲示板に張ってある公募系クエストが主で、ときどき受付嬢が個別に案内してくれるものの二種類。
「フェリクは何ができるんだ?」
「細剣と今のところ火の初級魔法。今のところね、今のところ」
いずれ中級も使えるようになるぞっていうアピールがすごい。
「魔法がメインならそれに合ったクエストを選ぶことだ」
昨日のゴブリン退治はスタイルに合っているクエストだったが、運悪く敵の数が多すぎた。
「講習クエストでもいいんだぞ。慣れないうちは」
冒険者になりたてのFランクが受ける超簡単なクエストのことだ。通称講習クエスト。
冒険者ギルドの使い方やクエストまでの流れを覚えるためのものだ。
「いやよ。せっかくEランクなのだから、Eを探すわ」
俺のススメを断って、クエスト票を一枚指差した。
「橋の補修警備」
見てみると、橋の補修工事をしている間、大工を守ってほしいというものだった。資材を狙う盗っ人もいるんだろう。
「よし。じゃあそれにしよう」