主従の少女と二つの依頼8
外に出て輸送隊を確認すると手を振った。
何人かが手を振り返したとき、彼らとは違う馬蹄の音が響いた。
「んぉ!? なんだ、テメエら!?」
ビンのダミ声が聞こえた。
輸送隊を追い抜かす形で森から飛び出してきたのは、数十騎の騎兵だった。
一心不乱にこちらへ突進してくる。
どうやら反対派に尾行をされていたようだ。
「あの家だ! 荷物をわざわざこちらへ運ぶのは、何かワケがあるはずだ!」
先頭の隊長らしき男が部下に指示を出した。
リーチェ本人がここにいることはバレていないだろうが、なるほど、荷物を尾行すれば本人の下へ届くのだから、追いかけてくるのも当然か。
ただ、やつらの予想以上にキュックが速く、もう『王女』は到着済みだった。
そして面倒なことに、入れ替わっているから本物がここにいる。
「きゅぉぉぉぉぉぉ!」
キュックが遠吠えをする。
「むぉぉぉ!」
ロックが呼応するように雄叫びをあげた。
「やるんだな!? いいぜ、やってやろうぜ!」
召喚獣同士の意思疎通があったらしい。
「あいつらを中に入れるな」
キュックに乗った俺は指示を出した。
荷物をその場に置いた輸送隊が怒号を上げて駆け寄ってくる。
「むぉぉう!」
戦斧を構えたロックが最後尾目がけて横に振り抜く。
「ぐわぁあああ!?」
数人の騎兵がロックによって吹き飛ばされ、湖に落ちた。
「ロックに遅れを取るな! 行くぜ、野郎ども!」
ビンが威勢のいい声を上げて手下たちを鼓舞した。
「キュック、俺たちは先頭のあいつだ」
「きゅ」
キリリ、とキュックが前方を睨んだ。
ど、ど、ど、どどどどど、と駆け出し、速度が出るとキュックは低く飛んだ。
「竜騎士と呼ばれる運び屋の男! 悪いことは言わん! 手を引け!」
隊長らしき男の馬が立ち止まり、槍を頭上で振り回しながら威嚇をした。
「貴公の実力や能力は十分に理解をしておる! 無駄に争うつもりはない! この場から去るがいい!」
「悪いが、こういう荒事込みで運び屋をやってるんだ、ウチは」
こいつらは知らないだろうが、すでに偽王女を先方に運んでいる。ここにいる少女が本物だとこいつらにバレれば大変なことになる。
グランイルド王国は、友好の証として偽物を差し出したことになってしまう。最悪外交問題にまで発展するかもしれない。
騎兵部隊の後方では、ロックが敵兵を弾き飛ばしている。
「ちぃ! あのデカぶつめ!」
隊長の男が舌打ちをした。
リーチェとユーアの我がままがこんなことになるとはな。
あの二人は、依頼人でもある。それなら――、
「ここは死守させてもらう」
「融通の利かぬ男よな」
「……あんたもな」
ヤァッ! と隊長の男が馬腹を蹴り、槍を構えこっちへ突進してくる。
「フラビス城塞を落とした大英雄とささやかれる最強の竜騎士……! 相手に不足なしッ!」
間合いに入った刹那、鋭い槍の刺突が気合いとともに放たれる。
俺は抜き放った剣で穂先を跳ね上げた。
次の瞬間、槍の柄の部分で攻撃が続く。
「クハハ! 竜騎士殿! 騎乗での動きはまだ未熟らしいなァァ!」
「かもしれないな」
けどな。
「あんたの得物を真っ二つにするくらいはできるぞ」
剣に体重を乗せ振り下ろす。
防御に出た隊長の男は槍の柄で攻撃を受けようとするが、俺はそれをズバンと叩き斬った。
「なにッ!? 槍が――!?」
槍を諦めて腰の剣を抜こうとしたが、それを許す俺ではない。
横に薙ぎ払おうとした剣を、男の首筋でぴたりと止めた。
「俺の仕事に手を出すな」
そこで隊長の男は、諦めたようにふっと力なく笑った。
「まごうことなき、剛の者であったか。……噂通り――いや、噂程度ではまだまだ過小評価であるな」
戦意がなくなったのがわかったので、俺は剣を納めた。
他の騎兵たちは、ビン一味とロックに苦戦しており、馬上にいる兵士はもう数えるほどで、他は地面でうずくまったり、吹き飛ばされた湖からどうにか這い上がってきたり、部下も戦う気力はなさそうだった。
「そなたと仕合えてよかった。これ以上挑んでも命を無駄にするだけであろう。部下も殺さず生かしておいてくれて……。撃退された、と正直に報告させてもらおう」
馬首を巡らせ、隊長の男は部下に檄を飛ばす。
「任務は失敗に終わった。我らはこれより帰還する」
部下たちは馬に戻ると、整然と騎兵たちは引き上げていった。
「ジェイ!」
心配だったのか、リーチェが窓から顔を出していた。
「追っ手は撃退した。荷物もそこまで来ている。リーチェ、お姫様に会いにいく準備をしてくれ」
「わかった!」
扉から出てくると、リーチェは荷物のところまで駆け寄り、必要最低限の物を選び鞄に詰め込んでいた。
「どういうことなんです、お頭?」
ここに荷物を運べとしか指示をしてなかったので、ビンが不思議そうにしている。
「王女が、王女に戻るんだよ」
ざっくり言うとこうである。
だが、わけがわからなさそうにビンは首をかしげていた。




