主従の少女と二つの依頼5
◆ユリエラ・フロウズ◆
ユリエラと彼女の主であるベアトリーチェは、扉の隙間から運び屋の戦いをこっそりと覗いていた。
「や、やっつけたわ……! 六人もいたのに」
「ジェイ様……すごいです」
半分はキュックと呼ばれたドラゴンが倒したが、それでも彼の鮮やかな身のこなし、剣捌きはユリエラの目に焼きついていた。
毒のこともそうだ。
自分は何の警戒心も抱かず、ベアトリーチェに毒入りの飲み物を渡してしまった。
すぐにそれに気づいたジェイには、感謝してもしきれない。
「お嬢さん方、覗きはいい趣味とは言えないな」
「ひゃ」
「きゃ」
いつの間にかこっちを見ていたジェイに、二人はそろって扉を離れた。
ジェイが中に戻ってくると、ベアトリーチェが咳払いをした。
「どうなっているのか気になったの。いいじゃない、カッコいいところをユーアに見せたんだから」
「カッコいいところって……」
ジェイは困ったように笑う。
目尻が下がり、目元に笑い皺ができる。
「……」
ぼんやりとその顔に見惚れていると、ニマニマするベアトリーチェが肘で突いてくる。
「二人きりにしてあげるけど?」
「い、いいっ、いいからっ、そういうのっ」
抗議としてベアトリーチェをペシペシと叩くユリエラ。
胸の中から熱っぽい何かが顔まで上がってくる。
「変なこと、言わないでっ」
「そお?」
ベアトリーチェはいたずらっぽくこちらを覗いてくる。
こんなふうに会話ができるのも、もうこれが最後。
それを思い出すと胸が締め付けられる。
ベアトリーチェとは、物心がついたときからそばにいて、お世話をしてきた。
厳しいことを言われた経験はなく、むしろユリエラが叱られたときは、「あんな言い方しなくってもよくなーい?」とフォローしてくれた。
ベアトリーチェは、ハマった小説を貸してくれる。そのあと、決まってどの人物が好きだったのかを尋ねてきた。二人は誰もいない私室でそんな他愛もない話をよくした。
「そっちの予定だとここで入れ替わる。俺はそんなことは知らない。ってことになる。…………それで、本当にいいんだな?」
ジェイが最後の確認をしてくる。
「ユーア、あなたは本当にいい?」
「もちろん」
ユリエラはにっこりと笑顔を返した。
「でも、リーチェと離れるのは、とても寂しい」
「あたしもよ」
ベアトリーチェは泣きそうになっていた。自分も似たような顔をしているだろう。
そっと二人で抱き合い、背をさすった。
「ユーア、あなたのおかげで、あたしは普通の少女になれる」
「ううん。リーチェのおかげでわたしはすごい豪勢な生活が送れる」
「リーチェは、家にあてがあるんだったな?」
「そう。そこに降ろしてくれたらいいわ」
「で、そこに荷物を運べばいいんだな」
ジェイが仕事の段取りを確認する。
「そして、ユーア……今後はベアトリーチェ王女殿下か――彼女を、ケラノヴァ神国へ届ける、と……」
よしよし、と何度かうなずくジェイは、気を遣ってか小屋をあとにした。
「着替えるのなら早くしてくれ」
「わかったわ」
ユーアは、ベアトリーチェと服を交換する。
手荷物用の鞄には、ユーアの荷物だけが入っていた。
それから、三人はまたキュックの背に乗り移動を開始する。
ベアトリーチェがジェイに指示しながら、新生活をはじめる湖畔の一戸建てを探す。
二〇分ほどでそれは見つかった。
キュックがゆっくりと着陸すると、家に誰もいないことを確認したジェイが戻ってくる。
「人の気配も、誰かが勝手に使っていた気配もない」
「ありがと」
キュックが湖の水をガブ飲みしているので、ぱちゃぱちゃという音が聞こえてくる。
手ぶらのベアトリーチェは扉の前でこちらを振り返った。
「手紙、絶対に書くから、返事書きなさいよ? ベアトリーチェ殿下ちゃん」
「うん。絶対書く」
「王家の愚痴はたくさん聞いてあげるから。がんばってね……」
「うん……っ」
目にいっぱいの涙を溜めたベアトリーチェが、ユリエラの下へ駆け寄ってくる。
ユリエラもベアトリーチェの下へ向かい、また二人は抱きしめ合った。
「ありがとう。あなたがいてくれたおかげで、あたしは」
「今まで楽しかったよ、リーチェ。わたしもありがとう!」
自分と同じ髪の色をした髪の毛をユリエラは撫でる。
「リーチェ、気をつけてね。一人で暮らすなんて、心配で……」
「大丈夫よ。お料理もお洗濯も、あなたが教えてくれたじゃない」
「そうだけど」
王城でベアトリーチェに家事をこっそり教えたことを思い出し、また少し泣けてきた。
「魔法もちょっとだけど使えるし、ユーアよりあたしのほうが全然大丈夫だと思うわ」
「……そうかもね」
本音の端が少しだけ漏れてしまった。
「ビン……召喚獣のおっさんとオーガに位置の詳細を伝えた。元々ここらへんを目指しているから、荷物は一日ほどで届くはずだ」
「ありがとう、ジェイ。あなたでなければ、こんなこと、頼まなかった」
「変なことしてバラすなよ?」
「バレようがないわ」
周囲を見回したジェイは「そうかもな」と肩をすくめた。
休憩が終わったキュックに、ジェイとユリエラは乗り込む。
ベアトリーチェは、別れの挨拶を大声で言ったあとも、ずっと地上から手を振ってくれた。
「ぐす……」
移動を再開すると、メソメソするユリエラを見かねて、後ろに座っているジェイが頭を撫でた。
「依頼してくれよ。手紙でなくても、運ぶから」
「……はい」
そうだった。
竜騎士と呼ばれる彼は、最強の運び屋。
竜に乗り、あり得ない速度で空を翔ける。
離れた場所に住む人間くらい、あっという間に連れてきてしまうだろう。
「頑張れよ。ベアトリーチェ王女殿下」
「あの子のためだから、頑張ります」
そう言ったユリエラは涙のあとを拭った。




