主従の少女と二つの依頼4
魔王軍を避けるために迂回路を通っているため、一度キュックを休ませる必要があった。
突然敵に襲われて、逃げきれません、じゃ話にならないので、俺はあらかじめ側近たちとの打ち合わせで休む場所を決めていた。
冒険者のときに何度か使ったことのあるセーフハウスを指定すると、水や食料を運んでおくと言ってくれたのだ。
そのセーフハウスがある森に差しかかり、徐々にキュックの高度を落としていき、古ぼけた一軒家を見つけてそこへ着陸してもらった。
「予定通り休憩ね。疲れた~」
木こりたちが使っている粗末な小屋だったが、リーチェもユーアも文句は言わなかった。
側近が手配してくれたらしい水と食料も置いてある。
幸い誰かが手をつけた様子はない。
埃っぽいベッドにリーチェとユーアが腰かける。
「お水飲む?」
「ええ。ちょうだい」
ユーアが水の入った革袋を手に取り、リーチェに渡す。
「乗っているだけとはいえ、体が痛くなるのは馬車と同じなのね」
やれやれと言いたげに革袋を口を開けた。
俺も同じものをひとつ取って口をつけようとする。
「ん?」
何かおかしい。
におい……?
冒険者時代の勘みたいなものだった。
不審に思った俺は、届けられた物資の周囲を確認する。
すると、革袋を噛んで水を飲んでいたらしいネズミの死体があった。
「リーチェ、待て」
「んー?」
今まさに飲もうとしていた革袋を俺は手で弾き飛ばした。
「きゃ!? ちょっとー! 何すんのよ!」
「ジェイ様、どうしたのですか」
「その水……いや、たぶん食料もだろう。毒が仕込まれている可能性がある」
二人は不安げに表情を曇らせ顔を見合わせる。
俺はネズミの死体を指を差した。
「……喉を潤そうとしたら、こいつはこうなったらしい」
「最悪。反対派の仕業ね」
「婚姻は、望まれているわけじゃないのか」
「望んでいる派閥と、そんなの許さんって派閥があるのよ。反対派の中でも過激な連中がいて」
「そいつらの仕業ってことか」
グランイルド王国は一枚岩じゃないらしい。
「ジェイ様、助かりました。止めてくださらなかったら、わたしはリーチェに毒を飲ませたことに」
「間一髪だったな」
「ありがとうございます……!」
「勘が働いたってだけだから。気にすんな」
とんとん、と労うように俺は肩を叩く。
「あ、はい……」
ユーアがはにかむように目を伏せてうなずいた。
「ユーアは、めちゃめちゃにされるほうが燃えるらしいわよ?」
「~~~~ッ、違う……っ!」
強く否定したユーアは、ニヤニヤしているリーチェをいつもより強めに叩いた。
仲良いんだな、本当に。
その過激派とやらは、俺たちがここで休憩するってことを知っているはずだ。
……たぶんあの側近の部下の誰かが、情報を漏らしたんだろう。
「セーフハウスはアウトって可能性がある」
「ジェイ、どうしたの」
「どうしたのですか?」
「ここにいるのはマズい。出よう」
毒を仕込むだけで終わるはずがない。
それを確認するはず。
「きゅぉぉ!」
外でキュックが声を上げた。
のんびりとした鳴き声ではなく、どこか切迫したような鳴き声だった。
「外を確認する。二人は俺がいいと言うまで出るなよ」
怯えたような表情をするリーチェと、怯えを健気に隠そうとしているユーアがうなずいた。
俺は、扉の隙間を少し開けて外を窺う。
ゆっくり開けて外に出ると、キュックが一方に向かって吠えていた。
囲まれているな。六人くらいか。
「高額報酬の荷物ってやつは、どうしてこんな面倒なことになるんだろうな。な、キュック」
「きゅぉ!」
木陰から矢が飛んでくると、俺は剣で叩き切った。
別の矢がキュックに当たったが、鱗に弾かれて落ちた。キュックはまるで意に介さずという感じで、当たったことにも気づいてなさそうだった。
「王女ベアトリーチェを渡せ」
敵の声が聞こえたのはいいが、音が木々に反響するせいかどこから話しているのかわからない。
「断る! 送り届けなくちゃいけない人なんだ。こっちも仕事なんでね」
ざざ、と足音がすると思った通りセーフハウスを囲んでいた六人が姿を現す。
数人が矢をつがえて、別の数人は魔法を放とうとしていた。
俺は地を蹴り魔法を放とうとしている敵のもとへ駆け寄った。
「簡単に撃てると思うなよ」
剣の柄で鳩尾を強打する。どすん、と重い音を立てて敵がくの字になると、そいつをそばにいた一人へとぶん投げる。
「うごぉあ!?」
矢を放とうとしている敵には、キュックが突進していった。
「矢が――弾かれる!?」
キュックが尻尾を振り回すと、直撃を受けた敵が木に叩きつけられた。
魔法を諦めた敵が、剣を抜いて気合いと共に俺へ突っ込んできた。
「こんな遠くまでご苦労様」
遅すぎる。
足さばきも剣の扱いも雑だし、戦闘力はビンの手下レベルだ。
「ぬかせッ!」
どういう意味だそれ。
斬りかかってきた敵の剣を弾き飛ばすと、ちょうど真上の枝に突き刺さった。
「た、ただの運び屋、じゃ、ないのか……!?」
腰を抜かした敵がずりずり、と後ずさっていく。
キュックのほうは、残った敵を尻尾で吹き飛ばし、もう一人は足で踏みつけている。
俺とキュックは、圧倒的な戦力差を見せつけてしまったらしい。
「残念だったな。冒険者としてはSランクなんだ」
「Sランク……敵うはずがない……」
完全に心が折れたらしい男は、もう抵抗する様子は見せなかった。




