主従の少女と二つの依頼3
輜重三台がロープで繋がれ、一台一台は山のような荷物が積んであった。
それを崩れないようにロープで固定している。
王都の城外に兵士五〇人ほどが引っ張ってくるのを俺は眺めていた。
王女様……リーチェはもう王様との別れは済ませたらしく、すっきりとした顔で荷物がここまで来るのを見守っている。
「減らせって言っただろ……言ったでしょう?」
人目があることを思い出し、俺は丁寧な言葉に言い直した。
「これでも減らしたのです。どうしてそのような意地悪を仰るのですか?」
リーチェの素の表情を知っているから、王女様モードだとちょっと笑いそうになってしまう。
「申し訳ありません、ステルダム殿……。ベアトリーチェ様がもうこれ以上減らせないと仰せでして……」
責任者である側近は、困り顔で俺に平謝りをした。
「いえいえ。予想より多いですが、たぶん大丈夫だと思います」
「本当に大丈夫なの?」
素の口調で俺に尋ねてくるリーチェ。
「心配なら一台分くらい減らしてくれるか?」
小声でそう言うと、ぷるぷると首を振った。
この王女様はいい性格してるな。
俺たちと一緒に運ぶ鞄は、ユーアが持っていた。
旅行鞄ほどの一抱えの大きさだった。
……ということは、あれがユーアの――。
「本当にいいんだな」
最後の最後に俺は確認すると、リーチェとユーアの二人は同時にうなずいた。
……覚悟は決まってるってわけか。
俺は魔力を使い、キュックとビンとその仲間とロックを呼び出す。
「きゅ!」
「むぉ」
「うぉっしゃぁぁぁあッッッ! やるぞ、オラァァァァッッッ!」
様子を見ていた兵士や側近たちからどよめきが上がった。
「これがあのドラゴン……!」
「オーガもいるぞ!」
「あれは賞金首だった黒狼じゃ……?」
「手下も一緒に出てきたぞ!?」
様々な声が上がる中、ビンが荷物を叩いた。
「あー、これが話にあったら荷物か。――お頭、これを運べばいいんですかい?」
「ああ。ロックと手下たちで頼む」
「うーす!」
「むぉぉ」
ロックの腰には、戦斧とそれを差すための革製のホルスターがつけられていた。
ホルスターはビンが発案して手下たちと一緒に作ったという。
ビンが慕われる理由がちょっとわかった気がする。
「ロック、曳いてみてくれるか」
「むぉ」
輜重に繋がっているロープを掴むと、ロックは歩きはじめた。
軽々といった様子で、ロックは重さを感じていないようだった。
「よし。大丈夫そうだな。ビン! ケラノヴァ神国に入るときは、これを」
俺は側近から預かった入国用の証書を渡す。
中の書面には王家の紋章印が捺されている。
「そっちは頼んだぞ」
「了解です! ロックと手下どもがいりゃ、余裕でさぁ!」
さっき側近から、「安すぎて申し訳ないから」と一〇〇万リンが追加で手渡された。
もらいすぎてこっちが申し訳ない気分になるが「あの額は、破格すぎて無礼なのでは?」という気になったらしい。
無事に終わったら、これはビンたちのために使ってやろう。
山盛りの荷物が載った輜重三台をビンと手下たちが荷物の周りを囲み、ケラノヴァ神国へと出発した。
「では、俺たちも行きます」
「ベアトリーチェ様とユリエラをよろしくお願いいたします」
「はい」
何も言わずとも、キュックがこちらへやってくると、乗りやすいように地に伏せた。
「や、やばいわ。テンション上がる……!」
「リーチェ、素に戻っている」
「だ、だって。ドラゴンよ、ドラゴン」
「いいから早く乗れ」
興奮気味のリーチェを促し、キュックに乗ってもらう。次にユーアが鞄を持ったまま遠慮がちに乗った。最後尾に俺が乗ると、キュックが翼を羽ばたかせる。
側近と兵士たちは、巻き起こった風を遮るように手や腕で顔のあたりを覆った。
空へ舞い上がると、リーチェは地上にいる見送りの人たちへ手を振っていた。
「上手くいくのか?」
二人からの依頼を聞いて、俺はもう何度目かわからない質問を投げかける。
「上手くいくわよ。あたしとユーアはウリ二つなんだから」
「はい。ご心配には及びません」
「たしかに、背丈も体格も髪も目の色も似ているが」
……入れ替わるなんてバレないのか?
「遊びで二週間ほど入れ替わってみたことがあったのよ」
「二週間? 二週間も?」
「あたしと常に一緒のユーアは、完璧にあたしになってみせたのよ。お父様にだってバレなかったんだから」
すごくない? とイタズラを大成功させたリーチェは、愉快そうに振り返った。
……あの日、この二人から受けた依頼は、ベアトリーチェ王女殿下に扮したメイドのユリエラをケラノヴァ神国に送り、本物は指定するとある一軒家のあたりまで送り届けてほしい、というものだった。
成功すれば、ユーアは王女としてケラノヴァ神国の王子の元へ嫁ぎ、代わりにリーチェは誰も知らない田舎でひっそりと暮らすことになる。
リーチェは王女としてではなく、普通の女の子として生活をしたいと言った。
ユーアもリーチェがそれを望んでいるのなら、喜んで王女になる、と語った。
もしバレたら、俺も責任が問われる。
偽物と荷物だけを届けて、一番大事な王女様を別の場所へ降ろしたってことになるからな。
「王様は、リーチェは王子のことを想っているって言ってたぞ」
「シゼル王子と顔を合わせたのはまだ二回だけで、本当は好きでもなんでもないのよね」
と、リーチェは言う。
婚姻が決まってから、入れ替わりを思いついたリーチェは、即バレ覚悟でユーアと試しに入れ替わったら上手くいった。……上手くいってしまった。
「だぁ~れも気づかなかったわ」
大成功させたイタズラは、退屈な日々に刺激をもたらした反面、寂しくもあったという。
「誰も、あたしのことなんて、気にかけてないのよ。お父様も、みんな……」
「みな様を騙せたから計画したわけではないのです」
ユーアが補足した。
「最初は、きちんとリーチェは嫁ごうとしていました。ですが、それが上手くいかず……そんなときに、凄腕の運び屋がいるから彼に依頼するという話を耳にしたのです」
「ユーアに噂が本当なのかきちんと調べてもらったわ。ね?」
話を振ると、ユーアはこくこく、と無言でうなずく。
「そしたら、ユーアったら、ジェイのこと好きに、」
「っ――!」
しゅばっとユーアがリーチェの口を手で覆った。ちらっと気づかわしげにユーアがこっちを盗み見ると、目元から耳にかけて真っ赤になっていた。
リーチェがユーアの手をどかした。
「んんんっしょっと。口が滑ったわ。まあともかく、ビビビっときたのよ。これはもう運命よってね」
そこからは俺が知っている通りのようだ。
「なるほどな。何かの巡り合わせみたいなものを感じたわけか。ちなみに、俺が王様たちにバラしたらどうする気だったんだ?」
「信用があるから王家に依頼されているんでしょ?」
俺の口が堅いってことも見越していたらしい。
「それに、あなたが告げ口をして、誰が信じるの? そんな突拍子もない入れ替わり作戦なんて」
イタズラを成功させた実績を知ってなけりゃ、不可能に思われる作戦だ。
実の娘が、王女をやめたいとも思わないだろうしな。
「それもそうか」
「バレなければ、あたしたちもお父様も、あなたも幸せなのよ」
まったく、とんでもない王女様だ。
あたしたちもって言うが、ユーアはいいんだろうか。
リーチェとは親友のような距離感だが、人生がガラっと変わることを意味する。
「わたしは、元々王家の人たちの暮らしに憧れていたので。使用人としてお世話をさせていただいていたこともあって、あの方々のことには詳しいですから」
二人が納得しているのならいいが。




