主従の少女と二つの依頼2
会議所にやってくると、俺はさっそくリスト化された荷物に目を通していった。
荷物は想像の五倍くらい多い。
そりゃ身の回りの物はいるだろうが、どうしてこんなに多いんだ。
王女様と一緒に運べなくても問題ないか確認すると、それは大丈夫らしい。
俺にはロックがいる。
軍のでかい輜重を用意してもらえば、そこに荷物を載せてロックに曳かせればいい。
バカでかい戦斧を持っているロックを見て近づこうと思う輩がいるとは思えないが、実戦経験豊富なビンと部下たちをさらに護衛につければ、安全性はかなり高まるだろう。
こんこん、と会議室がノックされると、品のあるイブニングドレスを身にまとった少女が一人中に入ってきた。それに続いて、使用人らしきメイドの少女もやってくる。
「ベアトリーチェ様」
側近たちが頭を下げて顔を伏せる。
俺もそれにならった。
「御機嫌よう。顔を上げてくださいまし。貴方がわたくしを運んでくださるお方ですの?」
「はい。ジェイ・ステルダムと申します。おそらくケラノヴァ神国までは、順調にいけば一日半ほどで到着できるでしょう」
「ずいぶんお速いのですね」
「ただ、そのためにはお荷物を少なくしなくてはなりません」
「荷物を?」
「荷物は手荷物とそれ以外に分けていただけないでしょうか? 手荷物は、鞄一つ分ほど。向こうですぐに使う必要のある、ごく限られた荷物を殿下と一緒に運びますので」
「かしこまりましたわ」
……意外と素直なんだな。
もっと渋ったり我がままを言ったりすると思っていたが、俺が思っている王女様像とは少し違っていて驚いた。
「ユーア」
「はい。殿下」
呼ばれたメイドが返事をした。
「荷物を選んでいただけますか」
「承知いたしました」
「あの、ジェイ様。こちらのメイドのユーア……ユリエラもわたくしと一緒に運んでくださいますか?」
想っている相手がいるとはいえ異国の地。
身の回りの世話をする者はあちらでも用意してくれるだろうが、顔なじみがそばにいてほしいという気持ちはわからないではない。
俺を入れて運ぶ人間は三人となっても、まあ、問題ないだろう。
「ええ。仰せのままに」
「それはよかったです。ね、ユーア」
「はい」
返事をするだけのメイドだったが、王女様の問いかけに、小さく笑顔を返した。
「ユリエラは、ベアトリーチェ様とは主従の関係であれど、幼い頃からともに過ごしてきた仲なのです」
側近がこっそりと教えてくれた。
それから、当日の打ち合わせをしばらく行った。
地図を見ながら、魔王軍の支配地域を迂回するようにルートを決めていった。
やっぱり一日半もかからないな。
「では、ステルダム殿。どうかよろしくお願いいたします」
「はい。また当日こちらまで伺います」
側近と部下たちが会議室を出ていく。
それを見送るように、ユリエラことユーアが廊下まで出ていき、そして戻ってきた。
「荷物、減らしてくださいね」
そう言って俺が出ようとすると、ユーアに袖を掴まれた。
「ジェイ様、お話をしたいことがあります」
「?」
不思議に思った俺はまた中に戻る。
三人だけとなった会議室で、王女様が大きなため息をついた。
「肩凝る~。あのしゃべり方もこの服も、もうほんと疲れるのよね……」
「リーチェ、肩を揉みましょうか」
「よろしく~」
王女様が砕けた態度になると、メイドのユーアも愛称で王女様を呼んだ。
「ごめんね、ジェイ様。こっちのほうが素なのよ。あたし」
「いえ。そのほうがこっちとしても接しやすくて助かります」
「わかってるじゃーん」
王女らしからぬ気安いノリだった。
どこで覚えたんだろう。
ユーアは肩を揉んだあと、王女様のふくらはぎを揉みはじめた。
「それで、お願いっていうのは?」
王女様とユーアは何か目で会話をしている。
「お願いというのは――」
マッサージを中断したユーアが、そのお願いとやらを口にした。
驚きとともに、頭の中でその頼み事が可能かどうか想像してみる。
「そういうことなら……できる、できないで言うと、できる」
だが……いいのか、そんなことをしてしまって。
「いいの、いいの、絶対わかんないから」
いたずらっぽくリーチェは笑った。
荷物の詳細を訊くようにしていたが、これに関しては知らないでおきたかったっていうのが本音だ。
それでピンときた。
「じゃあ、荷物は」
「むふっ」
意味深な愛嬌のある笑顔をする王女様。
なるほどな。確信犯だったわけか。
「ジェイ様……わたしたちは、報酬を支払わなくてはならないのですよね? いくらほどに……」
「大した支払いができないから、一回くらいならエッチなことをしていいわよ?」
「リーチェっ」
ぺしぺし、とユーアが王女様を叩く。それを王女様はけらけらと笑っている。
「あたしが嫌なら、ユーアでも」
「リーチェっ!」
顔を赤くしたユーアが王女様をまた叩いた。
「小娘相手に手なんて出さねえよ」
「どんな男かと思ったけれど、合格だと思ったから許可を出したのよ?」
「そりゃどうも。今度酒場で自慢させてもらうよ。……でも、あんまり男をからかうなよ?」
ぺし、とデコピンをした
「いた!? 王女のあたしになんてことを。反逆罪よ!」
「さっきのお願い、全部バラしちまうぞ」
反逆罪がどうこうというのは冗談だったらしく、くすくすと王女様は笑った。
「嘘、嘘。冗談だから気にしないで。ふふ、面白い人。……ね、ユーア」
こくこく、とユーアは無言でうなずいている。
以心伝心といった様子の二人は、側近が言ったようにかなり仲が良いらしい。
フェリクとアイシェを見ているようで、思わず和んでしまう。
俺は二人に言った。
「報酬はこっちで考えておくよ。二人が払えそうな範囲にしておくから、心配すんな。ゲスな事も要求しない。約束する」
じゃあな、と俺は会議所をあとにした。
王家からの依頼は、滞りなく完了するだろう。
だが、もう一つの依頼は……。