主従の少女と二つの依頼1
依頼相手は王家だった。
呼び出された俺が謁見の間で顔を伏せていると、正面のほうから足音が聞こえてきた。
物々しい馬車と護衛の騎士数名が、アイシェの酒場へやってきて依頼してきたのは、ついさっきのことだ。
どこの大貴族だろう、と思って外に出ると、馬車には王家の紋章が刻まれていた。
依頼者は……おそらく王家の人間だと思ったが、連れてこられたこの場所から察するに……。
「かしこまらずともよい。面を上げよ」
落ち着きのある声が降ってくると、俺はゆっくりと顔を上げた。
「よくぞここまで来てくれた。私がフランシス・グランイルドである」
自己紹介しなくても、当然知っている。
この国の王だ。
年の頃は、まだ四〇手前だったはず。
俺より一回り年が離れているだけなのに、髭を蓄えているせいで、かなり風格があるように見える。
「ジェイ・ステルダムと申します。運び屋をやっております」
謁見の間には、玉座に王様が一人。背後に騎士が数人。椅子の脇に側近らしき文官が一人いた。
「さっそくだが本題に入ろう。ステルダムよ、運ぶことに関しては非常に信用できると軍部から話を聞いた」
「光栄です」
「そなたには、我が娘を運んでほしい」
「ご息女の殿下を?」
娘なら三人ほどいたはず。誰のことを言っているんだろう。
「うむ。三女のリーチェ……ベアトリーチェを、北東のケラノヴァ神国まで頼みたい」
「依頼を請け負う際は、詳細を訊くようにしておりまして。理由をお聞かせいただけますでしょうか」
「そう構えるな。剣呑な話ではない。リーチェは、彼の国の王子殿下と婚約が決まっていてな。それで今回、ケラノヴァ神国まで送ってほしいのだ。これは、国同士の結びつきを強めるための重要なことでもある」
政略結婚か。まあ、珍しい話ではないな。
魔王軍との戦いが日夜続く中で、人間の国同士が連携を密にするというのは良いことだ。
やたらと俺の評判がいいのは、以前、軍の重要書類を迅速に送り届けたからだろう。
「あとは、私がご説明いたしましょう」
控えていた側近が詳細を聞かせてくれた。
「ベアトリーチェ様は、ケラノヴァ神国の第二王子、シゼル殿下と婚姻をなさいます。このご時世ですから、速く、そして非常に安全だと噂のステルダム殿に、ケラノヴァ神国まで送り届けていただきたいのです」
たしか、三女はフェリクと同年代の年頃だったはず。
「僭越ながら、私のような一介の運び屋に頼らずとも、護衛をお付けして安全な道を進めばよいのでは……」
「もちろん、そうしようとしました。ですが……護衛の数が多く、荷物もまた多いので、以前魔王軍に見つかり、危険な目に遭いそうになったのです」
王女の嫁入りとあれば、王家の威光を示す瞬間でもある。相当派手に移動したんだろう。
「それで、自分に依頼を?」
「ええ。その通りでございます。荷物は少しずつあとから送るとして、ベアトリーチェ様だけでも先にご入国させよう、と」
なるほど。
聞いていると、側近が掲示した報酬は五〇〇万だった。
軍と王家は桁が違うな……。
俺が驚いているのがわかったのか、側近は、大勢の護衛をつけて一か月近く移動することを考えれば、むしろかなり安上がりだと言った。
「一度襲われましたし、今回護衛をつけて移動するとなれば、もっと数を増やす必要があります。そうなると費用は五〇〇万の数倍はかかってしまいますので」
とのこと。
「ちなみに今回のような場合ですと、ステルダム様でしたら、ケラノヴァ神国までの時間はどれほどかかるのでしょう?」
「状況にもよりますが、一日半いただければ送り届けられると思います」
実際は一日かからないだろうが、トラブルが起きるかもしれないので少し余裕をもって伝えておいた。
聞いた側近と王様は目を見合わせて小さくうなずく。
「ステルダムよ。我が娘の移送を引き受けてはくれまいか。リーチェは、シゼル殿下と手紙のやりとりを何度もしている。いわば異国の地にいる思い人なのだ。安全に速く会わせてやりたい」
「承知いたしました。引き受けましょう」
「もしも、リーチェの身に何かあれば……わかるな?」
王様が目をすっと細めるが、俺は首を振った。
「陛下、ご安心ください。もしもはありません」
「ははは。頼もしいな。では、よろしく頼むとしよう」
そう言って王様は謁見の間をあとにした。
詳細は側近とその部下数名と話し合うようで、場所を会議室へ移すことになった。
「ステルダム殿。ベアトリーチェ様だけを運べばよいのですが、なにぶん、手ぶらで花嫁を送り届けるわけにもいかず……」
「荷物があるんですね」
「ええ。多少」
申し訳なさそうに側近は言う。
そりゃそうか。
相手も王子。
着の身着のままで向かうわけにもいかないだろう。
廊下を歩いていると、騎士が俺たちの前に立ち塞がった。
瀟洒な甲冑を着込み、金髪を後ろに流している男だった。
そいつは険しい表情で側近たちを睨み、最後に俺を睨んだ。
「話を聞いたときは、正気を疑いましたが……そこまで頭が回らない方々だとはね」
その騎士は皮肉そうに笑った。
「得体の知れない運び屋風情に、殿下の移送を依頼するなど、グランイルド王家の恥というもの」
「マルセロ殿、これは費用の面や安全性を考慮したからこその判断です」
側近は毅然とした態度で言うが、気圧されているようで腰が引けていた。
「この方は?」
俺が側近に尋ねると、声を潜めて教えてくれた。
「この方はマルセロ殿といって、近衛騎士長です」
「護衛の偉い騎士?」
「ええ。その認識で問題ないかと」
「何をごちゃごちゃとやっている」
眉間に皺を作るマルセロ。
「運び屋。君はこの件から身を引きたまえ」
「そう言われましても、引き受けた以上、責任をもって最後までやり抜くつもりです」
マルセロが不快感を示す気持ちもわからなくはない。
要は、俺がこいつらの仕事を奪ったわけだからな。
「そうか……金か? いくらもらった?」
「報酬はこの際問題ではありません」
マルセロが俺をきつく睨んできたので、俺もお返しに殺気を込めて睨み返す。
「っ……ほ、報酬が目当ての下民のくせに、なんだ、その態度は!」
「もちろんタダでは引き受けませんが、事情はこの側近の方から伺っています。王女殿下の移動となれば大所帯となるでしょう。魔王軍のことはご存じないようですが、煌びやかな大所帯など襲ってくれと言っているようなものです。そうやって一度失敗をしたからこそ、自分に依頼をしてくださったのです」
何か言いたげにマルセロが側近と部下たちをジロリと見る。
いつの間にか、側近たちは俺よりも後ろにいた。
「従来通りのやり方では費用がかかり、隠密性に乏しい。それらを加味すれば、下民の運び屋に白羽の矢を立てるのもうなずけるのでは」
頬をぴくつかせたマルセロは、口をへの字にして押し黙った。
「マルセロ殿……あなた方の顔を潰す結果になったことは謝ります。決して能力を疑っての判断ではないことをご理解いただきたい」
「大所帯が枷になるのであろう!? ならば少数精鋭! 我ら精鋭の騎兵であればケラノヴァ神国など一週間で」
側近が恐縮しながら言葉を遮った。
「マルセロ殿。ステルダム殿は、一日半で送り届けられると仰っています。竜で荷物を移送する手段を持つお方でございます」
マルセロが口をぽかんと半開きにした。
「いちにち、はん? …………りゅ……りゅう……? りゅうって……ドラゴン?」
「すみません。騎兵であれば一週間で……、なんですか?」
俺が続きをどうぞ、とマルセロに発言権を譲ると、半開きの口をしっかりと閉じた。
「……」
もう、だんまり。マルセロは何も言わない。
「ベアトリーチェ様の移送に関しては、すでに陛下のご了承を得ております」
「へ、陛下の!? 何をお考えなのか……。このような男に任せるなど、殿下の貞操に何かあれば――」
王女に対する言い方としては悪いと思うが、荷物を襲ったりしねえよ。
この側近たちが考えたことを王様が認めているってことは……。
「マルセロ殿、文句があるのなら、陛下に言ったらいいのでは」
俺が思ったことを言うと、ふふ、と後ろから小さな笑い声が漏れた。
部下の誰かが堪えきれず笑ってしまったらしい。
「ッ――、失礼させてもらう!」
顔を赤くしたマルセロは、ずかずか、と足音を鳴らして去っていった。