新たなライバル?
「……ってなことがちょっと前にな」
数日後。
アイシェの酒場でフェリクと顔を合わせると、「最近どうしてたの?」と訊かれたので、あの島で起きたことを話していた。
「南の島なんて素敵ね。青い海と青い空……波の音をなんて聞きながら、ゆっくり過ごしたいわ」
俺の話を最後まで聞いて、出てきた感想がこれである。
リゾート地で楽しく過ごしたとは一言も言ってないのに。
「キュックに乗ったら、そんな遠くまですぐに行けてしまうのね」
「キュック様様だろ?」
「そうね。……ジェイ、あのぅ……」
フェリクが何かを話し出そうとすると、飲み物を持ってこようとしたアイシェが、ピタりと止まって、ごくり、と喉を鳴らした。
話の腰を折らないようにか、それとも何を言うかわかっているのか、テーブルから数歩の距離で見守っている。
「ジェイの家に……そろそろ……」
「家に?」
フェリクがモジモジしていると、酒場がざわついた。
言葉を待っている間に首を回して様子を窺うと、ついこの間まで一緒にいたアルアが酒場を見回していた。
「ああ、いたいた!」
にっこりと笑顔を咲かせたアルアは、弾むような足取りでこちらへやってくる。
それを、シュバッとアイシェが遮った。
「お、お客様……! お席へご案内いたしますのでこちらへどうぞ」
「いや、いいんだ。連れを見つけたからね。彼のところで構わない」
「あのテーブル席は、二人までとなっていまして」
百戦錬磨の営業スマイルでアイシェはアルアを接客する。
「二人まで? おかしいな。私の目と脳が正しいなら、向かい合っている彼らの脇に椅子が見えるのだが」
「古い椅子でして、いつ壊れるかわからないので使用を禁止しているんです」
「そうか。まあいい。空席から椅子を借りることにする」
「あぁぁ、今は、取り込み中ですので……!」
「……どこが? 彼はずいぶん暇そうにしているし、向かいの顔の赤い彼女はだんまりじゃないか」
「だ、か、らっ。それが取り込み中だって言ってるでしょ」
アルアの遠慮のなさに、徐々に素が出てきてしまっているアイシェだった。
あいつの相手をするのは、面倒だろうな。
そう思って俺は助け船を出した。
「アイシェ、大丈夫だぞ。そんな気を遣ってくれなくても。ここ、空いてるし」
「ジェイさんはだから朴念仁って言われるんだよ――っ!!」
アイシェに怒られた。
しかも結構な剣幕で怒られた……。
なんでだ。
「しかもまた女増えてるじゃん!」
「この前の依頼者だ」
俺がそこら中で女の人を引っ掛けてるみたいな言い方するなよ。
まったく。
「店員」
「な、何よ……何ですか」
「彼と私は、ただの関係ではない。裸を見られてキスをするような仲だ」
「おい。誤解されるような言い方すんな」
間違ってないから否定もしにくいんだよ。
アイシェがかぁっと頬を染めて、俺とアルアを交互に見る。
「ジェイさんのヤリチンっっっ!」
「声がでけえよ! てか、何もしてないからな!」
酒場で仕事してるせいで覚えた単語なんだろうけど、ちっちゃい頃から知っているアイシェにそんなことを言われるとは。
フェリクが静かなので、恐る恐るそっちを見ると、目は虚ろで口からは魂が抜けそうになっていた。
「フェリク、大丈夫か? すごい顔になってるぞ……」
「ジェイ………………その人、美人、ね……」
「あはは。わかってくれるかい、赤髪の少女」
「おっぱい……とっても、おっきい……」
「そういう君は、少年のようだね。身軽そうでうらやましい限りだよ」
爽やかな笑顔でアルアが言うと、抜けかかっていた魂がそっと天に上っていった。
「しょ、しょ、少年……」
がくり、とフェリクがテーブルに突っ伏した。
「フェリク――――!? 大丈夫!?」
アイシェが駆け寄って背中をさすると、くわっとアルアを睨んだ。
「フェリクの貧乳をクリティカルなイジり方しないで!」
いや、イジってないと思うぞ。
よくわからんが、アルアとアイシェで、フェリクをオーバーキルしてないか?
「褒めたつもりなのだけれど」
「……アルア、おまえ何しに来たんだよ」
「わからないかい? 君に会いに来たんだよ」
「そうなのか。わざわざ王都まで? あの森からずいぶん距離があっただろう」
俺が労おうとすると、よいしょ、と椅子を引っ張ってくるアルアは、本格的に話し込もうとしていた。
「それなのだけれど、聞いてほしい」
それをアイシェが阻もうと、椅子を引っ張った。
「ダメダメ、もうダメ! 出禁! 出禁! 圧倒的に出禁っ! 出てって――――! じゃないとフェリクが! だからモタモタしてちゃダメだって何度も何度も言ったのにっ! 忠告聞かないから!」
興奮するアイシェから、フェリクの愚痴がちょっとだけこぼれた。
出禁を食らったアルアだったが、案外あっさりとしていた。
「そうか。それは仕方ない。騒がせてすまないね。……お店を変えよう。もっと静かなところで二人きりで」
「それもそうだな」
くわっとアイシェが俺を睨む。
「それもそうだな、じゃないよ!」
「じゃあフェリクの分は俺につけてくれ。まとめて払うから」
「そこじゃないよ! フェリクはフェリクだし、ジェイさんはジェイさんだし……んもう!」
よくわからないが、プリプリと怒るアイシェだった。
お客さんに呼ばれると、後ろ髪引かれながらも、アイシェは呼ばれたほうへ行ってしまった。
「転移魔法を試してここまで来たんだ」
「転移魔法? あの島にあった術式の?」
「そうとも。手間ではあったけれど、私にかかれば理解できない代物はない」
「じゃあ、他の人も覚えたら使えるようになる?」
「覚えたらね。だけれど、高度な魔法知識と深い理解を必要とする。教えたとて、まともに使える人間は、片手で数えられる程度だろう」
「そっか。まあ、俺にはキュックがいるから必要ないか」
アルアはつまらなそうに唇を尖らせた。
「私が頻繁にここに来られるようになったんだ。もっと喜んでくれていいだろう」
面倒な性格だけど、アルアといて退屈はしない。それが本心だった。
「依頼でもそうだし、よくここにいるから、俺と飲みたくなったら来ればいい」
「わかった。君は私のお気に入りだから、ここにはこれからも顔を出すよ。出禁と言われたけれどね」
笑みを残してアルアは店を出て行った。
俺としゃべりに来たというより、転移魔法を解読して使いこなせたことを自慢しにきたようだった。
「フェリク、起きろ。おーい」
「ん? ……私、どうして寝てたの……?」
抜けていった魂はいつの間にか肉体に戻ったらしく、ぷるぷると子犬みたいに顔を振った。
オーバーキルの衝撃で記憶が少し抜け落ちているようだった。
「それより、俺の家が、なんだって? 何か言おうとしてたろ」
「あっ――」
話の入り口を思い出したのか、フェリクが口を一文字にして閉じる。じわじわ、と頬が朱に染まり、それが耳まで広がっていく。
まあいいか。
来たかったらいつでも来ていいって言ってるし。
なくなった酒と料理を注文すると、俺は話を変えた。
「フェリクはこの一週間くらい冒険してたのか?」
「――え? そうよ。もちろん。ゆっくりだけど、着実に実績を積んでいるの」
得意げに、冒険の話をフェリクがする。
俺はそれを聞きながら、届いた料理をつまんでまた酒に口をつけた。