南の島の古代魔法7
山で見つけたひと際大きな岩を、祭壇の近くまで運ぶことになった。こいつをあとで加工して慰霊碑にするのだ。
島民全員が縄を持って曳こうとしたので「こっちでやりますから」と俺は制して、ロックを召喚した。
ロックは岩を肩にひょいと担いで、驚いて啞然とする島民たちには構わず、目的地まで大岩を運んだ。
加工は俺がする。
といっても剣で斬って平面をひとつ作るだけだが。
ズバン、とやって岩の前面を平らにすると、船大工がノミを持ってきてくれた。
供物を捧げた親が静かに名前を彫りはじめるのを、俺とアルアは離れた場所から見守っていた。
「アルアが言った通りだな」
「ん?」
「後世に伝えたい大切なことは、石に彫るって」
ふっと皮肉そうにアルアは笑う。
「君も、感傷的になることがあるのだな」
「俺はそこまで冷血人間じゃない。滑らかに嘘をつくから、何させられるかと思ったけど、結果的にアルアに乗っかってよかった」
「そうだろう、そうだろう。私の名演技はもっと評価されるべきだと常々思っていたところだ」
「調子いいこと言うよな」と俺は笑った。
立派な慰霊碑が完成するのを見届けて、俺たちは島をあとにすることにした。
お礼がしたい、と引き止めるニジさんたちに、俺は「次の仕事があるので」と丁寧にお断りをした。
「竜の召喚士殿を待っている民がいる。彼らのためにも、長くここに留まることはできないのだ」
と、またアルアが適当な嘘をつく。
俺は人助けの旅をしている巡礼者じゃないぞ。
出発する直前に、島の特産物をたくさんもらった。せめてものお礼だという。
お土産ということにして、これはいただくことにした。
「来月にある祭りも是非来てください」
「行けたら行きます」
俺が笑顔で濁すと、「面倒ならそうだとはっきりと言えばいいものを」とアルアがぼそっとつぶやく。
「おまえみたいに本音だけで生きてないんだよ、俺は。傷つけないための嘘だって必要だろ」
「どうせ行かないだろう」
「……まあ、遠いからな」
生もののお土産は、腐らせてしまうからと遠慮したばかりなのだ。
そうして島民たちに見送られ、俺たちはようやく島を発った。
「アルア、ひとつ訊きたい」
帰路の途中、俺は疑問に思っていたことをアルアに尋ねる。
「あの古代魔法のシステムを作ったやつは、どうしてあんなものを作ったんだ?」
古い本は日記のようなものだとアルアは言っていた。だからその理由が書いてあったのでは、と俺は考えていた。
「君はきっとがっかりするだろうが」
そう前置きして続けた。
「実験さ。筆跡だけで性別はわからないが、便宜上彼としておこう。……彼はやってみたくなったんだ。考えていたら理論通りできるかどうか試したくなった。一連の仕掛けに壮大な理想も理念もない。……ただの研究者の好奇心だ」
最初から人間をここに送って魔法を発動させるつもりではなかったらしい、とアルアは言う。
「珍しいが、転移魔法は今だとなくはない魔法だろう。だが当時では誰もそんな魔法は使えなかったそうだ。誰にも邪魔されず、そのアイディアを奪われることなく完成させたいと考えていた」
「だからあの島で?」
「ああ。自分だけが入れるように入口に仕掛けを用意して、万が一入ってきたときのために強力なドレイン系の魔法を作っておいて……」
アルアは納得したような顔をしているが、俺はさっぱり納得できない。
「なあ。転移魔法で中に入れるようにしてあるのに、侵入者対策がされているのはどうしてなんだ? 変だろう。アイディアを盗まれたくなかったら、外から中に通じるあの魔法は発動しないようにしておかないといけない」
くくく、とアルアは押し殺したような笑い声を上げる。
「ごもっとも。君の言う通りだ。転移魔法を完成させて手柄を自分のものにしたいなら、祭壇の転移魔法を破壊しなければならない」
「だよな」
「これはねぇ、私も彼の気持ちがよぉぉぉくわかるのだけれど……ふふ」
「なんだよ、彼の気持ちって?」
「エゴだよ。研究者の。知られたくないが、知ってほしいんだよ」
「どういうことだ?」
「誰にも知られず研究して、転移魔法を完成させた。それはいいが、同時に誰かに知ってもらわないと、自分の努力や技術、発想、経験は、後の世に残らない。自分がいかにすごいことをしたのか、誰にもわからないままだ」
わかったような、わからないような。
俺が曖昧な態度を取っていると、アルアは続けた。
「好奇心や探求心は同じでも、自己顕示欲というのは、別ものさ。努力や発想を認めて褒めてほしいんだよ。発明がすごければすごいほどね」
「じゃあ、あの罠はどうして?」
「発明を理解できそうな者を選別するため、と私は解釈している。誰でもいいわけじゃあないってことさ」
正規の入り方だと、石の文字を読む必要がある。この時点で文字が読めない人間は表からは入れないし、金目の物が目当てなら石には目もくれないだろう。
そして、入ったあとはドレイン魔法が発動し、それをかいくぐれば召喚魔法で騎士が出てくる。
選別するためだけと考えれば、あの騎士がそこまで強くなかったのも納得いく。もし討伐クエストが出れば、ランクはCかDくらいだっただろう。
「その後の彼のことはわからない。転移魔法が完成したら、案外飽きてしまって、他の物を研究しはじめたのかもしれないね。後始末を忘れて。まったく、変な魔法使いだよ」
「おまえが言うなよ」
「えぇ? 心外だな。こんなに知識が豊富で誰もが振り向く美貌の持ち主を捉まえて、君は一体何を言うんだい?」
アルアは本気とも冗談ともとれないようなことを言った。
「それで、報酬はどうするんだ?」
「考えていたのだけれど、こんなのはどうだい?」
前に座る俺との距離を縮めたアルアが、腰に抱きついてむぎゅう、と豊満な胸を俺の背中に押し付けた。
「……あのな」
「まだある」
もぞり、と身動きをしたアルアは、俺の頬にちゅ、とキスをした。
「魔女の口づけだ。結構な価値があると思うが」
「もういいよ。わかった、わかった。ありがたくもらっとくよ」
この話を終わらせるため、俺は投げやりに言った。
元々大した物は期待してなかったし、島民のみんなの感謝が一番の報酬だと思っている。
「おやおや? 口づけに価値を感じるなんて……スケベだね、君も」
「うるせえよ。振り落とすぞ」
「あははは」
こうして、アルアからの依頼は無事に報酬(?)をもらい、達成された。