南の島の古代魔法5
ランタンを片手に下へ降りていくと、石造りの頑丈そうな個室にやってきた。
キュックが入っても問題ない程度には天井が高く、アイシェの酒場くらいの広さがあった。
「何かを研究していたのかもしれないな」
見つけたボロボロの机を見つけたアルアは、その上にあった紙束を手にする。めくろうとすると、簡単に崩れてしまった。
「紙があるのに、どうして石板に彫ったんだ?」
「おそらく、耐久性を考えた結果だろう。さっきのように読めなくなるリスクが減る。……石板に彫ったものは、よっぽど後世に残したい大切な内容だからだろう」
「なるほどな」
ところどころに骨が落ちている。動物のものか……?
しゃがんで手に取ってみた。
「これって――」
そのときだった。部屋の天井が淡く光った。見上げた先に魔法陣があり、徐々に輝きを増している。
「きゅぉ…………」
キュックが疲れたように地に伏せた。
「この魔法陣――」
「アルア、何かわかるか!? キュックの様子がおかしい」
どろり、とした疲労感が俺の全身を包む。
この感じからして、侵入者の生気を奪う類いの罠だ。
「アルア! この部屋はヤバい! 出よう!」
「これは……――、……で……だから――」
俺に影響があるならアルアもこの疲労感はあるはず。だが、見上げた魔法陣から一切目をそらなさかった。
マズい。魔力が奪われたせいでキュックの召喚状態が維持できない。
「キュック、戻れ」
「きゅぉ……」
淡い光とともにキュックは姿を消した。
倦怠感がありありと顔に出ているアルアだったが、まだ魔法陣に熱中している。
「アルア!」
俺は彼女の手をつかんで強引に元来た道を戻る。
だが。
「――閉まってる! 戻れない!」
「そういう術式のようだったな」
「冷静に言っている場合か」
階段は罠の範囲外で、生気を吸い取られるようなことはなかった。
「アルア、あの部屋に骨があっただろ」
「……あったか?」
「あったんだよ。おまえは探索に集中して気づかなかっただろうけど。おそらく人の骨だ。しかも子供の。比較的まだ新しい」
「……ということは何か。あの祭壇からここまで供物はやってきたというのか」
「ってことだろ」
「バカな。あの石を持ち上げて古代語を読んで台座に運ぶんだぞ。ありえない」
「ありえないかもしれないが、実際そうなってるんだ」
「だとしたら何人分もの人骨がなければおかしい」
「……あの罠、あそこにずっといたら骨も粉々になるとしたら」
キュックがヘバるほど強力なものだった。
子供ならすぐに意識を失っても不思議じゃない。
「しかし、子供たちは一体どうやって……。あの術式は円環式といって、取り入れたものをゆっくりと消費する仕組みのものだ」
「消費って、誰が――」
俺が尋ねたとき、部屋の奥から魔力の光が輝いた。
アルアと顔を見合わせ、俺たちは罠の範囲を確かめながらゆっくりと部屋へ戻っていく。
そこでは、本が宙に浮かんでいた。
稲妻のようなエネルギーを魔法陣から受けて青白く光っている。
装丁からして、さっきアルアが手に取ったものだとわかるが、新しくなっていた。
「どうなってる」
「海の神とやらは、どうやらあの本のことのようだ。捧げられた供物はなんらかの理由でここにやってきて、魔法陣によって生命力を奪われる。そしたら、あの本が本来の姿に戻り、力を発揮する――そんなところか。やはり神などいないじゃないか」
アルアは皮肉めいた笑みを覗かせる。
俺たちの声が聞こえたのか、本がまた光り何かの魔法を発動させた。
空中に淡い光が発生する。
……召喚魔法だ。
淡い光がなくなると、部屋の中には全身甲冑で剣と盾を持った騎士が現れた。ヘルムの中は真っ暗で、おおよそ人が入っているとは思えない。
ガシャン、ガシャン、とこっちへ向かってくる。
「やるしかないな」
剣を抜いてアルアの前に出る。
例の罠は発動を終えたらしく、中に入ってもなんともなかった。
「元の状態では読めたものではない。あのままで読みたい。どうにかしてくれ!」
「んな無茶ぶり……」
重そうな甲冑のくせに、騎士は身軽に接近して剣を振り下ろしてくる。
「おっと」
ガギン、と受けると、盾で脇腹を殴ろうとしてくるので、足を上げて防御する。
生気もなければ殺気も感じない。
本はというと、宙に浮いたままで次の魔法を発動させる気配がなかった。
「アルア、読みたいなら今だ」
「うむ」
小走りで本に駆け寄ったアルアを横目に、俺は騎士に一撃を見舞う。
直撃した感触でいうと、中身は空っぽだ。
ガシャン、と壁に叩きつけられた騎士は、また立ち上がって迫ってくる。
こいつは、おそらく罠で逃がしてしまった者を始末するのが役目なんだろう。
「この程度の腕なら、適当に時間を延ばせるな」
騎士の剣を鼻先でかわし、前蹴りで適度に距離を取りながら、俺はアルアの読み終わりを待つ。
「どうだ、アルア、読めるか?」
「ああ、もう大丈夫だ。遠慮なくその騎士殿を斬ってくれたまえ」
ガシャン、ガシャン、とまた間合いに入ってくる騎士に、俺は上段に構えた剣を思いきり振り下ろした。
ギィン、と金属がこすれる高い音を立てると、甲冑が肩口から反対の脇腹まで斜めに両断され、地面に転がった。
すると、召喚時と同じ淡い光を発して消え去った。




