南の島の古代魔法4
翌朝。
島長のニジさんが島民に話を通しておいたせいか、大勢の人が俺の出発を見送りに集まっていた。
「……風習だから従わざるを得ないと思っていても、みんな心のどこかでこの理不尽なシステムをやめたかったのだろうな」
先にキュックに乗ったアルアがぽつりとこぼす。
準備が整うと、俺は軽く会釈をしてキュックを飛び立たせた。
「さて。合法に遺跡の探索をする許可を得たわけだが、私は君に賞賛されてもよいのではないかと考えている。なぜなら、あのままでは私たちは追い返され、島長殿の娘は来月供物として捧げられていたからだ。すべては私が機転を利かせたからでは?」
「そうだよ。おまえの頭の回転が早いから、こうして島民に歓迎される形で調査することができる。あー、すげーな、アルアは」
半ば自棄になって褒めると、後ろからご機嫌な笑い声が聞こえてきた。
「あはは。君に褒められるのは気分がいい」
「そうかよ」
ばさりばさり、とキュックが飛行すると目的地まですぐだった。
山と山の間にある小さな谷で、大きな川が中心を流れている。
贄の谷と物騒な名前で呼ばれているが、部外者の俺からすれば、物々しい雰囲気は何も感じないし嫌な気配もとくにない。
比較的広い谷の入口には祭壇があり、供物を並べる台があった。
あそこに産物や子供を置いていたんだろう。
さらに谷を奥へ進むと、片方の山裾あたりに洞穴を発見した。
「きっとあそこだ」
「冒険者が興味をそそるような雰囲気だね」
おっしゃる通り。俺もまだ冒険者をしていて、事情を知らなければ入っていっただろうな。
洞穴の入口にゆっくりと着地すると、キュックを撫でて労った。
「本来なら、俺はアルアを送って連れて帰るだけなんだが」
「連れないことを言う。一緒に行こうではないか。それとも君は、か弱い婦女子にこんなかび臭い洞穴の中で一人で探索をしてこいとでも言うのかい?」
「わかったよ。イイ性格してるよ、本当に」
「ふふふ。長所でもあるし短所でもあると自覚している」
短所の自覚あるのかよ……。
しかし、大きな洞穴だな。
自然にできた穴のようで、入口からでは奥がさっぱり見えない。
俺たちはキュックの背中に乗ったまま中に入った。広いとはいえ、何があるかわからないのでゆっくりと歩行させている。
「遺跡と呼んだのであれば、人工物をどこかで見つけたのだろう」
「今のところ、そういった物はないな」
岐路に立つと風を感じたほうへ進路を取った。
「どうしてこちらに?」
「風があると、川や出口に繋がっている可能性が高いんだ。行き止まりは空気が停滞する」
「ほぉ。なかなか頼りになる」
「ありがとう」
光が完全に届かなくなると、準備していたランタンで中を照らしさらに進む。すると、階段らしきものがあった。
自然にできたものではなく、足場として踏み台にしやすいように石や岩が並べられていた。
軽快にキュックが上へのぼっていくと、すぐに開けた場所に出た。
古い木箱がいくつかおいてあるだけで、一見すると何もない。
「ううむ。木箱の中身はもう空だ。遺跡だと言いふらした者以外にも、何人かここまでやってきたのだろう」
中を覗いてアルアはため息をつく。
俺の予想が正しいのであれば、古代魔法が記された石板なんてものはたぶんない。
冒険者は、見方を変えれば盗賊でもある。お金になりそうなものは根こそぎ持ち帰る。誰かが立ち入ったのであれば、大した物は残ってないだろう。
念のため何かないか探していると、重しのように木箱の中に入っている石を見つけた。一抱えほどある。
「そっちは何か見つかったかい?」
「ただの石を」
「石!?」
反応したアルアが小走りでこっちにやってきた。
石がそんなに珍しいのか?
「これだ」
俺が指さした石をアルアは目をすがめて眺める。
「……持ち上げてみてくれないか」
「へいへい」
俺は完全に探索の助手だな。ずっしりと重い石を抱え上げると、その下からアルアが石を見る。
「――あった」
「何が」
「ひっくり返して置いてくれたまえ」
言われた通りにすると、石の裏面には何かが彫られていた。
「大昔、南部で使われていた今や失われたとされる古代語の一種が彫られている」
「古代語……? アルア、読めるのか?」
「もちろん。私を見くびらないでほしい。学のない冒険者風情にはただの石にしか見えなかっただろうね。この文字もきっと読めなかったはずだ。……この洞穴には、まだ奥があるぞ」
アルアが手応えにニヤりと笑う。
密かに侵入した冒険者は、みんなここで引き返したんだろう。
「彫ってあるのは奥への行き方だ。どうやら、この石が鍵の役割を果たすらしい……。東に台座があって……そこに置けばいい、と?」
古代語をぶつぶつと読むアルアの言う通り、試してみることにした。
それらしき台座を見つけると、俺は再び抱え上げた石を台座に置いた。
「「…………」」
俺とアルアが周囲をキョロキョロしても、何も起きない。
アルアが顔を険しくする。
「まさかとは思うが、イタズラか……!?」
「古代語を石に彫って? 古代人がそんな手の込んだイタズラするか?」
台座が違うんじゃないかと探そうとしたときだった。
ゴゴゴゴゴ、と下から地鳴りがする。
「きゅあ!? きゅきゅきゅ!?」
驚いたキュックがどたどたと慌てて俺のほうへやってきた。怖かったのか、俺を守ろうとしたのかはわからないけど、目を真ん丸にしているあたり、たぶん前者っぽい。
「すごい、すごいぞ! ほら、見ろ、開いていく!」
興奮しているアルアが地面を指差すと、床の一部がゆっくりと開いていき、地下への階段が現れた。
「この奥に古代魔法が記された石板があるのだな……!」
「……なんか、冒険者よりも冒険してるような気がするな」
やれやれ、と俺はため息をついた。
こういうギミックは、盗賊対策でよくあるので俺は見慣れている。
作ったくせにわからなくなった仕掛けを解く、なんてクエストもあるくらいだ。




