南の島の古代魔法3
出してもらった奥さんの料理を食べながら、俺はニジさんに尋ねた。
「遺跡について何か心当たりがあるんですか?」
アルアは、この島に遺跡があるというのも確証がなかったらしい。こいつからすれば、噂の真相をたしかめに来た、という程度だったのかもしれない。
「あんたらが言っているものとは違うかもしれないが」
「構わない。話してくれたまえ」
と、アルアは偉そうに先を促す。
「上空から谷が見えなかったか? あそこは贄の谷と呼ばれててな、特別なとき以外島のもんも近づかない場所なんだ」
「では、その谷に遺跡らしきものがあるのだな?」
「確証はない。だが、以前勝手に入り込んだよそもんがいたんだが、そいつらの話では、そういったものがあると」
そのよそ者は、自分を冒険者だと名乗ったらしい。
地元の人が大切にしている場所にそうとは知らず勝手に踏み入ってしまうことがままある。
冒険者あるあるだ。そいつも、しこたま怒られて追い払われたに違いない。
「では、明日そこへ行ってみよう」
アルアの提案に俺がうなずくと待ったがかけられた。
「そこへは行くな。ミューズレイ様……海の神様が宿ると言われている谷だ。オレらも滅多に行かない」
「……けど、特別な事情があれば行くんですよね?」
俺が尋ねると、ニジさんも奥さんも表情を曇らせ視線を下げた。
「……豊漁と海の安全を願う祈神祭が、三年一度ある。そのときにな」
二人の様子からして、楽しい祭りじゃないことがすぐにわかる。
「それはいつ催されるんだい?」
「来月」
「さすがにそれは待てない。今回のことは、島長殿は聞かなかったことにしてくれ。我々だけでひっそりこっそり忍び足で行ってくることに……」
「よそもんは入るな! ミューズレイ様の怒りを買うかもしれん!」
厳しく言うニジさんだったが、アルアは気にした様子はなく肩をすくめていた。
「何が神だ。バカバカしい」
「おい、アルア、やめろ」
土地によっては、こういった土着信仰の神は結構いるものだ。
「よそもんのあんたらにはわからんだろう。不漁の辛さも海の怖さもな」
自分たちではどうしようもできないことがあると、人は神に祈る――。
王都だろうが田舎だろうが島の漁村だろうが、どこでもそうだ。
娘を寝かしつけた奥さんが戻ってきた。
「あんた、この人たちは、すごい人なんだろう? 相談してみちゃどうだい」
「相談っつったって何をだ」
「供物のことだよ」
「……」
「困ったことがあるのなら話してみるといい。この男は頼りになる。彼が力を貸そう」
勝手にアルアが俺の助力を約束してしまった。
まあ、事情があるのなら、やぶさかではないので何も言わないでおこう。
「供物っていうのは、子供のことだ」
愉快な話じゃないとは思ったら、そういうことだったのか……。アルアは何も言わないが、げんなりした様子でため息をついていた。
「オレが生まれる前は、海の幸や山の幸だけだったらしいが、子供を捧げることが一番効果があるとある日わかった」
「それで君たちは、数年に一度我が子を供物として捧げて豊漁を願っていたのか。……なんと愚かな」
「なんとでも言え」
「その神とやらに捧げて豊漁となったとして、それで食べる食事は果たして美味しいのだろうか」
アルアの言う通りだ。
これには夫妻は何も言い返さなかった。
「……来月の祈神祭で供物を捧げるのは、ウチなんだ」
アルアが嘆くように首を振った。
娘二人の顔が脳裏をよぎる。
あの子たちのどちらかが……。
「わかった。いいだろう。私と彼が谷に入り、ミューズレイ神とやらに確認してきてやろう」
「確認?」
「ああ。そうとも。子供を捧げることが効果があると言ったな? 他に試したことは? もしかすると、代用できるものがあるかもしれない」
そいつがなんなのか訊いてきてやろう、というのがアルアの提案だった。
さっきまで神様のことをバカにしていたのに、いきなり存在を認めるようなことを言い出した。
自重を促した俺でも、神なんていないだろう、とまだ思っているのにだ。
「ミューズレイ様と意思疎通ができるとは思えないが」
きっぱりとアルアが答える。
「彼ならできる」
おい、言い切るなよ。できねえよ。
「なぜなら、ドラゴンを使役するということは人外の存在を従えるということ。従えずともよいのであれば、神と会話をかわすくらい容易い」
容易くねえよ。そもそもいるのかどうかも怪しいのに。
適当な嘘だったのに、二人は鵜呑みにしてしまった。
「ほ、本当か、召喚士さん」
「できるんなら、やってみてくんないか?」
夫婦が期待を込めた眼差しで俺を見つめた。
アルアが見えないように俺を肘でつついてくる。
……あー。わかった。
こいつ、谷を探索する大義名分がほしかっただけなんじゃないか?
ちらっとアルアを見ると、顎をしゃくっている。
「……やってみましょう」
できるとは言ってない。本当でもないし嘘でもない。
「私たちは、先ほどの話を聞いて酷く胸を痛めた。そうだな?」
「……あ、ああ。そうだ」
と、俺はアルアに調子を合わせておいた。
うむ、とアルアは尊大にうなずく。
「対話の結果、子供以外の物を所望すれば、血の涙を流して我が子を差し出す親はいなくなるだろう」
「頼むよ、召喚士さん」
「召喚士さん、できることならなんでもお礼はさせてもらうから」
さっきまで入るなってすごい剣幕だったのに、今はまるで逆。それだけ本心は嫌だったに違いない。
大嘘がバレなきゃいいが。
「わかりました。明日、さっそく谷に入ってミューズレイ神との対話を試みます」
いるかどうかわからないけどな。てか、いないだろう。
神とされるやつが本当にいるのか、いないのか。
後者であれば、負担にならない代用品を適当に挙げればいい。




