南の島の古代魔法2
二度の休憩を挟み、王国南端の島までやってきた。
その頃には夕方を迎えており、夕日が海に沈んでいく景色が見られた。
うん、と伸びをしたアルアは、キュックの首筋を労わるようにして撫でる。
「しかし速かったね。こんな時間に到着するとは思わなかったよ」
「夜までに着くとは思ったが、予定よりも早かった」
上空から見た限りだと、大きな山と谷があり麓に小さな港がある程度の小さな島だった。
アルアは古代魔法が記された石板があるかもしれないというが、本当にこの南の島にそんなものがあるんだろうか。
宿を探すために人がいそうな港のほうへ向かおうとすると、数人の男たちがこちらへ近づいてきていた。
手には銛やナイフなどが握られており、警戒するような目で俺とアルア、キュックを睨んでいた。
「あんたら、何もんだ」
男に銛を突きつけられて、俺は両手を上げた。キュックも反抗の意思がないことを示すように地面に伏せた。
「いきなり驚かせてしまってすみません。我々はちょっとした探し物をしていて、それでこの島に……」
「探し物?」
銛を突きつけている男が怪訝に言うと、アルアが答えた。
「この島に、遺跡はあるかい? そこで探したいものがあるんだ。まあ、まずは、その物騒なものをしまってくれたまえ。君らが本気で襲いかかっても、彼をどうにかできるとは到底思えない」
「挑発するようなことを言うなよ」
俺が諫めてもアルアは聞かない。
「彼はこの子ドラゴンを使役している竜騎士だ。……滅多な態度は取らないことほうがいい、とだけ忠告しておこう。普段は温厚なのだけれど、怒ると彼も子ドラゴンも手がつけられない」
知ったふうな口を叩くアルアは、やれやれと首を振る。
俺とキュックが怒ったところ、見たことないだろ。
「……っ」
話を真に受けたのか、男たちがたじろいだ。
俺はアルアに苦情を送る。
「その言い方だと、俺たちが余所からやってきた敵みたいな感じになるだろ」
「こんなに大歓迎してくれると思わなかったものでね」
「皮肉はやめろ。もうおまえはしゃべるな。ややこしくなる」
俺は顔を男たちのほうへ向けた。
「遺跡にあるとされている物を探しに来ただけでして、島の方に危害を加えるつもりはまったくありません。まったく」
誤解を解くために、まったくを強調して言う。
「この島に宿があれば利用したいのですが」
「ま、まずはその子ドラゴンを余所に連れて行ってくれ」
まあ、そりゃそうか。
「キュック」
俺が命じると、淡い光とともにキュックが姿を消した。
すると、男たちとアルアから驚嘆の声が漏れた。
「き、消えた……」
「召喚魔法か!?」
「召喚士で、竜騎士なのか」
口々に驚くと、アルアだけ感心したように目を細めている。
「召喚魔法は、実は間近で見るのは初なのだけれど、非常に知的好奇心をそそるね……」
「気に入ったんならまた今度見せてやるよ」
ようやく男たちが警戒心をゆるめ武器を下におろしてくれたので、俺は話を戻した。
「どこか一晩泊まれる場所はありますか?」
銛を持っていた男が代表者らしく、答えてくれた。
「街みたいに泊まれるような場所はねえ。狭くても構わねえなら、オレの家に来い」
「いいんですか?」
「ああ。知らなかったとはいえ、いきなり武器をつきつけた無礼のお詫びだと思ってくれ」
「いえ、当然でしょう。魔物に乗った男と魔女のような女が島に上陸したんですから」
「そう言ってくれると助かるよ」
代表者の男と俺は軽く握手をした。
彼はニジと名乗り、島長でもあるという。年は四〇に届くかどうかというくらいで、日焼けした肌と白い歯が印象的だった。
ニジさんの家まで案内される途中、アルアがよほど珍しかったのか、他の男たちはチラチラと目線を送っていた。
「私の美貌がそんなに気になるかい?」
アルアもそれに気づいていたらしく、冗談めかして男たちに言うと、みんな黙って目をそらしてしまった。
「ふふふ。シャイなんだねぇ」
「からかうなよ」
「魔女の人、すまないな。オレたち島のもんは、街の女が珍しくてな。勘弁してやってくれ」
「構わないよ。注目を浴びること自体、嫌いではないからね」
決して街の女ではないが、身なりが多少派手なので勘違いしたらしい。
ちょっと前まで全裸だったりローブ一枚を羽織っているだけだったとは、想像もつかないだろう。
漁村までやってくると、ニジさんについてきていた男たちは帰っていった。
「オレもあいつらも漁師で腕っぷしだけは自信があるんだ。……召喚士さん、あんた本当に強いのか? そうは見えないが」
ニジさんは疑いの目で俺を足元から顔まで、視線を何往復もさせた。
筋肉モリモリでない俺は、この島の基準では強そうに見えないんだろう。
「召喚士で剣が多少使える程度なので、大したことないですよ」
「島長殿、彼がとくに強いのはアッチのほうだ」
変なこと言うな。あと、卑猥な手つきやめろ。
下ネタがクリティカルヒットしたのか、ニジさんはハハハ、と笑った。
「ニジさん、違いますからね?」
「面白ぇ人たちだ」
家に案内してもらうと、奥さんと娘さん二人が迎えてくれた。
ニジさんが家族に説明をすると「主人が失礼をしたみたいで、すまないね」と謝ってくれた。
「アンタ、遺跡ってウチの島にそんなもんあったかい?」
「もしかすっと、あそこじゃねえかと思ってるんだが……」
奥さんとニジさんが話をしている。
「奥方、私は空腹だ。食事の用意などあれば頼みたい」
「おい、いきなり厚かましいだろ」
「君は何を言っているんだい。泊まらせるということは、それくらい覚悟の上だろう。君だって屋根だけを借りるつもりだったわけでもないだろうに」
「いや、そうだけど」
町というよりは村といった風情の場所で、宿屋も食事をする店お店もなかったが、さすがにこちらから要求できなかった。
アルアは、良くも悪くも本音でしゃべるようだ。
クスクスと笑った奥さんが「ちょうど準備してたところだったから、もう少し待ってておくれ」と言って調理場へ向かった。




