南の島の古代魔法1
以前と同じやり方で直接依頼があった。
前と違うネズミだったから、同じ方法で依頼する別の奴かと思ったが、俺の予想は当たっていた。
ネズミが持っている筒状に丸められている依頼書は、森の魔女として知られているアルアからのものだった。
依頼書を要約すると「細かいことは会って話すからまずは来い」というもので、それ以外に依頼がなかったのもあり、俺はキュックに乗ってさっそく出向くことにした。
魔女の森と名がつけられている森へ飛び、目印である煙突と屋根を見つけ、家の前に着陸した。
「アルア、運び屋のジェイだ。ネズミから依頼書をもらって来たぞ」
扉をノックして待っていると、足音が近づいてきて扉が開いた。
「早いね。そんなに私に会いたかったのかい?」
アルアは顔を覗かせて軽口を叩く。
ボサボサの黒髪に、埃がついて汚れている眼鏡。けどその下は目鼻立ちがはっきりとした美人だとわかる。
「そうじゃない。仕事だから来たんだ」
「つれないねぇ。君は私の冗談に付き合ってくれる甲斐性もないのかい」
「相変わらず元気そうでよかったよ」
魔女と呼ばれているが、あくまでも通称で、アルアは普通の成人女性だ。
魔法の研究をこんな辺鄙な所でしているせいで、誰かがそう呼ぶようになったという。
まあ、変な奴っていう意味でも、やっぱり魔女と呼ばれるに相応しいのかもしれない。
「君もね。さあ、中にどうぞ」
扉を開けてアルアが俺を招こうとしたときにようやくわかったが、衣類をなんにも身に着けていなかった。
日焼けしてない真っ白な体に、つんと突き出た乳房がもろに見えてしまった。
「うわぁ!? 服着ろ! なんで全裸なんだよ!?」
俺は思わず顔をそむけた。
「おや。本当だ。ハハハ。これは失礼した。――いやいや、何せ人と会うのは君に前回会って以来だからついね。人と会う作法とやらを忘れてしまうんだ。許してくれ」
からから、と軽快に笑うアルアは、奥に消えていった。
びっくりした。焦った……。前、普段全裸で過ごしてるって言ってたっけ。
それにしてもちょっとくらい動じろよ。
真っ裸を男に見られたっていうのに。
「すまないねー」
と軽い謝罪が聞こえてきて、もういいよ、と言われたので俺はようやく安心して中に入った。
アルアはローブを素肌の上から着ているだけで、他は何も身に着けてなさそうだ。
ローブはゆったりとしているのに、体のメリハリがはっきりとわかる。
「どうだい?」
通された部屋はアルアが魔法研究をしている一室で、前来たときと同じく散らかっている。
「この部屋も相変わらずだな」
来客があるからと、主は片づけをするつもりはなさそうだった。
俺が的外れな回答をしたかのように、アルアは眉をひそめた。
「違う違う。私の体だよ。見ただろ?」
「っ……、あのな」
くつくつ、と愉快そうに肩を揺らしたアルアは、すぐに謝った。
「すまない。君の反応が楽しくてつい」
「あんな恰好で出ていったら襲われちまうぞ? 樵や盗賊だっていないわけじゃないだろうに」
「以後気をつけることにするよ」
アルアはにこやかに言って話題を締めくくる。
絶対改めるつもりはないんだろうな。
「で? 依頼内容は?」
「長い話になる。適当にかけてくれ」
って言われても、足の踏み場も探さないと見つけられないが……。
言われた通り適当に腰かけると、アルアは机に座った。書類を尻に敷いているが、気にならないらしい。
「私が魔法の研究をしていることは知っているだろう?」
「全裸でな」
「ふふふ。まあね」
なんで得意げなんだよ。
「まあね、じゃねえよ。服着ててもできるだろ」
「固いことは言いっこなしだよ」
「固くないだろ。って、話が進まねえ。……魔法の研究をしているのは知っている。前、研究書類を前線の軍に届けたからな」
俺は無理やり話を軌道修正した。
「それで、今回も何か届けてほしい物が?」
「私をとある場所に送ってほしいんだ」
「構わないが、場所は?」
「王国南端の小島に遺跡があるんだ。知っているかい? その遺跡の中に古代魔法の一種が記された石板があるという噂を耳にしてね」
俺は頭の中で地図を想像する。
王国の南には、いくつか島がある。遺跡があるというのは初耳だった。もちろん古代魔法が書かれた石板があるというのもだ。
「その石板を持ち帰って解読したい」
「アルアを連れていくだけじゃなく、ここまで連れ戻ってくるのが依頼ってことか」
「スマートな男性は好きだよ」
ぱちり、とウインクをするアルア。
理解が早くて助かる、と言いたいんだろうか。
「アルア、石板っていっても、噂程度のものだろ。古い魔法のほうが技術が進んでいたっていうのは俺も知っている」
おや、とアルアは意外そうに目を丸めた。
「博識な運び屋もいるらしい」
「はっきり言うが、古代魔法なんて眉唾物だ。俺が以前冒険者だったとき、古代魔法が使えると宣った魔法使いが今までに二人いた。一人はそうだと思い込んでる未熟者。もう一人はただの詐欺師だった」
「たしかにそうかもしれない。だが、噂の真偽をたしかめること自体に、私は意義を感じている」
なるほどな。
研究者としての好奇心もあるんだろう。
「報酬は?」
「報酬は、私との一晩なんてどうだろう」
「……断る」
「傷つくなぁ。即決なんてレディに失礼だろう」
これは本当に気分を害したらしく、少女みたいに頬を膨らませている。
「私はね、そういうスキンシップを君と取りたいと言っているだけなんだが」
「スキンシップの範囲を超してるだろ。そう言ってくれるのは光栄だが」
「報酬は考えておくよ。私自身が提供できるものはそう多くない」
アルアは拗ねたように唇を尖らせた。
見たところ、お金があるようには見えないし、アルアなりに俺が喜んでくれるのは何か、真剣に最大限考えた結果があの報酬だったのかもしれない。
「もし石板があって、古代魔法について記されているのなら、魔法界にとっては凄まじい発見となる」
「もし発見できたら、現代の魔法に還元できると?」
「ああ。そう信じている。魔王軍との戦争も魔法の技術革新があれば、早期に終結するかもしれない」
戦争は、早く終わるに越したことはない、か。
まあ、石板の噂が本当で、さらに魔法技術について記されていれば、という条件つきだが。
「わかったよ。そういう可能性があるのなら、俺も貢献したい。戦争はさっさと終わらせたほうがいいからな」
「……君は、案外熱い男なのだな」
「どうだろう」
「利益のために働くと思ったが、大義名分があれば手を貸してくれるらしい」
「俺が納得できるかどうかが基準だ。それは場合によっては金額でもあるし、それ以外ってこともある」
「じゃあ、今回は依頼成立ってことでいいかな?」
「ああ。頑張らせてもらうよ」
「よし、待っててくれ。準備する」
俺はアルアを残して先に家を出た。
南端の島まで送るとなると、かなりの長距離だ。
一旦翼を休める時間を設けないと、キュックがスタミナ切れしてしまう。
頭の中で計画を考えていると、さっきよりマシな身なりをしたアルアが家から出てきた。
胸元がざっくり開いている黒のドレスに身を包み、頭にはつばの広い大きな黒い帽子を被っている。手には黒い手袋。魔女と呼ばれるに相応しい装いだった。
「一張羅だ。誰に会っても失礼ではないだろう」
「似合っている」
「悪い男だな君は。思ってもないことをそんなふうにさらりと言ってのけるなんて」
「いやいや、本当に思っているよ。逆にお世辞が言えないくらいだ」
「そうか。気に入ってくれて嬉しいよ」
アルアは、恰好とは真逆の少女のような愛らしい笑顔を見せた。
「では行こう」




