フェリクの一日 後
本作の書籍版2巻が6月23日にダッシュエックス文庫様から発売されます!
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クエストの報告を終えたころには、夜になってしまっていた。
「移動に時間がかかってしまったのは反省ね。……移動用の馬代をケチったせいだわ」
貸し馬屋で馬を借りていれば、こうはならなかっただろう。
後悔しながら、今日のクエスト代を持ってアイシェの酒場に行くとカウンター席に案内してくれた。
「お疲れ、フェリク。何にする?」
「お疲れ様、アイシェ。今日も大賑わいね。いつものをちょうだい」
「はーい」
ワイワイ、ガヤガヤ、と酒場はテーブルもカウンターも埋まっている。会話をするときは耳を寄せないと聞き取れないほどの騒がしさだった。
きょろきょろ、と周囲を見回していると、アイシェが木杯に入った葡萄酒をカウンターに置いた。
「ジェイさん? 今日まだ来てないよ」
「え。あ、や、べ、別にジェイを探していたわけじゃ――」
「いいの、いいの。うんうん」
アイシェは聖母のような温かい微笑みをたたえてうなずいている。
フェリクは思わず否定したが、無意識にジェイを探してしまっていた。言い当てられたせいでアイシェの顔が見られない。
「ジェイさんから聞いたよ。鉱山のクエスト、偶然一緒だったんだって?」
「ええ。たまたまね……」
照れ隠しに木杯に口をつける。
「なんかいいことあった?」
「いいこと? べ、別にナニモ……」
「――嘘じゃん。今、オンナの目になったもん」
「う、嘘ついてないわよ」
口でアイシェとやりとりしつつも、頭の中では鉱山内に入ったときのことが強く思い浮かんでいた。
危ないから、と頭を守ってくれた。
そのはずみで、ぐっと抱き寄せられてしまったのだ。
ジェイの筋肉質な固い胸にフェリクは顔を押しつけることになった。頭を覆った大きな手の感触はまだ思い出せる。
胸が高鳴り、顔が熱くなった。
そのせいで、しばらくジェイの顔が見られなかった。
鋭い友人は、フェリクの嘘を簡単に見破った。
「はいはい。嘘嘘。だってフェリク顔真っ赤だもん」
「……お、お酒が入れば少しくらい赤くなるわ」
「何があったの? ねえねえ、ねえってばー。何かあったんでしょ?」
「ないわよ。なんにも」
アイシェの追及から逃げようと目をそらすと、通りからこっちを覗くジェイを見つけた。
こんな一瞬で姿を視認できてしまうのはなぜなのだろう。
「あ。ジェイさん来た。もういいよ。ジェイさんに訊いてくるからー」
「あ――、ちょっと待ちなさい!」
アイシェを慌てて引き止めようとすると、椅子に足が引っかかってお酒を持ったまま派手に転んだ。
「うぅ……」
痛みと汚れに悲しくなっていると、ジェイが心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫か?」
持っていたお酒は床にばらまいてしまい、何をしているのか、と自分が情けなくなった。
「あー。フェリクったら何してんのー」
「ごめんなさい……!」
「ジェイさん、あっちのカウンター席でいい?」
「もちろん」
「フェリク、ここらへん掃除するから……ジェイさんの隣もさっき空いたから……そこ、いけば?」
余計な気を回しているのはわかったが、素直に指示通り動くのは癪だった。
「い、いいわよ。あの席で」
「いや、お酒の掃除するからここだと邪魔なんだってば」
「……掃除するのなら……しょうがないわね」
「そうそう、しょうがないの」
アイシェがつんつん、と肘でフェリクをつついてくる。やっぱりニマニマと笑っている。
それを手で払ったフェリクは、前髪を一度触って服を整えた。
そして澄まし顔でジェイの隣に腰かけた。
「こけたりして、もう酔っぱらってんのか」
「まだ一杯も呑んでないわ」
「顔、赤いぞ」
「……みんなが見ている前ですっころんだのだから、赤くもなるわよ」
「ならいいが。怪我、ないか?」
その優しさにキュンとしてしまい、反動で強がってしまう。
「だ――大丈夫よ。子供扱いしないでちょうだい。あんなので怪我しないわよ」
素直にありがとうと言えない自分が恨めしい。
ジェイはもう慣れっこなのか、気にした様子はなかった。
「そうツンツンすんなよ。楽しく飲もう」
「そうね」
アイシェが運んできてくれたお酒を並んで飲む。
お互いが今日あったことを話す他愛のない時間だった。
今はまだ、フェリクにはこの距離感が心地よかった。




