人助けと忠告
ゴブリンシャーマンがやられたのを見たゴブリンたちは、散り散りになって逃げ出した。
ああやって統率されて集団で襲われると、低級冒険者は手こずるが、一体ずつなら大した脅威にはならない。
放っておいていいだろう。
地上に降りると、俺はゴブリンシャーマンの耳と身につけていたローブを回収する。
ローブはかなりクサイ。
「ぎゅぅぅぅ……」
嫌そうに目を細めたキュックが、俺から距離を取った。
「討伐の証としてだから」
ずっと持ってるわけじゃないぞ、とアピールしたけどキュックは顔をしかめたまま。
移動のため乗せてもらおうと近寄ると逃げる。
まあいい。王都はそこまで遠くない。仕方ないが歩いて移動するか。
あの冒険者たちはどうなっただろう。冒険証を渡してやらないと。
きょろきょろと周囲を見回しながら歩いていくと、すぐに人影を見つけた。
一人は横になり、二人が手当てをしているところだった。
手当てをしている一人がこちらに気づくと、手を振った。
「あのー、さっきの助けてくれた人?」
女性の声だ。
「ああ。そいつが空から現れたんならたぶん俺だろう」
一人は少女といってもいい年頃の女性で、絵に描いたような駆け出し冒険者だった。印象的な長い赤髪で、青い瞳をしている。
仕立てがよさそうな服の上には、簡単な防具を装備し腰には細剣を提げている。
他の二人は年を食ってそうな男だが、素人の雰囲気があった。
ちょうど、ゴブリンを倒す装備を下さい、と防具屋で言えば揃うような手甲や皮の胸当てを身につけている。
「さっきはありがとう。本当に助かったわ。ゴブリン討伐のクエストだったんだけど……囲まれちゃって」
「よくあることだ。気にするな」
俺は近寄っていき、冒険証を取り出して心当たりがないか尋ねた。
「これ、食堂で落とさなかった?」
「あ。それ、私の! 食堂に落としていたのね。見つかってよかった」
渡すと、少女は安心したようなため息をついた。
「悪用されて、気づいたらギルド出禁なんてこともある。紛失には十分気をつけたほうがいい」
「ええ。そうするわ」
冒険証に記載されている名前は、フェリク・イーロンドとあった。
イーロンドだけではピンとこなかったが、赤髪のイーロンドといえば、少し前に没落した伯爵家のイーロンドで間違いないだろう。
となると、この子は、その家のお嬢さんってところか。
怪我をして痛んでいた男は、ゴブリンに噛まれたり爪で刺されたりしたそうだが、命に別条はなさそうだった。
「あなたすごいのね! あの子……ドラゴンに乗ってゴブリンをズバズバ倒してしまうなんて! 魔物使い?」
「あぁー……冒険者ギルドでは、召喚士として登録してある」
「私、ドラゴンがあんなに人の言うことを聞いているところは、はじめて見たわ」
「付き合いが長いからな」
ドラゴンとしてはほんの数時間だが。
「まだ小さいわよね。子供かしら」
興味津々といった様子のフェリクは、目を輝かせながらキュックに近づいていっている。
警戒心を露わにしたキュックは、じいいいい、とフェリクを見つめて、害意がないのがわかったのか撫でられるがままだった。
男二人に話を訊くと、二人はフェリクに雇われただけらしい。腕に覚えはあったと言っているが、どこかのタイミングで依頼料だけせしめて逃げる気だったんだろう。
「そんな安い商売してちゃ、いくら命があっても足りなくなるぞ」
俺はひと言だけ忠告をしておいた。
バツが悪そうにする二人に背を向けて、俺はフェリクに話しかけた。
「他人を雇うんじゃなくて、冒険者同士きちんとパーティを組んだほうがいい。腕が確かだと言っても、あくまでも自称で、実戦で使い物になるかどうかわからないだろう?」
風体でだいたいわかりそうなもんだが、フェリクには難しかったんだろう。
「一人で戦うよりマシでしょう?」
って、あの二人に言われたんだろうな。
王都特有のルーキー狙いの詐欺師みたいな輩はときどき見かける。
危なっかしいお嬢さんだ。
年頃の少女が、三〇~四〇代くらいの男二人と行動を一緒にするなんて、世間知らずもいいところだ。何されても知らないぞ。
「忠告はしたからな。……あと、これ。ゴブリンシャーマンの討伐の証だ。ギルドに持っていって倒したことを報告すれば報奨金がもらえる」
「ありがたいけれど、どうして私に?」
「親切な先輩冒険者を雇ったほうがいい。その資金に」
「……」
フェリクは納得したように何度かうなずいた。
それから、怪我人をキュックに乗せて、俺たちは歩いて王都へ戻った。
召喚状態を解除しキュックを消すと、男たちはお礼を言った。
「手当てありがとう、お嬢ちゃん」
「あんたも、ピンチに駆けつけてくれて助かった。ありがとう」
これに凝りて、まともに仕事をしてくれたらいいが。
去っていく二人を見送るフェリクは、なぜか満足げだった。
「人に感謝されることは、とても気分がいいわ」
騙されてたんだけどな、と俺は心の中でつぶやいた。