鉱山の町のヒューイ6
ヒューイのところへ行くと、立ち上がれるほどには回復していた。
「ヒューイ、よかった……。もう無茶しないでちょうだい」
目に涙を溜めたフェリクがぎゅっとヒューイを抱きしめる。
ミノタウロスと戦った大部屋は、激戦のあとを今も残している。
ムクロたちは、ミノタウロスが撃破されたことを見るや否や、すっと壁の向こうに消えていった。
「ヒューイはどうしてあんなことをしたのかしら」
「ヘイルさんとあいつの間に、何かあったからだろう」
でないと、利口なヒューイが立ち向かっていくとは思えない。
俺もなでなで、とヒューイを撫でる。
ロックとキュックは召喚を解除していた。
二体同時で、しかも戦闘となると魔力的にかなり堪えるようで、肉体的な疲労より精神的な疲れがひどかった。
正直、このまま座り込みたいところだが、そうも言ってられない。
「ヒューイ、ヘイルさんがどこにいるか、わかるか?」
「ワフ」
まだ体が痛そうだったので、俺はヒューイを抱え上げて示す方角へ歩いていく。
あの大部屋に戻って、ヒューイが鼻をひくつかせる。方々を歩き回ると、ワン、と鳴いたところで足を止める。
「ヒューイ、何も…………あ」
「ここ。穴が空いているわ」
フェリクが指さした先には、人一人がどうにか抜けられそうな隙間があった。
先にヒューイが中に入ると何度も吠えた。
俺もヒューイに続くと、壁によりかかるように座り込んでいる白骨の遺体があった。入ったそこは、小さな空間となっていて、どこかへ抜けられそうな道も隙間も穴もない。
成人男性……それもかなり大柄だとわかる。着ていた服はボロボロだったが、脇腹あたりが大きく割けていた。
……あれが致命傷だったんだな。
微生物や小動物が食べたのか、骨だけ綺麗に残っている。
くうん、と鼻を鳴らすヒューイは、伏せをしたまま上目遣いで空洞の主を見つめている。
「ヘイルさんだろう」
「……そう」
フェリクがそばで膝をつき、目をつむって祈りをささげる。
「事故で帰れなくなったヘイルさんは、出口を探そうとしてあのミノタウロスの部屋に辿り着いた。……奴に攻撃されて、どうにかこの隙間に逃げ込んだってところか」
冒険者なら別段珍しくもない事態だが、彼は鉱夫で戦う準備なんてしていなかった。
俺もフェリクのように両膝をつき、ヘイルさんに祈りをささげた。
ヘイルさんを回収したあと、俺はミノタウロスの死体から角を採取した。
伝説の巨獣ミノタウロスの角だ。きっと何かの役に立ってくれるだろう。そのままだと大きすぎるので、一〇分の一ほどのサイズに切ることにした。
「ミノタウロス……本当にいたのね」
死体を見ながら、フェリクがしみじみと言う。
俺は角を切りながら「冒険だなぁ」と独り言をつぶやいた。
まさかこんなところにいるとは誰も知らなかっただろうし、噂を耳にしたこともなかった。
発見できたのは、偶然が重なった結果だった。
冒険をしていれば、往々にしてこういったことが起きる。……まあ、今回は冒険じゃなく仕事のついでだが。
きっとこの角だけ見ても、誰も信じてくれないんだろうな。
「ほら。フェリクの分」
「あ、ありがとう」
角を投げて渡すと、フェリクが明後日の方角に目をやった。
「あれ使わないの?」
「あれ? ああ、戦斧か。使うっていっても、俺には大きすぎる」
「……それもそうよね」
あ。待て。そういや、ロックの石槍が壊れたんだった。
俺はロックを再び呼び出し、戦斧のことを教えた。
「気に入ったら使ってくれてもいいぞ」
「むお」
戦斧を掴み上げると、両手でブオン、ブオン、と軽快に振り回した。
石槍よりもこっちのほうがロックに合ってそうだな。
「むおん」
ロックは普段無表情なのに、このときだけはホクホク顔をしていた。
「ミノタウロスの戦斧は、ロックが使ってくれ」
「むぉぉぉ!」
「体のサイズにもぴったり合うし、様になっててカッコいいぞ」
「む、むおん……」
褒めたらちょっと照れていた。
外に出ると、もう朝日が顔を出すような時間帯となっていた。
鉱山内は時間感覚がなくなるから、いつの間にかずいぶん経っていたらしい。
「おーい! 竜騎士殿!」
マードンさんが俺たちを出迎えてくれた。
「入る許可は出したが、こんなに戻りが遅いとは思わなかったぞ」
「すみません。思ったよりも時間がかかってしまって」
「もうちょっと遅けりゃ、仕事ついでに捜索してたところだったが、無事で何よりだ」
あんなに奥深くに行くとは思わなかったし、あんな激戦を鉱山の中で繰り広げるとは、許可をもらいに行ったときには夢にも思わなかったのだ。
「ヒューイ、おまえも行ったのか」
「ワン」
マードンさんが手荒く撫で回した。
「……マードンさん、ヘイルさんが見つかりました」
事と次第を簡単に教えると、マードンさんは神妙な顔つきになった。
「……そうか。……見つけられたんだな。見つかってよかった」
覚悟できていたのか、さっぱりとした返答だった。
ヒューイを撫でながらマードンさんは言う。
「落盤、落石……鉱夫となりゃ事故はつきもんだ。今もまだ行方不明の仕事仲間はたくさんいる。そう考えりゃ、安らかに眠れるなんて上等だろう」
冒険者もそうだ。いや、冒険者こそそうだろう。
冒険中、冒険者らしき遺体を見つけると、俺は冒険証と遺品をなるべく持ち帰るようにしていた。
遺品を仲間に渡すと、彼らはしばらく悲しんだあと、少しだけ喜んでくれた。
「帰って来られたんだな」と。
彼らは、今のマードンさんと似たような反応だった。
「ヒューイが見つけたんです」
「へぇぇぇ。賢いワン公だと思ったが、ヒューイよくやったな」
「ワン!」
「おまえの主でオレたちの仲間だからな。手厚く葬るぞ」
「ワン」
疲労と眠気がピークだったフェリクは、警備の仕事があるので疲れた顔のまま集積場のほうへ向かった。
それから俺は、鉱山内で何があったのか話すことにした。
大岩で分断された場所からさらに奥に行ったこと。そこでミノタウロスと遭遇したこと。
「ガハハ。竜騎士殿。ミノタウロスだなんてそんな大げさな。見間違いだろう」
「まあ、その反応が普通ですよね」
苦笑して、俺は角の一部を見せた。
「実物はもっと大きいんですが、持ち運べないのでこのサイズに切ったんです」
マードンさんは、生温かい目をしてうなずいている。
「オレらに言う分には笑って済ましてやるが、他の奴らにこの話はするなよ? バカにされるだけだからな。ガハハ」
完全に信じてねえ。そりゃそうか。
俺もそんなことを言われたら、絶対に信じなかっただろうし。
静かだと思ったら、ヒューイは俺の足元で丸くなって眠っていた。
俺は起こさないように優しく背中を撫でた。
「ヘイルさんを探し当てたこともそうですし、勇敢に敵に立ち向かったんです」
「……出入口で待ち続けることはもうしないだろうな。頭がいいからな、ヒューイは。きっとオレらよりも頭いいと思うぜ」
イカつい顔から笑みをこぼすと、マードンさんはこっちに向き直り頭を下げた。
「竜騎士殿。ヒューイや町のみんなを代表して礼を言わせてくれ。……ヘイルを、連れ帰ってきてくれてありがとう」
「俺が勝手にやったことです。気にしないでください」
「そうだったとしても、あんたがいなけりゃ、ヒューイはずっとああだったろうし、オレたちも煮え切れない気持ちを抱えたままだったと思う」
「大したことはしていませんから」
俺は会釈をしてその場を去った。
今日は銀の輸送はなかったはず。
ゆっくりと昼過ぎくらいまで眠らせてもらおう。
宿屋のベッドに横になってから、倒したミノタウロスがいるあそこまで連れて行けば、マードンさんも信じざるを得ないだろう。
そんなことを考えているうちに深い眠りについた。
起きたころには夕方で、ちょうどフェリクが俺の部屋を訪ねてくる寸前だった。
「もうダメ。もう無理よ」
部屋を訪れたフェリクは、げっそりとしており足元がおぼつかずフラフラだった。
「夜までじゃないのか」
「持たないわ。銀狙いの盗賊と戦う前に眠気と戦っているのだから」
「……しょうがねえな。夜番が来るまで俺が代わってやるよ」
「……」
ありがとうの一言もないのかよ。
と思ってフェリクを見ると、さっきまで俺が寝ていたベッドの上で安らかに眠っていた。
よっぽどギリギリだったらしい。
毛布をかけてやり、俺は集積場の警備に向かった。結果的に盗賊はやってこず、鉱夫たちの仕事ぶりを眺めるだけで終わった。
鉱山の出入口に、ヒューイの姿はもうない。




