鉱山の町のヒューイ4
洞窟内は、手つかずの鉱石が壁一面に埋まっており、それらが淡い光を放っている。
幻想的な光景ではあるが――。
たくさんいる蝙蝠型の魔物が、キャキャキャ! と笑い声のような鳴き声を上げて俺たち目がけて飛んできた。
「フッ」
即座に剣を抜き放つと、間合いに入っていた魔物が何匹も両断され地面に転がる。
フェリクはビビっているのかと思いきや、腰の細剣で二匹を串刺しにしていた。
「お。やるな」
「ふふふ。私だって、成長しているのよ」
魔法ばかりではなく、きちんと剣の鍛錬も積んでいたようだ。
「魔法に頼りっぱなしはよくないって、アドバイスをもらったから」
「いいアドバイスだな」
「……あなたが言ったのよ?」
「あれ、そうだったか」
全然覚えがない。俺が言って、自分で共感しているなら世話ないな。
苦笑いをする俺に、フェリクが呆れたように笑う。
「物音を立てられないとき、魔法を放つ時間が惜しいとき、そんな時間がないとき、絶対使えたほうが便利だからって」
「言ったような、言ってないような」
理に適っているし、俺好みでもある。
……いや、俺がフェリクに教えてるんなら当然か。
「優秀なソロ冒険者らしい、ワンマンアーミー的な発想よね。普通は、誰かとパーティを組んで得意分野に特化させていくのが定石なんでしょ?」
「ああ。……一人で冒険ってのは、確かに危険だけど、仲間が紳士的で安全な奴らって保証もないからな」
長くやっているせいで、ゲスな話をたくさん聞くんだよな……。
冒険で一番危険なのは、環境でも魔物でもなく仲間だった、なんてオチがつく話はそこらじゅうに転がっている。
酒が入って仲間内でバカ騒ぎする奴らは、ゲス話を自慢のように大声で語るから、嫌でも聞こえてしまう。
冒険者がお宝を目指して行く場所ななんて、ほとんど人けがない所ばかりだしな。
フェリクみたいに、品があって顔がよけりゃ、建前はパーティメンバーの誘いだとしても、そっち目当てで声をかける奴も多いはず。
だから、『ジェイの冒険塾』(今適当に考えたが)としては、女性冒険者こそソロでなんとかできるようになろう、と教えている。
「私のこと、心配してくれているのね」
「そりゃな。性根が真っ直ぐな後輩冒険者には、よくしてやりたいって思うのが先輩心ってやつだ」
「……それだけ?」
「それだけって、何が」
「……なんでもないわ」
ちょっと機嫌が悪くなったフェリクは、そっぽを向いた。
ヴゥ、と足元でヒューイが俺を睨んでいた。
な、なんだよ。二人して。
そんな俺たちには構わず、ヒューイの嗅覚は絶好調らしい。
何度かあった分かれ道は、迷うことなく奥へ奥へと進んでいった。
「ワンッ――」
ヒューイが短く吠えると、俺も気配を感じ取った。
「ヒューイ、どうしたの?」
「ワン!」
吠えているのは奥のほう――そっちから、獣クサイ強烈なにおいがかすかに流れてきている。
五、六体? ……いや、もっといるか。
「フェリク、魔物がいる」
「……!」
ヘイルさんが鉱夫で屈強な男だったとしても、多数の魔物を相手には戦えないだろう。
そうなると、やっぱり……。
「けど、あっちなのよね。ヘイルさんがいる方角は」
「みたいだ」
俺が先頭に立ち、物音を立てないようにゆっくりと足を進める。
ようやく行き止まりだと思ったそこは、これまでの洞窟が嘘だったかのように天井が高く、一面が開けていた。
人の手が入ったことがわかるほど、地面は平らだった。
魔物がたくさんいることがわかる。
うっすらとした人型の体は半透明で、目と口らしきものは楕円形で真っ黒。
幽幻種のムクロと呼ばれる霊の魔物だった。
あのにおいはムクロのものじゃない。他にいるはず。
目を凝らしていると、奥に巨大な影がいるのがわかる。あいつだ。
そのとき。
ヒューイがいきなり目を吊り上げて強く吠えた。
「ワンッ! ワン! ヴヴヴ……ッ!」
影が動く。
ムクロも一斉にこっちを向いた。
「あ、ヒューイ、ダメ。しーっ、しーっ」
フェリクがヒューイを静かにさせようとするが、もう無意味だろう。
「ブォォォォォォォオオオ!!!!」
影が応じるように咆哮する。
ビリリリリ、と空気が震撼し、パラパラ、と頭上から瓦礫が崩れ落ちてくる。
フェリクが思わずといった様子で二、三歩後ずさった。
その本能的な忌避は正しいだろう。
ズン、ズン、と一歩一歩と近づいてくる人型のそいつは、頭は牛で、首から下は、巨人と呼んでも差し支えない人間の体がある。
巨木のような腕と、その手には巨体に見合った巨大な戦斧が握られていた。
「ミノタウロスだ……」
幻獣種――。
伝説やおとぎ話にだけ登場する牛の頭を持った化け物だ。
さすがに俺も目にしたのははじめてだ。
「みっ、みみみみ……!? あの、ミノタウロス!?」
「おそらくな」
逃げるのも手だが「ヴゥゥ」とヒューイは戦意を高めている。
他にも敵はいるのに、ミノタウロスだけを睨んだまま目をそらさない。
ミノタウロスがヘイルさんと何か関係があるのか?
「フェリク、やるぞ」
「あー、もうっ」
俺が剣の柄に手をかけると、フェリクも再び細剣を抜いた。
「倒せるのよね!?」
「まずはムクロを一掃する。そのあとあいつだ」
「それを待ってくれればいいけれど」
こっちの都合なんて向こうは関係ないからな。
だが、俺には仲間がいる。
俺は召喚魔法を発動させた。
この空間なら、存分に力を発揮できる。
「キュォォォォ!」
「るぉぉぉぉぉ!」
淡い光に包まれたキュックとロックが姿を現した。
キュックの背中に乗ると、ロックはフォンフォン、と石槍を頭上で回してミノタウロスを見据える。
「ロック、しばらく時間を稼いでくれ。できるな?」
「むぉ」
体格は若干ロックが劣る。けど力比べなら負けないはずだ。
ロックは巨体を揺らしてミノタウロスへ接近する。
「ブォォ!」
ミノタウロスが振り回す戦斧を、ロックは石槍で受けた。
ドガァン、と爆音が響きわたり鼓膜を揺らす。
よし。ロックならなんとかやってくれる。
すーっとムクロが俺たちへ近寄ってきていた。さっさとこいつらを始末しないと。
フェリクの手を引いて俺の後ろに乗せた。
踵で合図をすると、一度吠えたキュックが敵中へ走り出す。
ムクロへ向けて斬撃を放つが、スッとすり抜けてしまう。
やっぱりダメか。
「ジェイ、どうするの? 魔法もここじゃ派手に撃てないし……」
「ガーゴイルをやったときの攻撃を覚えているか?」
「私が放った魔法に合わせてジェイが剣で攻撃するアレ?」
「ああ、アレをやる」
「そんな難しいことしなくても、もう大丈夫よ!」
自信に満ちたフェリクの発言に俺は首をかしげた。
「どういうことだ?」
走り回るキュックをムクロたちが追いかけてきている。他では、ミノタウロスとロックの雄たけびが響き合い、戦斧と石槍が激しくぶつかっていた。
「それをヒントにして、覚えたのよ」
俺が持っている剣にフェリクが手をかざすと魔法陣が展開された。
「エンチャント」
フェリクが魔法を放つと、俺の剣の刀身の切っ先から根本までが、赤い炎で包まれた。
この前のような即席じゃなく、魔法剣士がよくやる基本戦術の一種だった。
「言ったじゃない! 成長してるってね」
「頼もしくなったな」
キィー、と耳障りな軋んだ鳴き声をあげながら、ムクロがキュックに飛びつこうとする。
火炎をまとう剣を振るうと、悲鳴とともに炎上し消えてなくなった。
「よし、いける」
「後ろ側は任せて」
自分の細剣にもエンチャントを施したフェリクが、一体一体丁寧に攻撃していき、ムクロを倒していっている。
この調子ならあと少しで――。
ふと、出入口が目に入った。そこにいるはずのヒューイがいない。
あれ。どこいった?
俺は見失っていたが、フェリクはどこにいるのかきちんと捉えていたようだった。
「ヒューイ、ダメ!」
フェリクが声を上げたとき、ヒューイはミノタウロスに飛びかかっていっているところだった。
「ブフォフォフォ」
嘲笑するような鳴き声を上げるミノタウロスは、飛びついてきたヒューイを虫を払いのけるように片手を振った。
ぎゃうん、とヒューイが転がり、すぐに立ち上がった。自慢の白い毛はもうずいぶん汚れてしまっている。
直後にロックがミノタウロスを攻撃する。
「るぉぉぉアァァアッ!」
「ブルォォォォォォ!」
石槍と戦斧が交わり、ドォンと轟音が鳴ると衝撃波が広がった。
――元々脆かったのか、それとも伝説の魔獣が持つ戦斧はタダモノじゃないのか、ロックが持つ石槍が砕かれてしまった。
「るぉ――!?」
虚を衝かれたロックが、ミノタウロスの体当たりを受け壁に叩きつけられた。
「ロック!」
あっちも心配だが、こっちもだ。ムクロはどこからともなく湧いて出てくる。
倒しても倒してもキリがない。
ヒューイがまたミノタウロスのほうへ走り出した。
……ヒューイは、いつからああしてるんだ――?
もうボロボロだぞ。
まさか、戦いがはじまったときからか。
……キュックにブレスを吐いてもらってムクロを一掃してもらうか?
いや、鉱山内で不安定なことを考えると、俺たちが生き埋めになる可能性がある。
ブレスは撃てない。
「私とキュックでこいつらを引き受けるわ。ジェイは行ってあげて!」
「けど、フェリク」
「行ってったら! 私をそんなにナメないでちょうだい!」
「言うようになったな。……わかった、任せた!」
俺はキュックから飛び降りてミノタウロスに向かっていった。




