鉱山の町のヒューイ3
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鉱山に夜の作業はないらしい。
俺とフェリクは、赤ら顔のマードンさんに許可を取って中に入ることにした。
「魔物は……出ないわよね……?」
ビビっているのか、フェリクが俺の服の裾を掴んだまま離さない。
「出ないだろ。もし出るんならまともに仕事できないだろうし」
「そ、それもそうよね」
と口で言ってても不安なのか、きょろきょろ、と周囲に目をやっている。
採掘された銀や邪魔な石や岩を外に運び出すためのトロッコとレールがあり、レールを道しるべにして奥に進む。
許可を取る際に、どこが塞がれた場所なのか訊いていたので、迷うことはなかった。
「ここだな」
そこは、レールの上を大岩や石が塞いでおり、先に進めなくなっていた。
向こうへ行けそうな隙間はない。ネズミなら通れるかもしれないが、子供でも大人でも人一人は無理だ。
「ふんんんんんんんん!」
フェリクが大岩を両手で力の限り押していた。
「ぬぬぬぬぬぬぅッ! ――ちょっと何見てるのよ! 手伝いなさいよ!」
「あのな、フェリク。俺たち二人が頑張って動く程度なら、もう取り除いてると思わないか?」
鉱夫たちはいずれも屈強でムキムキ。単純な腕っぷしなら俺よりも強いだろう。
彼らが何人もいて、いまだに救助できないということは、これが動かせないという何よりの証拠だった。
「………………」
す、とフェリクが真顔になって大岩を押すのをやめた。俺の説明に納得いったらしい。
「力づくじゃ無理だ」
「先に言いなさいよっ」
「ちょっと考えればわかるだろ」
呆れながら言うと、ムキになったフェリクが数歩下がった。
「おい。何する気だ」
「魔法で吹っ飛ばすわ」
「やめろ。他の通路に岩盤が落ちる可能性がある。派手なやつは無理だ」
「じゃあ、キュックがブレスでこれを粉砕するのも無理?」
「当たり前だろ」
俺がはっきり言うと、フェリクは小難しそうな顔をする。
どうやら、ど派手にドカンとやれば障害物がなくなるというイメージだったらしい。
鉱山内の繊細な事情は考えてなかったんだな……。
「じゃあどうするのよ」
「話を聞いたときに、もしかするとって思ったことを試したい」
「?」
首をかしげるフェリクをよそに、俺は剣を抜く。
「ま、まさか斬るつもり!?」
「ああ」
「折れる! 絶対に折れるわ! たしかにジェイは凄腕かもしれないけれど、さすがにこの大岩がズバンといけるなんて、そんなの無理よ」
「だから試すんだ」
俺が本気だとわかったフェリクが距離を取るとじっと注目する。
俺は一歩下がって、剣を水平に構えた。
……分厚そうな大岩だ。ビクともしないってことは、相当でかいんだろうな。
俺の剣の腕が試されているみたいで、こんなときなのにワクワクしてしまう。
水平に構えた剣を上段にゆっくりと構え直す。
俺は一歩踏み込んだと同時に、気合いの声を上げた。
「オォッ!」
体重を乗せて全力で大岩に斬撃を打ち込む。
火花が一瞬散ると、ガギィィィィーン、と甲高い音が鉱山内に響いた。
大岩が砕けることはなく、姿は変わらないままだ。
手応えはあったんだがな……。
「やっぱダメか」
「ほら見なさいよ。……でも、こんな岩に剣を叩きつけて折れないのね……」
フェリクは目をすがめながら、マジマジと俺の剣を見つめる。
「刃こぼれもしてないわ。あんな気迫で岩に斬りかかって、そんなことあるの?」
信じられない、とでも言いたげに、俺と刃を見比べた。
「イイ感じだったんだけどな……」
俺がボヤいたときだった。
ゴッ――。
ゴゴゴゴゴゴ……。
重そうな物音と砂埃を上げて、大岩と周囲の石が崩れはじめた。
俺が斬ったあそこから徐々にズレはじめたのだ。
「き、斬れてる――――――!?」
目を真ん丸にして驚くフェリク。
「危ねぇ」
頭に瓦礫が当たるといけない。
俺はフェリクをかばうように前に立ち、片腕と手でフェリクの頭を守った。
こんなことなら、防具屋で鉄製のヘルムでも買ってくればよかったな。
物音と砂埃が収まると、ほっと一息ついた。
大岩が崩れた影響で、他が崩れることはなかったみたいだ。
「じぇ、ジェイ……」
「ん? ああ、悪い」
いつの間にか、抱きしめているような状態になっていた。
俺の胸にフェリクは顔をくっつけて、耳の先まで真っ赤にしている。
「い、いきなりこんなこと、困るわ……」
フェリクは抗議するように両手で俺の腰のあたりをぽかぽか叩く。
決して嫌がっているわけではないらしく、腕をほどいても態勢はそのままだった。
「仕方ないだろ。岩とか落ちてきて直撃したら怪我しちまう」
「え? あ。そういう……」
頬を染めたフェリクは、ぱちくりと瞬きを繰り返して、すっと離れていった。仕切り直すように、おほん、と咳ばらいをする。
「心配には及ばないわ。……でもその……あ、ありがと……」
「気をつけような、お互い」
フェリクは顔をそむけると、両手で頬を押さえた。
「何してるんだ?」
「頬が熱いの。……放っておいて」
そう言うので、俺はフェリクのことは放っておき、斬った大岩を改めて確認した。
俺が斬ったあと、ゆっくりゆっくりと肉眼ではわからないくらいズレていき、ああなったらしい。
塞がっていた部分は、今ではぽっかりと空いている。
「フェリク、行こう」
俺はまだ頬を押さえているフェリクに声をかけて、先に大岩の残骸をのぼっていく。
向かい側にやってくると、空気が停滞しているのがよくわかる。
あとに続いてきたフェリクに手を貸して、ゆっくりと着地させた。
「変なところで紳士なのよね……この人」
おい、聞こえてるぞ。
俺とフェリクは奥へと足を進めた。マードンさんの話では、そこまで奥行はないはず。
レールもすぐに途切れている。
だが、それとは別で通路らしきものがあった。まったく整備されていない様子からして、横穴というべきか、洞窟のようだった。
「こんな洞窟があるって話は聞いてないが……」
マードンさんも知らなかった場所ってことか。
「見て。これ」
フェリクが洞窟入口あたりの壁を指さした。
「まだ露出して間もないわ」
「最近になって露出したってことは、何かの弾みで塞がっていたものが開いたのか」
「ヘイルさんが閉じ込められたときじゃないかしら」
「ありえるな」
大岩が崩れたことで、余波が他におよび、以前まで塞がっていたここも崩れた――。
可能性としては考えられる。
そして、ここまでヘイルさんらしき人物は見かけていない。
……いるとすれば、この奥だな。
そのときだった。ワンワン、という犬の鳴き声がした。
異変をかぎつけたのか、それとも何か感じ取ったのか、ヒューイがここまでやってきていた。
フェリクが頭や喉のあたりをわしわしと撫でた。
「どうしたの、ヒューイ?」
「ワフ」
「あなたも探しに来たのね」
ヒューイはすんすん、と鼻をひくつかせていた。
「ヒューイ、主人のにおいはわかるか?」
この先、どうなっているかまったくわからない。だが、主人のにおいがわかるヒューイがいれば――。
「ワフ」
口の中で小さく吠えると、鼻を地面に近づけてにおいを嗅いだ。
すると、迷いなくヒューイは洞窟を奥へと進んでいく。
俺とフェリクもあとを追った。




