鉱山の町のヒューイ2
ロックの手にかかれば、銀が詰め込まれた荷車を一人で楽々と曳くことができた。
マードンさんはロックの仕事ぶりを見て感嘆の声を上げている。
「はぁぁぁ……。ドラゴンが運ぶのかと思ったが、こんなスゴイ奴がいるんだな」
「キュック……ドラゴンで運べるのは背中に乗せられたり、爪で掴めたりする物なので、あまり重い物は運べないんです」
「はぁー。なるほどなぁ」
また感心するマードンさん。
そのころには、ロックは曳くのをやめて「これでいいのか?」と問いたげにこっちを見ている。
「問題なさそうだな。これで頼むよ。竜騎士殿」
「わかりました。では、空にして戻ってきます」
荷車には、銀がこんもりと積み上げられており、その上には中身がわからないように布をかけている。それらをロープで何重にも縛り固定。全部で五台ある荷車をロックが曳いていく。
車輪がついている分、一度曳きはじめたら大したパワーを使わないみたいだけど、マードンさん曰く、一台あたり大の男が六人かかりで押さないと進まないとか。
俺は山になっている荷車の一つに腰かけた。
「出発だ」
「るぉぉぅ!」
俺の合図でロックが歩き出す。集積場で仕事をしている鉱夫たちに手を振られ、俺も手を振り返した。
屈強な男たちが仕事しているのをフェリクが見守り、ときどき周囲に目を光らせていた。
盗賊レベルなら、フェリクの魔法があればビビって逃げるだろう。
あたりを眺めていると、鉱山の出入口に白い大型犬が一匹いた。
きっと、ご主人様が中で仕事をしているんだろう。帰りを待っているってところか。
安全に港町まで運搬して戻ってくるのが俺の仕事なわけだけど、ロック一人いればどちらも問題はなさそうだ。
片方の肩で石槍を担ぎ、もう片方の肩には荷車に繋がっているロープを背負っている。
挑んでタダで済むような相手じゃないことは、遠目で見てわかるだろう。それでも強奪する自信があるバカがいれば対処するまでだ。
俺の出番がないくらい完璧な抑止力であることは確かだった。
無事に港町の倉庫に届けると、帰り道、ロックは走った。
パワーがあってガタイがいいから意外かもしれないが、これが案外速い。おかげで夕方には町に戻ってこられた。
「おいおい、もう帰ってきたのか」
と、マードンさんは驚いていた。
「帰りは、あの召喚獣が走ってくれたので」
正直、俺もロックがこんなに速く走れるとは思っていなかった。
「そうかもしれないが……普段は行ってくるだけで五日かかるんだぞ」
それだけ大変な荷物なのだとマードンさんは言う。
「人も時間も金もかかる……それを数時間で……。――頼もしいったらありゃしねえな」
ガハハ、と笑って俺の背中をバシバシと叩いた。
「奢るよ、竜騎士殿。酒場に行こうぜ」
誘われるまま、俺はマードンさんについて行く。
途中、一匹の犬のことを思い出して尋ねてみた。
港からの帰りも、鉱山の出入口にいるのを見かけた。
最初と同じ場所で、ずっと暗い穴倉を見つめていたのだ。
「あの犬って、健気で可愛いですね。主人の仕事が終わるのをあそこでずっと待っているんですか?」
気軽に尋ねると、陽気で豪快なマードンさんの表情が曇った。
「ああ……。ヒューイのことだな……」
あの犬の名前のようだ。
酒場にやってくると、時間が早いせいか客はまばらだった。
俺はマードンさんと同じ酒を頼んだ。
二杯分の麦酒がテーブルに置かれると、ちびりと酒を口にした。
「この町にしばらくいるんなら、ヒューイのことはいずれ誰かから耳にするだろうから、先に教えとくよ」
前置きすると、沈痛そうに眉をひそめてヒューイのことを教えてくれた。
「ヒューイは、オレたちの仕事仲間のヘイルが大切に飼ってたワン公だ。迷い犬みたいでな。ある日この町に現れたんだ。……賢くて人懐っこい性格で、町の誰かを見つけりゃブンブン尻尾を振って遊んでくれってせがむような犬だった。けどな……鉱山の奥で落盤事故が起きて、飼い主は帰ってこられなくなった」
道理で真面目な顔つきになるわけだ。
「そうでしたか……」
「まあ、直接死んだのを見た奴はいねえんだがな、大岩で塞がれちまってんだ。……もう三か月前のことだよ」
仲間が諦めるには、十分な時間だと言えた。
だが、ヒューイは、誰が何を言ってもあの場から動こうとしないという。
連れて帰っても、しばらくするとあそこに戻っているそうだ。
「泣かせるじゃねえか。なあ。ヘイルがあそこから出てくるのを待ってんだよ」
ぐすん、とマードンさんが鼻をすすった。
ヒューイのことは大して知らない俺でも、もらい泣きしそうになる。
飼い主と飼い犬だけど、もし俺がヘイルだとして、キュックがヒューイだと置き換えたら、もう感情移入するなってほうが無理だった。
ただの飼い主とペットじゃなかったってことだよな。
涙が出そうなところをどうにか堪えた。
それを見たマードンさんが、元の陽気な笑い声を上げた。
「ガハハ。竜騎士殿、あんたいいやつだな」
「いや、泣くつもりはなかったんですが」
「この話はみんな知ってるし、これ以上深く訊かないでやってくれ。美味いもんもマズくなっちまうからな」
マードンさんは、話が一段落した証のようにグイっと杯を呷って空にした。
店内の客が徐々に増えていくと、みんな俺の話を聞きたがった。
隠すようなことではないので、冒険者時代の話を少しした。
出会った魔物だったり、見つけた貴重な品だったりの話をすると、酒場は大いに盛り上がった。
そういえば、フェリクの姿が見えない。宿でゆっくりしているんだろか。
あまり遅くならないうちに酒場を出ていき、宿屋に顔を出す。店主がいうには、まだ戻ってないという。
暗くなった町を歩き回っていると、鉱山の入口近くにランタンの灯りがぽつんとあった。
ヒューイの隣にフェリクが座っているのが見える。そばまで行くと、俺はフェリクに声をかけた。
「何してんだ。こんな時間に」
「ああ、ジェイ。食事を一緒に食べていたの」
スープが入っている皿が二枚。フェリクの手にはパンもあった。
スープ皿の一枚は、ヒューイのものだろう。
「全然帰ろうとしないのよ。どこの子なのかしら」
フェリクは慣れた手つきでヒューイの背中を撫でる。
「この犬は、ヒューイって名前らしい。……ここに留まるのはわけがあるみたいだ」
「わけ?」
知らないみたいだったので、俺はさっき聞いた話をフェリクにもした。
話が終わると、ぐすぐす、とフェリクは泣きはじめた。
「あなた……ずっと待ってるのね」
「つーわけだ」
「この子に何かしてあげられないかしら」
「何かって?」
気持ちは俺も同じだった。できることなら何かしてあげたいのは、俺もそうだ。
「飼い主のヘイルさんを見つけてあげるのよ」
「…………望みはほぼないが、何も知らずに待ち続けるよりは、いいのかもな」
俺亡きあと、キュックが同じように俺の帰りを待っているなら、悲しい思いをさせるかもしれないが、俺が死んだことを理解して、そのあとは自由に暮らしてほしい、と思う。
「ちょっと、探してみるか」




